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7.よく分かる天界チートガチャ


「どうでしたか!?私の完璧な演技の程は!?」


 浅草御門は砂羽簪本舗、店先からは様子を伺えぬ居間のその奥。そもそも本日休業日也。客人は誰一人として入っては来ないはずである。

 店の構えは決して大きいものではないが、それでも町民数名が暮らすには不自由のない居間に台所、工房を別々に備えていた。店に入れば工房に商品がずらりと並んでおり、いかにも艶やかな簪が並ぶ。凡て、砂羽与助が作りし作品である。工房の奥には簡易な着付けが行える客間が用意されており、専ら生活に用いられるのは更にその奥となる。

 もちろん、コーラルに自慢の簪を見せるのも吝かではなかったが、今はそれよりも歴史の修正が重要である。二人していそいそ居間へと潜って行った。


 さて、与助の目の前には、ふんすと鼻を鳴らし、得意げにする女神見習いコーラルの姿。もしや、先ほどの演技で町中の人を誤魔化せたと本気で思っているのか。いや、確かに誤魔化せてはいるが、違う、そうじゃない。


 はぁ、と大きくため息を一つ。与助は座右に仕舞われていた客人用の座布団を一つ、コーラルの前に敷き、自分はと云えばそのまま畳の上にどかりと胡坐を掻く。続いてコーラルも座布団の上に、ぽふりと座る。


「先ほどの演技、何だいありゃあ?」


「何って、日本人の思い描く完璧な異人さんじゃなかったですか?」


「どこがでぃ。さすがに生きた心地がしなかったでさァ」


「ム、失礼しちゃいますね。だいたい、おみつさんとの仲を取り持つためにきょーりょくする必要なんてさらさら無いんですよ?私は」


「そう云われりゃあ、そうかもしれねェが……」


 ……やめにしよう。栓無きことを此処で言い合って居ても仕方がない。我々に与えられた時間はたったの半日。無駄な事で言い合いをしている間にも刻一刻と時間が差し迫ってきているのだ。


 与助はそう考え至り、再度ため息を一つ。


 とにかく、今一番必要なのは情報だ。


 ただおみつの命を救えばいいという話ではない。人一人の命を救っただけでは結局江戸っ子大虐殺を回避できない。ならば、それを回避するだけの鍵を手に入れなければならない。


「しっかし、時間も手掛かりもありゃしねぇ中で、どうすりゃ良いってんだい」


「そこですよねぇ。せめて、何かきっかけになる情報なり能力があれば……。あ、そうだ」


「ん?こおらる殿、何かいい案でもあるってのかい?」


 コーラルは何かを思いついたかのように、持ってきた革袋より二つの透明な珠を取り出し、与助の目の前に一つパッと放り投げた。


「おっとと……、これは……?」


 与助が見る限り、その珠はおおよそ3~4寸ばかりの大きさの卵型を模っていた。透明で、中が仄かに光り輝いている。何かが入っているようだが、それが何かまではよくわからない。ただ、球の真ん中に両断するかのような切れ目がぐるりと一周入っていた。


「んっふふふふ。これはですねえ。こちらに来る際に万が一のことが起こらぬようにと手渡された簡易式チートガチャです!」


「簡易式……“ちゐとがちゃ”?」


「ええ、そうです!簡単に言ってしまえば、私と与助さんにそれぞれ強力な能力を何か一つ与えてくれる、神様からのご加護みたいなものです。まぁ、実際に開くまでどんなものが入っているのかが分からないんですがね!」


「そいつぁすげえや……だがしかし、なんでまた入っている中身を態々分からなくする必要があるってんだ?要する時にこそ欲しい能力を与えてもらいてェもんだが」


「あー、そこにはちょっとした秘密があるんですよね。」


 そう言いながら、コーラルは鶏卵を割る要領で、囲炉裏の角に一回、コツンと軽く珠を叩き付けた。存外に簡単に拉げた珠は割れた隙間から光を漏らしながらコーラルの指、腕、そして体全体へと光で覆いつくす。やがて体全体がぼうっと光りだしたかと思えば、瞬間、コーラルの周囲へと光ははじけるように霧散した。キラキラとした粒子がしばらく大気中に残留してはいたが、それも数秒のうちに凡て無へと還った。


「これが、神の信託の最たるもの。皆さんがチートと呼ぶものです。今回は携帯用の簡易型ですがね」


「“ちゐと”と言われても俺にゃあピンと来ねえが……。だが、今の光はここに戻ってくる前にも見たな。確か、こおらる殿が異世界転生なる儀式を行おうとしていた時だ」


「ええ、ずばり、それですよ。チートってのは我々天界と同じ時間軸の人たちに伝わるように日々言葉を変えて存在していますね。とはいえ私はお江戸時代の天界人じゃないので、当時なんとお呼びしていたか知りませんが」


「……そんで、そのちゐとってのはどれほどの効果があるってんでい?」


「まーまー!慌てないでくださいよ。ぬふふ、今からお楽しみ、ステータス確認のお時間です!」


 すてゑたす?と与助が聞くなり、コーラルは上司との会話に使用していた板っ切れを取り出し、自分に向けてカシャリ、と何か(・・)を行った。同時に、珠を叩き割った時とは全く別の、鋭い人工的な光が、板っ切れからコーラルめがけて一瞬放たれた。

