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第三話 初めての憑依と幼少のみぎり

 第一村人だったザンさんを保留にして、家屋が並ぶ集落へ足を向けた。途中、畑と集落とを隔てる川があり、その透明度に驚いて足を止め魅入っていた。


「キレイな水。魚も沢山泳いでる」


 サアッという音と共に、水面に波紋が生まれ私を通り越してゆく。今の私は見る事も聞く事も出来るけど、触れる事は出来ない。もし、触覚があったのなら、今吹いてるこの風はきっと心地良いに違いない。そう思っていた。


「……?」


 不意に子供が燥ぐ声が耳に届いた。家屋の陰から聞こえるその声は、少しづつこっちへ近付いて来る。男の子……かな? それともう一人は女の子。小さな脚を一生懸命動かし、先をゆく男の子の後を追う姿がなんともカワイイ。


 二人は河原に降りると、男の子の方はザブリと大胆に川に入る。女の子はまた小さいからか、おずおずと入ってゆく。


『アリサ=フレイオン 三歳 :人族 女 :レベル 一 :状態 普通 :ザンの長女。 目的:お兄ちゃんと遊ぶ』


『トム=フレイオン 六歳 :人族 男 :レベル 一 :状態 普通 :ザンの長男。 目的:川魚の捕獲』


 あ、この二人ザンさんのお子さんなんだね。二人共気持ち良さそうだなぁ……そうだ!



「どうしたの? お兄ちゃん」


 アリサちゃんは私の(・・)シャツの裾を掴みながら、急に動きを止めた私の(・・)顔を心配そうに見つめていた。


「ううん。何でもないよ、アリサ」


 私は・・首を横に振り、アリサちゃんの瞳を見つめ微笑む。今、私はトム君の身体にお邪魔(憑依)している。この二人を見ていて子供の頃を思い出した私は、もう一度経験してみたくなったのだ。


 水面を吹き抜ける風は、思っていた通り心地良い。だけど、日差しがちょっとキツめ……この世界はもうすぐ夏なんだね。


「ねえアリサ。お散歩行かない?」


 トム君の目的は魚の捕獲。折角こうして子供の視線で物を見る機会があるのだから、直ぐに達成してしまっては勿体無い。


「うん!」


 アリサちゃんは満面の笑みで頷いてくれた。ヤバイ、すっごくカワイイ! 思わずギュッと抱き締めたくなった。私は一人っ子だったから、本当の妹が出来たみたいで嬉しい。……まあ、この子達は兄妹なんだけど。


 私はアリサちゃんの手を取り河原から土手へと登って村を見渡す。四・五歳くらいの記憶なんて、酷く曖昧で不確かなモノしかない。大人になりかけの私が子供の視線で見る景色は、何処か懐かしく新鮮に満ちていた。聳え建つ家、広々とした道、ちょっとした池も湖のように見えて、藪も森のように感じる。私も小さい頃は街の景色を、こんな風に見ていたのかもしれない。


 小さい頃平然としていられた遊びも、十七になってしまうと流石に憚れるものばかり。だけどこの身体ならそんなの気にせず思いっきり遊ぶ事が出来る。でも、取り敢えずはお散歩。村の彼方此方を見て歩いて色々と確認しておこう。クレオブロスも魔物は居ないって云ってたし、森の奥に入らなきゃ大丈夫だろう。まずは、あの大きな家に向かうかな。そう思って一歩を踏み出そうとした時、シャツの裾を引っ張る存在が居た。


「お兄ちゃん。ママが呼んでる」


 アリサちゃんが指差す方向には、一人の女性がこちらに向かって手招きをしているのが見えた。すらっとしていてスタイルの良い、茶色の髪のショート・ボブのお姉さん。あの女性ひとがこの子達のお母さんか……若いな。


「トム。エミリーさんの所へお使いに行ってくれる?」


「うん、分かったよママ。あのさ、帽子ってあるかな? アリサに被せてあげたいんだけど……それと、水筒に水を入れて欲しいんだけど」


 日差しが大分強くなってきているから、幼いアリサちゃんが熱中症にならないか心配。家の中に帽子を取りに行ったお母さんが、驚いた顔をしていたのは何でだろうか?


「えっ?!」


 左目の枠にシステムからの警告メッセージが現れたのを見て思わず声を上げた。隣りに居るアリサちゃんが、『どうしたの?』と、いった顔で私の顔を覗き込んでくる。私は『何でもないよ』と、アリサちゃんに微笑んだ。が、何でもなくは無かった。突然現れた警告メッセージには、トム君の目的が変わった旨の文が表記されていた。『川魚の捕獲』から『ルイス=フレイオンのお使いを完了する』に、変化していたのだ。


 この目的ってヤツはリアルタイムで変わるのか。だとしたら、憑依中は注意が必要かもしれない。達成困難な目的に変わってしまったら、最悪何十年も足止めを食らう事になる。それだけはどうしても避けたい所だ。


 ルイスさんから水筒と帽子を貰い、帽子をアリサちゃんの頭に乗せる。水筒は私が持とうか。よし、これでカンペキ。


「それじゃ、行ってくるね」


「あ、うん。いってらっしゃい、気を付けてね」


 何故か若干引きつっているような声のルイスさんに見送られ、私はアリサちゃんの手を引き、日差しの中を歩き出した。もしかして、コッチの世界では熱中症って概念が無いのかな。元の世界なら帽子に水筒は当たり前に持っているのに……でも、これでアリサちゃんに水分補給させる事が出来るし良しとしよう。



 まずは、村の中の散策。当初の予定通り大きな家を目指して歩く。改めて村の様子を見ると、似たような家が立ち並ぶ以外には特に何もない。その家も、この世界の価値観が分からない私にとって、裕福なのか貧しいのかすらも分からないのが現状だ。でも、行く先々で皆挨拶を交わしてくれるのには、温もりを感じる。このトム君、意外に村のアイドルだったりするのかな?


