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第二十話 魔女の眷属

「失礼しまーっす」


 ギギギと乾いた音を立て玄関の扉が開く。鍵掛かってないでやんの。


 屋敷の内部は思っていた以上にヒドイものだった。人の手が入らなくなって三十年。棚やテーブルは朽ちて転がり、二階に登る階段も崩れ落ちて崩壊していた。天井にぶら下がっていたと思しきシャンデリアは、床に落ちてその役目を果たせずにある。天井も一部では穴が開いているようだ。


 昼間なら全体よく見えるのだろうが、魔法の明かりでは心許ない。光度を上げればよいのだが、それでは持続時間が短くなってしまい、再度詠唱をしなければならないから不便なのだ。


 そんな中、一塊の人影があった。つまり、私達である。フィリアとコーネリア、この二人が私にガッツリとしがみ付いているのだから歩き難いったらありゃしない。まるで、エージェントに連れられる宇宙人の気分だ。


「ちょっと二人共、そんなに引っ付いたら歩けないでしょ。それに当たってるんですけど?」


「だだだだだって……」


 と、コーネリアが声を震わせる。だってがなんだ?


「当ててんのよ」


 お前はワザとかいっ!


「私に当ててどーすんのよ? そういうのは男の子にやるもんでしょ?」


 フィリア程の人にそんな事をされたら、辺り一帯血の海になりそうだが。


「私はアクア一筋なのよ」


 シレッと反応に困る回答を返すフィリア。


「ともかく、離れた離れた」


 暑苦しいったらありゃしない。


「ちぇー。暗闇に紛れて色んな事するつもりだったのになぁ」


「せんでいい! んで? コーネリアは何故に離れない?」


「ああああ危ないからに決まってますわ!」


 密着されたら余計危ないわ! まったく、仕方ないアノ手でいくか。


「コーネリア、怖いの?」


「こっ?! こここ怖くなんかありませんわ!」


 何を仰っているのとばかりに私から離れるコーネリア。


「じゃあ、先歩いてね」


「えっ?! …………いいいいですわ!」


 すんごい間だったな。でもまあ、これでやっと探索が出来る。


「他は無理そうだから、右手奥の通路の突き当たりまで行きましょ。それで帰る。いい?」


 私の言葉に二人は頷き歩き出す。隊列は、先頭コーネリア、次いで私、殿(しんがり)はフィリア。ミシリギシリと抜け落ちそうな床を気にしながら進む事少し、通路半ばで動物の鳴き声が聞こえた気がした。


「な、何よ急に」


 私が突然振り向いたものだから、後ろから付いて来ていたフィリアが驚いた顔でタタラを踏んだ。


「あ、いや、今モンキの声がしなかった?」


「モンキ? こんな夜中に?」


 モンキというのは、元の世界でいう猿である。繁殖力旺盛な彼等は、この世界の何処ででも見掛ける事が出来る。昼行性動物である彼等は、夜間は木の上などで寝ていて深夜に声など聞けるはずは無いのだが……。


「床の軋む音じゃない?」


「そうか……そうだよね」


 この時の私はそれで納得してしまった。コーネリアが呼んでいたって事もあったし。


「行き止まりでしてよ」


 コーネリアが指差す部屋の中はやはり荒れていた。ベッドやテーブルも朽ちて転がり、壁の一部が崩れ落ち外が丸見えだ。


「誰も居ない……か」


 同郷の日本人に会えるかもと思っていただけに、ちょっと残念だ。


「しゃーない。帰ろ」


 私の言葉に、特にコーネリアは激しく頷いていた。




「確か、そんなんだったわね」


 部屋の壁にユラユラと揺らめく、ランタンの炎を見つめて呟いた。今私は、コーネリアの別荘ではなければ、荷物を置いた宿でもない場所に囚われている。手足を縛られ、そして何故かテーブルの上に磔にされている。