 その眩しさに与助は思わず目を覆ったが、コーラルからは「いかにも“江戸の人”って反応でいいですねえ」と笑われた。

 聞くところによれば、どうやら板っ切れは“天界スマホ”と呼ぶらしい。ただの黒い板っ切れかと思ったが、はてさていつもコーラルが眺めていた面は様々な絵、文字、或いは景色を切り取ったと思しき画が現れては消え現れては消え、コーラルの指と連動しているらしく、様々に形を変えては文字や図を浮かび上がらせる。

 これには展開に慣れたと思っていた与助も些かたまげた。どうにもおおよそ140年後の未来、つまり現代の日本ではごく当たり前の技術とのことらしい。

 違う点と言えば、その機能にある。例えば、先ほどコーラルは自分の姿を天界スマホの中へと移し込んだが、その画を見てみれば、見慣れない文字や数値がずらりと並んでいた。



名前:コーラル

lv.20 年齢:15(天界暦) 出身:天界

種族:女神(見習い) 職業:世界観転送所 異世界派遣課 職員

HP 1600/1600

MP 2400/2400

ATK 46

DEF 39

INT 79

VIT 33

DEX 17

AGI 83

LUK 44


スキル:ヒーリングLv.4 味覚理解(大) 言語理解(大) ディスペルLv.1

チート:女神の加護(小) 魔力回復(大) 鑑定 超分解(New‼) 

 


「ぬぁ……。ちょ、超分解……ですと……?」


 コーラルはスマホに映し出された謎の文字列を相手にガックシと項垂れていた。どうやら手に入れた“ちゐと”とやらが存外使えないものであったようだ。


「……すまんがこおらる殿。ここに書かれているものをざっくりと説明してはくれねェか?」


 なおもがっくりと項垂れるコーラルの横から、与助はスマホの画面をのぞき込んでは、やれこの数字は何を意味する。このスキルとやらは何を示す。と興味深げに尋ねた。元来簪という細々とした作業を得意とする与助にとって、スマホという小さき電板の煌びやかさ、鮮やかさは驚嘆と称賛の念を覚えると同時に、嫉妬すら感じられる美しさであったのだ。

 

 さて、聞けば各数値は映し出された本人の力量を各方面から計測されたものであるとのことらしい。力、防御、知力、体力、器用さ、素早さ、幸運。それに、スキルと呼ばれる後天性の能力に、チートと呼ばれる通常では手に入れられない強力かつ特殊な能力。


 どうやらコーラルはヒーリングと呼ばれる回復魔法に秀でているらしく、簡単な切り傷などはすぐに癒す事が出来るとのこと。とても便利である。また、異文化の食生活にすぐ馴染める味覚理解や、自分や他者に異言語を理解させる言語理解、相手の簡単な魔法を打ち消すディスペルという魔法を使用できるらしい。


 ちなみに、先ほど手に入れたチート“超分解”について尋ねたら、あらゆる毒素を体内で分解し、無毒化できる能力らしい。毒殺回避を可能にする強力な能力であるのだが、そも今回の作戦はわずか半日。毒殺される機会はほぼないだろう。


「ついでに与助さんのも見ておきましょうか。とりあえずさっき渡したその珠、ちゃっちゃと割っちゃってください」


 時間がないんですからっ!と急かすコーラルに言われるがまま、与助はおずおずと透明な卵型の珠を割った。卵の殻よりもかなり頑丈なそれは、まっすぐ入っていた切れ目に沿ってぱっかりと割れ、漏れ出した光は与助を包み込んだ。


 暫しの後、霧散。残された与助は特に何かを得たという実感がなかった。力が漲るだの、頭が良くなっただの、徳が上がっただの、そう言った即物的な変化は何一つ訪れてはいない。一体何が変わったのだ?と首をかしげて考え込んでいたら、カシャリと、猛烈な光に見舞われた。なるほど先ほどのスマホか。と納得はしたものの、いきなり撮影されるのはさすがに心臓に悪い。魂が抜けそうだからやめてほしいと与助は辟易した。


「んじゃ、早速見てみましょー!」


 コーラルは翳していたスマホの画面を指で操作し、先ほど撮られた与助の写真を画面上に示し出す。そこにはコーラルのステータスが表示されていた時と同様、自分の姿の傍らに文字列が並べられているようだった。


 しかし、こうやって客観的に自分の能力を推し量られるというのはかなり薄気味悪い。今までの人生で学んだもの、歩んできた凡てをたかが数種の数値だけで表されることに、僅かながらぞっとした。


 とはいえ、自分がどれだけの器量持ちであるのかが、この一面を見るだけで分かるのだ。伊達に江戸の簪屋と言えば砂羽の三代目、とまで言われていないのだ。己の能力には些か、いやかなりの自信がある。だからこそ与助は躊躇せずのぞき込めた。自らの人生経験を表すステータスを。



名前:砂羽与助

lv.18 年齢:23 出身:ERROR

種族:人間 職業:簪屋 職人兼店主

HP 1800/1800

MP 300/300

ATK 57

DEF 44

INT 48

VIT 51

DEX 122

AGI 55

LUK 39


スキル:ロク ロク ロク ロク

チート:ロク ロク ロク ロク(New‼)


「……」


「こいつぁ……」


 互いに絶句した。



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