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人外達の歩み  作者: 葛城 大河
第一章 放浪編
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第二話 魔界の王

二人目の主人公登場‼︎

なにもない荒れ果てた大地。そこに一人の青年が歩いていた。頭をボリボリと掻きながら、彼は困ったように呟いた。



「はぁ、マジでここ何処だ………?」



溜息を付き青年は、今の現状を確認した。信じたくないが間違いなく迷子である。こんな事になる筈ではなかった。彼の名前は奈良 陸ならりく。別の世界から来た所謂、異世界人である。当初、彼は異世界移動を成功させたのだが、着いた場所は荒れた大地だった。それでも彼は、進めば街が見えてくるだろうと思ったのだが、全くと言って見えてこない。しかも、空が血のように真っ赤の朱色に染まり、見渡しても干からびた大地が広がっているのみ。………完璧に、人間の住む所ではなかった。如何したら良いのか、陸は地面に腰を付けて朱に染まっている真っ赤の空を仰ぎ見た。



本当に紅い。如何いう原理で紅くなっているのだろうか。陸は眼前に広がる、真っ赤の空に疑問を浮かべる。数分間、ぼぉーと眺めていた陸だが、ハッとなりこうしている場合ではないと立ち上がった。といっても今現在進行形で迷っている彼は、如何したら良いか分からない。只管に歩き回って街を探すか、と陸は考えるが、先程それで失敗したばかりだと思い出した。はっきり言って迷子から脱出する為に、勘で行けば待っているのは終わる事のない迷子スパイラルだ。それを理解しているから、陸は動けないでいた。出来れば近くに、誰かが通り掛れば良いのに。と、思っていたら背後からジャリっと地面を踏み締める音が聞こえた。



「おっ! まだ俺は、見放されてなかったの………」



動けずに居た陸にとって、それは嬉しい事だった。これで迷子から抜け出せると思った陸は、後ろに居る人物に街の場所を聞こうと振り返ると、そこには人間ではない者が居た。いや、姿形のベースは人間だ。だが、漆黒の羽根を生やし、額に角が有るのを人間と聞かれれば全力で否定するだろう。陸の目の前に居る者は紛れもなく人間ではなかった。では何かと聞けば、悪魔と連想するだろう。それ程までに、目の前の存在は悪魔と酷似していた。そんな悪魔に眼を丸くしていると、悪魔は口元を歪めて下卑た笑みを浮かべた。



「なんで、人間が『魔界』に居るんだぁ?」



如何やらここは魔界と呼ばれる場所らしい。…………完全に人が住むような場所ではない事が分かる。異世界に出る所を完璧に、間違えたと陸はガックリと肩を落とした。それを悪魔は自分に恐怖したのかと勘違いをしたのか、笑みを深める。



「ケヒャケヒャケヒャ。人間、テメェは運が悪かったな。魔人であるオレ様に出会っちまったんだからよぉ」



悪魔ではなく魔人だった。なにも聞いていないのに、情報が次々と陸に入ってくる。まぁ、あちらにとっては、些細な情報に過ぎないが。肩を落としていた陸は立ち直る。目の前の魔人は人間と言った。ならば、人間が住める場所があるという事だ。それを何処にあるのか聞けば良い。早速、陸は魔人に体を向けて聞く事にした。



「なぁ、如何やって人間が居る場所に行くか知ってるか?」


「あぁ? 知って如何するんだ」



この反応は手心ありだと陸は内心でガッツポーズをした。少し魔人が殺気を自分に放つのに気になるが、すぐに魔人の住む『魔界』に無断で居る所為で警戒されてるのでは、と思い要件を早く済ませようと陸は思った。



「いや、ちょっと迷ってな。人の居る場所に行きたいんだ」


「迷うだぁ。ほぉ、それで『人間界』に行きてぇのか」



陸の言葉に魔人は眉を寄せる。普通、人間が『魔界』に迷う事はない。そもそも常識的な人間なら、『魔界』に近付こうともしないのだ。それ程、この場所は危険だった。魔人は如何して人間が、この地に来ているという疑問を浮かべたが、すぐに頭の隅に置いた。後々、魔人はこの事を後悔する事になるが。



