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彼方へのマ・シャンソン  作者: ツマゴイ・E・筆烏
Cinquième mission 「夕映えの誓い」
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第七章 恋愛事変、エリカの動乱 前篇

第七章 恋愛事変、エリカの動乱 前篇


         1


 赤い屋根の、白く大きな家。新橋家。

 浴室の中では一人の少女が湯船に浸かって微睡んでいた。長く綺麗な陽光を編んだような茶髪は一纏めにして、お湯に浸からぬ様結った状態で、その艶やかな肢体をお湯に濡らしている。黄金比のような体は湯船の熱で白い肌も桃色に染まり、その表情は心地よさに微睡んでいた。ただし、その中に幾許かの羞恥の感情が織り交ざっている事を少女は自覚している。

「……あのバカわんこ。また私に、エッチな事たくさんして……」

 目下、美貌の少女である新橋エリカは悩みに炙られながら湯船につかっている。

 脳裏に浮かぶのは日常的に自分に求愛行動止まらない日向に対しての事だった。

 少年と少女の関係性は結構多い。クラスメイトだし、同じ委員会に所属しクラス委員長を務めている間柄だけあり会話は多いし、好意も多量に含まれ寄せられている。

(――まあ、子犬が懐いてるようなもんだと思うけどね! きっとね!)

 恥ずかしさからそんな具合に言い訳しつつ。

 エリカを悩ませるのは近づく【大体育祭(スポーツ・フェスタ)】に関してである。

 明日には遂に二人三脚の練習が始まるのだ。

 相手は約束した日向である。自分と組みたい。その一念での言葉と態度、それを思い出すだけでエリカは頬が火照ってしまうので、困りに困っていた。なにせ、その約束を取り付けた時の日向の言動は――思い返すだけで恥じらいを呼び覚ますようなものだから。

「うう。二人三脚ってワードだけで毎度思い返す羽目になるとか、もう……!」

 これを思い浮かべるだけでエリカの心はすぐに熱を帯びてしまう。

 あまりの熱量に押されて負けてしまい約束したとはいえ――、

(絶ッ対ぃ――――ハズいに決まってるわよっ!?)

 クラスメイトの前で手を挙げた時の気恥ずかしさとか、それを見て嬉しそうにふにゃっと笑った隣の席の男の子の愛らしい笑顔とか、それを見てとくんと胸を高鳴らせた自分の心境とか、思い返せばきりがない。

 けれどもきっと一番は――一生懸命に頼み込んできた、伝えようと懸命な日向の姿勢なのだろう。正直、組んでほしいと告げられた、あのシチュエーションがシチュエーションだっただけに異様に気恥ずかしくもあった。

「……ただ、組みたいってだけであそこまで熱心になるなっての、バカ」

 思わず愚痴を零して、湯船を指先でぴしっと弾く。

 もっとこう普段みたいに『エリカっエリカっ、組んで組んでー!』とかでも……まあ、最終的に組んであげない事も無かったんじゃないかなーとかエリカはごにょごにょ考える。けれど現実には真摯に必死に熱望されて自分は折れた。

(組むのも、嫌とか感じないし、むしろ弦巻と組みたいって求められて……ちょっとは嬉しいかなとか感じちゃう辺り、私ホントにアイツに甘いなぁ……)

 何時からこんな甘々になっちゃったかしらね、とエリカは赤面して仕方ない。

 切り替える為にぱしゃぱしゃっとお湯を顔にかけて熱を灯せば、顔が殊更に熱くなる。そうこれはお湯の温度で自分のじゃないもん、と心中言い聞かせて。

「……二人三脚。……都市伝説、か」

 ふぅ、とエリカは息を吐くとぽちゃんと湯船に口元まで沈めさせた。

 二人三脚には都市伝説があるという。

 それは走り切った男女が結ばれるとかいう、青春で、ロマンチックなそんな都市伝説。エリカから言わせてしまえば、男女で走る関係という時点で家族関係でもなければ出来ているとか噂が立てられてもあり得る事から都市伝説というのか不思議に思うものだが――きっとそういう実績があるから生じた都市伝説なのだろう。

 全く恥ずかしい都市伝説が生まれたものだ。

 そんな事を堂々とやれる学生の心境なんて他人には絶対にわからないだろう。異性とよくもまあペアを組んで大観衆の前で走れるものだ。エリカもそんな風に考えながら――、

(ええ、そうね。私がその例に組み込まれた学生よね――って、なんでこうなってんのよ本当にもぉぉぉぉぉ……!!)

 羞恥で湯船の温度を上げられそうな気分だった。

 考えてみてほしい。小中と異性が苦手で男っ気皆無で育って、高校でもそれは続くと感じていたはずなのにある日、転入生がきてそれから凄い速度で自分に陥落して懐かれて抱きつかれてすりすりされて――気づけば、二人三脚の約束まで交わしている――エリカ自身、信じ難い急速親密現象だった。

 何がどうしてこうなった、とすら思える展開である。

 当事者になったエリカは思う。

(二人三脚組むことになった男女とか、こういう気持ちだったのかなぁ……)

 状況が一変に変化して、この気恥ずかしいというのに――どこか暖かくて心地よく感じる不思議な感慨。これを抱いたりしたのだろうか、と少女は戸惑う。

(――って、私はなにを考えてるんだかねっ! べ、別にこれはその……あ、アレよね。そういう経験してきてないから不慣れってだけの動揺であって、ドギマギしてるとかそういうんじゃないしっ! 断じてないしっ!)

 頬をぱんぱんと軽く両手で叩く。小さく飛沫が飛べば、綺麗な髪が滴りに濡れた。

(ああああ……ったくもう。なんで私こんな落ち着かないんだろう。どれもこれも割と本気であの子のせいだし……)

 ふぅ、と嘆息交じりに浴槽の縁にもたれかかって嘆息を浮かべる。

「後の問題は、弦巻よね……二人三脚……まあ、普段から密着してるし、くっつくのなんて今更だけど――……改めて振り返ると我ながら恥ずかしすぎる……! 毎日、弦巻とあんな密着しちゃってるとか……!」

 うう、と何度目かの羞恥が溢れて止まらなくなる。

 脳裏に可憐な笑顔を浮かべて甘えてくる少年の姿が目に焼き付いて離れない。

「……男の子に抱きつかれてるのに、弦巻って抱き心地よくて、好きな匂いして、なんか可愛いし、怖くないし、嫌とかは湧かないし、なんでか甘やかしちゃうし……」

 ちゃぷんと水面に波紋を鳴らして、エリカは自分の胸元、心臓の位置に手を当てる。

「――一緒にいるとドキドキするのに、安心する……ってのは、どうなのよ、もうっ」

 むかつく、とすねる様に呟きを零す。

 散々、色々な事をしでかされているのだ。内心、怒らなきゃという感慨も湧くエリカだが、それ以上に、どうにもこうにも、

(まぁいっか、ってなるのが我ながらアレよねぇ……)

 甘々な対応と態度の自分に頬も染まるし、頭も抱えるというものである。

(この辺り、どうにかしないと……! 一度許しちゃうと、その後もなってくのは目に見えてるし、私の学校生活が大変な事になりそうだもの……!)

 とりあえず日向に対して少し対応を厳しく――厳しく――しゅんとした子犬の顔が脳裏を過って――寂しく――、

(……ま、まあ。過度に塩対応するのはよくない、わよね? って、ああ!? いや、それでダダ甘なんだっての私!? いえ、落ち着くのよエリカ。ええ、とりあえず二人三脚に関しては心をピシッとしなきゃ……ッ。なんたってアイツは天然ドジッ子でもれなく被害者は私だし!)

 二人三脚で日向がラッキースケベを起こしそう、というのがエリカの推察だった。

 基本として日向という少年がドジッ子なのをエリカは良く知っている。その上、何か起こすともれなく自分が犠牲になっているのも理解している。

(こないだなんか「あ、エリカー」ってかけてきたら、こけて、胸にぽふんって埋まったりしたし……いやまあ、弦巻が私の胸元に埋まってるのなんてしょっちゅうだけど……)

 それ以外にも何もない場所で転んで、しゅんとしながらおでこを擦っていた姿を見た事や家庭科の調理実習で他の班の不手際で跳ねた具材が頭に被った不運っぷりも知っている。

 目を離せない存在(トラブルメーカー)

 それがエリカの下した日向の評価だった。当人は必死に否定したがるが。

 肝心なのは、そうした出来事でエリカももれなく恥ずかしい目に合うケースがあることだろう。胸に埋まるのがすでに序の口になってきている。

(本当もう……普通ならセクハラでぶん殴るってのに……!)

 どうにも殴れない。精々、コツンと叩いたり、頬をふにってのお説教にとどめてしまう。

「……一番厄介なのは、私自身、弦巻にならいいかなーって許しちゃってる部分だし……」

 そう言葉を零しつつ「って、や。な、なに言ってんだろ私……」と赤面する。

 男子を甘えさせてやる。そんな出来事に際していいかな、など思うのはどうかしている。頭が茹ってるんじゃないだろうかと不思議に思う。

「けど、アイツ……本当に、私のおっぱい好きなのよね」

 思いながらエリカは自分の胸元を見やった。

 自分の美貌に無頓着なエリカだが、流石に体躯の事ともなれば理解はある。特に胸元など顕著なのだから自覚していて当然だ。同世代と比べれば早熟な体つきだろう。中学時代から順調に発育良好な胸元を睥睨し、エリカは自分の豊満な乳房をそっと手で包んだ。

 たぷたぷ たぷりっ たぷんっ むにゅりっ

 軽く手で触れるだけで乳房が柔らかく波打ち揺れ動く。同年代の女子と比較すると確実に巨乳に属するだろう形の良いはりのある大振りの乳房。水面に浮かぶEカップ以上にまで実った自身のたわわな乳房を見ながら、エリカは悩ましげに眉をひそめる。

「……なんか、また育ってきてるかしらね」

 運動の邪魔なんだけどな、と小さく呟きながら女性特有の悩みを前にエリカは悩んだ。

「いい事なんかあんま無いけど……」

 脳裏に浮かぶのは日向の嬉しそうな甘える顔で。

 一生懸命になってすりすりと胸元に顔を埋めて甘えてくる姿は、何度も見てきた為かエリカの瞳に焼き付いているほどだ。視線を下げれば、その光景をよく目にする。余程自分の乳房が恋しいのだろう、嬉しそうに求愛してくる表情に、エリカはどうしようもなく胸が甘く高鳴ってしまっている。

 その現状に恥じらいを灯しながらも、エリカは小さく呟いた。

「……ま。弦巻は私の胸、大きくて好きとか言ってるわけだから……それなら、まあ」

 頬が朱に染まり、瞳が熱に揺れ、声が火照った熱量を灯す。

 自覚は無く、それならいいかな、と判断した事をエリカは気づかない。しっとりと濡れた肌、火照るような熱量を「熱……っ」と、覚ますように浴槽の縁に腕を組んで置いて、自分の事に夢中な少年の言動をどうしようもない心のざわめきと共に思い耽る。

「アイツ……どのくらい私の事、好きなのかな……」

 自分の口から洩れた言葉。瞳が熱に揺れ、動悸がとくんとくんと脈打つのを感じてしまう。

 愛されて育まれてきたとエリカは自分をそう思う。

 実母に、実姉に。

 兄に父母に。

 愛されて育ってきた、その家族愛と親愛をエリカは十分、理解している。

 けれど、だからこそ日向が向けてくれる好意の質は違うのを実感していて。ソレを知らないまま生きてきたエリカにとっては戸惑いを抱いてしまう。日に日に、日向の自分へ向ける感情が増幅しているだけに、毎日赤面する場面があるほどに。

