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彼方へのマ・シャンソン  作者: ツマゴイ・E・筆烏
Cinquième mission 「夕映えの誓い」
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第四章 Gurévič - amoroso

第四章 Gurévič - amoroso


        1


 金曜日三限目。体育。

 芳城ヶ彩のテニスコートでは、ボールがラケットに弾かれる音が気味良く木霊を繰り返す光景が見られた。生徒たちのはしゃぐ声、華やぐ談笑を背景にボールが宙に弧を描く。【大体育祭】も後一カ月という事もあって、本日がテニス最終日。普段はだらける様な面子も今日は軽く参加していたり、普段から楽しんでいた者たちは精一杯に体を動かし楽しんでいる。

「はっ!」

 その中に彼女――新橋エリカの姿もあった。

 学校御用達のテニスウェアは、スレンダーな体形で、すらっとした真っ白な美脚を持つエリカによく似合っている。当然ながら、そんな彼女の姿は一際クラスメイトの目を惹いていた。鮮やかな明るい色合いの茶髪は陽光を纏いブロンドにも劣らず、風に靡いて輝きを放つ。

 鋭く打ち込んだ球が、相手コートで軽やかに弾むと「ゲームセット!」の一声が響き、終了の合図が耳に届く。エリカはラケットを手に満足そうな笑顔を浮かべると、対戦相手の少女と握手を交わし、

「お疲れさま」

「そっちもです。やはり新橋さんはすごいですね」

「ふふ、ありがと」

 スポーツ万能との噂は伊達ではない。

 躍動感ある動きを見せたエリカは思いっきり体を動かせた事を心地よく感じながら「ん――」と伸びをしてから歩き出し近くに置いておいたタオルを手に取ると流れた汗を軽く拭う。

 タオルの柔らかな感触がたまらなく心地よい。

「……あれ?」

 と、エリカはタオルで頬を拭きつつ、友人たちの場所へ戻る途中、何かに気付く。

 普段、初音と真美あるいは数名程度が共にいるだけなのだが、今日は違っていたからだ。初音と真美の座る傍に十数名が集っている。

(なに話してんのかしら?)

「うーん、脈無いと思うよ私的にはっ」

「やっぱ、ダメかなあ?」

「ダメダメ。っていうかそれしたら私がお姉ちゃんに頭ぐりぐりされそうだしっ」

 なにやら青ざめた表情でそう零す初音。

 どうしたのかしら、とエリカは不思議に思いながら初音と真美、それに同級生らの屯する場所へと足を運んでゆく。するとエリカが戻ってきた事に気付いた真美は「お疲れさま、エリカ。流石スポーツ万能だな」と感心した表情を浮かべる。

「ありがと。テニスは得意だからね」

「テニスに限らず全般得意だから恐れ入るよ」

「なに言ってるのよ。真美だって楽器凄く上手いじゃない」

 くすっと朗らかに微笑みエリカはそう返すと、

「それで皆どうかしたわけ? 初音になんか訊いてるみたいだけど」

 と、近くに腰を下ろして疑問を口にする。

「うーん、まあ言っていいんだよねっ?」

「あ、うん。新橋さんなら別に」

 初音と真美がいる場所で尋ねたのだから、普段友人として共にいるエリカに会話が向かう事も相手側からすれば、そう問題ごとではない様子だ。ごく普通にそう返されると、初音は「まあ簡単な話、恋バナなんだよねっ」と口火を切る。

「恋バナ?」

「そそ。いい男紹介してほしい的なっ」

「……それ恋バナ?」

 恋バナと言うと若干疑問符を灯す内容に想えるエリカだった。恋バナってもっとこう意中の相手がいるものではないのだろうか? なんだか、婚活みたいに聞こえてくる。

「ちょっとクローリクさん、俗っぽくなりすぎだよ!」

「そかなー? 彼氏ほしいんだよねーって話題から派生して素敵な男子いないかなーって話題に移って、最終的に誰か知り合い紹介してって流れだったし……」

「本気なんだよ、いい男に! イケメンで将来性高い人に! 浮気しなくて格好良くて甲斐性もある男に!」

「範囲広いわね……」

「同時に凄く限定的だがな……」

「というか優良物件ってやつだよねっ」

 エリカ、真美、初音が揃って嘆息を零す。

 いっそ清々しい広範囲だと感じる。悪い意味で。

「それで、どうしてそれで初音が青ざめてたわけ?」

「それは、エリカ。彼女らが紹介してと言った相手が……」

 真美の苦笑交じりの言葉を初音が引き継ぐ。

「調月先輩なんだよね……。無理だよっ。私がお姉ちゃんに怒られるって」

「ああー……」

 なるほど、とエリカは得心する。

 調月先輩――調月宴。前に食堂のラーメン関係で縁を持って、以降も時折挨拶する程度の関係だがエリカも面識のある先輩の名前だった。確かに相当なイケメンなのは間違いない。しかし、調月先輩はいつも隣に初音の姉である紫音がいたはず。

