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第二十五話 夜闇の森の眠り姫

モーニングスター大賞運営チーム様よりコメントを頂きました。この場をお借りして御礼申し上げます。有難う御座います。

『……キ、ミキ』


「んー? なぁに? スズタク」


『ちょっと話があるんだが』


「えー、ダメだよぉ。ファンの娘達みんな見てる」


『おい!』


「んーでもぉ、ちょっとだけならイイヨ」


『おい! 何時まで寝惚けているんだ!? このメスガキがっ!』


「うわっ!」


 ガバッと起き上がり辺りを見渡すと、そこは私の部屋だった。


 あれから一週間が経ち、夏休み真っ盛りの私は、学院の寮に引き篭もって自堕落な生活を送っていた。寮生の殆どは帰郷した様だけど、アクアちゃんに憑依している状態の私は帰れない。両親ともなると、流石に別人だと分かってしまうに違いないから。


『よお、目が覚めたか?』


 何処からともなくスズタクの声が聞こえてくる。私は慌てて見渡すと、枕の横に置いてあるスズタクから貰ったマジックパールが、淡い輝きを放っているのが見えた。


『いい夢を見ている最中にスマンな』


 一瞬、スズタクが何を言っているのか理解出来なかったが、夢での事を思い出して私の顔が熱くなってゆく。


「あ、あの……私何か言ってた?」


『ああ、オレへの想いがヒシヒシと伝わる寝言だったぞ』


「べっ、別に良いじゃない! 夢くらい見ても!」


『まぁ、それは置いておいてだな』


 いや、置かないで受け流してくれると助かるんですが。


『ちょっと時間あるか? 出来れば直接話をしたいんだが』


 盗聴なんか出来ない通信方法なのに、直接逢いたいなんて……。


「え……マサカ、本当に愛の……」


『それは無い』


 うぁ、バッサリ斬られた。


『話っていうのは、お前の能力に関する事なんだよ』


 成る程。それは聞かれてはマズイ。


『この街の宿に居るから、夜にでも来てくれ』


「ん。分かった」


 マジックパールの輝きが消え通信が切れた。スズタクから思いもよらぬディナーの誘い。なに着てこっかな。



 この世界の宿屋というのは、元の世界と似ているようでちょっと違う。貴族等の上流階級が泊まるようなホテルもあれば、王族専用ホテルなんてものもある。


 その日暮らしが多い傭兵達は、一階が食堂兼酒場で二階が泊まれるようになっている普通の宿に泊まるのが一般的だ。中には泊まる金が勿体無いという理由で、街の外で野営する猛者もいる。


 しかし、私はその建物を見上げて(・・・・)驚いていた。メンバーに女性が居る。と、いう事もあって、あまり変な場所に泊まってはいないだろう。と、予測をしてたのだけど、マサカこんな所に泊まっていたとは……一体何処から資金を捻出しているのだろう。後で聞いてみよっと。



 受付でスズタクの部屋を聞き、ドアを開けた私はその場に凍りついた。


「あ、ゴメン。お楽しみ中だった?」


「違うっ! 誤解だっ!」


 上半身裸で、床に倒れている麻莉奈さんに馬乗りになってる状態で、必死に弁解している姿は実に情けない。心なしか、麻莉奈さんの顔が紅潮しているような……。


「あ、ミキっち。来たのかニャ?」


 廊下の奥からミルクさんがやって来た。首にタオルを巻いている所を見ると、お風呂から戻って来たのだろう。彼女が中の惨状を見たら、どんな反応をするのだろうか?


「ん? 部屋に入らないのかニャ? ――ああ、そういう事かニャ」


 私の肩越しに部屋の中を覗いたミルクさんは、特に変わった反応はしなかった。それに、中の状況を一目見て理解したらしい。


「どーせ麻莉奈が(つまず)いてお茶を零して、上着洗うからと無理矢理脱がして、ついでにズボンも剥ぎ取ろうとした所、タクが抵抗して床に転げ落ちたのニャ」


 スズタクは、ミルクさんに向かってビシッと指をさした。どうやら、その通りだと言いたいらしい。見れば、床にはおぼんと湯呑みが二つ転がっていた。


「気にするニャ。いつもの事だニャ」


 ミルクさんは私の肩をポンと叩いて、部屋の中へ入って行った。麻莉奈さんが、典型的なドジっ娘属性を持っている事が判明した瞬間だった。



「なぁんだ。私てっきり……」


 立ち話もなんだから。と、中に通された私はベッド端にちょこんと座る。イソイソと上着を着たスズタクは、2人掛け用のソファーを軽々と持ち上げ、私の対面に置き座る。スズタクの横には麻莉奈さんが座り、ミルクさんは床の絨毯の上で、足を投げ出して座っていた。


