第一話 死。そして、契約。
ゆっくりと更新していきます。
拙い文章で恐縮ですが、どうぞよろしくお願い致します。
私は不思議な場所に立っていた。黒く暗い闇が無限とも思える広がりをみせ、蛍のような発光体がフワリフワリと幾つも飛んでいる幻想的な場所。足元の床には見覚えのある街並みが映し出され信号機程の高さから、とある交差点を見ていた。
道行く人は殆どがその場所で足を止め、ある人は呆然として、またある人は目を背け足早に去ってゆく。その人達の視線の先には一体のマネキン……。目は虚ろなままで意志の力が感じられず、だらしなく口を開けている私が通う高校の制服を着た、私と同じ顔をしたマネキンとしか思えないモノが道路に横たわっていた。
街の灯りが映り込む、黒いような濃い臙脂色をした液体が、マネキンから排水溝に向かってまるで生き物のようにうねりながら流れてゆく。
私は死んだ。
その事実が今、私に突き付けられていた。
「……これが、今のキミだ」
その景色を私の足元に映し出しているクレオブロスと名乗った、金色の髪にサファイヤのような蒼い瞳が印象的な、目鼻の整った顔立ちにバランスの取れた体付きの優男がそう言う。
そんな……死んだ? 本当に……?
私はショックのあまり立つ力を失い、その場にペタンと座り込んだ。床に映し出されたピクリとも動かない私の身体に触れると、その映像が揺らいだ。
涙が溢れた。止めどなく頬を伝い顎から離れてゆく。私にはまだやりたい事が沢山あったのに、こんな……こんなつまらない事で終わってしまった。
◆◇◆◇◆
衣替えも済んでひと段落した初秋の朝。普通に歩いているなら気温とのバランスが取れているけど、朝日で煌々と照らされた路を小走りでゆくと、厚手の制服では薄っすらと汗を掻く。
だけど、壁に凭れかかり、スマホに視線を落とす人物を目に捉えてから、逸る気持ちが抑えきれない。
「康太、おはよー」
「お、おはよ。美希」
彼と付き合い始めてもう一年近くになる。二人で色々な所に行ったし、色々なコトをした。そして今は、スマホのアプリに二人で夢中になっている。
『キャッチモンスター』、一週間程前に配信されたゲームアプリ。主人公のプレイヤーはモンスターを収集・育成し、他のプレイヤーとのバトルをして覇権を争うというそれ程複雑じゃないゲーム。
モンスターは現実の街で至る所に潜んでいて、実際にその場所に足を運んでゲットする。ケータイのカメラ機能と連動した画期的なゲームとして、色々なメディアで取り上げられ、あっという間に大人気となった。
「ねぇねぇ。私ね、レアモンスターゲットしたよ」
「え、マジか! 見せて見せて!」
子供の様に目を輝かせながら康太が私の側頭部に頭を寄せる。私の心臓がトクンと跳ね上がり、鼓動が早くなってゆく。このまま横を向けば、私の顔が康太の瞳に映り込んでいるが見えると思うだけで、頬が火照ってゆくのを感じる。
だけど、そんな私の気持ちも知らずに、康太は早く早くとせがんでいる。私はスカートのポケットからスマホを取り出し、ゲームを起動する。そして、モンスターの一覧表を康太に見せてあげた。
「おおっ! スゲー! 美希、コレくれよ!」
newと書かれたモンスターを見て、康太の瞳の輝きが更に増した様に思えた。
「うん、いいよ」
私はアプリを操作してレアモンスターをトレードする。自分のスマホを覗き、トレードが行われた事を確信した康太は微笑んだ。これだ。この顔、この笑顔。私はこれが好きなんだ。私はこの顔を見たいが為に、遅くまで街中を彷徨っていたんだ。
「ありがとな、美希」
康太の顔が私に近付き唇が頬に触れる。トクンと心臓が跳ね上がるのを感じ、唇が触れた頬を押さえて思わずニンマリとしてしまっていた。こんなに喜んで貰えるなんて思ってもみなかった。康太の笑顔がもっと見たい。康太をもっと喜ばせたい。そんな想いが私の中枢を駆け巡っていた。
放課後。学校を出た私たちは、真っ直ぐに繁華街へと向かう。これがデートだったら、今以上にテンションは漲った気分だったのだろうけど、残念ながら目的はモンスター探し。何時も通りにふた手に別れて探す事になった。しかし、その日はめぼしいモンスターが見つからず、そのまま解散となってしまった。
康太と別れてからも、私は家には戻らず街の中を彷徨い続けた。今の私をつき動かしているのは、喜ぶ康太の笑顔。あれをもっと見たい一心で、街の彼方此方に足を運ぶ。そして、日が完全に落ちた頃、手にしていたスマホに激震が走る。
このゲームは、モンスターのレア度が高くなる程、スマホのバイブレーションが強くなる。この振動は今までに感じたことの無い強さだった。この強さ、もしかして噂に聞くレア中のレアモンスター? それがコレだとしたら……。私の中で期待感が高まってゆくのを感じていた。
モンスターの取得は基本的に早い者勝ち。だから急がなくてはならない。私はアプリを見ながら走り出した。そして……
最後に覚えている事は、輝く二つの目玉が私に向かって迫り来る映像。口から全てが飛び出しそうな身体の芯まで響く重い衝撃。そして、十七年の間私の中にあって私と共に成長してきた、私という姿を形作ってきた骨が砕けてゆく鈍い音……
◆◇◆◇◆
クレオブロスは椅子から立ち上がると、私の前で膝をついて顎をしゃくり上げ、死んだ魚のような眼をしているであろう私の瞳を覗き込んだ。
「キミにチャンスをやろう」
チャンス? 一体何の?
「もし、ボクの出すクエストをクリア出来たのなら、キミの望みを何でも一つ叶えてやろう」
「え……? なん……でも?」
「そうだ、近藤美希。世界の破滅を望むも、そして――」
そして……? そして、何?
「――元の生活に戻るのもね」
それはとても魅力的な言葉だった。でも私は、死した者が生き返る事など不可能だ。と、いう現実を知っている。だけど……だけど私は縋りたかった。嘘でも縋りたかった。だから私は叫んだ。叫んでいた。
「生き返りたい! 生き返って元の生活に戻りたい!」
私の魂の叫びともいえる言葉を聞いて、クレオブロス立ち上がり不敵に微笑む。
「良かろう契約は成立だ! クエストが達成出来たあかつきには、近藤美希。この青のクレオブロスの名に於いて、其方の願い叶えてやろう!」
クレオブロスから放たれた風のようなモノが、私の身体を吹き抜けていった。