「ええと……ねぇ、初音。調月先輩ってアンタのお姉さんと……」

 小さな声で確認を求めると初音はこくりと首肯する。

「うん、先輩が一年の頃から関係持ってて部活でも二人きりの時が大半だし、昼休みなんかは毎日一緒にいて登下校も腕を絡ませてるかなっ。恋仲ではないけどねっ」

「その流れで恋仲じゃないってなるのダメじゃないかしら!?」

 そもそもエリカとしては少し意外だった。

 見かける時、随時隣には紫音がいた事からてっきり恋人同士だと思っていた。そこに初音も呆れた様な嘆息を浮かべる。

「そうなんだよねえ……、お姉ちゃん普段ぐいぐいいってるくせして、ここぞって時にヘタレるっていうか……困ったお姉ちゃんだよ、時間迫ってるくせしてもうっ」

 なんとも気苦労の絶えない妹らしさを滲ませる初音にエリカは困った様に相槌を打つ。

「あんたも大変そうね」

「現在進行形でねっ。というわけで調月先輩は却下だよっ」

「えー……フリーってんならチャンスありそうなのに」

「あるよ、それはねっ? けど、私からの紹介は無理だよっ。妹がお姉ちゃんの味方しないとか普通にアイアンクローの案件だからねっ」

 それに私はお姉ちゃん応援してるし、と初音はきっぱり断った。

 相手側も「仕方ないかあ」と諦めの姿勢を見せる。

「けど調月先輩ってやっぱモテてるのね?」

「ああ、それは当然だよエリカ」

「真美は何か知ってるの?」

 生憎と、調月宴に関してエリカはそう情報を知っているわけではない。

 真美は「エリカは知らなかったか」と少し黙考すると、

「端的に言うと音楽界のホープ。有名な演奏者の息子なんだ。現代の楽聖とまで謳われる奇跡の音楽家、本人も相当の音楽の技術を持つから確かに将来有望なんだよ、あの先輩は」

「現代の楽聖で奇跡の音楽家……調月……あ、それ私も知ってるわね多分」

「テレビにもよく取り上げられているからね」

 なるほどね、とエリカは納得する。

 確かに、あの音楽家の息子ならモテない道理がない。

(でも、驚いたわね。そっか、あの音楽家の息子さんだったんだ、調月先輩って……)

 エリカだって知っている程の有名人も息子だったとは、と驚きを覚える。だが、確かにそういうことなら将来性抜群なんだろうなあ、と彼女たちの言に理解を示した。

 そんな彼女たちが今度はジッと自分に期待の眼差しを向けている事に気付き「……え」とエリカは若干後ずさった。

「それじゃあ新橋さん! 新橋さんにお願いなんだけど!」

「えーと、なにかしら」

 見当はついてた。面倒くさい気もしてるエリカである。

「ユウマ君紹介して!」

「待ってて、今から呼んできてあげるから」

「ちょ、ま、待って早いよ! 早すぎるよ! 心の準備がっ!」

 まさか通ると思ってなかったのか、展開が飛躍したと感じたのか相手はわたわたとする。

 エリカとしてはもうユウマに投げてもいいかな、という気分だった。こういってはなんだがユウマ断るだろうし、と確信がすごいある。

「新橋さん、いくらなんでも早急過ぎるって! 脈ないよ流石に!」

「いや、だって……」

 正直、後押しする気がないエリカである。事前の会話からして、ユウマに紹介する気にもなれない妹心だった。

「一応、尋ねるけどユウマのどこが好きになったの?」

 何分、スペックの高い我が兄である。エリカからしてみても男性としての完成度は相当高いだろうと認識している。それだけに、相手がどこを好きになったのかと言えば色々な部分が浮上するだろう。

 過去には優しいところだったり、顔だったり、声だったり、そんな感じで紹介してほしいと頼まれた経験も指で数えきれない程だ。

 問われた相手はどこか懐かしむような顔を浮かべて、

「アレは私が小さい頃の話なんだけどね。子供の頃、風船が木に引っかかっちゃったのよ。それで途方に暮れて泣いてた時に、子供の頃のユウマ君がやってきて木に登って取ってくれたんだ。それが格好良くて……」

「え……え、そんな事あったわけ!?」

「――っていう捏造でユウマ君、惹けたりしないかなエリカちゃん!」

「惹けるわけないでしょうがあああ!」

 一瞬信じかけた過去話が法螺話に変わったところでエリカは怒号を発した。

 残念そうに「いい考えだと思ったんだけどなー」と渋々引き下がる面々に対して「女って……」と自分が女の子ながら、何か言い知れぬ恐怖を覚える。堂々と過去をねつ造しないでほしいものだ。

「はぁ、まったく……そういうのユウマ呆れるわよ絶対」

「ちぇー」

 まあ、こんな口ぶりから察するに告白して上手くいったら儲けもの、みたいな感覚なのだろう。ますますユウマに紹介出来ないし、しても何も起こらないだろう。

 そもそもにして、エリカが想う限りは、

「ユウマは多分、今のところ誰とも付き合う気がないんだと思うし……」

「え。それってどういう事?」

 どういう事、と問われるとエリカに返答は出来ない。

 ただ、ユウマは長らく恋愛を遠ざけている節があるのをエリカは薄々感じていた。それがなぜなのか――エリカは、ただ一人だけ、もしかしたら、という心当たりが存在する。大まかな想像でしかないが、もし仮に予測が当たっているのだとすれば――それは妹であろうと、自分が土足で踏み入っていい領域ではない。

 まして、この場で憶測を語る事もエリカの心が許すはずはなかった。

「もしかして新橋君ってあっちの人なの……⁉」

「だから彼女作ったりしてなかった……⁉」

「つまり本命はいつも一緒にいる天道君の可能性が……!」

「なにそれなんかいけないものが滾っちゃうんだけど!?」

「違うわよ! そういう意味じゃないわよ!」

 しんみり兄の事を考えていたところ何やら曲解が発生している気づく。

 怖い思考しないでくれる? と、エリカはこめかみに怒りマークをひっさげて叱責する。兄にそんなアブノーマルな性癖はないのだから、下手な噂になったらたまったものではない。

