第二十七話 それぞれのチカラ
スズタクの話によると、始めのうちは弱い魔物が数多く現れ、数が少なくなるのと反比例して魔物の強さが増してゆき、最後にアレが聞こえてくるのだという。
まさか襲撃の原因はスズタクの持つ武器にあったとは。これであの傭兵との約束も果たせなくなった。壮絶なマッチポンプになってしまう。
「コイツの名は村雨と云うそうだ」
うわ。モロ妖刀じゃないか。
「あんたねぇ。他の剣使おうとは思わなかったの?」
アレだけ魔石を持っていれば、能力が付与された魔法剣くらい幾らでも買えるだろうに。
「十二本だニャ」
「え?」
「折ったのですよそれだけ」
「ま、マジで?」
スズタクは無言で頷く。付与剣には、幾つかの能力も同時に付与されているモノは少なくない。その中で、耐久性アップは大抵のモノには付けてあるはずだが、それを折ったとなると……
「あんた、一体どういう使い方をしてるの?」
「そのカタナと同じ使い方だニャ」
「色々試したけど、やっぱりコイツが一番だ。よく切れて、手入れも要らない」
なんか昼の通販番組みたいだ。
「どこで手に入れたのよそんな物」
「サラが俺用に。と、創ってくれたんだよ」
サラって、七賢人の橙のサラ!? 全く、一体何のつもりでこんな仕様にしたんだ?
「まぁ、不用意に抜かないでね。さっきだって、商隊を危険に晒したんだから」
これから魔獣の巣窟に入るのだ。例え弱くても数が揃えば脅威だし、動き辛い森の中であんな状態に陥るのは勘弁願いたい。が、無理だろうな……
翌朝、キャンプを引き払い、私達は遺跡へと歩みを進める。森の中は静けさと土の匂い、そして異様な雰囲気で満ちていた。
小動物どころか鳥の囀りさえもなく、背の低い草や土を踏みしめる音だけが耳に届く。夏場の樹海という事で、湿度が高くジメジメしたイメージだったが、陽の光が届かないせいか半袖では逆に薄ら寒い。そういった理由からか、地面に生えている草は無く、寒さに強く薄暗い所を好む下草くらいしか生えていない。
森に入って小一時間、まだ昼前だというのに辺りはかなり薄暗い。上を見上げれば、空どころか太陽すらも見える事はなく、高い場所で幾重にも重なった枝葉がまるで暗幕の役目を担っているように思える。
「光よ。魔石に宿て闇を照らす灯火と成せ」
ハンディライト程の光量に設定し魔石に宿す。こうする事で、周囲を明るく照らし、且つ魔力消費を抑える事が出来る。ピンポン球程の魔石で大体八時間は保つ計算だ。
灯りを点せば目立ってしまうが、木の根などに足を取られたり、この暗さをものともしない魔獣に襲われるよりはマシである。
「それにしても、凄い敵意ね」
森に足を踏み入れてからずっと浴びせられている。拒絶というよりは、むしろ歓迎されているようだ。良いエサが来た、と。
「ああ、ずっとこういう状態だから、あんま気にすんな」
そう言いながらも、神経を擦り減らすように、周囲を警戒しているのが丸分かりなスズタクには、ちょっと笑ってしまう。
「あら?」
突然、麻莉奈さんが突拍子もない声をあげた。
「リス……ですね」
確かに。麻莉奈さんが指差す方向には、リスによく似た動物が一匹、白いドングリのようなモノを両手で抱え、首を傾げてこちらを伺っている。その姿は、まんまシマリス酷似していた。サイズ以外は。
リスは小ちゃいから可愛いのであって、それが大型犬程となれば逆にキモい。それが、ジッと私達を見つめたままで、右へ左へと首を傾げているのだから、なお不気味だ。
「可愛い」
あ、居たよ。あんなのを可愛いと思う奴。
「キィ? キィィィィ!」
雄叫びを上げたシマリスの、その声量に思わず耳を塞いだ。
「クソッ! なんつー声を出しやがる!」
スズタクは腰に差していたカタナを抜き(オイ!)、シマリスに駆け出す。シマリスは手に持っていた大きな白いドングリを、向かってくるスズタクに見事なフォームで投げ放った。
「うぉっ!」
スズタクは慌ててそれを躱し、当たり損ねたドングリは、私の横を通過して背後の木の幹に当たり、パキャリと乾いた音を立てて砕ける。……気のせいじゃない。アレ、ドングリじゃなくて頭蓋骨だっ!
