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人外達の歩み  作者: 葛城 大河
第一章 放浪編
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第三話 出会い

人外、父親になるっ‼︎

「ふぅ、やっと王都に着いたな」



一人の青年が王都を見ながらそう言った。黒髪黒眼をした青年は、王都の正門まで足を進める。そして目の前に広がる綺麗な都に、青年ーーー南波裕二は感嘆な声を上げた。街から離れ、彼はやっとの思いで王都に着いたのだ。ここに来るまで、実に数日は経っている。眼前にある王都に裕二は、伸びをして行く事にした。



「おい止まれ」



と、裕二の行く手を阻む声が聞こえる。振り返るとそこには、甲冑を着た強面の男性が居た。呼び止められた事に覚えがなく裕二は、訝しんでいると男性は近付いて来て裕二の前に紙を突き出した。



「入りたかったら。身分証明書の提示と入場料を払ってくれ」



甲冑を着た男性に言われた言葉に、そういえばそんなのあったな、と今になって思い出す。だけど、裕二はまだ冒険者ギルドに登録していない。故に身分証明書を持っていない。



「俺、悪いけど身分を証明する物を持ってないんだ。如何すれば良い?」


「なに? そうか。なら、入場料だけで良い。銅貨五枚だ」



笑いながら告げる裕二に、男性は眉を寄せるが、すぐに戻し早くそれを言えという風に答える。手を出している男性に、銅貨五枚を丁度渡す。この金は裕二が王都に来る際に、魔物を倒して通りかかった行商人に売って出来た金だ。それに男性は、確かに受け取ったと言って、裕二をジロジロと見始めた。その事に首を傾げる。



「お前さん。ここに冒険者に成りに来た口だろ」


「へぇ、良く分かったな」



王都に来た目的を男性に当てられ裕二は言った。この国には数多くの人が来る。その中には冒険者に成って成り上がろうとする者、自分の店を開く者、旅の最中に足を休めて来る者などと多くの人間がこの王都に来る。故にさほど当てられる事は当たり前だった。しかしその事を知らない裕二は、普通に驚いた。



「ま、この王都に来る奴は大抵がそうだからな。がはははっ」



男性は豪快に笑う。それに裕二も釣られて笑った。面白い奴だ。裕二は豪快に笑う男性に好感を持った。



「俺はそろそろ行くわ」


「お? そうか。一応、名乗るか俺の名前はガリアだ。見ての通りしがない門番だ」


「ガリア、ね。俺は裕二だ。南波裕二。いや、こっちでは裕二・南波かな。ただの旅人だよ」


「おう、そうか。もし困った事があったら俺に言えよ、ユウジ。何時でも門の前に居るからな」



笑いながら背中を叩いてくる、門番の男性ーーーガリアに裕二は「その時は頼るさ」と告げて、裕二は門の前に歩を進めた。



「ようこそーーー王都グレンテンへっ」



そしてガリアの言葉と共に、正門を潜り抜けた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「ほぉ〜凄いな」



裕二は正門から入り、広場に来ていた。そこは色々な出店や料理屋などがあり人が大勢いて活気付いていた。その人混みの中を、抵抗なく歩きながら裕二は目的地を探す。冒険者ギルド。広場に来る前に、近くに居た人間にギルドの場所を聞いたのだ。今、裕二はその冒険者ギルドに向かって居た。前に進んでいる際に、裕二の視界の端に猫耳と尻尾を付けている者や、耳がとんがっている者などが映る。初めて見る自分以外の種族に、裕二は興奮する。



数日前に魔人族を見たが、それでもファンタジーの代名詞でもある獣人を見れば、興奮するのは当然と言えた。通り過ぎる猫獣人やエルフなどを見ていると、一つの建物の前に着いた。二階建てで木造建築の建物だ。



「………ここが、冒険者ギルドか」



その建物の屋上部分にギルド『星の夜明け』と書かれている。裕二はギルドの扉を開いた。扉が開かれ、最初に裕二が眼にしたのは、酒場である。酒の匂いが鼻腔を擽る。それに気にせず、中に進んで行くと、酒を仲間と飲んでいるであろう冒険者達が一斉に裕二に視線を向ける。が、すぐに興味が失せたのか視線を外した。裕二は冒険者登録をする為に、奥にある受付にまで歩を進めた。その受付に座る赤毛をポニーテールにしている受付嬢が、受付に近付く裕二に気付いて笑顔を向けた。



「いらっしゃいませ。此方にはどのご用件ですか?」


「冒険者登録をしに来たんだが」


「冒険者登録ですね。分かりました」



そう言うと受付嬢は、机のしたから一枚の紙を取り出した。その紙には、色々な項目が眼に映る。



「でしたら、この紙に名前と戦闘方、そして年齢をお願いします。あっ、魔法が使えたら属性もお願いしますね」



にこりと笑う受付嬢に、裕二はペンを取り自分の名前と、戦闘方を体術と書いたが、年齢の部分で思い悩んだ。本当の事を書けば良いのか。いや、書いたとしても信じて貰えるとは思えない。本来なら裕二の外見だけを見るならば、裕二は17、8に見えるだろう。だが、裕二の年齢はそれを超える。20でもない30でもない。では一体、年齢は幾つなのか。その年齢は、約3兆だ。想像絶する程の年齢。しかしそれには理由がある。



裕二の力の一端である【生と死を司る能力】に原因があった。この力は例え死人すら蘇らせる。それは【生を司る】力によるものだ。そしてこの力には、ある副作用があった。それが歳を取ろうとすると、その細胞が治ってしまうのだ。所謂、この力の所為で裕二は不老になったのである。因みに言えば、【死を司る】力の部分を使えば、裕二は不死にすらなれる。が、裕二はそれを使わないと決めている。理由はただ単純。死なないのはつまらないからだ。



それがあって年齢の部分で如何書けば良いのか、迷っていた。だが、流石に約3兆と書けば信じてくれる筈が無いと思い至り、裕二は年齢部分に無難に17と記入した。



「ほい、書いたぞ」


「ありがとうございます。ユウジ・ナンバさんですね。私の名前はリーラ・ランチェスターと申します」


「あぁ、よろしく。俺の事は裕二で良いぞ」


「分かりました。ユウジさん。私の事もリーラで良いですよ。それと登録なのですが、冒険者の説明を受けますか? 受けなくて良いのなら、次は冒険者の試験になりますが」



取り敢えず冒険者の事を知らないので、裕二は説明を受けると頷いた。頷いた裕二を眼で確認するとリーラは、冒険者の事を説明し始めた。



「では、まず冒険者にはランクと言う物があります。これはE.D.C.B.A.S.SSの七段階に分けられます。Aランクに上がって行くに連れて、強くなって行きますね。最高ランクのSSランクは、伝説クラスで今では世界に三人しか居ません。それと依頼ですが、これはAランクまで二つ上の依頼まで受けられます。ですが、ちゃんと自分の身の丈にあった依頼を受けて下さいね。それで事故にあって怪我を負っても、それは自己責任ですから。それから冒険者になった方には、ギルドカードと言う物が渡されます。ここまでで、質問とかありますか?」