「ふう、やっと着いた。ちょっと休んでいこうか?」


「うん!」


 元気一杯にアリサちゃんは頷く。だけど、結構な汗をかいているのが見て取れた。気温も大分高くなっているし、木陰で水分補給させたほうが良さげ。私は適当な木陰を見つけると、取り敢えずそこで休む事にした。


 水筒の水をアリサちゃんに飲ませてあげる。コクリコクリ……ブッハァ。いい飲みっぷり、だけどちょっとオヤジ臭い気がするな……そういえば、ザンさん酒癖が悪いってあったっけ。それを真似しているのだろうか?


 十分に休養を取った私達は、次は本命のお使いに向かう。これ以上のんびりしてたら日が暮れてしまう。気持ち足早にエミリーさんの家に向かっていた私は、ある重要な事に気が付いた。


「ね、ねぇアリサ。エミリーの家って何処だっけ?」


 間の抜けた話だけど、この村に来て間もない私に誰が何処に住んでいるかなんて分かるわけが無い。


 私をジッと見つめるアリサちゃんの瞳がキラキラと輝いて見え、とても可愛らしい表情が、きっと私の進むべき道を指し示してくれる。そんな気がした。


「アリサ知らなぁい」


 気のせいだった。つぶらな瞳で応えたアリサちゃん。私を奈落の底へ導くには十分な破壊力を持っていた。


 あああ、どうしよう。聞こうにも村の中には見渡す限り誰も居ない。仕方ない、あそこの家なら誰か居るでしょ……ンきゃん! 慌てていたから物陰から急に人が現れたのに気付かず、私はその人に特攻を掛けてしまった。アイタタタ、鼻打った。


「おい、大丈夫か? ボウズ」


「う、うん。だいじょうブッ!」


 手を差し出す男を見て私は思わず吹き出した。その男の人はイケメンで、そしてどこかで見たような服装だった。あきらかにこの村の人ではない。しかしこの服、一体どこで見たのだろう? ……あ、年末特番の時代劇の衣装!


「ごめんな。お兄さん急ぐから、これでも食べてくれ」


 スッと差し出された手の平の上に、紙で出来た包が乗っていた。そこから漏れ出す何とも言えない甘い匂いが私の鼻腔を擽る。


「いや、あの。知らない人から物を貰っちゃダメってママから言われてるから……」


 言われてるかどうかは分からないが、私が小さい頃も親からそう云われていたからきっとそうだ。


「いいって、子供が遠慮すんなよ。貰えるもんは何でも貰っとけ。……おっと、仲間が呼んでるから行くな」


「あっ、ちょっと!」


 半ば強引に私の手を取り包を置くと、その男の人は足早に去って行ってしまった。何でも貰っとけって大人としてどうなのよその発言。にしても、コレどうしよう……。持って帰っても怒られそうな気がするし、アリサちゃんは気になって仕方がないようだし……。小さいリボンを解いて中身を見てみると、クッキーのような焼き菓子が入っていた。ゴクリ。その音は私のモノなのかそれとも、アリサちゃんのモノなのか……ええい、食べちゃえ!


「アリサ、ママにはしーっね」


 人差し指を立てて唇に当て、黙っているようにジェスチャーをすると、アリサちゃんもそれを真似て同じ仕草をする。それを見て私の頬が緩んでゆく。うん! カワイイ!


 トントン。

 家の扉を叩くと、スラリと扉が開けられ中から女性が顔を出した。この人がエミリーさんか。頬は痩けて目には隈のようなモノが見え、全体的に窶れた感じの女の人。とても健康的には見えない。一体何があったのだろうか?


「あらトム君、どうしたの……ああ、そうだった。ちょっと待っててね」


 私の姿を見るなり何かを思い出したようで、戸を開けたまま家の奥に入ってゆく。私はアリサちゃんにも気付かれないよう、指先をソッと動かして彼女をリストに加えた。


『エミリー=ルハート 二十五歳 :人族 女 :レベル 三 :状態 衰弱 :ユリウス=ルハートの妻。出掛けたまま、行方が分からなくなってる夫の帰りをひたすら待っている。』


 旦那さんが行方不明!? だから、あんなに窶れていたんだ……可哀想。


「……君。トム君」


「えっ!?」


 ハッと気付くと、目の前には小さい袋がぶら下がっていた。それを手にしているエミリーさんが、受け取りもせずに呆然としていた私を不思議そうな面持ちで見ていた。


 元気を出して。と、言いたい所だけど、子供である今の私がそんな事を言っては非常に不自然だ。だから私は、彼女が元気になるようにと、最高の笑顔でお礼を言って袋を受け取った。


 エミリーさんから荷物を受け取り、勿論真っ直ぐには帰らない。子供なんだから、壮大な道草を食っても誰からも文句は出ない……ハズだ。だけど、時間っていうのは、元の世界でもこの世界でも不公平だった。待っている間は非常に流れが遅く、何かに夢中になるとあっという間に過ぎてゆく。


 ……もうすぐ日が暮れる。流石にもう帰らなくては。帰ればアリサちゃんともお別れ……もっと一緒に居たかった。


 ありがとう、アリサちゃん。それと、身体を貸してくれてありがとうねトム君。私はママさんからお駄賃として貰った果実を、嬉しそうに頬張る二人にサヨナラを告げて背を向けた。


「あのねぇ、今日ねぇ、知らないとからお菓子貰ったのぉ。美味しかったー」


 なっ! アリサちゃん、しーって言ったじゃない! 意味分かって無かったのっ?!


 案の定、般若と化したママさんに怒られるトム君。私は何度も何度も謝っていた。

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