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第十一話 王都に潜む者

「もし良ければ、ボクに少し付き合ってくれないか?」


 エイスは少年のような無邪気な笑顔で言った。有難い仰せではあるけど、愛の告白って雰囲気じゃないよね。やっぱり。


「付き合うって何に?」


「ボクの研究さ」


 研究? 一体何の……!


 突然、私の背後に人の気配が生まれ、振り向く間も無く忍び寄ってきた何者かに羽交い締めにされた。


「ステラ!?」


 肩越しに見ると、私を拘束しているのは先に入った筈のステラ。一体何処に身を隠していたんだろう? それにしても何なの?! このチカラは! 振り解こうとしてもビクともしないなんて!


「良くやったな。ステラ。そのまま押さえておけ」


「は……い」


 ステラは辿々しく応えると、私を押さえつけるチカラが益々増えてゆく。


「ふむ」


 私に近付いて来たエイスが、舐め回すように身体を上から下まで何回も値踏みする。


「その華奢な身体の一体何処に、あんなチカラがあるのかな?」


「なん……の事よ」


 後ろ手にされている右腕が痛み、絞められている首に苦痛を感じ顔が歪む。


「惚けなくても良いよ。ボクには分かってるから」


 まさか……見られていた?! 夜な夜な郊外で行なっていたあの訓練を!?


「どれ。キミの血液を少しだけ貰うよ。なぁに、心配しなくても、それが終わったらいい場所に連れて行ってあげる」


 机の上に置いてあった注射器を持ち出しプスリと私に針を刺して、採取した血を眺めて一瞬ニタリとしたエイスは、頷きながらステラに視線を向ける。


「よし。じゃあ、ステラ。ミキさんを例の場所へ」


「わかり……ました」


「グッ!」


 私の首を絞めているステラの腕のチカラが益々篭り、意識が遠のいていった。




「ん……ここは?」


 眼が覚めるとそこは薄暗い部屋の中。石で出来たレンガがグルリと取り囲み、通路側には鉄製の格子が嵌められている。通路の壁に取り付けてあるランタンの炎がチロリチロリと揺らめき、地下牢の雰囲気をより醸し出している。


 通路を挟んだお向かいさんにも誰かが居るらしく、光源が逆向きである為に性別すらも判断ができず、声を掛けてもなんの応答もない。

 ガチャリと扉が開け放たれる音が聞こえると、お向かいさんはベッドから飛び起き、格子を両手で掴む。


 お向かいさんは女だった。整った顔立ちをした美人系の女性(ひと)。背は平均的な高さで、スタイルも良さそう。歳は……二十歳くらいだろうか? なんにせよ、死んでいる訳でなくて良かった。健康的ではないケド。


 一方、扉を開けて入って来た誰かは、キュラキュラ、ガチャ、コト。と、奇妙な音を立てながら私の牢に近付いてくる。その正体が判明するまでさした時間は掛からなかった。見知らぬ女の子が置いたトレーには、パンが二個と何かのスープが入った皿が乗っていた。成る程、食事を運んでいたのか。


「ステラ!」


 多数のトレーが乗った台車を、クラスメイトで先程私の首を絞めたステラが押していた。彼女は私の呼び掛けに何も応えず、一瞥しただけで通り過ぎてゆく。やがて台車の音は扉が閉まる音と共に消えた。配膳が終わったらしい。一体彼女の身に何があったのだろう? あんなイカれたヤツに付き従っているなんて。


 私は出された食事に手を付ける事なく、ベッドに腰掛けてステラの身を案じていた。お腹は減っているけれど、何か変なモノが混入されていたのでは、たまったもんじゃない。お向かいさんがガツガツと食べている所を見ると、やはり何か混入されているらしい。だが、これで脱出するアテが出来た。

 奴らは与えてしまった。私に道具を。後は待つだけだ。ここは地下である為に、今は昼なのか夜なのか分からない。だけど、この食事が朝食であるならば、後二回は食事が出るはずだ。行動を起こすのは深夜。皆が寝静まった頃を見計らい、脱出して騎士団に報告する。


 あれから一度だけ食事が運ばれ、それから暫く経っても食事が来ない所を見ると、どうやら夜中あたりらしい。お向かいさんも寝ているようで、時折ベッドが軋む音が聞こえてくる。


