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第十話 祭りの後

「お帰りなさいませ。ご主人様」


 扉を開けて入って来たお客さんに、満面の笑みで出迎える。勿論、男の人はご主人様。女の人にはお嬢様だ。その辺はキッチリと教育を施してある。

 実際、使用人を雇っている男の子の家に押し掛けてレクチャーを受けたのだから、元の世界の学園祭で催したメイド喫茶よりはクオリティは上がっている。はず。


 鎮魂祭が開催されてから三日。我がナイトアカデミーの使用人(メイド)喫茶は盛況だった。いや、大盛況過ぎた。

 初日はそうでもなかったんだけど、口コミで広がったらしく三日目には長蛇の列が出来上がる始末。なんだろう? この世界の人達はメイドに飢えているのか? あ、でも。元の世界でも似たようだったな。


 キッチリシフトを作って交代しながら対応しても忙しさは変わらない。お祭りが終わるまであと四日。持つのかな私達。休憩所兼調理室の窓から表の列を眺めながら、ため息をついていた。


「ねぇ、ミキ」


 フロア担当の女の子が、休憩中の私に声を掛けてきた。


「なに?」


「ステラ知らない?」


「あれ? フロアに居ない?」


 ステラは私と交代して、今はフロアで給仕中のはずである。


「うん。何処にも見当たらないのよ」


 おかしいな。トイレにでも行ってるんだろうか? じゃあ、代わりに誰かを就けさせないと、フロアが大変な事になる。仕方がない私が……。


「いいわ。私が代わりに就くから」


 席を立ちふと窓の外を見ると、メイド服を着たままで学園の外に出ていこうとするステラを見つけた。

 一体何処へ行くのだろう? そう思いつつ私はフロアに戻る。結局、ステラはその日、戻っては来なかった。さては忙しすぎて逃げたな。



 鎮魂祭最終日。怒涛の忙しさだった使用人(メイド)喫茶は、大好評のうちに終わった。いやー、これ程まで働いた事など、元の世界のバイトでも無かったよ。


 最終日の今日は早仕舞い。午後の二時にお店を閉めて、今度は別のお祭り騒ぎの準備をする。


「皆、ご苦労だったな!」


 ガハハと豪快に笑うフィリアン教官。ちなみに、フィリアン教官はただ居座っていただけで、何もしていない。


「みんな、お疲れ様。売り上げは集計中でまだ分からないが、確実に過去最高の売り上げだと思う。これも、やろうと言ってくれたアウレーさんや、協力してくれた皆のお陰だ」


 クラスのリーダー的存在。メイド服を持ち込んだあの男の子が、興奮冷めやらぬ。と、いった風で言うと、皆が私を見て拍手をする。私は愛想笑いでそれに応えるが、実はやろうなんて一言も言ってない。でも、まあ。いいか。


「それではカンパイだ!」


「「「カンパーイ!」」」


 皆がそれぞれ手に持ったグラスを高々と上げ、打ち上げパーティーが始まった。この世界では十六歳から飲酒がオーケーであるが、お酒はちょっと早いなー。と、思っている私は果実汁である。


「みんな安酒で潰れなきゃいいけど……」


「明日休みだし、今日は泊まっていけるんだから、良いんじゃない?」


 私の隣でエール酒を煽るように飲むエルミーヌ。驚いた事に、彼女はあの歩く酒樽と呼ばれるドワーフと飲み比べで勝った事があるらしい。

 確かに、宴も中頃だというのに、しっかりとした足取りで平然としていっ!


「えへへ」


「えへへ。じゃないっ!」


 私のお尻に這っていた手を掴み、手の甲を引っ叩いてやった。前言撤回。コイツ酔ってる!


 日がとっぷりと暮れた頃、教室内では大量の酔っ払いが転がっていた。男子は勿論の事、一部の女子もそして、フィリアン教官も。意外な事に一番最初に酔い潰れたのはフィリアン教官だった。お酒弱いなぁ。


 私を含め、酔っていない人達で学院側から布団を借り、床に転がっている人達に掛けてやる。女の子は別の部屋に運び込み、予め引いておいた布団に寝せてあげた。



 モソモソ、ゴソゴソ。……ん?

 深夜。私の側で誰かが起き上がった音に、私もつられて目が覚めた。

 カラリと扉が開かれ、誰かが廊下へ出て行く。


「ステラ?」


 後ろ姿しか分からなかったけれど、空いた布団には確かステラが寝ていたはず。そういえば、お祭りの間ちょくちょく行方を眩まし、何処かへ出掛ける姿を見掛けている。


「何処行くんだろ? トイレかな?」


 元の世界でもそうだったけど、深夜の学校って非常に怖い。階段が一段多いとか、音楽室からピアノが聞こえてくるとか、人体模型が動くとか。

 そしてこの世界には、存在(いる)らしいんだ。幽霊(ゴースト)人体模型(スケルトン)が! 怖いですねぇ、恐ろしいですねぇ。コホン。だから、誰かと一緒なら安心して出来る。


「よし。便乗しちゃお」


 私は他の娘達を起こさないよう、ソッと寝床を抜け出し、ステラの後を追った。

 廊下はひっそりと静まり返り、私の足音が壁に反響して、いかにもな雰囲気を醸し出している。元の世界より、大きくてまあるいお月様が窓の外に見え、いいカンジで床に窓の影を落としている。


「あれ?」


 ステラはトイレに行ったと思っていたが、そのトイレには灯りが点いてない。それとも、もう済んだとか? それなら戻って来るステラとすれ違うハズなんだけど……。まあ、いいや。折角だし入っていこう。


