第二十一話 瑕疵を克服せし者
「だったらこれならどうかしらね!」
フィリアもどきの連打がヒットする度、コーネリアの胸部が激しく波打つ。
「ハァッ、ハァッ……何なの? アナタ」
フィリアもどきは殴り疲れ、激しく息を切らせる。
「ハァッ、ハァッ……私はこの二人の親友ですのよ」
コーネリアは恍惚の表情で荒い息をしている。コーフンしたんかい!
「ふふ、今ですわ! アクアさん!」
「何っ!」
コーネリアの叫びにフィリアもどきは慌てた様子で私の方を振り向く。私といえば……別に何もしていない。未だテーブルに張り付けにされたままだ。
「炎の矢!」
「グアッ?!」
コーネリアの放った魔法が、フィリアもどきの背中に突き刺さった。痛みに顔をしかめながら、再びコーネリアに振り向く。今だ!
「炎の矢!」
今度こそ私が放った魔法が、フィリアもどきの背中に再び突き刺さる。なんかちょろいなこのヒト。
「オマエいつの間に縄を?!」
ほんのチョット前、コーネリアとやり取りをしている間に、小声で風の魔法を発動し縄を断ち切り、囚われているフリをして機を伺っていたのだ。
「アクアさんはフィリアさんを! この色魔は私が引き受けますわ!」
「色魔だと?! オマエの方がよっぽどエロイ身体をしているじゃないか!」
それについては異論はない。
「全く……私を怒らせないで……ねっ!」
「グフッ!」
フィリアもどきが放った蹴りをまともに喰らい、コーネリアは壁に叩きつけられた。
「コーネリア!」
「いいですからフィリアさんを別な場所に! でないと思いっきりできませんわ!」
コーネリアはお返しとばかりに蹴りを放つ。だが、それは読まれていたようで、フィリアもどきが受け止める。そして、そのままコーネリアを持ち上げ床に叩きつけた。なんつーパワーだ。
「電撃!」
コーネリアが放った電撃の魔法は、クリーンヒットしたフィリアもどきから黒煙を上げさせ、片膝を突かせた。
流石は学院トップクラスの実力者。性格がアレだけど、伝説級の魔物と互角に渡り合うとは正直思っていなかった。
私は未だフィリアを捕らえたままのエッチなキメラに向けて魔法を放つ。このキメラ、エッチな属性以外耐久性はほぼ無いに等しい。だから炎の矢程度で簡単に倒す事が出来る。当たった瞬間、フィリアの身体がビクンッと一際大きく震え、グッタリとなった事は見なかった事にしよう。
私は開放されたフィリアを、身体強化を使って持ち上げる。彼女は意外に重い(特に胸が!)ので致し方ない。後で何か言われても火事場の馬鹿力で押し通す事が出来るだろう。
「コーネリア! スグ戻るから!」
「お待ちしておりますわ。アクアさんと私、チカラを合わせれば無敵でしてよ」
コーネリアと頷き合うと、私は通路を駆け出した。
通路をひたすら走り階段を駆け上がる。登った先にある鉄扉を開けると、広い庭のような場所に出た。
「ここは?!」
そこは、コルテス家の屋敷の裏庭。これで疑問が解けた。フィリアとヴァンパイア、一体いつの間に入れ替わったのだろうとずーっと引っかかっていたのだ。
入れ替わったのは恐らく、内部調査に来た時に聞こえたモンキの鳴き声。あれはモンキではなくフィリアのものだったのだろう。そして、そのまま宿まで付いていきて私を捕らえたのだ。これでスッキリしたってもんである。
湖畔にフィリアを運んだ私は、適当な場所を見つけそこにフィリアを寝かす。そして、未だ戦っているコーネリアの加勢に行こうと一歩を踏み出した時だった。
屋敷の中央辺りから閃光が空に向かって放たれた直後、轟音と共に土煙が私に襲いかかった。私は慌てて結界を張りフィリアを保護する。
「これ……コーネリアがやったの?」
だとしたら、彼女の実力は英雄と呼ばれた人達を軽く凌駕している事になる。なにしろ、ランクA相当の魔法なんて古代魔法文明が滅びて以降、人に使えたという記述はどこにもない。
「全く……折角のディナーが台無しだわ」
この魔力の放出はコーネリアのモノではなかった事をすぐさま知る事になった。土煙の中から姿を見せたのはフィリアもどき。そのフィリアもどきは、さも軽そうにヒョイと何かを私に投げてよこす。
「コーネリア!」
身体強化を使い、宙を舞うコーネリアの身体をキャッチする。そのコーネリアは、腕や脚の骨は折れプラリプラリと力なく垂れ下がっている。全身には打撲跡があり、息をしているのが不思議なくらい満身創痍状態だった。
「安心して。死んじゃいないから。殺したら美味しく無くなっちゃうもの」
ブチリ。私の中でそんな音が聞こえた。
「……昼行性か。アンタ、ドラキュラね」
陽が射す光の中で平然としていられるヴァンパイアなんか居る訳が無い。だとするとその上位存在しか思い浮かばない。
「アラ、知ってるのね。なあんだ、驚く顔が見たかったのに」
ドラキュラは吸血鬼族の中でも上位の存在。神話級の魔物である。弱点を克服した彼等は、陽の光をものともせず、十字架やニンニクも効かない。瀕死の重傷を負わせた所で地霊を吸って蘇る。タチの悪い存在である。
「さて、アナタはどうする? 大人しく血を吸われる? それとも、その二人の様になってから吸われる?」
結局吸われるんじゃん!
