第二話 王女護衛
戦闘は無しです。
支度し終えたコハクは、マークと共に王城までの道のりをゆっくりと歩いていた。と、そんな時にマークは隣に居る中性の顔付きをした少年に聞いた。
「そう言えば、王族以外の依頼は如何したんだ?」
「へ? あぁそれなら、マークさんが帰って来る前に終わらせましたよ」
まぁ、それで凄い疲れましたけど、と笑うコハクにマークは流石だと感心した。良く出来た女いや男である。少し天然なのが偶に傷だが。そうこうしていると、二人の前に王城が眼に映った。王城の正門を警備している兵士が、マーク達二人に気付き声を出した。
「止まれっ‼︎ この城になんのようだ」
鋭い眼光で告げる兵士に、マークは幾ら何でもピリピリしすぎだろ、と首を傾げる。なにも言わないマークに対して、兵士は腰に差す剣に手を伸ばした所で、マークは懐からコハクが預かっていた王族からの実印付きの依頼書を出して、兵士に見せる。
「なんだ? ………こ、これは、少しここで待っていろ‼︎」
行き成り目の前に紙を出されて、疑問に思っていた兵士だったが、その紙の内容を眼に映すと驚き、城の中に入って行った。恐らくは依頼を出した者か、責任者を呼びに行ったのだろう。数分ぐらいが経った頃か。待つのも暇になっていた時、城の中から先程の兵士が走って来た。その兵士の後ろには一人のメイドが居た。メイドは二人にお辞儀をする。
「お待ちしておりました。何でも屋様。それでは此方に如何ぞ」
そう言って歩き出すメイドに、二人は後に着いて行く。王城の中に入り、長い廊下を渡る。横ではコハクが眼を輝かせて周りをキョロキョロと見渡していた。その姿にマークは苦笑していた。すると、メイドがある扉の前に立ち止まった。扉を開けてメイドはマーク達に告げた。
「此方は客室となっています。少々此方でお待ち下さい」
「また待つのか」
マークはため息を吐いた。しかし、待つしかないのなら、しょうがないと思い彼は部屋の中にあるソファーに座った。ボフッと良い座り心地に感心する。コハクも続くように座る。それを確認したメイドは、部屋から出て行った。また暇になった。そう思いながら天井を眺めた。隣ではコハクがテーブルの上にあるお菓子をモグモグとリスのように食べていた。待つ事数分。客室であるこの部屋に向かう気配を、マークは三つ感じた。一つは先程のメイドの物だ。
「来たか」
「はにはへふか?」
「コハク。喋るなら、食べ終わってからにしろ」
「ふいまへん」
リスのような頬を膨らませているコハクに、頭を振って扉の方に視線を向けた。すると、扉が開き、そこから先程のメイドと一人の老人。そして騎士の男が入って来た。老人はソファーに座るマークを一瞥する。老人の視線は剣のように鋭く、隣に居るコハクはブルリと震えた。しかし、その視線をマークは軽く受け流す。それに、ほぅと感心した。老人はマークの対面に座り、騎士の男は後ろに控える形に移動した。メイドはそのままお辞儀をして、部屋から居なくなっている。
この形からして、老人の方が上なのだろう。老人と見合い、無言のまま時間が過ぎて行く中、マークが喋る。
「で? 俺の依頼内容はなんだよ」
「ッ‼︎ 貴様ァ⁉︎ なんだ、その無礼な態度はァ」
上からの物言いに、後ろに控える騎士が激昂を上げる。コハクは頭を抑えた。この人は本当に。少しくらいは敬語を使って下さいと言う風に、マークに睨み付けるが素知らぬ顔だ。なにも言わず、老人を見据えるマークに騎士はついに剣に手を掛けた。その光景に、彼はここの兵士は短気だなと場違いな事を考えていた。すると、老人が左手を上げて騎士を制した。
「何故お止めになるのですか⁉︎ アルバート様」
「お主は黙っておれ。ややこしくなるじゃろ」
「うっ………⁉︎」
鋭い眼光と共に言われ、騎士は後ずさりする。ふぅ、と老人は息を吐き、改めてマークを見て頭を下げた。
「すまぬな。お主は悪くはないのだが、何分この者は固い所があってな」
「そんな事は良いから、早く依頼内容を言ってくれ」
