2.ゆとり系女神(見習い)コーラル
この小説は、砂羽与助並びにコーラルの2主人公体制をとっています。
その為、話毎に砂羽与助視点(時代小説風三人称)、コーラル視点(現代風一人称)が切り替わることがございます。(同一サブタイトル内で視点が切り替わることはございません。)
ご了承のほどお願いいたします。
はじめまして。みなさん。
女神見習いの“コーラル”と申します。よろしくお願い致します。
私は今、“導きの女神”という職に就いております。
若くしてお亡くなりになられた方や、現世に大きな未練を残しながら亡くなった方を相手に、異世界への転生をお手伝いするというお仕事の事です。
これも、女神になるための社会勉強の一環なのです。
ちなみに、ビジュアルを重視される仕事でもありますね。
そう!いわゆるエリートなコースなのです。
……さて、そんなかわいい私ですが、実は今とっても困っているのです。
ある転生者さんのせいで、すっごく頭を悩ませています。
今も私の足元にすがりながら号泣する、変わった髪型の転生者さんです。髷って言うんでしたっけ、コレ。
「あの、ですから……。話が進まないのでそろそろ離れて頂けないでしょうか?」
何度目かもわからないですが、転生者さんの肩をぐいっと押しながら、離れてもらうよう懇願します。
……離れてくれません。
今もおいおいと泣き崩れています。
もう私の太もももふくらはぎも涙と鼻水でずるずるのべとべとです。
泣きたいのはこっちですよ、ちくせう。
さらに言うと、この転生者さん。えっと、与助さんと言う方みたいですね。どうにも資料を読む限り、江戸時代末期にお亡くなりになられたというらしいのです。びっくりです。
確か地球は現在西暦2014年では?
時代を飛び越えて転生するなんて話、聞いたことがありません。仮に少数前例があったとしても、私はたかが女神見習いの研修生にすぎません。マニュアル人間なのです。突然のトラブルに内心アワアワです。
胃をきりきりとさせながらも、とにかく与助さんに転生の説明しない事にはどうしようもありません。目の前の彼に泣き止むよう懇願します。
まるでベビーシッターにでもなったみたいです。天界ベビーは出生率の低さから大変ありがたい存在であり、それに従事する天界ベビーシッターもまた、エリートにしか請け負えないお仕事なのです。
そう、つまり目の前の大きな赤ん坊をあやしているこの私もつまるところはエリートなのです。
そう、エリート。エリート。エリート……
そう思わないとやってられませんね。
しばらくして、与助さんは漸く泣き止み、現状を理解しようと努めてくれました。
ちなみに、ここまでで優に5~6時間は経過しています。
どんだけ泣いてたんですか。
今も私の太ももアンドふくらはぎはずるずるのべとべとのカピカピです。カピカピが増えてランクアップしました。全く嬉しくありません。
「もう、話しても大丈夫でしょうか?与助さん」
「へ、へぇ……。あの、ここは一体?あっしは確か、新政府の連中に斬られちまったはずでは」
そう言いながら背中をさすって首をかしげる与助さん。
斬られたはずの背中と服がなんともないことに不思議がっているのでしょう。
トラックやダンプにはねられてここにやってくる若者が多いこの界隈、斬殺と言うなかなかバイオレンスな告白に私も少々たじたじです。
「はい、確かにあなたは背中を刀で切られ、そしてお亡くなりになられました」
「するってェと、ここは死後の世界ってやつかい?……なんてこった。アンタ御釈迦様だったのかい」
「い、いえ……。私はお釈迦様では……」
「なぁ、あんた御釈迦様なら……もしかしたら分かるんじゃねェか?あっしが死ぬすこーしばかり前に、ここにおみつって娘が来ていると思うんだがよ」
「おみつさん……ですか?」
首をかしげ、顎に手を当てながら考えました。当然、そんな子はここにきていません。当然ですね。だって本来であれば今地球は西暦2014年。お江戸の人が迷い込むこと自体がありえないのですから。
「いえ、ここには来ていませんね」
「……そうか」
あからさまにがっくりと肩を落とす与助さん。
大事なお方だったのでしょうか?
でも、資料によれば与助さんはどうて……ゲフンゲフン!