「前に抱き締められた時なんか……、何ていうかすごかったな……」

 一人、風呂に浸かっているからだろうか。

 日頃、思い返さぬ情景を何度も思い浮かべてしまう。例えば、それはエリカが初めて日向に抱きつかれるのではなく、抱き締められた瞬間。伝わってきた真摯な思い。抱き締める華奢で可憐な少女のごとき体躯とは反比例する様な雄々しい情熱に、日向の体温、自分の事を欲しがって仕方がないと言わんばかりのどうしようもない独占欲。

 あの瞬間に感じた想いは数知れず。

 時折、こうしてエリカをもどかしく苛まさせていた。

 それが嫌なのではない。むしろ、

(……意外なくらい、嬉しかったのよね、アレ)

 それが何でか――なんて考え始めると殊更熱量を帯びて落ち着かなくなる事を予測するからエリカはそこで恥ずかしそうにちゃぷんと湯船に顔を一回つけて、すぐさま顔を上げた。

「ああ、もう……何考えてんのよ私ときたら」

 最近度々押し寄せる感情の熱波。

 日向に好意をわんわん向けられて以降、エリカは時折思い返しては、そんな火照りの渦中に投げ込まれてしまう。入学前はまるで考えなかった現状だ。

「私の事好き過ぎでしょ……バカわんこっ」

 心も、体も、全部日向は求めている。新橋エリカの全部を求められているから。

「~~っ」

 なんというべき、もどかしさか。未だ蕾な少女は多くはまだわからない。ただわかっている事は、どうしようもなく、日向の前では自分は女を自覚させられているという事だった。

 それが意味する事は――、

「――浸かり過ぎね、のぼせちゃうし。出よ出よ、もう!」

 答えは見出せぬ。ただもどかしいながらも心地よい感情を抱いたまま、少女は湯船から、ざぱーっと勢いよく立ちあがる。みずみずしい肢体が水を滴らせて、ゆさっと重々しく乳房が揺れた。体は、これ以上の火照りは堪えきれないといった様に全身を淡い朱色に染まりゆくのを、どうにか抑え込むようにしながら、エリカは浴室を後にする。

 いつにも増して熱く感じる夜だった。


        2


 翌日。

 エリカは、いつも通りに登校する。女子学生の日々がある日を境に劇的に変わる事などそうあるはずもなく、昨日までの日常と然したる違いもなく日々を謳歌するべく奮励するというのが花であろう。

 朝早く日課のランニングを熟し、家族の朝食を作り終えて大好きな家族へ向けて行ってきますを言い終えて、遅く起きた兄ユウマへ「ユウマも急ぎなさいよね?」と諫言一つ零して街中を心地よい陽気に晒されて歩く道すがらは、胸にすっと爽やかさを灯してくれる。

 学院へ到着し、午前の授業も残すところあと一つとなったところで、エリカは腕をぐーっと伸ばして大きく一度深呼吸した。

「う~ん……」

 ぐっぐっとエリカは片目を瞑りながら、自分の右肩を強く揉んでみる。

(……やっぱり、凝るわね最近)

「どうしたの、エリカっ?」

 初音が不思議そうに疑問を呈すとエリカは少し逡巡した後に、

「あー、その、最近、肩凝りしてきてね」

「あー……」

 その一言で初音の目が羨望を孕んだ。同時に諦観も灯していたが。

 初音は自分の胸元とエリカの胸元を比較して僅かに苦笑する。

「肩凝りかぁ……エリカ、胸大きいもんね」

「あはは……まぁね。小さい方がいいとは思わないけど、あんまり育ち過ぎてもね……。運動の邪魔するし、なんだかんだで男子の視線とか感じるもの」

「それに弦巻君の視線とか?」

「あいつのは可愛いからいいわよ、別に」

 日向が向けてくる視線は特段気にならないエリカである――というよりも、向けられても日向ならいっか、という思考が働くくらいには、日向に心を許していた。

 ただ、その発言は同性からすれば衝撃的ですらある。

「エリカ、そこまで弦巻君に好意的だったんだな……」

「見られてもいいって、す、すごいねっ……!」

「へぁっ!?」

 言われてエリカは思わずボッと赤面する。

 確かに問題発言だったと気が付くと、わたわたと慌てた様子で、

「や、そ、その、違くてっ! いやまぁ、その、なんていうかなんだけど! こ、こう下卑た視線って感じじゃなくて、弦巻のは本当に目、キラキラさせてくるっていうか、甘えたそうな子犬みたいっていうか――ああもう、説明難しいわね、これっ!」

 どうにか解説しようとしたエリカだが、すぐさま挫折した。

 解説しようとすると泥沼にはまってゆく――そんな気がした。そうしたエリカに対し、初音と真美はくすくす微笑を零しながら、口を開く。

「わかっているよ。弦巻君のはなんというか、甘えたがりのあどけなさがあるからな」

「エリカ限定って感じだけどねっ」

「うぐ……」

 友人たちの理解を示す態度にありがたさ半分、妙な気恥ずかしさ半分でエリカは呻いた。

「なんというか……年齢の割に幾分、幼く感じる子だよな彼は」

「そだよねーっ。まあ男子ってそういうのもあるらしいけど、弦巻君は純粋に幼い気がする」

「割と散々な言われようね……否定はできないけど」

「や。別に悪いニュアンスはないけれどね。なんというか悪意を知らずに無垢に育ったみたいな感じがして、好ましい方かな私は」

「悪意を知らずっていうか、悪意に気づかずに生きてきた節もあるよねっ?」

(割と当たってる気がするわね。悪意に気づかずというか、悪意に直面する割には結局、感化されないできちゃいましたというか……)

 それで無垢で天然なのは美徳なのだろう、とエリカは思う。

 あれだけ素直なのは困ったところも多々あるが、そこがいいし、とエリカは内心頷いて。

「でもだからってあんなに甘えん坊じゃ大変なんだからね?」

「あははっ、そのわりにエリカってば甘やかすよねーっ」

「う、うっさいわねっ。……なんでか殴れないのよ。むしろその、撫でたいというか……」

「うわあ、エリカがすっごい甘い発言してるし……っ」

「え。そ、そんなだった……?」

 自覚が無かったのかエリカが赤くなって慌てる素振りを見せた。

「同級生の男子を撫でてあげたいって結構、甘いと思うよ私は?」

「ぐっ……!」

 いざ言われると確かに、とエリカは言葉を詰まらせた。

「けど実際、弦巻君って年下オーラ強いもんねっ」

「ええ、そう。そうなのよねっ。だからその、胸元見る視線もなんかかわいいというか、嫌って感じにならないというか――」

「でも私なんかはそういう視線向けられたら普通に困る気がするけど……」

「そ、それはその――」

 確かにそうなんだけど、とエリカは言葉に困ってしまう。

 実際そうなったら困るはずなのだが、日向の場合は困ると言うよりかはなにか別の感慨が浮かぶのだからしょうがない。微笑ましいような気すらしている。

「……男の子ってやっぱ胸とか好き、なんでしょうね」

「それはそうだろう。議論の余地もないんじゃないのか?」

「そうだねー。私も友達同士でそういう話題耳にするしっ」

「そうよねぇ……」

 エリカも一応自覚している。

 人より体つきは早熟で、発育も良好だったため、男子生徒がそうした話題を取り上げて昂奮している場面は幾度か見覚えあるためだ。嫌悪感もあったはあったが、しかし一種の当然なものでもあるのだろうという理知が働くためそうなんだと納得する気持ちもあった。

「……まあ、気にしたってしょうがないんだろうけどね」

 育ってしまった以上は嫌悪することでもない。

 運動の阻害にこそなるが、同時に女としては小さいよりかはありがたい話だし、とエリカは納得する事にしている。

 その言葉に初音が反応を示す。

「あ、お姉ちゃんもそれよく言ってるなー」

「紫音先輩ならそうでしょうね」

 エリカはしみじみと漏らす。同性であるエリカから見て、女としての在り様は格段に上だろう先輩を思い、僅かばかりの羨望を滲ませる。女らしさ、という点ではエリカの自己評価は低い。初音の様な少女の可愛らしさ、紫音のような女らしい色香を持つ姉妹と比較すると、少しばかり羨ましいな、と思う気持ちがある。

(私は可愛さとか綺麗は無縁だものねー……つくづく、弦巻はどうしてそこまで私なんかにデレデレなのかしらね……)

 気持ちはすごく嬉しいのだが、謎よね、とエリカは頭を悩ませる。

 そして件の紫音は仕草や言動が色気があるタイプの女性であり、世に言う爆乳の人物だ。

「ただお姉ちゃんはそれと『男子なんてそんなもんでしょ』って割り切ってたなーっ」

「わかるわね、その気持ちも……」

 男子は基本、まだ少年期なのだ。

 幼い、のではない。若い、のだ。未熟とでも言うべきか。馬鹿をやりたい年頃とか秀樹が大言していたのをふと思い出す。

「お姉ちゃんは容姿抜群だから、男子に告白された回数かなり多いんだよねっ」

「そりゃねぇ。私から見てもすごい美人だもの紫音先輩」

「おっぱいやばいしねっ」

「初音。聞こえない程度にね」

 まあ話題が話題なので声は潜めているが。

「けど実際にお姉ちゃん言ってたよ? 『私に告白してるより胸に告白してる感じだった』ってさー。いやまあ半分私も仕方ないと思うんだけどねーっ」

 その神妙な唸り方に二人は苦笑で返すしかない。

 色々と非難すべきなのだろうが、それでも紫音の胸元は凶器に近い大きさだ。一般の男子学生が魅了されたとしても大きく非難は出来ない気がする。

「まあ、だからってがつがつしてる相手を嫌ってるわけじゃないらしいけどね」

「そうなんだ?」

「エリカはがつがつしてるのはやっぱり苦手なの?」

「それ以前に男子が苦手だけど……でも、そうね。別にがつがつしてるってのも悪いもんだとは思わないわよ? 仮に恋人とかそういう相手が出来たなら――求めて欲しいって抱く想いは私だってあるもの。むしろ求めてこない相手とかだと、何か不安になりそうだし」

「そっかぁ。境界線が難しそうだよね、その辺りって」

「そうね。ストイックな関係よか、普通に恋愛したいもの」

 エリカは肩を竦めてそう零しながらも、かく言う自身は何時そうした関係性を得られるかは甚だ不透明で僅かにもどかしくも思った。

 別に無理して恋人など作ろうとは思わない。

 そうやって変な男に当たるよりかは慎重に吟味して、幸福を感じ合いたい相手に巡り合う事こそ恋仲の理想だと思うからだ。

(――少なくとも、あの男みたいなのは、ね)

 脳裏に過った実父の後姿に一度顔をしかめるもすぐさま振り払って、意識を戻す。

「ねね、真美は? 真美はどうなの?」

「私か? 私はがつがつしたのはまあどうとでも、かな」

「そうなんだ?」

「真美、アダルティ?」

「なんだその評価は……、いや……見慣れてるだけだ」

「「ああー」」

 その一言にエリカも真美も苦労人を見る目で返す。二人にとって納得の返答だ。「や、やめろう! よせぃ! そんな目で私を見ないでくれぃ!」と真美が目を瞑っていたけど。

「けどさー、実際どうなのかなっ?」

「どうとは?」

「いや、実際にがつがつしてる男子って、私たちの周囲にどれくらいいるのかなーって」

「周囲ねぇ……私たちの身近の男子っていうと弦巻に陽皐や不知火、鍵森先輩に調月先輩あたりかしらね……」

「弦巻君だとエリカにがつがつしてるというか、ラブラブしてるという具合だしな……」

「真美、その表現ハズいから、よして……!」

「陽皐君なんかがつがつしてるようで、普通に男子ってくらいな気がしてるしねーっ……」

「身近はがつがつしてるようで、実際はそんながつがつって気はしないな」

「実際にがつがつしてたら引くものね。っていうか基準が私はよくわかんないわね……。こう、誰でもいいから恋人にーってのはなんとなくがつがつかなーって気がするけど」

「ああ、そんな感じか」

「ねねっ。ユウマさんとかどうなのかな? がつがつとは真逆になんか女っ気無いって話題だけどっ」

「ユウマはそんなこと言われてんのね……。確かに、女っ気ないけどね、あの兄は……」

 エリカが思い返しても、ここ最近――高校に入学して以降、女性絡みで話題が噴出した事はまるでない。告白関連ならば別だろうが、取り立てて絡むような女子も少ない。それに至ってもほぼ身内である自分や自分の姉くらいというところか。