アルバートの謝罪にマークが言葉を被せる。コハクは、あぁと頭が痛くなってきた。マークのその態度に、また騎士は動こうとするが、アルバートが視線を向けて留めた。何処か納得行かない騎士だが、渋々と動きを止める。苛立ちを隠さずにマークを睨んでいた。それに面倒くさいなと思う。
「では、自己紹介から行こうか。儂の名は、アルバート・デニーロ。国王陛下の宰相をしている。そして、後ろに居る者は」
「近衛騎士のシード・リーバリオンだ」
アルバートの自己紹介に後ろに居た騎士ーーーシードが素っ気なく答え鼻を鳴らす。アルバートはやれやれと言った風に肩を竦ませた。マーク達も紹介を終えて、アルバートは顔を真剣な物にしてマークとコハクを見据えた。
「依頼内容を話すとするかの」
真剣な声音にマークは変わらずの態勢でアルバートを見て、コハクは背筋を伸ばして聞く態勢を取った。そしてアルバートから、依頼内容が告げられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アルバートの依頼は、簡単に言うと帝国第一王女の護衛だった。王女は如何やら何者かに命を狙われているらしく、ここ数日で何度か危ない目にあったそうだ。王女の護衛。だからこそ、近衛騎士であるシードが、あぁも自分に対して苛立っていたのかと納得する。本来ならこの仕事は近衛騎士の物だ。しかし、近衛騎士ではなく、何でも屋に依頼をした事に気に入らないのだろう。だが、それなら何故シードはなにも言ってこないのか。
確かに苛立ってはいるが、何処かでシードは納得している感情がある事が分かった。
「王女の護衛か。………良いぞ、受けてやる」
「おぉ、受けてくれるか。それでは報酬の件だが、白金貨十枚で如何じゃ」
「ほぉ、白金貨十枚ねぇ」
依頼を受けたマークに、話を進めて報酬の金額を告げる。それに彼は口笛を吹いた。コハクも余りの金額の高さに驚愕している。白金貨はこの世界の通貨で最高額だ。白金貨三枚もあれば、一人の人間が遊んで暮らせる程である。それを十枚。
「ど、どどどど如何しましょうマークさん⁉︎ 白金貨十枚もあれば、お菓子を一杯食べても無くなりませんよ‼︎」
「取り敢えず落ち着け、コハク」
忙しなく耳と尻尾を揺れ動かし、興奮を露わにするコハクを落ち着かせる。食い意地がはった助手である。
「それにしても、白金貨十枚か。随分な金額だな」
「まぁの、お主に護って貰うのは、この国の王女だからのぅ。それに陛下が溺愛しておられてな」
「成る程な」
単なる親バカか、と胸中で呟く。溺愛する娘が護られるのなら、どれ程の金額を出しても良いという事だ。これは、もっと金額を上げれるのではないか。などと邪な事を考えていると、ソファーからアルバートが立ち上がった。
「それでは儂は王女様を、呼んでくるかの。お主はまた、ここで待ってくれないか」
「別に良いぞ」
「では、行ってくる。シードくれぐれも失礼のないようにな」
念の為、後ろに控えるシードに言うが、騎士は無言のままでマークを睨んでいる。それに仕方がないのぅと肩を竦めた後、部屋を後にした。部屋に残るのはマークとコハク、シードの三人だけとなる。シードがずっとマークに睨み付けている状況に、コハクは如何したら良いかと考えて、マークに聞いていた。
「そ、それにしても、王女様を狙っているのは誰なんですかね」
「さぁな」
王女を狙う人物。それが分かれば苦労はしない。分からないからこそ、護衛と言う処置を取っているのだから。しかし、マークは暗殺者の事を考えていた。マークの考えでは、恐らくだが王女を狙っているのは、王城に居る人間で上の立場に居る者だと推測する。襲う理由などは、分かりやすく王女が居るのが邪魔だと思っているかだ。とはいえ、まだ最初の段階だ。ここで考えても意味がないと、すぐに打ち切る事にした。
そして未だに睨み付けてくるシードに、ため息が溢れる。確かに、全く知らない、ギルドにも所属していない無名の男など信用出来ないのは分かる。だが、依頼をしてきたのはそちらなのだ。少しくらいは信頼しても良いのではないか。そんな事を思ってると、唐突にシードが喋りかけてきた。