「とにかく、次の人を待たせていますので!そろそろ本題に移らせて頂きますよ」
「へ、へぇ……」
何とも力なく答えるのは与助さん。張り合いがありませんね。
江戸当時の浮世絵とかに異世界転生のお話とかなかったんでしょうか?輪廻転生は仏教のお得意分野と聞いていましたが。
「オホン!ええっと、砂羽与助さん。あなたは志半ばで、若くしてその命を落としました。我々天界は、望まれずにお亡くなりになられたアナタにもう一度、人生をやり直すチャンスを与えたいと思います!あなたの生前の記憶はそのままに、今までと全く別の世界で第二の人生を歩むことが出来るのです!」
「第二の……人生?それって、あっしが、ってことですかい?」
「その通りなのです!例えば剣と魔法のファンタジー世界!例えば鉄と蒸気のスチームパンク世界!例えば宇宙とビームのSF世界!あなたが心の底から望んだ世界へと、道は開けるのです」
「ふぁんたじぃ?すちゐむぱんく?単語の意味はよくは分かんねえが、それは江戸とは全く違う場所ってことなのかい?」
「……まあ、そうなりますね。原則として、同じ世界へ記憶を引き継いだまま転生することはできません。その場合は、一度記憶を完全に真っ新にする必要があるのです」
「そうかい……」
「やっぱり、元の世界に踊りたいですか?」
やはり彼の心にはおみつと言う女性がその大半を占めているようです。
正直、ちょっとめんどくさいです。
こういった、恋愛事情の縺れから非業の死を遂げ、ここに来る転生者さんは少なくありません。ですが、その無念、大抵は元の世界に置き去りにされたままなのです。
当たり前ですね。
割とどんな死に方であれ、無念と感じる感情の矛先は、元の世界です。
だから、そういう転生者さんのほとんど全員が記憶を捨ててでも、元の世界へと帰還するのです。
他にも、あなたを殺して私も死ぬわ。来世で一緒になりましょう。とか言うめんどくさいタイプのアレもあります。その手のケースでは、殺された側は真っ先に別の世界へと転生してます。いい笑顔で。
まぁその後殺した側もストーカーの如く同じ世界に転生することになるのですがね。エンドレスなのです。
はてさて、この与助さんもその手の類かと内心辟易としていたのですが、どうやら違ったいたようです。
先ほどの私の問いに対して、与助さんは少々考え込んでから、悲しげに笑いました。
先ほどまでに散々泣いていたためか、瞼は真っ赤に腫れてしまっています。
「……いや。今更お江戸に生まれ変わったところで、おみっつぁんはもう居ねェんだ」
「おみつさんも、どこか別の世界に転生したのかもしれませんよ?」
「だったら尚更だ。おみつはあっしが口を滑らせたばっかりに殺された。もしかしたら死の間際に、新政府の連中からあっしの名前を聞いたかもしれねェ。……もしかしたら、恨まれているかもな。だから、あっしはもうおみつに会う資格なんてねェんだ」
「そうですか……」
本来ならここで発破をかけるのがデキる女神スタイルなのでしょうが、お生憎様、マニュアル人間である私にそんな恐れ多いことなど出来はしません。
何せおみつって人が本当にここに迷い込んだのであれば、既に百と数十年以上も前にここに来ていることになります。それだけ前の資料ともなれば、掘り返すだけでも大変なのですよ。
ぶっちゃけ、やりたくありません。
それに加え、古い資料の閲覧ともなれば、申請だけでもどれだけ待たされることか……。
そう、キジも鳴かずば撃たれないのです。
変に余計な一言を言わなければ勝手に解釈してくれそうな流れですので、ここは黙って頷くのが賢い女神スタイルなのです。
「まあ、未練と言えば新政府の連中におみつの仇を討ってやりたかったってことくらいかね。記憶を引き継げないんじゃあ、しょうがねェ。しょうがねェや」
肩をすくめて諦めたかのようにやれやれのポーズをとる与助さん。
あ、これ、案外簡単に解決しそうです。
あとはちょちょいのちょーいと全く無関係の異世界に飛ばしてあげるだけでミッションコンプリートな気がします。
なんだ、ちょろいもんですね。
「それでは、与助さん。そろそろ異世界へ転生するお時間となりました。準備は整いましたか?」
「……ああ、構わねェ。ふあんたじぃでもすちゐむぱんくでも、どんと来やがれってんだい」
「では、まずはあなたにチート技能を授けます。その後に、記憶ごと異世界へと転生させますので体を楽にしてください」
「あ、ああ。よく分かんねぇが、とりあえず言う通りにすればいいんだな?」
「はい、全てこの私、女神見習いのコーラルに委ねて頂ければよいのです」
私が手に持っていた杖を振りかざすと、与助さんの足元には直径1メートルほどの大きな魔方陣がぼうっと浮かび上がります。
この杖の力によって浮かび上がった魔方陣は、転生者さんの人となりを観察して、その人に最も適したチート技能を与えるのです。
人によっては経験値数百倍とか、魔力無限大とか、超回復力とか、そんなヤバげな能力もそこそこ見てきました。そんな強力技能をホイホイ与えて大丈夫なのでしょうか?と思ったこともありますが、案外大丈夫みたいなのです。
それでも世界は廻っているのです。
さて。与助さんの体が白く光りはじめました。
どうやら魔方陣による解析が完了して、チート技能を与える段階へと移ったようです。はたして彼はどんなチートが与えられるのでしょうか?毎回ワクワクさせられますね。
天界ソシャゲのチュートリアル終了後に無料ガチャを引く時の昂揚感にも近いです。
そんな矢先でした。
――ピロリロリ、ピロリロリ……
白一面の空間に響き渡る、不釣り合いな電子音。どうやら私の胸元から発されています。つまるところ、仕事用の天界ケータイからの着信です。
……なんでこんな時に。
内心で舌打ちを5,6回はしたでしょうか。とりあえず大した用ではないでしょうし、魔方陣を継続したまま着信に出ることにします。
着信先は……天神族のコリンズさん?
