第二十三話 同郷者
「オマエがか?」
シンと静まり返った室内で、スズタクの声が響いた。なに? その胡散臭そうな態度は。ちょっとムカつく。
「そうよ! 私の名前は近藤美希。訳あってこの身体を借りてるけれど、ちゃんと日本人だからっ!」
「分かった分かった」
スズタクはまるで小さな子供をあやすように言い、ふと考え込む。
「……ひょっとしてオマエもサラの奴に?」
「サラ? ううん、私はクレオブロスって人に……」
「チッ、七賢人の奴等一体何を企んでいやがる」
パシリと掌と拳を合わせるスズタク。
「もしかして、お二人も日本から?」
「ええ。私の名前は藤林麻莉奈。七賢人の一人アルトール=ビアスという方に連れて来られました」
「ウチはミルクにゃ」
ミル……え?
「いや、そっちのネコは違うから」
「違うニャ! ウチネコじゃないニャ! 誇り高きネコミミ族なんだニャ!」
「だから、そんな種族知らねェっつてんだろ!」
ガルルル、とツノを付き合わせるスズタクとミルクさん。外見は人と変わりが無く、耳だけが本当の猫と同じ場所に生えている。スズタクの言う通り私もネコミミ族なんて聞いた事は無い……後で文献を漁ってみよう。
「藤林さんは……」
「麻莉奈、で良いですよ?」
麻莉奈さんはお淑やかで落ち着いた大人の雰囲気を纏う。対してスズタクは子供全開でミルクさんを揶揄っている。TVでは華やかに見える芸能人は、実際こんななのか……。
「麻莉奈さんは、何をしろと云われたのですか?」
ワァワァギャーギャーと騒いでいた、スズタクとミルクさんの動きが一瞬止まり、スズタクは麻莉奈さんのアイコンタクトに頷き、再びミルクさんとじゃれ合う。……五月蝿いんだけど。
「私は、『七つの武具を集めろ』と云われました。タク様が持つ武器もその内の一つです」
スズタクを様扱いするのは違和感があるが、なるほどねぇ…………
「っつーかあんたら五月蝿い! 他人の家で暴れるな!」
私に怒られブーたれるスズタク、そしてその陰に隠れるミルクさん。
「気にしないで下さい。何時もの事なので」
いや麻莉奈さん。多分あなたが一番年上なんだから、しっかり統率して貰わないと!
「スズタクは?」
「ん? ああ、オレは七徳の宝玉集めさ。今二個だ。んで? お前は?」
「私はレベルを上げる事」
「当たりだな。お前」
は? 当たり?
「レベラゲなんて簡単だろう?」
いやいや冗談じゃない。私がどれだけ苦労したのか。
「人に取り憑いて、その人の目的を達成しないと経験値貰えないのよ? それでも簡単って言うの?」
「幾つまで上げりゃ良いんだ?」
「そこは……聞きそびれた」
「ソレ重要だろ」
そうなのよ。肝心な所を聞かなかった。クレオブロスはレベルを最大まで上げろとしか言ってないんだ。
「アクアさんっ!」
観音開きの部屋のドアが勢い良く開け放たれ、開けた人物は私を見るなり崩れ落ちた。
「ああ……」
その目には涙を浮かべ、唇に指の腹を当てて安堵の表情をする。
「良かったですわ。私ずっと心配しておりましたのよ。フィリアさんから目覚めたと聞いて飛んで参りましたの」
グシュリと鼻をすすり、涙を拭いたコーネリアはスズタク達に居直り頭を下げる。
「この度は、私と私の大切な親友達を助けて頂き誠に有難う御座います」
貴族の割には低姿勢のコーネリアに、私は内心感心していた。……って私いつの間に親友扱い!?
「ああ、礼はいいよ。むしろこっちが侘びを入れたい」
「え?」
室内の有様を見たコーネリアの顔は引き攣っていた。
夜になり、寝る為に部屋の灯りを消してベッドに潜り込んで目を瞑る。
「ちょっといいか?」
「うわっ!」
突然耳元で聞こえたスズタクの声に驚いて飛び起きた。
「何やってんのよ!」
私の掌がスズタクの頬を打ち抜く。
「痛ってぇなぁ。何すんだよ」
「何すんだ。じゃないでしょ!」
誰も居ないはずの部屋に突然、しかも耳元で声がすれば女の子だったら誰しも手が出るでしょうに。まったく寿命が縮んだわ。
「今のはタク様が悪いですよ」
「そうだニャ」
室内の暗闇にボッと灯りがともり、麻莉奈さんと一匹が姿を現した。いや、あんた達もだからね?
「ドアも開けないでいきなり出現するのは止めてくれない?」
一体どうやったらそんな事が出来るんだ?
「ん? ちゃんとドアから入ったゼ? ノックもしたし」
あれ? それじゃあ私が気付かなかったって事?
