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9.白昼の死闘


 さて、与助さんに連れられてやってきましたご近所のお蕎麦屋さんは名を“たけや”。創業からはまだ浅いものの、江戸庶民をはじめ、浅草御門に足を運ぶ旅人の腹ごしらえの拠点の一つにも数えられる、まさに現代(江戸ですけど)のファストフード!


 なるほど与助さん!さっさと食べ終えて、ロクで予見したとされる事件発生前に退散すればモーマンタイというわけですね!

 そりゃあただの町民にかわいい女神の二人だけですもん、争い事となれば命がいくつあっても足りませんもんねぇ!

 さあさあ、そうと分かればとっとと食べておさらばしましょー!



 の、ハズでしたが。


「こおらる殿。ここの蕎麦はここいらでは群を抜いて絶品でさァ!さ、さ、まずは一口ずずいっと」


「あ、あのー、与助さん?いくらなんでも、これは頼みすぎというものでは?」


 私と与助さんの横に置かれたのは蕎麦に団子に麦とろめし。里芋の煮転がしに季節の野菜天麩羅の数々。どー見ても、二人で食べきれる量じゃありません。

 時間的には疾うにお昼を過ぎ、普段は人でにぎわうだろう店内も人が(まば)らです。二人して店先の長椅子を一脚占領し、その傍らには大量のご飯。

 もしかして与助さんって、痩せの大食いってヤツです?


「いんや、あっしはかけそば一杯と、団子一本もあれば十分でさァ」


「いやいや、私だってそば一杯食べたらそこそこお腹膨れちゃいますよ!?ちょっと与助さん、なんでこんなに頼んじゃってるんですか!」


「ん?これか?これはだなァ、この後起こる殺傷沙汰ってのを、回避するために必要ってもんだ」


「回避するために……?」


「まぁ、みていりゃ分かる」


 ふふん。と、得意げに語る与助さんに少々イラッとしながらも、そんな事にいちいち突っかかるほど私はキレる現代人じゃないので。ここは女神の余裕ってのを見せてやります。何にも気にしないといった素振りでお蕎麦をズズリ。


 ……あ、おいしい。


 ズズリ。

 

 なんか悔しい。


 ズズリ。


 ズズリ。


「おう。こおらる殿、伴天連さんかと思いきや、蕎麦を啜るのがずいぶん上手ぇじゃねえか。あっしが聞く限りのところ、南蛮人や紅毛人は蕎麦を啜るのが実にヘタと聞いていたんだがねぇ」


 無心に蕎麦を啜っていると、横から与助さんがにやけた顔をして声をかけてきます。どうも江戸に着いたあたりからやたらイジられてる気がするんですが、もしかして舐められてます?ワタシってば。


「仮にも天界の人に向かって伴天連って言うのはやめた方がいいですよ。別にキリスト教をどうのこうの言う気はありませんけど、私たちも神様の仲間なんですからっ」


「左様でござるか」


 さすが多神教の国ジャポン。神だと言ったところで反応がめちゃ薄いです。ぐぬぬ。


「というか与助さん!さっきからなんだかミョーに馴れ馴れしくないですかっ!?いいですか!?わたしはっ!あくまでっ!女神でっ!与助さんのお目付け役なんですからねっ!?」


 ついムッとなってしまいました。

 与助さんに食い掛かるも、彼はまあまあと言いながらもまともに取り合おうとしません。

 ……女神を怒らせたら怖いってことをわからせてあげませうか。

 地上に降りたとはいっても私は女神(見習い)。転生者さんを異世界に順応させる術をいっぱい持っているのです。その逆もまた然り、です。そう、与助さんからロクを取り上げることだって――


 などと、少々不適切なことを考えていると、店先に数名のお侍さんがゆるゆると向かってくるじゃありませんか。えーとこの服は、確かお江戸のお役人さんで……同心と言いましたっけ?

 ……はっ!?まさか私が密入国者かなにかと勘違いされているとかですか!?ちょっとちょっとー!こんなかわいらしく高貴な私を捕まえて密入国者だなんて、失礼しちゃいますね!まったく!