「あぁ、知ってるぜ」


「なにっ!? それは本当か」



先程の質問に対して、魔人は答えた。それを陸は興奮して、前に足を出る。まさか、最初に会った人物が知っているとは思わなかった。本来、この世界の種族たちは他種族の大地に行く方法を、知っている。それだけ一般常識なのだ。が、この世界に来たばかりである陸は知る筈もなかった。少し考えれば、可笑しい所が多々あったのだが、魔人は完璧に聞き逃していた。



「『人間界』に行くには二つ方法がある。一つは、『魔界』と『人間界』を繋げている大橋を渡る事だ。二つは、転移魔法で行く方法だ」


「………!? 魔法があるのか、やっぱりっ‼」



魔法が無い異世界から来た彼としては、その言葉は聞き捨てならなかった。いきなりの叫びに魔人は後退る。魔法。なんて甘美な言葉なのか。陸は見た事も無い魔法に想像力を働かせた。何が出来るのか、と思いを馳せる。そんな陸に魔人は、魔法も知らないのかと首を傾げた。大小様々だが、この世界の種族には魔力が宿っている。これはもう一般常識ですらなく、一桁台の子供すら知っている事だ。



「…………取り敢えずだが、大橋の行き方を教えてやろう」



未だに魔法に思いを馳せる陸に、魔人は大橋への行き方を説明した。それに陸は魔法の事を一旦置いて、聞きに回った。魔法の事も重要だが、今はこの迷子を脱する事が先決。魔人の説明を聞き陸は頷く。大橋はこの場所から近くにあるらしく、すぐにも着くみたいだ。陸の中で、この魔人は優しい奴だなぁ、と感心する。だが実際の所、魔人はこのまま行かせる気は全くなかった。陸が背を向いたら、不意を付こうと笑みを浮かべる。そのまま正面から殺っても良いのだが、それではつまらない。殺るなら、裏切られた時の顔を見て殺りたい。



「じゃ、俺は行くとするわ」



そんな思惑など露知らずに、手を上げて礼を言い魔人に背を向けて歩き出した。そしてその瞬間を待っていたと言わんばかりに、魔人は黒翼を広げて陸の背中めがけて腕を振るった。風を切り裂き、魔人の腕は陸の背を強打した。そこで起きる破砕音。魔人は顔を歪める陸の姿を思い浮かべた。しかし、それとは逆の方向に魔人は顔を歪めた。



「馬鹿な奴だ。信じると……………は? が、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?」



魔人の腕が肘から先が無くなっていた。突如、訪れる激痛に魔人は両膝を付き絶叫する。痛い痛い痛い、如何しようもなく痛い。何が起きたのか分からない。確か人間に攻撃をして、そして確かに自分の攻撃は当たった筈だ。なのに何でこうなった? 本来なら、こうなるのは目の前の人間の筈だ。だが、人間は平然な顔をして魔人を見ている。そして陸は行き成りの事に戸惑っていたが、気付いたように両手を叩いた。



「あぁ、そうか。俺は騙されたのか」


「ぐぅぅぅぅぅぅっ」



得心が行ったと何度も頷く陸に、魔人は背筋に悪寒が奔る。そして今更になって思う。何だ此奴は、と。陸を殴った手を見ると、そこには所々が砕けて手の形をしていなかった。意味が分からない。なんでこうなったのか。確かに不意を付いた筈だ。なのに結果は、ご覧の有り様。魔人は何度も何度も解ける事の無い疑問を繰り返す。それ故に近付いて来る陸に気付かなかった。



「何で俺を襲ったんだ?」


「ッッッ⁉︎」



話し掛けられて魔人は、近くに陸が来たと気付き、後ろに跳んで下がった。



「もう一度、聞くぞ。なんで俺を襲ったんだ」


「黙れっ! 下等生物がッ‼︎ 貴様等はオレ達、魔人に大人しく殺されれば良いんだよ‼︎」



そう叫び魔人は全身から魔力を迸らせる。陸は今の言い分に、何と無くだが、人間と魔人の間にある溝を理解した。と、同時に呆れたような溜息を吐く。人間と魔人の間で何があったのかは知らないが。くだらない。そう吐き捨てる。陸が二種族に対して、やれやれとしてる時に魔人は迸らせた魔力で魔法陣を構成させる。それを陸は、ワクワクと見ていた。実に隙だらけだが、陸は初めての魔法を見る為に見過ごす事にしていた。