「………貴様、マーク・ウエダと言ったな」
「そうだけど、なんだ」
「単刀直入に言おう。俺は貴様のような、何処の誰とも知らない無名の人物など、信用してはいない。それに貴様が姫様の護衛など、まだ俺は認めていない」
シードのキッパリと告げる信用しない発言に、マークは目の前に居る騎士の顔を見る。王族をこれまで護り続けていたのは、近衛騎士だ。それが知らない男に仕事を奪われたのだ。良い気はしないのは当然である。しかし、シードは真剣な表情をしたまま頭を下げた。行き成りの事にコハクが驚いた。
「だが、アルバート様の言う通り、姫様を狙う者が王城の中に居ると分かった今、貴様以上にここの者を、陛下やアルバート様以外を信用する事は出来ない」
「…………」
マークの考えていた通り、やはり王城内に敵が居るみたいだ。敵が誰で誰が味方なのか分からない。だからこそ、第三者であるマークに依頼をしたのだとシードは言う。傭兵などギルドの冒険者は金を払えば依頼をやってくれるからだ。そこだけはシードも信用出来た。金で雇われただけの関係だが、それで良い。
「だからこそ、許し難いが、貴様に頼む他ない。姫様を必ず護り抜け」
近衛騎士としてのプライドが、それを許さぬが、それでも王女を護れる為ならばプライドすら捨てて頭を下げる。正に忠誠を誓った騎士としての姿だ。最初は面倒な奴だと思っていたが、この姿を見てマークは口に弧を描いた。面白い奴だ。
「あぁ、護ってやる。任せとけ」
故に、彼はその姿に答えるように頭を下げるシードに断言した。暗殺者如きに遅れは取りはしない。王女に傷一つ付けはしないと。
「………そうか。ならば、もう話す事はない」
聞きたかった言葉を聞いたのか、頭を上げてシードは言う。なにも言わなくなった近衛騎士に、本当に会話を打ち切ったと理解した。
「凄い人ですね。自分の誇りを曲げてまで、頼み込むなんて」
「そうだな。ま、そう言う奴には好感は持てるな」
ボソッと小声でマークに言うコハク。それに彼は好感が持てると告げた。コハクも同意なのか頷いた。まぁ、シードは未だにマークに護衛させる事を反対みたいだが。と、すると部屋の扉が開かれた。シードはビシッと背筋を伸ばし綺麗に姿勢を正す。コハクも慌てて姿勢を正した。気配で来ると分かっていたマークは、慌てる事なく視線を扉の方に投げる。中に入って来たのは、アルバートと一人の少女だった。
煌めくプラチナブロンドの髪に、碧眼の瞳をした美しい少女だ。高級感溢れるドレスを着こなす少女は、ゆったりとした足取りでマーク達の前に立ち止まる。間違いなく美少女の部類に入る少女だ。一度、街を歩けば人々の眼を奪うのを簡単に想像出来る。現に隣に座るコハクがぽぉ〜と顔を赤くして見惚れているのだから。
「初めまして、貴方達が私の護衛に付いてくれる人達ですね。私はシャルロット・ルビア・ウィン・アルカディアと申します。よろしくお願いしますね」
綺麗なお辞儀をした後、微笑と共に彼女ーーーシャルロットは名乗った。
「よろしくな。俺はマークだ。それでこっちのが」
「こ、コハクです‼︎ コハク・リングスと言いますっ‼︎」
マークも同じく名乗りを上げる。コハクは緊張しながらも、シャルロットに言った。コハクの反応が面白いのか、シャルロットはクスクスと笑う。それに恥ずかしそうに俯いた。小さい声で「穴があったら入りたい」と呟いている。
「早速だが、俺達はシャルロットの護衛をする訳だ。何処まで護衛をしてれば良い」
マークの変わらない態度に、シードは苛立ちを隠さずに殺気を向ける。しかし、シャルロットの方は嬉しそうに笑顔を向けていた。その質問にアルバートが用意していた答えを言う。
「それなら、お主にはシャルロット様の寝室内と湯浴み以外を任せる。王城で泊まるが良い。部屋も用意した」
「そうか分かった。聞きたかったのは、それだけだ」
寝室内と湯浴みの時は駄目なのは当たり前として、それ以外の護衛となると殆ど一日中付きっ切りになると言う事だ。それでは、窮屈ではないのか、とシャルロットに視線を向けるが、彼女はよろしくお願いしますと頭を下げた。如何やら王女も納得しているらしい。その隣では、コハクが王城に泊まれる⁉︎ と喜んでいた。