何で彼が私にお電話を?
リアルでお付き合いはありませんし、所属する課も異なるのですが、とりあえず相手は上司。出ないわけには行けません。
渋々ながら、通話ボタンを押しました。
「お疲れ様です、転生課のコーラルですが」
「ああ、どーもどーもコーラルさん。異世界派遣課のコリンズです。お疲れ様です。」
電話越しに、腰の低そうな中年男性の声が聞こえてきます。
異世界派遣課のコリンズ課長、その人の声です。中年にしては少し高めの声帯と、酒にやられたのか少ししゃがれたかすれ声は、聞き間違いようがありません。
THE・窓際族といったところでしょうか。
声からだけでも分かるほどのしょぼくれオーラを感じます。
「あの、コリンズ課長。それでご用件とは一体……」
「ええ、それがですね。今そちらの方に、江戸時代にお亡くなりになられた方が来られませんでしたか?」
ぎょっとしました。
来られたも何も、現在進行形で送り出そうとしているところです。
まさか、勝手に送ってはいけないとかそういう案件でしょうか?
「え、ええ。来ているのです……」
「ああ、やっぱり……」
電話越しに大きい溜息が聞こえてきます。
どうやらビンゴのようです。
私は電話対応をしながら、魔方陣の解除を行おうと、再度杖を振りかざしました。
……あ、解析終わって既に転送準備が始まっているんでした。
どうしましょう、強制終了できましたっけ?
「いいですか?よく聞いてください。このままではおおよそ数十万人の江戸時代の方が転生課に押し寄せます」
「……はっ?」
私の意識が魔方陣の強制解除に向き始めていた時です。
耳に入ってきたあまりにも素っ頓狂な内容に、思わず杖を落としかけてしまいました。
何を言っているのでしょうかこのオッサンは。
「……どういうことですか。数十万人って。普通、大戦争が起きても適応者はせいぜい数千人程度じゃないですか」
本来、転生者とは誰にでもなれるというわけではありません。
それ相応の適性が必要になってくるのです。
その適正と言うのが何を指すのか、天界学会でも未だに解明されておらず長年の謎となっているのです。
なのに、このオッサンはさも当然のようにこの後数十万人規模の転生者が来るとほざいてます。
ふざけてます。
ですが、次に私が耳にする単語は、さらにふざけた内容なのでした。
「……江戸っ子大虐殺です」
「…………っは??」
何それ。
「江戸っ子大虐殺です」
「いや、二度も言わなくても」
江戸っ子大虐殺て。なにそのふざけたネーミング?
再度深い溜息が電話越しに聞こえてきました。私に向けられたものではないのでしょうけど、何となくムカつきます。
「いや、知らないのも無理はありません。近年までその事件に関わる情報全てが地球でも、天界でも一度として現れることがありませんでしたから」
「……まさか、隠蔽ですか?」
「分かりません。……それも含めて、一度緊急招集をかけたいと思います」
うわぁマジですか。
とてもめんどくさい。
そう思ってはいても、この後与助さんみたいな江戸時代の方が数十万と押し寄せるとあったら話は別です。
流石にそれは私過労で死にます。
死んじゃいます。
「……分かりました。今から向かいます」
「ええ、お願いしますよコーラルさん」
「あ、それとですね。江戸時代から来た転生者さんはどう扱いましょうか?」
「……今は少しでも情報が欲しい所です。連れて来て下さい」
やっぱそうなりますよねー。
私が電話でやいのやいのとしている間も、与助さんは心ここにあらずと言った感じです。
本当に彼が何がしかの情報を持っているのでしょうか?
果てしなく疑り深いです。
多分徒労です。
私は電話を切った後、コリンズ課長から伝染したのか、一つ大きなため息。
なんていうか、いやな予感がひしひしとします。
私は、その予感が外れることを祈りながら、一先ず与助さんに掛けた魔方陣を強制的に中断するのでした。