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短編集  作者: 雨宮万里
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五月雨の音は恋を運ぶ

 雨が校舎を打つ音で優香は顔を上げた。ただでさえつまらない授業なのに、さらに憂鬱な気分になる。暇潰しにペン回しをすれば飛んでいき、拾ってくれた男子に「ありがとう」と言うことすら顔から火が出そうだ。

 ツイていない日というものはあるもので、今日がその日なのだろう。優香は一人溜め息を吐いた。

「じゃ、今日は金曜日だから宿題を多くするぞ」

 そう言って、チャイムが鳴っているにも拘らずプリントを配りだす教師にも腹が立つ。雨はますます激しくなっていく。

 彼女は、また溜め息を吐いた。


「あ、傘……」

 下校しようと校舎から外に出た優香は、傘を忘れたことに気付いて顔をしかめた。三階の教室に今から帰るのは、できれば選びたくない選択肢だ。しかし、雨は激しさを増し、このまま帰れば風邪を引くことは間違いないだろう。

 色とりどりの傘を広げる同級生の中で、ただ一人立ち尽くしていた優香は、諦めて傘を取りに戻ることにした。

 階段を一段飛ばしで駆け上がっていると、ちょうど下りている下級生の傘に躓き、優香は舌打ちした。


 いらついた気持ちを振り払うように教室まで走ると、部活すらしていない彼女の息は切れていた。勢いよくドアを開けた優香に、のんびりとした声が掛けられる。

「そんなに急いで、忘れ物でもした?」

 そこにいたのは、新学期が始まって以来ほとんど話したことの無い男子だった。

「高橋君……」

「あ、ちゃんと名前覚えててもらえてたんだ」

 当然だ。「そりゃあね」と返す。彼は通路を挟んだ彼女の隣の席なのだ。六時間目にシャーペンを落としたとき、拾ってくれたのも彼だった。

「どうして帰らないの。傘は?」

「俺、雨嫌いだから。意地でも傘の恩恵になりたくないってな」

 変だろ? そう言って笑う彼は、しかし自分の行動に疑問は持っていないようだった。

「でも、だったらこの時期は大変じゃない? ほとんど毎日雨が降ってる」

 ここ一週間ほどは、ずっと雨が降り続いている。毎日傘をさして登下校するのも、相当面倒なのだ。

「まあね。最終下校時刻までに雨が止まなかったら走って帰るし」

「それって意味ないじゃん」

「確かにそうかもな」

 そう言って高橋は窓の外に視線を移した。雨は相変わらず止む気配を見せない。優香は彼の隣の自分の席に腰掛けた。

「え、忘れ物取りに来ただけなんじゃ……」

 驚く彼に優香は笑顔を見せた。

「そうだったんだけど。高橋君の話聞いたら、私も雨が止むのを待ってみようかなって」

「でも、止みそうにないけど」

 傘を持っているから大丈夫だと答えようとして、優香は高橋の呼吸が荒いことに気付く。

「ちょっと待って」

 そう言い、彼の頭に手を当てる。そこはまるで焼けるように熱かった。

「すごい熱……。早く保健室に行かないと」

「今日は保健室は開いてないよ。別に、大したことないから平気」

 大したことないという割に、彼の顔はみるみる赤くなっていき、喋っていることすら辛いようだ。

「私、傘持ってるから。家まで送る」

「でも」

「駄目」

 高橋は反論しようとしたが、彼女の有無を言わせない口調に押され、席を立った。そして、優香の肩で体を支え、靴箱まで階段を下りる。

「家、すぐ近くだから大丈夫だよ」

「だったら私が送ったって大丈夫でしょ。こんな雨の中に病人を置いていけない」

 傘を開きながら、優香はどうしてこんなことをしているのだろうと疑問に思う。普段の自分なら、病人でも雨の中にほっぽり出していただろう。本人が大丈夫と言うから、という言い訳を心の中でして。

「授業、嫌い?」

 考え事に耽りながら歩いていると急に質問を投げ掛けられ、優香はどきっとして隣を見る。

「そりゃまあ、それなりに。……どうして?」

「つまらなさそうだったから」

「え?」

 聞き返す彼女に、高橋は「六時間目」と単語で答える。そういえば、六時間目はずっと頬杖を付いてペン回しをしていたのだ。端から見れば、授業が嫌いなように見えてもおかしくはない。しかし、彼女は特に授業自体が嫌いなわけではなかった。

「ああ。あれは、単に雨で気分が塞ぎこんでいただけ」

「そっか」

 それきり高橋は口をつぐんでしまう。二人分の足音は、雨が道路を打つ音にかき消される。

 彼はどうして雨が嫌いなのだろう。自分だって雨は嫌いだが、傘の恩恵になりたくないほど毛嫌いすることは無いはずだ。本人にそのことを聞いてみようかと考えていると、彼は不意に立ち止まった。

「あ、ここ。俺の家」

「……本当に近いね」

 隣にあった肩が出て行くことに、形容し難い寂しさを感じる。

「――明日もきっと雨だよ」

 優香は泣き止む気配を見せない空を見上げた。すると、彼は白い歯をこぼして笑った。

「じゃあ、また放課後に会おうよ」

「その熱で学校に来るつもり?」

 目を丸くする彼女に、高橋は至極真面目な顔をして言う。

「お前に会うために学校に行くから」

 その言葉に思わず吹き出した優香は、照れ隠しに彼の脇腹をつついた。

2011.05.07

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