「では、儂は行く。仕事があるのでな」
任せたぞ、とアルバートは一言告げてシードを連れて部屋を出て行った。その際にシードが「絶対に姫様には手を出すなよ」と言っていたが。出す訳がない。マークはそういう風に表情を変えた。アルバート達が扉から出て行くのを見届けてから、彼は息を吐く。
「さて、俺達だけになったが。如何するかな」
マークは部屋に居るコハクとシャルロットに視線を向けて、そう言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「わぁ、凄い賑やかですね‼︎」
「ちょっ⁉︎ シャルロットさん離れないで下さい‼︎」
マーク達三人は、あの後その場に居ても暇なので城下町に下りて来ていた。如何やらこの王女様は、城下町に来たのが初めてらしく、眼をキラキラさせて立ち並ぶ出店を見ていた。王族だとバレないように、シャルロットの姿はドレス姿ではなく、平民が着る一般的な格好をしていた。勿論、顔が知られているのでフードを被っているが。それでも彼女が美少女な事は覆らず、通り過ぎる男達が眼で追い掛けている。その後ろにコハクがアワアワと慌てながら、シャルロットに付いていた。
「マークさんにコハクさん‼︎ 早く来て下さい‼︎」
「シャルちょっと待て」
早く早くと手を振る彼女に、マークは歩を進めて近付いていく。このシャルと言う呼び名は王女の愛称らしく、マークやコハクに呼んでくれと言われたので、マークは呼んでいる。コハクは恐れ多いと呼ぶ事を拒否していたが、シャルロットの説得の末、シャルロットさんと呼ぶ事を妥協した。物珍しそうに出店の品を見ていく。そんな彼女にマークは言った。
「なんか欲しい物でもあったか?」
「マークさん⁉︎ 王女様にその言い方は」
あったら買ってやるぞと言うマークに、コハクは無理だと分かっていても言い方を指摘する。
「良いんですよコハクさん。私に敬語はいりません。それとマークさん、ただ見ていただけなので、私は大丈夫です」
美しい笑みを浮かべて言葉を言ってから、シャルロットはコハクに視線を移した。
「それとコハクさん」
「は、はぃぃぃ」
突然に名前を呼ばれてコハクは、恥ずかしながらも返事を返す。それが面白いのかクスリと笑ってから、シャルロットは言った。
「先程から言ってますが、マークさん同様に敬語は入りません。私の事はシャルと呼んで下さい」
「そ、そんな恐れ多い事、僕には出来ませんよ⁉︎」
「むぅ、しょうがないですね」
無理です⁉︎ と告げるコハクに頬を膨らませるシャルロット。コハクには王族の姫を愛称で呼ぶ度胸がない。シャルロットは愛称を呼ばせる事を諦めて、出店を見る事にした。
「凄いですね。こんなに賑やかなんて」
シャルロットは外に出た事がなかった。だからこそ、こうして見学するのは新鮮だった。国の民達が、自分の知らない所でこうも頑張っている。それを見れただけで、彼女は嬉しくなる。この民達の為に、やれる事はしたい。王は民なくして成り立たないのだ。感慨耽ているシャルロットと近くに居るコハクを見て、マークは周りに視線を向けた。先程から感じる自分達に向けられた視線。それもシャルロットを重点的にだ。それを踏まえて、誰が見ているのかを理解した。
と、同時にコハクに話し掛ける。
「………コハク」
「はい? なんですかマークさん?」
「ちょっとここを離れるから、シャルの事を任しても良いか?」
「えぇっ⁉︎ 離れるって、それは困りますよぉ〜。もしもその時に敵が来たら如何するんですか‼︎」
「大丈夫だ。お前なら倒せる」
一旦だけ離れると言うマークに、驚いてから涙眼になりながら、マークにしがみ付いて叫んだ。それにマークは、安心させるように言った。お前なら敵を倒せると。事実、コハクの力をマークは信用している。そんじょそからの敵では、コハクは倒せない。全然、そんな風に見えないが、こう見えてもコハクは実力者なのだ。
「それに早く帰っくるよ」