 ふぅ、とエリカは複雑そうなため息を零して言葉を続ける。

 下手に勘繰られても、ユウマが迷惑だろうと考えた彼女は、ここは思い切って知らぬ存ぜぬを通してしまう事とした。

「ユウマの恋愛事に関しては、私も正直よくわからないのよね。そぶりとかもまったくみせないし」

 本当に、そぶりは全く見せなくなった、とエリカは思っている。

 あの時から――、ユウマにそういう空気は感じなくなった。兄に恋人が出来れば、長く一緒にいた自分も自然と……ひょっとしたら、もしかしたらだが寂しいと、そう感じる時もあるかもしれない。そう考えると少し我侭で子供っぽい事情だが、エリカは兄の恋路を自分から後押しする事はまだ出来そうになかった。

 それにきっとユウマは自分で、そういう存在に巡り合うのだろうから――、

「……とにかくユウマは見込み無いと思うし、諦めた方がいいわよ」

「そっかー……実はエリカちゃんと恋仲だったりとかしない、よね?」

「あるわけないでしょ? 兄なんだし、何言ってるのよ……」

 時々こういう事を聞かれる事にエリカは疑問を感じる。

 ユウマの事は大事だが、あくまで兄として家族として大切なのだ。恋愛事が挟まる余地は微塵もないのだが、とエリカは不思議そうに柳眉を潜める。

「なんていうか本当に兄妹だよな、二人は。義理、じゃなくて」

「うん、なんか微笑ましいよね、そういうのっ」

「は、はあ? 初音も真美も何言ってんのよ? っていうかそののほほんとした温かいまなざしは何なのよもう!」

「「和んでるの」」

「和まないでよ、なんか恥ずかしいじゃない!?」

 エリカはなんとなく気恥ずかしくなって二人へ苦言を零すが、ニコニコと返されるものだから「も、もう知らない」とつっけんどんに顔を背けた。そんな様子を微笑ましく見つめながら、初音と真美は柔らかく笑う。

(こういうとこが本当、兄妹仲いいんだよね、エリカたちって)

(エリカ本人は、なかなか認めないけどねっ)

「……い、何時までそんな温かい眼差し向けてんのよ初音も真美もっ」

「あはは、ごめんねエリカ。怒らないでってば」

「……もう」

 ユウマの事や、日向の事が絡むとからかってくる友人二人にエリカは恥じらいをどうにか隠しながらも、少し怒った様につんとする。くすくす、と二人が可笑しそうに笑うものだから「本当にもう……」と、エリカはぷぃっと顔を背けた。

「あー……でもユウマ君も、調月先輩もダメかぁ……」

「むしろ優良物件過ぎる二人相手とかすごい冒険だよね……」

 学院にいる優良物件と言える男子にしたってトップクラスの面々である。初音は彼女たちの豪胆さ呆れた様な声を漏らした。勝機もないように感じるのだから尚更である。

「うあー、いい男ってどこかにいないのかな、新橋さん」

「……いや、知らないわよ。そういうの他の人に聞いてよ、私全然詳しくないしさ」

「そりゃそうかもだけどさー」

 エリカは男が苦手だ。

 そんな自分が男情報詳しいわけもない。むしろ、そんな知らなくても問題ない。友達としての範囲ならともかく恋愛としての範囲では力を貸せるわけもないのだ。

「第一なんでそんないい男探してるわけ?」

「知らないんですか、新橋さん?」

「何が?」

「【大体育祭】ではビッグ・ラブラブイベントが目白押しだからだよ! 特に二人三脚なんかはグッと距離を縮めるチャンスで有名ッ! つか、逃せねぇわけだよこんな重要イベンツ! おま、これを逃したら女として一歩出遅れ確定レベルの話じゃねぇか級に!」

「いや、そんな力説されても……真美たちは知ってるの?」

「ああ、一応だが」

「えとね、エリカ。【大体育祭】では【二人三脚】をした二人は結ばれるって都市伝説があるんだよ、知らないかな?」

「ふうん、そうなんだ? 知らなかったわね」

 というか、とエリカは眉を潜める。

「男女で二人三脚ってその時点で相当仲が良いんじゃないの?」

「ははは、それを言うと身もふたもないんだよな本当」

「そーなんだよねー」

 初音も真美も可笑しそうに賛同する。

 エリカも考えるが、そんな競技に男女で出るようならすでに恋仲か一歩手前ではないだろうか。どちらにせよ都市伝説というか必然性を感じるものだ。

「けどエリカは他人事じゃないんじゃないか?」

「へ?」

「へ、じゃないよー。多分エリカ、弦巻君に誘われると思うよ二人三脚」

「う……っ」

 エリカはその指摘に顔中を真っ赤に染めた。

 確かに、と危機感を募らせた。日向なら『エリカー、二人三脚組んでー♪』とか言い出すに違いない。なんとしても断らないとエリカは羞恥で死ぬだろう。

(け、けどいくらアイツでも、そんな一歩進んだお願いは恥ずかしがってしないかもだし……へ、平気よね……?)