 一人――一人だけいるにはいるが、それもまた口が軽いで済む話ではない。だから、エリカはそっと胸の奥へそれを押し込んで、平素に友人の言葉を受け止める。

「女友達の間だと新橋君は高評価だけれどね。クールで格好いいとか、気配り出来そうとか、優しくて素敵とか、――まあ、彼は正統派イケメンって感じだからな」

「ユウマが仮に恋人が出来たとしたらね――想像つかないなぁ、なんだか」

 想像がつかない。

 それは色々な意味を含んでいた。兄が恋愛でどんな風に変わるのか。恋愛をしたこともない蕾足る少女は想像が及ばないし、兄が恋人相手だとどんな風になるのかはわからなかった。そもそも兄に恋人が出来れば――、

(少し寂しい、かな……)

 出来るのが嫌なのではない。そこまでブラコンで狭量というわけではないのだから。第一にあの兄が仮に恋人を作ったとするなら、それはきっと素敵な女性だろうし祝福もしてあげたい。ただそうなると、その未来には。

(我ながら幼いなぁ……)

 抱く想いの正体はわかっている。幼心の寂寥だった。

 小さなころから、やたら頼りがいのある兄を持った影響なのだろう。いざ、その時が来ると想像すると、寂しさが募る気持ちをエリカは自覚せざるを得ない。なにせ、ユウマはエリカにとって兄なのだから。

 それに頼りにできる男性という意味でも、エリカの人生にはユウマと有斗――エリカの父の二人くらいしかいなかったのもある。

(……最近はまあ、変わり始めたような気もするけれどね)

 曲りなりにも高校生になった。

 月日が流れれば自然と移ろうものもある。全幅ではないにせよ、頼れる異性の知り合いがいないわけではなくなってきている。クラスメイトでいえば陽皐といった気のいい友人もいるのだし、同学年の男子へ向ける苦手意識だって改善してきた気はしているし、やたら懐っこい日向だって――、

「……」

 そこまで考えてエリカはなんとなく顔を赤らめる。

「……エリカなんで急に赤くなってるのっ?」

「な、なんでもないっ」

「そう? ユウマさんから別の事へ意識が逸れてった感じだったけど……あ、弦巻君のこと考えたりしちゃったとかっ?」

「ち、違うわよ? なに言ってんだかね、初音は」

「えー、顔赤いよーっ?」

 エリカおかしー、と初音がクスクス笑う傍でエリカは羞恥に頬を赤く染めながらも、「やっぱり肩凝るわねぇ……」と誤魔化し気味につぶやいた。

 そこで、ふとそれを耳にした小柄な少年が席に座りながら小首を傾げる。日向だ。

「わう? エリカ、肩凝ってるの?」

「うひゃあっ!?」

「わうっ!?」

「あ、ああ。なんだ弦巻か……」

 考えていたら肝心の少年が席に戻ってきた事に、エリカは心臓をバクバクさせたが、すぐに落ち着かせて「ど、どうかした?」と日向に尋ねる。しかしすぐにもしかして、という懸念から事前に注意を促した。

「あ。ぎゅーして、とかは今はダメだかんね?」

「わう、残念……。……あ、違くて。エリカ肩凝ってるの?」

「へ? ああ、まぁ、その――そう、ね」

 不意の呼びかけに一瞬、気を取られたエリカだが端的に頷き返す。

「普段、委員長の仕事とか、今は祭典委員の仕事もしてるもんね」

「ああ、それもあるわね」

 その前の話題はいなかったし、訊いていないのだろう。日向は「エリカ、いっぱい動くもんねー」とニコニコ可愛らしい笑みを浮かべている。その前の話題を聴いていたなら、この少年のことだ。胸元に意識がとられてしまう光景が容易に想像できる。

 と、そんな風に推測するエリカに気づく様子はなく、日向は小さく拳を握った。

「じゃあ、僕がエリカの肩もみするしっ!」

「へ?」

 エリカはきょとんと返す。エリカの反応が呆けたものだったのを不必要と感じたのか、日向は灯した喜色をぽしゅんと霧散させてしまう。心なしか頭髪の一部が犬耳のように垂れ下がった気がしたエリカである。

「……うー、いらない?」

「あ、ううん。そういうんじゃなくて……弦巻って肩もみ得意なの?」

「うん、多分出来る方! 前にマッサージでバイトしてたこともあるし!」

 どやぁ、という音が聞こえてきそうなくらいの自信満々さである。

 まあ日向は得意分野では輝くタイプなのをエリカ自身知っているし、何より日向は正直な上に嘘がつけない子なのをわかっているため、肩もみが得意というのは事実なのだろう。

 ただ、マッサージでバイトというのが気にかかるが。知人の肩もみでお駄賃でももらっていたのだろうか?

 エリカは少し逡巡した後に「……じゃあ、試しにしてみてくれる?」と告げてみる。すると日向は嬉しそうに「わうー♪」と了承した。

「じゃ、頑張るねっ」

「はいはい。まあ、よろしくね」

 喜色満面どころか、気色満開の日向の様子を恥ずかしげにしつつも、エリカは日向へ背中を向けた。そんなエリカの小さな肩を日向はすぐさま両手で包み込むと、

「うん! ……えいっと。んしょっ、んしょっ」

 瞬間――エリカを信じられないくらいの心地よさが襲った。

「――へ?」

 思わずビクンと肩が一回跳ね上がり、次いで心地よい波が怒涛の如く押し寄せてくる。

「……エリカ? どうかしたのか?」

 不思議そうな真美の視線に思わず反応を示すと、エリカは慌てたように取り繕った。

「え、や。い、いやなんでも――ふぁんっ」

「不安?」

 こてんと初音が小首を傾げる。

「や、それじゃなくて――ひややっ」

「冷やや?」

「エリカ、大丈夫か?」

「あ、わかったっ! くすぐったいんじゃないかなっ?」

「ああ、それで……」

「い、いや、それもあるけど、それ以上にね――あ、はぁっ、んっ」

 真美と初音の怪訝そうな眼差しを余所に背後で黙々と日向が頑張っていた。

「んっ。ふっ、はぁ……っ」

(え。なにこれ、なんか、ちょいヤバいんだけど――)

 結論から言えば、日向のマッサージ技術はおかしい領域にあった。

 やたら巧みであり、否応なくエリカの気持ちいいところをついてくる。揉み解される度に、口から声が零れてしまいそうになるほど、日向の指先が気持ちよくてたまらない。

「わーう~、わうーうーわうう~~♪」

「ふぁ……っ、んっ、ふ、ぅ……っ」

 耳元で日向の美しい鼻歌が鳴り響く中で、体が心地よさに身を委ねてしまいたくなる衝動に駆られてエリカは戸惑い焦りを覚えて始めていた。

(な、なんか、これ続けられると腰砕けになりそうなんだけど……っ)

 思わず口元を手で覆ってしまう。漏れ出る声がなんだか無性に恥ずかしかった。というよりたかがマッサージで、こんなに体が緩みそうになるとは思いもしなかったのである。傍で初音たちが「エリカがなんかとろんってしてる……気持ちいいのかなっ?」と、こちらの内面知らぬ感想を漏らしており、それに内心『いや、やばいんだけど!?』と答えつつ、エリカは腰砕けになりそうなさまを見せぬように懸命に堪えていた。

 とりあえず大丈夫。これなら気持ちいい――本当に気持ちいいくらいで満足できる。

 そう考えていると、

「エリカ、エリカっ」

「……ん、な、なに?」

 ひょこっと顔を覗いてくる日向に内心ドキッとしつつエリカが問うと、日向は小さな声で「僕、マッサージちゃんとじょーずに出来てるかな……?」と少しだけ不安そうに尋ねてきた。

 エリカはどうしたものか、と考えるも、正直に返答する。

「そ、そうね。上手だと、思うわよ? すごく気持ちいいし……っていうか、気持ち良すぎてちょっとヤバいから少し加減して――」

「ほんと? じゃー、もっと気持ちよくなるよう、頑張るっ!」

「ぇ」

 焦るエリカ。

 しかし、そんなエリカの様子には気づかぬまま――日向は全力でエリカの肩を自身の培ったマッサージ技術を以て執行したのだった。

 ――数分後。

 そこには何だか色気の感じる吐息を零し、地面に両の腕でしなだれるエリカの姿があった。近くで友人たちが「え、エリカ……?」と困惑した様子で見守る中で、肝心の日向はそんな最愛の少女の姿にあわあわしながら、彼女の前にちょこんと鎮座していた。

「わ、わうー。エリカ……だいじょーぶ?」

「……」

「えと……僕、何かしちゃったし……?」

「……」

 おろおろと心配げな日向に対してエリカは熱い吐息を必死に隠す。

 したと言えばしたし。してないと言えばしてない。悪い事など何もない。

 結果として自分の肩が恐ろしい程軽くなっている点と――自分自身で体を抱き締めていないとなんだか変な気分になりそうなほど、体が日向に反応してしまっている点を除けば、だが。

「エリカー……?」

 不思議そうにして、自分の前にちょこんと座っている日向に対して、エリカは簡素に告げた。

「弦巻」

「わう?」

「……アンタ、マッサージってどういうバイトだったわけ……?」

「うー、わかんない。伝説のせーたいしって呼ばれてた人のとこ。なんかチャイナ服で○眼鏡で体中傷だらけだったけど、マッサージ上手だったし!」

「……そのよくわかんない人の店で、ってこと?」

「そー。一日五時間で日給千円もらえたし!」

 とんだブラックバイトだった。

「……今までは、これどんな人たちにやってたわけ……?」

「う? ……メインの客層は皆、大人の女性だし。マッサージだったから……」

「……そう」

「……エリカ、どーしたの?」

「……弦巻」

「わう?」

「これからは私以外にマッサージするの禁止よ」

「……わう?」

 訝しげに小首を傾げる子犬。全面的に禁止されたわけではなく、エリカは自分にはしてはいいという風に下された言葉に日向は不思議を感じていたが――まあ、大好きなエリカに出来るのならそれでいいので「よくわかんないけど、わかったー♪」と笑顔を零した。

(……私第一なとこがあるのは少し困った奴だけど……でも、こいつのマッサージ技術は危険よ、絶対に……!)