丁寧に話していたリーラは、説明が終わったのか質問があるか訪ねてきた。裕二はそれに顎に手を添えて考える。と言っても、気になる質問はもう頭の中に浮かび上がっていた。それはリーラが言ったSSランクの冒険者の事だ。世界に三人しか居ない存在。リーラの説明によればSSランクは冒険者にとって一番最高のランクらしい。即ち冒険者最強と言う事だ。知らずの内に、裕二は口角を吊り上げて笑っていた。聞きたい。そんな面白い存在の力がどれ程なのか知りたい。



「そのSSランクの三人は、どんくらい強いんだ」


「えっと、あの方々ですか?」



リーラは裕二が登録関係の件で聞いて来ると思っていた。が、全然違う質問を聞かれて困惑する。SSランクの三人と言えば、知らない者は居ない。それ程までに彼等は強く、数々の栄光を築いた英雄達なのだ。誰もが彼等を尊敬し、崇拝する者まで居る。そう言うリーラも彼等に憧れていた一人だった。だからこそ、そんな事を聞いてくる裕二に信じられない視線を向けた。彼等の事を聞くと言う事は、知らない事と同義である。それだけ彼等のネームバリューは凄まじい。



しかし、その彼等を裕二は知らない事をリーラは見抜いた。そしてため息を吐く。一体、どんな田舎から来たのか。だが、すぐに思う。知らないのなら、教えてあげれば良い。彼等の英雄譚を、その強さを。裕二もそれを望んでいる。



「そうですね。あの方達なら、恐らくは一人で一国を相手に出来るでしょう」


「………そうか」



尊敬の念をを込めながら告げる彼女に、裕二は肩を落として落胆を露わにした。一般的に聞けば凄いのだろう。だが、裕二にとって、それはたかが国程度に過ぎない。少し力を入れれば、簡単に壊れるような物。そんな物しか相手に出来ないのなら、裕二の望む程の強さはないだろう。それ故に裕二は、期待外れと落胆した。



「如何かしましたか?」


「いや、何でもない。もう質問は無いな」


「………そうですか」



リーラは裕二の落胆に気付いていない。裕二は、もうこれ以上聞く事はないと告げると、リーラはまだ言いたそうにするが、すぐに答えた。質問が無いと分かれば、次は試験に入る。冒険者登録は簡単に出来る。だが、偶に実力も無いのに登録をする輩が現れる為に、この試験は出来た。リーラは受付の席から立ち上がる。



「次は試験をしますので、此方にどうぞ」



その言葉に裕二は、頷きリーラの後に着いて行った。リーラが向かったのは、ギルドの横にある通路だ。その通路は長く真っ直ぐに続いている。それを後を追いながら、周りを見渡した。



「ユウジさん。此方です」


「分かった」



そして通路の奥に扉が見えて来て、リーラが扉を開けて。裕二を誘った。裕二もその扉の中を入る。と、すぐに目の前に広がる光景にへぇ〜と眼を細める。そこは修練場だ。広い土地に何人もの冒険者が、剣や槍を構えて模擬戦とかをしている。各々で訓練している冒険者達を横切り、裕二達は誰も使っていない場所に着いた。



「ここで、試験を始めたいと思います」


「ここでか。で? 何をするんだ」


「ユウジさんには、これからある魔物と戦っていただきます」



それで冒険者になるのに相応しいかを決める。成る程、と裕二は頷いた。そしてリーラは、裕二が試験の内容を確認したのと同時に、パン‼︎ と手を叩いた。すると、奥から一体の魔物が姿を現す。嫌な異臭が裕二の鼻に入り、眉を寄せる。腰には汚い布だけをかけており、手には棍棒を持っている。その魔物はオークと呼ばれる魔物だった。他種族の女子供を凌辱して、子供を孕ませるDランクに相当する魔物。正しく女の敵を体現したような存在だ。



オークが現れた時から、リーラはもう別の場所に移動して、裕二の事を見ていた。オークは冒険者の間の登竜門である。オークを一人で討伐出来たら、一人前と言われるぐらいだ。それだけ冒険者の間では、オークは当たり前の魔物だった。この試験は、別に倒さなくても良い。ただ冒険者になるに相応しい実力を見せれば良いのだ。リーラは、離れた場所から裕二を眺めていた。彼女は受付嬢の中でも、目利きは良い方だと自負している。



そんなリーラにとって、裕二の評価は分からないだった。強そうに見えなければ、弱そうにも見えない。何かあやふやなのだ。だからこそ、彼女は気になった。だが、それは間違いである。裕二の放つ力を感じ取るのは、果たしてこの世界に何人居るだろうか。分からないのではなく、理解出来ないのだ。その余りに出鱈目で規格外で、圧倒的な力を前に、理解する事が出来ない。ただの受付嬢が分かる筈がない。そんな事を知らないリーラは、今から戦うであろう裕二の戦闘を眼を凝らさずに見詰めている。



そしてオークが雄叫びを上げた。棍棒を振り上げ、裕二めがけて走る。裕二は立った状態のまま、自身に向かって来るオークを見ていた。オークは裕二の前に着き、棍棒を振り下ろした。ヴォンッ‼︎ と風切り音を鳴らす。刹那ーーー棍棒が裕二に当たる前に、オークの体の一部。体の半分が消し飛んだ。



「……………え」



リーラは今見た光景が信じられなかった。殴った事は分かる。裕二が右腕を突き出した姿で止まっているからだ。だが、それで体の半分が消し飛んだ事は信じられない。一体、どれ程の力を入れれば、あぁなるのか。



「やっぱ、この程度か」



リーラの耳に残念そうな声が響く。つまらないかのように言う、彼はオークだった物を一瞥していた。そしてリーラに振り向き、



「俺の試験は合格か?」



合格に決まっている。もしこれが不合格なら、他の冒険者は全員、不合格である。ゴクリと唾を飲み込み、リーラは裕二の言葉に頷いた。



「そっか、ならギルドカードをくれよ」



そう言う裕二に、リーラは焦りながら、ギルドカードを懐から出した。それを裕二は受け取り、笑みを浮かべる。そしてリーラに背を向けて、修練場から離れて行った。リーラはただそれを呆然と眺めていた。胸中に畏怖を込めて。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







