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第二話 チュートリアルと異なる世界

「さて、早速だがキミに行ってもらう世界はコレだ」


 クレオブロスが指をパチリと鳴らすと、床に映し出されていた見慣れた街並みは、私の知らない別な場所へと切り替わる。そこは日本とはまるで違う世界だった。


「この世界の名はルドウェア。我々七賢人が創造せし世界。幾多いくたの冒険と数多あまたの危険が隣り合わせで存在している、君達で云う所のファンタジー世界というヤツだ」


 そこは緑豊かな大地が広がり、幾つも存在する大きな都市の中には、テーマパークにあるお城のような建物が建っている場所もある。エベレストよりも高そうな山々が並ぶ山脈、一体どうやって建てたのか分からない、宇宙にまで届いていそうな塔。そして砂漠と雪原が隣り合わせに存在するあり得ない土地。ここが、ルドウェア。


 クレオブロスが指をパチリと鳴らすと、今度は私の周囲に仄かに青い靄のようなモノが出現した。ソレは私を覆い尽くして、身体に染み入るように消えた。


「な、何?」


「心配しなくていい。キミに特別な力を与えただけだ。見えるかい? キミの視界内に今までと違うモノがあるのを」


 今までと違うもの……? クレオブロスに言われてソレを探したけど、どこにも見当たらない。


「視界の端だ」


 そう促されて初めて気が付いた。左目の視界の左下に見つけたほんの小さな点。それが一定の間隔で点滅していた。


「これは……?」


「コマンドシステム。そう言ってみれば分かる」


「……? コマンドシステム? ――うわわっ!」


 ソレを口にした途端、左目一杯にリストのようなモノが現れた。それは、ゲームで良く見ていたステータス画面と似たような枠で、私のものであろう数値や呪文等のリストが並ぶ。だけどコレ、どうやったら中を閲覧出来るのだろう?


「では、その場から右手の人差し指でボクを指差してくれ」


「……?」


 言われた通り右手の人差指でクレオブロスを指差すと、左目下部の大きな横長の枠に人物のリストが作成された事を告げるメッセージが現れた。


「左手の指を虚空でリスト部分に触れると、中を見ることが出来る」


 私は指先を人物リストに重なる様にタッチする仕草をすると、ウィンドウが開かれその中を確認する事が出来た。それには……


セイのクレオブロス。レベル??? :ルドウェアを構築した七賢人の一人。』


 そんな文が書かれていた。にしても、七賢人っていうからには七人いるのよね……他にどんな人が居るのだろう?


「見えたかな?」


「あ。はっ、はい」


「よし。では、チュートリアルを進める」


 クレオブロスが指をパチンと鳴らす。すると、床から何かがせり上がってくる。これは……ヒト? 淡い青の髪が腰にまで届くスタイルの良い女性ヒト。ふくよかな胸が上下している所を見るに、息はしている様だけどその目には意思の力が感じられず、虚ろな目のまま直立不動で立っている。


「キミの為に素体を用意した。まず、彼女に指差しを行ってくれ」


 それじゃ指差しを……ってちょっと待って! 用意した?! 私の為にこの女性(ひと)を!?


「どうした?」


 クレオブロスは、指を差し掛けて動きを止めていた私を訝しげな表情で見ていた。


 私は慌てて指差しを行う。すると、さっきクレオブロスにした様に、左目の下のある枠内に人物のリストが追加された文が現れた。


『??? 二十歳 :人族 女 :レベル 一 :状態 普通 :クレオブロスによって創造されたチュートリアル用の素体。 :目的 クレオブロスのチュートリアルをクリアする』


