第二十二話 救われた窮地
「Ω!」
私がチカラある言葉を解き放つ。途端、ザワリとした木々の音が聞こてくる。
「は?」
ドラデーモンは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。直後、ドラデーモンの遥か後ろにある五千メートル級の山が消滅した。遅れて轟音がやってくる。
「え?」
ドラデーモンは終始マヌケ面をしていた。それもそうだろう、上位者の力を借りたランクS魔法を、アッサリって訳でも無かったけど、防がれたのではそんな表情以外表に出てこないだろう。
「お、オマエッ! 一体何をしたっ!」
別に何もしていない。
「だから言ったでしょ? 私には効かないって」
ただ、転移させただけだ。山の中に。
私が発動させたのは、転移魔法の基となった不完全な魔法。今、この世界にある転移魔法は、何処かのダンジョンの奥深くに有るという魔石に、呪紋を刻み魔力を蓄積させて発動するとても面倒くさいシロモノだ。
今のは印を結んで言葉を解放するだけのカンタンなモノ。しかし、これにも発動条件があって、新月時のみ使用が可能で詠唱が複雑、その上魔力をゴッソリと持っていかれる。
古代魔法文明時代に開発されたシロモノらしいのだけれど、結局使いにくくてお蔵入りになったらしい。御苦労さん、と言いたい所だが、窮地を救ってくれたから開発者に感謝かな。
さて、アイツの魔法は凌いだ。再び強力な魔法を行使する前に、ヤツから自由を奪わなくては。
「炎よ。我が剣に宿てチカラと成せ」
手に持つ棒に炎のチカラが宿り紅く輝く。そして更に空を飛ぶイメージを脳裏に描きつつ、チカラある言葉を解き放つ。
「風よ。我が身に纏て天翔けるチカラと成せ」
私の身体がフワリと浮かぶ。そして、そのまま一直線に上空に居るドラデーモンへ肉迫した。
「何だと!?」
人が空を飛べるとは思いもしなかったのだろう。驚きが反応を遅らせた。私は紅く輝く棒切れを振るいドラデーモンの翼を叩っ斬る。
片翼を失ったドラデーモンは、錐揉みしながら地面に激突した。
「雷よ! 天より来たりて其を撃つ刃とならん! 雷撃!」
土煙の中から雷撃が私に向かって迫り来る。
「土よ。我が意に従い盾と成せ!」
だがそれは、逆属性の魔法によって相殺された。
「諦めなさい」
ドラデーモンの側に降り立ち、さも冷静を装って冷ややかな声で言葉を叩きつける。
「もう二度と私達にちょっかいを出さないと誓えば、見逃してあげる」
私の言葉にドラデーモンの身体がピクリと動く。
「フフ……やはりニセモノか」
「いいえ、私は本物の魔女よ」
「魔女様は敗者に対して厳格なお方なのだよ。オマエの様にヌルくは無いっ!」
叫びながら殴りかかって来たドラデーモンを、予め唱えておいた呪文をぶっ放す。数歩後ろにたたらを踏んだドラデーモンは、自分の腹に大きな穴が開いているのに驚きながら倒れた。
終わった。私は安堵のため息をついた。今回の戦いは非常にキツイものだった。湖畔消滅を防ぐ為に使った転移魔法が、思っていたよりも魔力を消費してしまった。やっぱり、魔女のチカラを行使するには、普通の女の子の身体では無理があるのだと思い知った。
「結構暴れちゃったな……」
屋敷は崩壊しクレーターとなっている。でもまあ、山を一つ消し飛ばしたのよりは可愛いもんだけど。さて、どうやって誤魔化したものか。
思案しながらフィリアとコーネリアの元に歩いていたその時、ブチリ。と、いう音と共に私の頸から身体の中に固くて鋭いナニカが入り込んだ。途端、身体中の体液が、その一点に向かって吸い出される様な感覚が襲う。
「ゆはんはいへひはお(油断大敵だよ)」
耳元に聞こえたドラデーモンの声。私は慌てて振り解く。
「フフフ……やっぱり処女の血は格別だわ……」
