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第十七話 新たなる地

「おいダン! そっちに行ったぞ!」


 傭兵の一人から私に(・・)向かって声を掛けられた。


「了解よ……っと、了解!」


 私は、私に向かって来るゴブリンをその目で捉えると、ゴブリンに向かって駆け出した。すれ違いざま手にした幅広の剣(ブロード・ソード)を横薙ぎにする。後ろに目をやれば、ゴブリンは上下に分かたれ絶命していた。



 あれから数ヶ月が経ち、私ことミキ=アウレーはアカデミーを卒業してSTFに正式に配属となった。騎士見習い待遇となった私は、ミキ=アウレーの身体を離れ、今はダンと呼ばれる青年の身体に憑依していた。


 空を見上げると何処までも蒼く澄んでいて、雲と呼ばれるものはこの周辺には一切見当たらない。遥か遠くの山脈にかかっているだけ。

 旅人達を祝福しているかのような好天の元、緑豊かな大地を二つに分かつ街道を、十一頭の馬と三台の馬車がゆっくりと進んでいた。


「見えてきたぞー!」


 先頭を行く馬に乗った傭兵が叫んだ。その声に釣られ馬車に乗っていた人達が、窓から顔を出したり、乗降口から目を細め、又は掌を額に当て日差しを遮り一行の行く先を見つめる。


 遥か前方には小高い山が見え、その陰からは山よりも高い一本の棒が聳え立つ。その姿を見て、それを初めて見るのであろう人達から感嘆の声が上がり、中には手を合わせて祈る者も居た。勿論、私もそれを見るのは初めてである。


 私達が目指している一本の棒の麓には、ヴァッセルという名の都市が広がっている。別名魔法学術都市と呼ばれる、アルエーデ国の首都に次ぐ大きな都市である。都市の中心には、アウイルの塔と呼ばれる古代魔法文明時代に作られたとされる巨大な塔が建ち、その周囲を囲むように街を作ったと言うお話。


「警戒!」


 ノンビリと進んでいた一団の、側面に配置されていた傭兵から緊張した声が上がった。周囲を警戒していた傭兵達が、その男の元に集まった。指し示す方向からは、伸びた草を掻き分け、何者かがこちらへと近付いて来るのが見えた。その数は九つ。


火の矢(ファイヤーアロー)!」


 傭兵の一人が魔法を放つ。それは九つのうちの一つへ向かい直撃する。ボフンと草が爆発し、遠くから伸びてきた踏み固めた草の線がそこで途絶えた。残り八つ。


 街道周辺は草もなく視界はクリアなんだけど、五十メートル程先からは深い草に覆われてしまい少し屈むだけで姿が見えなくなる。姿を見せてからでは馬車までの距離は殆どなく、馬が襲われれば商隊は大混乱に陥ってしまう。そうなったら襲撃者の思う壺だ。そうならないようにしないと……。



 ―― 数ヶ月前 ――



「え? 私が騎士見習いに?!」


「ああ、そうだ」


「それは有難い仰せなのですが、よろしいのですか?」


 王城の近衛隊執務室に呼ばれた私は、ラスティン近衛隊隊長より辞令の話を聞き驚いていた。隊長の隣にはフィリアン教官がにこやかに佇んでいる。なんかキモい。


「騎士見習いになれば、私はこの身体を離れ、元のミキ=アウレーに戻ってしまいます。それに、この世界の人達が忌み嫌う魔女の力を解き放つ事にもなりますが……」


「確かにな。魔女の力を失うのは、我が国にとって損失になるだろう。だがな、元からそんなモノに頼る程我が国は脆弱ではないさ。もしも、お前が道を外れるような事があれば、このフィリアンを嗾ける事になる。そうならない事を祈っているよ」


 ラスティンの言葉に、フィリアン教官は腕を組んだままで親指を立ててニカリとにやけた。白い歯が光った様な気がした。キモイ。


「見聞を広める意味でな。この世界を少し見て回って来るといい。お前の元居た世界も広かったのだろうが、この世界も中々に広いぞ」


「分かりました。そのお言葉、甘えさせて頂きます」


「うむ。して、今後どうするつもりだ?」


「そうですね。以前から魔術の勉強をしてみたいと思っておりました」


「そうか。ヴァッセルに向かうか。しっかりと学び、その力この世界に役立てて欲しい。その力を歪んだ方向で求める者が居るのも忘れるな」


「そのお言葉、肝に命じておきます」


「うむ。それではな」


 ラスティンは立ち上がり、右手をスッと差し出した。私はそれに応え、ガッチリと握手を交わして執務室を後にした。



 ―― 現在 ――



「ゴブリンだ!」


 傭兵の誰かが叫んだ。ゴブリンとは亜人の一種で、緑色の肌をしたヒトと獣の間のような存在だ。背丈はヒトの半分くらいしか無く、すばしっこくて集団性があり、度々商人や旅人などの荷物を狙う盗賊だ。手にしている武器は、盗んだ短剣(ダガー)小剣(ショートソード)などだが、中にはボウガンを持つ者も居る。

