第十六話 仮面男の正体
私の予感は正しかった。私達はあの男に全く歯が立たなかった。再び突っ込んだノワイエは呆気なく倒され、今はこの部屋の隅で転がっている。死んではいないみたいだけど、早い所医者に見せないと命に関わるかもしれない。
アルベロも善戦した様に見えたが、仮面男は遊んでいる様にしか見えなかった。エルミーヌも同様だった。
「お前はどうする?」
バスタード・ソードの切っ先を向けて男は私に告げた。驚いた事に、アカデミーでもトップクラスのアルベロの猛攻を受けても、男は一歩も動かずに倒したのだ。エルミーヌは……まぁ、当然の結果かな。あの男の力量は私達を遥かに超えている。戦って勝てるイメージが全く沸いてこない。
……ただし、それは普通に戦っての話。私にはまだ奥の手がある。だけど……。ラスティン隊長の言葉が私の頭の中を駆け巡っていた。『そのチカラは魔女のチカラ。決して他人には見せるな』と。幾度となく、魔女との戦いをしてきたこの世界の人達が言うのだから、私のチカラは紛れもなく魔女のチカラなのだろう。このチカラの事を知られれば、手に入れようとする者達が私の周囲に押し寄せて来るだろう。だけど……、『本当にそれでいいの?』と、もう一人の私が囁く。
だって仕方がないじゃない。チカラを見せる訳にはいかない。かといって、普通に戦っては勝てない。
『本当にそれでいいの?』
また、もう一人私が囁いた。
ダメ。ダメなのよ。このチカラは、この世界の人達が敵対しているチカラなんだから! 魔女が総てを滅ぼす為に使っていたチカラなんだから!
『また……繰り返すの? ミネアの村での事を……』
繰り返すつもりは無い! 仲間がやられ、うち一人は早急に手当てしないと助からないかもしれない。ここで降参すれば、アイツは助けてくれるかもしれないじゃない!
『じゃあ、あなたのチカラは何の為にあるの?』
何の為!? 決まっているじゃない! それは…………。
一体何の為なんだろう? どうして私にこんなチカラが在るの? このチカラはこの世界の人達が敵対する魔女が…………ってあれ? チカラっていうのは本来、中立なはずだよね。ソレを悪い事に使うから忌み嫌われる。…………そうか。
「何を笑っている」
え? 笑う? そっか私笑っているんだ。ハハ……。私ったらホント成長しないなぁ。ありがとね。もう一人の私。また同じ事を繰り返す所だったよ。
「使うわ……」
「ナニ!?」
誰かに助けて貰うんじゃ無い。私が……助けるんだ! そう決意した途端、私から風が周囲に放たれ、私の髪と部屋の中の土埃を舞わせた。
「私がっ! みんなを助ける!」
さっきまで吹き荒れていた風が止む。待ってる。みんなが……。私がチカラある言葉を紡ぐのを!
「炎よ!」
私の周囲に炎が顕現し、ゆっくりと渦を巻く。
「我が身、我が剣に宿て……チカラと成せ!」
渦を巻いていた炎が、私の身体と手にしている剣に凝縮し、剣と髪が紅に染まり鈍い輝きを放つ。私はゆっくりと目を開け、目の前の敵を見据え地面を蹴った。
「フッ」
私の剣と仮面男の剣がぶつかる寸前で、仮面男が鼻で笑った気がした。刹那、剣と剣がぶつかり合い、カン高い音が木霊する。
「なっ!」
驚いたのは私だった。全体重を乗せ相手の剣を折るつもりが、相手は難なく私の攻撃を受け止めた。そして、ただ受け止めただけで無く、仮面男はクルリと一回転をし私の胴を薙いだ。ギャリッという耳につく音と共に、火花が辺りに飛び散る。見れば私の鎧が抉られていた。
危なかった。退くのが遅れていたら、私の身体にまで切っ先が届いていた。付与魔法によって強化された鎧までも抉るなんて、あの剣は一体……。
一旦距離を取った私は、改めて仮面男を観察する。仮面男が手にしていた剣を横薙ぎに振るう。直後、見えない衝撃によって吹き飛ばされ、背後の壁に叩きつけられ、呼吸困難に陥り咳き込んだ。
いったい何が?