シマリスの鳴き声で、たちまちのうちに周囲を囲まれた。あの鳴き声は、私達を怯ませるのと同時に仲間を呼ぶ合図だったようだ。……スズタクの剣の所為じゃ無いよね?
「炎よ。我が剣に宿て力と成せ」
鞘から抜いたショートソードに、力の象徴である炎の力を付与する。こうする事で切れ味が何倍にも増し耐久性も上がる。
私のチカラある言葉に呼応し、剣が淡い光を纏う。具合を確かめるように剣を振り回すと、薄暗い森の中に赫い軌跡が生まれた。
「なんだ? そのライトサーベルは?」
ライトサーベル? ああ、確かにSF映画の銀河大戦に出てきた武器と似ているかな。
「第一、オマエ魔法使いだろ? 剣なんて扱えるのかよ?」
「私? 私は接近戦も得意な魔法使いよ」
通常そんな魔法使いは居ないが、私の場合昔取った杵柄とやらで、使用も可能になっている。ただ、憑依体のアクアちゃんの筋力があまり高くはない為無茶は禁物だ。
「全く、相変わらずなんつーチート能力だよ」
「あなた程じゃ無いわよ。地よ。我が意に従い其を拘束せよ」
私がチカラある言葉を解き放つと、地中から無数に根が生え出し、シマリスの三匹を捕らえる。思っていたより数が少ない。意外にすばしっこいな。
その捕らわれたシマリスを、スズタクが根ごと斬り伏せる。ちょっ、自然大事に!
「キィィィィ!」
私達の不意打ちから、呆けていたシマリスが立ち直り、それぞれが手に持つモノを私達に向かって見事なフォームで投げつける。その隙をついてスズタクは三匹斬り伏せ、ミルクさんは二匹を殴り倒した。そして、投げられたモノは麻莉奈さんの結界によって弾かれる。それを見て投石がムダだと悟ったのか、シマリス達は一斉に躍り掛かってくる。
「水よ。我が手に集いて其を貫く槍と成せ」
魔術ランクBのアクアジャベリンが、迫るシマリスの一体を貫き、間近に迫ったシマリスを炎の力を付与した剣で爪ごと斬り裂く。
こうしてシマリス達は、私達を捕食するどころか返り討ちに遭い、数を減らして逃げていった。
周囲には両断されて絶命したシマリスや恍惚の表情で息絶え……恍惚の表情?!
「ああ、それはコイツの所為だよ」
奇妙な死に方に、疑問に思っていた私を見て、スズタクはミルクさんを指差す。
「ん? ああ、これで殴るとそうなるのニャ」
ミルクさんが装備している、その姿がやたらとシックリくる肉球グローブ。その肉球部分で殴られると、表情が緩みきった直後、凄まじい衝撃に襲われるのだと云う。なんじゃそりゃ。
「さて、急いでここから離れようか」
「そうね」
スズタクに私は頷く。しかし、他の二人は頭に疑問符を浮かべていた。このまま留まれば、血の匂いに惹かれて別の魔獣がやって来る。連戦を強いられ、余計に体力と魔力を消費してしまう為だ。と、移動しながら説明すると、麻莉奈さんとミルクさんは共に頷き歩みを早めた。
「創造の女神リーヴィア。貴女の御力で刹那の間、この地より悪しきものを退け、我々にひと時の憩いを御与え下さい」
麻莉奈さんの祈りで、結界が施されると、私を含め皆が深いため息を吐いて、ドッカリと腰を下ろす。空を見上げても、幾重にも重なった枝葉の所為で、今は昼なのか夜なのかも判別が出来ないでいる。
シマリス達を撃退した後、いやぁ出るわ出るわ。四グループ程とかち合った。
血の匂いに惹かれてきたのであろう狼の上位種、ハイ・ウルフと遭遇し、森の中で命を落としたとみられるスケルトン、ズンビーの群れに襲われた。
凶暴化した猿、ワルドモンキに木の上から不意打ちをかけられ、トドメはホブゴブリンの上位種、フォレスト・ホブリンにR十八をまざまざと見せ付けられた。アレはホントにキツかった。あんな精神攻撃が存在していたとは、思いもよらなかった。ただ、麻莉奈さんだけは、イヤンイヤン言いながら目を覆っていた指の隙間からガン見していたが……
一体何なの? この遭遇率は。一般人なら、とうの昔に力尽きていただろう。コレ本当に、スズタクの剣の呪いじゃ無いよね?