「炎よ。我が意に従い我が(つるぎ)宿(やど)りて力と成せ」


 力ある言葉を解き放つと、手にしたスプーンが赤く淡い輝きに包まれる。それを鉄格子の一本の下部に押し付け力を込めると、さしたる苦も無くスプーンは格子を切り裂いた。そうして上部も切り裂き、斬った格子を細心の注意を払いながら床に置く。


「よし」


 通るのに十分な隙間が出来た鉄格子から通路に出た私は、配膳後ステラが出て行った扉に近付きソッと開ける。その隙間から中を(うかが)うと、初めに見たのと同じ円形の筒が幾つか置かれていた。


「またコレなの? ……あ」


 部屋の奥に扉を見つけ、足音を立てないよう静かに移動する。そして、向こう側の様子を探るために扉に耳を付け、慌てて扉に付けていた耳を離した。

 信じられない声を聞いた。複数で、まるで競うように発しているその声に、私は思わず耳を疑った。それだけで異常だというのに、扉を少しだけ開けて覗き見た光景は、更に異常なモノだった。

 大きなゲル状の生物。あえて言うならイチゴや青りんご、レモンやソーダといったゼリーにその身を包まれ、ゼリーがプルルンッと震える度に声が上がる。恍惚な表情で、快楽に身を委ねる女性達の相手は人ですらない。その非常識なまでの光景に、身を隠す事も忘れ立ち尽くしていた。


「な、何なの? コレ……」


「呆れたな。一体どうやって抜け出したんだい?」


 背後から届いた声に私は慌てて振り向く。私が通ってきた扉、その上には二階席のような空間があり、そこに置かれた玉座のような椅子に座るエイスと視線がかち合った。


「アンタ! 一体何をしてるのよ!」


「何って……見れば分かるだろう。奴隷を作り上げているのさ」


「こんな事してタダで済むと思っているの!?」


「タダじゃないね。高く売れるから。この国には極上の女が居るから助かるよ。月兎耳(つきとじ)族やら猫耳族なんかは売れ行きが悪くってね」


 売れ行き? 高い? コイツは一体何を言っているの?


「この()達は、性奴隷として他国で幸せに暮らすのさ。見てみなよ。彼女達の幸せそうな顔を」


 確かにそんな風な顔をしているが、それが彼女達の本意で無い事は明らかだ。心と体は別物であり、それが合致した時に本当の幸せを感じる。今は体だけが反応してしまっているだけだ。


「いい加減こんな事は止めなさい!」


「フ……ボクに説教をするつもりかい?」


 エイスがパチンと指を鳴らすと、私の頭上からゲル状の何かが降り注ぐ。私は慌てて転げながらそれを躱した。あぶなっ。


「コイツはボクが作ったオリジナルの生き物でね。ボクの言う事だけに従い、捕らえた者を幸せにしてくれるのさ」


 何が幸せか。ただのえっちぃな生物だろうに。


「炎よ! 我が意に従い我が手に集いて目の前の敵を討て!」


 力ある言葉を唱えると、真っ直ぐに突き出した掌から炎の矢(フレイムアロー)が放たれる。動きの鈍いイチゴのゼリーは、それをまともに喰らい霧散してゆく。


「チッ!」


 エイスは舌打ちをして玉座から立ち上がると、椅子の後ろの壁に手をつく。その壁がガコンと奥へズレた。

 隠し通路!? 逃がすか! 私はエイスを追い掛ける為、一歩を踏み出そうとして後ろに飛び退いた。エイスが隠し通路に入ると同時に、イチゴ、レモン、青りんごのゼリーが私の行く手を阻んだからだ。


「邪魔!」


 再び炎の矢(フレイムアロー)の呪文を唱え、三体のゼリーを駆逐し、霧散するゼリーの合間を縫って隠し通路へ飛び込んだ。




「もう逃げられないわよ!」


 長い通路を直走(ひたはし)り、通路を抜けた広場でようやくエイスに追いついた。そこは野球場程の広さがある円形の広場。左右に通路らしき道があるが、そのどちらも鉄格子で塞がれている。他には逃げるような通路はない。