考える暇も無く、仮面男が再び剣を横薙ぎに振るった。それを見た私は慌てて横に飛ぶと、元々私がいた所の壁が横薙ぎの形に抉れる。
不可視の衝撃波?! それってズルイ!
「光よ!」
合図の為や暗闇を照らし出す為にと習った光の魔法。それにより私の『魔法の知識』には、幾つもの光の魔法がリストアップされていた。その中には攻撃系の魔法も含まれている。
「我が手に集いて……」
私の呼び掛けに応じて、周囲に幾つも浮かんでいたマリモのような光の玉が、私の手の上にギュッと凝縮され、一つの大きな珠になった。
「……光弾と成せ! ライト・ブリッド!」
チカラある言葉を解き放つと、珠から吐き出された小さな玉が仮面男に向かって高速で放たれた。その光弾は直線だけでなく、様々な軌道を描き目標に迫る不可避の光弾である。しかし、不可避であるはずの光弾は、仮面男が振るう剣によって全て弾かれた。
あの魔法の矢よりも高速で放たれ、軌道もバラバラな光弾を見切るなんて。なんて無茶苦茶な強さなの!? いったい何者? こんな奴、ただの住居侵入した仮面マッチョ(仮)じゃないわね。
ふぅ。と、仮面マッチョはため息を漏らした。だけど、まだ落ち着くには早いわよ!
「光よ! 我が意に従い雨となりて敵を貫け! レイ・ン!」
チカラある言葉の解放と共に、上空の虚空から幾つもの光の雫が現れ、仮面男に降り注ぐ。これなら避けられないはず。はずだった。しかし、仮面男が剣を薙ぐと不可視の衝撃波が、光の雨を散らす。うあっ、厄介だなあの剣は。折れないなら……奪うまで!
「光よ! 炎よ! 互いに寄り添い、我が手に集いてチカラと成せ!」
光と炎の混合魔術。光魔法を学んだ事で、使えるようになったランクBの魔法。爆発により相手の耳を聞こえなくし、光によって目を眩ませ相手を一時的に行動不能にする魔法。
「ヴァン・フラッシュ!」
掌の上に漂っていた淡い紅に染まる球体が、私の言葉によって放たれる。直後、私は目と耳を塞いだ。この魔法は、私にも効果が及んでしまう。自分も行動が出来なくなっては意味が無い。
放たれた球体は、仮面マッチョの直前でその軌道を変えるようにイメージをしている。恐らく地面に叩きつけられ、その球体の内部から爆発音と閃光が解き放たれたのだろう。空気の振動が肌に伝わってくる。
「グアッ!」
「炎よ! 我が剣に宿てチカラと成せ!」
私は光が収まったのを見計らい、手に持つ剣に炎のチカラを付与して仮面マッチョに突撃する。狙うは、手に持つバスタード・ソード。コイツさえ奪ってしまえば、仮面マッチョの攻撃力は無いに等しい。だが、目が見えない筈の仮面マッチョは、私の剣を受け止めた。
「どうして!?」
「甘いな。それだけ気配を発していれば、アホにでも気付かれる」
慌てて仮面マッチョから距離を取ろうとした私に衝撃が襲い、土埃を上げながら地面を滑走する。
なる程、私の気配を感じて……、ってそれって達人級の腕を持ってるって事!? そんなのどうやって倒すのよ?! 気配断ちなんて私には出来ないわよ。どうする? どうしたら……!