魔人の目の前に何重もの円が作られ、その中に見た事もない文字が並べられて行く。陣の中の線と線が繋がり、出来上がった。そして魔人は、その魔法を陸めがけて解き放った。



「死ねぇぇぇぇぇぇッ‼︎ 下等生物がぁ⁉︎」



放たれた魔法は最上級魔法に位置する、『ライトニングレイン』と言う雷魔法だ。レインと言う名の通りに、空が雷雲に包まれ、そこから特大の落雷が降り注いだ。全て陸に向かって。それを何処か他人事のように見上げ、彼は落胆した。たかが雷を落とすだけかと。陸は降り注ぐ落雷に、ただ腕を振るった。それだけで、幾重もの落雷が掻き消え、腕を振るった事で発生した暴風が雷雲を晴らした。



「…………は?」



魔人はつい口から変な声が出てしまった。それ程までに、今見た光景が信じられない。なんだこれは? 軽く腕を振るった程度で、何故、最上級魔法が消されたのかが分からない。分からないが、魔人は陸を恐る恐ると見た。そこには拍子抜けしている青年が居た。手を頭に置き、落胆の溜息を付く。その仕草に普通なら怒りを表すのだが、今は別の感情が支配していた。それは恐怖。未知の相手に対する恐れ。それが魔人の全身に襲っていた。



「な、何者だ………お前」



口が震えていると自覚しながらも、魔人は正体不明の青年に問いた。その問に陸は少し考える素振りをするが、すぐに答えは決まっているので、肩を竦めて言った。



「俺は『魔界』に迷った、ただの人だ」


「嘘を付くなっ。ただの人間が、最上級魔法を消せる訳がない」



行き成りの陸の言った『ただの』と言う言葉の否定に、彼は眉を動かす。自分は普通とは言わないが、それほど否定される程ではないと思う。抗議しようと陸は、一歩前に足を踏み出すと、何を勘違いしたのか、魔人は叫んだ。



「く、来るなぁっ⁉︎ オレは四大魔王の一人。魔獣王様の家来だぞ。如何なっても良いのか‼︎」



その言葉の中に気になる単語があり、陸は足を止めた。魔王。それは悪の代名詞である異名だ。全ての魔を支配して、人類を滅亡させようとする存在。それがこの世界には、四人も居る。陸は自分でも気付かない内に口が弧を描いていた。その笑みに魔人は震える。



「おいおい、この世界には魔王なんていう素敵ネーミングな奴が居るのか。しかも四人」



そこで魔人は悟った。この存在に魔王の事を知らせたのは、失敗だったと。この男は、魔王の名では怯えない。それどころか喜んでいる。あの魔王の事に喜ぶなど正気とは思えない。かの四人の魔王は、一人一人が天災だ。その日の気分で、一国を滅ぼすような怪物達なのだ。それを。



(な、何なんだこの人間は⁉︎)



魔人はそれに喜ぶ青年に、理解が追いつかない。意味が分からない。喜ぶ所など何処にあったと言うのか。と、陸は震えている魔人に視線を向けた。ビクッと体が恐れる。



「一旦『人間界』に行くの辞めた。そんな事より、その魔獣王に俺は会いたいな」


「なんだと………っ⁉︎」


「それに魔王なんて呼ばれてるぐらいだ。そいつは、転移魔法を使えるんだろ? と言う訳で魔王に会わせろ」



陸の言った言葉を理解するのに、魔人は数秒の時間を使った。そして我に返り、陸に向かって魔人は声を大にして叫ぶ。



「しょ、正気か貴様っ⁉︎」


「あぁ、正気も正気だ。で、会わせてくれるんだろ」



その陸の言葉に拒否など許されない意思があった。それに気付いた魔人は、ぐっと呻く。言わなければ、ここで殺される。目の前の存在は、自分なんかより興味を持つ対象が居たからこそ見逃したに過ぎない。本当なら、今ここで殺される筈だったのだ。それが分かったからこそ、魔人は陸に案内するしかなかった。魔王の元に。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







