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第四十二話 悪しき組物

「あ、アナタまさか……アリサちゃん?」


 静寂が辺りを包み込んだ。目の前、結界を挟んで二メートル程離れている少女は、つぶらな瞳を大きく見開いて驚いている様子が見て取れた。間違いない。手を引いて振り返れば必ずこの瞳と視線がぶつかっていた。


 アリサ=フレイオン。私が彼女と出会ったのは、三年ほど前になる。私がこの世界に降り立ち、最初に憑依したトム君の妹だ。当時は三歳の筈だったが、今はどう見ても十歳くらいにしか見えない。


 ショートだった髪の毛は腰に届く程に伸び、胸も僅かに膨らんでいる。まさかあの子が魔女の魂を宿していたなんて……


「ぬし、何者じゃ? 何故妾の名を知っておる」


 とりあえず呪文は中断された。このままスズタク達が来るまで時間を稼がなくては。


「言わぬか。まあ良い、そなたを排除すれば良いだけの事だ」


 アリサちゃんの気が膨らんでゆく。マズイ!


「炎よ! 閃光と成りて其を貫け! 赤光貫通弾(フレイムビット)!」


「土よ! 我が意に従い盾と成せ!」


 床板を突き破り、私とアリサちゃんとの間に、厚さ二十センチ程の土の壁が出来上がる。しかし、アリサちゃんが放った呪文は、壁を貫いて私の側を通り過ぎ、髪を焼いて屋敷の壁を貫いた。


 危なかった。土の壁に角度をつけていなければ、私の身体に風穴が開く所だった。


「ふむ、面白いな。そのような方法で避けるとはな」


 イヤイヤ。全然面白くない。アリサちゃんは全力を出せるけど、コッチは加減をしなくてはならない。間違っても彼女を殺す訳にはいかないのだ。


「炎よ! 我が身に纏て力と成せ!」


「何っ!」


 流石にアリサちゃんもこれには驚いたよう。それもそのはず、付与魔術は魔女にしか使えない魔法。二人目が現れれば混乱もするだろう。


「烈火炎舞!」


 なんの事はない、ただの格闘術である。剣を薙ぎ、蹴りを放つ。その姿が、まるで演舞を行なっているかの様に見えたから、そう名付けた。だけどアリサちゃんは、余裕で躱しきる。


「おぬし、何処でそれを学んだ?」


 アリサちゃんが言っているのは、勿論炎舞の事ではない。


「学ぶ? いいえ違うわ。魔女ならば使えて当然でしょ?」


「ふむ、確かにの。おぬしも魔女たるチカラを手に入れた。と、いう事か」


「陰と陽って所かな。アナタが陰で私が陽。私はアナタを止めるべき存在」


「止める? 妾をか? 滑稽じゃな。太古より錬磨を繰り返してきた妾を、来たばかりの小娘が止められるものか! 闇よ! 我が意に従い型と成せ!」


 周囲に黒い霧が発生し、ソレがアリサちゃんの背後に集まって徐々に何かの形を成してゆく。あれは……(ドラゴン)!?


「我が僕、黒龍よ! 我に仇なす愚か者を薙ぎ払え! 黄昏の吐息(トワイライト・ブレス)!」


 黒龍の口から吐き出された黒い帯が、床を抉りながら私に迫り来る。それを横に躱すと、帯はそのまま玄関の扉を突き破った。あ……スズタク達大丈夫だろうか?


「全く、無茶するわね。屋敷が崩れるわよ」


「ふふ。おぬしの眼は節穴か? よく見てみるが良い」


 アリサちゃんを警戒しつつ、風穴が開いた玄関をチラ見する。……あれ? 何処も壊れて無い!? ……まさかあの攻撃は幻術?!


「ゆけ我が僕! 黒龍回転打撃(コクリュウスクリューパンチ)!」


 龍は無音で私との間合いを一気に詰めて拳を繰り出す。……だったらコレも幻術か。あれ? でも幻術ってネタバレしたら意味無いよね。アリサちゃんは何故わざわざバラしたの? ……私にそう思わせる為?! だとしたらコレは幻術じゃない!


 龍の拳が私の身体にめり込む。背丈程の拳から繰り出された衝撃は、全身の骨を軋みあげる。こ、この衝撃……あの時と同じだ。私がこの世界に来る事になったあの時と……


 衝撃は前から後ろへと突き抜ける。そして今度は背後からやって来た。崩れ落ちる瓦礫と共に私の身体も床に向かって落ち、舞い上がる土煙の中に没した。


「ふはははは! 妾の奸計に見事に嵌りよって! ……しかし、もう少し楽しめるかと思うたのに、もう終わりか。呆気ないものじゃな」


 アリサちゃんが黒龍の顎を撫でると、龍は気持ちよさそうに目を細める。


「さあっ黒龍よ! とどめを刺すのじゃ! トワイラ……」


「全く悪戯が過ぎるわね」


「な、なんだとエフッ!」


 驚愕の表情で振り返ったアリサちゃんのお腹に、強化した私の拳がめり込んで彼女を吹き飛ばす。


「エフッ。お、おぬし、アレを喰ろうて何故……」


 口元から流れ落ちる血を服の袖で拭い、不思議でならないといった風でアリサちゃんは私を見つめていた。


 身体強化を施していた。と、いうのもあるが、咄嗟に後ろへと飛んで衝撃を逃したというのが一番大きいだろう。何割かは喰らったけれど、直撃するよりはマシ。アレをまともに喰らっていたら、立ち上がる事も出来なくなっていたに違いない。


「アリサちゃん。コッチへいらっしゃい。お尻ペンペンしてあげる」


「ひ!」


 アリサちゃんは小さな悲鳴をあげ一歩後ずさる。……お、効果アリ?