「てっきりってなんだよ」


「芸能人は好色家が多いって聞くから」


 週刊誌やワイドショーなどで、そのテの話は後を絶たない。だから、スズタクもそうじゃないかなーって一瞬思ってた。


「オマエなぁ、オレは元の世界でも隠れて何かしてた事は無いぞ」


 そういえば、スズタクにはそんな噂は無かったな。


「あっ!」


 唐突に声をあげ、自分の口あたりの所で、手をポンと合わせる麻莉奈さん。


「私、お茶淹れて来ます」


「マテ」


 ソファーから立ち上がろうとした麻莉奈さんをスズタクは即座に止める。きっとさっきの出来事が、頭の中を過ぎったに違いない。


「美希、すまんが頼む」


「ハイハイ」


 私は立ち上がりキッチンへ向かう。こうなる事は予想していた。ドジっ娘属性持ちの麻莉奈さんに、のほほんとしているミルクさん。だから、多分私に回ってくるだろうとね。私お客さんなんだけどな。



 魔術を使ってお湯を沸かし、来る時に買ってきた、お土産のお茶を淹れる。色々あって渡しそびれてたから丁度いい。


「ハイどうぞ」


「お、サンキュな。……美味いなコレ」


 スズタクは一口飲んで目を輝かせた。麻莉奈さんも美味しそうに飲んでくれているし、ただミルクさんだけが、飲むのに難儀していた。あ、見た目通り猫舌だったか。


「私オススメよ。この街で安くて一番美味しいヤツなんだから」


 この世界では、お茶といえば基本的に紅茶だ。オレンジのようなモノの葉っぱとか、リンゴのようなモノの葉っぱが主流。日本茶というのは、まだお目にかかっていない。


「それで? 話って?」


「ん? ……ああ、そうそう」


 スズタクは、本来の用事を思い出したようで、ティーカップをテーブルに置いて身形を正す。


「ここから南へ三日ほど行った所に、樹海があるのを知っているか?」


 そこは『夜闇の森(スヴアルト)』と、云われる広大な樹海。木が異様に生い茂り、昼間でも夜の帳が下りたように暗い場所。森の中には多くの魔物が棲みつき、森に立ち入る者は誰一人として帰れないと云われる。別名、死の森。


「そこの中心部に、古い遺跡があってな……ってなんか言いたそうな顔だな」


 スズタクは不思議な顔をしていた私に気付いたようで、話を中断して問い掛けた。


「いや、一般人どころか、ちょっとした人物でも知らない様な事を、よく知っているなーって思って」


 森があるのは知っていたが、その中心部に遺跡が在るというのまでは知らなかった。


「オマエなぁ、オレ達は当てもなく、タダほっつき歩いている訳じゃ無いんだぜ?」


 各地に残る書物や伝承、噂等を見聞きして、その情報を整理、分析してから動いているのだという。意外に努力家さんだった訳だ。感心感心。



 スズタクは樹海の中心部で遺跡を見つけ、王城と思しき建物の中で、魔紋によって封印が施された扉を見つけた。

 魔力を注ぎ込む事でその扉は開き、更に下へと進むと今度は二十畳程の部屋に突き当たった。部屋の中には、調度品といった物は一切無く、生活の跡も見受けられない。ただ一つを除いては。


 部屋の中央には、床下から天井へ部屋を貫くクリスタルのような透明な柱があり、その中には一人の少女が人知れず静かに眠っているのだという。


「たぶん、(とお)かそこらの歳だと思う」


「ええ、物凄い美少女でしたよ」


 麻莉奈さんは目をキラキラと輝かせていた。幼女趣味のお姉さん臭がプンプンと漂うが、取り敢えず気付かないフリをしておこう。


「その奥にまた魔紋で封じられた扉があってな、麻莉奈が全魔力を注ぎ込んでも開かなかったのさ」


「なるほど。一人で駄目なら二人でって訳ね」


 スズタクその通りだと言って、残りの紅茶をクイッと飲み干した。


「その女の子は? 助け出して協力を仰げない?」


 自ら眠りについたのか。それとも、誰かに封じ込められたのかは判らないけど、無関係とも思えない。しかし、スズタクは首を横に振った。


「ダメだ。彼女を助け出す方法が見つからない。麻莉奈の呪文でも、俺の剣ですら柱には傷一つ付けられなかった」


 スズタクが所有するカタナは、七つの神器(アーティファクト)の一つで、その性能は周囲の魔力を斬れ味に転化させ、あらゆるモノを斬り裂く事が出来る武器だという。そんな武器を以ってしても、柱と封印された扉が切れないんじゃ、何でも斬れる。と、いう文言は外した方が良いんじゃないだろうか……


