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第二十六話 最恐最悪の怪物

ブクマや評価して頂き有難うございます。

「スズタク! 左からも来るよ! 四!」


「美希! そっちは任せた!」


「オーケー! 炎の矢(ファイヤー・アロー)!」


 私の手の平の上に生まれ、離れてゆく炎の矢は、迫り来る魔物の一体に正確に向かい命中する。残り三。


「風よ、我が手に集いて刃と成せ。風斬刃(ウィンド・カッター)!」


 手の平の上に生まれ出た風の刃を横薙ぎに放つ。先程の炎の矢の影響で、密集していた二匹がこれの餌食になった。残り一。



 魔術学術都市ヴァッセルから港町リーファに向かう商隊に、うまい具合に便乗する事が出来た私達は、一路リーファに向かって進んでいた。出発して半日程で大きいゴロゴロとした岩が無くなり、視界はひらけて辺り一面草原になっていた。


 それから約一日半。後ろを振り返れば、ヴァッセルの中心に聳え立つアウイルの塔が、澄んだ空にそそり立っている。そして、左手の方向を見れば、半日ほど前から緑色をした壁の様な森が続いていた。多分あれが、私達が向かう『夜闇の森(スヴアルト)』なのだろう。


 日差しは強いけど、天候も良く風も穏やか。まるで旅人を祝福してくれているかのように恵まれている。このまま何事も無ければ、明日には港町リーファに着く筈だった。しかし、順調に進んでいた旅も突如として現れた魔物の群れに、護衛として他に雇われていた傭兵達も含め総勢で対処せざるを得なかった。


 襲ってきたのはウルフの群れ。二十体以上は居ただろうか?


「全く、何処からこんなに沸いて出たのよ」


 まるで何かに引き寄せられているみたいに、彼等は真っ直ぐに突き進んで来る。


 私が受け持った最後の魔物を倒し辺りを見渡すと、スズタクを始め他の傭兵達もあらかた片付いていた。


「そっちも終わったようね」


「ああ、何とかな……だが、まだ来るぞ」


「へ?」


 スズタクが指差すその先に、新手と思われる土煙が上っている。一体何なの!?


「美希。お前は商隊と傭兵達に、先に行くよう指示してくれ。俺達があいつらを食い止めるぞ」


 私は分かった。と、頷き、商隊のリーダーに話をつけるべく馬車に駆けた。


「――と、いう訳だから、ここから離脱して」


「ちょっと待ってくれ!」


 私達と同じく、商隊を護衛している別パーティの傭兵の一人が声を上げた。


「あんた達だけ置いていくなんて出来ない! 俺達も残る!」


 その申し出は非常に有難い。だけど、私は首を横に振った。


「あなた達まで残ってしまったら、誰が商隊を護衛するの? さっきは『たまたま』上手くいったけど、次は守れるとは限らないわよ?」


 私は『たまたま』を強調して言った。私達だけなら逃げきる事も出来るが、商隊と傭兵達を連れて逃げるのは難しい。ハッキリ言って足手纏いだ。


「しかし……」


 傭兵は、体の横で握っていた拳を更にキツく握り、地面に視線を落とした。何か思うところがあるのだろう。


「何をしている! 早く離脱しろ!」


 スズタクから切羽詰まった声が発せられた。見れば土煙の正体は、バンテネグラという黒豹の一種。彼等は敏捷力が高く、素早い動きで獲物を翻弄し牙と爪で狩る。草原(サバンナ)のハンターだ。


「安心して。私達は死ぬつもりは無いわ。機を見て逃げるつもりよ」


 未だ葛藤の迷宮に佇んでいる傭兵に、出口を作ってやる。まあ、私達が本気を出せば逃げずに済むのだけど。


「……分かった。俺達は、暫くの間リーファに留まる。酒場に居るから必ず訪ねてくれ。美味い物をたらふく食わせてやる」


「それは楽しみだわ。文無しになるの覚悟しておいてね」


 私は傭兵にウィンクして応え、商隊のリーダーに出発するように伝えた。商隊の馬車が次々と戦闘区域からの離脱を始め、その殿(しんがり)の馬車に私とミルクさん、そして傭兵が乗り込んだ。