 確実に腰砕けにされる。

 というか、途中から心地よさの余り、記憶が曖昧なのだ。――覚えているのはひたすら気持ち良いという衝動だけ。気づいたら肩は軽くなり、体躯は羽の様な軽さを覚えている。素晴らしい技量で――それゆえに危険だった。

 ただ、その――、

(……マッサージ気持ちよかったから、うん、まあ、その……アレよねっ)

 正直、凄い良かった。気持ちよかったのである。

 だから、エリカはまた機会があればしてほしいかなーと思う反面、これを他の誰かにさせるのはなんというか危険な気がした。それに何故だか癪に障る気がしてしまう。だから自分以外にしたりしないように釘を刺しておいたのである。

 ――何か、独占的な気はする分、恥ずかしさは内心募っていたりはするが。

 そんなエリカの心中がわかるわけはなく、日向は「それでそれで?」とどこか期待に満ちたまなざしをエリカに送る。

「ど、どーだった? エリカ気持ちよく出来た?」

「……」

「……それとも下手だったし……?」

「……下手ってことはないわよ、ええ。う、うん――ま、まあ中々だったんじゃないかしらね? 肩も楽になった気がするし――ええ、そのくらいよ!」

 つんけんと思わず発するエリカだが、日向はそれでも十分なのか「わうー……♪」と嬉しそうな表情を見せてくる。そんな表情を少しの罪悪感と気恥ずかしさで見やりつつ、

「弦巻君、そんなにいいの? なら私もマッサージお願いしてみよっかなあ?」

「ダメよ。弦巻は、まだ私で練習させないといけないとこ多いからね」

 ほかの娘にはさせないでおこう――そんな事を考えながら牽制するエリカだった。


        3


 そうして体育の時間が来ると、日向とエリカの両名は揃ってグラウンドの一角に集まっていた。周囲を見れば、二人以外にも合計九組のペアが揃っている。しかし、男女の組み合わせは自分たちを含めて半分以下だしランダムで決まったクラスメイト四人による二組を思えば、覚悟して参加した男女ペアは実質エリカたちを含めて二組と少ない。

(ま。当然よね……。っていうか同性のペアでもよかったんじゃないっ)

 ふぅ、と頬を微かに染めて嘆息を零す。

 エリカも知ってしまっている事だが、そういう謂れがあるのだから必然男女のペアなんて限られてくるというもの。むしろ出てこられる時点で凄いと尊敬すら覚える気分だった。

「二人三脚エリカと出来るのすごーく嬉しいしっ♪」

「そう。よかったわねー♪」

「えりふぁ? ほうひてほっぺふにるし……?」

 とりあえず呑気に笑顔を浮かべる日向の頬を、この状況への仕返しとばかりにエリカはジト目を浮かべつつふにってやった。やはり柔らかくて無性に腹立たしい。

 そんなことを考えていたら二人三脚の面子の中でエリカと日向を除き、唯一の男女一組のカップルが声をかけてきた。長い銀髪の毛先がロールした華やかなかつ清楚な雰囲気の少女と、眼鏡をかけた理知的な単発の男子生徒だった。

「ふふ、新橋さん。仲良しでよろしくてよ!」

「へ? あ、や、仲良しっていうかこれはその――」

「皆まで言わなくても結構。男性の頬を気安くふにるなんてそう――親しい仲でしか出来ない事をしている時点で察しているもの、あたくし!」

「否定できない言葉が……!」

「おやおや、マイ・ラヴ。ミス新橋が困ってるじゃないか?」

「マイ・ラヴ!?」

「あら、そうなのかしらマイ・グディ? ごめんなさいね不躾だったかしら新橋さん」

「マイ……!? い、いえ、そんな気にしてないわよ……?」

「けど、そちらの殿御――殿御というには少女のように可憐だけれど、弦巻君でしたわよね。二人三脚に率先して参加するだなんて……ふふ、他人事ながら嬉しくてよ!」

「そ、そう……?」

「ええ、嬉しい限りでしてよ。聞けばリヒテナウアーさんも源さんもランダムに決めただけらしくて、しょんぼりだったけれど私たちのように愛を物語るべく自ら挙手したペアがいる事が感動なのよ。たまらなく歓喜したわ! 嗚呼、愛があるって!」

「ごめんなさい、そう言われると私もちょっと複雑かしら……!」

「照れなくても平気さ、ミス新橋。愛は照れるものじゃない。誇るものだから――小生もマイ・ラヴとの関係を照れたりなどするものか。それを観衆の前で見せつけてみせるさっ」

「マイ・グディ……!」

「マイ・ラヴ……!」

 ああ……、と恍惚とした表情を浮かべる二人を前にエリカは困惑した。

(なにかしらこの、違うベクトルのラブラブカップル……!)

 話してはくるが終止二人の世界にいる気がする。というかいてほしい。なるたけ関わらない方がいい気がする二人だった――妙な意味で。

(それとカップルってそういう呼称で呼ぶもんなの……!?)

 恋愛経験のないエリカにはわからなかった。

 両親はそんな呼び合い方はしていなかったはずだ。ラブラブだったが。だが、こんなこっぱずかしい関係性は免疫が無い。ていうか知らない。

(え? 恥ずかしくないのこの二人? 恋人同士ってこんなすごいの!?)

「マイ・ラヴ。もう我慢の限界だ。いいや臨界点だ――否、それすらも超えてみせよう。小生たちの愛を確かめ合おう」

「ええ、マイ・グディ……! 体を合わせましょう……! 心を重ねましょう! この熱意のままに!」

「二人三脚よね? 二人三脚の話よね?」

 そんなノリで二人三脚してほしくはないが。同じ競技の参加者として。同じ視線が向けられかねない恐怖から。幸い二人は当然、とばかりに頷き合い。

「それじゃあ新橋さん。お互い健闘しましょうね――この想いを!」

「いや、それは私の負けでいいんだけど――」

「何を言ってるの、さっきまで弦巻君と触れ合ってたくせに!」

「ほっぺをね!」

「では小生どもは先に行くよ、ひな君。君の愛を示す姿も心待ちにしているよ」

「愛を轟かせましょうね、ヒナタ!」

「う? わかったー♪ 頑張るし!」

「弦巻もわかってないのにわかったふりしないの! わかんない時は私に訊きなさいね!?」

「……うんっ♪」

「……あれ、何故かしら? 今、弦巻の好感度を上げちゃった気がしてならないんだけど」

 短い期間だが濃密な付き合いの影響なのか、エリカは日向の恋情の強さが上がったように感じる時があった。それも、おおよそ予想しない瞬間に。

 ともかく恋の嵐を生きる二人を見送るエリカだった。

「なんていうか……恋仲ってすごいのね……」

「わうー?」

(確か隣のクラスの植木(うえき)アリアさんと新丘(しんおか)博識(ひろし)って名前だったっけかなあ……うろ覚えだけど)

 凄かったなあ、とエリカは赤くなった顔をぱたぱた手で煽いだ。

 恋人同士ってとても真似できない間柄だとエリカは思いながらも思考をすっと切り替えて日向の方へと振り返る。インパクトこそあったが、大切なのは体育祭への練習、鍛錬だ。

「よし、それじゃ私たちも練習開始しましょうか?」

「うん、わかったし。たのしみー♪」

「はいはい。はしゃぐのもほどほどにね? とりあえず足縛るから、足寄せなさい」

 そうエリカが言うと素直に日向が足を近づける。紐で縛ってみるとわかりやすいが、やはり日向は線が細いなーとエリカはなんとなしに思った。足も男子にしては相当細いようだ。

「それが競技用の紐?」

「そうよ。なんでも科学部が開発したらしくて普段は解けにくいけど転んだ際には解けてクッションになるっていう――わけのわからないものね」

「わう、科学すごいし……!」

「本当にねぇ……」

 エリカは結び終えながら呆れた風に零す。

 いや、必要な処置なのはわかるのだが、学院内部でどうにも色々なところがハイスペック過ぎるというものだ。科学部はなんなのだろうか、もう。

「ま、いっか。それより弦巻。さっそく練習始めるわよっ」

「うー、がんばるー♪」

「そうね。頑張りましょ」

 エリカはなんとも頼もしい笑みを浮かべて、そっと日向の肩へ手をまわして――回しかけた手を一瞬「む……」と恥じらう様に止めたが、どこか諦めたような優しい顔をすると嘆息と共に肩を組んだ。

 瞬間、ふわりと日向専用の脳内麻薬が分泌する。

「わ、う……!?」

「弦巻?」

 訝しそうに横を見やるエリカだが、視線の先にいる少年の様子がいつにも増して動転しているように思われた。

「わう~~! わうう~~~~!」

 見れば、赤い顔でどこかもどかしそうに表情で目を瞑っている。そんな様子にエリカは心配そうに顔を見つめた。

「ちょ、どうしたのよ? なにかあった? お腹痛くなったとか?」

「わうー……あのね」

「うん」

「……エリカと密着してて何だか凄いの……」

「……」

「エリカ、いい匂いするし。エリカむにゅむにゅ柔らかくてあったかいし……」

「…………」

 そう、告げられて。エリカは一気に顔を赤くして、まくしたてる。

「――ばっ、バカっ! 今更何を言ってんのよ、アンタ! 毎日、密着してる癖して何を急に言ってんのよ……!?」

「だって、普段と何だか違うんだもん……。エリカの顔が横にすぐあるのもドキドキするし。おっぱいがふにふに当たるの気持ちいいし、エリカの体どこもかしこも柔らかいんだもん……」

「ど、どれも普段してあげてる事でしょうが……っ」

 言っていて羞恥心がガンガン湧き上がってくるエリカである。

 密着しているのも、何もかも日頃自分から甘えてきて、させてあげている事なのにどうしてポジションが変わっただけでそんなに反応するのか――エリカも大体わかってはいるが、それでもアンタが恥らうな、とは言いたくなった。

「エリカ、エリカ」

「な、なによもう……」

「すごく、ドキドキする」

「し、知ってるから言わなくていいのっ。あんたって子はもう……私と密着するのなは毎日のことなんだから、馴れなさいよ……?」

「うー、無理。エリカは、僕がくっつくの馴れてるの?」

「うぐ。な、馴れてるわけないでしょ……あんなの」

 むしろドキドキして止まないし、胸は何時も高鳴っているのだから。

 その意味では日向の言っている事も賛同する部分は多々あった。たぶん、この高鳴りは一生消えない音色なのだろうとエリカは感じて止まないのだから。――しかし、自分はなんて発言してんだろ、と頭を抱えたくなった。

「け、けどドキドキもするけど、アレよ。……同じくらい、安心感だって湧くでしょ? 今はそっちに集中してなさいバカっ」

「安心……うん、する。エリカといるとすごく安心するし」

「でしょ? 私も、あんたに抱きつかれてる時に安心する感じとかしてるし……。だから、ね? そばにいたげるんだから、落ち着くの。わかった?」

 日向と一緒にいると羞恥心が半端じゃないし、胸が高鳴って、ドキドキして仕方がない。

 だが、同じくらい安らぐ気持ちもエリカは抱いているのだ。文字通り、日向を抱き締めてあげている最中に、彼の頭を撫でてやっている時間に、エリカは二律背反のようだが、ドキドキもすれば異様に安らぐ感慨を抱いている事を自覚している。

 日向を落ち着けるように天使の様に優しい声音で、日向も同じように安らいでいる事を、どこか嬉しく噛み締めながら、告げれば、少年は嬉しそうに花咲く笑みを零す。

「もう平気そう?」

「まだ、ドキドキするけど大丈夫そう」

「そう。それじゃ、いい加減練習始めるわよ?」

「うん。頑張るし!」

「よし、その意気ね」

「わう、だけどその前にエリカ、エリカ」

「なによ?」

「大好き。すごく大好き」

「――」

 近距離から、屈託のない笑顔で、そんな告白をされた。

「なんだかさっきよりエリカが好きになったから、伝えたくなったし。よし、これで頑張れるから走るねっ! いこー、エリカー♪ …………わう? エリカ、走る……」

「……うん、ちょっと待ってね弦巻。ゴメン、本当少しだけ待って」

 そう零して、エリカは日向から顔を背けた。

 不思議そうにきょとんとする日向の視線を後ろから浴びながら――今度は、エリカがドキドキを抑え込むのに必死になる番になってしまう。

 そしてそんな二人は当然ながら――、

(うわ、めっさ甘ぇ……)

 そんな二人三脚組の明後日を見る様な視線に気づく事はないのだった。


        4


 お昼休みともなれば、新橋エリカが昼餉を共にする面子は大体決まっている。

 同級生の女生徒からも人気の高い彼女からしてみれば、誘いを受ける事も多い少女だが、基本的に親しい友人となると、初音と真美の二人がそうだ。入学してから懇意になった間柄でありエリカにとって大切な友人たち。そんな彼女らと昼食を共にすることや、あるいは大切な義兄であるユウマと一緒に、というのも多い。