裕二はリーラから離れて、修練場を後にした。そして今、ギルドの依頼掲示板の前に立っていた。この掲示板には、色々な種類の依頼書が貼られている。それを取り、受付に持って行けば依頼が受けられると言う仕組みだ。依頼書にはそれぞれランクが書いてある。今の裕二のランクは、初めたばかりなのでEランクと最下位のランクだ。それに裕二は、そこまで金が欲しい訳ではない。取り敢えずは、三日分の宿代を稼げれば良い。掲示板の前で、何か良い依頼がないかを探す。ふと、ある依頼に眼が止まった。



「東の森に現れた、ヘルハウンドの群れの討伐ねぇ。報酬は銀貨十枚か」



銀貨十枚あれば、安い宿屋なら五日は泊まれる。ランクもDランクで、受けられる。これだ、と裕二は依頼書を手に取り、受付に向かった。



「これ受けたいんだけど」


「はい、ヘルハウンドの群れの討伐ですね。受けたまりました」



依頼を受付嬢から受けるのを確認した、裕二はギルドを後にして早速、討伐に向かった。



「おぉ、空気が美味いな」



ギルドから離れて、裕二は王都から東にある森。別名『深淵の森』に来ていた。この森は浅い所には、弱い魔物しか居ないが、深く進んで行くと、強力な魔物しか出て来ない為、殆どのベテランの冒険者を含めて深くまで行かない。勿論、そんな事を裕二は知っている筈もなく、現在は『深淵の森』の深部まで歩いていた。本来ならヘルハウンドぐらいの弱い魔物は、森に入る前に居るのだが、裕二が入った瞬間に獣の鋭い勘によって、危険を感知したのか森深くに逃げて行ったのだ。



ヘルハウンドが逃げた事を、気配で裕二は気付いている。が、そこまで急ぐ依頼ではない為、こうしてゆっくりと歩きながら進んでいた。それに、この森に入ってから裕二だけを狙って重圧が襲い掛かっていた。裕二にとって涼しい程度の重圧だが、他の魔物とかにとっては、恐ろしい物だ。その重圧を放っている相手に、裕二は口角を釣り上げる。面白い。そう思いながら、重圧が放たれている方向に足を進めていく。ヘルハウンドなどすぐに終わる依頼など後だ。



今は、この自分に敵意を向けている相手が優先である。奥深くを進み、裕二は草木を掻き分けて行く。そして、裕二の視界に湖が映った。湖が太陽の陽光をキラキラと反射させ、辺りには光の粒みたいのが浮いており、幻想的な空間を作り出していた。その中でも、ひときわ幻想的な存在がそこには居た。裕二の視線が湖の畔に居る存在を映す。澄んだ蒼の瞳に、白銀に煌めく体毛。二、三メートルぐらいある巨躯。そこに居たのは美しい白銀の狼だった。



その幻想的な生物を前に、然しもの人外である裕二も、見入っていた。その姿は何処か神々しくあり、王者の雰囲気があった。そしてこの銀狼が、裕二に向けて重圧を放っている相手でもある。



『人間………いや、人間と言って良いのか?』



銀狼は裕二を見詰めて呟いた。姿形は正しく人間だが、しかし銀狼は裕二の異常性を見抜いた。そんな銀狼に笑みを浮かべ、裕二は一歩、足を前に出して近付く。瞬間。放たれている重圧が強まった。それでも裕二にとっては弱々しい。銀狼は目の前の存在と己の余りにもかけ離れた実力差に気付いていた。少し手を動かすだけで、恐らく彼は自分など意図も容易く殺せるだろう。それ程までに、圧倒的な力の差を銀狼は感知した。



本来なら敵対するだけ、馬鹿馬鹿しい存在。それでも銀狼は、逃げる気はなかった。確かにこの場に自分だけだったら、情けなく逃げて居た事だろう。だが、ここには目の前の人間以外にもう一体居る。



「………おっ」


『ーーーーッッッ‼︎』



そして裕二も、もう一体の存在に気付いた。それに銀狼は、牙を剥き出しにして、威嚇する。



「お前、子供が居たのか」



裕二が銀狼に向かって呟いた。裕二の視線には、銀狼の懐でスヤスヤと眠る小さな子狼が居た。自分の子を見る視線に、警戒を強めて銀狼は、スクッと子狼を起こさずに立ち上がる。そして唸り声を上げながら、裕二を睨み突撃の姿勢を取る。銀狼の感情に応じて、周りがパキパキと凍り付いていった。その光景に裕二は、眼を輝かせるが、子狼に眼が行きため息を吐いた。そして銀狼に両手を上げる。



「大丈夫だ。俺はお前と戦う気はねぇよ」


『…………』



その言葉に銀狼は、警戒しながらも真意を確かめる為に裕二を見詰める。その気になれば、一瞬にして自分は殺される。裕二の力なら造作もない事だ。その事に気付き、銀狼は警戒を解いた。本気で向かって行っても、殺されるのなら、裕二の言葉を信じて賭けた方が生存率が上がると思ったからだ。幾ら裕二が面白い為なら、善悪問わずと言っても例外があった。その相手が弱過ぎた者なら見逃す事。例えの例として、生まれたばかりの赤子や、子供が入るだろう。



所謂、子狼が居たから助かったと言える。まぁ、それでも流石に弱っている相手を倒すのは流石の裕二も気が引けた。銀狼は子供を産んだばかりなのか、衰弱していた。



『………本当に何もしないのですね』


「あぁ」



銀狼の問いかけに、即答する裕二。それに銀狼は信じて、完全に戦闘態勢を解いた。



「お前、名前とかあるのか?」


『はい。私の名はフェンリルと言います』


「フェンリル、ね。その子狼はお前の子か」


『………そうです』



眠り続けている子狼に視線を向ける。本当に気持ち良さそうに寝ている。銀狼ーーーフェンリルの側が安心するのだろう。裕二は眼を細めて我が子を見るフェンリルを見ていた。やがて、背を向けて裕二はフェンリルから離れて行く。それに気付いたフェンリルが声をかけた。



『行くのですか?』


「………あぁ、まぁな。魔物討伐依頼の最中だったからな俺はもう行くわ」


『そうですか』


「…………フェンリル。安心しろ、この辺りには人を近付けないようにしてやるよ」



その言葉を聞いたフェンリルは、眼を見開いた。驚きの気配を背後で感じながら、裕二は顔だけを振り向きフェンリルに告げた。



「しっかりと、育ててやれ」



そして裕二は、今度こそ歩き始めた。その背中にフェンリルは、感謝の意を込めて頭を下げるのだった。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