『魔界』には四人の魔王が、『魔界』の覇権を争って戦っている。平和に過ごしたい。魔人族以外の種族を滅ぼす。一人になりたい。自分が最強と誇示する為に。覇権を巡る理由はそれぞれあった。だが、魔王達の力は拮抗しており、中々勝利をもぎ取る事が出来ない。そんな四人の魔王の名はーーー



ーーー魔の力を有する、魔人族以外の種族など不要と唱える獣人。魔獣王バイパー・アラクス。


ーーー全ての種族が取り合う平和な世界を目指す、魔人の姫。魔皇姫ミスティー・ストラトス。


ーーー己の存在が、世界の頂点と自負する魔人の祖なる血を色濃く受け継ぐ魔人。魔真王グレイブル・イ・レイシス・ハーバート。


ーーー静かに一人で過ごしたい冥府の女王。冥魔王セレスティア・ルナカンタ。



一人で一国すら容易に滅ぼす魔の王達だ。その魔王の一角である魔獣王の城は、『魔界』から北の位置にあった。黒い外観の聳え立つ城は、来る者に威圧感を放っていた。城の城門には、二本の角を額から生やす魔人が、二人ほど立っている。そしてその城の前に、一人の青年が片手に魔人を連れて立っていた。



「ここが、魔王が居る城か。大分、雰囲気あるなぁ」



緊張感なく城を眺め青年は、呟いた。



「き、貴様、本当に行くつもりなのかっ⁉︎」



すると、青年ーーー陸が片手で引き連れた魔人が顔を蒼白にして叫んだ。前に来るだけで分かる、魔王の威圧。それが城から放たれている。それ故に魔人は怯えていた。そんな魔王の住む城に、乗り込むのかと。陸はそれに口を弧に描き、当たり前だと答えた。魔人は何も言えなくなる。何故なら、何を言っても止められないだろうと悟ったからだ。と、陸は魔人を掴んでいた手を離した。



「じゃ、俺はそろそろ行くから」


「…………は?」



行き成り手を離され、軽い足取りで進む陸に魔人は呆気に取られる。そして城の手前まで来ると、門を守る二人の魔人が陸に気付いた。だが、それを気にせず大声で言い放った。



「魔王ーーーーっ‼︎ お前に会いに来たぞっ‼︎」



大声を出した陸に、門番の魔人たちは一瞬だけ呆然とするが、すぐに立ち直る。そして悠然と歩いて来る陸に、魔人たちは警告するが、気にしない。その態度に魔人たちは陸に向かって攻撃を仕掛けた。瞬間ーーー



ーーー大地が揺れた。




謁見の間。城の中にある大理石で埋めつくされた部屋。なんの装飾もないが、それでもこの謁見の間は、美しかった。その部屋の奥には五、六メートルはある玉座があった。そこに座るのは、勿論この城の主にして魔王。魔獣王バイパー・アラクスだ。五メートルを超える体躯に、丸太のように太い四肢。その右手には、巨大な戦斧が握られている。金色の双眸が、水晶から映し出されている光景を睨んだ。



「これはなんだ………?」



聞くだけでも震え上がる程の声でバイパーは、言った。その声音には信じられないと言った物が含まれている。



「バイパー様。私にも何が起きているのか、分かりません」



それに答えたのが、バイパーの後ろに控えている三本角を生やした魔人だ。炎魔将ヴェクス・ラベス。バイパーの右腕と称される上級魔人。そのヴェクスでさえ、理解が追い付かない。始まりは、数分前の事だった。城外で突然、バイパーに向けて叫び声が聞こえたのだ。恐らくは魔王を倒して名声を得たいと思う輩だろうと思い、ヴェクスは城に居る魔人たちを外に居る者の殲滅に行かせた。その数秒後に城が揺れた。いや、城だけじゃなく大地そのものが揺れ動いたように感じた。



行き成りの出来事にさしもの魔王も、気になり遠くにある光景を見る事の出来る魔具。【遠見水晶】で外の様子を見る事にした。のだが、そこで映された光景はたった一人の人間が、バイパーの部下たちを吹き飛ばしていた瞬間だった。腕を振るえば、大小関係なく魔人たちが吹き飛ぶ。大地に踏み込むと、人間を中心に大地が揺れる。圧倒的な蹂躙がそこにあった。



