第三話 暗殺
コハクが大活躍しますっ‼︎
夜が更け、王城が静まる。静寂に包まれる王城の中、その最奥にある一室。そこは寝室だ。中央に鎮座するベットの上に、一人の男性が横になっていた。彼こそは、アルカディア帝国の帝王ーーーレイベェルト・ルビア・ウィン・アルカディアである。
「………外は如何なっている?」
むくりとベットの上で、上体を起こしレイベェルトは、誰も居ない空間に話し掛けた。本来は、言葉が返って来る筈もない。だが、レイベェルトの問いに答えが返って来た。
「……なにやら、陛下が居ない内に二つの勢力に別れて争っておいでです」
「はぁ、情けない。身内同士で争うとはな」
答えたのは、何時の間にか扉の前に立っていた執事服の男性だ。まるで影のように、現れたその男性は、外で起きている出来事を話す。
「全く、俺が病に掛かった程度で起きるとはな」
「全くですね。陛下」
レイベェルトは騒動を起こす者達に向けて笑う。それに男性も頷いて肯定した。本来なら体の中がボロボロの状態で、上体を起こす事も笑う事も億劫の筈だ。しかし、彼の帝王はそのような事を微塵も見せずに、振る舞っている。体を動かす度に激痛が奔る筈なのだが。全身から滲み出るのは、正しく王者の覇気だ。
「あまりご無理なさらないで下さい。お体に障ります」
「ふん、大丈夫だ。何故だが今は気分が良い」
男性の心配する言葉を、レイベェルトは平気だと告げる。その様子はまるで病など嘘で、治ったかのようだ。しかし、それは幻。今もその病はレイベェルトを蝕んでいる。秘薬を使っても治る事がない不治の病。男性は悲しい表情を浮かべ、レイベェルトを見る。己の精神力だけで、その痛みに耐えている。自分に出来る事は、その痛みをほんの少し和らげる薬を与えるだけ。なにも出来ないことがもどかしい。
「如何したクロウ? そのような顔をして」
「いえ、なんでもございません」
執事服の男性ーーークロウ・ウィーティアは、すぐに悲しみの表情を隠して平静を装い答える。クロウがなにを思っているのか、気付きながらも敢えて言わずにレイベェルトは苦笑した。そして顔を真剣な物にしてレイベェルトは言った。
「クロウよ。長年、俺に付き添って来たお前だけに頼みたい事がある」
「はっ‼︎ 陛下なんなりと」
全身から放たれる王者の言葉。そこにはもう、病人の姿はなく、一人の帝王が居た。その王の言葉に、クロウは跪き頭を垂れる。
「お前にもアルバートと同様、この馬鹿げた争いを止めてもらう。アルバートが依頼した何でも屋と一緒にな。頼まれてくれるか?」
「陛下のお望みとあらば」
「そうか」
クロウの了承の一言に、帝王は頬を緩ませる。この執事は、何処までも自分に着いて来た。何度、無茶な頼みをした事か。
「ならばクロウ。俺の事は気にせずに行ってくれ」
「………分かりました」
王者の威風を無くし告げるレイベェルトに、悲痛な顔を隠さずクロウは頭を下げてスッと影に溶け込むように消えた。レイベェルトの余命は、あと僅かであるが故に。クロウが消えた場所をジッと見てから、窓の外にある満月を見据える。思うのは自分の愛しい娘の事。シャルロットに会ったのは、もう一ヶ月前の事だ。あの時はなんとも綺麗に育った物だと思った。己の愛娘の顔を思い出しながら呟いた。
「……シャルには悪い事をするな」
クロウは上手く隠していたつもりだが、レイベェルトは気付いている。自分の命は少ないのだと。自分が死ねば、全ての面倒ごとは娘のシャルロットに行く。あの子もまだまだ、年頃だ。色んな事を学びしたい時期だろう。そんな時期に父が病に倒れ、果てにはその所為で二つの勢力がぶつかり合う。娘にとっては、なんと酷い事か。それが、帝王として一人の父としてのレイベェルトの悩みだった。
「心配なら、生きて娘に帝王学でも教えれば良い」
「ーーーーーッッッ⁉︎」
