第三十三話 急転
「ヴァッセルが壊滅しただと!?」
スズタクが張り上げた声に、斡旋所にいる傭兵達の視線が一斉に注がれた。
ここは港町リーファにある斡旋所。あらゆる人達からの依頼を、新米傭兵から腕の立つベテラン傭兵に仕事を紹介する場所だ。その内容は魔物の討伐から迷子捜索まで、実に様々な依頼が持ち込まれる。一階部分は飲食も兼任しているお店で、どこの都市へ行っても普段は賑わっている。んだけど……
湖底神殿を攻略し、七賢人緑のタロンによってこの地に飛ばされた私達は、リゾート地であるはずの港町リーファが無残な有様になっている理由を調べに斡旋所へとやって来た。斡旋所のドアを開けた途端、内部が異様な雰囲気に包まれているのが見て取れ、その理由にスズタクも声を荒げたのだ。
魔術学術都市が壊滅するなんて、一体どんな方法でそんな事が出来るというのだろう?
「あなた方は、知らないご様子ですので、始めから説明させて頂きます」
受付の男性は、コホンと咳払いをして話を始めた。
「事の始まりは、一ヶ月前になります」
「一ヶ月前だと?!」
またしてもスズタクが声を上げると、他の傭兵達が一斉に此方を向く。
「取り敢えず話を聞こうよ。驚くのはそれからにして」
私はスズタクの肩に手を置き、受付の男性に続けるように促した。こうでも言わないといちいち中断されるからね。
事の始まりは、一ヶ月前。平穏な日常を過ごしていたヴァッセルの街の人々に驚愕が走った。ヴァッセルの街の中央に聳え立つ、アウイルの塔が突如として輝きだした。直後、耳をつんざくような音と共に、輝く破片が街中に降り注ぐ。
アウイルの塔を監視する為に、周囲を囲っていた城壁からは次々と黒煙が上がり始め、街中に配置されている伝声魔器からは、けたたましいサイレンの音が鳴り、しきりに退去命令を呼び掛けていた。
それから半月が経ち、ヴァッセル近郊までに迫り、もう一息で鎮圧が出来ると思っていた西のアルスネル、北のノスティア、そして自国のアルエーデの連合軍は、それまで波紋状に広がりただ猪突するだけの魔物の群れが、急に組織だった行動をみせるようになった事によって少しづつ押され始め、現在ではアルスネル、ノスティアの軍は国境まで押し返され、アルエーデは首都防衛で手一杯の状態だという。
港町リーファも三度、魔物の群れに襲われたが、侵攻の規模が小さかった為に、街に居た傭兵達で辛くも退けている。
(封印が破られたというの……?)
古代魔法文明時代に建てられたとされるアウイルの塔。それに封印を施したのも、同じ古代魔法文明時代の魔術師であると云われている。封印の効力が切れたとも考えられるけど、輝く破片が舞い落ちたという証言から、破られたとみて間違い無いだろう。
(一体誰が……)
魔法という技術が廃れつつあるこの世界で、古代魔法文明時代の強力な封印を破れるような人物は、スズタク以外では一人しか知らない。彼の持つ魔力喰いならば、恐らく可能だと思う。しかし、彼はアルスネル王国の重鎮であり、自国が被害を被る事を分かっているのにも関わらず、封印を破る動機がない。
では、他の誰かが……? いや、それを成したとして、その者は何を得る? 地位? 金? それとも女? 得ても湧き出した魔物に蹂躙されては意味が無い。それとも他の、第三者の存在が……
「美希。おい、美希」
私は思慮に没頭し、身体を揺すられるまでスズタクに呼ばれていたのに気が付かなった。
「理由は分かった、取り敢えずここを出るぞ。スマンな、騒がせた」
受付の人に謝罪を言ったスズタクは、表に出て斡旋所から離れた人気の無い裏路地に入った。
「にしても、一ヶ月も経ってるとはな。一体どこでそんな時間を食っちまったんだ?」
「それについては、思い当たる所があるわ」
湖底神殿ヴェルドゥーラ。その最深部、タロンの私室に居た事が原因だと思う。湖底神殿を攻略しタロンによって彼女の私室へと案内された。ソコは私達が居る世界の次元を超えた第一層の妖精界。だから、時間の流れが第二層と違っていてもなんらおかしくない。
「成る程な……」
スズタクは拳を作って口に当てながら納得していた。
「もしかして、浦島太郎もそいういう理由なのかもしれませんね」
そうそう、辻褄は合うよね。竜宮城は実は妖精界にあって、人間界と時間の流れが違う為に……って違くて!
