第三十八話 師なる者の蓋然性
「心して答えよ。塔の封印を破ったのはオマエか?」
冷たく鋭い氷柱のような視線が私達の身体を貫く。ラスティンの身体から放出される殺気が私達に向けられ、マンガやアニメだったなら間違いなく赤い靄が全身から立ち上っている描写になっているだろう。答えによっては、お前たちを今この場で切り伏せる。そう言っているようにしか見えない状況。だけど、それは完全に濡れ衣だ。私はラスティンの冷徹な眼をジッと見据え、口を開いた。
「違います。私ではありません」
口から出た言葉を聞いて、ラスティンの殺気がたちまちのうちに霧散してゆく。どうやら分かってくれたらしい。
「そうか……久しいな、コンドウミキ、そしてスズキタクよ。いきなりの無礼許してくれ」
正常運転に戻ったラスティンは、私達に向かって頭を下げた。それにしても、あのラスティンをここまで窶れさせるとは、一体何があったのだろう。
「まあ座ってくれ」
ラスティンに促され席に着くと、それを待っていたかのようなタイミングで部屋のドアが開かれた。ティーカップをトレーに乗せ、入室してきた人物をひと目見て、私は大きく目を見開いた。彼女がカップをテーブルに置いている間中、ずっと見続けていたものだから、変なふうに思われたかもしれない。
「すまんなアウレー。もう下がっていいぞ」
「はい。では失礼致します」
彼女は一礼して部屋から退出してゆく。私はその後姿をボーっと眺めていた。なんか不思議な気分……
「元気そうですね彼女」
「ああ、彼女は実に良くやってくれている。だが、オマエがとり憑いていた時の記憶がなくてな、本人もその事を気にしているようだ」
「そうですか……」
私は彼女が出ていったドアを見つめた。恐らく青のクレオブロスによって、そうなる様に細工でもしてあるのだろう。自身が魔女の力を行使できていたなんて知ったら混乱は必至だろうし。
「ただ、オマエが彼女の身体から離れてから、彼女は普通の人間とは違う面が出てきた」
「え?」
「彼女の身体能力は常人を遥かに超えていてな、お前達異世界人と比べても遜色がない程になっている。お前が彼女にとり憑いていた所為かどうかまでは分からんがな」
もしそれが本当なら、私がとり憑いたこの世界の人達は、超人的な力を手にする事になってしまう。それもクレオブロスが関係しているのだろうか? それとも他に要因が……
「お話中よろしいだろうか? ラスティン卿。出来れば我々にも状況を説明願いたい。見れば卿は大変お疲れのご様子、話に華を咲かせている状態ではありますまい」
「知ってどうするのだ? スズキタクよ」
ラスティンは、口に運びかけたカップをテーブルに置くと、その目つきが変わった。
「私達で魔物を止めます。私はラスティン様に、この国に大変お世話になりました。それを今、お返ししたいのです。私が持つ忌むべき力でこの国を救いたい。私達はそう思ってこの地へ参ったのです」
「フム。……その申し出は有難いのだがなコンドウミキ。だが、気持ちだけ受け取っておこう」
「何故ですか!?」
「これはこの世界の問題だからだ。それにコンドウミキよ、お前には他にやるべき事がある筈だ。このような事に時間を取っている場合ではあるまい?」
「そういう訳にはいかないのですラスティン卿」
「何? どういう事だ?」
「以前お話した宝玉。その一つがあの塔の中にあるからです。ですのでラスティン卿。卿が否と言われようが、我々はあの塔へ向かいます」
「そうか……お前達が求める物が塔に……。だったら尚の事、お前達を止めねばならん」
「どうして、そうまでして我々を行かせたくないのですか?」
「今回ばかりはお前達でも分が悪い相手だからだ」
相手? 一体誰が……
「奴によってアルエーデは国では無くなった。ノスティアの王も深手を負い、そして我々も多大な被害を被った。この大陸には最早奴に抵抗できる戦力は無い。今、西の大陸に援軍の要請をしている所だ」
アルエーデが滅んだ!? 三国の戦力を引き裂く程の強大な力をもった奴って……
「ま、まさか、その奴というのは……」
ゴクリと生唾を飲み、ラスティンの答えを待つ。
「……魔女だ」
やっぱり……
魔女。全てを滅ぼせし人類の敵。彼女に一体何があって、そんな衝動に駆られるのかは分からないが、自身の肉体が滅びるか世界が滅びるまで、動き出した彼女は止まらない。
「奴が再びこの地に現れた。しかも、十二年前よりも遥かに強い力を得てな。アルエーデの軍は空から堕ちてきた巨大な岩に押し潰された。そしてアルエーデ王都も同じく、巨石によって地図から消えた」
空から巨大な岩!? それってもしかして……
「……隕石落とし」
「タロンで美希がゴーレムに使ったアレか」
「ええ。あの時は天井があったからそれに合わせたんだけど……それを本来の高さから落としたんだわ」
「なんだと!? お前もアレを行う事が出来るというのか?!」
ラスティンは驚きの眼で私をまじまじと見つめ、私がはい。と、答えると、ラスティンは人差し指の腹を唇に当て、フム。と、考え込んだ。
