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第十三話 王女の追憶

「今の私はミキ=アウレーではありません」


 私の言葉に、リリアナ王女、ラスティン隊長そしてフィリアン教官はティーカップを持ったまま唖然としていた。いやいや、『何者だ』と聞いたラスティン隊長までその反応は無いでしょ。


 リリアナ王女の案内で中庭にある洋風の東屋に通され、使用人が運んできた紅茶をひと啜りした後の事である。今、私の向かいには、リリアナ王女とラスティン隊長が椅子に座り、フィリアン教官は二人の後ろに控える形で立っている。


「では、お前は何者だというんだ?」


 手にしていたティーカップを受け皿の上にカチャリと置き、ラスティンは鋭い眼光で聞いた。


「私の本当の名前は、近藤美希といいます。こことは違う……、別な世界から来ました」


「もしかして、それはニホンという場所からですか?」


「え?! どうしてそれを?!」


「コンドウミキ……。名乗り方もあの方と同じですわね」


 リリアナ王女は人差し指の腹を顎に当てブツブツと呟いている。あの方って一体誰!?


「あのリリアナ王女。もし差し支え無ければ、お教え頂けませんか? あの方という人物について」


 考え事をしていたリリアナ王女は、隣に座るラスティンに目配せをすると、ラスティンはそれに頷いた。どうやら教えて貰えそうだ。


「そうですわね。……あれは、三カ月ほど前の事ですわ」



 ―― 三か月ほど前 ――


「ハァ……」


 リリアナは今日、何度目か数えるのも馬鹿らしい程のため息をついた。


「どうしてこうなってしまったのでしょう?」


 首を傾げ、これまた数えるのも馬鹿らしい程の問いを口にする。事の始まりは、国境を警備する兵士達を労う為に、数名の兵士を連れ物資を馬車に乗せて砦に向かっていた時だった。

 平原を抜け森に入って少し、砦まで安全なはずの街道は複数人の傭兵崩れによって阻まれた。護衛に当たっていた兵士達も、今は落ちぶれたといっても、戦慣れした傭兵達に手も足も出ず、無念の最期を遂げてしまったのだ。そうして王女は、今や囚われの身となっていた。


 一方で、王女が城を抜けだした事を知ったラスティンは、フィリアン始め腕の立つ者を送ったが、彼等が見たのは森の中に打ち捨てられた兵士の亡骸と、空の馬車だけだった。今は、捜索隊を結成しその周囲を探索しているが、そんな事はリリアナは知らない。


「お腹空きましたわ……」


 クーと鳴ったお腹をさすりながら、ため息を漏らした。どうにか脱出しようとしたものの、背丈よりも高い所にある窓には、格子が嵌められているし、ドアにはどうやら(かんぬき)がされていてビクともしない。

 窓から入り込む良い匂いにリリアナのお腹が再び鳴った。あの扉の向こうでは、奪った物資で酒盛りでもしてるのだろう。下品な声が時々聞こえてくる。それに混ぜろとは言わないが、せめてパンの一切れでも欲しいと思っていた。


「《なんだ? テメエは?》」


 傭兵崩れの緊張した声にリリアナはハッと顔を上げ、ドアに耳を付けて外の様子を窺う。


「《ちょっと忘れ物をしちまってな。その小屋に入りたいんだが》」


 助けが来たのかと一瞬頬が緩んだリリアナだったが、ドアの外から聞こえてきたのは若い男の声。忘れ物という事は、この小屋の持ち主だろうとリリアナは推測をした。


「《この小屋は俺達のモンだ。帰んな》」


「《いや、そいつはお前達のモノじゃ無いだろう?》」


「(早く逃げなさい殺されるわよ!)」


 尚も引き下がらない若者にリリアナは心の中で叫んだ。ただの狩人である彼にはどうする事も出来ない。助けて欲しいとは思うが、ここで自分が声を上げても逆に彼の死期を早めてしまうだけだろうと、思い止まった。だが、そんなリリアナの思いは傭兵崩れ達の怒号のよって消えてしまう。