 うんきっと平気、大丈夫、と力強く頷いて誤魔化すエリカである。

 そんなエリカの様子を見ながら興味津々といった具合で声が飛んだ。

「弦巻君かあ。有名だよね、それ。実際、どうなの新橋さん」

「な、なにがよっ」

「何がって弦巻君とのこと。男の子を完全陥落させたって結構話題になってるよ? どんなテクニックで落としたのか知りたいなー」

「どっから突っ込めばいいのよ、その発言は⁉」

「えー、でも新橋さん恋愛のテクニックとかありそうだし……」

「あるわけないでしょそんなの? 私だって恋愛とか経験ないからよくわからないし……」

「わからないって言うけど、Dクラスでは新橋さんが一番恋愛事案って聞くけど」

「うそ!?」

「本当よ? 新橋さん、弦巻君関連で相当、話題だもの」

「つ、弦巻がなんだってのよっ」

「なにって、毎日告白されてるって噂に聞いてるけど……」

「ま、毎日なんてなのよその根も葉もない噂――」

 と、エリカが顔を赤く染めて否定しようとするも、

『エリカ、エリカ。大好きー♪』、『ヤー、エリカ好きだから一緒にいたいー』、『わうー、エリカが恋人だったらなー……恋人になってもらえるよう頑張るし……!』、『わう、だってエリカ好きなの、すごく大好きなんだしっ!』……エトセトラ。

 否定を決め込もうとしたエリカだったが、ふと記憶を辿っただけでも無尽蔵に湧き出るような好意の言葉を思い出して頬を赤く染めると、コホンと小さく咳払いする。

「……それはそれとして」

「否定しないんだ⁉」

 聞いた側もビックリとした表情を浮かべる横で「出来なかっただけだよね、アレっ」、「ああ、毎日言われてるもんなエリカは……」コショコショ喋る友人二人に「そこうるさいっ」と、エリカは恥じらいながらぴしゃりと呟く。

「ね、ね。どんな感じなのかな、毎日告白されるのって新橋さん」

「あーもう、うるさいわね。どうだっていいでしょそんなことっ」

 顔を真っ赤に染めながらエリカは口にすまいと必死に拒否の姿勢を見せる。

 一言で言えば恥ずかしくてたまらない、だが、そんな事を口にする度胸は当然無かった。

「そ、それに弦巻の場合はアレよ。アイツのは、子犬が懐いてくるような類のものだろうから参考には――」

 と、そう言いかけた時であった。

「エリカ、エリカー♪」

「きゃんっ⁉」

 さながら大好きな飼い主に駆け寄る子犬のように日向が背中に飛びつく様に抱き着いてきたのである。

 そしていつもの様に、エリカの身体にぎゅっと密着するとすりすり甘え始めてくる。

「エリカー、エリカー♪ わうー、柔らかくてあったかいしっ♪」

「こ、こらバカわんこ! もう、急に抱き着いてきたら驚くって毎日言ってるでしょ?」

「うー、ごめんなさい。でも、ヤー」

「もう、また我侭言って……」

 すりすりと甘えてくる日向の頭を軽く小突き、エリカは赤い顔で困った様に嘆息を吐く。

 そんな光景を見ながら女生徒たちは感嘆の息を零していた。

「うわぁ……本当にすっごい好かれてるんだね、新橋さん」

「弦巻君、子犬みたいで可愛いかも」

「綺麗な顔立ちしてるから凄いタイプなんだけど、相手が新橋さんじゃなあ……」

 そう口々に感想を述べるものだから、エリカは恥ずかしくなってしまう。

 日向の困ったところは人目をはばからず、エリカしか眼中にないとばかりに懐いてくるところだった。そこまで好かれる事は嬉しいのだが、恥ずかしさが一層際立ってしまう。

「弦巻、皆見てるし恥ずかしいでしょ? 離れなさいってば」

「わうー、離れるのヤー……」

「寂しそうな顔しないの。近くにはいてあげるから。ね?」

「ほんと?」

「ほんとー、よ」

 軽く頭をくしくし撫でると日向は渋々ながらも少し体を離した。本当に少しだけ。

 どんだけ私に抱き着いてたいのよ、とエリカは呆れると同時になんとも言えぬ恥ずかしさを感じた。そんなエリカにぴょこっと上目遣いで日向は尋ねる。

「エリカ、エリカ」

「ん、なーに?」

「テニス頑張ったの、見ててくれた?」

 ドキドキと、エリカが見ててくれたかな、という視線の問いかけに対してエリカは相変わらず気恥ずかしい想いを胸に抱く。

 相変わらず私を意識し過ぎでしょ、と恥じらう様に内心呟いて、

「友達と話してたけど、いくらかはちゃんと見てたわよ。頑張ったじゃない。中盤なんかサーブがすごく上手かったしね」

「ほんとっ?」

「ほんと」

「えへへー♪」

 自分に見ててもらえたのが、よほどうれしい事なのか。日向は嬉しさと、エリカへの好意を示す様にエリカの身体にすりすりと顔をこすりつけた。

「んっ。く、くすぐったいってばバカっ。さっき離れなさいって言ったばっかでしょ、もう」

 嬉しくなるとすぐ、すりすりしてくる日向である。

 そんな光景を「本当に子犬みたい」とか「可愛いねー、どっちも」とか「なんていうか年下の男の子っぽさ強いよね弦巻君て」とか「新橋さんお母さんみたいにも見えるし」、「知らないの? 男の子って自分のお母さんみたいな子に惹かれるっていうよ?」と様々な評価が下されていた。どれも納得いく評価でエリカは困った様にため息を零す。

(本当、その通りなんだもんなコイツてば)

 子犬みたいなのも、年下っぽいのも間違いなかった。

(……そういうところ、可愛いって思うけどやっぱ恥ずかしいし……)

