第三十九話 知覚する重責
「美希。塔の中がどうなっているか知ってるか?」
塔攻略の為の作戦会議は続いていた。
「分かるわけないでしょ」
「だよなぁ……」
何しろ、はるか昔に封印を施されて以降、誰も中に入った事など無いのだから。当時の文献なども残っている筈も無い。
「色々と情報不足で不透明な点ばっかだな。そもそも魔女を倒して魔物が湧かなくなる保証なんてねぇしな」
それは確かに。魔女ではない他の要因で魔物が湧き出している可能性もある。
「考えだしたらキリなくない?」
「まあな。結局の所、行き当たりばったりになっちまうんだよな」
スズタクのそんな一言で場は和やかになった。だけど、私は非常に重要な事を聞かなきゃならない。
「スズタク。魔女をどうするつもり?」
「ん? どうする、とは?」
「……殺すの?」
場が静まり返る。魔女は肉体が滅んでも魂は不滅。そして別の身体に転生し、また復活してしまう。
「魔女転生。その話は聞いている。しかし、殺さなければ現状は変わらない」
「確かにそれはそうだけど……でも、きっと次で総てが終わる」
前回の魔女討伐から十二年。もし、また次も同じ周期で現れい出たとしたら、疲弊した戦力では太刀打ちが出来ないだろう。
「じゃあ、どうすれば解決出来るというんだ?」
「私ね、前々から……魔女の話を聞いた時から知りたいって思った事があるの」
「知りたい? 一体何をだ?」
「魔女の行動原理」
「! 駄目です美希さん! それはあまりにも危険すぎます!」
麻莉奈さんは私が言いたい事を察したようだが、スズタクは未だ判っていない様で、私と麻莉奈さんの
顔を交互に見つめている。
「何だ? 一体何をすると言うんだ?」
「美希さんは魔女の身体に取り憑こうと言うのです」
正解。
「魔女は太古の昔より転生を繰り返して来た存在です。その魂の力も非常に強力なモノの筈。幾ら美希さんといえど分の悪い賭けです!」
麻莉奈さんの言う事は、私も分かっている。それがどれだけ無茶な事なのかも。
「分かってるよ麻莉奈さん。スズタク、もしもの時は、魔女の身体を貫いてくれる? 私ならレベルが下がるだけで死にはしないから」
元々死んでるしね。
「どうしてそうまでしたがる?」
クエストが達成されて私達が居なくなったら、この世界は間違いなく滅ぶ。強大な魔法を操る魔女に対し、魔法技術の廃れたこの世界では、対抗する術はもう残されていない。
「――それは確かにな」
私の話を聞いてスズタクは頷く。
「スズタクも言ってたよね。この世界の人達を犠牲にしてまで戻るつもりはないって。私も同じなの」
私の中では未だある女性の事が引っ掛かったまま。面白半分でその女性に取り憑き、死なせてしまった。
その罪滅ぼしって訳じゃないケド、少なくとも今の子供達が恐怖に怯える事の無いそんな世界にしてから旅立ちたい。
「分かった。だが、覚えておいてくれ。お前が制御不可能と判断したら即座に斬る」
冷徹な瞳で見据えるスズタクに、私も真剣な面持ちで頷いた。
「んー。話はそれで決まりかニャ」
ミルクさんは退屈そうに伸びをする。
「ああ、決まった」
「んじゃ、どう攻めるニャ?」
どう攻める? あ、魔女の事ばかり頭にあってその他の事をすっかり忘れていた。敵は魔女だけじゃないんだっけ。
ヴァッセルの西北あたりから東あたりまで、それなりに深い森が広がっていて、南は岩場を経て草原になる。森から行けば、こちらの身を隠しながら旧市街の近くまで接近は可能なんだけど。
「ん? そんなの正面突破に決まってるだろ?」
考えているのが馬鹿らしい答えが、スズタクの口から飛び出した。ルートはこうだ。アルスネル王都の東南東辺りから東の山を越える今はあまり使われていない細い道があるそうだ。そこを通ってヴァッセル南の草原と岩場の境目に出て、あとは迫り来る魔物を蹴散らしながら塔に向かうだけ。いたってシンプルな作戦だ。
「それじゃ、コイツをお前に渡しておく」
スズタクは麻で出来た小さな袋をテーブルに置いた。
「なにこれ?」
ジャラリとした音からして何か硬いもののようだけど。
「魔石だ。残りは四十程だが、塔内部の攻略もある。大事に使ってくれ」
紐を解いて袋の中を見てみると、ゴルフボールよりは一回り小さい石が入っていた。
「また、採りに行かなきゃな」
「これって、何処で採れるの?」
「南にある島の山の地下だ」
スズタクの話では、南方にある群島の一つに活火山があり、その地下深くに大量にあるのだという。勿論、一般人では到底到達出来ない場所だそうだ。それもそうだ、誰にでも行けたら魔石は市場に溢れ返っていたはずだ。
「それじゃ、寝るとしようか」
スズタクは床にゴロリと横になり、ミルクさんはソファーで丸くなった。私と、麻莉奈さんは隣室に移動してベッドに入る。余程疲れていたのか目を瞑ると即座に眠気に誘われた。