 見れば、盾を持っている個体もいるようで、鍋のフタみたいな盾を前に構え突進して来る。


「ダン! 左を頼む!」


「あいよ!」


 私は隣に居た傭兵に返事を返し、商隊の後ろにまわり込もうとしている二匹の前に立ちはだかる。うち、一体は鍋のフタ……もとい、盾を構えて私に向かって来る。そしてもう一体は……。


 後方に下がる一体に目を向けた瞬間、私に向かって飛来する何かを視界に捉え、慌てて身を引いた。ビュンッと音を立て、目の前を通り過ぎたのは一本の矢。コンビネーションとは中々賢い。が、残念ながら盾役が貧弱過ぎる。傭兵として、日々研鑽しているであろうこの身体は、余分な脂肪などは一切付いておらず、思い通りの動きを見せてくれる。上段から振り下ろした剣を、ゴブリンは盾で受け止めきれず刃が頭に食い込み絶命する。すかさずボウガンゴブリン目をやると、二射目を放とうとしていた。


 狙いを絞らせないよう、斜めに移動しながらゴブリンに向かって駆ける。ゴブリンが二射目を放った。それは私の行く先を狙ったモノで、そのまま駆ければ矢の餌食になる。だが、私はそれを見越し直後に方向転換してボウガンゴブリンに迫った。それを見たゴブリンは、三射目が間に合わないと判断したのか、ボウガンを投げ捨て腰の短剣を引き抜いた。


 判断力はあるみたい。だけど遅い。


 私の切っ先がボウガンゴブリンの喉に向かって伸び、その手応えを感じ生気を失ったゴブリンが崩れ落ちる。これで、こちら方面の敵は排除された。


「おいダン! そっちに行ったぞ!」


 残りのボウガンゴブリンを斬り伏せたのと同時に、私を呼ぶ声が聞こえ、そちらに振り向くと小剣を手にしたゴブリンが、私の方に向かってくるのが見えた。その数は三。

 どうやら、仲間の救援に来たわけではなさそうだ。傭兵達が揃って追い掛けているのを見るに、勝ち目なしと判断して逃げようとしているのだろう。包囲された状況から、私の方が手薄だと判断したのかもしれない。だが、それは甘い考えだった。と、逃げてきたゴブリン達は思っただろう。すれ違いざまに横薙ぎにし、突き、そして袈裟懸けにする。こうして、商隊を襲った襲撃者は傭兵達の奮戦によって全滅の道を歩んだのだった。


 商隊に損害が無い事を確かめてから、倒したゴブリンを埋葬する。そのまま放置していては野犬の餌になるか、ズンビー化してしまう可能性があり、そうなっては神官の浄化魔法くらいしか効果が無い。

 そんなのがウロウロしていたのでは次に通る商隊が迷惑を(こうむ)る事になってしまうからだ。勿論、彼らの懐から貰うものは貰ってからの埋葬である。これも、弱肉強食のこの世界ならではの掟なのだ。


「よし! それじゃ、出発する!」


 隊列を整えた商隊の馬車が、ガタゴトと音を立てて進み出す。日は僅かに傾きかけていた。



 太陽が山頭(さんとう)に差し掛かる頃、山の麓にある大きな穴へと辿り着いた。ドワーフが掘ったとされるヴァッセルへ抜ける大トンネルだ。

 道の両脇には、見事な匠彫りの柱が立ち並び、トンネル内部には魔法によって明かりが灯り、壁には精巧な細工が施されている。乗客の話では、魔女との戦いの歴史が刻まれているのだという。


 魔女のあたるであろう女性像には、人やエルフ、ドワーフの姿も描かれている。本当に色々な人が魔女になって、そしてこの世界を滅ぼそうとしているんだ……。


 トンネルを抜けるとなだらかな下り坂の先に、紅く輝くような都市がその目に飛び込んで来た。


「……キレイ」


 幻想的で生まれて初めて見た景色に、思わず感嘆の声が漏れた。白い建物が夕日の光に照らされていて、まるで燃えているような光景に目を奪われた。


 中心部には街が栄えていて、更にその中心に雲を突き抜け天高く聳える塔。それはまるで傘を逆さにしたように思えて仕方がない。だけど、こんな素敵な街に住む事になるなんて今からワクワクしてくる。私は荒ぶる期待と興奮を抑え、街へと歩みを進めた。

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