「うぅ〜。……早く、帰って来て下さいね」
眼尻に涙を溜めて上目遣いで、懇願するソレは正しく女のソレだ。やはり生まれてくる性別を間違えたのではないかと、思う程。コハクの言葉に頷きで返して、マークは二人から離れて行った。コハクに王女を任せたがマークだが、コハクは実力者てあるが如何せん実力に見合う精神をしてはいない。所謂、物凄く臆病なのだ。だから、長い時間コハクに任せる訳にはいかない。早い所終わらせて戻るとマークは、思った。意外に助手思いのマークであった。
建物の影から王女を見る者が五人居た。それぞれが闇に紛れるように黒装束を着て、顔を黒い布で覆い隠していた。彼等は暗殺者だ。それも超一流と呼ばれる。完全に気配を断ち、気配と同化する。完全に気配を断つ事は、プロの暗殺者なら出来る。しかし、気配を断っても凄腕の者や勘の鋭い者ならバレる危険性があった。気配を完全に断つと、そこだけがなんの気配もなくなる。本来ならバレる筈がない。だが、強者になるとそこの感じ取れない気配が違和感しかない。
だからこそ、彼等は完璧な暗殺をする為に気配と同化する技術を覚えた。これならば、他と同じ気配を生み出す事で違和感は生まれなくなる。楽しそうに露店を見て回る王女を見据える。この五人は王女暗殺の依頼を受けた暗殺者だ。が、彼等は動けないでいた。その要因は茶髪の髪をした一人の青年による物だ。一人一人が完璧な暗殺を成功させる為に、数多くの技能を手に入れている。そんな彼等が一番最初に会得した技能は、力量の観察である。
暗殺者は如何に気付かれずに殺害するかで決まる。だから、彼等には見極める眼の力が必要だった。相手の力量を見極めて、如何いった方法で殺害するかを計画するのだ。そんな彼等が全員、その青年を見た瞬間だった。ゾクッ‼︎ 全身に怖気が奔った。アレはヤバイ。手を出しては行けない類の物だ。本能が恐怖する。なにに恐怖しているかは、分からない。見ればその相手の力量は大体分かった。だが、あの青年のは全く分からない。理解が出来ない。そんな体を震わせた一瞬だった。数秒しか視線を外していない。なのにーーー
「………黒装束を着て隠密か。まるで忍者だな」
『ーーーーーッッッ⁉︎』
心臓が鷲掴みされたかのような錯覚に陥った。突然、なんの脈絡もなく聞こえた言葉に、全身を硬直させる。警戒していなかった訳ではない。しかし、自分達の警戒網を抜けている事実。まるで金縛りの如く彼等は体を動かす事が出来ない。全身から冷や汗が噴き出した。やっとの思いで視線だけを動かし、王女の方に向けると、王女と中性的な顔をした少年が居るのを確認出来る。だが、一人足りない。あの青年が居ないのだ。居ない理由などとうに分かり切っている。
居るっ⁉︎ 確実に自分達の背後。そこにあの青年が居る。コツコツと歩く音が近付いて来るのが分かる。なにもかも違う。この青年は、格が、存在が、次元が違うのだと。嫌でも理解てしてしまう。理解出来ないから理解する。
「さて、お前等暗殺者だよな。答えろ依頼者は誰だ」
嘘は許さぬといった口調で青年は告げた。それと共に重圧が迸り彼等にのし掛かる。立っていられない。膝が笑ってしまっている。素直に口が、本当の事を言いそうになるのを必死で堪える。確かにここで話せば、自分達は助かる可能性があるだろう。しかし、それを彼等は許さない。依頼人を裏切る? 断じて否。矜恃が許さない。彼等は暗殺者だ。依頼を受ければどんな人間も殺す闇の住人だ。別に自分達が真っ当だとは思わない。だが、依頼人を売る事は許されない。暗殺者には暗殺者としての誇りがあるのだ。
他の仲間も同じなのか、口を閉ざしたままだ。そして彼等の一人が、恐れながらも口を開いた。
「……こ、断る」
「…………」
声が震えていたのを自覚した。返事を聞いた青年は無言だ。それがなによりも恐ろしい。何秒たったのか? 恐らくは数秒なのだろう。しかし、彼等には数分、数時間と感じられた。そして背後に居る青年が口を開いた。
「そうか……なら眠れ」
その言葉と共に彼等は全員、視界が暗転して崩れ落ちた。
