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秋の足音も近付く、晩夏の昼下がり。


詠は何とも言えないような不思議な気分だった。

今彼女は彼にしっかり手を握られたまま歩いている。

樵は落ち着いた足取りで、迷い無く彼の家へと続く道を歩いていた。

彼なら本当はもっともっと速く歩けるはずなのに、さりげなく詠の歩調に合わせるように歩いてくれている。


「ねぇ」

声を掛けなければ永遠に説明もしなさそうな彼が視線を寄越す。

―ちょっと機嫌が悪そうな気がするのは、きっと気のせいだ。


「何かよく分からないけど、これからどうするの?」

「家に帰る」

うん、まぁ向かっている先の予想はついていたけれど。

聞きたかったのはもっと先の『これから』なんだけどな。


「それからはずっと一緒に暮らすんだ」

まるで当然だと言わんばかりの彼に、彼女は目をぱちくりさせた。


「…何で?」


春妃の2度目の死を見届けて、樵はすっかり憑き物が落ちたようだった。

彼女自身もとても穏やかで温かな笑顔で散っていった。

どこか物悲しい気持ちもあれど、きっと二人にとってはあれが正解だったのだろうと今は思うことにしている。

しかし現在の樵の言動は、詠には理解しかねるものだ。


「…馬鹿か、お前」

そう言いながら、彼は詠の髪を撫でる。

それはいとおしげに、大切なものみたいに撫でるから。

―心地よい場所に長くいると、抜け出せなくなるから。

詠がいよいよ逃げ出そうとしたそのとき。


「お前は、自分を大事にしないから。姉さんと話したときだって、自分の命を渡そうと考えていただろう」


確かに考えなかったとは言えない。

というか打開策が思い浮かばなかった場合はそうしていた可能性が高い。


「で、でもそれは」

彼の機嫌が悪く感じた原因はこれだったのか、と今更思う。

「俺に助けられた命だと言うのなら、もう二度と簡単に死のうとするな」

言い募ろうとした言葉を先に言われて、詠は言いよどむ。

「…俺は、お前に出会ってやっと自分の命を取り戻したんだ」

彼の無骨な掌が、彼女の頬をふわりと包む。

こつり、額を合わせられた。

「だから、俺たちは一緒に生きるんだ。詠、お前が愛しいから」

初めて呼ばれた名前に、心が震えた。

この温かな腕の中に、包まれていてもいいのだろうか。

何にも出来ない、誰からも必要とされないはずの自分が。

―彼と、一緒に生きる?

思ってもいなかった展開に戸惑いながらも、温かなものが胸に広がるのを感じた。


ああ、これが愛しいという想いなのか。

何故だか瞼が熱くなって、ほろりとしずくが零れ落ちた。

彼の指がそっとしずくを拭い、慰めるようにまた髪を撫でられる。

それがあんまり心地よくて、詠はそっと目を閉じた。

そして唇に甘く柔らかな温もりが落ちてきた―…。


【終】


お読みいただき、ありがとうございました!

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