口元を赤く染めドラデーモンは口角を吊り上げる。見れば開けた筈の風穴は急速に塞がりつつあった。
しまった。完全に油断していた。コイツ、アンデッドだった。
「どうだ! オマエの血を吸ってやったぞ! これで私はパワーアップする事が出来る!」
「とてもパワーアップしたとは思えないわね」
確かに肌のツヤとハリはパワーアップしたみたいだけど。
「何だと?! 何故だ! オマエ程のチカラを持ったモノの血を吸ったのだ! 私は更なる高みへ登った筈だ!」
このドラデーモンは何か勘違いをしている。特別なチカラを持っているのは私という魂の方であって、血や肉は間借りしている人のモノでしか無い。だから、血を吸った所で私が持つ特別なチカラは手に入らないのだ。
「残念ね」
「くっ! こうなったら一滴残らず吸い尽くしてやる!」
飛び掛かってくるドラデーモンに、必殺の一撃をもう一度お見舞いすべく言葉を紡ぐ。
「土よ。我に集いて形と成せ。雷よ。我が意に従い筒となりて其を撃て!」
私の周囲に土が固まり石つぶてと化し、雷魔法によって電磁加速される。これは魔法というよりは物理攻撃の類いだ。威力の程はさっきドラデーモンの土手っ腹に大きな風穴を開けたのを見れば一目瞭然。掠っただけでもその部分は抉れる。
しかし、土煙の向こうからドラデーモンが姿を見せた時には、私も驚きを隠す事が出来なかった。アレを喰らってピンピンしている筈がない。もしかして再生でもしたのだろうか?
「ふぅ、危ない危ない。立ち止まっておいて正解だわ」
(立ち止まる? そうか射程か!)
恐らくドラデーモンは突っ込むと見せ掛けて、呪文の解放と同時に射程外へ逃げたのだろう。幾ら威力があっても、弾が石つぶてである以上すぐに崩壊してしまい距離が延びなかった。これは完全に私の誤算だ。
「ミイラになるまで吸ってあげる」
間近に迫ったドラデーモン。魔力を練り上げ呪を紡ぐ。とてもじゃないがアイツが私の頸に牙突き立てる方が早い。二度も吸われて無事でいられるか分からないけど、吸われている最中に呪を唱えヤツを上下真っ二つに切り裂くしかない。
「あれ?」
だけど、ドラデーモンは私に何もしなかった。突拍子も無い声をあげて自身の右腕を見る。
その両手で私の肩を掴み、身動きを取れなくしてから吸い付くつもりだったのだろうが、落ちたのだポロリと。ドラデーモンの右腕が。
「ガアアアア!」
右腕を押さえドラデーモンはのたうち回る。一体何が起きたのか? 私にも分からなかった。
「全く……デカイ魔力を感じて来てみれば」
声が聞こえた。それも男の声だ。見れば軽戦士系の鎧を身に纏い、抜き身の刀を持っていた。
「くぅぅぅ。何だオマエはっ! 私の食事の邪魔をするな!」
「食事?」
「気を付けて! コイツドラキュラよ!」
私の言葉を聞いて、その男はダラリと下げていた抜き身の刀を肩叩きするように自身の肩でトントンし始めた。
「へぇ、Sレアって所か?」
エ、エスレア? 何なのこの男。命知らずにも程がある。
「早く逃げて!」
「それは出来ない相談だ。目の前で『可愛いい』女の子が襲われているんだ。逃げたら男が廃るってもんだ」
バカッ! アンタの身を心配して言ってんのよ! それにコイツ『可愛いい』を強調しやがった!
斬撃は効果が薄く、私の呪文でも倒す事が出来ない。そんな正真正銘の化け物と戦おうっての?!
「マリナ!」
男は振り返って叫ぶ。クレーターの上には、いつの間にやってきたのか二人の人物がこちらを見下ろしていた。
「コイツドラキュラだってよ! サックリやっちまってくれや!」
上から了承の声が聞こえ、続けて呪文の詠唱が風に乗って流れてくる。
「クソッ!」
「おっと。逃さねぇよ」
翼を羽ばたかせ逃げようとするドラデーモンを男は片手で軽々と押さえ付けた。途端、男の足元からクレーター全体に何かの魔方陣が描かれる。え? マサカ……私達ごと?!