そんな時だ。不意にレイベェルトの耳に声が聞こえた。それに驚愕する。クロウは優秀な執事だ。退出をすれば、自分が意図して呼ばない限り来る事はない。それにこれはクロウの声ではない。なら一体、誰が? そう疑問に思い声をした方向。扉に視線を向けるとーーー茶髪の髪をした一人の青年が、音も立てずに立っていた。驚愕するしかない。一体、何時からそこに居たのか。全く気付かなかった。自分はこう見えても、昔は冒険者をしており実力は高い。
なのだが、声を掛けられるまで、レイベェルトは気付かなかった。その事実に、この青年が自分を上回る実力者だと分かる。しかし、見ても暗闇で顔は見えないが、娘と同じぐらいの歳だと分かる。その歳でこれ程までの隠密性を手に入れたのか。
「………お前は」
動揺を隠して、目の前の青年に問う。一体、なんの目的で寝室に訪れたのか。暗殺目的ならば、簡単には死なない。死ぬ時は相手も道連れだ。鋭い眼光に青年は、笑みを浮かべるのみ。殺気を向けているのにも関わらず、青年は涼しい顔をしている。そして窓から差し込む月の光が青年を照らし、全体が現れる。黒い瞳が、レイベェルトに向けられ青年は答えた。
「俺は何でも屋『フリーランサー』のマーク・ウエダだ。帝王、少しあんたと喋りに来た」
ベットに居るレイベェルトに向かって、彼はそう言い口に弧を描いた。そして帝王にマークは、ある提案を告げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
深夜になる頃、シャルロットの寝室の前に銀髪碧眼の少年ーーーコハク・リングスが部屋の前で狼耳をピクピク震わせ、護るように立っていた。キョロキョロと周りを見回した。そしてため息を吐く。
「はぁ、マークさん何処に行ったんだろう?」
思い出すのは自分の師匠のような人。風呂場から出て行って、それから姿が見えない。何時もの事とは言え、居なくなる時ぐらいは、なにか言って欲しい。あの人は自由過ぎると、思いため息を吐き出す。警戒ぐらいは自分でも出来るが、それでも範囲がある。
「マークさんが居れば、こんなに神経を研ぎ澄ます事もないのに」
彼が居れば国中の気配を察知する事も可能だ。コハクの気配察知能力は、最大でも三百〜五百メートルまでが限度。それでも充分に凄いのだが、近くにそれを超す気配察知を容易くやってしまう人が居る。最早、呆れるしかない。コハクにとって彼ーーー上田マークを一言で例えると、理解不能の四文字を言うだろう。戦闘力であの人に勝てる人は居ないと断言出来る程。コハクが最初に見た時は信じられなかった。
まぁ、それも慣れてしまったが。マークの事を考えても仕方がない。コハクは懐から四枚の札を取り出した。
「念には念を入れるかな。我が領域に何人たりとも入る事能わず『結界障壁』」
札に魔力を込め、それぞれの箇所に投げて壁に貼り付ける。そして言葉に魔力を乗せて符術を発動させた。四つに貼られた札から紫の光が放たれ、王女の寝室を囲うように結界が生成された。コハクが持つ防御系符術の中でも一位、二位を争う物の一つである。敵対者の侵入を拒み、弾く結界。その紫紺の結界を無理矢理こじ開けようとすると、その敵対者を排除する機能も備わっている。これで少しは護衛も楽になった。
「ふぅ、後は敵が来ないか外を計画するだけですね」
息を吐いてコハクは獣人ならではの聴覚を駆使して、索敵範囲を広げる。後は敵が来るのを待つのみだ。すると、コハクの耳がある気配を捉えた。
(ん? これは。音を殺したような移動の仕方)
聴覚に神経を集中させて聞くと、相手は五人。そしてその全員が、音を殺した移動方を使用している。暗殺者の類だと見て間違いないだろう。すぐに暗殺者達が来るルートを分析して、コハクは廊下の先にある窓に二枚の札を投げ付けた。と、同時に彼はシャルロットの寝室に入る。
「コハクさん⁉︎ 如何したのですか?」
