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第四話 熱い想いと冷たい刃

「よっし、目的達成っと。順調順調」


 左目下部の枠の中に、目的のコンプリートと経験値、そしてレベルが上った旨の表示が出ていた。あれから三日が過ぎ、幾人かの目的をクリアした私のレベルは五になっていた。目標を指差して目的を確認し、憑依してクリアする。その行為にも大分慣れてきた。このまま続けていても良いけれど、頭の中ではそろそろかなって思っている。それは、南にある大きな城下街への移住。


 この村を離れるとなると少し淋しいけれど、折角の異世界。色々な所を見てみたい好奇心が沸々と湧き上がる。この村からでもよく見える宇宙にまで届いていそうな塔。テーマパークのお城が建つ街。旅人から聞いた虹色に輝く洞穴。吟遊詩人が唄って聞かせた南の島の楽園。そんな素敵フレーズの場所にも是非とも行って見てみたい。


 元の世界なら旅行に行くにも四苦八苦していたけど、この世界なら、今の私なら何処へでも行ける。私のお財布が痛む訳でもないし、富豪のお嬢様にでもとり憑いておねだりすれば、連れて行ってくれるかも。その為には、まずは大きな街に行かないとね。空に輝くまあるい二つのお月様を眺めながら、まだ見ぬ場所に思いを馳せていた。


 ガラリ。

 私が腰掛けていた(というより浮遊してた)屋根の家の戸が開かれ、中から外へオレンジ色の光が漏れ出した。


 電気がないこの世界では、明かりを灯す為の油も貴重な物。大きな街ならば、光の魔法によってある程度の間明かりが灯されているらしいが、一般家庭では獣油や植物油を使って明かりを確保している。だけど、そうそう長い間は灯してもいられない。だからこの村は基本的に、日没して少ししたら床に入り朝日と共に起き出すサイクルになっている。こんな時間に外に出る。なんて、余程の事だ。


 この家は確かエミリーさんの家。という事は、湖の方へ歩いていった人物はエミリーさんかな? こんな夜中に一体何の用なんだろ……。私は好奇心からエミリーさんの後を追う。


 月明かりもあって、エミリーさんはランタンも持っているから、追い掛けるのは容易かった。月とランタンの明かりを頼りにエミリーさんは足早に歩いていく。


 一体何をしに行くのだろう? 気になった私は指差しを行い、彼女のステータスを確認する。


『エミリー=ルハート 二十五歳 :人族 女 :レベル 三 :状態 衰弱、混乱 :ユーザ=ルハートの妻。行方不明の夫の帰りを待ち続けている。 目的:ボリスに会う。』


 以前見たステータスに、混乱と目的が追加されていた。……ボリス? ってあの?


 その人物は色々と噂が絶えない人物だ。勿論、悪い方の。村の西にある水源地から南へ行った所に、大きなお屋敷が建っている。この周辺一帯を治める領主コルネリア=リスティヴィルドさんのお屋敷だ。ボリスはそのコルネリアさんの嫡男にあたる人物で、年齢は四十程で小太りで禿げかかっているらしい。嫁を探しては方々へ出掛け、要らぬトラブルを抱え込んで戻って来るという。エミリーさんはそのボリスに目を付けられた。と、思われる。



 湖畔は静寂で満ちていた。時折魚と思われる生き物が、パシャリと跳ねて水面に映る月を歪ませる。今この場には、私とエミリーさん。そして、ボリスが居た。


「……あの。その後の進展はありましたでしょうか?」


「いや、こちらも全力で探してはいるのだけど」


「そうですか……」


 しばしの間沈黙が流れた。パシャリ。静寂を嫌うかのように魚が跳ねる。


「……エミリーさん。旦那さんが貴女を置いて居なくなってからだいぶ経つ。そろそろ踏ん切りを付けた方が良いかもしれない」


「……あの主人(ひと)が私を置いて何処かに行く筈はありません! きっと戻って来ます!」


「だけど……街の衛兵にも聞いてみたけど、旦那さんが立ち寄った形跡は無いみたいだし……」


 成る程。話を聞く限りでは、行方不明になった旦那さんを探すのにボリスの力を借りている。と、いう事みたいだ。


「幾らボクでも探すのには限界があるしね。……じゃあさ、ヴァッセルの街にも知り合いが居るから、そっちにも聞いてみるよ。それでもし、旦那さんが立ち寄っていなければ、あの事……ボクとの結婚を考えてくれるかい?」


 け、けっ……こん。だと!?