「エリカのおっぱいふかふかで、エリカいい匂いするー……♪」

「ふ、ふかふか言わないの! 匂いも嗅いじゃダメ!」

 日向が胸元にすりすりしながら、ぽそっと呟いた発言にエリカは恥ずかしそうに小声で苦言を呈す。誰かに聞かれたら赤面ものだ。このやり取りも何度目だろうか、だが恥ずかしさは募るばかりで、こんなエッチな事を毎日体験するエリカはたまらない気持ちになる。

 仕方なく、女生徒たちに「アンタたちも何時までも見てないで、テニスしてきたら?」と鋭い視線と共に送り出す。びくっと震えた彼女たちは「そ、それじゃ行ってこよっかなー!」、「私のツイストサーブが火を噴く時だー!」、「お邪魔虫たいさーん」としらじらしい言葉を述べつつ散会してゆく。

「あはは……大変だったな、エリカ」

「ほんとよ、もう。真美も助け船出してくれないし」

「それはすまなかったよ」

 舌をちろっと出して謝罪する真美。

「はぁ、にしてもやっぱ先輩モテるんだよねー……。お姉ちゃんどうすんだろっ」

 と、手のかかる姉を心配する妹を他所に、エリカは胸元ですりすりと甘えん坊になっている日向の頭を軽く撫でる。

「……本当、アンタって子はおっぱい好きよね。……スケベ」

「おっきいの好きだけど、エリカのが、好きなんだもん」

「うっさいどすけべっ」

 もう、とエリカは恥じらいで顔を染めた。

 日向は巨乳が好きなのは身をもって体感している。実際、自分の胸が発育がいい方なのは自覚しているので、日向好みなのだろう。ただ言った通りに、自分のしか好まないというのも本当だろうから、エリカの羞恥は青天井となってしまっていた。

「と、とにかく大人しくしてなさい。すりすりも控えめにね? 頭なでなでしててあげるから。わかった?」

「ほんと? じゃあ、わかったー♪ でも一つだけいーい?」

「な、なによ?」

「エリカ、抱き着きにくいから少し足開いてほしーです」

「んなっ」

 エリカの顔が瞬時に赤く染まった。そして日向の頭頂を軽くチョップする。

「わうー、どーしてぶつの?」

「ぶ、ぶつに決まってるでしょそんなお願いっ」

「わうー……?」

 わかっていないように小首を傾げる日向に対してエリカは肩を落とす。

 日向からしてみれば、自分に抱き着きやすい様にスペースを調整したい、という事の現れなのだろうが、エリカからしてみれば恥ずかしいことこの上ない。

 なのだが、

(うあああ、これが今さらかってなるあたり、私もしょうがないわね……)

 そんな事を何度となくもう許してしまっている自分が信じられないと同時に恥ずかしくて仕方なくなる。

 エリカは、少しだけ恥ずかしそうに間を置いた後に「……ほら、おいで」と、少しだけ足を開けて日向が座りやすい様にスペースを作ってあげた。

 その空間に日向は嬉しそうに体を寄せて、エリカに密着する。

「わう♪ やっぱりこれが一番好きー♪ エリカの身体あったかーい……♪」

「アンタって子はほんとにもう……! ほんとうにもう……! どうして、こんな恥ずかしい態勢を一番好きになってんのよ……!」

 胸元に甘える日向を足で軽く挟む形になっているのにエリカは羞恥を爆発させる。この体勢は日向が自分に抱き着くようになった際の一番初めの体勢であり、それゆえか日向はこの姿勢を一番好むようになっていた。

 嬉しそうに自分をぎゅっと抱き締めて胸元に甘える日向の頬を軽くむにっと抓りながら、エリカは顔を赤くして日向を叱るが、すりすりと子犬のように懐く姿に「……もう」と赤らんだ嘆息を零す他にない。

 そんなエリカだったが、ピンと急に背筋が伸びた。

「――」

 不意に視線を感じたのだ。

(え――)

 エリカは感覚的にその視線の元へ顔を向けていた。

 そこにいたのは――、最近登校を開始した現役の歌手である津花波聖紫花その人であった事にエリカは驚きを覚える。なんで、こちらをそんなにジッと見据えているのだろうかと。それは平静の表情でありながら、どこか辛そうに苦虫をかみしめた様な顔にも思えた。

 そして次の瞬間、視線が交錯し――すると聖紫花はおもむろに立ち上がってどこかへ歩いていってしまうのだった。

(なんだったのかしら今の……)

 エリカは茫然としてしまう。アレは敵意とかそういう危なげな視線ではなかった感じがする。むしろもっとこう――、

「エリカ、エリカ」

 と、そこで日向が少し緊張した様な声を発している事に気付く。

「え?」

「わう、やっと反応してくれたー♪」

「な、なに? ……っていうか、アンタも何時までぎゅーってしてんのよ、本当にもう……」

 離れなさいってば、とエリカが赤い顔で、そう告げようとした時だった。

「今、少し時間いーい?」

「……へ?」

 何時になく真剣で、緊張した面持ちの日向が潤んだ赤い眼差しで自分に、そうお願いしてきたのは。



「――それで急にどうしたのよ?」

 あの後、初音と真美に「ちょっと席外すわね」と言ってエリカは日向の後をついていった。

 皆のいるテニスコートから目視できる程度に離れた建物の日陰へ訪れたエリカは不思議そうに声を発す。日向が何故、急にこんな場所へ連れてきたのかわからないが、どこか必死そうにお願いしてきたのもあってついてくる事を決めたのだった。

「えとね。急にごめんなさい。でも、お願いがあって……」

「それは何となくわかるけど、あそこでも良かったんじゃないの?」

 日向なら普通に抱き着きながらお願い事を口にしそうなものだが、とエリカはそこが不思議だった。わざわざ二人きりになるところに呼ぶほどの事でもあったのだろうか?