 私より三歳年上のお姉さんか……レベル? 状態? 目的? なんか項目が増えているけど……


「では、その女性の肩に手を置いてくれ」


 女性の肩に触れると、掃除機に吸われる様な感覚と共に、私の身体が女性に向かって引っ張られ、気付けば私はその女性になっていた。


 空気が器官を通り肺に収まる感覚。内側で力強く波打つ心臓。手の平を握った時の感触。どれもこれも、生身の時に感じていた感覚だった。


 クレオブロスが指を鳴らすと目の前に姿見が現れて、立っている女性。つまり、私の事を映し出している。鏡を見ながら首を傾げたり、腕を動かしてみたり、その場でクルリと回転したりしてみる。元の私より背が高く、モデル体型だから少しよろけてしまった。でも今の私は、確かに自分の意思でこの女性ヒトの身体を動かしている。


「それがキミの能力、憑依だ。そして、先程のテキストの中に『目的』という文があったのが分かるかな」


 ……目的? ああ、そういえばそんな文があった。ええっと……


「クレオブロスのチュートリアルをクリアする……?」


「そうだ。目的をクリアすればキミは経験値を得る事が出来、憑依状態は強制的に解除されキミは元の霊体に戻る。そして、一定の値に達すればレベルアップしてゆく。そのレベルを百まで上げてもらいたい。それが私からのクエストだ」


 レベルを百まで上げる……いいのかな? そんな簡単な事で。


「レベルを上げるだけ?」


「そうだ。だが、そう簡単にはいかない事を肝に命じておいてくれ。この世界はキミが居た平和な日本とは違い混沌に満ちている。様々な思惑が複雑に絡み合い、命の危険が伴う世界だ。舐めていると……死ぬぞ」


 最後の言葉を発すると同時に、クレオブロスの眼が冷たいモノに変わった。その視線は足元から脚を這い上がり、服の中を通って私の首を絞める。そんな錯覚に見舞われた。私は思わず頷いた。頷くしかなかった。


「よろしい。では、チュートリアルはこれでお終いだ」


 クレオブロスがそう言うと、枠の中に目的が達成された文が現れ、経験値とレベルが一上がった表示がされていた。そして、心太が押し出されるように、私の身体は女性の横に、にゅるんと押し出される。


「幾つか注意点を教えておこう。とり憑く人物の目的はよく把握する事だ。とり憑いた者の目的が達成出来なければ、キミは元の霊体に戻れず再び誰かに憑依する事は出来ない。達成困難な目的をもつ者に憑依してしまうと、キミはその身体が朽ちるまで憑依し続ける事になる」


 確かに。それは注意しないといけない。何十年も時間のムダになってしまう。……時間?


「……あの、ちょっと良いですか?」


 私は手を肩程に上げてクレオブロスに質問をする。『時間』という単語に気になった事があった。


「なんだい?」


「もし、あなたのクエストを達成するのに、何年も時間が過ぎちゃったら?」


 達成して生き返っても、元の世界で何年・何十年も時間が経ってしまったら……。浦島太郎状態では困るんだけど……


「ソコは心配しなくていい。ちゃんとキミを元の生活に戻すよ。浦島太郎にはならないから安心してくれ」


 ほ。それなら時間を気にせずに専念出来る。


「それでは、準備が良ければキミを地上に送り届けよう。森の街道を進むとミネアという村がある。四十人程の小さな村だが、付近に魔物も生息していないし肩慣らしするには十分だろう。三時間も行けば大きな街もある。次はそこを目指すといい……どうした?」


「……どうして私に、こんなにしてくれるんですか?」


 元の生活に戻れる。私にとって非常に有難い事だけれど、この人にとって何も得は無いように思える。……慈善活動家なのかな?


「異世界人であるキミ達に頼らざるを得ない案件があってね。これもその一環だと思ってくれ。願いを叶えるのはその礼だ」


 成る程。でも、神様みたいな人が私に頼らないといけない案件って一体何なんだろう……?