「……そうだな。三日後、またこの時間にここで。その時に答えを聞かせて貰っていいかな?」


「……わ、分かりました」


 エミリーさんの声が震えていた。諦めきれないといった想いが、私にもヒシヒシと伝わる。それは、旦那さんをそれ程に愛しているのだという意思表示。それを知ってか知らずか、ボリスは無神経にも結婚を迫っている。


 旦那さんを待ち続けるか、諦めてボリスと一緒になるかの板挟み。エミリーさんのステータス異常である混乱は、ここからきていたのか。


「それじゃあ、また」


 ジャリ。ボリスは手にしたランタンを自身の前に翳し、屋敷に向かって歩き出す。その姿を見送っていたエミリーさんは、ボリスの姿が森の木に隠れて見えなくなったと同時にその場に崩れ落ちた。月が水面に映る静かな湖畔には、魚が跳ねる音とエミリーさんの嗚咽がいつまでも響いていた。



 翌朝から、私はボリスの調査に乗り出した。エミリーさんに幸せになって貰いたいから。だから、噂の真相を確かめる為に。


 別に調査といっても何をする事もない。ただ近くで観察するだけ。人に見えない私だからこそ、ここまで接近して情報収集が出来るのだ。おおっ、今の私って探偵業に向いている! ……あんまり嬉しくないや。


 潜入捜査二日目。ボリスは家では良い子ちゃんで通っているらしく、今の所なんら悪巧みの事実を掴めずにいた。意外に本気で心配しているのかもしれない。……そういえば、ヴァッセルの知人に聞いてみるとか言ってなかったっけ? でも、誰かに何かを頼んだ風も見られなかったし……。一体何を考えているのだろう?


 朝食を終えたボリスは、別に何もする事も無く自室に引っ込んで、ただ時計ばかりを気にしてニヤケていた。気持ち悪い。


「クククク……明日、明日だ。明日でエミリーがボクのモノになる。ここまで来るのに苦労をしたな……」


 ボリスの言葉からは、とてもじゃないがエミリーさんの事を想っている風にはみえない。これじゃ、エミリーさんが可愛そうだよ。



 潜入捜査三日目……私は聞いてしまった。ボリスの悪巧みを。奴は、アイツは……急がなくちゃ。誰かに憑依してこの事を伝え……まてよ? 私がエミリーさんに憑依して、ボリスを振っちゃえば丸く収まるんじゃ? うん、それが手っ取り早いね。


 夜を待ち、エミリーさんが家を出たタイミングで、私は彼女の肩に触れる。掃除機に吸われる様な感覚の後、夜風がエミリーさん()の髪を揺らした。


「おとと」


 石に躓き転びそうになる。深夜に近いだけあって周囲は暗く、月とランタンの明かりを頼りに進んでるだけではなく、エミリーさんの身長が私よりも高い為に、どうしても足が縺れてしまう。ハイヒールを生まれて初めて履いて、夜間を歩いている様なものだ。


 身体に慣れた頃、私は湖の辺りに着いた。しかし、ボリスの姿は何処にも見えない。来た所で答えは出ている。ボリスの求婚を断る事。これには、私もエミリーさんと同意だ。


 ボリスは旦那さんの事を探してはいなかった。知人に聞いてみると言ったが、実際の所何もせずに放置していた。


 それもそのはずだ、旦那さんが見つかってしまえば、エミリーさんは元に鞘に収まってしまう。自分のモノにする為には、探しているフリをしておけばいいだけだ。エミリーさんからしてみれば、そんな事は分からないのだから。