「窓は無し、出口は一つだけか……」


 あとは石の壁だけだ。周囲から物音などが一切聞こえない事から、深夜か郊外もしくは、どこか地下室にでも居るのだろう。取り敢えず、場所の特定は後回しにして、次に私が素っ裸でいる経緯について思い出しの作業に入ろう。


 コーネリアの別荘に戻り、そして宿へと帰った私とフィリア。そのフィリアに誘われて露天風呂に行った。


「あー気持ち良い」


 深夜だけあって他の宿泊客も居らず貸切状態。上を見上げると満天の星空。サイッコーである。


「ここの温泉は肌に良いらしいよ。くーっ沁みるぅ」


 年寄り臭いセリフを吐きながら、肩まで浸かるフィリア。


「へー。肌にね」


「そうよ。でもね、こうすればもっと良くなるわよ」


「ちょっ! フィリア?!」


 いつの間にか私の背後にフィリアが回り込み、腕を回して私に抱き付いた。せっ、背中に巨大クラゲがっ! しかも二匹っ!


「だからフィリア当たってるって!」


「当ててんのよ」


 うわー、二度目のセリフ。


「だから男の子にしなさいよ!」


「男なんかに興味は無いわ。私は女の子が大好きなの……特にアナタがね……」


 うわっ! コイツ、トンでもない発言しやがった!


 お湯の中だというのにも関わらず私の肌が粟立つ。フィリアが私の首筋に舌を這わせた為だ。


「何すんのよ! 離して!」


 私はフィリアから逃れようと必死にもがいた。しかし、強力な何かで抑えつけられているようでビクともしない。


「大丈夫よ安心して。私上手だから。空の星を数えていればスグに終わるわ」


 天井のシミじゃないんかいっ! うあ、マズイ。本格的にマズイ。アクアちゃんの貞操の危機、私にとっては二度目の喪失の危機だ!


「良い加減にして! 大いなるマナよ……」


 フィリアの発言行動に耐えかねた私は、彼女を引き剥がすべく呪文を唱える。


 攻撃魔法というのは、大抵術者の一メートルから二メートルの場所に発現し離れていくモノである。だが、イメージ次第では術者に向かって(・・・・)放つ事も可能。自分に向かって魔法を放つなど、正気の沙汰じゃないから誰もやらないけどね。しかし、その目論みは私を湯船に沈めたフィリアによって防がれたのだった。


「そうか……沈められて意識を失ったんだ」


 霊体に戻ってない所を見るに、殺されてはいないようだ。


 一つしかない扉がガチャリと開けられ、鼻歌交じりのフィリアが室内に入って来た。その手に持つカゴには肉だの野菜だのが入っている。そして、その上機嫌なフィリアの顔を見て、私は確信した。彼女は偽物であると。


「アラ? 目が覚めたのね?」


「アンタ誰?」


「私? 私はフィリアよ……アナタの愛人の」


 あくまでシラを切るつもりか……って愛人じゃないからっ!


「本物には目尻にホクロが有るのよ。アンタには無いわね」


「私の擬態は完璧よ。そんな筈は無いわ」


 言って指をパチンと鳴らすと、それに反応して壁の一部が迫り上がる。隠し扉?!


「フィリア!」


 フィリアは目を潤せ、頬を赤らめながらその快楽に身を任せていた。そして、そんなフィリアを拘束している怪物を私は知っていた。それは、アルスネル王都の地下施設でとある奴隷商が創り出した怪物。エッチなゼリー状の生物である。


「どうしてアンタがコイツを?!」


「アラアナタ、ジョセフィーヌの事知ってるの? ふーん……アラホントね。ホクロがあるわ」


 フィリアもどきが自分の目尻を指先でトントン叩くと、その場所にホクロが出来上がった。てゆーかあの青リンゴのゼリーにそんな名前付けたのか。


「アンタ一体何者?」


「私? 私はただの女の子好きのお姉さんよ。見てこの()。イイカンジに火照ってる。だけど、この()は明日。今日のディナーはアナタよ。だからこうして豪勢に飾らないとね」


 フィリアもどきはカゴから肉だの野菜だのを取り出して、私の身体や周りを彩るように置いてゆく。マテオイ! 女体盛りにするつもりか?!