「ホラ。こっちいらっしゃい。悪い子にはお仕置きしてあげる」


「ひ、ひ……」


 アリサちゃんは怯えた風で頻りに首を横に振って後ずさる。


「……ふ。黒龍!」


 私の背後に闇が集まり龍を形作る。振り下ろしたその拳は、木製の机を粉々に砕き床板をも撃ち抜いた。


 その拳をギリギリで躱し、光を纏わせた剣で拳を振り下ろして硬直している龍の腕を斬り裂き、一回転して下から上へと飛び上がりながら、逆袈裟懸けをする。


「グギャアアアア!」


 黒龍は悲痛の叫びをあげ、その姿は霧散して消えた。この魔法の弱点は、主人の命令がなければ動けない事だ。連続して指示を出し続けなければ相手を屠る事は難しい。


「なんじゃと!?」


 アリサちゃんは驚愕の声をあげる。まさか倒されるとは思っていなかったのだろう。


「どうやら。チェックメイトのようね」


 地面を通じて感じる遠くから響く音。そして大勢の人が発する雄叫び。ラスティンは西の大陸から援軍が到着し次第救援に向かう。と、言っていた。恐らくその援軍が到着し、それ等を率いて駆け付けたのだろう。


「これでもう逃げられないわ。終わりよ」


 アリサちゃんはガックリと肩を落として俯いた。


「……、……、……終わり? 終わりだと? ……ふふ。ふふふ……はーっはっはっは!」


 アリサちゃんは天を仰ぎ見て嘲笑する。


「援軍のう……。大方西の大陸の奴等であろう? ふふふ……本当に馬鹿な奴等じゃ。……じゃが丁度良い」


 丁度良い? アリサちゃんは懐に手を入れて何かを取り出す。それは、テニスボール程の大きさをした球体で、クリスタルの様に透き通ったその内部には、仄かに輝く紺色をした靄が揺蕩っていた。あれは……? まさか!


火炎極殺(ナパーム・デス)!」


 アリサちゃんが天に掲げた掌から、白に輝く発光体が撃ち出され、屋敷の屋根を突き破って滞空した後、分裂して四方八方へ飛び散る。直後、耳をつんざく様な轟音。やや遅れてやってきた爆風で、砕けたステンドグラスが私達に降り注いだ。


 私の左目下部にある枠には、ランクS魔法である表記がされていた。ランクSの魔法を無詠唱で!? しかも無詠唱なのにこの威力?! ……間違いない。あれは……


「七徳の宝玉……」


 ボソリと呟いた私の言葉に、アリサちゃんは目を細める。


「ほう。コレの事を知っておるのか。ならば、冥土の土産に教えてやろう」




 ――古代魔法文明時代末期。栄華を極めていた魔法文明時代に陰りが見えてきていた。百年の間、新たな魔法を開発するまでに至らず、停滞は誰の目にも明らかだった。


 時の賢人評議会は、新たに大魔法を構築し更なる発展を目指そうと動き出した。その為に作られたのが七つの珠、後に七徳の宝玉と呼ばれる神器群であった。


 宝玉は凝縮した魔素を内包させる為の器である。狭い空間内で極限を超えた凝縮を行いブラックホール化させて、剥き出しになった特異点から半永久的に魔素を得るシステム。


 そして、最後の八つ目の珠を精製中にその事故は起きた。器の強度不足により極短時間ブラックホールが発生。北方の大陸を瞬時に消滅させた。その名残が北方にある大クレーター、林立する魔素柱(ダーソス・マナ)である。


 この技術は人の手に余ると判断をした評議会は、精製済みの七つの珠を各地に分散させて封印したのである。




「――この珠の名は正義。所有する者のチカラを究極にまで底上げする事が出来る神器だ」


 だからSランク魔法を無詠唱で放つ事が出来たのか。人外のチカラを持つ魔女と、そのチカラを底上げする神器。くそっ、最悪の組み合わせだ。


「……おぬし、妾のパートナーにならんか?」


 ……は?


「そなたは面白い存在だ。若輩ながらに妾をここまで追い詰めるとはな」


「残念だけど、私にはやる事があるのよ」


「……そうか、残念だな。妾とそなたが組めば、こちらの世界もあちらの世界も思うがままになるのだがな」


「あちらの世界?」


「決まっておろう。日本じゃよ」


 ……な、日本!? どうしてそれを?!


「どうじゃ? そなたにはあちらの世界をやろう。妾はこちらの世界を貰う。我等が世界の女神となり、二人で支配しようではないか。悪い話ではなかろう?」


 確かにね。悪い話じゃない。だけど


「私は元の生活に戻りたいだけよ」


「そんな事は赤子の手を捻るより簡単じゃ。そなたは神となるのじゃぞ? 運命など如何様にも変えられよう」


「その為に人々に犠牲になれ、と? 冗談じゃ無いわね。誰かを犠牲にして、のうのうと生きていける程私の神経は図太くないから」


 何でも思うがまま。それは非常に魅力的な言葉だけど、逆を言えば、そこに至るまでの感情が奪われる事に他ならない。全てのモノは苦労をして手に入れてこそ、真の価値が分かるってもんだ。


「そうか。ならばやむを得んな。妾が神を気取る者達を排除して、真の神となろう!」


 私に向けて翳した掌に白い輝きが収束されてゆく。ランクSの魔法。躱せば屋外に居るスズタク達や西側諸国の援軍も含めて、この辺一帯が消滅してしまうだろう。それは、私に直撃しても同じだ。


 これを防ぐには、弾いて空へ飛ばすか、転移させるしかないが、呪文を唱えている時間は無いし、なによりも魔力が足らない。


「さらばだ」


アリサちゃんの掌に収束されたバレーボール程の光の塊が、無慈悲にも放たれた――。

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