「もう、いいかな?」


「はっ、はいっ!」


 私は両手を胸元に添えた。うう、緊張してきた。胃が痛い。


「よろしい。それではキミの奮闘を祈る」


 クレオブロスが、パチン。と、指を鳴らすと、黒い闇の空間が真っ白に染まる。途端、私の身体が軽くなり、サアッと血の気が引くような感覚に見舞われた。私にはこの感覚に覚えがあった。そう……これは……康太と行った遊園地で乗った恐怖の乗り物……フリーフォール! しかし、白い空間を抜けて眼下に広がる景色を見た時、それは全くの別物だと気付いた。


 フリーフォールじゃなくてバンジーじゃん! しかも紐無いし!!


「ひいいいっ!」


 押し寄せる空気の壁、迫り来る地面。恐怖に支配された私は意識を手放した。




 気が付くと、雲一つ無い青々とした空が広がっていた。柔らかな風が草葉を揺らしている。身を起こすと、波打つ草原のはるか先に、中世時代でよくあったと云われた城壁に囲まれた街が見え、その中心にはテーマパークにあったお城が建っていた。


「……ここが、異世界」


 コンクリートで出来た街よりは、かなりのんびりしているように思えるけど、空や雲、草木は元の世界と変わりないように見える。……だけど、なんだろう? 元の世界とは何かが違う。そんな気がする。


 それは一体何なのだろうと熟考していると、ガタゴトとした音が耳に届いた。森を二つに分かつ林道から木製の台車に白い幌を被せ、それを二頭の馬が引っ張って進んで来る一台の馬車。テレビ等ではよく目にしたけど、生で見たのは初めてだ。


「おーい! おーい!」


 私は馬車に乗っている御者のオジサンに手を振る。どうせなら乗せてもらおうと思っていた。だけど、オジサンは此方を見る事もなく、馬車も速度を落とす事なく去って行ってしまった。ガン無視!?


「……あ」


 そういえば、今の私はまだ誰にも憑依してない霊体のまま。これでは無視されて当然だった。能力を使ってみるべきだったと気付いても後の祭り。他には誰も通りそうにもなく、能力を使う余地もないみたいなので、仕方なくクレオブロスが云っていたミネアの村へ行く事にした。


 林道に入ると、傾きかけた陽の光が遮られ、ヒヤリとした冷たい錯覚に見舞われた。聞いた事の無い鳥の鳴き声、木の上で木の実を齧るリスのような小動物に微笑みながら、ゆっくりと歩いてゆく。『時間が掛かっても大丈夫だ』と、クレオブロスはそう云っていたから急ぐ必要は無い。私は私のペースで、事を成し遂げれば良いのだ。


 太陽が空の真ん中に差し掛かる頃、村と思しき場所に着いた。太い丸太を切っただけの門柱には、ミネアと書かれている。……日本語? クレオブロスがくれた能力のお陰で、そう見えるのかもしれないな。


 道の両側には畑があって何かの作物がスクスクと育っている。私の背丈程もある茎には、トマトのような赤い実をつけたモノやキュウリのような緑色の実がぶら下がっているモノもあり、色とりどりの野菜のようなモノがたわわに実っていた。


「……わっ!」


 そんな茎の間から、ガサリと不意に人が飛び出してきて、驚いて思わず声を上げる。男の人だ。麦わら帽子のような物を頭に被り、農作業用と思う服を着ている。その男性は、帽子を取って首にかけた手拭いで汗を拭うと、再び畑の中に入ってゆく。丁度いい、この人で能力の確認をさせてもらおう。


 私は人差し指で男性を指し示すと、人物の詳細がリストに追加された文が、左目の下部の枠の中に表示された。ええっと……コマンドでステータス画面を呼び出して、人物リストに虚空で触れる。っと。


『ザン=フレイオン 三十四歳 :人族 男 :レベル 三 :状態 普通 :二児の父。幼い我が子の為に日々頑張っているが、少し酒癖が悪い。 :目的 畑の草むしり』


 レベルは二の私より高いけど、目的は簡単そう。……だけど、男の人に憑依するのはやっぱり抵抗があるな。まあ、まだ始まったばかりだし、焦る事も無いか。


 私はザンさんを保留にして、畑の奥の家屋が並ぶ方へと足を向けた。

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