「何者なのだ⁉︎ あの人間はっ」



バイパーは自分でも気付かず声を荒げる。それ程までに目の前の光景が信じられなかった。この魔獣王の部下たちが意図も容易く殺られていくなどあり得ない。そこまで部下は弱くはない。なのに、その戦いは戦闘すら呼べない物だった。蟻と像。それは正しく、絶対的強者と弱者が一眼で分かる光景だ。そして人間から感じ取れる、規格外の力の波動にバイパーは背筋が凍った。アレは人間ではない。人間は、そこまで恐ろしい種族ではない。では、アレは?



バイパーは思う。彼の人間が放っている圧力は、自分すらも上回っている。その意味する事は自分よりも、あの人間の方がーーー



(ーーーーッッ⁉︎ 待て、何を考えているのだ我は)



ふと、脳裏に過った物を瞬時に否定し、バイパーは首を振る。ある訳がない。あって良い訳がない。魔王が人間如きに屈するなど。一瞬でもそんな事を考えてしまった自分に、バイパーは苛立ちを見せた。魔王とは他者から畏怖の念で見られなければならない。だからこそ、その自分自身が畏怖の念を抱いてしまった事態に、彼は水晶に映る人間を見据え、憤怒する。水晶の中では、その人間が部下である魔人達を吹っ飛ばしていた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「どっせぇぇぇぇいっ‼︎」



陸は目の前に群がる魔人に、蹴りを放った。辺りに凄まじいまでの暴力的な旋風が襲い、遅れてやってきた衝撃波によって目の前に居た魔人達が吹き飛んで行った。たった軽く蹴りを放って発生した、その絶大な威力に魔人達は頬を引き攣り、恐怖する。が、侵入者を放置すれば、何れにしても魔王に罰を与えられると知っているが故に、恐怖心を押し殺し無謀に陸に向かって行った。そんな戦闘が実に五分くらい続いていた。



(う〜ん。なんか飽きて来たな)



迫り来る魔人達を吹き飛ばしては、それを繰り返す。そんな軽く作業ゲーな戦いに陸は早くも飽きが来ていた。そもそもここに来た理由は、魔獣王に会いに来たのだ。何故、こんな下っ端どもと相手をしなければ行けないのか。



「よし、面倒だから一瞬で終わらすか」



未だに現れる魔人の姿に陸は、手を叩きそう呟いた。そして陸は己の力を解放する。瞬間。陸を中心に地震が発生した。立つ事がままならない状態に陥り、魔人は等しく倒れる。倒れていない者は、背中にある黒翼で空に飛んでいた。だが、陸が片手を頭上に上げ、何かを掴むように指を曲げて思いっきり下に振り下ろした。途端、飛んでいた魔人達が地面に叩きつけられた。何が起きたか分からないまま、彼等はそこで視界が暗転した。その陸が起こしたであろう現象を見た、倒れた魔人達は眼を見開いていた。今の現象は簡単な事だ。ただ大気に地震を発生させただけだ。その地震の振動を、上から下に魔人達めがけて放ったに過ぎない。



ただ、その現象を理解出来ない魔人達は、呆然とするのみ。そしてその呆然とした時間が、命取りとなる。



「じゃあな………」



自身の腕を曲げ眼前に、右拳を突き出した。地震の力が手に収束して行き、空間がひび割れる。そこから爆音が鳴り響き、衝撃波が津波のように魔人達めがけて広範囲に襲い来る。衝撃波が迫り来る間にも、凄まじい地震が地面や大気を脈打ち、魔人達は立つ事が出来ない。そして、そのまま衝撃波という津波が魔人達を覆い尽くした。これが圧倒的な破壊の力。陸が持つ力の一端。【地震を司る能力】である。読んで字のごとし、地震と言う名の振動を操る事が出来る。