「ユウマのやつ……今日はお昼一緒って話だったじゃないの……!」

 むぅ、と可愛らしく拗ねる妹の姿がそこにはあった。微笑ましいこの光景の理由は単純に約束を蔑ろにした兄への不満、不服によるものだ。

 兄がどこへ行ったかまではよくわからないが、

(まあ、理由がありそうだししょうがないって思っておこうかしらね)

 何時までも怒ってるのも癪な気がして不満を収めると、次に湧くのはさてどうしようかという話である。一人飯などエリカは当然存在自体思い当たらないし、真美や初音がいるかなーと思いながら自らの教室へ戻ると、可憐な美貌の美少年が不思議そうに小首を傾げてくる。今日はユウマと食べるから、と伝えていたはずが戻ってきたので不思議なのだろう。

「わう、エリカどしたの? ゆーまは?」

「ユウマってばねー。なんかどっかいっちゃったのよ」

「よーじ?」

「多分ね。わかんないけど」

「それじゃエリカ、エリカ。今日一緒にご飯食べてい?」

 ぴょこぴょこ、と頭髪を獣耳のごとく動かしながら隣席の日向が甘えたそうな視線を寄越してくるのに対してエリカは率直に「ええ、いいわよ。一緒に食べよっか」と自然穏やかな心地で答えていた。

「おっと。俺もお邪魔して平気か?」

「いいわよ、そんな気を遣わなくたって。今更でしょ、陽皐は」

「いぇーい、嬉しい反応だぜ。あんがとさん」

 ニカッ、と快活な笑みを浮かべて同席を喜ぶのは秀樹だ。するとごく自然に「それじゃ我々も」、「おー一緒しよーぜ」と初音と真美が相席をするのも流れとして出来ていた。

 この辺り――自分は変わってきたとエリカは少し考えている。少なくとも、中学時代までは男子と一緒にお昼ご飯、という光景は無かった。

(今まではユウマくらいだったし……同級生の女子は……うん、まあ、ね)

 エリカは少しだけ遠い目をする。

 まあ、中学時代は色々あったのだ。同性といえど、芳城ヶ彩のような好意的で理解が深い感じとは差があったと思う。主にユウマのおかげで。やたら格好いい評価を得ていた兄に好意を寄せる面々の影響で。真に恐ろしきは女の嫉妬というやつだ。

 ともあれ、エリカはここ最近は、幾分男性への苦手意識が緩和した気がしている。

 事実、秀樹が一緒にお昼ご飯を食べるという光景も見慣れたもので、抵抗なく受け入れている。理由はまあ、間違いなく、

(認めるのもなんだか気恥ずかしいけど……まあ、こいつの影響よね)

 視線を隣へ向ければ着々とお昼の準備に勤しむ日向の姿が目に映る。嬉しそうに「エリカとお昼、わーい♪」とか恥ずかしい事を喜色満面で呟いている様子にエリカは少しだけ頬が熱くなってしまい「……むぅ」と微かに唸った。

 男性恐怖への克服する足掛かりとして日向が後押しとなったのは認める分にやぶさかではない話である。関連して友人ともこうして昼餉を共にするくらいに平気になってきた。

「それで今日お昼はそれぞれどうなんだ? 私は学食へ行きたいんだが」

「私も学食なんだよねーっ。エリカは? お弁当?」

「ううん、私も今日は学食」

「メシ美味いもんな、どこも。俺は少し購買でパン買ってたけど休み時間に食っちまった」

「え、それお腹膨れてないのっ?」

「全然。やっぱパン四個じゃそうそうな……」

「いや、多いよ陽皐」

「ええ、多いわね……私も普通にお腹膨れるわよ……」

「男子だよねぇ……」

「ま、そういうわけだから俺も学食でドカッと喰いてぇかな。弦巻も学食だろ?」

「わう、おなかすいたー」

 くー、と腹の虫を鳴らす日向。

 エリカは腰に手を掛けながら微笑を零すと「それじゃ、天気いいし……どっか日当たりのいい場所で食べましょうか」そう、朗らかに笑むのだった。




 そうして五名が足を向けた先は定番の食堂【ルポゼ】である。

 数ある学食の中でも、学食の王道といえば【ルポゼ】だろう。特に低価格超高品質を実現しているシラヅキの味方といえば、まさしくここだ。

「たまにゃー、【リストランテ・フェリチタ】とか豪遊も憧れるけど……やっぱここだわな」

「そうねー。まあ、下手に高級だと買う気失せるし……」

「高級学食は割と高いからな。その辺は、ミカアカかセイゼンの領分だろう」

「世間一般で言えばすっごく安いけど、たまな贅沢だよねーっ」

「それに【ルポゼ】美味しーしお得だし、いーんじゃない?」

 日向の発言に集約するだろう。事実、シラヅキ近隣でなら一番は【ルポゼ】だ。

「つーわけでゴチャゴチャ言ってないで、さっさと行くか。食券買わねぇと」

「そうだな。どうする三人とも? 屋外の席で食べるかな?」

「そうね。ちょっと虫がいるかもだけど、天気が心地いいし」

「さんせーっ!」

「わうっ♪」

「んじゃ、ここは紳士ぶるかね。食券買ってくっから席確保しといてくれるか? おい、弦巻も手伝ってくれな」

「わかったし。がんばる!」

「あら、ありがとね。頼むわね、陽皐。弦巻も」

「うー♪」

「んじゃ、チャッチャと済ませようぜ。行くぞ弦巻!」

「わうー!」

「買ったら一人いったん戻ってきなさいねー? ご飯運ぶのは手伝うから」

「おーう!」と陽気に券売機目がけて走り去る二人の少年の姿を見送りながら三人は可笑しそうに苦笑を零してから「さ、私たちは席とって待ってよっか」と楽しそうに屋外座席へ向かうのだった。

 そうこうして数分が経過すると、【ルポゼ】が提供する屋外座席の一つはにぎやかな気配を発していた。丸く清潔な白のテーブルに日差し除けのための大きなパラソルが広がるさまは、どこか南国を思わせる。というか、傘の下でくるくると風車が動いているのだから殊更だ。

 そんなパラソルの下で五人はそれぞれ注文した食事に舌鼓を打っていた。

「なんていうか本当に美味しいわよね、ここ」

 大きくふっくらとしたハンバーグを箸で切り分けながら口に広がる肉の味わいにエリカは幸福感に包まれていた。

「だよねー。バックで迎洋園とかすっごい家柄がついてるせいでコスト無視してるかららしいけど学食でもう幸せだよぅ……っ!」

「むむむ。しかしこうも美味しいとなんか卒業したくなくなるよ私は……」

「わかるわー。めっちゃわかるわー。俺も同感だぜ、刑部。ああ、もう大学も芳城ヶ彩の系列にある大学にしようかな、んとに」

「わう、大学もあったの?」

「ええ、あるわよ県内に? ……っていうか、弦巻は迎洋園の従僕なのに、なんで知らないのよ……、普通に有名よ? 手広く優秀な人材集めて色々な学部を形成してるみたいだけど」

「わうー……!」

 そーなんだ、という驚きの顔にエリカは苦笑を浮かべながら、

「けど、学食で大学決めようってのはどうなのよ陽皐?」

「だがな、新橋。例えば――飯の美味い伴侶と、飯の不味い伴侶。得るならどっちだ?」

「自分で巧くなるだけでしょ?」

「こいつぁ手ごわい相手だぜぇ……! 完璧解答ときたもんだ……!」

「けどまあ料理くらい出来てた方がいいのは認めるけどね。陽皐は料理どうなの?」

「目玉焼きだろ? トーストだろ? コンビニだろ?」

「ほぼ出来ないってのはわかったわ……」

「えへへー、僕はお料理出来るしっ!」

「弦巻のは錬金術っていうのよねぇ……」

「わう?」

 食材が変換されて別の完成に至る事を知るエリカとしては日向の自信満々な表情には痾t間を悩ませる部分だ。そのくせ普通に美味しい事は美味しい。だから困った。修正させようにも、どこをどうしたら改善するかわからないのが一番悩ましい。

「ま、ともかくとして……つまり陽皐はご飯の美味しい大学がいいのね?」

「ザッツライ!」

「うへぁ……ダメな基準だよね、それっ」

「学部はちゃんと決めないとだぞ、陽皐?」

「正論はよしてくれ。俺はまだ自由でいたいんだ」

「まぁいいけど……二年になるころには志望はおおまかでも選んでおかないとね」

「ぐっは……飯時なのに、飯が喉を通らなくなりそうな正論だぜ……はぐはぐ」

 がくりと肩を落としながらとんかつをかきこむ秀樹に本当かな、と三人はいぶかしげな視線を送りつつも、まあいいか、と言葉を呑み込んだ。

 小難しい話に逸れてしまったが、今の一番の優先課題はそれではない。

 昼ごはんを楽しむ事こそだ……!

「エリカー、エリカー」

「んー?」

「ご飯おいしー」

「そうねー。あ、こら急いで食べないのよー?」

 もきゅもきゅと咀嚼している日向の口元を呆れたようにハンカチで拭いてやりつつ、エリカは自分の食事を進める。相変わらず溢れる肉汁がたまらない限りだ。「……自然とああしてるのに妙に恥ずかしがり屋なんだよな」、「なー。いやもう世話の焼ける弟分みたいな感じがアイツ強いからわからんじゃねぇが」、「エリカもエリカで表情があったかいんだけどねーっ」。

「こらそこ。聞こえてるわよ?」

「あ、恥ずかしがってるっ」

「顔赤いな」

「ぐっ。し、しかたないでしょ? 弦巻ってばドジなんだもん」

「ど、ドジじゃないしっ」

「ドジじゃないの?」

 エリカが確認するようにじーっと視線を向ける。

「……わうっ」

 日向がぽしゅんっと顔を赤くさせた。

「だからその見つめられただけで真っ赤になるのやめなさいっ。恥ずかしいの私だから!」

「エリカ、ダメだよー? 弦巻君テレさせちゃっ」

「どういうお説教!?」

 エリカが赤い顔で文句を言うのを見ながら秀樹は「しかしまあ」。

「弦巻も弦巻で、照れる時もあるわけだが――二人三脚どうだったんよ? くっついてるぶんにお前ら平気だったん?」

「平気なわけないでしょう、なにを言ってんのかしら陽皐ったら」

「お、おおう……笑顔の癖して背後に般若が見えるわ……!」

 なにかあったのは三人とも察していた。

 むしろなにもおこらない可能性の方がないと思っていた。エリカと日向だし。きっと何かされたりしたんだろうなーと三人は思いつつ、

(((ま! さわらぬ神になんとやらってなっ!)))