 私の予見した通り、何体かのバンテネグラが、動き出した商隊を目標と定め、進路を変えて向かって来る。


「大いなるマナよ……」


 人の目がある。高ランクの呪文は使えない。尚且つ、正規の手続きを踏まねばならない。めんどいなぁ。


「大地に降ろし草花(くさば)(つか)に、そのチカラを与え其を拘束せよ。樹柄縛(アルボティエ)!」


 草木の根を操り身動きを封じる呪文。岩石地帯では使う事が出来ず、森の中が一番力を発揮する。草原はギリセーフ。だが、パンテネグラの足に絡み付いている植物の根が、思っていた以上に細い。あれじゃすぐに抜け出されてしまう。動きが止まっている今のうちに仕留めておかなくては。


「待ってるぞ!」


 馬車から飛び降りようと、後部の止め板に足を掛けた時、背後から傭兵から声を掛けられた。私は微笑みながら親指を立てて応え、疾走する馬車から身を躍らせる。


「炎よ。我が手にっ?!」


 地面に降り立ち、束縛から逃れようとしていた一匹を仕留めようと呪文詠唱した刹那、目標のバンテネグラが突然爆ぜて倒れた。


「ニャッ!」


 唖然としていた私の横で、気合が入ったミルクさんの声。直後、もう一匹のバンテネグラがさっきと同じく爆ぜて倒れる。


 ミルクさんの手には野球のボール程の石が乗っており、ソレを投げたのだと気付いた。結構な距離があるというのに、威力を含めなんつーオーバースペックな(ヒト)なんだ。


「命中にゃ」


 私の視線に気付いたミルクさんは、微笑みながら親指を立て、私はそれにコールした。グッジョブ!



「すまんな。助かった」


「ようやく片付いたわね」


 襲いかかろうとしていたバンテネグラを一掃し、スズタクと合流した私は、他に動くモノがないかを確認していた。しかし、礼を言ったスズタクは、未だ剣を納めておらず抜き身のままだ。


「いや、安心するのはまだ早い」


「え? それってどういう……」


 ズズズゥゥン……


 どこか遠くで、地響きが聞こえた気がした。途端、私の肌が粟立つ。スズタクの表情が険しくなり、ミルクさんの尻尾の毛が逆立ち、麻莉奈さんは自分の肩を抱いて震えていた。


 ズズズゥゥン……


 再び、今度はハッキリと遠方から地響きが聞こえた。その正体を確かめるべく、私は辺りを見渡す。だが、相当な質量があり、それなりの大きさになっていると思しき音の主は、その何処にも見当たらない。


「逃げるぞ! 急げ!」


 スズタクは森へ向かって弾けるように駆け出した。麻莉奈さん、ミルクさんが即座に続き、私はやや遅れて後を追う。


 ズズズゥゥン……


 三度目の地響き。最初よりはだいぶ近付いて聞こえる。だけどやはり、その姿は何処にもない。


「ねぇ! 一体何なの!?」


「知らん! たぶんラスボスだ!」


 スズタクからそんな答えが返ってきた。何よ、ラスボスって……


 音はすれど姿は見えない。一体どんな怪物なのかは分からない。でも、これだけは分かる。私は、私達はコイツに絶対に勝てない。と。



 樹海の側に着く頃には、あの地響きも聞こえなくなり、悪寒も消えた。スズタクは地面に座り込み、麻莉奈さんは膝立ちで杖に掴まっている。ミルクさんは地面に寝転がり、私は木の幹に身を預けて肩で荒い息をついていた。


「何なの? アレ……」


「俺も知らないし、知ろうとも思わないな」


 はい。ニャ。と、麻莉奈さんとミルクさんも答える。あんな魔物が存在するなんて、聞いた事もない。


「取り敢えず大丈夫なようだし、今日はこのまま野営して、明日森に入ろう」


 気付けば陽もだいぶ傾いていた。


「それでは、準備してきます」


 麻莉奈さんは杖を支えに腰を上げ、私達の居る場所から少し離れると、ポケットから取り出した何かを地面に置いた。


「ねぇ、麻莉奈さん地面に何を置いてるの?」


「ん? ああ、魔石を置いてるのさ」


 スズタクの話では、外周部に置いた魔石と麻莉奈さんの持つ杖とをリンクさせて、結界を施すのだという。


「へぇ、そんな使い方も出来るんだ……」


 魔石は様々な用途に使用が出来る万能石だ。明かりを灯したり、火を焚いたり、水を生み出す事も出来る。

 しかし、魔石は現代でいう所の乾電池と同じで、魔力の保有量は魔石の大きさに比例する。魔力を充填する事は出来ず、内包された魔力が尽きると魔石は粉々に砕け散ってしまう。

