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フォーマルハウト  作者: 乃良利久良利
第一章  
5/13

白の間 3

「……」


「…………」


 暫しの沈黙。だが流石にこのままでは駄目だと感じたあやめがこれを破る。


「……え、ごめん、何の事?」


 気の抜ける返事で説明を求めると、頭を下げたままのレンが謝罪の言葉を続ける。


「俺のせいで君は死んだ。巻き込んでしまった。許してくれとは言わない。ごめん……」


 下を向いているためレンの表情は見えないが、震えた声が彼の心情を物語っていた。


「とりあえず顔上げてよ」


 若干の気まずさを感じながらも、まずは頭を上げてもらおうとあやめが声をかける。

 恐る恐る顔を上げたレンのその表情は、母親に叱られた子供のそれだった。不安や後悔、悲しみに少しの恐怖が混じった顔。あやめは小さくため息をつくとさらりと言い放った。


「正直、私まだ生きたかったよ」


「っ……」


 レンの息を呑む音が聞こえたが、構わず続ける。


「楓兄と、友達と、喜んで悲しんで、泣いて笑って、楽しく生きていたかった」


 ずっと飄々としていたあやめの表情が、一瞬悲しげなものへと変わる。かける言葉が見つからないレンは、ただただじっと彼女の言葉に耳を傾ける。その顔はあやめの悲しみを共有するように切なげに歪んでいた。


「本当にごめ――」


「でも」


 やっとのことでレンが絞り出した謝罪の言葉。だがそれはあやめの明るい声にさえぎられる。

 

「私が今ここにいるのは、私が行動した結果。レンのせいじゃない。転生できるんでしょ? 私はそこで楽しむことにするからさ。楓兄をひとり残してきたことが心残りではあるんだけど、まぁあの人なら大丈夫……なはず。まぁだからその、要するにさ。気にすんな! ってことを……言いたかった、わけ……でして……」


 始めの方は満面の笑みを浮かべていたあやめの表情も、全く身じろぎをしないレンの様子を見て困惑したものに変わっていき、それに比例して言葉も尻すぼみになっていく。気まずい沈黙が空間を支配する中、ようやくレンが動いた、と思えばその口が紡ぐは沈んだ声。

 

「いや、転生できるにはできるんだけどちょっと問題が……。それに俺、恩を仇で返すようなマネしてさ……」

 

 未だにうじうじと気に病んでいる様子のレンに、あやめはこの話はもう終わりと言わんばかりに自棄気味に言い放つ。


「じゃあ『仇』は暫く私が預かっとく。そしてレンはいつか私に恩返しする。分割払いも可!『仇』はそのときにでも返してあげる。これで完璧、文句ないでしょう! あったとしても受け付けないけどね」


 何故か得意げに言いきったあやめの顔をレンは暫くの間ぽかんと見つめる。しかしその口が紡いだのはのはやはり謝罪の言葉で。


「ごめ――」


「私の世界には!」


 少し大きな声でレンの謝罪を遮ったあやめは笑いを含んだ声で続ける。


「会うは別れの始め、という言葉があってさ。私もそう思うんだけど、でも――」


 怪訝そうに見つめてくるレンを、あやめは微笑みを湛えた顔で見つめ返す。


「でも、別れの後にはまた出会いが待ってる。私は楓兄と別れたことでレンと出会うことができた。楓兄だってまた新しく誰かと出会うはず。人間そうそう一人になれるようにはできてないんだよ。ひとりぼっちは怖いもの。だからレン。私と出会ってくれて、ありがとう」


 めちゃくちゃだ、と思いながらもそんな彼女の言葉に、思わずレンの顔にも笑顔が浮かぶ。救ってくれたこと、信じてくれたこと、許してくれたこと。その全てに感謝を込めて──


「こちらこそ、ありがとう」


 花が開いたような満面の笑み。初めて見るレンの本当の笑顔を前に、あやめも顔を綻ばせながら応える。


「どーいたしまして」


 微笑み合う二人の間にほのぼのとした空気が流れる。だがそんな平穏も束の間、突如空間が震えだす。


「な、何事!? 地震!? 何処が地面かも定かじゃないこの空間で地震!?」


「長居し過ぎたのか……

 時間がない、これより選定を始める」


 突然ガラリと雰囲気の変わったレンとこの空間に戸惑いを隠しきれないあやめは、ひとり落ち着きなく動き回っては疑問を零していたが、余程余裕が無いのだろうレンは、構うことなく淡々と続ける。


「選定者、山吹あやめ。運命が大きく改変、よって輪廻の輪での転生は不可能。特例として直ちに転生とする。場所は────フォーマルハウト」


「うそ、えっ、ちょ、待っ──」


 突如眩い光に包まれ、あやめの意識は暗闇へと落ちて行く。意識を手放す寸前、レンの黄金色に輝く瞳が見えた気がした。


 ──黒じゃなかったっけ


 そんな素朴な疑問とともに光は一箇所に収束し、消えた。最早そこに二人の姿はない。在るのはどこまでも続く穢れなき白のみ。


――運命は動き始めた、確実にゆっくり、ゆっくりと、変化を続けながら――

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