「さて、これでゆっくり魔王の所まで行けるか」



そんな異常な力を見せた陸は何事も無かったかのように、その場を後にして前に進んで行った。



「やっぱ、中は広いなぁ」



魔王の城の城内に入り、感嘆な声を上げる。この前まで、高校生活をしていた貧乏学生の陸にとって、お眼にかからない程の豪華さだ。偶に素朴な感じの部屋を見つけるが、それでも一眼で大金が使われている事が理解出来る。廊下を通り過ぎ、一つの扉に辿り着いた。そこは城内で見た中のどれよりも仰々しい扉があった。



「なんか如何にもって感じな扉だな」



ゲームとかで良く出てくるような扉に苦笑しながら、手を扉に置いてゆっくりと開けた。ギギギギギと擬音を鳴らし、扉が完全に開く。そして眼前にある光景を見て、陸は口に弧を浮かべた。大理石で造られた広い部屋だ。その奥には巨大な石で出来た玉座が鎮座する。陸は部屋の中に入り、見据える。玉座に座る者を。ゆうに四メートルは超える巨躯に、大木と間違える程の太い両腕と両脚。手にはその巨躯を上回る戦斧を携えている。その存在は、真っ直ぐ陸めがけて殺気を叩きつけていた。



(アイツが多分、魔王だな。さっきまでの奴らとは違うな)



殺気を涼しい顔で流し、目の前の存在を魔王だと推測する。お互いに見合ったまま、静寂が訪れる中、玉座に座る魔王が口を開いた。



「我が城を荒らしてくれた物だな。人間」



身を震わせる重圧と共に放たれた言葉に、陸は肩を竦めて返した。



「あんたに会いに行こうとしたら、邪魔しに来たんだ。押し通ったまでだよ魔王」


「我に会いに来た? 何が目的だ」



鋭い眼光で睨み付ける魔獣王に陸は答えた。



「なぁに、俺は今道に迷っててな。その何だ『人間界』に行きたいんだが。あんたなら、転移魔法とかで連れてって貰えるだろ?」


「………その為だけに会いに来たと」


「あぁ、そうだ」



断言する陸に魔獣王は、内心驚きを隠せないでいた。ただ迷い『人間界』に行くのなら、この『魔界』と『人間界』を繋ぐ橋を渡れば良い。そうすれば行けるのだから。だが、この人間はその選択を取らずに、自分に会いに来たのだと言った。確かに魔獣王は仮にも魔王だ。転移魔法くらいは楽に使える。しかし、幾ら使えたとしても、『魔界』の頂点たる魔王に尋ねるのは異常としか言えない。まるで自分を前にしても眼中にないと、告げられたようで魔獣王ーーーバイパー・アラクスの苛立ちが募る。



「………断る」


「………え?」



苛立ちを隠してバイパーは告げた。その言葉に陸は、素っ頓狂な声を上げる。断られるとは思って居なかった。実際、無断で人の家に入り、行き成り目の前で別の場所に連れて行けと言われたら、誰だって断るだろう。しかし、異世界に来て魔王と言う存在の前にテンションが上がっている陸は、それに気付かずに何が行けなかったのかを悩んでいた。



「貴様はここで死ぬからなっ」



悩んでいる陸にバイパーはそう言い放ち、全身から魔力を放出させた。今迄とは段違いな魔力の奔流に、陸は考える事を辞めバイパーを見据える。放出された膨大な魔力は、手に持つ戦斧に纏われていく。それだけではなく、突然に戦斧に爆発が起きて、特大な火炎が覆っていた。これが魔獣王バイパーの生み出した魔法技。纏技。似たような技で魔装技と呼ばれる物があるが、これは全くの別物である。魔装技は自身の魔法を武器と同化させる技だ。だが、纏技は、己の体を纏わせた魔法属性と同じくさせる技である。言わば今のバイパーは炎そのものとなっていると言う事だ。



「へぇ、面白い技を使うな魔王」



その魔法の特性を瞬時に見破った陸は、口に大きく弧を描いた。最初に魔法を見た時は落胆したが、するのは早かったみたいだ。こんな自然と一体化するような凄い事が出来るのだから。しかし、それでもまだ甘い。確かに炎と一体化したら、誰も物理で触れなくなるだろう。対処法は相反する魔法属性をぶつけるかしかない。最早、一つの概念にすらなっている。他の奴なら、一瞬で蒸発させられるだろう………そう他の奴ならばだ。陸と言う存在を相手には、そんな程度は遊びにもならない。一種の概念? ならば、その概念ごと壊すまでだ。