突然、部屋に入ってきたコハクにシャルロットは驚いた。近くに居る侍女がコハクに無礼だと告げる前に次の瞬間ーーー寝室の窓が一斉に割れた。
『ーーーーッッッ⁉︎』
「我が前の敵を吹き飛ばせ『風暴烈波』‼︎」
窓が割れた事に、シャルロットと侍女の二人が驚きを露わにする。そしてそれぞれの窓から三人の男達が入ってきた。その瞬間を見た時にコハクは符術を使っていた。発動するのは凄まじい暴風を発生させ、吹き飛ばす符術。投げた符術から暴力的な突風が生み出されて、弾丸の如く三人に迫る。しかし、一人の男が前に躍り出て手に持つ青い刀身の剣を振るった。瞬間ーーー剣先から青き斬撃が飛び、暴風を斬り裂くと、コハクめがけて突き進んだ。
「我が前の障害を弾け『反射版』」
新たな札を前に投げると、光の板が出現して斬撃と衝突する。せめぎ合い一瞬の攻防をした後に二つは相殺した。その事にコハクは少なからず驚いた。
(僕の『反射版』を打ち破った? あの剣は、ただの剣じゃない)
『暴風烈波』を斬り裂いただけではなく、攻撃を反射する符術までも、打ち破った事に驚く。本来なら『反射版』で、あの斬撃は跳ね返される筈だったのだ。それが相殺で留まった。コハクは男が持つ青い剣が怪しいと睨む。すると、部屋の外からも窓が割れる音が聞こえた。瞬間ーーーコハクは魔力を操作して発動した。外から響く二人の男の悲鳴。如何やら成功したみたいだ。
コハクは二百メートル以内ならば、遠隔で符術を発動する事が出来る。コハクが発動させた符術は二つ。敵を射抜く土槍と、噴火する火炎。トラップ系の符術だ。二人の敵を倒したと分かって、すぐに前に居る三人の敵を見据える。
「後は貴方達三人です」
「…………」
コハクの言葉に三人の男はなにも答えず、無言で構える。警戒対象は、青い剣を持つ男だけど判断して、コハクは三枚の札を取り出して蹴った。脚力だけを魔力で強化して、疾走する。コハクの動きに三人の男達も動き出した。青い剣を持つ男が、前を走り、二人の男は左右から迫る。その光景を視界に収めて、コハクは冷静に動く。一枚の札を此方に向かって走る前方の青い剣を持つ男に投げ付けると、同時に二枚の札を左右から来る男の頭上に投げて発動した。
詠唱もなく発動された符術。三枚の札からは、それぞれの現象が起きる。前方に投げた札から、炎が噴き出し、二枚の札からは青白い火花を散らせ雷が迸った。左右の男は雷を避けるも、その避けた瞬間を見逃さずコハクは新たな札で追撃する。行使する符術は、両方共、光の砲弾を飛ばす物だ。風を切り裂き迫る砲弾に、男達は気付くも防御の魔法が間に合わず、衝突する。後方に吹き飛ぶ二人の男を確認した後、コハクは全力で足に魔力強化を施して、前に回し蹴りを浴びせた。
ガキンッ‼︎ と音を鳴らす。そちらに視線を移すと、コハクの足と青い剣がぶつかっていた。最後の一人の男は避ける事をせずに、剣で炎を斬り裂いて直進していたのをコハクは横目で見ていた。足と剣がぶつかった状態でお互いが静止している。と、足に施した魔力に違和感を感じてコハクは、剣を弾いて後ろに下がった。
「こう見えて、僕は体術も出来るんですよ」
そう言ってコハクは構えた。左手を前に出し、右手を握り締め腰に添える。集中して目の前に居る男を見据えた。そして示し合わしたかのように、二人は肉薄した。上段から振るわれる剣を、背を逸らして避けると横から蹴りを放つ。その蹴りを男は剣で防ごうと間に入れる。が、剣と触れる前にピタリと停止して止まる。そして符術を発動させた。
「………ッ」
男の足元には札が貼られており、そこから蔦が現れて男を縛る。青い剣で蔦を斬ろうと試みるが、それよりも早くコハクは魔力を込める。すると、蔦が激しく動き、より強く男を拘束した。蔦の縛る力に剣を手からこぼれ落ちた。
「………ふっ‼︎」