「やあ、待たせたね」


 来た。エミリーさんを苦しめる元凶が。ランタンを前に掲げ、相変わらず成金趣味の衣装を身に纏う。貴族ってみんなこう(・・)なのかな……


「ご主人の事をヴァッセルの知人にも聞いてみたけど、街には立ち寄っていないと……」


「私、聞いたんです」


「……? 何をだい?」


「あなたは主人を探すフリをしているだけで、その実何もしていないって」


「へぇ。誰に聞いたんだい? そんな事」


 誰もなにもアンタが言ってたんでしょうに。


「……そんな事はどうでも良いのです。どうしてウソを吐くのです? ……私、ウソを吐く人とは一緒になりません。もう、関わらないで下さい」


「じゃあ、どうすると言うのかな」


「私は主人の帰りを待ち続けます」


「……無駄だな。キミの旦那は帰って来ない」


「いいえ必ず帰って来ます!」


「いいや! アイツはもう帰って来ない! 来られる訳が無い!」


 来られる訳が無い(・・・・・・・・)……? 一体何を言ってるの?


「それはどういう事ですか?」


「もういいや……そんなにアイツが良いなら、会わせてあげるよ」


 え? 旦那さんの居場所を知っているの!?


 ボリスが懐に手を入れて勢いよく引き出す。月光に照らされ一条の線が見えた直後、私の左肩を痛みが襲った。


「ツッ!」


 何かをしたボリスに視線を向けると、右手に何かが握られているのが見えた。……アレは、短剣(ダガー)!? じゃあ、このヌルリとした感触は……


「何をするの!」


「会いたいのだろう? アイツに……だったら、同じ場所(・・・・)で会わせてやるよ」


 同じ場所で会わせる。コレ、サスペンスドラマなんかで定番の台詞だったな……


「まさかアンタ、旦那さんを……」


「そうだ。アイツを()ったのはこのオレだ」


 コイツ、噂通りの悪人だった。しかも、最低なヤツだ。


「どうしてそんな事をしたの!?」


「決まっているだろう? オマエを手に入れる為さ……アイツはオレの命令を無視した。貴族であるこのオレの命令をね……。お前等平民は黙って従ってりゃ良いんだよ!」


 ボリスは手にした短剣(ダガー)を横に振るい、吹き出した感情を私に向ける。


「さあ、審判の時だ。服従か死か。好きな方を選べ」


 ボリスは短剣(ダガー)の切っ先を私に向けて一歩を踏み出す。それに合わせて私も一歩退がるが、石に躓き尻餅をついてしまった。


 怖い……恐怖が私の全身を貫いて震え上がらせ、身体の自由を奪う。平和な日本で生まれた私は、刃物を持つ相手と対峙した事なんてある訳がない。だから、対処法も分からないし、逃げ回るしか手が思いつかない。


「こっ、こんな事をして許されるとでも思っているの?!」


「許される? おいおい勘違いしないでくれ。キミはこれから自殺するのさ。うーんそうだな……入水自殺にしようか。旦那が帰って来ない事に耐えかねてって事で」


 ゴクリ。生唾を飲んで、私の後ろにある湖に意識を向けると、パシャリと魚が跳ねる音が聞こえた。私を水の中に沈める気!? じ、冗談じゃない!


「さあ、どっちにする?」


 ジャリ。ボリスが一歩詰め寄る毎に私も後ずさる。そして、私は行き場を失った。手は湖の冷たい水に触れている。これ以上退がったら、ボリスは私を湖に引き摺り込んで殺すだろう。かといってボリスの言いなりになったのでは、エミリーさんの目的が変わらない限り、この身体は奴のされるがままになってしまう……


「あれあれ? そんなに湖が好きなのかな?」


 ジャリ。ボリスは更に詰め寄る。……今っ!


「グアッ!」


 水の中で掴んだ砂を、ボリスに向かって投げ付けた。水分を含んで泥砂と化した砂は見事にボリスの顔を直撃し、ボリスは顔を押さえてたたらを踏んだ。


「目がっ、目がぁぁぁ!」


 上手いことボリスの視界を封じた私は、立ち上がって逃げ出した。水際をひたすら走り、森の中へ逃げ込む。ここならば身を隠す所が沢山ある。ボリスをまいて村に戻り、村長さんにこの事を話す。なんならこのまま城下街の騎士団詰所に駆け込んでもいい。奴を裁く為には後者の方がいいだろう。