 と、考えているうちに同心さんたちは店先の私たちを華麗にスルー。店内へと入っていっちゃいました。お昼でしょうか?にしてはやけにピリピリした様子ですが。


「……さて」


「?どうしたんです、与助さん?」


 与助さんは与助さんで団子をほおばりながら店内をのぞき見。私たちの位置は店内からだとほぼ死角ですね。

 同心さんたちが奥に行ったことを確認するなり、与助さんは私に顔を寄せ、片手で口元を隠すように、密々話しかけます。


「……あの同心もどきがこれから殺傷沙汰を起こすようでィ。あっしのロクじゃあ、彼奴らの正体すら委細知るところではござらんがね」


「同心もどき?あのお侍さん、偽物なんです?」


 私も合わせてひそひそ話のポーズ。井戸端会議のおばちゃんみたいです。


「……お役人、しかも下位の同心なんざ武士崩れにすぎぬよ」


「ふぇ?」


「たとえ相手が大悪党だろうと、上の者の許可もなく勝手に斬り付けるなんてことはできねぇってこった」


「ああ、なるほど……?」


「あっしのロクの見るところ、店内にいる、あの奥で白湯を飲んでいる髭男にいきなり斬りかかるんでぃ。特に急を要する事態でもなく、そんな状況で同心風情が許可もなく抜刀たぁ……当然なにかあるでござろう?」


「……え!?ちょっと!それって現場に居合わせちゃったってことじゃないですか!」


「まぁ、焦りなさんな。あの無精髭の男、一見とろそうだが実の処あんなナリしてなかなかやり手のようでさァ」


 与助さんが言い終わるや否や、店の奥では同心もどきさん達が店内の座敷に座る無精ひげのお兄さんに飛びかかります。その数3人。普通なら殺されちゃう状況です。


「見つけたぞっ!覚悟いたせい!」


「裏切者めィッ!ここで引導を渡してくれるわ!」


「しぇあああっ!!」


 同心さんたちは各々に三方を囲み、無精ひげの男に向けて刀を振り下ろします。

 頭の中に浮かんでくるのはバッサリと斬られてしまう無精ひげのお兄さんの姿。

 ……ひぇー。さすがにグロシーンは見たくないですよ!と目を覆ってしまいます。


 目を瞑ってすぐ、ガキン!と思い刃物を受け止める金属音が店内に響きました。

そしてそれとほぼ同時に……


 パァンッ!


 と乾いた音が店内に響き渡ります。あれ?この音ってもしかして。

 そっと目を開けると、無精ひげのお兄さんは座敷に座ったまま、隠し持っていた短刀の鞘で正面の同心二人からの斬撃を受け止めていました。片手で。

 そしてもう片方の手には――ってあれ!?ピストルゥッ!?


 なんということでしょう、先ほどの乾いた甲高い音はピストルから発せられた銃声だったのです。無精ひげのお兄さんは、片手で前二人を悠々受け止め、そのもう片方で華麗な後ろ撃ちをきめていたのです。なんという馬鹿力と体幹の持ち主でしょうか。


 さすがのこれには受け止められた同心さん二人も固まってしまっています。


 後ろの男は腹を撃たれたのかうずくまってピクリともしません。


ッ!」


 その隙を無精ひげのお兄さんは見逃しませんでした。すかさず短刀を鞘からしゃらりと引き抜き、その勢いのままに、向かって右側の若い同心さんの心臓めがけ刃を突き立てました。


 ずぷ、と鈍い音が聞こえたかと思うと、無精ひげのお兄さんは足をばねのように伸ばした勢いでスイ、と豆腐を割くようにあっけなく深々突き刺し。刀を引き抜くと同時に、夥しい量の血を吹き出しながら若い同心さんも倒れました。