あれから、すぐにヘルハウンドを狩り、裕二はギルドで報酬を貰って王都を観光していた。周りには美味しそうな屋台が、良い匂いを漂わせ鼻腔をくすぐらせる。手に入れた報酬で、焼き鳥を数本買い、王都中を見て回った。



「この焼き鳥、美味えな」



買った焼き鳥に舌鼓を打つ。そんな活気付く城下町を見ていると、裕二の耳に何かが聞こえた。



「ん? なんだ」



首を傾げて裕二は、聞こえて来た方向に視線を向ける。そこは路地裏だ。それに気になり、裕二は路地裏に足を進めた。路地裏は暗く湿っている。どんどんと進んで行くと、目の前に人影が映った。弱々しい足取りの、その人影は徐々に裕二に近付いてくる。が、その前に人影は裕二の前で倒れた。倒れた人影に裕二は近付いて見た。



「…………幼女?」



その人影は小さな金髪瑠璃眼の女の子だった。歳は十も満たないだろう。そんな幼い少女だ。少女はおぼつかなく立ち上がり、少女は目の前に人が居るとは思っていなかったのか、眼を瞬かせ、そして口を開いた。



「………パパ?」


「いや、俺はパパじゃないぞ。何を言ってんだ、この幼女は」



行き成りの父親発言に、流石の裕二も驚いて突っ込んでしまった。それに少女は、裕二の否定に涙眼になりながらも、もう一度口を開いた。



「パパ………」


「いやだから、俺はパパじゃ」


「パパじゃないの」



もう一度、否定の言葉を出そうとするが、それよりも少女は一層に瞳を潤ませる。それに裕二はウッと呻く。眼を潤ませて見詰める少女に、裕二は頭を掻いてため息を吐いた。



「分かったよ。俺はお前のパパだ」


「っ‼︎ パパっ‼︎」



根負けして認める裕二に、パァと向日葵のような笑顔を浮かべて、何処からそんな力があるのかと言う程に、走って来て裕二の体に抱き付いた。それを裕二は抱き止めて少女の頭を撫でる。何でこんな状況になったのかと考えながら。案外、裕二は子供に弱いのかも知れない。頭を撫でられ、気持ち良さそうに眼を細める少女を見て、なった物はしょうがないと結論に至った。父親になったのだ、なら全力で父親になろうではないか。これはこれで、面白い。裕二はそう思って笑った。



「なぁ、お前、名前は」


「私? 私はエリスっ‼︎ パパは?」


「俺は裕二だ。よろしくな、エリス」


「うんっ‼︎」



簡単な自己紹介を少女ーーーエリスとした。そして改めてエリスの服装を見る。コートはボロボロで、最早服としての機能が働いていない。これは父親として見過ごせないと、裕二は己の力を使う。頭の中で新品な少女用の服を想像する。そして想像した物を裕二は、【創造】して創り出した。【全ての万物を創造する能力】。裕二にかかれば服を作る事など容易かった。



「ほら、これを着ろエリス」


「え⁉︎ 着て良いのパパ」


「当たり前だろ。お前の為に創ったんだからな」



何もない所から服を生み出した力に、最初は驚いていたエリスだが、自分が着ると分かると、裕二に飛び付いた。そこから裕二が自分の為に創ったと言って嬉しそうにしながら、エリスはコートを脱いでいそいそと服に着替える。その間に裕二は、エリスの体に付いている汚れを落としていた。その時、エリスの背後から手が伸びた。



「ーーーーッッッ」


「おい、俺の娘になんの用だ?」



が、裕二が気付かない筈がなく、その手はエリスに届く前に捕まえられる。後ろに居る者に気付いたエリスは裕二の後ろに隠れた。そのエリスを視界に収め、裕二は目の前の人物を観察する。頭と口を黒い布で隠し、体も黒装束を纏っている。完璧に正体を隠している。裕二はエリスを見る。少女の顔には恐怖が現れていた。薄々勘付いていた。ボロボロのコート、エリスの分かり易いまでの衰弱。その二点を見れば、エリスが何らかな事に、巻き込まれている事など分かる。改めて目の前の黒装束の男を見る。



「さて、俺の質問に答えろよ。変質者」



裕二が掴んでいる手から、メキメキと音が鳴り体から重圧が放たれる。街中故に小さな重圧だが、黒装束の男は頬に脂汗が伝った。知らずの内に体が震える。恐ろしい。目の前の青年が男は恐ろしく感じた。そして口を開きかけた瞬間ーーー裕二の後ろから火炎が襲った。エリスを脇に抱え、飛び上がる。別に受けても傷は付かないが、近くにはエリスが居た為、こうするしかなかった。自分の居た所を見ると、そこから離れた場所には、炎魔法を放ったであろう人物が居た。



その人物は、避けられるとは思っていなかったのか、眼を見開いていた。例え一人増えた所で倒す事は造作も無い事だが、裕二は二人を無視してエリスを横抱きに持ち替え、その場から離脱した。一瞬で消えた裕二に、黒装束二人は驚愕するのだった。



さて、一児の父親になった裕二は、現在ギルドの近くにある宿屋『豚の大飯亭』に宿を取っていた。隣では疲れたのかスヤスヤとエリスが気持ち良く寝ている。エリスが何かに関わっているのは、さっきの事で確信に変わった。だが、別に裕二にとっては如何でも良い事だった。来ないなら無視する。来るならば倒すだけだ。裕二はそう思う。明日になったら、エリスと共にギルドの依頼をしようと、裕二は思った。



朝を迎え、裕二はベットから起き上がった。隣を見れば、まだエリスは寝ている。起こさないように立ち上がり、裕二は一瞬にして服を着替えた。伸びをしながら出かける準備をしていると、モゾモゾと布団が動きエリスが起きた。



「んぅ〜パパ何処かに行くのぉ」


「ちょっとギルドにな」


「…………うぅ私も行くぅ」



まだ寝ぼけているのか、眼をゴシゴシと擦りながら、エリスは言った。裕二も昨日の今日で、エリスを一人にする訳がない。



「俺もその積りだ。一緒に行くかエリス」


「…………うん」



眼をしょぼしょぼするエリスを、裕二はおんぶする。背中で安心したような顔をするエリスに、笑みを浮かべる。如何やらたった一日で、裕二は父親としての感情が芽生えたみたいだ。人外すらそう思わせるエリスは、末恐ろしい。『豚の大飯亭』を出て裕二は、冒険者ギルドに向かった。大通りを歩き、人混みの中を進んで行きギルドの前に到着した。その頃にはエリスは完全に眼が覚めて、隣を手を繋いで歩いていた。目の前にある建物にエリスは首を傾げた。