「ねぇスズタク。目的地まで後どれ位?」
今朝森に踏み入れたばかりだけど、もう既に何日も彷徨い歩いているように思えて仕方ない。
「そうだな……、後二日って所か」
うぇー、こんなのが後二日も続くのかー。
「方向は大丈夫なの?」
太陽も星も見えないのだ、あらぬ方向に進んでいたのではたまらない。
「ああ、問題無い。ちゃんとマッピングされているからな」
スズタクは虚空に向かって指をチョイチョイ。と、動かしながら答えた。一体何をしているんだ?
「オートマッピング。タク様の特殊能力ですよ」
よっこいしょ。と、私の隣に腰を下ろし、スズタクの仕草を不思議そうに見ていた私に、麻莉奈さんは教えてくれた。
「何ソレスゴイ! 良いなぁ、私も欲しい」
「たいしたもんじゃねーよ。勝手に地図に記載されていくだけだ。行った事が無い場所は、当然真っ白さ」
スズタクは魔石を取り出し火を点けると、地面に無造作に放り投げる。そうは言っても、今自分が何処に居るのか、どの方向に進んでいるのかが分かるって凄い能力だと思う。
「はい。美希さんどうぞ」
「え? ……おおっ!」
麻莉奈さんから渡された包みの中を見て、私は思わず唸った。中は何かの葉で包まれたオニギリだった。しかも、炊き上がったばかりのホカホカのオニギリだ。
「麻莉奈はマジック・カーセットっつー能力を持っていてな、手で持てるものなら何でも仕舞っておけるんだ」
そうか。ヴァッセルの宿屋で、虚空から杖を取り出したのは、この能力があったからか。
「スゴイスゴイ! 二人共ホント凄い能力持っているんだね」
「は? 何言ってんだ。美希のがもっと凄い能力持ってんだろ?」
そう言って、スズタクは麻莉奈さんから手渡されたオニギリを頬張る。
「え? 私の能力なんて、二人に比べたらたいした事無いよ?」
私の能力なんて、誰かの身体に憑依出来る事と、魔女のチカラが使えるくらいだ。
「ふーん。まぁ、そう思っているのならそれで良いさ。んじゃ、オレ少し寝るわ」
食べる物を食べたスズタクは、ゴロンと横になって私達に背を向ける。程なくして寝息が聞こえてきた。寝るの早っ!
「タク様は他人の運命を左右できる美希さんの能力が羨ましいんですよ」
麻莉奈さんは、恐らくもう寝てるであろうスズタクの背中に、慈愛の視線を送っていた。
スズタクと麻莉奈さんは、ほぼ同時期にこの世界に召喚されたのだという。麻莉奈さんの目的は七種の神器を集める事。その一つがスズタクの持つ村正だそうである。
「私達がこの世界に来て随分経ちます。その間に色々な事がありました」
二人で旅をし始めた頃、ある村で一人の少女と出会った。その少女は、己に与えられた運命に抗う事もなく、不条理の全てを受け入れ、そして死んでいったのだという。
「恐らく、その事が未だ忘れられないのでしょう。あの時、美希さんが居てくれたなら、タク様は運命を強引に捻じ曲げてでも、あの娘を助けたに違いありません」
そうか……そんな事があったんだ。私も心に傷を負っていたけど、スズタクや麻莉奈さんも負っていたんだね。
「ミルクさんは? 彼女とは何処で知り合ったの?」
「さあ? 彼女に関しては私もタク様も分からないんです」
麻莉奈さんはスピピと寝息を立てて寝ているミルクさんに視線を向ける。
麻莉奈さんの話では、気付いたらいつの間にか側に居たそうで、スズタクもなんだかんだと言いながらも、追い出そうともしないから、特に言及する事も無く今に至るそうだ。何処から来たのかも教えてくれず、本人は自分はネコミミ族だと言い張っているらしい。
猫耳と書いてミョウジと呼ばれる種族は存在しているらしいのだが、ミルクさんが頑なに自称するネコミミ族というのは、どの文献にも載っていない。
もしかして、猫耳をそう読んだのか? いやいや、流石にそこまでバカじゃ無いだろうし……だけど、身体能力はこの世界の人間を超えているんだよなぁ。
そのミルクさんは、結界を張り終えた直後に、地面にマントを敷いて寝てしまっていた。ひっくり返って寝ている姿はまんま猫だ。相変わらず謎な人物である。
翌日(と思う)、十分に休養を取り、朝食(恐らく)を終えた私達は、更に森の奥深くに進んで行った。