大切なモノ
「魔法が使いたい?」
「うん。だからお父様の本に何かてがかりがないかなーと思って……」
ライラックに連れられ書斎を後にしたフリージア達は、そのすぐ隣、ライラックの自室へと移動し、言葉の通りお話をしていた。黒革の上等なソファに腰かけたライラックは娘の言葉を聞き、思案気に呟く。
「魔法か……。アレはまだ使えるだろうか……?」
「何かあるの!?」
「まぁ、待て待て、落ちつきなさい」
目を爛々と輝かせながら勢い良く立ちあがったフリージアを苦笑しながら宥めると、ライラックは優しく諭すように話しかけた。
「その前に、父様に言わなきゃいけないことがあるだろう?」
「あ……かってに入って、ごめんなさい」
シュンと項垂れた娘の頭を一撫ですると、よしよし、と微笑みながら更に言葉を続ける。
「いいかい、フリージア。自分が悪かったと認めることは、素直にごめんなさいと謝ることは、時にとても怖く、辛いものだ。だが同時に、とても大事なことでもある。謝罪の言葉の奥にあるのは思いやりの心だ。それを忘れてはいけないよ」
「……うん!」
満面の笑みを浮かべて答えるフリージアの頭を満足そうに撫でたライラックは次に、自分も謝罪するべきかどうか迷っているムリフェインへと目を向けた。
「ありがとう」
「……は!?」
怒られるかと身構えた少年は、思わぬ言葉に驚き墜落しかけた体を何とか立て直して慌てて問う。
「え、えぇ? なんでありがとうなわけ!?」
「いや、公爵という立場もあってね、なかなかこの子に気の許せるような友達を作ってやれなかったんだが、書斎での君とフリージアの様子を見ていて安心させてもらったよ。これからもこの子をよろしく頼む」
フリージアの肩をポンポンと叩きながら柔和に微笑むライラックを前に、暫くポカンとしていた少年は呆然と呟く。
「……とも、だち?」
「うん、ともだち! よろしくー!」
「うわっ、やめろ、飛びつくな、羽もげるー!」
勢いよく飛びついて来たフリージアを慌ててかわしながら、彼はポツリと呟いた。
「友達……まぁ、しかたねーからなってやるよ」
口調とは裏腹に彼の口元に浮かぶ穏やかな微笑。それを目撃できたのはレンただひとり。
『素直じゃないねー』
見えないのをいいことに、からかうように呟くレン。そんな呟きを知ってか知らずか、今度はフリージアがレンへとそっと語りかけた。
『ねぇ、レン』
『ん?』
『私ね、こんな人を父親に持てて、こんな友達を作れて、この世界にこれて良かったと思うよ、ありがとう』
『そりゃ良かった』
このとき彼が浮かべていたであろう笑みは、誰の目にもふれることこそなかったが、この場で一番輝いていたはずだろう。フリージアはレンの笑顔を思い浮かべて自らもまた、嬉しそうに微笑んだ。