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第十九話 湖畔の洋館

 夏休み。寮生達は皆それぞれ家に帰ったようで、いつもは賑やかな女子寮内も、今はシンッと静まり返っている。それはそれで不気味なものだ。


「ってか、なんであんた達私の部屋に集っているの!?」


「なんでって、キチンと寮生活を営んでいるのかのチェックですわ」


 自ら持ち込んだ丸い焼き菓子を、バリンと割ってボリボリゴクン、ズズズとお茶を啜るコーネリア。つかセンベエ喰うな!


「んで? そっちは?」


「へ? 私?」


「そう! その私ことフィリアさんは、私の部屋に何しに来たのよ」


「イチャイチャしに。ついでに宿題見せてもらおうかと……」


「夏休み初日の朝に宿題なんか出来てるか! ちょっとソコ何唖然としてるのよ! イチャイチャなんて冗談に決まっているでしょう! センベエ溢すな!」


「アクア機嫌悪いね。もしかしてアノ日?」


 アノ日と聞いてコーネリアの顔が耳まで赤く染まる。


「違ぁぁぁぅ!」


 嗚呼、私の平穏な夏休みが……。



 それから五日後、私は街を離れ山間をカタゴトと進む馬車の中に居た。初めの頃は、幼い時に両親に連れて行って貰った牧場での事を思い返し懐かしんでいたのだが、今はただただお尻の痛みに耐えていた。一応クッションらしきモノはあるが、時折突き上げる衝撃を吸収しきれずその役目を大幅に超えてしまっている。よくみんなコレ耐えられるな。


 日の出と共に出発し日が西へと傾く頃、林道を抜けた先に陽の光が細やかな波に反射してキラキラと輝く湖が見えると、馬車の乗客達から感嘆の声が上がる。かくいう私もその中の一人である。宿に荷物を置き水着に着替えた私達は、早速湖畔のビーチへと繰り出した。


「あら? アクアさんじゃありませんの?」


 聞き覚えのある声、見覚えのある姿に私は砂埃を盛大に上げて突っ伏した。


「あれ? コーネリア貴女も来てたんだ」


「ななななんであんたが居るのよ!」


「決まっているでしょう。ヴァカンスですわ。ホラ見えるでしょう?」


 コーネリアは遥か向こうの湖畔に建つ建物をビシリと指差した。


「あの別荘に毎年来ているのですわ」


 今なんつったこのアマ。……別荘だと?


 コーネリアが指差す建物は結構遠くにあるのに大きく見える。広い領土を持つ領主の娘だとは聞いていたがこれ程とは。


「プライベートビーチも完備してますのよ」


「へぇぇ、スゴーイ」


 フィリアも余計な事言うな。だったらソッチで寛いだら良いじゃないか。何だって一般人が多いコッチに居るのよ。そんな格好して。


「コレですか? 今年の流行り水着ですわ」


 私の視線を見てか、聞きもしない事を話すコーネリア。彼女は流行りと言うけれど、私には痴女にしか見えないんだが? 周りの男達の視線を集めまくっているじゃないか。

 中には、カップルなのであろう女性が、食い入るように見つめていた男の頬を抓っていたり、子供の目を覆い隠す親御さんまで居る。異性にとって毒にしかならない格好だというのがよく分かる。流石にフィリアもスゴーイとは言わないようだ。その格好、逆の意味で凄いわ。


 周囲の異性の八割は痴女もどきのコーネリアに釘付けで、残りの二割はフィリアに注がれている。あんたらホントに十代か? くっそー。こんな事なら洗濯板に近いアクアちゃんじゃなくて、もっとグラマーな人に憑依すれば良かった。別に見られたい訳じゃ無いけど、なんか悔しい。


「ここで会ったのも何かの縁。折角ですからおふた方を晩餐に招待致しますわ」


「え?!」


 人は御都合主義だ。自分に都合が良い事は素直に受け入れる。私もその内の一人だと再認識した瞬間だった。



 一旦宿に戻り、着替えを済ませた私達は、コーネリアの案内で彼女が言っていた別荘とやらに来ていた。

 別荘? これが? テーマパークにあるようなお城と変わんないじゃん!