「《なんだと! ここは今日から俺達のモンなんだよ! 死にたく無かったら帰りな小僧!》」


「《そういう訳にもいかないんだよなぁ》」


「(バカッ!)」


「《ほぉう……》」


 傭兵崩れ達の雰囲気が変わったのをリリアナは感じ、背中が凍り付くような冷たいモノが走る。リリアナの周りには超が付く剣の達人が幾人もおり、そんな雰囲気を放つような場面を幾度となく見ている。ただ、リリアナ自身はそれを殺気と認識が出来ない。『背筋がゾクゾクッとする嫌なモノ』とだけ覚えている。それが今、傭兵崩れ達から放たれていた。


「《ヤっちまえ!》」


 傭兵崩れ達が放つ声と共に、『背筋がゾクゾクッとする嫌なモノ』が、堰を切ったように流れ出しリリアナを押し流す。リリアナは目をギュッと瞑り耳を塞ぐ。その頭の中では、あの若者が惨殺されている光景が浮かんでいた。


 暫くして、辺りがやたらと静かになっているのにリリアナは気が付いた。あの若者の命はアッサリ刈り取られたのだろうと思ったが、それにしては傭兵崩れ達の声すらも聞こえず虫の音のみがリリアナの耳に届いている。


「(一体どうなったの……)」


 不思議に思ったリリアナは、外の様子を探ろうと再びドアに耳を付けようとする。しかし、リリアナの耳は冷たいドアに触れずに、その身体ごと重力の支配から解き放たれ、そのまま外へと放り出された。


「おっと」


 間近に聞こえた声。聞こえてきたのは自分を攫った人物の声ではない。付けた耳からトクントクンとした命の鼓動が聞こえ、リリアナは顔を上げると月明かりの元で若い男が微笑み見下ろしていた。

 ほんの一瞬フリーズした後、自分がどういう状態なのか理解したリリアナは、慌てて若者から離れる。もし、昼間であったならトマトみたいに真っ赤になった顔が丸分かりであったろう。


「リリアナ王女。助けに馳せ参じました」


 若者は地面に膝をつき恭しく頭を垂れた。


「そなたは?」


「私の名は、鈴木拓。この国で傭兵をしている者です。姫様が誘拐されたと聞き、助けに参ったのです」


 助かった。そう思いリリアナの頬が緩んだ時、今まで頭を垂れていた若者が突然立ち上がる。それにはリリアナも一歩後退った。


「ど、どうされたのです?」


「姫様。小屋にお戻り下さい。そして中から鍵をお掛け下さい」


 そう言った若者は、腰に納めていた剣を抜き放った。この若者は自分の敵で、斬り捨てるつもりだと思った刹那、リリアナは周囲の異常さに気が付いた。


「ひっ!」


 森の暗がりから覗く赤く光る目の様なモノに、リリアナは小さな悲鳴を上げた。それは一つだけでは無く、小屋を取り囲む様に幾つも見えていた。


「お早く!」


 若者が叫ぶのと同時に、リリアナは小屋に飛び込みドアを閉じる。途端に聞こえた獣の吠え声に、リリアナはドアから離れ奥の囲炉裏で蹲って震えていた。あの若者、スズキタクと名乗った若者の次は自分の番だと。


 そんな極限状態の中、突然ドアが破られれば誰しも驚き、そして漏らしてしまうだろう。それはリリアナとて例外では無い。小さく悲鳴を上げたと同時に、座る床を少し濡らしてしまっていた。だが、小屋の中に入って来たのは獣では無く、あの若者であった事にリリアナはホッとする。


「姫様! ここから逃げます!」


 ホッとしたのも束の間、小屋の壁を斬り飛ばし剣を鞘に納めた若者は、リリアナを抱き抱えると表に飛び出した。下半身が濡れてしまって嫌がろうにも、彼の肩越しに見える獣達にリリアナは強く抱き締める。もし、ここで振り落とされたら一巻の終わりである。