 すごい、あっという間に1対1です。まるで時代劇のクライマックスシーンのような華麗な立ち回りです。


「まったく、おちおち白湯も飲んどられんのぅ。こげなめし処で切捨御免やっちゃるとは、江戸もんも慎みが足りんぜよ」


「くっ……!貴様ァッ!」


 残った中年の同心さんは怒り心頭のようで、無精ひげのお兄さんに上段振り下ろし。勢い任せの大振りのようです。

 ビュイィッと刀が風を切る音と、そのわずか後に、今度は金属同士が激しくぶつかる金切音。

 またもや片手で受け止めています。あの大振りの攻撃を、かわすまでもなく、短刀で、しかも余裕の表情です。これは惚れちゃいそうですね。


「ぐぅぅっ……貴様のその力、真に人間か!?」


「失礼じゃのう、江戸もんがヒョロちいだけじゃきに。ちィたあ、薩摩もん辺りでも見習ったらどうじゃ?」


 まあ、そいも生まれ変わってからお釈迦様にでも頼むんじゃな。と、にたりと笑いながら空いているもう片方の手に握られているピストルを同心の胸目掛け、発砲。


 苦悶の表情に変わるや否や、最後の同心さんもその場に崩れ落ちました。


 なんというか、すごいです。圧倒的な強さです。

 外から見ていただけの私はすっかりその強さに固まってしまい、対する与助さんはロクで予測済みだったといわんばかりに、ニヤリとしています。


「うわぁ……。あの無精ひげのお兄さん、全員倒しちゃいましたよ?」


「いんや、全員じゃねぇ」


「え?」


 全員じゃない?という言葉の意味を呑み込めないうちに、今度は与助さんが手に持っていた団子の櫛をヒョウッと店内の座敷に向かってダーツのように投げました。

 その団子の櫛は、一直線に座敷で固まっていた給仕のお姉さんの袖へ。

 

 うわぁノーコンじゃないですか!


 唖然としていたのもつかの間、袖に思いっきり櫛が刺さったのです。

そのまま驚いたお姉さんは体制を思わず崩し――

 

ぽろっと、袖の下から匕首が落ちたのが見えました。

 当然無精ひげのお兄さんも気づいたようで。


「……なんじゃ、姉ちゃん。あんたもワシとしっぽりやりあいたいっちゅうんか?」


「ひ、ひぃぃっ!!」


 手の内を明かされ、目の前で大立ち回りをしたお兄さんに射すくめられた給仕さんは、そのままバタバタ江戸の町へと逃げ去っていきました。


 与助さんは人ごみの中に消えゆく偽給仕さんを眺めながら、うんうんと頷いています。


「二、三日前からこの“たけや”に、急に若い娘さんが給仕やり出して何事かと思ってはいたのだが。なるほどこういうことだったとはなァ、あっしもロクで最初見えた時は驚いたでさァ」


「……もしかして、与助さんがロクで見たのって」


「おうよ、あの髭男が同心を返り討ちにし、給仕の姉ちゃんが心配する振りしながら近づいて、油断したところをブスリ。だ」


「でもまぁ、よくもまあ団子の櫛であれだけ正確に撃ち落とせましたね」


 与助さんはニカって笑いながら、照れ笑いです。おだてられると弱いんですね、彼は。


「よせやい。昔っから手先だけは器用だったんでィ」


「おまんらか?この櫛でワシを助けてくれたっちゅうもんは」


 二人してビクッとしました。気が付けば、私たちのすぐそばに先ほど大立ち回りをして見せた無精ひげのお兄さんが立っているではありませんか。しかも団子の櫛を手に持って。


「へ、へい。あっしは、そこの簪屋を生業としておりやす。与助と申します」


「えっ!?……あっ!コーラルです!えッと、てんか……ゲフン!西洋のほうからやってきました!」


「ふぅむ……おまんらが」


 無精ひげの男は顎に右手を当てて、値踏みするようにじろじろ見てきます。

 

 気が付けば、野次馬が結構集まってきています。

 そりゃそうでしょう。だってつい今しがたこの店内でひと暴れしていたんですから。

 そーいえばどうすんですかコレ。収拾つかなくなりますよ?このままじゃ。


「こりゃあ、礼をせにゃならんのぅ。とはいえこの騒動じゃ……おまんら、ちょいとついてくるぜよ。この近くに、ワシらの潜窟がある」


 そう言いながら、私たちの食べ残した天婦羅を紙に包む無精ひげのお兄さん。なんかみみっちいです。そういえば、先ほども白湯しか飲んでいなかったような。


「……あの。あなたは一体?」


「ワシか?ワシの名前は竜馬。坂本龍馬じゃ。この近辺で“海援隊”を結成しちょる」


「へぇー、坂本龍馬さんって言うん……で……」


 ……


 …………


 …………ん?


 さかもと……りょうま……?


 …………坂本龍馬ぁっ!?


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