 幸いにも月の明かりでランタンが無くても道は見える。私は月光に照らし出された白い道をひたすらに走った。と、後ろの方からボリスの咆哮が聞こえた。


 私は道から外れ、森の中に入り幹の陰に身を潜める。パタリ……パタリ。熱く疼く左肩から流れた血が腕を伝い、指の先から草葉に落ちる。息も上がってしまいもう動けそうにない。静かな森の中に荒い息づかいと、滴り落ちる血の音だけが聞こえていた。



 突然、眩暈にも似た感覚に見舞われた。直後に湖の方向からランタンの明かりが近付いてくるのを見つけ、息を整えて周りと同化する。


「どこだっ! エミリィィィィ!」


 ボリスの叫びが静かな森に木霊した。ここを乗り切れば助かる。このままボリスを見送り、十分に引き離して村へと引き返し、村長さんの所で匿ってもらう。街へは男の人に同行して貰えば、ボリスも下手な手出しは出来ないだろう。


 私はランタンの明かりが見えなくなったのを確認し、ホッとため息を吐いた。良かった。気付かれずに済んだみたい。それじゃ、村に戻って村長さんに……


 戻る為に一歩を踏み出すと、私の体の中に冷たくて硬い何かがスッと入り込んだ。冷たかった硬い何かは徐々に温かくなり、逆に体温を超えて熱く疼き始める。


 ゴフリ。喉を逆流して、ドロリとした何かが口から漏れると同時に、鉄臭い匂いが辺りに充満した。疼く場所に視線を落とすと、高価(たか)そうな装飾が施された柄が赤に染まり、オレンジ色の明かりに照らされて鈍く輝いていた。


 柄が勢いよく引き抜かれると、身体中から力が抜けて膝から崩れ落ちる。


「な、んで……?」


 ゴフリ。再び喉を逆流して、生暖かい液体が口から漏れ出した。やり過ごした筈なのに、どうしてコイツはここに居るの?


「ふっ、理解出来ないといった風だな。幻術だよ。行ったと見せかけてたのさ。お前がここに潜んでいるのは血の跡で分かっていた」


 幻……術? 魔法を……使った……という……の? ゴフリ。逆流してきた熱い塊を吐き出し、身体がビクリと震える。薄れゆく意識の中で、ボリスの嘲笑がいつまでも木霊している様に思えた。



「おい! こっちだ!」


 ガヤガヤとした何やら騒がしい状況に私は目を覚ました。真っ暗だった森には、光が差し込んでいて緑が一段と鮮やかに見える。林道には見知った顔が並び、不安そうに私を見ていた。


 昨夜ボリスを撒いた後、肩に付けられた傷の所為で、朝まで気を失っていたのだろう。それを村の人達が見つけてくれたんだ。私がホッと安堵のため息を吐いた直後、私の身体をすり抜けていく何かがあった。


 男の人に抱かれたその何かの服は薄汚れ、肩と鳩尾からは黒く変色したシミが裾まで延びている。元々色白だった肌は血の気を失って更に白くなっていた。


「エ……ミリーさん?」


 男の人に抱かれ力なく下がる腕、変わり果てたエミリーさんの姿が涙でボヤける。


「……ごめんなさい」


 涙が、止まらなかった。


「ごめんなさい……」


 謝って済む問題じゃないのは分かってる。だけど……


 私が上手く立ち回っていれば……。エミリーさんではなく男の人に憑依して潜んでいれば……


「ごめんなさい……」


 私はその場にガクリと膝を落とし、運ばれてゆくエミリーさんの姿をただただ眺めているだけだった。エミリーさんを殺したのはボリスじゃない……私だ!



 旦那さんの失踪に続いて、エミリーさんが殺されるという事態に、村は騒然となっていた。ボリスは王都よりやって来た騎士団に捕縛され、都へと連行されていった。血に塗れた姿を使用人に見られては言い逃れは出来ない。極刑は免れないという話だ。


 そして私は……エミリーさんのお墓の前に立ち竦んでいた。もし、エミリーさんの霊体が現れたのなら……土下座をしてでも謝りたいと思っていた。例え何年かかろうとも。

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