 意識は同調しているのだった。

 かくいうエリカは思い出した影響か日向の頬をふにょんふみょんと左右に引っ張っていた「え、えりふぁー? ほっへーっ、ほっへぇーっ」と抗議の声は無視しつつ。

「ま、まあエリカもそのへんで。で、実際どうだったんだい? 感触は」

「むかつくくらい癒されるわねっ」

「いや、ほっぺの感触じゃなくて、二人三脚なんだが、」

「ああ、そっち?」

 ようやく手を放すと「わうー……」と涙目になる日向の頬を両手で挟んで、優しくさすってやりはじめた。ふにった後のエリカなりのフォローである。「わにゅう~」と今度は表情が蕩けていた。その光景を見て「ああいうので更に陥落させられちゃうと思うんだけど……エリカ自覚ないんだろうなぁーっ」と初音が零す。

「そうねぇ……。結構いけそうかしらね」

「お、よかったじゃねぇか?」

「もっと苦労すると思ったんだけどね。男女差考えてたらさ」

「それは確かに」

「……したら、アレなのよ。あんまり差が無くてね」

「無いって?」

 初音が不思議そうに思いながら改めて日向を見やる。

「……よく考えると、私と弦巻って身長差ほぼないし。股下の長さも同じくらいだもの。走ってて違和感は覚えたりするけど、それも馴れてないだけだから何度かやれば自然な形になると思うのよね」

「わあ、理想形」

 良かったね、と初音が手を小さく叩いた。

「ただ弦巻がね」

「弦巻君が?」

「……横ですぐ恥ずかしそうに顔赤くしちゃうの気恥ずかしいのよ……!」

「ああー」

 可笑しそうに初音が笑い、つられた様子で真美も朗らかに微笑する。

「くくっ、大変だねぇお二人さん」

「その言い方なんかむかつくわねぇ」

 赤い顔でエリカが抗議する。

「まあ、けど安心したよ。具合が良さそうなら安心だな」

「だよねだよねー。二人三脚って聞くと、馴れないうちは転んで怪我とかありそうだもんねっ」

「……一応言っておくけど、転びはしたわよ?」

「え、そうなのっ?」

「ええ、弦巻がべしゃーってなって、私がその上にどさーって――くっ」

「エリカ?」

 唐突に押し黙るとエリカが羞恥を抑えるように胸を抱いた。

 なにかあったんだなーと思いつつ神には触れぬ三人である。

「……コホン。まあいいわ。転びはしたのよ。ただ紐のおかげで大したことないっていうか無傷だったんだけどさ」

「ああ、あの支給品のやつ?」

「そ、あの科学部のやつね」

 エリカも発動を見てびっくりしたものだ。

 本当にクッションに早変わりした。そしてまた紐に戻った。

「つくづく凄いなうちの学院」

 真美の言葉には呆れと感心が混ざっていた。

「変わった事が多くて飽きないよねーっ」

「初音はタフね。私はもう諦めてるけどね」

「その割にツッコミ入れるよね?」

「諦めてるけど、直面するとツッコミせざるえないからね」

 はぁ、とこぼすエリカを見て苦笑を零す初音である。

「まあ、色々あるわなこの学院。訊いてたよりよっぽど」

「うー、色んな事あってすごいし!」

「それによ。こないだも転入生がまたきたからな。しかも隣のクラスにだぜ!」

 秀樹の断言に初音が反応を示した。

「グラハムさんだっけ? ユウマさんのクラスのっ」

「ああ、そうだったわね。ユウマが言ってたっけ。海外の名家だとかなんとか……」

「男子も女子も騒いでたからなあ。特に男子なんか意気揚揚としていたぞ?」

「ふ。まあ、わかってくんねぇ刑部の姉御。男は可愛い女子を見ると盛り上がっちまうんでさぁ。サガなんでさぁ、こればっかりはよい。馬鹿だ馬鹿だと笑ってくんねい」

「誰が姉御だとか色々ツッコミしたくなったが面倒くさそうだから触れないでおくな?」

「触れろよ! 触れなきゃいけない感じマックスにしたんだから触れろよ!?」

「ぐらはむさん?」

「……あら? 弦巻は、知らない? 隣に海外から留学生来たのよ?」

「わうー、そーなんだ?」

「そうそう。とっても綺麗な娘だったわよ? 銀髪で綺麗な顔してて」

「そーなの? でも僕、エリカしか意中にないし」

「だからアンタは、私を困らせる発言をぽろぽろ落とすのやめなさい」

「う?」

 なにが? と言わんばかりの態度にエリカは赤い顔で嘆息する。もう慣れた話である。嘘だった。馴れたふりをしているだけに過ぎない。

 無垢に寄せられる好意がここまで心臓に影響を及ぼすとは思いもしなかった。

 気を抜くと好意である。心臓がいくつあっても足りない気がしてしまう。

「とりあえずグラハムさんって人の事は覚えておくくらいしときなさいね? 隣のクラスだし面識持つときもあるだろうから。失礼の内容にしときなさいよ?」

 アンタ名家の従僕なんだし、とエリカは忠告しておく。

 従僕の失態は主の失態。テティスへ余波が生じる危険性は摘んでおくのが吉だろう。日向の面倒をみてるぶんにはその辺りもちゃんとしておきたい心境のエリカだった。

「けど転入して間もなく【大体育祭】か。グラハムの奴も騒がしくなる時期にきたよな」

「そうね。――まあ、いつもだけどウチの高校」

「確かにそうだな」

 思い返せば年がら年中な気がしてくる秀樹である。

「ま、けど今は私としては競技集中かしらね」

「そっか、二人とも【大体育祭】は勝負だもんねっ」

「ええ」

 脳裏に過るのはいけ好かないイケメンの姿。

 大地離筵。名家、大地離家の嫡男にして稀代のスポーツ特待生。

「生半可で勝てる相手じゃないってのはユウマなんかの忠告を聞いてわかってはいるつもりだけど……それでもね。見返してやりたいもんよ」

「僕も、エリカにあんな暴言吐いたの許せないから、頑張るし……!」

「ファイトだぜ。――へへ、しかしアレだな。本気になってる奴がクラスにいるってのは引き締まるってなもんだよな」

 秀樹の言葉に真美たちが一様に頷いた。

 少なくとも記念参加や、怠惰な参加ではなくなっている。一丸になって、見返してやろうという気概がクラスから感じられているのだからありがたい話だ。

「にしても弦巻君はエリカの事もあるのだろうけれど、本当にやる気だね?」

「うん、エリカの事が一番だけど、僕はそれ以外にも色々あるから……」

「色々?」

「【大体育祭】もそうだけど、その先にあるのも僕は頑張らないとだし」

「先って――ああ、従僕のお仕事ね?」

「わう! 運動も勉強もいい成績ある方がありがたいから」

 日向が真剣な表情で頷いた――言動のせいで微笑ましいだけだったが――ともあれ、その言葉に対して「従僕かぁ」と真美が箸を口に運びながら、言葉にエールと灯す。

「弦巻君は研修期間みたいなものって聞いてるからな。頑張るんだぞ?」

「うー、ありがとうです刑部さん♪」

「そうそうっ。従僕のお仕事ダメだと、お屋敷から出てく事になったりしちゃうかもしれないんでしょっ? 頑張ってね、弦巻君っ。じゃないと、エリカなんかきっと寂しがるだろうしっ」

「ちょっ、初音っ」

 かぁっと顔を赤くしたエリカが反論しようとするも「ならないの?」というきょとんとした初音の言葉に対して「うぐっ」と、思わず口籠り、少し間をおいてから、

「…………ま、まあ。今更弦巻がいなくなったりとかは、うん、普通に。普通によ? ほんと、普通に同級生として……同級生としてだから。クラスメイトとしてだからね? さ、寂しく感じない、と言ったら……まあ、えと……なると思うから……」

 もごもご、と頬を赤くしながら言葉を紡ぐエリカは最終的に日向へ向けて赤い顔で、ジト目気味になりつつも、日向の頬をちょんと突いて、

「――そ、そういうわけだから落第点取らないように頑張りなさい。わかった?」

 ふにゅっと頬を突かれた日向は少しだけぽかんとした様子だったが、やがて嬉しそうにふにゃりと柔らかい表情を浮かべた。

「うん、わかったー♪ エリカと一緒にいたいから頑張るー♪」

「……コホン。言い心掛けだけど、私限定じゃなくてね……!」

「う? でも一番一緒にいたいのエリカだし……」

「ほ、本分は学業でしょ、バカっ!」

「うー、でもエリカと一緒がいー……」

「うぐ。……が、学業も頑張るのっ。そしたらいっぱい一緒にいたげるから。ね?」

「わう、わかった! 頑張るー♪」

「よしよし、いい子ね。頑張る子は私好きよ?」

 ぱたぱた、と尻尾を振る様にはしゃぐ日向の頭をエリカは顔を赤くしながら撫でてやる。相も変わらず心地いい撫で心地の頭髪が指先をくすぐるのがエリカは心地よくて好きだ。

 そんな風に考えていると、不意に友人三名の視線に気づく。

 圧倒的な――にやにやした視線に。

「……」

 エリカの汗が止まらない。顔の熱さも下がらない、むしろ上がった。手のひらの下でなでなでが止まった事に気づいた日向が「エリカー?」と、名残惜しそうな声を零すのを耳にしつつ、エリカはコホンと咳払いして。

「……ま、まあ。頑張った分だけいい子いい子くらいは、何時でもしたげるから、弦巻はちゃんと研修頑張るのよ」

「うん、任せてー!」

「よし、いい子ね。――うん、そういう感じだから。頑張る子褒めてやったみたいなだけだからね? 穿った見方はしないようにしなさいね、あんたたちも?」

「「「わかったわかった」」」

「三人揃ってその温かいまなざしを止めなさいよ……!?」

「「「ほのぼのほのぼの」」」

「うっさいっ!」

 気恥ずかしくなって叫ぶエリカに微笑を零す三名をよそに、日向一人がぽにゃんとしていて「どーしたのー?」と袖をくいくいしてくるが「ど、どうもしてないわよっ」とエリカはツンと返してしまう。

「ふふ、しかし本当見ていて和むなぁ」

「だよねーっ」

「私はバクバクなんだけどね、主に心臓が!?」

「僕はいつもドキドキしてるー♪」

「さらっとそういう事いうところがアンタは厄介なんだから……!?」

「かー、いいなー。俺も美人といちゃこらしてぇー」

「い、イチャコラなんてしてないわよ陽皐!」

「……自分の現状を振り返って、本当に、そう、断言できるか?」

「やめなさいよ、そういう逃げ道失くす本気発言……!?」

 自覚はある。だからなんだ、認めてたまるか。

 自らがイチャラブオーラを発しているなど……! 意地でも依怙地でも……!

 そんな心境のエリカだった。

「えへへー、エリカとイチャコラー♪」

「このわんこは本当にもう……!」

「……イチャコラってどーいう意味?」

「……このわんこは、本当にもう……」

 無垢と無知が同居していた日向である。「わう?」と疑問符を浮かべる日向に対して、

「なんというか本当に目が離せないわね……」

「わ、わう……エリカの視線がなんか呆れてる気がするし……! ……わうっ」

「だからね弦巻? 私のどんな視線でも真っ赤になって気恥ずかしそうになるのやめなさいね? 見てるこっちが色々心臓に悪いんだから……!」

「だってぇ」

「だってじゃないの。弦巻ってばそんなに、その……私に見られるの嬉しいわけ?」

「エリカの目元すごい好みなの」

「……どうしてあんたって子はこう……私を恥ずかしがらせる事しかしないのかしらね? 結構きつい目元だと思うんだけど私の目元……」

 エリカの目元は他の娘より少し吊り上っている。俗にいうところのツリ目であり、本人はそのことを特に気にしていないながらも、同世代の少女の眦よりかはキツイ印象を与えるんじゃないのかなー程度の認識だったが、日向としてはその切れ長の綺麗なツリ目が美人の印象を強くしていてたまらなく好きだった。

 綺麗な茶色の色素の瞳といい、

「……わうー……やっぱり一日中見てても見飽きないしー……♪」

「……」

 その眼に惚れていた。惚れこんでいるといって過言では弱い。ぞっこんだった。

 ずっと見つめ続けられるほどに。

 それこそ日向の視線は世界で一番綺麗な宝石を見ている人間の眼だった。見続けているだけで魅了され、もうその色以外どうでもいいとばかりに――宝石の魔力に囚われているといってしまえるくらい。

「…………目元好きなのわかったから、……人をジッと見てないの、失礼でしょ、バカ」

「わう、ご、ごめんなさい……」

 しゅんとする日向を後目にエリカは目元を手で隠して必死だった。

 真っ赤に染まった顔も、朱く潤んだ目元も、羞恥の表情を日向に見られないように必死になってつっけんどんに対応していた。

(――そんな好き好きオーラ発してる目で見つめてくんじゃないっての……!)

