第三十一話 力で屠りし者
「おい。何だアイツ」
「何だって……ゴーレムでしょ?」
湖底神殿ヴェルドーラ、第三層。そこで私達を待ち構えていたのは一体のゴーレム。一見銀の様に思える銀のボディは、銀程の光沢は無く、かといって鉛の様にも見えない。それが部屋の中央で片膝をつき、頭を垂れて静かに佇んでいた。立ち上がれば七、八メートルにはなるだろう。
ゴーレムというのは、魔法で動く人形の事。魔力を充填した核を入れる事で動き、その核に魔力を注いだ者の命令に従う。複雑な命令をこなす事は出来ず、あくまで簡単な命令のみを遂行する。
その素材は様々で、木が材料のウッドゴーレム、石で出来たストーンゴーレムなんかが一般的。大昔には、全身金で出来たゴールドゴーレムなんてのも作っていたらしい。財産を金に換え、ゴーレム化してしまえば盗まれる心配も無いし、盗ろうとすればゴーレムの手痛い一撃を喰らう事になる。まさに盗賊殺しといった所。だけど、税金逃れには向かない一品である事は間違い無い。
「いや、そうじゃ無くてだな。材質は何だ?」
私は静かに佇むゴーレムに指をさして能力を発動し、そのステータスを確認する。
「んー、ダメね。素材の情報は無いわ」
私にしか見えないウィンドウには、細かい情報までは表示されていない。が、コイツの場合は名前で判断ができるな。
「レベルは二百。オリハルコンゴーレムだってさ」
「マジか?! マジでオリハルコンなのか!?」
驚いて聞き返すスズタクに私は頷く。
オリハルコン。超硬い鉱物。と、いう認識で間違いない。魔石と並び採掘量が低く、希少価値が高い石ころだ。
「お前の魔石を撃ち出す呪文で、遠距離から……」
「それは無理」
オリハルコンには厄介な性能が付与されている。魔力は吸収拡散させてしまい、魔法攻撃はほぼ効かない。物理攻撃にしたって、石の硬度で弾かれるだろう。ここは、何でも斬れると謳われるスズタクの武器に頼るしかないな。
「スズタクの武器なら斬れるかもよ?」
「うーん。オリハルコンかぁ。自信無ぇなぁ」
スズタクの持つ妖刀村雨は、周囲の魔素を糧として斬れ味に転化させる性能を持っている。オリハルコン自身が吸収した魔力や、周囲に在る魔素を上手く利用出来れば、如何に最高硬度のオリハルコンといえど斬れる道理だ。
折らないで下さいね? 折らないで下さいね? と、麻莉奈さんは同じ言葉を繰り返す。そういや、村雨って麻莉奈さんが収集している武器の一つだっけ。
魔力が動力源のゴーレムを、魔力を吸収してしまうオリハルコンで形作るとは、一体どんな構造になっているのか気にはなるが、そう簡単に調べさせてくれなさそう。それに……
「それにしても、嫌な外見よね……」
このゴーレム。単に石を組み合わせただけで無く、どうやって削ったのかは知らないが意外な彫り物が施されていて匠の技が光る。
「そうですか? 私は気になりません。むしろ……いえ、何でもありません」
麻莉奈さんからジュルリと涎を啜る音が聞こえた。この人、一体どれだけの性癖持ってんのよ。
このゴーレム。筋肉ムキムキのマッチョだったりする。剣のようなモノを腰にさし、それ系の人達が履いているビキニパンツ姿と全く釣り合わない。そして……なんであんな細部までこだわったんだ製作者よ。
「今度こそ、ウチの出番ニャ」
パスンと掌に拳を当てて、ミルクさんは息巻いていた。二度目の花火の後、ミルクさんから漂っていた殺獣級のかほりは、今ではすかっかりと消えていた。状況から察するに、ウルフの体液がティラノサウルスの臭いを打ち消したとしか思えない。汚れは麻莉奈さんの聖なる水瓶の呪文でザバッと洗い流して、通常運転に戻るかと思いきや、濡れ猫の姿をウットリと見つめる麻莉奈さんを私は見逃さなかった。
