新発見
綺麗に整えられた草木。咲き誇る色取り取りの花々。それらに囲まれるようにして建つ磨き抜かれた噴水。広大な敷地とその景観にフリージアが思わず感嘆の声を漏らした。横からその様子を微笑ましげに見つめていたアザレアはフリージアの手を引きながら促す。
「さぁお嬢様。こちらです」
彼女が向かう先は庭園の中でも一際綺麗に花々が咲き誇っている一角。日の光を浴びてきらきら光っているようにも見えるそこはとても美しく、フリージアは小さな足を精一杯動かして駆け寄った。元花屋の娘という経験がそうさせるのか、瑞々しい花びらや傷ひとつない茎の様子をうっとりと眺めまた感嘆のため息を零す。そのとき――
「?? アザレア、今わたしのかみひっぱった?」
「いいえ、私ではありませんよ」
アザレアは何故かくすくすと笑いながら答える。その様子にフリージアが更に首を傾げていると、今度は後ろから引っ張られたように感じ、勢い良く振り返る。だがそこにあるのは咲き誇る花々だけ。
「きのせい……?」
「っく……ふふ、あはははは!」
すると何処からかアザレアのとはまた違う、無邪気な笑い声が聞こえてくる。声を頼りに辺りを見回して姿を探すがなかなか見つからない。
『フリージア、あそこ。あの光から聞こえる』
それはまるで朝露のようなか細い光。花びらの上で儚げに光っている。フリージアはレンに教えてもらったその光を凝視する。
「あーあ、見つかっちゃった」
確かにそこから声が聞こえる。好奇心には勝てなかったのかフリージアがそろそろと手を伸ばしていく。頬を上気させ瞳を爛々と輝かせている様はなんとも楽しそうだ。その姿をアザレアもまた楽しそうに見つめる。
『あ、ちょっ、あんま得体の知れないモノに近づかない方が!』
唯一人、レンが慌てて制止の声を上げるがフリージアの手は止まらない。あと少しで指先が触れる、と思った瞬間、控えめな光は一転、眩い光を放つ。思わず目を瞑ったフリージアが再度瞼を上げたときそこにいたのは――金髪碧眼のいかにもな美少年だった。
「やあ」
「……こんにちは?」
手をひらひらさせながら挨拶してくる少年にフリージアも思わず呆け顔のまま挨拶を返すが、疑問形になってしまったのは致し方ないことだろう。失礼だとは思いながらも相手を凝視する。
「……ちっさ」
「失礼じゃね?」
ぽつり、と呟かれた言葉に少年がすかさず突っ込みを入れる。だが事実、小さい。フリージアのまだ小さな手にも収まる程だろうか。とにかく小さい。それにその背には――
「羽?」
半透明の羽が少年の背でゆったりゆったりと揺れている。フリージアがまたもそっと手を伸ばすが、ひらりと宙に浮いてかわされる。思わずむっとし、今度は半ば飛びかかるようにして手を伸ばす。しかし避けられる。挑発的な視線と悔しげな瞳がかち合い火花を散らせそうになったとき、今まで黙って傍観に徹していたアゼレアが声を上げる。
「お嬢様、その子は『ムリフェイン』という種族で悪戯が大好きなんです。ですが悪い子ではないんですよ? ここの木や花なんかはその子や他のムリフェイン達が毎日綺麗に手入れしてくれているんです。だからほら、こんなに美しいでしょう?」
悪い奴ではない、と聞いてレンは少し気を緩めるが、まだどこか警戒しているようだ。一方フリージアはというと、笑っていた。それはもう極上の笑みで。だがその笑みを一瞬で引っ込めると今度は突然少年の後ろを指差し、驚いたように声を上げる。
「え、何あれ」
「ん? 何が――」
隙アリ、そんなフリージアの心の声が聞こえてくるようだった。いや、実際レンの耳には確かに届いていた。少年が後ろを振り返った途端に思いっきり飛びかかる。ぐぁっ、と苦しげな声が聞こえた様な気もしたが素知らぬふり。
『こっちではこんな古風な手法も通じるのか――検討の余地ありだね』
『はぁ……。君の将来が心配になってきた……』
フリージアは目を回している少年を手の平でそっと、だが逃げないようにきっちりと包むと、来た時とは違い早く早くと苦笑するアザレアを急かしながら本邸内へと消えていった。