そして裂帛の息と共に、男の腹部めがけて魔力強化させた拳を叩き付けた。口から空気を吐き出して、男はそのまま崩れ落ちる。男が気絶した事を確認すると、コハクは汗を拭う。近くから驚いた風の空気を感じて、振り向くとシャルロット達が眼を見開いて驚いている。彼女達から見たら、コハクは終始、敵を圧倒してる風に見えたのだから。コハクの外見からしたら、驚く程の強さだろう。しかし、これ程でもマークには及ばない。その事に苦笑すると、安心させるように笑みを向けた。
「これで暗殺者は、全員倒しましたよ」
「……コハクさんは、大丈夫ですか」
大丈夫だと分かっては居るが、シャルロットは聞いていた。それに笑顔を向ける。
「これくらい出来なきゃ、マークさんの助手にはなれませんよ」
言外にマークの方が容易く制圧出来ると告げたコハクに、シャルロットは驚くしかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とある一室。金を豪勢に使われた部屋に一人の男が酒を飲んで、待っていた。すると、目の前に部下の一人が現れる。
「おぉ、来たか。結果を言え」
待ち望んだ部下に、男は急かすように告げる。それに跪くと部下は答えた。
「はっ、結果を申し上げますと、シャルロット・ルビア・ウィン・アルカディアの暗殺は失敗しました」
「………なに?」
男が欲しかった答えとは違う言葉に、表情を一変させる。
「何故、失敗した」
「それが如何やら、宰相のアルバートが依頼した何でも屋の人間が、殊の外強く暗殺に出た者の四名が敗れ一名は捕まりました」
部下の言葉を聞けば聞く程に、男は苛立ちが募って行く。そして自分の座る椅子を叩いた。
「くそっ‼︎ 何時まで私の邪魔をする気だアルバート」
怒号を放つその男を、部下は感情を見せない表情で、ただ見るだけ。怒り狂っていた男だが、すぐに頬を緩める。
「まぁ良い。此方には最強の手札が居るのだ。アルバートよ、覚悟するが良い」
くくくくっ、と不気味な笑みと共に部下に命令を下す。それに頷き、目の前の部下は居なくなった。その部屋は気味の悪い男の笑い声だけが響いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
コハクが暗殺者に圧勝してから、時間が過ぎて、シャルロットは部屋を変えて、そこでグッスリと眠っている。扉の前には、やはりコハクが立っていて、その隣にはマークが居た。
「良くやったな。流石はコハクだ」
「なんですかマークさん。行き成り褒めるなんて」
訝しみの視線を向けるコハクに、彼は気付かない振りをしつつ聞いた。
「それで? そのお前が捕縛した暗殺者は」
「………それが」
コハクはあの後、蔦で縛った男から情報を聞き出そうとして、起こしたのだが、それが不味かった。男が起きると、自分の状況を把握してすぐにガリッと口の中にある物を噛んだ。最初は暗器かと疑ったコハクだが、その次の光景に違うと判断した。口の中の物を噛んだ男は突然、苦しみ出したのだ。そして、そのまま息を引き取った。調べた結果、男は事前に口の中に含んだ毒を飲んだ事が分かった。コハクからある程度の事を聞くと、マークはため息を吐いた。
「情報を渡さない為に、自殺か」
マークの力なら、生き返らせて情報を聞き出す事も出来るのだが、男の死体はもうここには無い。男が死んだと分かると、兵士達が運んで行ったのだ。そこでコハクが運ぶのを止めても、兵士達は変に思うだろう。死人を生き返らせるなど、神の所業だ。言ったとしても信じてくれない事は明らかだった。故に、なにも言えずコハクは運ばれる暗殺者を見る事しか出来なかった。
「ま、運ばれたなら仕方がないか」
マークはすぐに割り切ると、気を取り直したようにする。別に生き返らせても良いが、それで聞き出されるとは思えない。あの城下町に居た暗殺者達と同じ人物だったら、絶対に口を割らないだろうと思ったからだ。そして、ふとマークは手にある剣に視線を落とした。青い刀身を持つその剣は、暗殺者の男が持っていた物。