「パパ。ここなぁに?」


「ここか? ここはな冒険者ギルドって言う場所だ」



裕二の冒険者ギルドと言う答えに、知らないのかエリスは首を傾げる。それに裕二は訝しんだ。子供でも冒険者ギルドは知って居る筈だ。なのに、エリスは知らないように首を傾げている。そう、まるで“外から出たのが初めて”のように。そんなエリスの発言に気になるが、裕二は一旦頭の隅に置いてギルドの中に入る事にした。



中は相変わらず賑わっており、まだ朝なのにもう酒を飲んでいる冒険者の姿がチラホラとあった。その冒険者達を通り過ぎ、受付近くに行くと、受付に知っている顔を見付け、裕二はそこまで進む。すると、その受付に居る人物は近付いてくる裕二に気付いた。



「あっ、ユウジさん。………依頼ですか」


「あぁ、まぁな。なんか良いのないか?」



受付に居た人物ーーーリーラは裕二を観察するような視線で問い掛けた。それに気付いているが、敢えて無視して答える。その言葉にリーラは、何枚かの依頼書から探しだした。裕二の今の冒険者ランクはEだ。だが、リーラは知っている。彼が途方もなく強いと言う事を。それを鑑みて、ある依頼書に手を伸ばした。



「では、古代遺跡などの調査など如何でしょうか?」


「別に良いけど、なんか楽そうだな」



リーラは内心で笑みを浮かべる。確かに字面だけを並べれば、楽に思うだろう。だが、その調査で帰って来た冒険者はごく少数、その少数すら、傷だらけで帰って来た。帰って来た者の情報では、古代遺跡の中には巨大な怪物が居たとか。それ故に成功条件が、古代遺跡の中にある鉱石を、どれか一つ拾うだけと簡単な物になっている。ギルドとしては、未来ある冒険者を失わせたくないのだが、依頼を頼んでいる者が高位の貴族故に断れなかった。



「まぁ、楽ならそれでも良いか。それ、やるよリーラ」


「はい、分かりました。では、この依頼を受けると言う事で、ん?」



裕二の言葉に、かかった‼︎ と喜びすぐに考えが変わらぬ内に依頼を受注しようとするリーラ。だが、ふと視線を感じて其方に顔を向けると、そこには幼い綺麗な金髪の少女が裕二の背に隠れてリーラを見ていた。暫くの硬直。ジーーーと瑠璃色の瞳が、リーラを見詰める。昨日までは、この少女は居なかった筈だ。と、リーラは困惑する。



「………あ、あのユウジさん?」


「なんだリーラ?」



恐る恐る尋ねるリーラに、裕二は訝しむ。それにリーラは、背中に隠れる成長すれば美少女になる事、間違いなしであろう少女に視線を向けて、聞いた。



「そ、その子は誰ですか」


「………は? あ、あぁこの子か」



最初はリーラの言った台詞が分からなかったが、リーラの視線を追いエリスに向かっていると気付くと、裕二は納得する。先程までの困惑の表情は、こう言う事かと。理解した裕二は、リーラに事もなげに答えた。



「此奴の名前はエリスって言って、昨日、俺の娘になった」


「…………え?」



背にいるエリスを前に出して、頭を撫でながら紹介する。それにリーラは素っ頓狂な声を上げた。昨日、娘になった? 如何言う事だそれは。理解が追い付かず、頭を抑える。



「如何した? 早く依頼を受けてくれ」


「えっ⁉︎ は、はい‼︎」



リーラが何に驚いているのか裕二は分からずに、急かすように言った。それに我に返ったリーラは、すぐさま古代遺跡調査の依頼を受注した。



「んじゃ、行くとするか。エリス」


「うん‼︎ パパっ」



リーラが依頼を受注するのを確認すると、裕二はエリスと手を繋ぎ、何か言いたそうなリーラに背を向けてギルドを後にするのだった。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







古代遺跡。王都から西にある離れた、そこだけが砂漠と化した大地に、数年前ソレは突然に現れた。一つの島並みに大きい、その遺跡は迷路のように中が入り組んでいる。だが、その遺跡の中にある物は、どれもが珍しく貴重な物ばかりであった。故に、それに眼を付けた上級貴族や王都の王族は、騎士を編成してソレの攻略を目指した。しかし、返って来た結果は、編成した騎士団の全滅で終わった。何度、騎士団を送っても返ってくる結果は、皆同じ。それに頭を抱えた、王族達は冒険者に依頼を出す事にした。



冒険者には稀に、騎士よりも強い者が現れる。それに賭けたのだ。そして現在ーーー



「ここが古代遺跡、か」


「ふわぁ〜。大きぃ」



古代遺跡を目の前から見て、裕二は呟いた。隣ではエリスが、口を大きく開けて、壮大な遺跡に驚いていた。遺跡の周りには、裕二と同じように依頼を受けた冒険者達が居た。その冒険者達を尻眼に、裕二はエリスの手を引く。



「さて、早速、遺跡に入るかな」



この古代遺跡には、出入り口が一つしかない。大きく輪っかに開かれている出入り口を、裕二はエリスの手を引いて踏み入れた。中でなにがあるのか、内心でワクワクしながらも歩いて行く。裕二の背後で冒険者達が、驚いた気配がする。それは当たり前だ。裕二の姿をはたから見れば、何も装備していないのだから。しかも子連れである。一度入れば、誰も抜け出た事がない古代遺跡に、そんな人物が入る? 誰だって驚く光景だ。そしてそんな裕二を、冒険者達は馬鹿を見るような眼で見送った。



カツン、カツン、と足音が遺跡内に反響する。少し冷える程の微風が、頬を撫でる。裕二は、徐々に暗くなる遺跡内を歩いて居た。裕二の服の裾を握ってエリスも、着いてきている。



「うぅ〜、暗くて見えないよ」


「お、そうか。俺は平気だが、エリスは見えないのか」



エリスの言葉に、そうだったと思い出して、裕二は【創造】の力を使って、右手に懐中電灯を創り出した。



「ほら、これを使えエリス。ここを押せば、光るから」


「ふわぁ、凄いよパパっ‼︎」



初めて見た懐中電灯に、エリスは眼をキラキラさせて興奮する。それを微笑みながらエリスの頭を撫でた。そして改めて二人は歩き出した。奥から吹く風が気持ち良い。そんな事を、思ってると、裕二の異常な聴覚が遺跡の奥から誰かの悲鳴を聞き取った。



「………パパ?」



突然に立ち止まった裕二に、首を傾げるエリス。裕二は悲鳴が聞こえた方向に視線を向けながら、如何するかを考えた。助けるか否か。そう考えていた時、横に居るエリスも悲鳴が聞こえたのか、裕二に言った。