 エリカはもう今後どうすればいいのかわからない。

 日向が自分の眼を好きそうなのは知っていたが、ツリ目の目元までストライクゾーンになってる所為で、あの視線を直接視線に叩きつけられるのは精神衛生上危険極まりない。なにせジーッと見つめてくるのだ。

 好意満開の恋慕の眼差しで。

 こんなのを連日喰らうのは心臓に悪すぎる――、

「エリカの手、好きー……♪」

「……」

「うー?」

 エリカは無言で日向の目元を自らの手で覆った。唐突な事態に不思議がっているのだろう瞼がぱちぱち動いているのが、掌にくすぐったくて理解できる。くすぐったさには弱いエリカだが、この際目を瞑っていた。

 くすぐったさ?

 とっくに心のくすぐったさが肉体を超越しているわよ! とでも叫びたいエリカだった。目元を好きという視線を手で隠したら、手が好きとか言い出したのだ。

(この羞恥心の無限増加を阻めるんなら手のくすぐったさなんてどうでもいいわよ!)

 そして後は周囲の三名へ視線で『話題を斬りなさい』と訴えかけるだけ。

 ほぼ威圧だったが三人揃って即座に了承するのを見届けると嘆息を一つ零して、エリカ自ら話題の修正に移る事にした。

「そういえば聞いた事は無かったけど、真美の家とかには従者さんっているの?」

「あ、そうだねっ」

「え、私か?」

 尋ねられるのは予想外だったのか真美はきょとんとした表情を浮かべる。

 その中で秀樹が少し気になって発言した。

「その反応だと、刑部ん家って結構、すごいのか?」

「ああ、まあね。……警備会社、というやつだ」

 警備会社。それはまた資産家ご令嬢らしい家柄に秀樹は思えた。かくいう真美は、どこか複雑そうな表情を浮かべているのが、少し気にかかりはするものの、そこを突っ込むほど、野暮ではない。

「へー、警備会社か。すげぇな。んじゃ、新橋の家とクローリクの家ってどうなん? 正直、お前ら二人も相当育ちが良さそうだし、家に従者さんとかいたりすんのか?」

「私の家は、大きいけど平均より大きいってくらいよ? まあ、お父さんが企業の社長務めてるわけだけど……お手伝いさんとかは今はいないわね。昔はユウマに執事とかついてたりがあったけど、今はいないし。というか、私とユウマで家事熟してるし」

「なんつぅか所帯じみたお嬢様だな、新橋は……」

 秀樹の馬鹿にするではないが、呆れた様な視線を向けてしまう。いや、呆れるというより感心するが故に呆れたというべきだろう。

「エリカってお嬢様ってワードすっごい似合わないよねっ……」

「そう、それな」

 初音の言葉に秀樹は得心言った様子で頷き返す。

 エリカは家柄や教育面など確実にご令嬢といっていいはずなのだが――生憎と本人の性格含めて諸々の影響でお嬢様という言葉はイメージに合わない印象だった。悪い意味ではなく、いい意味でお嬢様らしくない。

「クローリクはどうなん? 従者さんとかいたりすんの?」

「私の家はメイドさんいるよっ。まあ、成人済みだから弦巻君とかみたいに学校通いはしてなくて家でお母さんのお手伝いしてる感じだけどねっ」

「おお、お嬢様っぽいな。まあ、紫音先輩なんか色気むんむんだけどお嬢様オーラ漂ってるし納得だ……!」

「主に悪戯大好きお嬢様のオーラだけどね……」

 脳裏に浮かぶ小悪魔のように他者をからかう部分もある姉を思い出して、初音は呟くが色気ある先輩にやられた男子生徒には聞こえていないらしい。ついでに好意を抱く相手がいるのは知っているだろうに、それはそれのようだ。

「わう、でもそーすると話の流れ的には刑部さんの家っておっきーんですか?」

「うん? まあ、そうだね。とはいっても、こっちじゃそんな有名ではないと思うぞ? なんせ、実家は四国だからな。四国、愛媛の豪族、地主……まあ、そんなものだよ私の家は」

「そんなものだよって軽く言ってる割にすげぇな、おい」

「わうー……!」

 男子二人が揃って驚きを露わにする。

 真美の家の事は初耳だっただけにびっくりだ。エリカと初音は流石友人といった様子で驚いた様子はなくさも当然といった様子である。

「いや、まあ、大層なものかと厳密に言われれば御大層ではあるんだがね……」

「うん、まー、うん、そだよねっ……」

「……ええ。大層すぎて苦労したわよねぇ……」

 ただ、何故だろう。家柄がどうしたこうしたで、三名が揃ってげんなりした空気を醸し出した。「いや、どうしたよ」と、秀樹が恐る恐る零すも「まあ、いろいろあったのよ……」とエリカは訳知り顔で苦笑するだけだ。

「けどすげーよなー」

「なにがだい?」

「いや、メイドやら執事やらの話がな? 俺の場合は、高校入ってから訊くワードだからさ。ここ金持ち高校なんだなーって実感すんだよ。すげーって」

「ああ、なるほど……というか、そうか。陽皐は中学まで普通だったんだったね?」

「そそ。高校は親父の母校通うって話になって今があるけどよ」

「へー、陽皐君のお父さん芳城だったんだ?」

 少し感心した様子で初音が問えば秀樹は端的に頷く。

「ああ。思い出深い母校ってやつらしいぜ。だから俺もこうして在籍してるしよ」

「なんかいいわね、そういうの」

「だろ? 俺も親父がいい高校だったっつー高校に通ってみたかったしよ」

 そう零す秀樹にエリカも穏やかな表情で首肯する。

 親が辿った足跡を自分もまた歩いてみる――そういうのは、なんだか素敵に感じられた。

「ちなみに、皆はどだったん? 中学までも英才教育的な?」

「いえ、私は中学はまあ普通よ? 青南中学だもの」

「私は地元の名門中学かな、一応は」

「私は女子高だねー。お姉ちゃんと一緒だったんだっ」

「ほー、なんというか確かにそんな感じ受けるわな」

 エリカはこの近隣の共学中学校。真美は地元の名門中学らしく、初音は女子高ときて、秀樹としてはイメージに合う気がした。

「かくいう陽皐こそ、どこの中学なのよ?」

「俺? 俺は日下部(くさかべ)中学。知ってるかね?」

「ああ、あそこなんだっ」

 ぽん、と初音が相槌を打った。

 真美はといえば流石に地理的なものが無いらしくよくわかってはいないようだが、エリカは思い当たったらしく「ふーん、あそこなんだ。まあ普通の中学かしらね」と呟く。

「まぁな。ちなみにこれといって思い出も薄いしよ」

「そうなの?」

「意外でしょ? 秀樹君だとなんか中学時代満喫してそうなイメージだし」

「弦巻の言うイメージなのかねぇ? 俺としちゃあわからんが――ま、中学時代も割と出席日数ギリギリでな」

「え? い、いじめ、とか……? それか不良さんだったとか……?」

「いやいや違うぜクローリク。実は親父に世界各国連れまわされたんだよ」

「それはまた豪放だな……」

 真美が感嘆の表情を浮かべると「だろー? おかげでまあ色々と見識は得たけどよ。おかげで学業はわりかしおざなりになったつうの? まあ小学生の頃は仲良い奴いたけど多分」

「それで芳城ヶ彩これるならそれはそれで凄いけどね」

 ここ偏差値高いし、とエリカは少し感心した声を零す。

「へへ、だろ? まあ、でも驚きで言えばウチの学校も相当だけどな……」

 言って秀樹は周囲を一通り見渡して――広大な敷地、無数の建物、空を舞う機械式監視野鳥、視線が向いたので即座に姿を消した忍者SP、ふよふよ浮かぶ妖精――、

「……」

「秀樹君?」

 わう? と、小首を傾げる日向に対して「いや……なんだろうな、うん」と目を擦る秀樹だったが色々と見なかった事にしてから「ま、まあ。ここもすげぇってことよ」と頷く。力強く頷く。

「それは同感ね……」

「特に――わかってはいたが、やはり名門、資産家の子供が多いからな」

「びっくりするくらいの名家とかあるもんねーっ」

「メイドや執事は流石に経験無かったわ、俺も」

「僕も無かったし。今はお屋敷の人がそうだから……なんかすごく不思議な気分」

「確かに、そうでしょうねー」

 エリカが同感を示す。普通に生きていくぶんに、メイドやら執事やらかかわりはないだろう。精々、秋葉原の喫茶店くらいのものか。

「でも、僕の同僚も頑張ってるし!」

「弦巻君の同僚っていうと、上杉君、だったな?」

「うん、そーです」

 こくりと小さく頷く日向。

「上杉君かぁ……私、あんま関わった事ないなっ。弦巻君を呼びに来たりとかで見た事はあるけど」

「私もそんな感じね。見かける程度かしらね。……まあ、そもそも男子と関わるの一部だけってのもあるけど。真美は?」

「私も二人と似たようなものだ」

「俺は普通に知人友人くれぇかなあ。んで、一言で言えば、まあバカかな」

「わう、そんな感じだし!」

「ねぇ、あんたらのその友人への評価=バカでいいやみたいな構図伝わりにくいんだけど!?」

「え、けどよ……んじゃ、新橋的には弦巻を紹介する時は、どんな感じに紹介するよ?」

「え?」

 秀樹にそう問われるとエリカは数秒日向の事を見つめる。相変わらず幼さの残る顔立ちを愛らしく思いながら黙考する。対する日向と言えばエリカに注視というのが嬉しいのか恥ずかしいのか顔を赤くして髪の毛をぴこぴこさせる日向を見つめ終えた後に、ふむ、と彼女は頷いて。

「……ドジッ子な子犬かしら?」

「ど、ドジッ子じゃないもんっ」

「子犬の方は否定しなくていいのっ!?」

「ドジッ子の方も割と否定材料無いけれどね……」

 初音と真美が揃って日向を見つめて、だが確かに、と首肯する。

 日向の印象は割とその通りに『ドジッ子で子犬的な男の子』なのだから仕方がない。ただ日向は「ドジッ子……」と、少しだけ涙目になっていた。

 そんな日向を尻目に秀樹は「まあかくいう上杉の奴もなんでか忙しなさそうなんだだがな」

「そうなの? 上杉君は従僕なんでしょ? 弦巻君みたいな期間雇用じゃなくて」

「おお。最近はなんか『人使いが荒くて……』と遠い目しててよ。弦巻はなんか知ってる?」

「うーん、僕も誰かを手伝ってるくらいしか知らないし」

「……なんかよくわからないけど、従者職も大変そうね?」

 概要がまったくわからないが――、それでもなにか大変そうだな、とエリカは端的にそう思った。そんな時、日向がぽんと頭の上にライトを灯した――ような錯覚するほど、そんな『そういえば!』みたいな表情だったわけだが。

「上杉君で今思い出したけど、僕こないだすごい生き物見たし!」

 訊いて訊いてー、とばかりの日向の顔を見やりながらエリカは不思議そうに、

「上杉でどうやって生き物に行き着くかわかんないんだけど……何見たわけ?」

「エリカもびっくりするよきっと! んとね――こないだ龍見たし!」

「龍なんかいるわけないでしょ、バカ言わないの」

「わうー!? ホントだよ、金ぴかのやついたのー!?」

 信じてー、と叫ぶ日向の言葉を可笑しそうに笑い合いながら、今日もまたほのぼのと学友たちの暖かな時間が過ぎていくのだった。


        5


 それから時間は淡々と過ぎ去り、時刻は放課後の頃に至る。

 最近は【大体育祭】の関係で少しの時間を取って祭典委員会の仕事と委員長の雑務をこなしてからの下校になっている二人は、その時間並木道を歩いていた。

 前を嬉しそうに跳ねるように歩く日向がくるっと振り向き笑顔を浮かべる。

「エリカ、良かったの? 一緒に来てくれるの嬉しかったけど」

 その問いかけに答えるのはエリカだ。

「この後買い物するまで、時間もあるからね。それに、美術部にはあの日、一緒に行ったきりだったから、アンタが今どんなもの描いてるのか気になったから」

 そう零すエリカの心境はその実複雑怪奇だった。

 色々と言ってはいるが、日向に付き合う道理はない。美術部へ行って少し絵を見てくるというだけの他愛ない用事に対して足を運ぶほどじゃなかったはずだが――、

「えへへ、エリカが気にかけてくれるのすごーくうれしーし」

 どうにも、この笑顔を見ていると心が騒がしい。

 放課後になって「僕、美術部よーじあるからまたねエリカー♪」と言って帰ろうとした日向に対して不意に「そうなんだ。今は何か描いてるの?」と、そんな言葉を発して気にした事こそ意外だった。