吹き飛ばされたその場に立ち上がり、切っ先を仮面マッチョに向けて思案していると、仮面マッチョが下から上に剣を振り上げる仕草が目に入った。地面を抉りながら、襲来する衝撃波を慌てて避ける。
避けた先に、また地面を抉って衝撃波が襲来する。考えを纏まらせないつもりか!? このままではジリ貧だ。いつかこの衝撃波に捕らわれてしまう。ゆとりを持って躱せていた衝撃波も、少しづつ余裕が無くなっている。
「クッ!」
「どうした? もう終わりか?」
クソッ、遊ばれてる。アイツはアルベロ達と同じように、その場から一歩も動いていない。ならば!
「炎よ! 我が手に集いてそのチカラを示せ! フレア・バスト!」
掌から放たれた球形の火の塊が、一直線に仮面マッチョに向かう。一見ただの火の塊に見えるが、これはちょっと違う。
「ハン! こんなモノ! うぉっ?!」
仮面マッチョが剣を振り衝撃波で迎撃した瞬間、火球から大量の熱と共に炎が広範囲に広がる。仮面マッチョが人である以上、流石に熱には弱かったようだ。
「やってくれるな」
真っ白だった仮面は黒く煤け、身に着けている防具から白煙が上がっている。それくらいで抜け出すなんてなんなのこの人!?
仮面マッチョが地面を蹴った。その姿が見る間に大きくなってくる。疾い!
「炎よ! 我が手に……」
私はチカラを放つ為の言葉を紡ぎながら、仮面マッチョとの距離を置こうとしたが、それよりも疾く私の行く手を塞いだ。
「おせぇよ!」
仮面マッチョの剣の柄が私の腹部にめり込んだ。身体中のチカラが一気に抜けガクリと地面に膝を付く。だけど!
「ライト!」
「うおっ?!」
私の放った光量最大の明かりの魔法の不意打ちを喰らい、怯んだ仮面マッチョは後退る。私はDランクであれば呪文詠唱無く発動が出来る。攻撃系の呪文は少ないが、こうしてフェイントに使えるモノも多々ある。
怯んだ隙を突き、立ち上がりざま手にしていた剣を下から上へと突き上げる。剣の先に何かが引っ掛かった感触が伝わるのと同時に、蹴り飛ばされた私は地面を転がった。
「ふぅ。やるじゃないか。アウレー」
仮面マッチョがパチンと抜き身だった剣を鞘に収めると、付けていた仮面がカラリと落ちる。
「ふ……フィリアン教官!?」
仮面マッチョはSTF隊長兼アカデミー教官のアルスネル王国騎士団ナンバーツーのフィリアン=オルフェノだった。
「どうして?!」
「あぁ、コイツも訓練なのさ。今頃は他の班もコテンパンにのされている頃だろう」
うあ、やられた。初めからこのつもりで……。それにしても、私も結構修練を積んだというのに、フィリアン教官には全く歯が立たないとは……。
「フィリアン教官……いえ、隊長!」
「ん?」
「すみません。私……チカラを使ってしまいました」
「ああ、いいんじゃね?」
「は?」
あっけらかんと応えたフィリアンに、私は間抜けな声を出してしまっていた。魔女のチカラを使ってしまったのに良くないでしょ?!
「むしろ、仲間を救う為に使うなんて、やるじゃないか。まぁ、使わずに降参なんてしてたら、オレもブチ切れたがな。救えるだけのチカラを持っていながら、それを使わないなんて、な」
そうか……私を試す為に仕組んだんだ。私が他者の為では無く、私的に使うのではないかと。
「いいかアウレー。もしお前が人類に反旗を翻そうものなら…………狩るぞ?」
ゾクリと私の背中を冷たいモノが走った。もし、この人が敵となったら、私には勝てない……今は! 敵対するつもりなんか毛頭無い。だけど、超えたい。この人を……。超えて今度は私が守るんだ。この魔女のチカラで。
「さ、帰るか」
「はい! え?」
立ち上がろうとしていた私の目の前に、教官の手が差し出された。
「良い戦いだったぞ。久し振りに本気を出せた。少しだがな」
ニヤリとする教官に私の中で悔しさが湧き上がる。うあっ! ムカつく!