瞬間ーーーバイパーが放っていた重圧に、それよりも圧倒的にして理解不能な重圧が覆い尽くした。ただの威圧が、城内を揺らし所々に割れ目を作る。まるで重圧で物理的に攻撃出来るのではないかと言う程の出鱈目な光景。纏技を使っていたバイパーは、己の勝利を確信していたが、その一瞬で本能が細胞の一つ一つが警報を鳴らし、脳裏に敗北のイメージが浮かんだ。それ程までに規格外。なんだこの化け物は。バイパーは思う。目の前に居る存在は人間ではない。人間であっていい筈がない。



これ程の力を見た事がない。恐らくこの存在は、強さと言う意味が馬鹿馬鹿しくなる領域に居るのだろう。奴も奴も奴も、バイパーが思い出せる限りの強者を思い出すが、その全てが目の前の存在に瞬殺される光景が過る。勝てない。バイパーは本能的に悟った。例え己が炎の概念になったとしても、奴にはそれすらも破壊する力がある。ソレを確信した。そして陸は一歩、踏み出した。人外の一歩。それは最強の存在との距離が、一歩縮まった事を意味する。



ブワッと背筋に鳥肌が立ち、冷や汗が全身から噴き出す。その間にも陸は、ゆっくりとだが近付いてくる。そしてバイパーの目の前で立ち止まった。



「それじゃ、行くぞ………魔王」



陸がそう言った時、重圧がより一層に強大になる。いや、最早強大どころではない。理解不能な重圧が、バイパーにのし掛かり膝を付きそうになる。先程まで城内だけが揺れていたが、今は世界が揺れているとすら思える。成る程、手を抜いていたのか。バイパーは真の意味で、目の前の存在を理解した。いや、理解出来なかったと言うべきか。さっきの重圧は、恐らくただ脅かす程度に過ぎなかったのだろう。これからが本番。だが、この世界すら揺らす重圧ですら、バイパーは尚、彼が手を抜いているとさえ思った。それだけの正体不明な化け物。



「じゃあな」



死刑宣告と言える言葉と共に、陸は右手を握り締め、眼前に居る敵めがけて拳を振り下ろそうと腕を上げる。明確な死の気配。それをバイパーは全身で感じた。このままでは、この世から消される。そしてーーー拳が放たれた。容易に世界を破壊する一撃が、バイパーに迫る。大気が震える。



「ーーーーッッッ⁉︎ ま、待てっ」



身を震わせ、声にならない叫びを上げてバイパーは、やっとの思いで声を出した。その一言で、眼前に拳がピタッと止まる。その際に発生した拳圧が、バイパーの背後にある玉座と壁を吹き飛ばし、周りの壁や天井も一緒に消し飛ばした。空には爛々と太陽が見える。謁見の間は、ただの拳圧によって外から剥き出しになった。バイパーの敵意が無くなったと分かった陸は、拳を引いた。そして不満そうに聞いた。



「なんだよ。なんで止めたんだ?」


「な、なに。お前を『人間界』に送ってやろうかと思ってな」



平常心を保ちながらも言うバイパーに、陸は眼を見開く。『人間界』に送ってやる? 人の居る場所に送ってくれるのか、と喜んだ。そもそもここに来た目的は、それなのだが。少しの戦闘で忘れ去られていた。送って貰えるなら、早く送ってくれと陸は言った。



「じゃあ、俺を送ってくれ」


「………分かった」



バイパーが陸の言葉に頷くと、右手を前に突き出し魔力を集める。瞬間。陸の足元に魔法陣が展開された。見た事もない文字の羅列が、魔法陣を構成する。幾重にも作られた複雑な陣は、光りを放ち陸を包み込んでいく。そして、



「………また会おうぜ。魔王」



そう言って完全に光りに飲み込まれ、次の瞬間、陸の姿がこの場から消失した。



「……………貴様とは、もう二度と会いたくはない」



残った魔獣王の言葉が、謁見の間だった場所に虚しく木霊するのだった。











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