目覚め
「んぅ……」
──誰だよ私の頭撫でてる奴
暖かいおだやかな陽気に包まれたとある屋敷の一室。落ち着いた薄桃色のドレスに身を包んだ女性が、クスクスと上品に笑いながら嬉しそうに声を上げる。
「あら、目が覚めたみたいね」
「んぁ……」
――だから頭撫でるなってば
「おいおい、あまり昼寝の邪魔をしてやるなよ、アマリー」
その声に微笑みを湛えた男性が応えた。貴族然とした恰好の彼の手は、言葉と裏腹に妻のアマリリスが抱く幼い我が子の頭へと伸びている。しかし不快だったのかアマリリスの腕に抱かれた少女が顔をしかめながらゆっくりと瞼を上げる。瞼の下から覗く大きな菖蒲色の瞳。
「……ぅん?」
――え、誰?このどえらい美形さん方
「まだ寝ぼけてるのかしら。フリージア?……え、ちょっと、あなた。何か固まっちゃってるんだけど。フリージア動かないんだけど。え、ねぇちょっとこれ大丈夫?」
「うぅ!?」
――つかここどこ、誰これ、何これ!?
わたわたと慌てだした女性陣に対し、父親のライラックはあくまで冷静に娘に語りかける。
「フリージア? お父様とお母様だよ。分かるね? 一体どうしたんだい?」
「おとさま? おかさま?」
――誰の。あぁ、フリージアさんのか。いや誰だそれ
なにはともあれ、少女が身じろぎをしたため、アマリリスも少し落ち着きを取り戻す。だが、少女の戸惑いが伝わったのか、ライラックも困ったような表情を浮かべ、優しい声音で尋ねる。
「何だ、怖い夢でもみたのかい?」
「……」
――あぁ、思いだした。私転生したんだった。でもこれどういう状況? 現状把握が出来ないんだけど。どうすればいいのこれ? 記憶が残るなんて聞いてないし。というかレンはどこ行ったのさ。まさか私このまま放置されるの? え、助けてよレン。
少女改め山吹あやめ、もといフリージアは考えに没頭して父ライラックの声も届いていない様子だ。するとひとり慌てる彼女に何処からか声が届く。アマリリスもライラックも無反応なため、おそらくフリージアにしか聞こえていないのだろう。それは今の彼女にとってまさに救いの声だった。
『落ち着いて。すぐに説明するから』
「れん!? どこにいりゅの?」
――うわぁ、舌が回らない。私今何歳? 恥ずかしいんだけどこれ
レンの姿を求め辺りを見回すも、それらしい姿は見られない。首を傾げて不思議がっている娘の姿を見て両親も首を捻っていたが、再びゆっくり閉じていく娘の瞼を見て安心したように微笑んだ。
「やっぱり何か夢を見ていたのかしら。おやすみなさい、フリージア」
「むぅ……」
――いや、おやすみしたくないんだけど。レン探したいんだけど。あぁ、でももの凄くね……む……