「パパ………助けてあげよう」


「………エリス。助けたいか?」


「うん」


「そうか。分かった」



娘の頼みならしょうがない。早く向かう為にエリスを横抱きにし、裕二は悲鳴が聞こえる方向に向かって一歩踏み込んで、駆けた。音すら置き去りにし、光りに到達したその移動は、一瞬にして、その場所に着いた。そこは広い空間になっていた。そんな場所には、悲鳴を上げていた冒険者らしき男が一人と、その男の前に巨大な岩の姿をした化け物が居た。ゴーレム。その体が全て岩で出来ている魔物である。だが、裕二の眼に映るゴーレムは何処か、普通のゴーレムと違っていた。



まずその体の巨大差だ。普通のゴーレムは三、四メートルに比べ、このゴーレムはゆうに十五メートルは超えていた。そして次に、そのゴーレムの俊敏性である。本来、ゴーレムは体の全てが岩で出来ている為、動きが遅い。しかし目の前のゴーレムは、凄まじく早い速度で移動していた。その速度で、冒険者の男は翻弄され、瀕死の状態になっている。



「よし、エリス。お前は彼処の柱の後ろに隠れてくれ」


「パパ、大丈夫なの?」



裕二は戦いの巻き添えになると危ないと思い、エリスを後ろにある石柱に隠れるように言う。すると、エリスが心配そんな眼で問いかける。それに裕二は笑った。心配されるなど、何時ぶりくらいだ。



「大丈夫だ。エリス。お前の父親は、最強だぞ」



安心させるように膝を曲げ、エリスと眼を合わせて笑う。心配しなくても良いと。安心しろと。



「うん、分かった。パパ、勝ってね」



その言葉にエリスは、頷いて裕二の元から離れて石柱の後ろに隠れて行った。それを確認して、裕二はゴーレムの方に向き直る。そして、一歩。たった一歩を踏み込んだ瞬間。裕二の姿が完全に掻き消え、冒険者の男の前に現れた。それはまるで、漫画のコマ送りしたかのような移動。光速を超えた速度だった。



「なっ………⁉︎」



冒険者の男は、行き成り現れた裕二に驚愕する。男など気にせず、裕二は眼前に居る十数メートルものゴーレムを見据えた。



「………おい」


「な、なんだ」


「此奴は俺が引き受ける。あんたは逃げろ」


「は? い、いや待てっ‼︎ そんな事が出来るか⁉︎」



最初、裕二が言った言葉が理解出来なかったが、言葉の意味が分かると男は言い放った。あんな化け物にな勝てる訳がない。人の犠牲で生き延びても嬉しくないと男は告げる。



「安心しろよ。俺は平気だ」


「だ、だが」


「良いから行け」



それでも裕二は大丈夫だと、答える。が、男は裕二に言い募ろうとした瞬間。被せるように裕二の言葉が男に貫いた。反論は許さないと言う口調に、男はたじろぐ。そして、



「わ、分かった。待ってろっ。すぐに応援を呼んでくる」



男はそう言い、背後にある出入り口に走って行った。はっきり言って応援は要らないのだが、もう男は居ない為、その事を伝えられない。それに裕二はため息を吐いた。瞬間ーーー



「グゴォォォォォォォォォォッッッ‼︎」


「さて、と。殺るとするか」



今まで黙っていたゴーレムが叫んだ。空気が震える。その巨頭を動かし、裕二を見つめると、ゴーレムの朱い双眸が輝いた。時には、俊敏な動きで裕二の背後に回り込み巨大な岩腕を振り下ろした。ゴーレムの動きと、的確な攻撃に裕二は感心する。だが、そこまでだ。確かに普通の人間が見たら速く見えるだろう。しかし裕二にとって、その速度は余りに遅過ぎた。振るわれた巨腕を右手で受け止める。ズシンとゴーレムの全体重が乗るが、裕二は意に介さない。



受け止められたゴーレムは、もう次の動作に移行していた。が、裕二の方が圧倒的に速い。受け止めていない方の手を、手刀にしてゴーレムの正中線を添うように振り抜いた。次の瞬間ーーー古代遺跡ごとゴーレムの体が正中線に添って両断された。ズドン‼︎ とその衝撃で遺跡全体が激しく揺れ動く。そしてゴーレムの体が、音を立てて崩れ落ちた。



「遺跡の門番の役割にしては、呆気なさすぎるだろ」



またもやすぐに終わった事に肩を落とす。すると、石柱のうしろに隠れていたエリスが、戦いが終わった事を確認すると、トテテテッ‼︎ という可愛らしく裕二に向かって走ってくる。そして裕二の前で立ち止まると、エリスは両手を上げて言った。



「パパぁ‼︎ 拾ったっ」


「………は?」



エリスの手には、幼い白い龍が居た。拾ったとは、恐らくこの幼龍の事なのだろう。まさか、隠れるように指示した場所に龍が居るとは思わなかった。幼龍はエリスの両手に持たれながら、その美しい蒼の瞳で裕二を見つめ、首を可愛く傾げていた。そんな幼龍を見た後、エリスを見る。エリスの顔には、買ってほしそうな表情をしていた。駄目と言ったら泣きそうな表情である。裕二は頭を掻いた。



「………ちゃんと、エリスが育てるんだぞ」


「買って良いのパパ‼︎ やったーーー」



裕二の了承を得たエリスは、幼龍を抱きかかえて無邪気に喜んだ。幼龍も嬉しいのか、「キューーーっ‼︎」と鳴いている。と、そんな微笑ましい空間だったが、突然に古代遺跡全体がゴゴゴゴゴと地鳴りを響かせる。



「あぁ、これは」



その地鳴りに、裕二は思い当たる事があるのか頬を掻いた。ゴーレムと戦った時、裕二は古代遺跡ごと両断した。遺跡は地盤も遺跡自体も脆い。それをあんな一撃を放てば如何なるか? 答えは簡単である。それは、



「エリス逃げるぞ。この遺跡は崩れる」


「わっ! わわっ‼︎」


「キューっ‼︎ キューっ‼︎」



エリスを脇に抱え、幼龍を頭の上に乗せて裕二は、遺跡が完全に崩れる前に、その場から外に逃げるのだった。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「ほぉ、崩れてんなぁ〜」


「凄いねぇパパ」


「キューーーっ‼︎」



三者三様? に目の前で崩れる古代遺跡を眺めていた。百%裕二の責任だが、彼はそれを他人事のように見ていた。大きな音を立てて崩れている古代遺跡を見ながら、横眼でエリスの胸の中に居る幼龍を見る。エリスが拾って、裕二の目の前に出した時、裕二はその幼龍の力を感じ取った。まだ、幼いながらも放たれる力は異常だ。それを感じて面白いと口角を釣り上げる。成長すれば、どれほど強くなるのか。幼龍を見て楽しみになって来た。