 しかし、若者の脚はリリアナを抱えてもなお獣達よりも早く、少しづつ距離が開きつつあった。そして、森の木がひらけた場所でリリアナは見た。森の木立よりも大きく聳え立つ何かを。


「(何ですの? あれは!?)」


 聳え立つ何かで月が隠され、その正体は分からない。だが、リリアナの中で警鐘が鳴り響いていた。アレは決して近付いてはいけないモノであると。



「ここまで来れば大丈夫でしょう」


 暫くして、河原にある大きめな石にリリアナは下ろされた。若者は手慣れた手つきで薪を集め火を起こし、背も隠れる大きな岩の向こうへと消えていった。


「さっきのアレは一体……」


 起こされた火を見ながら、リリアナは先程見た得体の知れない魔物の事を思っていた。そして、突然の爆発音にビクリとして立ち上がる。


「何事ですの!?」


 あの若者が消えた岩の向こうから、白煙が上がっているのが見えた。リリアナは慌てて駆け寄ると、岩陰から若者が姿を見せた。


「あ、姫様。丁度呼びに行こうと思っていたのです。そのお姿では何かと問題がありましょう。どうぞ湯に浸かって身を清めて下さい。その間、衣服を洗わせていただきますので」


 リリアナは、どういう意味なのだろうと下半身に視線を這わせると、股間から下の部分が濡れているのに気が付き、顔をトマトの様に真っ赤にさせながら、慌てて岩の陰に隠れた。今まで色々な事があり過ぎて、小屋で漏らしていた事をすっかり忘れていた。


 このまま城に帰れば、末代までの恥となるのは間違い無い。リリアナは仕方なく若者の言葉に甘える事とした。川に転がる石を積んだだけの簡単な浴槽に、火の魔術をぶち込んだ簡易風呂にリリアナが入っている間、若者はその衣服を洗い風の魔術で乾かしてくれた。そして、パンと干し肉という簡単な食事も用意してもらい、リリアナはようやく一息をつけた。


「この度は助けて頂き、誠に有難う御座います。このお礼は城に戻り次第お渡し致します」


 リリアナは若者に向き直り、改めてお礼を申し出た。


「いえ、礼など不要です王女様。ただ一つ、お教え願いたい事が御座います」


「それは、どの様な事なのでしょう?」


「七徳の宝玉という品。王女様はご存知でしょうか?」


 七徳の宝玉。リリアナは、そんな秘宝がこの世界のどこかにあるとは聞いている。吟遊詩人の(うた)にも出てくるし、お伽話の本などにも描かれている。


「聞いた事はあります。何でも、七徳の宝玉を手にした者には神にも勝る力を得る事が出来ると。でも、その様な物を手に入れて、どうなさるおつもりなのですか?」


「それは……元の世界に帰る為に御座います」


 若者の言葉にリリアナの額に皺が寄る。なんでも、この若者はニホンという国からこちらへやって来て、そこへ帰るのにはその宝玉が必要なのだという。リリアナには信じがたい話ではあるが、若者の瞳は嘘をついている様には見えなかった。


「申し訳ございません。私にはその宝玉の所在は分かり兼ねます」


 アルスネル王国でも、そんなモノがあるとは聞いた事が無い。有れば何処からでも噂が漏れるだろう。後日、ラスティンにも聞いたが、分からないと云われた。


「そうですか」


 若者の表情が陰った様にリリアナには見えた。


「それではもう遅いですしお休み下さい。私目が見張りをしておきますので」


 若者の言葉に甘えたリリアナは、極度な緊張の疲労からかすぐに深い眠りに落ちた。


 翌朝、城に向けて歩みを進めるリリアナと若者を周囲の捜索を続けていた兵士が見つけ、一時は殺気立ったもののリリアナの説明によって誤解は解かれ、城で褒美を受け取った若者は何処かへと姿を消した。


「……と、いう訳なのですわ」


 勿論、お漏らしした所だけは端折って話をしたリリアナであった。

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