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第十八話 新生活

 キーンコーンカーンコーン。


 風の魔術を応用した伝達魔術器。いわゆる、スピーカーから終業のチャイムが鳴り響くと、室内に押し込められていた人達がドッと廊下に溢れ出て来る。この人達は将来魔術士となる事を夢見る者達だ。


「アクアー!」


 その内の一人である私を呼ぶ声に、その声の主に振り返って微笑んだ。


 STFとしての活動に、商隊の護衛など幾多の戦いを経験した私のレベルは三十四にまで上がっていた。ただ、レベルが上がっても、力持ちになれる訳でもなく賢くなる訳でもないようで、例えば私が憑依しているアクア=クラベリーナちゃんの身体能力は、元の世界の私と変わらない。だけど、私の持つスキルの一部が大きく変化していた。スキル『魔術の知識』が『魔術の極意』となり、今まで使う事が出来なかったランクAの魔法が使える様になっていた。


 ランクAの魔法は混合魔法がその大多数を占める。例えば、火と風を合わせてファイヤートルネードを生み出す。とか、土と水で底無し沼を作り出す事も出来る。何に使うのかは不明なんだけどね。だけどなんと、属性的に相反する火と水の混合魔法まである。今まで培ってきたファンタジー世界の法則が、私の中で音を立てて崩れ落ちた。火は水に弱い。弱いはずなのだ。


 そして、この二か月の間、ヴァッセル魔法学術学院に通い学んで分かった事がある。この世界の人達は殆ど『魔法』が使えない。英雄と云われた大魔法使いが使っていた魔法も、ランクBくらいが精々だったらしい。

 栄華を誇った魔法文明が滅んで数千年、私が居た元の世界と同じように、この世界でも魔法は廃れいつかは使えなくなってしまうのかもれない。


「ねぇねぇ。帰りにクウプレ食べていこーよ」


 私の腕を抱き締め、そのけしからん脂肪を、これでもかこれでもかえいえいっと押し付けるこの娘は、いま私が憑依しているアクア=クラベリーナの親友であるフィリア=ヴァイオレット。そして、彼女が言っているクウプレとは、元の世界で云う所のクレープの事だ。アルスネル王都では見た事のない食べ物だけど、この街では女子に人気のスイーツ。もっちりとした外皮にフワフワなクリームが詰まっていて、旬の果物が(ちりば)められる。私の一番のお気に入りは、クウプレツナココ。ほっぺたが落ちる美味しさなのだ。


「んふふー」


「ホント。美味しそうに食べるわね」


 フィリアはあきれ顔で、私のほっぺにくっ付いているクリームを指先で掬い取り口に運ぶ。お気に入りのツナココは売り切れで買えなかったが、代わりに頼んだキィチゴも酸味の中にほんのりと甘さが効いていて、やっぱりほっぺたが落ちそうな勢いである。……つまりは、何を頼んでもほっぺたが落ちる勢いなのだ。


「もうすぐ夏休みだけど、アクアって何か予定あるの?」


「んーん。何も」


 アクアちゃんの身辺を色々と調べた所、両親は息災だけどヴァッセルより馬車で一週間もかかる場所にある小さな町の領主。親元に帰るのもいいけど、流石に憑依状態ではなぁ……。だから、休みの間も寮でダラダラとしていようと思っていた。


「暇ならさ、湖行かない?」


「湖?」


 フィリアの話では、ここから馬車で半日程の所の山間に大きな湖があるそうな。このヴァッセルの一大リゾート地なのだそうである。休みの間自堕落な生活を送っているよりは良いだろうと思い、私はフィリアの誘いに乗る事にした。



 どこまでも広がる蒼く澄んだ空。緑溢れる山並みと細やかな風に湖面が揺らめき、サンサンと降り注ぐ陽の光に宝石のように輝いている。湖のほとりでビーチチェアに寝そべる私に、スッと飲み物が差し出された。それは、空のように蒼く透き通り、グラスの底から水面に向かって沸き上がる気泡が湖面のようにキラキラと光る。


「ミキ。ボクはミキのような女性と出会えて、本当に幸運だよ」


 向かいの男の人がそう言い、ストローに口を付けて飲み物を吸うと、半分だったハートが完全な形になった。


 彼は隣国の王子様。この地にバカンスにやって来て私を見つけ、一目惚れしたのだという。かくいう私も彼と同じだった。そして私は、彼と共に国へ戻り結ばれるのだ。


「……クア。アクアってば!」


 へ? ってあれ? 湖は? 飲み物は? 王子さまは?


「何授業中に呆けてるのよ」


 え? 授業中?

 キョロキョロと辺りを見渡すと、クラスメイト達が遠くで取り巻くように見ている。私の側に居るのは、フィリアともう一人だけだった。


「アクアさん!」


 そのもう一人の人物が仁王立ちしながら睨み付け、ビシリッと指を差すのと同時に、胸部のけしからん脂肪がブルルルンッと揺れる。牛かあんたは。


「授業中に惚けるなんてたるんでいる証拠ですわ! この私がその腐った根性叩き直して差し上げますわ!」


 たるんでいるのはアンタの胸だろうが。なんて事を誰もが思っているこの人物は、この学院のトップクラスであるコーネリア=ブルームさん十六歳だ。ホルスタイン級の脂肪を持っているけど十六歳である。本人曰く、首都の隣の領地を治めている領主の娘らしい。


 コーネリアはいつも私、アクア=クラベリーナに突っ掛かってくる。ちょっと前に、調子に乗って簡略化した魔法を見せてから、やたらと絡むようになってしまった。どうやら、勝手に私をライバル視しているようだ。