「それにしても、暗殺者が持ってたこの剣。魔剣だな。それも相当な業物だ」
「やっぱり魔剣でしたか。僕の符術を斬られた時、違和感を感じました」
コハクは確信していたのか、驚いたそぶりを見せずに言う。この剣で斬られた時、符術はまるで剣の中に吸い込まれたと錯覚した。恐らくは魔力を吸収する力を持つ魔剣なのだろう。
「コレいるかコハク?」
「いえ、僕は剣なんて使った事もないのでいりません」
剣など使えず、いらないと断るコハクにマークは、如何するかと魔剣を見る。はっきり言って魔剣なんて、マークもいらない。一般的に見れば、魔剣は戦闘面では凄まじい価値を持つが、マークにとってはその程度でしかない。
「魔剣なんていらねぇから、な」
そんな言葉と共に、魔剣を上に投げ捨てて落ちて来た魔剣に、コツンと軽く小突いた。たったそれだけで、パリンッ‼︎ と音を鳴らして砕け散る。魔剣を容易く砕くマークに、笑う事しかない。魔剣はその特殊な力に耐える為、より強度に造られる。それを小突いた程度で砕くなど、普通はあり得ない。苦笑しているコハクだが、ある事を思い出した。
「あっ、そう言えばマークさんは、何処に行ってたんですか」
ジロリと視線をマークに向ける。それに彼は、普通に答えた。
「俺か? 俺は帝王の所に行ってたぞ」
「………へ?」
軽い発言に最初は理解出来ず、呆気に取られる。帝王? それは誰なのか。帝王、帝国の王。そこまで考えると、コハクの顔が青ざめていく。
「ま、まさかレイベェルト王の元に行ってたんですか⁉︎」
「まぁな」
彼の肯定の言葉に絶句する。まさか、この国の王と会っていたなど思いもしなかった。流石にこれは自由過ぎる。ジト目で睨むコハクだが、マークは素知らぬ顔だ。
「それでなにしに行ってたんですか?」
「それは言えない。ま、安心しろ。別に悪い事はしちゃいない」
ガックリと肩を落として、どうせ理由があったんだろうと思いコハクは尋ねたが、答えてはくれなかった。帝王には悪い事はしていないと答えるマーク。当たり前だ。悪い事をしてもらっては困る。だが、ここで教えてくれないと言う事は、後々に関係する事だろうと当たりを付けた。
「それで? シャルの方は大丈夫か」
「あ、はい。それなら平気です。今はグッスリと眠っています」
話題変換をして王女の事を聞くマークに、コハクはすぐに答えた。最初は怖がっていた彼女だが、数分程で震えが収まり騒ぎを聞き付けて来た兵士達に指示を出していた。怖がっていた事が嘘のように。それを見て流石だとコハクは思った程である。
「そうか」
コハクの言葉を聞いて一言、言った。
「さて、と。コハク俺はまた、離れなくちゃ行けない。頼まれてくれるか」
「はぁ、分かりましたよ。マークさんここは僕に任せて下さい。でも、すぐに帰って来て下さいね」
次に言葉を続けたマークに、コハクはため息が出た。この人は放浪癖があるのではなかろうか。とはいえ、なんと言っても聞いてくれないと分かっているコハクは、言葉を言った。だが、なにをしに行くか、分からないが早く帰って来いと言う風に視線を送る。それに彼は肩を竦めてから、コハクに背中を向けた。
「分かったよ。すぐに戻る、だから任せたぞコハク」
言葉の最後と共にマークの姿は消えた。圧倒的な速度による移動。その動きをコハクが捉える事はなかった。
マークが向かった先は、王城の中庭だった。その月光が照らす中庭に、数十人の影が疾走する。よく数えると十二人居る事が分かる。彼等は失敗した時ようの第二陣の暗殺者だ。塀を登って次々と中庭に降り立ち、シャルロットの居る部屋にと一直線に中庭を突き進む。夜の闇に紛れて行動するその姿は、正しく闇の住人だ。このまま行けば、暗殺者達はシャルロットの元に辿り着くだろう。一人一人が手練れの暗殺者。それが十二人、コハクでも倒せはしない。