 自分でも、日向へそんなに意識を向けているのが不思議でならない。

 こうした満開の笑顔を向けられるのが、なんとも優しい心地になることも。

「……そんな、心底嬉しそうな顔するなバカっ。気恥ずかしいでしょ?」

「ヤー。エリカに気にされるの幸せだから頬ゆるんじゃうし。わうっ♪」

「……なにか、このわんこの口を封じる手段ないかしら」

「わう?」

「……ダメね。口封じたら今以上にボディランゲージと雰囲気で好意表現してきそうだし。今より恥ずかしい真似されそうだわ……」

「わうー?」

 ぽやん、と理解してない様子の日向を隣にエリカは嘆息を零しながら頬を桜色に染めていた。日向から言葉を封じれば、言葉以外で絶大な好意を示される未来がありありと見えた少女は早々に口をふさぐという妙案を廃棄するのだった。




 芳城ヶ彩の美術部は鬱蒼とした森林地帯を少し奥まで散策したところにある。相も変わらず美術部一つへ行くのもちょっとした冒険じみてるわね、とエリカは呆れつつも前を先導しては時折こちらを振り返り自分の姿を見て嬉しそうにはしゃぐ少年の姿に散歩中の子犬を連想しながらもついていく。

 そうして見えてきたログハウスへと少しぶりに足を踏み入れたエリカである。

 辿り着いた美術部は相変わらず広間自体は閑散としていた。

 部員全員がアトリエに籠る所為で出てこないと話にならないらしい。

「……部活動、よね?」

 和気藹々としている運動部と文化部の中でも異色な気すらした。

「みんな、筆が乗ると自分の世界に入っちゃうから仕方ないし」

「そういうものなの?」

「わう。普通だと思うよ? 絵描きだもん。自分が絵を描いていること以外に気にするものなんてないし。自分の世界に籠って世界を描くの根気いるから」

 簡素にそう返す日向の言葉がやけに強く感じられた。いまだ知らない世界をふっと垣間見させられたというべきか――、その言葉は只人が吐くには高く思える何かを感じてしまう。

(……まあ、考え過ぎかしらね)

「それにしても……」

「わう?」

「アンタ、自分専用アトリエなんて何時からもらってたの?」

「入部した後に割とすぐにだよ?」

「そうなんだ……」

 へー、とエリカは感心する。

(……個人のアトリエとかってそんな簡単にくれるもんとは思えないんだけどね? 場所取るのは当然としても、部員数考えると――)

「あれ? そう言えば、ここの部員数って何名?」

「へ? 部員数? んっと……確か十名だし」

「……少なくない?」

 エリカは疑問に感じた。

 美術部である。少なくともマイナー部活とは一線を画すはずだ。いくらなんでも部員数が少なすぎる気がしてくるのだが……。

「なんか逃げ出す人が多いらしーの」

「……納得したわ」

 それだけで得心が言った。

 そう言えばそもそも変人奇人がいるし、初日だって春画と自画像のバトルがあったくらいだ。それに恐怖して去った部員だっているだろう。

「後は美術特進科が放課後もやれるらしーから」

「ああ、真っ当なのはそっち行くのね……」

「それと顧問の先生が入部テストしてるって先輩言ってたし」

「……はい?」

 入部テスト? 美術部で?

 エリカは不思議に思った。そんなのをやるのか、と。

「運動部じゃないんだから……けど、それに受かったってこと?」

「先輩が僕が前に描いた絵を見せて合格って言ってたし」

「ふーん……」

 色々とツッコミ入れたい部分はあったが割といい具合に決着しているらしい。ならば自分がとやかく言う部分もないのでエリカは話題を終わらせた。

 ……というよりも絵画関連の知識の無さもある。美術史は勉強した事があるので大まかに把握してはいるが、それは博識というだけで絵の専門的技術によるどんな絵がいいのかというのは精通していなかった。

(まあ、弦巻が描いてるから、ちょっと興味があるってだけだものね)

 絵画だのだとかよりかは運動関連寄りなエリカである。強いて言うなら日向がしてるから関心を持つようになった――今はまだそのくらいだ。

「エリカ、僕のアトリエ四号室っ」

「入って平気?」

「うん、いつでも大歓迎!」

「そう? ありがとね」

 言葉を交わしてから【四号室】とかかれたアトリエの扉を開けば、そこは丁度良い広さをした部屋が一部屋ある。当然ながらどこか変わったところはなく、しかし如いて言うのなら実にアトリエといった部屋模様だと思った。

 キャンパスがあるし、絵の具の匂いもする。木の匂いと相まってエリカはすごくアトリエとよぶべき空気を感じた。

「へー……なんか素敵ね、この感じ」

「そう?」

「ええ。なんだかすごく美術の部屋って感じがして。……うん、いい部屋もらえて良かったじゃない弦巻も?」

「うん。絵を描く時、ありがたいし!」

 ぴこぴこっと頭髪を器用に動かしながら――どうやって動いてるんだろとか原理の謎に直面しつつも――嬉しそうな反応を示す日向を一瞥した後に、エリカは部屋の中央に佇む白い布がかかった大きなキャンパスに近づいた。

「それで――これが今描いてるやつなわけ?」

「わう。そーなの! エリカ見る?」

「いいの?」

「……そう言われると恥ずかしーし……」

「何言ってるの急に」

 と、可笑しそうに微笑してから、

「でも、その羞恥心を日頃も少し持ってほしいわねぇ……」

 ついそんな感想を漏らしてしまう。

 いざ見せると考えたら恥ずかしくなったらしい。

 そんな日向を微笑ましくも感じながら「それで? どんなの描いたの?」と問いかける。

「んとねー、ウチの登校風景!」

 嬉しそうにそう告げて。

 日向ががばっと白い布を剥ぎ取った。

 ――瞬間、目に映ったのは未完成の作品のはずだった。

 色塗りがまだ甘いのだろう。ぬれていない場所や塗りの薄い個所もある。

 だが、それを塗り替えるほどに人の喧騒があった。雑踏があり、賑わいがある。まるでこちらへ本当に多くの学生が歩いてくるような、意気揚々と、どこかかったるそうに、なんだか晴れ晴れとした風に、様々な人の表情があった。日の陽ざしが差し込み、木々が揺れ、風が躍る、そんな景色が――ぶわっと瞬時に脳内に滑り込んできたかのような、不思議な圧倒感が。

「……え」

 無論、それすべて、そう感じたというだけの話。

 なにより絵としてみれば至極ありふれた日常だ。なにせ学生たちが歩く姿を描いただけのもの。模写に近い程度の絵だというのに――どうして、その瞬間の表情と感情がこうも如実にそこに溢れているのか。

 エリカは心を叩かれたような感慨に耽ってしまう。

「わう? エリカ、どーかした? ――はっ、も、もしかしてへたくそだったし……!?」

 それは不意に覗き込んだ日向の横顔でようやく意識を取り戻せたくらいだった。

 エリカは少し心音を強くしながらも、

「あ、う、ううん……いや、なんか見たら、なんていうのかしらね……すごいな、とか思って。下手とかじゃないわよ、上手だもの」

「わう、ほんと? まだ未完成だし、最後まで描くかわかんないけど……嬉しー♪」

「ええ、本当」

 だけど、と呟いて。

「……完成させるかわからないの?」

「うん。試しに描いてみたくらいだから。まだ題材として響くものは描いてないし。練習で仕上げたくらいなの」

「……そうなんだ」

 巧い。しかしそれ以上に何かすごいものがある。

 そう感じるエリカだが生憎と門外漢過ぎてそれがなにかはわからないでいる。改めて見てしまえばまだ荒がある絵画だというのに。

(……風景画としては違うって気がするのにね。木々とか道路とか、そういうの巧いけど、それは一般人が描くの巧いってくらいな気がするし……)

 だから何故か凄いと感じるのは――、

(そっか……異様に人が上手いんだ……)

 臨場感というべきか。表情が。動きが。仕草まで。命の機微が。

 日向は異常に卓越して描き出している気がしてならなかった。

「弦巻って……本当に絵が上手なのね」

「ホント?」

「本当よ? 考えてたよりずっと……うん、これしか見てないけど、それでも技量みたいなのは素人にもわかるもの」

「わうわうわうわうわうっ♪」

「こ、こらっ。ちょっと抱きついてすりすりしてこないのっ。私に褒められて嬉しいのはわかってるから、落ち着くのっ!」

 余程褒められたのが響いたのか抱きついて胸元に甘えだした日向をエリカは顔を赤く染めて落ち着く様に促した。「わうー……」と名残惜しそうにしているが、心臓バクバクのエリカは気が気ではない。

「ったくもう……気を抜くと、ホントに求愛してくんだから……」

「だってエリカ好きなんだもん……!」

「し、知ってるから一々言わなくていいの!」

「逐一知らせたいんだもん……!」

「う、嬉しくなんかないんだからねっ!? 勘違いしちゃ、めっ、だからね!?」

 うー、と熱量を籠らせてしょうがなさそうな日向をエリカは必死に宥めてからコホンと咳払いを一つして、

「ええと……絵は中学からなんだっけ?」

 露骨に話題の路線を戻す事で鎮静化に走った。日向は「う?」とこぼしつつも、

「そー。中学一年の頃からなの!」

「それまでは描いてなかったんでしょ?」

「うん。中学で初めて美術やりはじめて――楽しかったし!」

「そうなんだ。……ん? 小学校の頃は? 美術あったでしょ?」

「わう? 小学校は授業中は校庭でランニングだし受けたことないよ?」

「……んん?」

「あ、でも絵の具をかけられた事はいっぱいあるし!」

「……」

 固まって大変だったー、としょんぼり気味に零す日向を前にエリカは、あれ? と、疑問符を浮かべながらなにかおかしい気がしてならなかった。

「……体育の授業とかはどうしてた?」

「どうって? 普通だよ? 犠務教育っていうんでしょう?」

「そ、そう」

 きょとんと返す日向に対してエリカは猛烈な違和感を覚えながらも――、今は後にしておきたい心地が勝ったため「ま、まあとにかく」と頷いて、

「弦巻は中学から美術始めたわけね?」

「うん。辰喰(たつばみ)先生の影響なの。僕の恩師!」

「へぇ、恩師なんているのね?」

「そ、すごーくダンディで渋くてかっこいーの!」

「そういうタイプの男性なんだ?」

「わう、僕も将来はああなりたいから憧れるし。まあ、男の子だから歳を取ればある程度そうなれると思う――」

「弦巻」

「?」

「多分、無理だから諦めなさい」

「わう!?」

 まさかの一番好きな娘からの全否定。日向は致命的なショックを受けた。

 しかしエリかとて何もなしにこうは言わない。だが、日向の日頃の言動と容姿を知るエリカから言わせれば将来は美人さんタイプな気がしてならなかった。下手すると髭すら生えない可能性が高いくらいではないか。

 きっと男性ホルモンより女性ホルモンが性別の壁ギリギリで打ち克つ気がする。

 そんなことを考えながら「どーしてエリカー? ダンディなれるもんー!?」と、抱きついて胸元に埋まりつつ抗議する日向の頭を撫でて慰めてやるエリカだった。



第七章 恋愛事変、エリカの動乱 前篇

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