「それで、だ。どうする?」
「そりゃ行くしかないでしょ?」
私が即答すると、麻莉奈さんミルクさんが共に頷き、スズタクは『だよな』と、頭を掻く。
「実を言うとだな、あの塔の中に七徳の宝玉があるようだ」
「塔の中に?!」
「ああ。恐らく封印されていて気が付かなかったのだろう。それが破られて、その存在が今はハッキリと分かる」
「でも、今は塔なんて攻略している場合じゃ……」
「ああ、分かっている。この世界の人達を見殺しにしたとあっちゃ、元の世界に戻れても目覚めが悪い。だが、行くとして何処へだ? ヴァッセルは魔物に蹂躙されていて踏破も儘ならないぞ」
ふと、ある人物の顔が私の頭の中に浮かんで消えた。
「アルスネルへ」
彼の国の騎士団の力は相当なモノだし、実の所アルエーデや北のノスティアには知り合いなんて居ない。それ等に行った所で、末端の傭兵として徴兵されるだけ。だけど、アルスネルならば、王族に知り合いが居る。その人なら私の魔女の力を存分に発揮できる場所を用意してくれるかもしれない。魔物相手に苦戦をしているようだし、今迄の恩を返すチャンスだ。ただ、以前と姿が違うから、不審者扱いされそう……
「アルスネルか……」
だけど、スズタクは乗り気じゃ無かった。怪訝な眼差しでスズタクの顔を見つめる私に、チラリと目配せをした後、バツが悪そうに頬を掻いた。
「いやな。彼処の姫さんとちょっとあってな」
あ、そうね。そういえば、リリアナ王女はスズタクにゾッコンだったっけ。
「いいじゃないの。リリアナ王女可愛いし、器量も十分過ぎる程あるわよ。あんな女性に迫られるなんて男冥利に尽きるんじゃない?」
「なっ! おまっ、知ってんのか!?」
「姫様から直に聞いたわよ。あんな助け方したんじゃ、惚れるの当たり前だよ」
「どういう事ですかタク様。私という者がありながら……」
何処からともなくハンカチを取り出し、キーッとそのハンカチを噛んで引っ張る麻莉奈さん。アンタいつの間にスズタクのものになってんだ?!
「話が拗れるから口挟まないでくれ」
「お腹減ったニャー」
ちょっとしたメロドラマっぽくなっている雰囲気の中、頭の後ろに手を組んでいた退屈そうなミルクさんがそう呟いた。
その後準備を整えた私達は、アルスネル王都に向けて港町リーファを出発した。斡旋所の人は私達に残って欲しかったみたいだが、単体や数十体ならともかく、数百数千と大量に押し寄せてきては私達でもどうにも出来ない。元を断たねば先がないのが現状だ。
アルスネル王都には、ヴァッセル経由の街道が使えない以上、リーファからの西ルートを使って行くしかない。こちらは平坦な道ではなく山あり谷ありの道で、馬が悲鳴を上げてしまう為に、徒歩でしか行くことが出来ない。暫くは海沿いの平坦な道を進み、次の町アナンから山岳越えのルートに入る。
リーファの町を出ると、川縁の土手のように盛り土された街道が、緩やかに湾曲しながら続いている。街道の左に広がる三日月型の白い砂浜には、穏やかな波が土手向こう側の惨状も知らずに、寄せては返すを繰り返していた。
「畑が荒らされているな」
「恐らく町の人達が逃げ出す際に持ち去ったのでしょう」
戦時下に於いて略奪は日常茶飯事だ。誰も彼も生き残る事に必死で、他人の事などに構っていられない。綺麗事を並べても、与えられる物がある訳じゃない。だけど、『仕方がない』で片付けたくないな。
「気付いているか?」
スズタクは真っ直ぐ前を見たまま、歩みのテンポをも変えずに言った。スズタクに言われなくても、気が付いていた。私達の後をずっとつけてくる存在を。数は六。その目的は……まぁ、私達の身ぐるみを剥ぐ事と……性的欲求の解消。と、いった所かな……まったく困ったもんだ。
「ええ、気付いています」
「ニャ」
麻莉奈さんもミルクさんも、何のリアクションも見せずに返事だけをする。この距離で気付かれる位だ、大した使い手じゃ無い。だけど、このままっていう訳にもいかないよね。
「懲らしめる?」
「いや、面倒事は避けよう。距離が開けば奴等も追って来ないだろう」
そして、スズタクのカウントダウンで私達は駆け出した。後ろの連中も慌てて追い掛けて来るが、人外の能力を持った私達に追い付く筈もなく、一定距離を引き離した所で追うのを諦めたようだ。これで一安心。
太陽が空と海とを別つ一筋の線に沈む頃、宿場町アナンに着いた。ひっそりと静まり返るこの町の幾つかのお店を覗いてみたが、アウイルの塔から湧き出した魔物の影響からか、誰一人として見当たらないゴーストタウンと化していた。町の住人は恐らく王都にでも避難したのだろう。夜間行軍は危険が伴う為に止む無く家の一つを借りる事とした。
「ん……」
深夜。私はふと目が覚めて身を起こす。窓の外からは満月の光が室内に降り注ぎ、静かで何の変哲もない夜。窓から視線を逸した私は、静かにため息をついて頭を掻いた。
「スズタク、起きてる?」
私が小声で呼び掛けると、部屋の隅からゴソリと音が聞こえる。
「ああ、起きてるゼ。こうも五月蝿くっちゃ、おちおち寝てもいられない」
スズタクがそう言った直後、フガゴッと、ミルクさんがいびきを掻いた。今のは良いタイミングだったな。だけど、スズタクが言っている原因はソレじゃない。
「虫の音が聞こえませんね」
夏とはいえ夜になれば虫達の合唱コンクールが始まり、ともすれば一晩中続いている。ゴーストタウン化したこの町なら、尚の事虫が鳴いているだろう。しかし、麻莉奈さんが言った通り、今夜は全く聞こえてこない。こないという事は何者かが潜んでいるという事に他ならない。
周囲を取り囲まれるまでその存在に気付かないとは、ただの野盗とは違うようだ。私達が、何が起こっても良いように気を引き締めていると、ミルクさんが再び、フガゴッといびきを掻いた。