 私の中の別荘の定義が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていった瞬間だった。


 私の背丈の二倍ほどもある玄関の扉を潜ると、広々としたエントランスに大きなシャンデリアが天井からぶら下がり、真っ白な大理石のような台座には、豪華な、それでいてゴチャゴチャしていない花瓶に薔薇っぽい花が挿してあり、別な台座には大きなお皿が飾られている。それぞれ高価(たか)そうである。


 出された料理は、見た事もない肉や魚ばかりで、今まで味わった事のないその美味しさにホッペが落ちまくった。今は、湖にせり出したテラスで食後のお茶を啜っていた。


「あれ? ねぇ、コーネリア。あそこにある家って誰のなの?」


 コーネリアとフィリアは互いの顔を見合う。何なんだ?


「あれは……コルテス家ですわ」


「コルテス家?」


「ジョルヴ=コルテスの屋敷よ」


 ジョルヴ=コルテスは、その昔この周囲一帯を治めていた領主であったそうだ。

 その家には一人娘が居た。名をフローラ。その娘は言葉ではとても言い表せない程の絶世の美女であったという。領民からも愛されていた彼女は、ある日父親から伝えられた内容に激怒した。その内容とは国王の元に嫁げ。と、いう事であった。これにはフローラも猛反発をした。何故なら彼女には将来を誓い合った婚約者(フィアンセ)が既に居たのである。


 だが、一度はその彼と結婚を許した父親も頑として譲らない。それもその筈、娘を国王に嫁がせば自分は王族の眷属となり、こんな田舎の領主ではなく王都に近くもっと広い領地を与えられる。フローラは父親の野心によって売られたも同然であった。


 ただ、父親の誤算はフローラもまた自分の血を引いていた。と、いう事である。フローラは父親同様頑として譲らなかった。それに困り果てた父親は、ある策を思い付く。その策とは、婚約者(フィアンセ)が居なくなればフローラは国王との結婚を承諾してくれに違いない。と、そう思い込んだのである。


 父親は金で人を雇い、そして事故に見せかけてまんまと婚約者(フィアンセ)を殺す事に成功した。だが、悲しみの底に囚われたフローラからは生気が抜け落ち、食事も取らずに湖を眺め、表に出ては酒を煽る日々に、父親も頭を抱える事態であったという。


 そしてあくる日、フラリと立ち寄った酒場でフローラは聞いてしまった。男の話を。その男とは、婚約者(フィアンセ)殺害の実行犯。父親から、早々に街から退去するように伝えられていた男は、そんな事など御構い無しに与えられた褒美で毎日遊んで暮らしていたのだ。


 婚約者(フィアンセ)の死が、父親の策略であった事を知ったフローラは、当然父親に問い詰めた。そして全てを白日の下に晒した父親に背を向け、この湖に身投げしてしまったのだった。それが、三十年程前の話である。



「大丈夫ですの? アクアさん」


「え゛? か゛な゛し゛い゛は゛な゛……ンッく、しね」

 

 話を聞いて、涙が鼻水が止まらなかった。コーネリアから差し出されたハンカチを手に取り、つゆだくな色々を拭く。


「それがあのお屋敷なのね……」


 フィリアとコーネリアは共に頷き、メイドが淹れ直してくれた紅茶を口に含む。


「ねぇ、行ってみない?」


「「ブブー!」」


 私の言葉に二人は同時に吹き出した。……掛かってるんだけど。


「しょっ! 正気なの?! アクア!」


「そうですわ! あそこは今は完全に封鎖されて入る事なんか出来ませんわ!」


「うん。だから門前までよ。それなら問題無いでしょ?」


 フィリアとコーネリアは無言のままで互いの顔を見つめあった。をや?


「何か問題でもあるの?」


「出る……って噂があるのよ」


「へ? 何が?」


 一体何が出るのだろう? 熊?


「別に熊くらいなんとも……」


「オバケですわ! オ・バ・ケ! ……クマって何ですの?」


「あ……」


 この世界に熊は居ない。代わりに熊に似た生物なら居る。その名もキリンだ。そして、フィリア、コーネリアがいうオバケとは、恋人を殺されたフローラの怨念が形と成し、謎の死を遂げた父親亡き今も、屋敷の中を徘徊しているのだという。


 まあ確かに、ゴーストというのは一般人には脅威かもしれない。何しろあいつ等は物理攻撃もさる事ながら、生半可な魔法も効かない。ランクC以上の魔法か、僧侶(クレリック)の『祈り』くらいである。対処出来なければ、生気を吸われてお仲間に入る事になるのだ。


「怖いの? コーネリア」


 だけど私達には対処出来るチカラはある。私は勿論の事、コーネリアもそしてフィリアに至ってもランクCの魔法は使えるのだ。フィリアも意外に優秀な人材なのだから驚きである。