(大した奴等だ。まさか、吐かなかったとはな)
倒れ伏す黒装束達に視線を落とす。マークは感心していた。彼等に襲っていた重圧は、マークに取っては弱く放った物だが、彼等に取っては恐ろしい物だった筈だ。それにのし掛かられ、それでも口を割ろうとはしない彼等の暗殺者としての矜恃は賞賛に値するものである。
「これが本当のプロだな」
足元に居る五人に視線を向けて呟く。マークの口は弧を描いていた。まだまだ、この世界は捨てた物ではない。こんな奴等が居るとは思わなかった。自分の力に触れ、敵わぬと分かって尚、依頼人を売らないその誇り。
「少し楽しませてくれたからな、殺さないでおいてやる」
息をしながら倒れる彼等を見て言葉を言う。その誇りに免じて殺しはしない。だが、次に襲えば容赦はしないと。マークは彼等を放置して背中を向ける。頭には次に来る暗殺の事を考えていた。と、考えていても仕方がないと思って辞めた。どんな輩が来ようと、マークには些細な事だ。脅威になりはしない。自分は変わらずに行動すれば良いのだ。だけど、
「少しは俺を楽しませてくれよ」
彼は名を知らない黒幕に思いを馳せてそう言い放った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
マークはコハク、シャルロットと共に王城に戻っていた。理由は王女の門限が近付いた事と、暗殺者が狙っていた事だ。二人にマークは暗殺者の事を話していない。混乱を避ける為だ。王城に戻ったすぐに、シャルロットが湯浴みをしたいと言い、マーク達は現在、脱衣所の扉の前で待機していた。時折、聞こえてくるシャルロットと付き添いのメイドの乙女な会話に、隣に居るコハクが顔を赤らめていた。
声だけで恥ずかしがるとは、とんだ初心な奴である。純情とも言える。そんな二人の行動は対照的だ。コハクは獣人が持つ人以上の聴覚で、なにか異常がないかを警戒するのに対して、マークは暇そうに欠伸をしているだけだった。
「もう、マークさんちゃんとやって下さい」
「なに言ってんだ? ちゃんとしてるだろ?」
「僕が言いたいのは、姿勢を正して下さいって事ですよ‼︎」
マークが言う事は知っている。真面目にやってなさそうでも、その実、彼は規格外の気配察知能力で、コハクの察知範囲以上の範囲を余裕で感じてる事を。それでも欠伸をしている姿は頂けないとコハクは告げる。相変わらず真面目な奴だ。マークは面倒くさいなぁと思いながら頭を掻く。
「……今、面倒くさいと思いましたね」
すると、ジロリとコハクが視線を向けて言った。
「凄いな。よく俺の考えが分かったな」
「分かりますよっ‼︎ そんな顔していれば‼︎」
如何やら顔に出ていたらしい。うぅ〜と唸りながら此方を睨み付けるコハクだが、如何せん全く怖くない。しかし、これ以上面倒くさい事になると、本当に疲れる事になる。
「あぁ〜俺が悪かったよコハク。許してくれ」
「むぅ、仕方ないですね。それに僕が今更なんと言おうと、マークさんの態度が変わらないのは何時もの事ですし」
顔を背けながらブツブツの愚痴を言うが、なんとか許して(?)貰えたようだ。と、そんな時、脱衣所の扉が開いてそこから寝間着に着替えたシャルロットと、メイドの一人が現れた。
「お待たせしましたマークさん」
「随分と気持ち良さそうだな」
「えぇ、私お風呂は大好きですから」
風呂が本当に好きなのか、満面な笑みで答える王女。それにコハクは、今日はまだ風呂に入ってないなぁと思った。すると、それに気付いたのかシャルロットが言う。
「マークさんとコハクさんも入りますか?」
「おっ、良いのか?」
「はい。大丈夫ですよ」
「じゃ、シャルの言葉に甘えるか」
「ちょっ⁉︎ マークさん待って下さい」
マークも風呂に入りたかったのか、急いで脱衣所に入って行った。コハクは護衛対象を置いて行ったマークを呼び止めるが、間に合わない。ため息が出る。コハクも入りたいが、シャルロットを置いて行けない。だが、風呂には入りたい。う〜と、そこで考えた結果、ある事を思い出したコハクは、懐から札を三枚取り出した。