 ……二人きりで、校舎の影。

 いやいや、まさかね。と、エリカは一瞬テンプレートな内容が過ったが授業中にそんな出来事は起きないだろうと頭を振った。

 そんなエリカなのだが、目の前でやたら気恥ずかしそうに表情を赤らめ自分を一瞥してはぽんっと赤みを増して視線を逸らすが、すぐまたこちらを見たそうに視線を戻してくる日向の様子に「う……」と、思わずたじろいでしまう。

「わう、エリカ?」

「え、あ、な、なんでもないわよ。そ、それより用があるなら早く言いなさいってば。授業中なんだから、あんまり長い間ここにいたら怒られちゃうわよ?」

「あ、うん。そうだよね……」

 言って「わう~~」と恥ずかしそうに眼を瞑る日向。

(だからその反応は何なのよもう……!)

 と、恥ずかしさが感染するような錯覚を覚えるエリカだったが、次の瞬間に「エリカっ!」と、普段より大きくどこか熱のこもった声と共に自分の両肩をガシッと掴まれる。

「……は⁉」

 唐突に肩を掴まれた事もそうだが、日向が赤い顔をエリカの目前まで近づけてきた事に対してエリカの心拍数はドクンと跳ね上がった。

「ち、ちか……っ」

 なんでこんな近づいてくんのよ! と、エリカは内心絶叫するが一生懸命なのか目を瞑って「えとね」と何か覚悟を決めた様子の日向に対して一層狼狽する。

「お願い、あるの」

「な、なに言い出すつもりよ……⁉」

 やたら一生懸命な日向の様子に狼狽えるエリカ。

 普段なら、もっとこう気楽な感じというかソフトな感じにさらっととんでもないお願い事を言う印象なだけに、ここまで必死そうに頼み事をしてくる日向は珍しい。それだけに、何が口から飛び出すのか――と、エリカは内心身構えている中で、日向はようやっと、そのお願いを口にする。

「ボクと一緒に、二人三脚、出てくださいッ」

「……ふぇ?」

 エリカは一瞬ぽかんとした。

 しかし、脳内で何を言われたのを理解が追いつくと「に、二人三脚?」と言葉を反芻し、理由を悟る。同時にエリカがまず下した判決は条件反射的な『無理!』だった。

「む、無理よ無理! な、なにを言い出してんのよアンタは!」

 先程、女子たちとの会話でエリカは知っている。というより、今しがた話していたばかりだ。

 二人三脚にどういう都市伝説があるのかを知っている以上、いやさ、知らなくても判断は難しかったに違いない。

「ダメー……?」

「だ、ダメよダメっ。アンタねえ、男女で二人三脚なんかしたら、周囲からどう見られるのかなんて一目瞭然でしょうが!」

 彼女らも言っていたが、男女での二人三脚など一目でその関係性が察せられるというものだろう。それはエリカにとって恥ずかしくて仕方がない代物だった。

 だが日向は食い下がらない。食い下がりたくなかった。

「でもお願いしたいの。エリカと二人三脚、やりたい」

「い、いい子だから、我侭言わないのっ」

「ヤー、エリカと一緒に出たい。エリカと一緒にやりたい」と力強く言い放った日向だったが、急に勢いを失速させると小さな声で「……だって、エリカに意識してほしいんだもん。もっと仲良くなりたい」

「ぬぁぁぁ……っ」

 エリカはなんかもう恥ずかしさで爆発しそうだった。

 後半尻すぼみな声から日向本人は口に出したつもりはないのだろうが、素直なぶん普通に本人気づかず口にしているケースなのが短い付き合いだが、エリカにはもう理解出来ている。

 本心もぽろっと口にしちゃう様な、いい意味でも悪い意味でも素直な奴なのだ。

「……しばらく頭なでなで増やしてあげるから、それで手を打ったりとかしない?」

 ぴくっと反応があった。

 日向が頭を撫でられるのが大好きな事をエリカは熟知済みである。そんな彼からしてみれば、それは途方もなく甘い誘惑だった。

 だが日向は凄い悩んだ様子を見せるが、首をふるふる必死に振って、

「や、ヤー。なでなで増やしてほしいけど、二人三脚の方がもっとしたいもん!」

「そ、そんなおねだりされたって無理だってば……! ほ、ほらアレよ。男の友情を育んだりとかどうなの? 陽皐とかさ」

「秀樹君、『ははは、男同士の二人三脚に何の需要あんの?』って前に話した時に言ってたし」

「陽皐なら確かにそう言いそうねぇ……!」

 そしてどっちにしろ日向は他の人と出る気など微塵もないんだろうな、とエリカはわかっている。日向の目には自分しか映っていないのだから、他の人と組むなどありえないだろう。

(コイツいつも私が好きだもんなぁ……)

 日常生活大丈夫なんだろうか、と案じるくらい日向は自分に懐いてしょうがないのだから。

「……そんなに、私と一緒じゃなきゃ、ヤーなの?」

「……うん」

 恥ずかしそうにしながらも、しっかり日向は首肯する。

「……どうしても私じゃなきゃダメなわけ?」

「エリカがいい。エリカとじゃなきゃダメなんだもん……!」

 わうー、と熱心な視線がエリカに注がれる。

 引く気配が微塵もない、どうしても自分とやりたいという日向のおねだり。本当にどうしてこう日向は自分の事ばっかりなのよ、と恥ずかしさと呆れが零れてしまいそうになる。日向の脳内で自分の比率がどうなっているのか知るのが気恥ずかしくなるくらいである。