翌日。王都を出発した私達は、まず南の平原を進み、程なくして東へと向かう。街道とまではいかないものの草の合間に土が見え、薄っすらとだけど私でも見える道が森へと続いている。森に入ってもやはり土が踏み固められた道が、木の間を縫うようにして延びていた。アルスネル王都から東の街道を通れば、馬車を使って約二日でヴァッセルに着く。コッチの道は遠回りで、しかも山越えがあるから倍は掛かるだろう。なるべく早く着きたい。次は何時、アルスネルの上空に隕石が現れるか分からない。スズタク達もそんな想いがあるのだろう。少しづつその歩みが早くなっていった。
二日目のお昼頃。それまで、私達はほぼ休む事なく移動していた。それは人外の能力を持った私達だから出来る事であって、一般の人では絶対に無理な事。そして、山頂へと辿り着いた私達の前には静かに佇む砦があった。外壁は部分的に崩れ、柄しか無い剣や槍だったのだろう棒があちこちに転がっている。黒い染みの付いた布切れや石畳の床にも同様の染みがあちこちに見られる。それ等はここでも激しい攻防が行われた事を如実に物語っていた。
「ここで休んでいくか」
砦の見回りを終えたスズタクがそう言うと、壁に身を預けて目を閉じる。程なくして寝息が私の耳に届いた。寝るの早っ。
「どうぞ、美希さん」
麻莉奈さんが差し出した、麻と思われる物で編んだ籠の中には、トマトらしき物とかの野菜類と柔らかくした干し肉を挟んだバゲットサンドが入っていた。そして、虚空からポットとカップを取り出して熱々のスープを注いでくれた。うーん便利だなぁ、麻莉奈さんの四次元ポ……じゃなかったマジック・カーセットか。
麻莉奈さんの能力。マジック・カーセットは、ただ中に物を仕舞っておくだけではなく、冷たい物は冷たいまま温かいものは温かいまま、新鮮な物は新鮮なままで仕舞った時の状態で保存される。だから日にちが経っても、こんなに瑞々しい野菜を食する事が出来るのだ。私はカップを手に取り、スープを口に含んでコクリと飲む。温かな液体が喉を通って胃に収まった。ほーっ。温まるなぁ。
「明日には着くのかな?」
「明日は山の麓で休憩を取って明後日攻め入る」
いつの間にやって来たのか、スズタクが麻莉奈さんのすぐ後ろに居た。心臓に悪いんだけど。麻莉奈さんもビックリしてるじゃないか。
「アンタ、驚かすのも大概にしてよ。麻莉奈さんが食べ物落としそうになったじゃない」
まあ、落ちちゃったらスズタクの分は無しって事にするけど。
「すまんすまん」
スズタクは悪びれもなくそう言うと、麻莉奈さんからサンドを受け取って頬張る。
「美味そうな匂いだニャ」
そして、ミルクさんも匂いに釣られてやって来た……おや? 足元に居るのは何だ?
「なんだその猫」
猫?! ソレ猫?! 私には子犬サイズの豹にしか見えないんだが?!
「情報提供者だニャ。麻莉奈っち、お礼にご飯あげてニャ」
マジであった! ニャンコネットワーク!
麻莉奈さんは籠の中からサンドを取り出して子犬サイズの豹の前に置くと、その豹は勢い良く食べ始めた。
「情報って何を聞いてたんだ?」
「ひぇひのひゃいひとひゃ」
「食ってから喋れ、訳わからん」
ミルクさんは口に含んでいた食べ物をゴグリと飲み込んで水筒の水を流し込む。
「敵の配置とかだニャ」
ミルクさんは転がっている棒を拾い上げると、床に大雑把な配置を描く。
「ざっとこんなカンジニャ」
それによると、魔物達は塔を中心に円を描くように配置されているが、アルエーデ王都側はその数が少なくアルスネル、ノスティア側が数が多いようだ。アルエーデの脅威が無くなったから薄いのだろう。勿論、南の大平原にもそれなりの魔物が配置されているようだ。
「ボスは塔の中だって言っているようなもんだな」
「それともう一つ。やっぱり塔の中に人間が連れ込まれたようだニャ」
塔の中に人間が……か。もっと細かい情報が欲しい所だけど、犬猫から見れば人間の区別なんか付かないわな。
「どんな人だったか分かる? ミーちゃん」
食事をし終えた豹は、いつの間にか麻莉奈さんの膝の上に乗り、頭を撫でられ気持ち良さそうにしていた。てか、名前付けとるんかい! 飼う気満々だなっ!
「みゃー、にゃおん」
「鎧を着た奴だったそうだニャ」
いや、戦闘中なんだから皆着ているでしょうに。
「まぁ、ソコはどうでもいい」
いや、良くないからっ。
「美希、隕石落としのリキャストタイムはどれ位だ?」
「りきゃすとたいむ?」
「ああ、再詠唱可能時間だ」
成る程。私は慌ててコマンドを呼び出し呪文リストを開く。
「十日だね」
「そうか。ひょっとすると、もう使用可能状態になっているかもしれんな……」
「そうだね。円陣を布いているとなると、もう準備に入っているのかも」
主である魔女を守る為の布陣だとしたらその可能性は高い。
「よし! 今日は夜通し歩いて、麓で十分休養を取ってから攻め込む」
皆頷いて立ち上がり、遺棄された砦を後にする。アルスネルやノスティアが地図から消える前に、ケリを付けなければならない。この世界の運命は私達の双肩に掛かっている事を今になって感じ始め、一歩を踏み出す毎に重みが増していった。