「火の子等よ。我が手に宿て、ひと時の燈火(ともしび)とならん。ファイヤートーチ」


 火種の呪文を唱え、ランタンに明かりを灯す。これが、アカデミーで習った魔法。野営時に火を起こす時に使う。



「ステラ、何処行ったんだろう?」


 トイレには居なかった。だとしたら、一体何処に……。あ、居た。

 窓の外を見てみると、月明かりに照らされフラリフラリと校庭を歩いてゆくステラを見つけた。


「何処行くんだろ……」


 ステラを追跡して暫く。大通りや裏通りなど、しっかりとした足取りでは無く、何かに取り憑かれでもしているのかフラリフラリと歩いていく。ただ、人や物には一切ぶつからず、ヒラリと避けて再び歩き始める。


 そうしてステラは夢遊病のように歩き続け、月が頭の真上から少しズレた頃、第二城壁城門脇を入った路地の行き止まりで、立ち竦んでいた。


「あ!」


 壁に向かって何やらゴソゴソとしていたステラの目の壁が、重そうな音を立て横にズレてゆく。

 ステラはポッカリと開いた民家の扉程の大きさがある真っ黒な空間の中に消えた。そして、ステラが中に入ったと同時に、開いていた壁が元に戻る為に動き出す。


「隠し扉?」


 酔ってリバースしているのかと思いきや、この扉を開ける操作をしていたんだ。それにしても、第二城壁にこんな隠し扉があるなんて聞いた事が無い。

 あれかな? 王族のみが知っている脱出の為の隠し通路とかかな? 

 なんでそんな通路の事をステラが知っているのかは知らないけど、放置しておく訳にはいかない。連れ戻さないと。


 私は壁の前に立ち、ステラがゴソゴソとしていた場所を探す。スイッチは結構巧妙に隠されていた。まぁ、簡単に分かっては脱出通路の意味はないけど。


 スイッチを押すと、ステラの時と同じく重そうな音を立て壁が横にズレる。完全に開ききると、民家の扉大の入り口が現れた。


 中は明かりも無く真っ暗で、カビ臭い匂いが鼻をつく。まさに一寸先は闇といったカンジ。一歩中に入り壁が閉まるとホント何も見えない。


「火の子等よ。我が手に宿て、ひと時の燈火とならん。ファイヤートーチ」


 ポッと指先に小さな火が灯り、周囲をほんのりと照らし出す。床には結構な角度がついた階段があり、明かりが届かない所にまで続いている。良かったー。無闇に動かなくて。転げ落ちたらシャレにならない所だった。


 階段を降りきると、緩やかに下った通路が真っ直ぐに続いている。途中には、ちょっとした部屋が幾つかあり、中を覗くと朽ちた家具が転がっているだけで、肝心のステラは何処にも居ない。


「あ、明かり」


 暫く通路沿いに進むと、正面の行き止まりから、内側に向かって明かりが漏れている。ステラが点けたのだろうか?

 明かりが漏れる壁は木製の扉で、隙間から中を覗くと、結構な広さの部屋のようだった。


「なんなの? ココ」


 ゆっくりと扉を開け中に踏み込むと、中はかなり広い部屋。体育館を縦に二つ程並べたくらいの広さがありそうな室内には、透明な円筒の容器が幾つも並び、その土台からはチューブのようなモノが何本も床に繋がっている。


 縦が三メートル程、幅が二メートル程の筒の中身は、赤や青、黄色に緑といった液体で満ち、何が入っているのかは分からない。一体、何に使うモノなんだろう?


「地下にこんな施設があったなんて……」


 国で管理しているのだろうか? いや、でも。それなら衛兵の数人くらいは、配置されていてもおかしくない。だけど、ここには私以外に誰も居ないようだ。


「まだ奥があるんだ」


 先には扉があり、ここで行き止まりでは無いようだった。扉をガチャリと開け中を覗くと、今度はちゃんと明かりが灯った通路が、ずっと奥まで続いている。そして、その突き当たりには、なんの素材かは分からない白く綺麗な扉が付いていた。


「こんな所にも」


 最初の部屋で見た円状の筒が幾つか並び、やはりその土台から何かのチューブが床に繋がっている。ただ、前の部屋と違う点は人が居る。と、いう所だ。

 その人は、頭からローブをスッポリと被っていて、背をこちらに向けている為に顔は見えない。


「ようこそ。我が根城へ」


 背を向けたままで、その人は私が来るのを分かっていたかのように声を発した。その声からしてどうやら男の人のようだった。


「今日という日を待ち望んでいたよ。ミキ=アウレーさん」


「な……」


 どうして私の名前を!?


「実は、前から気になっていたんだよ。キミをひと目見てからね。一目惚れっていうのかなぁ……。だから、色々と調べていたんだ。そして……、確信した!」


 その人が私の方に向き直り、深々と下ろしていたローブのフードをあげる。幼い男の子のような可愛い顔立ち、そして最も特徴的なのは、先が尖ったその耳だ。


「アナタ……エルフだね」


 身近にエルフが居る為に、一目見てスグに分かった。だとしたら、見た目の歳はアテにならない。


「ハーフだけどね」


 ハーフエルフ。エルフと人の間に出来た子供。


「で? そのハーフエルフが私に何の用かしら?」


 身構える私に、そのハーフエルフはクスクスと笑う。


「そう身構えなくても良いよ。ボクの名前は、エイス=カールトゥイ。キミのファンさ」


 そう言ってエイスは子供のように無邪気に微笑んだ。

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