「ホントアナタって素敵ね、惚れ惚れしちゃう。こんなちっぱいな身体のどこにそんなチカラを内包させているのかしら?」


 うっさい! ちっぱいいうな! ……って私の事分かってる?!


「そんな血を一滴でも啜れたら、私は相当レベルアップ出来るわ」


 ニタリと口角を吊り上げたその隙間から、真っ白な牙が顔を覗かせた。その鋭い牙を前に見た事がある。それは、元の世界の映画で見たモノと同じだ。


「アンタ吸血鬼(ヴァンパイア)ね」


「アラ。私の事知ってるんだ。イイわ、イイわ、俄然あなたに興味が湧いたわ。ジョセフィーヌ(青リンゴのゼリー)を知っている事といい、私の正体を見抜く事といい、仲間にならない? 薔薇色の人生を一緒に送りましょうよ」

 

 人生って、人間辞めてるじゃん。


「残念ね。私には目的があるのよ」


 元の生活に戻るっていう大事な目的がね。


「安心して。悠久の時を生きられる私の仲間になれば、目的なんかいつでも達成出来るわ」


 それは無理だな。


「さて、こんなもんかな」


 見れば私への盛り付けは完了していた。生肉が冷たい。

 フィリアもどきは席に座ると、ワインをグラスに注ぎ香りを楽しむようにスンスンと嗅いだ。


「んふふ……イイ眺めだわ。さて、いただく前に……」


 フィリアもどきは椅子から立ち上がると、背後のドアを睨みつける。


「招かれざる客が来たようね」


 チッ。近付いた所を見計らって魔力を放出して吹き飛ばしてやろうと思っていたのに……それにしても『招かれざる客』とは一体誰のこ……。


 大きな音を立てドアが大きく開け放たれた。そして、そこに仁王立ちする人物のけしからん胸の脂肪がブルルルンッと揺れる。


「コーネリア?!」


「フィリアさん! アクアさんに一体何をなさるおつもりです……の?!」


 テーブルの上で寝そべり、身体中に色々な素材が盛り付けられている私を見て、コーネリアの目が点になっていた。


「ふふふふ不潔! 不純ですわ!」


 いや待て! 何を勘違いしているんだこの女!


「アラ。あなたも良い身体してるわねぇ……」


 ……ヨダレ出てんぞ、吸血鬼(ヴァンパイア)


「あれ? フィリアさんがお二人?!」


 フィリアもどきの肩越しに見える、青リンゴのゼリーに囚われた本物のフィリアを見つけたようだ。


「コーネリア! こいつは吸血鬼(ヴァンパイア)がフィリアに擬態しているのよ!」


「ヴァンパイア?! 伝説級の魔物ではありませんの!」


「そうよ。私はヴァンパイア。だからね、私とずーっと楽しい事しましょ? 永遠に」


 フィリアもどきはコーネリアに対して色目を使うが、当のコーネリアは全くブレない。


「ワタクシ、あなたなんか興味ありませんわよ?」


「私なんか(・・・)?! 言ってくれるわね小娘が……」


 フィリアもどきの顔が見る間に赤くなってゆく。


「さぁっ! お二人を解放なさっ?!」


 フィリアもどきは素早い動きでコーネリアに近付き、殴り飛ばして壁に叩きつける。


「私は問うているのではないのよ? 命令してるの」


 流石、伝説級と云われるだけはある。たいしたパワーだ。だが、これくらいじゃコーネリアは倒れない。案の定、即座に復活したコーネリアは、高笑いと共に仁王立ちになっていた。


「オーッホッホッホ。そんな攻撃、温いですわ!」


 ブチっという音が聞こえた直後、フィリアもどきの連撃がコーネリアに襲い掛かるのだった。

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