そもそも、五人の暗殺者を楽に倒せた事は運が良かった。外から見れば圧勝した風に映ったかも知れない。しかし、コハクは一杯一杯だった。油断なく最初から全力を出したから、勝てたに過ぎないのだ。その相対した暗殺者よりも手練れの者が十二人。今のコハクでは勝てる良しもない。そう、ここにもう一人居なければ。
「………ッ⁉︎」
最初に危険を感じたのは一番前を走る男だった。突然に全身を駆け巡る警戒音に足が止まる。男はリーダーらしく、止まった事に、他の者達も立ち止まった。訝しみながらリーダーを見る彼等は、自分達めがけて迫る物体に気付き、それぞれが違う方法で避ける。腰に差す短剣で斬る者、背中を仰け反り避ける者、その拳で粉砕する者などだ。飛んで来たものは拳程度の石だった。それを見ると、瞬時に敵だと判断して石が飛んで来た方角を振り向く。
その次の瞬間だった。
「何処を向いてるんだ? 俺はここだぞ」
『ーーーーッッッ⁉︎』
声が聞こえたのだ。前方からではなく、彼等の横から。バッと勢い良く振り向き、全員は下がる。そしてそこを見た。一人の青年が立っていた。茶髪黒眼の青年だ。
「お前等が次の暗殺者か?」
青年は彼等に向けて尋ねた。しかし、彼等は全員が口を閉ざし開かない。情報を渡さない為である。例え関係ない言葉でも喋れば、なんらかの形で情報を取られかねない。それと同時に表情も無表情に変え、顔からもなにも取らせないようにする。青年はその事が分かったのか、自分の頭を掻く。
「あぁ、やっぱ暗殺者は聞いても教えてくれないよな」
分かってたけど、と喋る青年に彼等は警戒を解かない。いや、解けないでいた。先程の出来事が脳裏に過っているからだ。一体、何時の間に近付いていたのか。彼等には分からなかった。隠密が得意な暗殺者も、青年が使った隠密を知らない。言葉を発するまで、誰にも気付かれる事なく横一センチまで近付いた隠密術。
「……如何やって近付いた」
ポツリとリーダーの男が呟いた言葉に、他の仲間達は驚きを隠せない。どんな情報でも渡せない。故に彼等は喋らない。しかし、それでも男は気になっていた。その隠密術を。そして気付けば口を開いて聞いていたのだ。青年も暗殺者が口を開いた事に、少し驚くがそれも一瞬の事。青年は男の質問に言葉を紡いだ。
「俺はななんでも出来るんだよ」
「…………」
青年の口にした答えは、男が欲しかったものとは違かった。行き成りの自画自賛に訝しみ青年を見据える。青年はそのまま言葉を紡いだ。
「俺には色々な可能性がある。数々の技術を身に付ける力がある」
静かに青年は語る。自分には幾つもの可能性があると。青年は答える。自分にはあらゆる技術を身に付ける【才能】があるのだと。
「俺はただお前等の隠密を見て、それを手に入れて俺なりにアレンジしただけだ」
元々この隠密術は、彼等の物だったのだ。ただ青年は、それを見て圧倒的な【才能】のみで独自に身に付け、尚且つ自分なりに完璧に仕上げたに過ぎない。それが青年の【全ての才能を司る能力】。
「だからなにも、卑下する事はない。これは元はお前等の力だ」
そう言って語る青年に男は、全身に鳥肌を立てた。汗が滲むのが分かる。平静を保とうとしても、驚きが上回ってしまう。今、この青年はなんと言った。見た物を己の【才能】のみで自分の物にし、より完璧に仕上げる。信じられる事ではない。それはもう才能などと呼ばれる領域ではない。未知の化け物。そこに至ると男を含めた全員は、ゾクッと体を震わせた。なにしているのだ自分は。あの青年の前に居ては行けない。
本能が青年から離れろと告げるが、それを裏切り足が動かない。未知に対しての恐怖に立ち止まっていると、我慢が出来なくなったのか、後ろに居た男の部下が青年に向かって突撃した。
「このぉぉぉぉぉッ‼︎ 化け物がぁぁぁぁぁぁッッッ‼︎」