「アレならボンッとしないニャ」
虚ろな目で呟くミルクさん。二度の花火は彼女の心に少なからず影響を及ぼしているようだ。爆発しないとイイネ。
「よし。それじゃ行くぞ」
スズタクの言葉に皆が頷く。それを見たスズタクは、ゴーレムに向かって駆け出した。全員に炎の力を付与するのは手間だったが、そうでもしないとレベル差は埋まらない。スズタクが先頭を疾走り、次いでミルクさんが追走する。麻莉奈さんそして私が殿だ。
スズタクが一定の距離まで近付くと、微動だにしなかったゴーレムに変化が起きた。片膝をつき頭を垂れていたゴーレムが立ち上がり、腰にさしていた剣を抜き放つ。アレ飾りじゃ無いんだ。
ゴーレムは抜いた剣を振り被り、それを見たスズタクは足を止め、刀を抜いて両手を使って受け止める形を取った。直後、ゴーレムが上段に構えた剣の一撃が一気にスズタク目掛けて振り下ろされる。澄んだ金属音が地響きの中で聞こえた。
「グウッ! クッ!」
地面に蜘蛛の巣状のクレーターを作りながら、七、八メートルの身長から勢い良く振り下ろされた、恐らくはオリハルコンで出来た武器の、これまた恐らくトンは軽く超えたであろう斬撃を、スズタクはなんとか受け止めていた。いくら強化魔法を付与しているからといって無茶が過ぎる。身体を強化してなかったら間違いなく潰れてミンチになっていた。
ゴーレムの動きが止まった隙きを付き、ミルクさんがその背中を駆ける。首の根元まで駆け上がると、ゴーレムの後頭部横からビンタを喰らわす、直後不可解な衝撃によってゴーレムは横に吹っ飛ばされた。
「水よ。我が意に従い槍と成りて其を貫け!」
「女神リーヴィアよ。我等に仇なす彼者に、聖なる槍を以って裁きをお与え下さい。聖槍十字!」
私と麻莉奈さんの呪文が、横倒しになったゴーレムに突き刺さる。が、何事も無かったようにゴーレムは起き上がった。見ればその身体には傷一つ付いていない。分かってはいたけど、なんかムカつくなぁ。
「スズタク! ミルクさん!」
私の叫びに二人は慌てて後ろに退いた。うんうん、分かってくれて助かる。
「雷よ! 我が意に従い筒と成りて其を撃て!」
事前にスズタクから渡されていた魔石が、雷の魔法によって電磁加速され、私の魔力に魔石が反応して音速を瞬時に超え、超質量の塊となって轟音と共にその場から姿を消した。
ギャリンッ! ドンッ!
金属音がした直後、ゴーレムの背後にある壁が爆発する。むー、やっぱり弾かれたか。
「うおおお!」
「ニャー!」
私の攻撃の直撃を受けて尻餅を付いているゴーレムに、スズタクとミルクさんが再び斬り掛かる。ゴーレムは正面から迫るスズタクに剣を横薙ぎに払い、スズタクはそれを刀を立てて受けるも、踏ん張りが効かずに壁際まで吹き飛ばされる。
「タク様!」
麻莉奈さんの悲痛な叫びに、スズタクは大丈夫だといわんばかりに立ち上がって武器を構えた。
(一体どうしたら……どうすれば、あの装甲を穿けるの?)
スズタクの戦いを見ながら時折呪文による援護をしつつ、私の頭の中はその考えで満ちていた。スズタク達に掛けていた付与魔術の効果も切れ、二度目の炎の力を付与するも、常に前線に立つスズタクやミルクさん、回復魔法を掛け続ける麻莉奈さんまで疲労の色が見え隠れしている。
あのゴーレム内にある核には一体どれだけの魔力を貯蔵していて、どれだけの稼働時間になるか分からない以上、これ以上時間を延ばすのは非常に危険な行為だ。しかし、硬いモノに穿つ技術。この世界にそんな物はあっただろうか?