「コハクさんそれは?」
「これは僕の武器です」
シャルロットの疑問の声に答えるが、疑問が増えるだけだ。こんな札が武器? 首を傾げる彼女にコハクは苦笑して、見てて下さいと告げて札に魔力を込めた。途端、白紙だった札に魔法陣が描かれ、その札を地面に投げ捨てる。そして、札に込めた魔力を解放させ、術を行使した。
「我が幻想を成せ『分体生成』」
札の形が変わり人型に形作る。次の瞬間には三枚の札が、三人の人に姿を変えた。その三人が三人共、コハクと同じ顔をしている。
「……凄いです」
「これは………?」
「これは僕の分身です。この分身達に、取り敢えずは僕とマークさんの代わりに護衛させて頂きます」
シャルロットが感嘆な声を上げ、メイドが驚いた声を口にする。メイドの言葉に返事を返した。これはコハクが作り出した分身体だ。オリジナルの半分の力しか出ないが、それで充分だろう。魔法とは全く別の力。コハクが使う物は符術と呼ばれる。自分が自作した力を込められた札に魔力を注ぎ込み、あらゆる現象を起こす力だ。
「それでは、僕もお風呂に入って来ます」
一言そう告げてからコハクは、マークを追いかけるように脱衣所に入って行った。その場になにも言わない三人のコハクとシャルロット、メイドが残った。
「ほぉ、流石は王族だな」
服を脱いでタオル一枚を持ち、風呂場に入ったマークは感嘆した。流石は王族の浴場である。その中は広く、所々に金がかかっている事が分かる。トプンと大きな湯船に浸かる。
「ふぅ、良い気持ちだな」
全身に染み渡る。肩まで浸かり、息を吐く。なんかここで暮らしたくなってきた。この風呂はそれ程までに魅力的だった。と、すると後ろにある風呂場の出入り口の引き戸がガラガラと開かれた。そちらに視線を移すと、彼の助手であるコハクが立っている。一枚のタオルを胸の辺りから巻いて、マークの方に歩いて来た。
「な、なんですかマークさん」
ジッと見詰めるマークの視線が恥ずかしいのか、頬を赤らめて俯きながら聞いた。
「なんかもうお前、確実に生まれてくる性別を間違えたろ」
マークに見られ恥ずかしそうに体を捩る姿は、完全に女のソレだ。なんでこいつは、男に生まれて来たのか。完全に神が失敗したようにしか見えない。
「ぼ、僕は男で生まれてきて良かったです‼︎」
そのマークの言葉に、コハクが反論する。怒っている筈なのだが、コハクの姿は全くと言って良い程、怖くはない。
「落ち着けコハク」
「うぅ〜」
未だに唸るコハクを落ち着かせる。徐々に落ち着いたコハクは、湯船に浸かる事にした。チャプンと中に入ると恍惚とした表情を浮かべる。それに彼は苦笑した。
「そう言えば、シャルの護衛は如何した?」
「あ、それなら僕の符術で作り出した分身に任せました」
「あぁ、符術か」
マークの疑問にコハクがすぐに答える。脳裏に符術の事を思い浮かべ、呟く。符術はコハクの一族、銀狼族が独自に編み出した技術だ。札を媒介にして、超常現象を引き起こす。魔力を込めれば、自分の好きな時に発動が可能故に、戦闘面でも罠とかに使えると言った便利性を持つ。そして元から符術の才能を異常に有したコハクは、自分だけの札を作り上げ符術を一から作り直した天才。銀狼族でもコハク以上の才能を持って居る者は居ないと言われている。
「それなら大丈夫だな。分身が殺られれば、本体に状況を知らせる機能も付いてるし」
コハクが作り出したあの自分の分身達は、敵に倒されるか、はたまたなにかの影響で消されるかすると、すぐさま本体であるコハクに情報が行く事になっている。情報が来れば大丈夫だ。例え何れ程、遠くに居ようとマークならば、一瞬で着く事が出来るのだから。コハクと護衛の件で会話していると、二人に声が掛かった。
「お主、マーク君ではないか」
「ん? あんたは、確かアルバートだったな」
声のした方向に振り向くと、アルバートが腰にタオルを巻いた状態で立っていた。宰相をしているのにも関わらず、アルバートの体には古い傷が至る所に付けられていた。見ただけで数多もの修羅場を潜った事を伺えた。
「なんであんたが、こっちに居るんだ?」