「ただ、盗聴防止に防音障壁を張らせて貰ったけどな」
それじゃ聞こえないじゃん! ノックの意味ないわっ!
「お願いだから、次からは入ってから障壁張って」
ハァ……頭痛い。
「それで? 何の用なの? こんな『夜中』に、『女の子』の部屋へ」
私はことさら強調してみせた。
「そう突っかかるなよ。悪かったって。そろそろ発とうと思ってな。挨拶に来たんだよ」
え? 発つ? それじゃあ居なくなるって事?
「何処へ行くの?」
私は以前、アルスネル王女からスズタクの話を聞かされた時から思っていた事がある。
「取り敢えずは、消滅した西の山の調査だな」
それは…………え? 消滅した西の山? あ……
「あーハハ……それ私がやった」
原因を突き止めるだの、移動手段はどうするだのと話していた三人は、一斉に私の方を見る。私は頬を掻きながらテヘッと可愛く舌を出した。
「何してくれてんだてめェ! 悪戯で山一つ消し飛ばすんじゃネェ!」
「悪戯じゃないわよ! 文句だったらドラキュラに言ってよ! 広範囲型のランクS魔法ブッ放す奴に!」
私の言葉にスズタクは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。まあ、言いたくてもその相手はすでに黄泉路へ旅立った訳だが。
「それ、どうやって防いだんだ?」
「転移させたのよ。山の中にね。やらなきゃ今頃この辺一帯消滅してるわよ」
五千メートル級の山が消滅する位だ。まともに喰らっていたら、湖は今よりも数倍の広さになっていただろう。
「お前、転移魔法使えるのか?」
あ、別な所に喰い付いた。
「使えるけど条件厳しいわよ? 新月時に複雑な印を寸分違わず結ぶ。月一でしか発動出来ない上に魔力もゴッソリ持っていかれるんだから」
コマンドから選択すれば自動でやれる私とは違い、他の人は角度、高さ、指の動かし方、その全てに気を遣い行わなければならない。
「何処でそんな魔法を覚えたんだ? この世界の奴は魔法なんて殆ど使えないってのに」
「私の能力の一つよ。『魔術の極意』。現代から古代魔法文明時代までの総ての魔法がリスト化されているわ」
まあ、この能力のお陰で魔女じゃないか? って疑われた時もあったけど。
「トンでもないチート能力だな」
「ええ。まったくです」
チート? 何それ。
「まあ、そういう事なら調査の必要は無いか。当初の予定通り南へ行くとするか」
「そうですね。それが良いと思います」
「だニャ」
「さて、それじゃお別れだな」
「あ…………」
前から思っていた事。それは、一緒について行く事だった。右も左も分からない異世界に放り込まれ、私はずっと一人ボッチだと思っていた。だけど、私と同じ様な人が居る。そう聞いた時には嬉しかった。私は一人じゃ無い。そう思えるだけで頑張れた。いつか会って、そして共に旅がしたい。その想いが日に日に大きくなっていた。
今がチャンスだ。これを逃したら、もう二度とこんな機会は無いかもしれない。だから、『連れてって』と口に出すのは当然の事だった。だけどスズタクは、それを了承してはくれなかった。
「お前にはお前の生活があるんだろ? それを無視したらアクアちゃんの人生どうなっちまうんだよ。お前は他人の人生を握ってるって事忘れるな」
そうだ。私がついていってしまったら、アクア=クラベリーナの私生活はメチャメチャになってしまう。
「ホレ」
シュンとした私を見兼ねてなのか、スズタクは何かを投げてよこした。私はそれを受け取り、手を開く。
「え? これは……?」
それは小さな珠だった。真っ白なビー玉程の大きさの珠。
「マジックパールっつー代物でな、そいつに魔力を込めると繋がるんだよ」
繋がる? なにと?
「コイツとさ」
スズタクも手の平を開くと、手の中には同じ様な珠が現れた。
「放っておくわけ無いだろうがよ。数少ない同じ日本人を」
「あ……」
「全く。タク様は素直じゃありませんね」
麻莉奈さんがクスリと笑う。
「うっさい。ほっとけ……っておい!」
「え? あ、あれ?」
涙が止まらなかった。嬉しさと今までの淋しさがゴッチャになって、流れていた。スズタクは私を黙って抱き寄せてくれた。その優しさが拍車をかけ、流れる涙の量を増やした。
「もう良いのか?」
「うん、スッキリした。ゴメンね。汚して」
「良いさ。ネコに洗わせる」
「ニャッ?!」
ミルクさんは驚いた顔をした。
「もし、私の力が必要になったら呼んでね」
「ああ、そっちも何かあったら呼んでくれ」
私はスズタク達とガッチリと握手をして別れた。もう私は一人じゃない。だって、繋がってるんだもの。