……あった。だけど、それを行うには決定的なモノが足らない。今の装備では当たった瞬間にこちらが砕けるのは明白。しかし、アレならば? いや、アレでも保つかどうか怪しい所。保ったとしても、アレの性能上どうなるか……
「グハッ!」
スズタクはゴーレムの一撃を刀で受けきれずに私達の所にまで吹き飛ばされ、地面に転がり血反吐を吐いた。
「女神リーヴィアよ。我が同志に祝福を、この者の傷を癒やし再び立ち上がる機会をお与え下さい」
スズタクの胸に翳した麻莉奈さんの手の平が淡い緑色に輝くと、スズタクの苦悶の表情が和らいでゆく。
「スマン麻莉奈。美希、アレどうにかできないか?」
麻莉奈さんの回復呪文を受け、起き上がれるようになったスズタクは、私に問いかける。いい加減ジリ貧なのは彼も分かっていたらしい。
「一つだけ方法があるんだけど……」
「よし! それでいこう!」
ちょ、まだ内容話ししてないんだけど?!
「うまくいくかも分からないし、やった後どうなるかも分からないよ? 最悪私達も巻き添えにって事になるかも。オススメしない」
「成功率はどれ位だ?」
「うーん、スズタク次第だけど……二割弱、かな」
「なら十分だ。で、どうやるんだ?」
私は作戦の内容をスズタクに話して聞かせると、スズタクは不敵な笑みを浮かべた。
「ソレサイッコーだな。オマエもイカれてるぜ」
「私は気が乗らないよ」
「でも、それしか無いんだろ?」
スズタクの言葉に私は頷く事しか出来なかった。それ以外に方法が思い当たらないのは事実だ。
「んじゃ、一か八かだ。ミルク! ヤツの剣を奪って地面に這いつくばらせるぞ!」
「了解ニャ!」
「やれるの!?」
それが出来るかどうかが鍵の一つだけど。
「ああ、極短時間なら可能だ。行くぞ! 覚悟しろマッチョゴーレム!」
スズタクは刀の切っ先をビシリとゴーレムに向け、真っ直ぐに駆け出した。スズタクの接近を感知したマッチョゴーレムは、持っている剣を頭上に振り被り初撃と同じ構えを取る。だが、それはこちらにとっても非常に好都合だ。スズタクは両手で剣を構え受け止める。ここまでは始めの頃と一緒だ。そして、受け止めて動きが止まった剣の腹にミルクさんが掌打を入れ、不可解な衝撃によって剣をゴーレムの手の中から弾き飛ばす。
「ミルク! 抑え込め!」
「はいニャ!」
ミルクさんはマッチョゴーレムの背後に周り掌打を後頭部に当てて、マッチョゴーレムの顔面を地面に叩き付ける。それ以降、もがき起き上がろうとするマッチョゴーレムの後頭部や背中に掌打を繰り出し、不可解な衝撃を与えマッチョゴーレムを地面に這いつくばらせる。
「リミテーション・ブレイク!」
スズタクがそう叫ぶと、彼の身体が紅に輝き出した。あんな技を隠し持っていたのか。
「リミテーション・ブレイク。タク様の切り札です。タク様の身体制限を一時的に取り払い、従来の十倍相当のスペックを三分間だけ引き出す事が出来るのです。ただ、あの技は諸刃の剣で、あの後タク様は箸も握れぬ程に身体能力がダウンします。美希さんに総てを託すおつもりでしょう。羨ましい限りです」
麻莉奈さんの言っている意味が良く分からないが、カップラーメン食べたい時にも便利だね。あ、箸が持てないんじゃ意味が無いか。
「ふんぬらばっ!」
ジジ臭い掛け声と共に、地面に落ちた十メートルはあるであろうオリハルコンの剣をスズタクは持ち上げる。そして、定期的に不可解な衝撃を与え続け地面に倒れ伏したマッチョゴーレムの背中の中心で、剣の柄を上にして持ち上げた。
「風よ! 我が意に従い暴風と成りて彼の者を拘束せよ!」
スズタクが持ち上げたオリハルコンの剣の周囲に、私の呪文によって竜巻が生まれ剣を宙に固定する。そして、それはただ固定するだけのものじゃない。当然竜巻の中にはある一定のモーメントが加わっている。オリハルコンの剣はその慣性に従い、ゆっくりとだが回転を始めた。
「風よ! 我が身に纏て天駆ける力と成せ!」