「こっ?! こここ怖くなんかありませんわ!」


「だって震えてるじゃない」


 声だけでは無く、身体も小刻みに震えているものだから、それが伝播して胸部のけしからん脂肪にも伝わってしまっている。分かり易いぞ。


「ここっこここれは武者震いですわ! いいいですわそこまで言うのなら行って差し上げようじゃありませんか!」


「ちょっと! コーネリア!」


「だってアクアさん如きに舐められる訳にはいきませんわ! ワタクシはライバルなのでしてよ?! 船を用意なさって!」


 離れた所で控えていたメイドが了承したと頭を下げドアから出て行く。こうして私達は、対岸の屋敷に見物に行く事になった。チョロいなー。自称私のライバルさんは……。私如きという聞き捨てならないフレーズが聞こえたが、それは後で晴らさせてもらおうか。



「大いなるマナよ。我が手に集いて光と成し、暗闇を打ち払え」


 コーネリアの掌に複数の光球が生まれる。一定の間隔を保って飛ばされた光球は、暗闇の中に屋敷を浮かび上がらせた。


「うわ。思っていた以上に大きなお屋敷ね」


「そりゃそうですわよ」


 校庭程の庭に、これまた校舎程の大きさの建物。正面玄関まで続く石畳以外は草がボーボーと生えている。まあ、封印されて誰も入れないのだから仕方がな……。


「ねぇ、コーネリア」


「ななな何ですの?!」


 突然声を掛けられたコーネリアはビクリと反応する。


「ここは封鎖されているって言ってたわよね」


「え? ええええ。領主の死後、一通り捜査をしてその後は封印されている筈ですわ」


「封印が破られているわ」


「なんですって!? そんな筈はありませんわ!」


 私は屋敷の門扉に近付き掌を翳す。


「ダメですわアクアさん! 痛い目を見る事になりますわよ!」


 確かに封印の効力は非常に強く、魔力封印された結界に素手で触れれば、死にはしないが手痛いしっぺ返しを喰らう事となる。だけど、私の手は何の抵抗も無くスンナリと門扉を押し開いた。


「そんな……」


「バカな……」


 呆気に取られる二人に、私は地面から木片を拾い上げ見せてやる。


「それは封印プレート!」


 封印に使うプレートは木製が殆どである。だが、魔力強化されたプレートは、そこらで売っているようなナマクラでは傷一つ付ける事など出来ない。真っ二つにされた切り口は、素人目にも惚れ惚れする程の切り口だ。しかもまだ新しく、破られたのはつい最近のようだ。


「どーする?」


「どどどどーするって何をですの?!」


「だから何者が侵入したのか。何の目的なのか確認しようって話てんのよ」


「怖いもの知らずだねぇ、アクアって」


 フィリアは呆れ顔でそう言うが、そこは経験の差かな。


「んじゃ、行くわよ」


「ほほほ本当に行くんですの?!」


「そんなの役人に任せれば良いじゃない」


「そそそそうですわ! 封印を破って封鎖区画に侵入するような大罪人はお役人に任せるべきですわ!」


 封印された区画に許可もなく立ち入る事は、国際法で禁止されている。そもそもだ。この強力な封印を解けるような一般人なんか居ない。それこそアルスネル王国騎士団のナンバー三、フィリアン=オルフェノが所有する魔剣、魔力喰い(マナ・イーター)のようなモノでなければ、破る事はおろか傷一つ付けられないのだ。だけど私には、こんな事が出来る人物にアテがあった。


 アルスネル王国第一王女、リリアナ・アウラツム=アルスネルから聞いた話によると、王女の窮地を救ったスズキタクなる人物が見せた剣術は、一流を超えるモノであったという。そして、その手に持った剣は普通のモノではなかったという。


 会えるかもしれない。そのスズキタクなる人物に。私だけだと思っていたこの異世界で、同郷の日本人に会えるかもしれないのだ。これは役人に任せて引っ込む訳にはいかない。


「それでも私のライバルなの? こんな事で臆するなんて」


 私は火を放つ。


「興醒めだなぁ」


 コーネリアが持つ私への対抗心に。


「な! なんですって!」


 ワナワナとコーネリアの胸が震える。明かりの魔法によって暗闇の中に浮かび上がった顔は、般若のソレだ。


「そうまで仰るなら行ってあげようじゃありませんの!」


「ちょっ! コーネリア?!」


「五月蝿いですわ! さっさと確認して帰りますわよ!」

 

 ガニ股でズンズンと突き進むコーネリアの背中を、私はほくそ笑みながら眺めていた。ホントチョロいなー。

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