「それはこっちの台詞じゃ」
マークの疑問に対して呆れたように告げる。確かにその通りだ。マークは王女の護衛だ。その護衛が、王女から離れて湯船に浸かっているのだ。
「安心しろ。王女の方は対策してる」
「うむ、それならば良いのだが」
アルバートがなにを言いたいのか気付いたマークは、心配するなと答えた。主にコハクのお陰ね平気だ。それに渋々だが、納得するアルバート。そこで気にしないで体を洗うアルバートに、マークは聞いていた。
「なぁ、ここの国王を見てないんだが、なにか知ってるのか?」
「………っ」
それは護衛の依頼を頼まれた時に思った事。王女の護衛をするのだ。本来は国王に謁見をする形で、依頼を出す事が普通である。しかし、それをしなかった理由は限られている。
「……やはり分かるか」
「よっぽどの馬鹿じゃなきゃ分かるわ」
「ふむ、そうか」
「それで? 話してくれるんだろ」
何故、王を見かけないのか。その理由を問う言葉に、アルバートは少し考える素振りをして諦めたように息を付いてから口を開いた。
「今更、お主に嘘を言った所で無駄、か」
「そう言う事だ。早く言え」
相変わらずのマークの言葉遣いにコハクは頭が痛くなる。それにもう慣れたのか、アルバートは笑ってから顔を真剣な物に変えて語った。
「王は、陛下は病を患い床に伏せっておいでじゃ」
「病? それはどんな病気だ」
「あまり知られていない病でな。名を死滅病と言う」
「死滅病……?」
本当に聞いた事のない病気の名前に、コハクは首を傾げる。如何いった病気なのだろう。名前からして恐ろしい事は分かるが。
「これに掛かった者は、細胞が徐々に死滅して行くのだ」
「なっ⁉︎ ヤバイ病気じゃないですか⁉︎」
死滅病。細胞単位で死滅して行き、全身を蝕む不治の病。掛かったら最後、死ぬしかないと言われる。その死滅病の効果を知りコハクは絶句する。そんな病があるなど、全く知らなかった。
「ふ〜ん死滅病ね」
しかし、マークは驚く事なく病名を口にする。そしてついでと言わんばかりに、アルバートに口を開いた。
「あ、あと、今あんた達が陥ってる状況を教えてくれ」
「お主は聞かれたくない事を、ズバズバ言うのぉ」
アルバートは呆れた声音で言い、別にもう隠す事はないと答える。
「陛下が病に倒れてから、この国では二つの勢力に別れた。一つは新たな王の座を、娘であるシャルロット殿下にこそ相応しいと言う『王党派』と、殿下などに任せていられないと唱え、自分達が国の上に立つと宣う『貴族派』じゃ」
『王党派』と『貴族派』。その二つの勢力が、現在ぶつかり合っている。そしてシャルロットが暗殺者に狙われている理由もそこにある。ようは邪魔なのだ。『貴族派』にとってシャルロット王女の存在が。故に暗殺者を差し向けた。アルバートは『貴族派』の者の誰かが犯人だと気付いているのだが、果たして誰なのかが分かっていない。だからこそ、依頼を部外者であるマークに頼んだ。一時的でも城から王女を離して貰うように。
「成る程ね。俺達に依頼を頼んできた理由は分かった」
そこまで話し終えるとマークは、納得した声を出す。
「分かって貰えたか。ならば、もう一度頼む。姫を王女殿下を護って下され」
「あ、アルバートさん⁉︎ 頭を上げて下さい‼︎」
頭を下げて頼み込む重鎮に、コハクは驚く。恐れ多いと言う風に慌てながら言った。それでも頭を上げない宰相に困惑する。
「頭を上げろよアルバート」
すると、マークがアルバートに言うと彼は少し頭を上げた。それを見るとマークは、言葉を続ける。
「俺は何でも屋だ。依頼を受けたからには、最後までやるさ。だから安心しろ」
シャルロットは必ず護る。それが何でも屋の依頼ならば、絶対に成功させる。マークにとってお遊びで始めた店だが、依頼を受けたら完璧にやり遂げる。
「それに俺達の成功率は100%だぞ」
「……あぁ、本当にありがとう」
マークのその言葉に、アルバートは礼を言った。コハクはその光景を見ている。こうしてアルバートとの風呂場の会話は終わり。マーク達は風呂場から出て行った。