「ん? ああ、大丈夫だから」
言って男はウィンクしてみせる。
「クソッ! 離せ!」
「聖なる十字架の刻印!」
チカラある言葉が解き放たれると、地面に描かれた魔方陣から目も眩む程の光の奔流が立ち昇る。
「グアアアア!」
男に押さえ付けられていたドラデーモンは、叫びながら地面をのたうち回っていた。
「ああああ!」
そして私も身体が焼かれるような感覚に叫び声を上げていた。
「目が覚めた?」
「フィリア……ここは?」
目を開けるとそこは外ではなく何処かの部屋の中だった。高価そうな調度品が並び、肌触りの良いシーツに身動ぎしても軋む事の無いベッド。そんな高級品達に私は包まれていた。
「コーネリアの別荘よ」
ああ、成る程。
「よっと」
「起きて大丈夫なの?」
「うん。ヘイキ」
身体が軽い。体内から悪い所を総て除去されたような清々しさがある。
「フィリア。どうなったのか知ってる?」
フィリアもコーネリアも女の人に手当てを受けて目を覚ました。目の前の惨状に驚き、ボロボロになった私を見て更に驚いたのだという。治療は施したから大丈夫とは言われたが、実際私が目覚めるまで心配でずっと手を握っていた。
「おっ。起きたか」
ガチャリと扉を開けズカズカと男が中に入る。その後をマリナという女性、それと……、えーっとメス? が入室してきた。
「フィリアちゃん。ちっと席外してくれ。アクアちゃんに話があるんだ。なぁに、心配しなくてもコイツ等が見張ってるから襲いやしないよ」
フィリアは頷き部屋から出て行った。それを確認した男は、ガタゴトと椅子をベッドの近くまで持ってきて座る。
「身体は大丈夫か?」
「ええ。むしろスッキリしてます。……あの、危ない所を……」
「ああ、いいっていいってそんな堅苦しいのはよ。それにコッチも謝らなけりゃならない。マサカ咬まれていたなんて思ってもいなかったしな」
「すみません。相手がドラキュラだと言うので、私もつい」
女の人の話だとあの呪文は対アンデッド用最上級浄化呪文だそうで、あらゆる不死属性のモノを浄化する事が出来るのだそうである。ドラキュラに咬まれ、吸血鬼化しつつあった私にも、作用してしまったのだという。
「それにしても、オマエ強いな。吸血鬼族の中でも最上位のドラキュラ相手に戦うとはよ。そのチカラ何処で手に入れた?」
「すみません。素性の分からない人には話せません」
「そうか。じゃあ、力尽くで聞いてみるか」
「タク様」
女の人がタクと呼んだ人物を睨み付ける。
「冗談だよ」
「真顔でしたよ?」
「だにゃ」
場に気不味い雰囲気が流れた。何なんだこの人達は、それにあのネコっぽいヒトは一体……。
「分かった分かった。アンタのそのチカラ、うちのパーティに欲しいと思っててな。どうだ?」
いや、どうって言われても……。
「だから、素性の分からない人達に、私が協力する訳にはいきません」
私が行使するチカラは、この世界の人達が忌むべき魔女のチカラ。幾ら助けて貰ったからといってそんなモノをホイホイと貸せる訳がない。
「名前だって聞いて無いのに」
ボソリと呟いた私の言葉に、男は大きく目を見開いた。
「くくく……、はーっはっは! いやあ、悪りぃ悪りぃ。言った気になってたわ。アッチの世界じゃ有名人だったからな」
おい! ってアッチの世界?
「俺の名はスズキタク。訳あって旅をしている。んで、左がマリナで、右がペット」
「違うにゃ! マリナぁ、ウチいつからペットになったん? ひどいにゃ」
マリナと呼ばれた女の人の膝でワンワンと泣き始め、よしよしとマリナさんが頭を撫でる。それにしてもコレがアルスネル王女の云うスズキタクか。……あれ? 何処かで見た事があるような……
「ひょっとして、スズタク? STAMPの!?」
STAMPというのは、元の世界で大人気のアイドルグループの名前。グループ名はメンバーそれぞれの名前の頭文字を取って付けたという話を聞いた事がある。
「オマエ。本当に何者だ?」
場の空気が一変した。スズタクから私に向けられているのは殺気。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私もあなたと同じ日本人なのよ!」
私の言葉に一名を除いた皆が驚いていた。