第二十八話 緑都の雷撃姫
「汝、彼方より此方へ我を運ぶ礎とならん。我、汝の主人にして、橙の名を与える者なり」
チカラある言葉を解き放つ。それに魔石が反応し、石を中心に二メートル程の円陣が地面に描かれ、オレンジ色に仄かに光った。
街を一望出来る丘の上、頂上にあるちょっとした空間に、転移先となるべき魔石を設置する。転移の魔石の最大設置数は七つで、赤橙黄緑青藍紫の中から一つを選び色付けを行う。これを目標にして転移する訳だ。もしも、同じ色を複数指定してしまったらどうなるのか? それは私にも分からない。身体が引き裂かれて各石に転移されるのかもしれない。流石に試す勇気(というか無謀な行為)は私には無い。
魔石の設置を終わり、立ち上がって眼下の街を眺める。大勢の人が暮らしていたであろうその街は、今となっては人気は全く無い。建物は全て崩れ落ち、僅かに残った外壁だけが、かつてそこに建物があった事を物語っていた。
「ここが目的地?」
「ああ、そうだ。ここが緑の都と呼ばれた場所だ。そして……」
スズタクはスッと指を差す。その先には、湖の中央で今もなお主人の帰りを待っているように佇むピラミッド型の建物があった。
「あの王城の地下に、話をした扉がある」
麻莉奈さんの全魔力を以ってしても、開く事がなかった扉……か。
「その先には何があるの?」
「わからん」
スズタクは即答する。
「伝承の中身は、真実とは限らないのさ。中には歪んで伝わったモノもあるしな。実際、行ってみない事にはわからな……」
「――あるよ」
スズタクの言葉を遮って、口からそんな言葉が出た。スズタクは驚きの目で私を見つめる。
「どうして、そう言い切れる?」
え? あー、何で私そんな事を言ったのだろう。
「んーと、えーっと……女のカン?」
「女のカン。か……ま、当てにさせて貰おうかね。んじゃ、ここからが本番だ気を引き締めて行くぞ!」
スズタクの言葉に皆が頷いた。
「――んで? これはどういう事かな?」
「どうもこうも、見ての通りだ」
元々は街への正門であっただろう朽ち落ちた門を跨ぎ、馬車が二台並んで余裕で通れる程の幅広い路を進む事暫し、太い木の幹の陰から、そこそこ高い壁の裏から、蔦や伸びた草を掻き分け、出るわ出るわ。トカゲヅラで全身に鱗を纏い、円形の盾に反った片刃の剣を持つ獣人が。
リザードマン。
湿地帯に棲む彼等は人間よりも腕力が強く、戦闘力も高い個体が多い。全身を覆った鱗によって防御力も高く(ドラゴンには程遠いが)、単体でも二、三人では討伐するのに苦戦を強いられる。そんなのが沢山で私達を取り囲んでいた。一応三十までは数えたが、それ以上は面倒になって止めた。
「熱烈な歓迎だニャ」
「そうですね。前回とは比較にならないお出迎えです」
チョットマテ。前回蹴散らしたからこの数なんじゃないだろうな?
「どうする?」
「お前の魔法で何とかならないか?」
シレッと丸投げするスズタク。
「皆巻き込んで良いなら」
ちょっとムカついたんで意地の悪い事を言ってみる。
「それは困る。王城への道が開ければ良いから、何とかしてくれ」
「しょうがないな……」
頭をポリポリと掻きながら、私はスズタクの前に出る。
「土よ。我が意に従い礫と化せ。雷よ。我が意に従い、筒となりて其を撃て!」
チカラある言葉を解き放つ。私の周囲に石飛礫が形成され、その礫が雷の魔法によって電磁加速される。それは、強力で凶悪な質量となって、私の前に居たリザードマン達を蹴散らした。
「今だ! 走れ!」
スズタクの号令の元、ポッカリと開いた穴に駆け出し、リザードマンの包囲網から抜け出す。リザードマン達も突如として訪れた予想外の出来事に呆然と立ち尽くしていた。
「お前トンでもない魔法を持っているな!」
「ええ! まさか本物を見れるとは! 私も興奮してます!」
何故かスズタクと麻莉奈さん(特に麻莉奈さん)のテンションが上がっている。
「美希さん! こうしてこうやって撃てば完璧です!」
麻莉奈さんは真っ直ぐ前に腕を伸ばし、握った拳から親指で弾くような仕草を見せた。無茶言うな、そんな事したら、どこ飛んでいくか分からんぞ。
「美希!」
スズタクがホレと何かを投げてよこす。
「もう一発だ!」
クィクィッと親指で後ろを差すスズタク。見れば、我に返ったリザードマン達が、慌てて私達を追い掛けて一直線に並んでいる姿だった。なるほどね。
「雷よ。我が意に従い筒となりて其を撃ち抜け!」
私のチカラある言葉によって、スズタクから渡された魔石が、轟音と共にその場から瞬時に消えた。それは、超質量で以って無慈悲な一撃となり、リザードマン達を薙ぎ払う。射線上に居た者は勿論、側に居た者も含め、全てがこの世から消え去っていた。
「…………へ?」
撃った私も驚いて目をシパシパさせていた。なんつー威力だ。パワーと射程が段違いに上がっている。魔石に内包された魔力が、私の魔力と呼応して威力を高めたのだろうか?
「流石だ。美希、お前にはエレクトロマスターの称号を与えよう」
私の肩に手を置き、スズタクがそんな事を言うと、麻莉奈さんが微笑ましい笑みを浮かべ、大きく頷いていた。え? エレクトロ何?