突撃してしまった。その手に針を指で三本挟んで、青年めがけて投げ放った。青年は動かない。すると、飛来する針が青年の背後ーーー影に刺さった。途端、青年は身動きが取れなくなる。影縛り。これは魔法ではなく、特殊の魔力を込めた針を影に突き刺す事によって、影と連動するかのように体の動きを止める技術だ。
「………お?」
「死ねっ‼︎」
動かない青年に勝機を見たのか、男は新たな針を取り出す。そしてそれを青年の頭部に当たるように放り投げた。魔力で強化された針は、容易に鉄すら貫通する。シュッと風切り音を鳴らし頭部に接触する。
ーーー殺った‼︎
男は殺したイメージを浮かべた。しかし、
「よっと」
「……なっ⁉︎」
縛られていた筈の青年が、なんの抵抗も無しに影縛りを振りほどき、魔力で強化されて突き進む針を容易く右手で掴んだ。
「確か、こんな感じだったな」
そして掴んだ針を持ち替えて、魔力を込めて青年は男に投げ返した。男が投げた以上の馬鹿馬鹿しくなる程に尋常じゃない速度を醸し出し、針は爆音を響かせて進む。が、その針は男に当たる事はなく通り過ぎて背後に爆発と共に突き刺さった。数瞬、呆気に取られるが、外したと分かると再度、針を取り出して投げようとするが、そこで異変に気付いた。
(か、体が動かない⁉︎)
男はこの現象を知っていた。ぐぐぐぐと首を必死に動かすが動かない。唯一動く眼を後ろにやると、地面が抉れていた。軽く放たれたとは思えない光景がそこにはあった。それには少なからず驚いたが、しかし男が知りたい事はそれではない。そして男は見た。その大きく抉れた地面。青年が投げた針が、己の影を射抜いていたのだ。影縛り。
(っ⁉︎ あ、あり得ない。か、影縛りの技術を身に付けたと言う積りかっ⁉︎)
信じたくない。見ただけで自分の技術を、手に入れる事など信じたくはない。が、現実は非常だ。周りに居る彼等も驚きを露わにした。圧倒的な【才能】。そして、影縛りをされた男には、もう一つ違和感があった。自分の腹部に激痛が襲っていた。それも人影に針が刺さっている所と同じ場所がだ。そこで男は、まさかっ⁉︎ と青年を見た。
「影縛りって奴、案外簡単だな。すぐに出来ちまった。あっ、それとアレンジを加えて、針で刺した場所にダメージを与えられるようにしたから」
簡単だと呟いてから、青年はアレンジしたものを答えた。影に与えた所のダメージを、本体にも与える。馬鹿げている。一体、どんなアレンジをすればそのように出来るのか。青年の言葉と共に、彼等の心は折れる。天才、いや天才では生温い、あの青年の【才能】を表す言葉。それは『天災』。青年に自分の技術を見せれば、より強化されて跳ね返される。
ーーー如何勝てと言うのだ。このような化け物に。
全員の暗殺者は同じ事を思った。その中、リーダーの男は口を開いた。
「………お、お前は何者だ?」
「俺か? 俺は何でも屋だよ」
「……何でも屋だと」
「あぁ、何でも屋『フリーランサー』のマーク・ウエダだ」
そして次の瞬間ーーー青年のマークの拳が十二人の暗殺者を消し飛ばした。
消し飛ばした無惨に転がる暗殺者に、視線を向けてマークはため息を付いた。
「はぁ、また一瞬で終わっちまった」
弱過ぎると暗殺者に彼は思った。余りに弱く貧弱。少し力を込めれば、すぐこれだ。本気を全力を出す事も出来ない。憂鬱な思いを胸中に込めて、マークは空に浮かぶ月を見た。
「誰か居ないのかよ。俺と同等以上の奴は」
心の底から願う。同等以上の存在を、宿敵とも呼ばれる奴を。マークは何度願った事か。つまらないのだ。全てがたったの一撃で終わる戦い。しかも極限までに手を抜いてだ。異常な程の脆さ。だからこそ、マークは何度も何度も願った。自分と対等な存在の実現を。もしも本当に神が居るなら、マークは懇願するだろう。例え、その神が自分より弱くてもだ。モヤモヤした気持ちを抑え、マークは王城の中に戻って行った。
マークの新たな力が発覚。因みに他の二人もマークもまだまだチカラを持ってます。
誤字脱字を報告してくれると嬉しいです。