「コンドウミキ。その魔法はどんなモノなのだ?」
「空を超えた星々に流れる一欠片。それを魔力によって転移させ、目標目掛けて落とすランクSの魔法になります」
「……ランクだと?」
私の中では魔法にランク付けがされている。一般的な魔術士が使う魔法の矢は、五段階あるランクの一番下、Dにランクされている。宮廷魔術師が使う事のできる範囲魔法、炎球のランクはC。私がよく使う私と魔女のみが使用可能な付与魔術は、ランクBに設定されている。このランク付け、古代魔法文明時代に付けられたモノらしい。誰が一番すごい魔法を開発できるか? とか、競い合ってたのかもしれないな。
「――では、Sというのは最上位の魔法という事か?」
「はい。ランクSはその殆どが大量殺戮を目的とした魔法ばかりです。その代わり、色々な制約が付いています。例えば月の満ち欠け、複雑な印や昼夜、気候などといった条件が揃わなければ発動できないものばかりです」
「防ぐ方法は?」
「呪文が完成してしまったらまず不可能です。その前に術者の妨害をするしかありません」
「ラスティン卿」
ラスティンが何やら考え事をしている所に、スズタクが割って入る。
「時間が惜しいので我々はこれで失礼します」
「……行くつもりか?」
「勿論です。私達が元の世界に戻る鍵がソコにある。ならば、捨て置く訳にはいかないでしょう。再び封印が施される前に、手に入れなくてはなりません」
確かにそうだ。再封印が成されたのでは、内部に入る事は難しくなる。流石に再度封印を破る訳にもいかないだろう。
「先にも言ったが、私はお前達を行かせたくない。魔女に対抗できる戦力をみすみす失いたくはないからな」
「ご心配痛み入ります。では、ついでにその杞憂、振り払ってくると致しましょう」
「フ……我々の手に余る存在をついで扱いか……頼もしいというかなんというか……すまんなスズキタク、コンドウミキ。我々の世界の問題だと言っておきながら、お前達に頼ってしまう事になるとは」
「そんな事はありません。私はラスティン様が、この国が大好きですから。お手伝い出来るのが嬉しいのです」
「分かった。魔女は恐らく塔に居るはずだ。食料など何か必要な物があればこちらで用立てる」
「いえ、お気持ちだけで十分ですよラスティン卿。食料は民に与えて下さるようお願いします」
「すまないな。西からの援軍が到着し次第、我等も援護に向かわせてもらう」
「はい。それでは」
ラスティンとスズタクはソファーから立ち上がると、ガッチリと握手を交わす。
「フィリアン隊長にも宜しくお伝え下さい」
「……ああ。伝えておく」
……ん?
ラスティンの態度に違和感を感じながら私達は城を後にした。
城を後にした私達は、事前に許可を貰っておいた空き家の一つを借りて、別行動を取っていた麻莉奈さんとミルクさんと合流を果たし、塔攻略に為の作戦会議を開いていた。
「――と、いう訳だ」
「……そうですか。この惨状は魔女によるものでしたか」
麻莉奈さんは、テーブルの上でユラユラと揺らめく炎に視線を落とす。その表情は暗い。
「治療院の方も大変な状況です。その中で、気になる話を一つ聞きました。……なんでも騎士団ナンバースリーであるフィリアン=オルフェノが戦死した、と」
「なっ!」
私は驚きのあまり立ち上がった。
「それ、本当なの?」
麻莉奈さんは黙ったまま頷いた。私は崩れるように椅子に腰を下ろし、再び麻莉奈さんの顔を見るが冗談で言っている訳ではないようだった。
あのフィリアン隊長が死んだ!? 魔女討伐の英雄であり、この世界の人の割には規格外の強さを持つ、訓練でも一度も勝てた事の無い人が……
「砦からの撤退の際、兵達の囮になって魔物の集団に突っ込んで行ったそうです」
成る程。あの隊長の事だ、ついでに塔を攻略してくるか位のノリで突っ込んでいったんだろうな。だからラスティンは、別れ際の私の言葉にあんな表情をしたのか。
「ミキっち、大丈夫ニャ。ソイツきっと生きてるニャ」
私が意気阻喪しているのを見て、励ましてしくれているのだろう。
「そうだね。きっと生きているよね」
「違うニャ。そういう意味で言ったんじゃないニャ」
へ?
「塔の中に人間が連れ込まれるのを見た者が居るんだニャ」
「え? 誰なの!? それを見た人って!」
誰かが見たのなら、それは必ず噂になる筈。しかし、それが無いのにそんな話が出る訳が……
「猫ニャ」
……は? 私の聞き間違い?
「え、えーっと。今、なんて……」
「猫、ニャ」
あ、間違いないや。
「猫ってなんだよそれ」
スズタクはプッと吹き出した。
「あーっ! バカにすんなニャ! ニャンコネットワークを甘くみると痛い目みるニャ!」
ニャ、ニャンコネットワーク?! ……一応筋は通っている? のかな?
「ってゆーか。ミルクさん猫と話が出来るの?!」
「勿論だニャ。だってウチ、ネコミミ族だからニャ」
うん。それ、意味分かんない。
「まあ、どちらにしろ、塔に行かなきゃならんって訳だ。もし、ミルクの言う通りフィリアンが生きているとしたら……助け出すぞ」
スズタクの言葉に私は笑みで頷いた。