王城であるピラミッドの内部は、とても静かで冷んやりとしていた。時折見掛ける朽ちた何かの残骸に、時の流れを感じる一方で、建物自体は未だしっかりとしていて、掃除をすれば明日にでも住む事が出来そうな勢いだ。
建物の中心に進むにつれ、外からの光は届かなくなり、魔石に光の魔法を宿して奥へ奥へと歩いてゆく。
階上へと続く大階段を昇り、謁見の間であったであろう大広間を通り過ぎる。黙々と歩いていたスズタクの足が止まったのは、大広間から更に四階層分昇った所にある部屋の中だった。
二十畳程のその部屋は、外のテラスから光が十二分に届き、草葉の香りをタップリ含んだ風が室内に戦いでいる。地上から這い上がってきたつる性の植物が、テラスから室内に入り込んでいて、そよ風に葉が揺れていた。多分ここが、城主の私室だったのだろう。
「ここだ」
室内に入り込んだ蔦に隠れるように、その魔方陣はあった。直径三十センチ程の魔方陣の外周部には、円に沿って何かの文字がビッシリと並び、円の内部には今迄に見たこともない七芒星の刻印が刻まれている。
「では開けますね」
「あ、私がやるわ」
麻莉奈さんを引き止め、私が壁の印に手の平を翳す。これから先、何があるのか分からない。神官である彼女の魔力を無駄に使う訳にはいかなかった。
扉は意外にすんなりと開いた。特に何か吸われたような感覚はない。低い重そうな音を立て扉が開くと、その中から吹き出てきた、湿った少しばかり生臭い風に私は顔を顰めた。
ピチャン……ピチャン……。何処からともなく、水滴が落ちる音が聞こえてくる。これがホラー映画だったのなら、きっと血が滴り落ちているのだろう……怖っ!
「滑るから気を付けろよ」
さっきから、そればかりを繰り返すスズタク。流石は元芸能人だけあって、お約束は外さない。一体何度、階段落ちを披露してくれた事か。年末のドラマでも狙っているのだろうか? そんな風にしか思えない。
落ちる度に麻莉奈さんの回復魔法を使う羽目になり、無駄な魔力を消費し続けている。アンタが一番気を付けろよ。
急な階段を降り、折り返してまた降る。それを何度も繰り返し、ようやく平坦な通路に着いた。これでスズタクも転げ落ちる事も無くなり、一安心だ。
私の憑依体である小柄なアクアちゃんの体型でも、両腕を伸ばせば届く狭い通路を進むと、少し広い部屋に突き当たった。
光を宿した魔石を傾け、周囲を確認してみると、壁の一部が崩れ落ちて穴が開いていたり、亀裂から木の根が生えていたりと、崩壊が進んでいる様に見える。
そして、床には膝よりは少し低い繭の様な楕円形の白い何かが点々と置かれている。タマゴ……なのかな? いきなり羽化して蜘蛛みたいなエイリアンに襲われたりしないだろうな……
「タク!」
「なんだ?」
ミルクさんの叫びに反応して、スズタクが振り返るのと同時に、静かな空間にパッキョンという音が響いた。
「「「「あ」」」」
その場に居た全員が、例外無く五十音の最初の言葉を、見事なハーモニーで発した。唯、スズタクと私達では、その内容は大きく異なる。
スズタクは、やっちまった感漂う『あ』で、私達は何してくれてんだテメェ的なニュアンスを含んでいる『あ』である。
「またやったニャ」
ミルクさんは顔に手を当て、やれやれと首を横に振る。っていうか、また。だと?
「前回も蹴っ飛ばしたのですよ。タマゴ」
「キキキィィィ!」
麻莉奈さんが補足説明し終わるのと同時に、崩れ落ちた壁の穴から耳障りな鳴き声が聞こえてきた。
「来るニャ!」
ミルクさんは腰にぶら下げていた、肉球グローブを装備し、麻莉奈さんは虚空から杖を取り出して構える。
「美希!」
「ああん!?」
私のドスが効いた返事に、スズタクは驚愕の表情で一歩後ずさる。誰の所為でこうなったと思っている。
「あ、あの……魔石を射出する雷魔法の呪文で、何とか……して頂きません……か?」
「無茶言わないで! あんなモン使ったら、この辺一帯崩壊するわよ!」
狭い地下空間で、高出力の呪文をぶっ放せばどうなるかくらいは分かるだろうに。悪ければ、崩壊して全員生き埋めで窒息死。良くて湖の底を抜いて溺死である。かといって、このまま何もしないで敵の流入を許す訳にはいかない。
「地よ。我が意に従い盾と成せ!」
大地の精霊を使役し、穴が開いている壁に蓋をする。取り敢えずはこれで、敵が雪崩れ込んで来る事は防げた。しかし、土壁の向こう側から、ザシュリ、ザシュリ。と、いった音が聞こえてくる事から、あまり長く持ち堪えそうに無い。
「逃げるわよ!」
私は叫んで皆に指示を出す。先に見える通路に雪崩れ込み、その通路を先程の土魔法で何重にも塞ぐ。これで、当分の間は敵の追撃を免れる筈である。同時に、私達の退路が失われた事も意味していた。
「全く……不注意にも……程がある……」
肩で荒い息をしながら、それぞれ思い思いの姿勢で休憩を取っていた。あれから、耳障りな鳴き声が聞こえてこない事から、相手は追撃を諦めたのだろう。
「ゲームなら、地下だろうが呪文の制限なんて、無かったんだけどなぁ……」
「仮想世界と一緒にしないで」
ボソリと呟いたスズタクに、ツッコミを入れる。仮にもダンジョンを幾つか回ってきたのよね? こんなんで、よく死ななかったな。
私は顔に手を当て大きなため息を吐いた。