 エリカは長く伸びた髪の毛を指で少し弄りながら、黙考する。

(……こんなお願い普通、断るものなんだってば)

 男子を苦手とするエリカに限らず、男子に一緒に二人三脚出て欲しいなどという願いを口にされたらそれが恋人同士でなければ普通、断るような案件だ。

 なのに。

「エリカぁ……」

 わうー、と不安そうに自分を見つめてくるあどけない瞳。

「――ああ、もうっ!」

 エリカは堪え切れず、唐突に大声を出したエリカに「わう⁉」と、日向が微かに驚く。

 そうして、少しの間を置き、日向の懸命なお願いに対してエリカは返答を口にする。

「…………わ、わかったわよ、もう。一緒に、してあげる」

 殊更真っ赤な顔で。授業中の間に何でこんな事になってんだろ、とどうでもいい自問自答で若干逃避しつつも、恥ずかし気に口をついた言葉は了承の言葉であった。

 その言葉を聞くと日向は不安そうだった表情を一気に向日葵の様な笑顔を咲き誇らせた。

「ホントっ⁉」

「ほ、本当だから、そんな嬉しそうにしてんじゃないバカ……」

 ぷぃっと視線を逸らしながら照れ気味にエリカは零す。

 対する日向はエリカが受諾して事が嬉しいのか「やったー! エリカと二人三脚―♪」と、くるくる回り、万歳と手を挙げる程の喜びようだ。あまりに無邪気な喜びように恥ずかしくなったのかエリカは、恥ずかしがりながら苦言を呈した。

「い、一応言っておくけど、やるからにはちゃんと真面目にやりなさいよ」

「わう、わかってるし! 頑張るねー♪」

「そ、それとアンタの事だから私とくっついちゃうと絶対わうわうしちゃうだろうから、わうわう控えめ! わかった?」

「エリカと、くっつく……」

「……弦巻?」

 二人三脚となるとどうしても体が密着してしまう。普段抱き着いてきてしょうがない日向の事だから、と思ってのエリカの発言だったが、そこでぽかんとした様子の日向にエリカは一抹の不安を覚えた。

「わう、どーしよ。そこ考えてなかった……エリカと密着するの心臓に悪そう……」

「今さら⁉ なんでよ、そこ第一に考慮しておきなさいよ⁉」

「だって、エリカと二人三脚出たいって事ばっか考えてて密着するの考えてなかったです……」

「そ、それはそれで恥ずかしいから言わなくていいわよ!」

「わうー……」

 自分と二人三脚したいが先行して、そういう思考が働いていなかったということか。

 むしろ考えてしまっていた自分が恥ずかしくなりそうでエリカはぶんぶんと頭を振って思考を振り払った。そうして目の前の日向へぴしっと指をつきつけて、

「と、とにかくあんまりわうわうし過ぎない事! ……アンタの事だし、わうわうしちゃうのは少しくらい多めに見てあげるけどね……。それと、あとはしっかり頑張って練習する事よ。それが条件なんだからね? わかった?」

「う、うん」

「じゃあ、話は終わりね。ほらテニスコート戻るわよ」

 そう言ってエリカはテニスコートへと足を翻す。日向のお願いごとである二人三脚に一緒に出る、という事実が脳内でやたら恥ずかしさの警鐘を鳴らしている事への動揺をどうにか抑え込みながら、歩き出す。

 その後ろで日向が小さく「エリカ」と恋しそうに自分の名前を呼んだ事に気付く。

「な、なに?」

 柳眉を潜ませながら振り返った先では、肝心の当人はどこか熱を帯びた様な和らいだ表情を浮かべて嬉しそうに言葉を紡いでいた。

「エリカと一緒にやれるのすごく嬉しい。ありがとう。大好き」

「……バカ、恥ずかしい事ばっか言わないの」

 ほら行くわよ、とエリカはつんと澄ました言葉を吐きながら。

 ――まあ、あんな嬉しそうな笑顔浮かべられたらしょうがないわね。

 そう、内心自分が日向に対して甘くなってしまっている事を感じながらも、どこか穏やかな気持ちを抱きながら日向と共に歩いてゆくのだった。


        2


 昼休み。シラヅキ1-Eの生徒である新橋ユウマは一人、学食を訪れていた。

 昼時ともなれば、基本妹であるエリカと一緒か、あるいは普段連れ添う友人の天道翔という少年と共に昼食を囲むのだが、エリカは女友達と一緒に、友人である翔は諸事情で遅れてやってくる事となっていた。

 まあ、そんなに遅れる事は無いだろうが……学食までの距離を加算すると、そこそこかかるだろうか。その移動時間もあるせいか、この学院は休み時間が長いから安心である。

(翔、今日は遅刻のいいわけどうしてんのかな)

 と、今朝の光景を思い浮かべながら、学食を歩いていく。

 翔が遅刻したのには理由がある。それも二つだ。一つは階段の上り下りに苦労するご老人を見かねて手助けした。これは素晴らしい。遅刻の理由に出来ないが。偉いと褒められるが、遅刻はダメだろ、となるのが世の常だ。もう一つは手助けしている際に誤って踏んでしまった道端の花である。踏んでしまった花の弔いをすべく、ユウマは今日も花の墓標を立てる手伝いをやり切った限りだ。やはり遅刻の理由にならないが。