「逃げる? フフフ……このボクが逃げるだって? ここがどこだか分かって言ってるのか?」


 んーと。野球場じゃないよね。それともサッカー場かなぁ。


「ここは実験場なのさ。作った生物を戦わせるための場所なんだよ。そしてキミの墓場となる場所だ」


 エイスがパチンと指を鳴らすと、閉まっていた鉄格子が重そうな音を立てて上に上がってゆく。そして、その中からは見た事も無い巨獣が姿を現した。

 その巨獣は、ライオンの(たてがみ)を持ち、背には蝙蝠の羽根を生やして、尻尾には蛇がくっ付いている。まるでフランケンシュタインのように、継ぎ接ぎだらけの獣だった。


「何!? コイツは?!」


「フフ……そいつはボクが作り出した中でも最高の一品さ。名をキマイラという。存分に楽しんでくれ。……やれ!」


「「ゴルァァァ!」」


 エイスが命令を下すのと同時に、二体のキマイラが吠えて駆け出した。私はそれに構わず、真っ直ぐにエイスに突っ込む。奴さえ捕えてしまえば、自身を攻撃させるような真似はしないだろうと踏んでの事だ。

 だがしかし、エイスまでの距離がありすぎた。巨体の割には俊敏な動きを見せたキマイラが、エイスに突き進む私の背後に迫る。


「炎よ! 我が意に従い我が剣に宿りて力と成せ!」


 途中の部屋で見つけた長剣(ロングソード)を鞘から抜き放ち、力ある言葉を解き放つと、長剣が赤く淡い輝きに包まれる。

 振り向きざまに、振り下ろされたキマイラの爪をロングソードで斬り飛ばし、返す刃でキマイラを両断する。


「何だと! バカな! お前は特殊な能力なんぞ無い、タダの小娘だったはずだ!」


 地響きを立てて崩れ落ちるキマイラを見て、エイスは悲鳴を上げるように叫んだ。

 抜き取った私の血を調べたのだろうがそれは当たり前だ。魂が入れ替わっている以外は、血や身体、DNAに至るまで憑依体のモノでしかなく、幾ら調べても特別な反応なんか出る訳が無い。そして、私が放つ魔法は魂から発現する。だから魔法適正の無い者であっても使用が可能。制限は受けるケドね。


 多対一なら苦戦するかもしれないが、一対一ならば雑魚にしか過ぎない。私はもう一匹に引導を渡してやろうと、キマイラへ剣を向ける。


「グアッ!」


 突然、背中に衝撃が走った。それと同時に、キマイラは鋭い爪が伸びた大きな肉球を横薙ぎに振るう。もう少し手前だったのなら、キマイラの爪の餌食になる所だった。

 背中を襲った衝撃にたたらを踏んだお陰で、幸運にも爪ではなく肉球で受ける事になった。しかし、引き裂かれる事は避けられたが、吹き飛ばされて壁に叩きつけられ、起き上がるどころか指を動かす事もままならない。


「つっ!」


 引き攣るような痛みが背中に走り、焦げた臭いが漂う。エイスが声高に笑っている所をみると、キマイラに集中していた私の背中に何か……多分、魔法の矢を放ったのかもしれない。


 何も強化をしていない身体で、まともに当たれば貫通するほどの威力ではあるが、強化した剣を頭の上から振り被ったお陰で、その威力が削がれたのだろう。


 非常に幸運ではあるけど、その運も長くは続かないようだ。壁に叩きつけられ頭はクラクラしていて、おまけにどこか内臓を痛めたらしく吐血していた。


 終わった。そう思えた。目の前にはキマイラが迫り、その傍らには、相変わらず声高に笑っているエイスが居た。剣は折れ飛んで丸腰状態。身体を動かす事も出来ずに転がるだけ……。


 また……なの? また、余計な事に関わってしまった為に人の命が失われるの? そうならないようにする為に、私は自分を鍛えてきたはずだったのに……。


「ごめ……んね」


 私は必死に誤った。エイスにではなく、憑依しているミキ=アウレーに。私はレベルが下がるだけで死ぬことはない。だけど、ミキ=アウレーは確実にこの世から消えるのだ。


「バイバイ。ミキ=アウレー」


 口角を思いっきり釣り上げてニヤけるエイスが静かに言うと、キマイラが鋭い爪を振り上げる。


「ゴァァァ!」


 突然、キマイラが絶叫を上げ、左右に割れて地響きを立てて崩れ落ちた。


「何っ!」


 真っ二つにされたキマイラの奥に、誰かが立っているのが見えた。


「フィ……教……?」


 直後、私の意識は闇に沈んだ。

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