「まぁ、抵抗しても無意味だけどね」
確かに、弱点を克服したコイツ等に勝てるような人は、この世に数える程しか居ないだろう。
「ペラペラとうっさいわね」
私は手近にあった屋敷の一部であったろう棒切れを拾い上げる。
「フン。オマエ分かってないね。ニンゲン如きが……私の相手に?」
「一般人ならね」
フィリアもどきは振り返って私を凝視する。
「見えた? 戦場では油断禁物だよ?」
私は手に持っていたソレをフィリアもどきに投げてよこした。フィリアもどきは咄嗟に両手を出してソレを受け止める。が、投げられたソレはフィリアもどきに受け止められずに地面に落ちた。
「な……な……」
切り取られた自分の腕と、地面に落ちた腕を交互に見ながら、フィリアもどきは『な』を連発する。
「なんなんだオマエは? 私の腕をこうも簡単に……」
「私?」
背後に回った私の声にフィリアもどきは反応し振り向くが、私が放ったボディーブローは躱す事が出来ずに吹き飛んだ。
「アグッ! グゥゥ!」
自らの魔力で作り出したクレーターの底で、のたうち回るフィリアもどき。私が近付くのに気付いたのか膝立ちになって睨みつけてくる。
「魔女らしいよ? 私は」
「なっ!」
私の言葉にフィリアもどきも驚きを隠せない。と、いった様子だ。
「バカな! 魔女様は我らの主、貴様ら下等なニンゲン如きに味方なぞするはずが無い!」
確かに魔女は人類と敵対してきた。だけど、私が知っている限りでは、敵対せず何もしなかった魔女も居たらしい。必ずしも世界を滅ぼそうとする存在ではないみたいだ。
「魔女様の名を語るな! 下等なニンゲン風情がっ!」
フィリアもどきが叫んだ直後、彼女に向かって周囲のマナが凝縮されてゆく。
「獄炎弾!」
チカラある言葉を解き放つと、フィリアもどきの周囲に幾つもの輝く光球が現れ、私目掛けて降り注ぐ。
「クッ! 聖水の水膜!」
私が防衛結界を張り終えるのとほぼ同時に、外側が光に包まれ、轟音が私の身体を貫く。あっぶな!
爆煙が治ると、フィリアもどきは驚愕の表情で私を迎えた。
「バ、バカな……」
まあ、驚くだろうね。フィリアもどきの表情から察するに、さっきの魔法は必殺級のモノだったのだろう。人が蒸発する程の熱量を持った魔法。ランクBの上位といった所かな。
私が張った防衛結界はランクA。属性結界では最上位の防衛結界だ。防衛結界は基本、攻撃魔法と同ランクか若くはそれ以上のランクでなければ崩壊してしまう。それは逆属性のモノであってもだ。これを破るにはランクSの攻撃魔法を放つしかない。とはいえ、生きた心地がしなかった。今も冷や汗が背中を伝っている。
「言ったでしょ? 私は魔女だからアナタの魔法は効かないわよ?」
弱味を見せれば相手はつけ込んでくる。相手の戦意を奪うのも一つの戦術だ。見ればフィリアもどきのガクリと膝をつき項垂れている。心が折れたかな?
「……えない」
ん?
「あり得ない……。あり得ない。あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないっ! あり得ないわぁぁぁぁ!」
フィリアもどきの咆哮と共に、彼女から発せられた魔力の奔流に吹き飛ばされ、私はクレーターの斜面に叩きつけられた。
魔力の奔流が治り土煙が晴れると、ソコには異形な姿に変化したフィリアもどきが立っていた。ヤバ、逆効果だった!
頭には二本の角。漆黒のロングヘアー。白粉を塗ったくった様な真っ白の顔。真っ赤なルージュ。口から顔を覗かせる真っ白で鋭い牙。全体的に黒を基調としたその姿は、ドラキュラというより最早デーモンだった。これがアイツの本来の姿か。
ドラデーモン(仮称)は、やれやれといった風で両手の平を空に向ける。先程とは打って変わって、怒りや焦燥と云った感情は感じられない。その静かな佇まいに私の背中が粟立った。
「もういいや」
ドラデーモンが低い声で発した言葉は、小さな子供の様に思えた。
「全て吹き飛ばしてやるっっっ!」
怒号と共にコウモリの様な翼を羽ばたかせ、ドラデーモンは空高く舞い上がる。
「魔女様の伴侶。鬼神フラカオン様に、我シルヴァラが懇願申し上げる!」
詠唱付きの呪文!? しかもこれって!
私のウィンドウには、広範囲殲滅魔法という文字が表記されていた。
マズイ! アイツこの辺一帯吹き飛ばすつもりだ! フィリア、コーネリアどころじゃない! 湖畔が消えて無くなる!
私は慌てて胸元で幾つもの印を結んでゆく。間に合えばいいけど……。
「神をも屠るそのチカラ、どうか我に貸し与え……」
貸すなっ! ンなもん!
「目の前の我等に仇なす愚かなる者を……」
マズイッ! 間に合え!
「滅ぼし給え……静寂なる滅び!」
ドラデーモンが詠唱を完了させると同時に、周囲から全ての音が消えた。静かに生まれ出でた光球は、全てを呑み込みながら、ゆっくりと地面に向かって落ちてくる。私は世界の終わりが見えた気がしていた。