「ミルクの猫パンチでもダメだったしな」


「だニャ」


 それはダメに決まっているだろうに。むしろそれで砕けたら、逆に驚くわ。


「そういえば、美希は誰にでも憑依出来る能力を持っていたよな」


 誰にでもって訳でもないと思う。試してないけど。


「まぁ、出来るけど今は無理だよ?」


 どうしてだ? と、問うスズタクに、私は憑依体の目的をクリアするか死亡しなければ、元の霊体に戻る事が出来ず、霊体でなければ憑依も使えない。と、伝えた。


「そこは麻莉奈がナントカしてくれるさ」


 なぁ? と、言って麻莉奈の顔色を伺うスズタク。何でもかんでも麻莉奈さんに頼りすぎなんじゃないだろうか? ホラ、麻莉奈さんだって怒ってる。


「タク様。いくら私でも、出来る事と出来ない事があります」


「何!? 無理なのか?!」


「出来ます」


「「できるんかいっ!」」


 私とスズタクとの突っ込みが、素晴らしいハーモニーを奏でた瞬間だった。



 では。と、麻莉奈さんが自身の前に右腕を伸ばし、何かを掴むような仕草をすると、虚空から杖が現れ手の中に収まる。麻莉奈さんはそれを床に立てて、コホンと咳払いを一つ。


「それではいきます」


 私は麻莉奈さんが呪文の詠唱を開始しても、彼女が何を言っているのか理解出来なかった。それに気付いたのは、私の身体が淡い光に包まれてからだ。


「ちょっ!? ちょっと待ってよ!」


 立ち上がって慌てて麻莉奈さんを止めようとした直後、ゴスッという音と共に麻莉奈さんが前のめりになり、詠唱が中断された。


「アホか! 美希にはまだやって貰いたい事があるんだぞ! ここでやってどーする!」


 麻莉奈さんは涙目になりながら、後頭部を摩り『いったぁい』と、可愛くスズタクに抗議する。危うく魂を引っぺがされる所だった……。天然って怖い。



「美希にやって貰いたいというのはコレだ」


 スズタクが、ヒョイと投げて寄越したモノを、私は慌てて受け止める。ズシリとした感覚が腕に伝わった。


 スズタクが投げたモノは、ピンポン玉程の大きさをした何かの鉱物。この大きさでコレだけ重いとなると、それだけ質量を持っているという事になる。一体何の鉱石なんだろう。


「なにこれ?」


「転移の魔石だよ」


 スズタクの返答に思わず吹き出し、一度離した視線を再び慌てて戻す。

 これが転移の魔石!? 貴族が屋敷を手離してでも、欲しがると云われる。あの?!


「コイツに魔力を注いでくれ」


「……ちょっと聞いていい?」


 私の中で、とあるシナプスが繋がった気がした。


「コレ、誰かに売った事ある?」


「ああ、四、五個売った」


 うわ、やっぱり。スズタクのパーティの資金はここから出ていたのか。


「良くこんなモノを手に入れられたわね」


「あるダンジョンの奥底に採れる所があるからな。今度連れてってやるよ」


 残りも少ないから補充しないと。と、スズタクは言うが、良いのか? こんな世界経済が崩壊しそうなシロモノをホイホイと世に出して……


「まぁ、とにかくそれに魔力を注いで、真ん中のマークが緑色になったら知らせてくれ、それまでに出る準備を整えておく。美希も出発の準備をしていてくれ」


「分かったわ」


 私は頷き、部屋を後にした。忙しくなるぞー。



 同郷者と共に旅に出るなんて、この世界に来た時には考えもしなかった。メンバーを見ていると色々と不安があるけど、心の奥底ではどこか安心している。そんな感じがする。


 ……にしても、この魔紋。何処かで見た気がするんだけど……。


 転移の魔石に刻まれている魔紋。それは、視力検査で見るCの開いている部分を上にして、棒のようなモノを開いている部分に刺したカンジのマークだった。



 数日後、魔石に魔力を注ぎ終えた私は、スズタクとコンタクトを取り、一路『闇夜の森(スヴアルト)』へと旅立った。一体どんな冒険が、私を待っているのだろう? そう思うだけで、ワクワクが止まらない。

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