 古代魔法文明時代には、巨大な魔石を中心にして街が栄え、魔石の消滅と共に街も消えたという文献も残っている。


 転移の魔石も元々は普通の魔石で、そこに呪紋を刻み込み、使用する術者の魔力を注ぐ事で、魔石とのパスを繋げ、ソコを目印に跳ぶ訳である。


 跳躍するには、最低ピンポン球程の魔石が必要で、あらかた掘り尽くされてしまった現代に於いて、それくらいの大きさともなると、結構な豪邸が使用人付きで買える程の値がつき、そして一度しか使えない。


 そんな希少なモノを、スズタクは惜しげも無くポコポコと火の中に放り込んでいる。あんまり使うなよ……


 そういえば、ダンジョンの奥深くに採れる所があるって言ってたっけ。


「では、始めますね」


 魔石を置き終わり戻って来た麻莉奈さんは、地面に杖を突き立てて、祈りを捧げる。


「創造の女神リーヴィア。貴女の御力で刹那の、この地より悪しきものを退け、我々にひと時の憩いを御与え下さい」


 麻莉奈さんの祈りが終わると、杖の先端に取り付けられている、魔石とは違う何かの石が淡く輝き出し、それと同時に、杖から麻莉奈さんが置いた魔石までの地面に魔法円が描かれ、外周部から円の中心に向かって薄い膜が覆い、そして消える。


「これで暫くは安全です」


 初めて見る神官の祈りを、物珍しげに見ていた私に向かって麻莉奈さんは微笑む。実際に見たのは二度目だけど、あの時はドラキュラに噛まれ半ばヴァンパイア化してたからなぁ……


 麻莉奈さんが言うには、十時間程の時間が過ぎるか、杖を動かさない限り安全だという。前にミルクさんが寝惚けて杖を蹴っ飛ばし、結界が解けて大変な目に遭ったとか。再使用には、一日過ぎなければならないらしい。



 陽が山並みの向こうに消えると、途端に冷ややかな風が吹き、草葉の香りを運んでくる。食事を終え、一息付いていた私達を夜の帳が包み込み、焚き火の灯りだけがチロチロと照らし出していた。


 それにしても、今日は色々と気になる事ばかりが起きた一日だった。


「麻莉奈さん、女神リーヴィアって架空の存在じゃないの?」


「はい。リーヴィアは実在する女神です。その証拠に、こうして彼女の力をお借りする事が出来ています」


 そうなのだ。力を借りられるという事は、実在しているからに他ならない。だとしたら、クレオブロスが云っていた創造者とは一体……


「なんだ? 何か思う所があるのか?」


「うんー。私がこの世界に来た時にね、クレオブロスが――」


「――成る程な」


 私の話を聞いて、スズタクはふむ。と、考え込んだ。


「七賢人が女神を創ったか、若しくはその逆かだな」


「逆?」


「七賢人の力は本物だ。俺達はこうして一般人以上のチカラを得ている」


 確かに、私もこの世界の一般人とは違う。コマンドシステム、憑依能力、そして恐らく魔女のチカラも。


「だがな、こうも考えられる。七賢人の奴等は古代魔法文明人の生き残りだと」


「古代魔法文明って。もう何千年も昔の話でしょ?」


「ああ。だが、これならば女神のチカラが健在なのも理解できるだろ? 俺達には創造者だと云っていたが、その実、奴等は唯の人間なんじゃないか?」


 唯の人間が自らを神と称している? 一体何の為に? それに、唯の人間が他人にチカラを与える事が可能なのだろうか? 出来るとしてその目的は? どうやって今まで生きてきた? うーん……謎が余計に増えた。


「ま、会った時にでも直接聞いちまった方が早そうだな」


 確かにそうなんだけどね。


「あ、も一つ聞きたいんだけど。昼間の襲撃って原因は何なの?」


 あの魔物達はあきらかに普通とは違った。最後のアレも気になる。


「あー、アレな。あれはだな……」


 ん? なんだかスズタクが言いにくそうに視線を泳がせながら、頬を掻いている。


「……オレの所為だ」


 は?


 スズタクのカミングアウト的な発言に、私は面食らっていた。なんか今、とんでもない事を言ったような気がしたけど?


「え? 何? オレの所為って」


「あー、ハハ。実は……剣の手入れをしてたんだが、つい抜いちまってな」


 バツが悪そうに頬を掻くスズタク。


「え? 抜く?」


「コイツを抜くとな。たまに魔物が押し寄せてくるんだよ」


 腰に刺したカタナの柄をポンと叩くスズタク。


 それってつまり……その剣は七種の神器(アーティファクト)どころか、魔物を引き寄せる唯の呪いの(カース)アイテムじゃないかっ!

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