チカラある言葉を解き放つと身体がふわりと浮く。宙を舞い竜巻の中心部へと飛翔した私は、そこで最後の呪文詠唱に入る。
「天空を駆ける星の一欠片よ。我、汝を召喚す。その力以て我等に刃向かう者を絶望の底に陥れよ」
チカラある言葉を紡ぎ、コマンドからオートを選択して掌で印を結んでゆく。その印が全て結び終わると私の上空にポッカリと穴が開いた。埃も空気も総てが吸い込まれるような感覚の後、その穴からは大きな、巨大と云っていい大きな石のような塊が顔を出し、真っ直ぐにオリハルコンの剣の柄に向かって落下を始める。
隕石落下。本来、この術は相当な高度から落とすSランクの広範囲型大量殺戮呪文。だが、ここの天井はそれ程高くはないし、高高度から落とせても、完全に私達まで巻き添えを食らう事になる。だから、あまり高くない、それでいてそれなりの質量になるように調整を施した。
隕石が剣の柄に当たると、スズタク達は抑え付けていたゴーレムから急いで離れる。自由の身になったゴーレムが起き上がろうとするが、それよりも早くオリハルコンの剣の切っ先が、マッチョな背中に到達して再度ゴーレムを地に伏しさせた。竜巻によって回転を得たオリハルコンの剣と、その上から総てを圧し潰そうとする隕石の超々質量によって、剣は次第にゴーレムの身体の中に入り込む。
オリハルコンの切っ先がゴーレムの身体を抜ける。そして、凄まじい音を立てて隕石が床に衝突する。同時に床一杯に蜘蛛の巣状に亀裂が走り、石畳の闘技場は崩壊を始め、下の階層へと落下していった。
「いちちち」
意識が覚醒し目を開けて起き上がると、身体のあちこちに痛みが走る。だけど、なんとか生きていられたようだ。スズタク達は大丈夫だろうか? 辺りを見渡すと、ミルクさんの姿が見えた。あの人意外にタフだな。ピンピンしているように見えるんだけど。
「大丈夫ですか?」
背後から麻莉奈さんの声が聞こえ、私はそれに大丈夫だと応える。しかし、麻莉奈さんは険しい表情で私の前に回り込み、聞いたことのない呪文を唱え始めた。淡い青の輝きが彼女の掌から生まれ、それをソコに翳して初めて気が付いた。
「うっ!」
「落ち着いて下さい! 大丈夫ですから!」
感覚がないからおかしいとは思っていたけど、私の足は血に塗れ完全に潰れてしまっている。アルスネル王国の所属していた部隊でこんなのは見慣れているはずなのに、心臓の鼓動が早くなり大量の脂汗が吹き出す。
「意識をちゃんと持っていて下さい。今、復活の呪文を掛けています。じきに治りますから」
そんな事を言われても心臓の鼓動は益々早くなり、呼吸が過剰になってゆく。
「駄目です! 今意識を失ったらショック死しますよ! アクアちゃんの人生を終わしてしまうおつもりですか?!」
「美希! しっかりしろ!」
ミルクさんの肩を借りていたスズタクは私の前で両膝を付き、ガシリと両手で頬を掴んでグイッと私を引き寄せる。その際、潰れた足を僅かに動かしてしまい痛みに顔を顰めた。真摯に見つめるスズタクの瞳に私の顔が映り込んでいる。キスでもされるのでは? と、いう程に、顔を近付けられ私はドキッとする。高鳴る心臓の鼓動は、果たしてどっちのものなのか?
「ちょっと、近いって」
私はスズタクの胸を手の平で押し返す。あーびっくりした。
「美希……」
「なあに?」
「……老けたな」
「仕方ないでしょ! 全魔力を放出したんだから!」
魔力枯渇による一時的な老化現象。内包している全魔力を使ってしまうと、私は皺苦茶のお婆さんになってしまう。だからヤだったんだよ。
そんな私とスズタクのやり取りを見て、麻莉奈さんはホッとため息を付き微笑む。
「もう大丈夫みたいですね。ただ、もう少し掛かりますから動か……」
「森よ大地よ。そなた達の育む力以て、この者達に癒やしを与えよ」
何処からともなく響き渡る澄んでいて落ち着いた声。直後に私達の身体を淡い緑色の光が包み込んだ。
全体的にそうなんですが、戦闘シーンは特に苦手です。少しでもお伝え出来たなら幸いです。