「凄いねぇ〜。シロ」


「ん? シロ? なんだそれは」


「この子の名前だよ‼︎ パパっ」


「………白いからシロってか。安直だな」


「そうかな? シロは喜んでるよ」


「キューっ‼︎ キューっ‼︎」



エリスの言った言葉に反応して、聞くと幼龍の名前だった。それに裕二は笑いながら答えるがエリスの返した言葉に幼龍を見ると、パタパタと小さな翼を動かし、裕二とエリスの周りを飛び喉を鳴らして喜んでいた。幼龍いやシロ本人? が喜んでいるのなら良いか、と思った。すると、飛んでいたシロが裕二の肩に止まり頬擦りをした。なんだかエリスと同じく懐かれたみたいだ。そんな幼龍から視線を外して、また崩れた古代遺跡を一瞥する。



「まぁ、やっちまったもんは、しょうがねぇよな」



ボソリと呟き、裕二は自分の手に持つ物を見た。それは金色に光る鉱石だった。古代遺跡が崩れて離脱している時に、落ちている鉱石を拾ったのだ。これで依頼報酬は貰えるだろう。だが、裕二はこの世界に来たばかりで知らなかった。自分が今、持っている鉱石が、神の石とも呼ばれる伝説の鉱石。『オリハルコン』と呼ばれる物であると。『オリハルコン』を懐にしまう。



「さて、と。エリスそろそろ行くか」


「うんっ」


「キュキュッ‼︎」



一人と一匹の頷きを確認して、裕二はエリスと幼龍シロの頭を撫でその場から去ろうとしたその時。それは起きた。



「………ッ⁉︎」



上空から『何か』が来るのを裕二は感じ取り、エリスとシロを抱えて瞬時に地面を蹴って後ろに引いた。瞬間。裕二が立って居た場所に黒い光弾が幾つも着弾した。辺りに爆音が響き裕二の耳朶を打った。無事に着地した裕二は、エリスとシロを下ろし、空を睨むようにして見た。そこには一体の龍が居た。体長二十メートルもの巨躯に金色の双眸。体から滲み出る存在感は、生態系の頂点に相応しい物だ。王の威風すらある、その姿に裕二は眼を細める。



「………なんだお前」



裕二は龍に向けて当たり前の疑問を口にした。龍の双眸が裕二を射抜く。いや、裕二だけは、その瞳がシロだけを見ている事に気付いた。それに疑問を感じていると、龍がその口を開いた。



『人間の小僧よ。そこの白龍を我に渡せ』



聞けば竦み上がる程の声音に、裕二は涼しい顔で居た。隣ではエリスが、体を震わせている。そして離すものかと、シロを抱き締める力を強くした。その姿を裕二は瞳に映した。エリスが裕二の顔を不安そうに見る。改めて龍の方を見据える。父親が娘に嫌な顔をさせる訳がない。故に答えは決まっていた。



「断る。なんでお前にシロを渡さなきゃ行けないんだ?」


「パパっ………‼︎」


「キュキュキュっーーー‼︎」



裕二の発言に、エリスは向日葵のような笑みを見せ、シロは元気良く鳴いた。と、同時に空に居る龍から重圧が滲み出る。



『もう一度、言う。その幼龍を渡せ』



否定は許さぬと、拒否は許さぬと言うような口調で告げた。もしももう一度、断れば殺すと放たれる重圧が教える。だが、それでも裕二は笑みを浮かべて答えた。



「だから言っただろ? 無理だ」


『………貴様。如何やら死にたいらしいな』



小馬鹿にするような言葉に、龍は静かに怒気を放つ。それに裕二は笑った。



「悪いね、龍。お前にシロを渡す訳には行かないわ。そんな事したら、うちの娘が泣いちゃうからな」


『…………』


「それにな………ッ⁉︎」



裕二は黙る龍に言葉を続けようとした瞬間。油断からか。裕二の体を黒い閃光が包み込んだ。近くに居たエリスとシロだが、裕二が反射的に後方に押し投げて、その閃光から免れていた。



「………え」



エリスは目の前の光景に理解が追いつかない。いや、理解したくなかった。前を見れば、裕二が居た所に底が見えない穴が大きく空いている。その穴を見れば、あの閃光がどれだけの威力を誇ったのかが分かる。キュ〜とシロも悲しいのか、穴を見て鳴いていた。



『さて。次は貴様だな。人間の娘よ』



呆然としているエリスの耳に、死を体現したような声が響く。ビクッと体を震わせて、エリスは空に視線を向けた。そして視界に映るのは、先程の閃光を放った存在が悠然とした姿で居た。



『その幼龍を渡せ』



威圧を込めた言葉に、エリスは立つ事が出来ず、腰が抜ける。それでもシロを抱き締める力は緩めない。そして口を震わせながら、その言葉を言った。



「………い、いや」


『そうか』



その否定の言葉に龍は眼を瞑り、次の瞬間。エリスめがけて重圧がのし掛かった。ガタガタと体が揺れ、涙を流す。胸の中でシロが、龍に向かって威嚇していた。



『貴様も、あの人間のように排除するとしよう』



そして龍の顎が開き、そこに収束するのは、先程の光。黒き閃光だ。闇色の光が口内に集まり、圧縮されていく。エリスは逃げようとするが、体が動かない。溜まって行く力は、あらゆる生物を死滅させる光。凝縮された光は、エリスに狙いを定められ、そして放たれた。生命を死滅させる黒い閃光。眼前が黒一色に埋め尽くされ、エリスは自分の最後を悟り眼を瞑った。エリスは、己の父親の事を知った気で居た。



ゴーレムを倒したのを見た時は、自分の父親が強い事を理解した。だが、この目の前の龍を相手では幾らゴーレムを倒した彼でも倒せないと思った。エリスはそこから間違えていた。確かに父親である裕二は、あの龍の閃光によって消えた。しかし、真の意味でエリスは、裕二の事を知らない。そうそれは、



「ーーーー俺の娘に、そんはのを放つな」


「………え」



あの閃光が彼にとって、避ける必要のない程に弱い事を。前からエリスの知っている声が聞こえ、少女は恐る恐る眼を開く。すると、そこには夜を彷彿とさせる黒い髪、髪と同じ色の瞳。エリスの父親の南波裕二が立っていた。何故、そこに居るのか。あの黒い閃光で、やられたのではないか。そんな感情が渦巻くが、それよりも先にエリスは、眼尻に涙を溜めて裕二の背中に抱き着いた。



「パパぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」



涙を流して背中に抱き着くエリスに、裕二は申し訳ない気持ちになった。こんな悲しませると知っていたら、態と受けはしなかったのに、と。



『何故、生きている。人間』



すると、空から声が降ってきた。エリスを撫でながら視線を向ける。そこには変わらずに、裕二に閃光を放った龍が居た。内心で龍は混乱していた。本来、普通ならあの閃光で、生命は事切れる筈だ。なのに、目の前の人間は平然と無傷で立っている。変わった所と言えば、さっきとは違い服がズタズタになっている事だけだ。己の攻撃がその程度だった事に、驚きを隠せない。



『如何やって、我の一撃を防いだ』



答えない裕二に、龍は質問を変える。防ぐ事は不可能だった。そもそも、自分の一撃は触れればお終いなのだ。だが、返って来た言葉は、龍でも理解出来なかった。



「別に防いでねぇよ」


『なんだと?』


「だから、あの一撃を防いでねぇ。防ぐ必要がないからな。あの程度の攻撃なら」


『なにっ⁉︎』



防いでいない。即ちその体で、あの一撃を受け止め、それでいて無傷だったと裕二は言ってのけた。その言葉に龍は信じられずにいた。あり得ない。なんだそれは。虚栄だと龍は思った。そして龍は怒りが湧き上がる。この自分に虚栄を言うなど、侮辱でしかない。なめられていると、分かり龍は憤怒する。許さぬ、と。



『貴様。この死龍王を侮辱した代償は、高く付くぞっ‼︎」


「死龍王? へぇ、お前、龍の王なのか」



死龍王。それはこの世界で、もっとも恐れられている五大龍王の一角だった。死を体現した龍の王。それが死龍王だ。裕二は、まさか目の前の龍がそんな大層な存在だとは、思っていなかった故に驚いていた。そして自分と同じく【死の力】を使える事に興味が湧く。死龍王は両翼を羽ばたかせ、黒き光弾を数発放った。死の気配を発する光弾を、裕二は手で弾き握り潰して行く。馬鹿げている光景だが、死龍王は驚くよりも先に、裕二に迫り死の魔力を込めた右腕を振るった。しかし、



『なに………っ⁉︎』



死龍王の視界から、裕二の姿が掻き消えた。と、同時に懐に現れ、裕二は腹部に掌底を放つ。大気が震え、轟音が辺り一帯に奔る。裕二が放った掌底は、死龍王の体内に衝撃を余す事なく浸透させていく。口から盛大に吐血し、死龍王は立つ事が出来なくなり膝を付いた。



「へぇ、大分手加減したが、立てるのか」


『ぐッ………何をしたっ⁉︎ 小僧‼︎』



初めて手加減しても一撃で、終わらなかった事に裕二は口角を吊り上げる。対して死龍王は何が起きたのか分からない。攻撃を喰らった瞬間に、体の内部に激痛が奔った。何をされた。死龍王は、朦朧とする意識の中でそう思った。



「なにって。俺の技だよ。技術と言ってもいいか。アレはキツかったろ? あの技は『透波』て言う名前の技だ。全ての衝撃を体内に浸透させる。それがこの技だ」



丁寧に裕二は自分が放った、技の説明をした。『透波』。その名の通りに、衝撃が波のように全身に浸透する技である。それ故に、この攻撃を防御する事は不可能だ。防御したとしても、そこから衝撃が浸透するからだ。それに気付い死龍王は、絶句した。この人間の一撃は受けてはならない。



「さて。もう一度、聞くぞ。死龍王」


『…………』


「なんでお前は、シロを狙う」



最後の一言と共に、放たれる重圧は、容易に死龍王の体を押し潰す。『透波』によってボロボロになった体が、その重圧でより一層に傷付き苦悶の声を上げる。ビリビリと大地が震撼した。死龍王は裕二の方に恐れにも似た感情を向けた。が、それに気付くと、体の底からふつふつと怒りが湧き上がった。自分は龍の王だ。その龍王が人間に恐れを成す? ふざけるなっ⁉︎



「おっ………?」


『………死ね。人間っ‼︎』



死龍王の全身から黒い霧が発生させる。これが死龍王が、死龍王と呼ばれる所以の力。その霧に触れた者は、死滅する死の力。誰もこれに抗った者は居ない。そしてこれからも現れない。死龍王は笑みを浮かべ、裕二を見た。死ねと言う意思を込めて。しかし、



「なんだ、これ?」



裕二の腕が振るわれるだけで、その霧は一瞬にして消し飛んだ。



『は………?』



理解が追い付かない。夢なのではないかと、疑ってしまう。そもそも裕二と死龍王とでは、扱う死の力に圧倒的な差が存在した。死龍王は、死を体現した姿をしたから、そう言われるようになった。ただ出来る事は、相手に死の毒を与え死滅させる事だけ。しかし裕二の場合は違う。裕二の死の力は、言うなれば支配だ。【死を司る】と言う事は、その死の全て、所謂死の概念すらも己の支配化に置くと言う事。死龍王のような、死の紛い物とは違う、紛れもない死その物。最早、文字通り次元が違った。



「そろそろ、終わりにするか」



裕二は死龍王との戦いに飽きていた。死龍王の力は全て見切った。もうこれ以上、何も出ないだろう。裕二は死龍王に右手を突き出す。最後の締めとして、裕二は力を使う。それは本物の死の力。ソレは概念すらも殺す力。呆気に取られていた死龍王は、裕二のその姿を眼に映し背筋が凍った。やばい。何がやばいのか分からないが、裕二の姿に警報が鳴り響いた。そして発動する。【死と生を司る能力】の死の力が。



『く、来るなッ………⁉︎』



目の前の人外にとって、どんな存在も等しく平等。少し力を込めれば壊れる存在でしかない。死龍王は近付く人外に後ずさる。だが、裕二が一言。



「終わりだ。死龍王。死ね」



たった一言を口にしただけで、死龍王の心臓が鼓動を停止し、体温を奪い、命を刈り取った。死龍王のような、霧を出すのではなく。何かを放つのではなく、使った時には相手が死ぬ。ソレが裕二の【死を司る】力だ。余りに圧倒的で、余りに規格外で、余りに理解不能。これこそが人外たる裕二の力の一端。



「………行くか」



死龍王の亡骸を一瞥して、裕二は心配そうに見ているエリスに、安心させるように笑いかけて、歩いて行った。



こうして五大龍王の一角は、呆気なく一人の人外に殺られる。後日、古代遺跡が崩壊しているのを確かめる為に、派遣された冒険者達が死龍王の死骸を見て、それをギルドに報告。そして世界中に龍王が何者かに倒された事が広まるのだった。






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