 呪文の簡略化は意外に高度な知識、技術が必要で、その呪文を熟知して詠唱を自身で再構築する必要があり、普通なら相当な苦労をしなければならない。だけど私は、スキル『魔術の極意』に記載されているのを、そのままなぞれば良いだけなので、たいした苦労はしてないのだ。


「ご愁傷さま」


 嫌そうな表情で側にいたフィリアに訴えるも、フィリアは無情にも突き放し私から離れてゆく。今の授業は相手の放つ魔法をいかに避け、攻撃に転ずるかの訓練だ。一応、安全には配慮がしてあり、身体を薄い防護膜が覆っているので直撃しても死ぬ事は無い。無いが、放たれる魔法の衝撃までは吸収しきれず、吹き飛ばされて壁などに衝突し、病院送りとなる生徒がいるくらいだ。まあ、ユルイ訓練よりは実戦向きではある。


「いきますわよ!」


「ちょっ! ちょっと待ってよ!」


「問答無用! 大いなるマナよ!」


 私の待ったも聞く耳持たず、コーネリアは大きな動作で、宙に円を描くようにその手を、指を動かし、虚空に魔法陣を構築してゆく。


「我に荒ぶる炎のチカラを貸し与え、我が敵を焼き尽くせ!」


 コーネリアがチカラある言葉を紡ぐと、魔法陣の中央部分にあった小さな点が、紅く輝きながらバスケットボール大の大きさまでに膨れ上がる。それを見た群衆からはどよめきが走った。

 火炎球(ファイヤー・ボール)の呪文。障害物などに触れると、炸裂して炎を撒き散らし周囲を火の海にする。魔術ランクはC。今の世においては宮廷魔術師級の呪文である。


 私から見れば、たいした事のないランクではあるものの、今の人達にとって全力を尽くしても、撃てるかどうかの位置付けである。しかし、撃った所で当たらなければ意味は無く、炸裂目的で使うにも魔力消費が大きい。だから、今のように魔法障壁などで防がれてしまうと、今のコーネリアのように立っているのがやっとの状態に陥ってしまうのだ。


「どう……なさい……ましたの!? ……本気で……来たらどう……ですの?!」


 肩で息をしているクセに無茶を言うな。


「アナタとは戦えないわ」


 手加減するのが面倒いし。


 魔法の加減は本当に面倒臭い。魔法陣をイメージする際に威力をセーブする構築作業が必要となる。それは結構神経を削る作業なのだ。


「アクアさん……甘いですわね! 炎の矢(ファイヤー・アロー)!」


 コーネリアの魔法に、またもや周囲がざわめいた。呪文の簡略化をコーネリアもして見せたからだ。私が簡略化した魔法をみせた以降、彼女も努力をしていたのだろう。


氷の矢(フリーズ・アロー)!」


 私が放った氷の矢はコーネリアの炎の矢に、まるで磁石のS極とN極のように引き寄せられ、乾いた音を立てて消滅した。


「なんですって?!」


 これにはコーネリアも他の人達も知らなかったようで、各々驚きの声をあげていた。私も偶然に見つけたもので、これ以外の魔法も同じ現象になるのかは分からない。何しろ高ランクの魔法が使える人間が居ないのだから検証のしようもない。


 その後、何度か魔法の矢を放つも、同じ結果にコーネリアも苛立ち始めていた。


「このままでは、埒があきませんわ。……大いなるマナよ!」


 流れ落ちた汗を拭う仕草を見せた直後、コーネリアは再び呪文の詠唱を始める。それは、初撃で見せた火炎球の呪文だ。その詠唱を聞いて私は口角をちょっとだけ吊り上げる。


 待っていた。コーネリアが痺れを切らしてそれを唱えるのを。そして、タイミングを見計らい呪文を解き放つ。


石飛礫(アース・ブリッド)!」


 いうなれば、石つぶての魔法。簡易版だから威力はほぼ無い。ただ、チクチクとした痛みはあるだろう。そして、チカラが集まる中心に石つぶてが当たれば火炎球は炸裂するが、対魔コーティングがされているから大怪我はしないだろう。


「ア! ア! ア! アンッ!」


 なにやら艶めかしい声の直後に、ボフンと火炎球になりかけの魔法が暴発する。煙の中から姿を見せたコーネリアはしゃなりと崩れ落ちた。


「うっ!?」


 右手親指の爪を噛む仕草をしながら私に向けた熱い眼差しは、恋する乙女のソレであった。

 

「ふふ……。やりますわねアクアさん……」


 いや、『やりますわね』じゃなくてだな。なんなのアンタ!


 コーネリアは立ち上がりはしたものの、どこか私に対して色気を垣間見せているような気がしてならない。


「こんなの……初めてでしてよ」


 頬を朱に染めモジモジするコーネリアに、ゾワリと全身の鳥肌が総立ちした。ヤバイ! コイツはアッチ系だ!


「大いなるマナよ……」


 再び火炎球の呪文を唱え始めるコーネリア。アッチ系だと分かっていても、マトモに喰らっては私も病院送りにされるかもしれない。だから、それを阻止しないといけないのだが……。


「ソレ! ソレですわ! アクアさん!」


 ベチベチベチボフンと、さっきと同じ末路を辿ったというのに、受けた本人のテンションはブルルルンッと胸を震わせる程アゲアゲである。なにがソレなのかは分からない。分かりたくもない。


「大いなるマナよ……」


「そこまでだ! 二人共、良い加減にしないか!」


 妙な方向へと向かい始めた私達(正確にはコーネリア)だがそれを教官が見るに見かねて……だと思う。止めに入ってくれた。ふぇーん怖かったよぉ。

 それにしても、コーネリアの意外な一面が見れるとは思わなかった。ヤツはMである。

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