 とりあえず願わくば、高校生にもなって花のお墓を作った事実が担任に伝わらない様に祈るくらいか。

(しかし本当に翔はピュアだよな)

 今どき珍しいくらいだ。優しく純粋な性質をユウマは美徳と感じている。今どきの男子高校生にしては、驚く程の純情性を持つというべきか。そういうところが友人として好ましい。

「まあ、来るまで待ってるとして……」

 どうしようか、と手持無沙汰を憂いた。

 流石に何もせず椅子に座るも、つまらない。ジュースの一つでも買って適当に時間をつぶしておくものか――そう、考えていた折にふと視界の端にユウマは一人の少年を捉えた。

「アレは……」

 遠目でも目を惹く鮮やかな青。まるで、この世の青を突き詰めた様な綺麗な青色の頭髪を目にすると、ユウマは「ふむ」と少し考えた後に、その場所へと足を向けるのだった。



 青い少年は、自分が近くにきた事に気づくと、少し驚いた様子だったが嬉しそうに顔を輝かせた。そして相変わらずの少女の如き可憐な声で嬉しそうにはしゃで自分の名前を呼ぶ。

「あ。ゆーまだっ!」

「こんちわ、弦巻」

 友人の翔がピュアなのだとすれば、日向は無垢といったところか。翔の純粋性とは違う意味でこの少年はとことん素直で少し幼さが残っているのが特徴的だった。

「こんにちわです、ゆーま! わう、ゆーま一人?」

 少しってよか、かなりだけど、と軽く内心訂正を入れて微笑を零す。

「ああ。連れがいるけど、遅れるからさ。今頃はうちの担任にからかいとお説教と拳骨でも喰らってる頃じゃないかな?」

「よっしー先生すごいです」

「まあね。弦巻もうちの先生は知ってるんだっけ?」

「わう、前に廊下で転んだ時、大丈夫かって声かけてもらったし。『弦巻は転びやすいみたいだから気を付けるんだぞ』って」

「そうなんだ……」

 やはりというか、この少年転びやすいらしいとユウマは認識する。

 見てて危なっかしいもんなあ、としみじみする彼だ。

「にしても珍しいね、弦巻も一人?」

「わう……、友達みんな今日は別の人と食べるから、一人です」

「そっか。なんか寂しそうだったからつい、さ」

「寂しそう? 僕、寂しそうだった?」

 きょとんとした顔がどこか気まずげに変わる様子にユウマはどこか違和感を覚える。

「……そうだね。少ししょぼんってしてたって具合かな」

「わう、そーかもしれないや。……今はたくさん友達出来て、にぎやかしてたから、なんか一人だと寂しくなっちゃうのかな……えへへ」

 なんとも切ない表情だ、とユウマは感じた。

 独りぼっちになるのを怯える――そんな人の顔だと悟る。ユウマは少し考えた後に、日向の対面の席にとすっと腰をかけた。

「?」

「んじゃ、丁度いいや。俺も今は一人してたし、弦巻の話し相手でもしてみようかな」

「僕のですか? いーの?」

「うん。それに弦巻にいくらか訊いておきたい事もあるしね」

「わう?」

 そうそう、とユウマは柔和に微笑みながら、

「エリカのこと。心配ないだろうけど、クラスで上手くやってるかなーって事とさ。弦巻が今、エリカの事どんな風に思ってるのかなーってこと、兄として知っておきたくて」

「ゆーまは相変わらず素敵なおにーさんだねー♪」

「そうかな?」

「うん、こういうお兄さんいたら頼りたくなるくらいの!」

「褒め過ぎだって」

 朗らかに苦笑を零すユウマだが、日向からしてみれば理想の兄のような少年に思える。

「うー、でも優しいし格好いいしゆーま凄いもん」

「俺だってそこまでじゃないけどね。けどまあ、弦巻がそう思ってくれるんなら、ありがたいかな」

「うんー♪ それで、エリカの事だよね?」

「そうそう。折角だし弦巻の近況も知っておきたいしね」

「わかったー♪」


        3


 想い人の兄であるユウマが話し相手になってくれるのが嬉しくて会話を始めること数分間。

 日向は、ユウマの想像通りにエリカ大好きな内容を喜々として語っていた。

「それでね、それでね。エリカが二人三脚一緒にやってくれるって言って貰えてすごく嬉しいんだー♪」

 わうっ、と弾むような日向の言葉に「へー、そうなんだ」と驚いた様にユウマは零す。

「あのエリカがな……」

 感慨深げに頷くユウマに対して日向は不思議そうに小首を傾げた。

「どーかしたの、ゆーま?」

「いや、男が苦手なエリカが、男子と二人三脚出るんだって聞いたら、エリカもだんだんと克服しはじめてるんだなって思ってさ。妹の成長を感じてるって感じかな」

「そーなんだ?」

「ああ。普段難なく男子生徒と会話はしてるけどさ。こと、親密ってわけにはならなかったんだよね昔から。二人三脚出てもいいってなったのは弦巻が初めてだと思うよ」

「ほんと? へへー、嬉しいなー♪」

 ぴょこぴょこと気持ちが跳ねているような日向の様子をほほえましく感じるユウマ。

 同年代と比べて幼いと言うのもアレだが無邪気にして能天気な節がある日向の純粋性はユウマとして微笑ましく感じるところだった。

(……まあ、弦巻のタイプが男子生徒ってよか、小動物だし、外見がまんま女の子みたいってのもあって苦手意識に通じにくいのもあるかもしれないけど)

 そういうところもあって、他の男子と比べて面倒見てしまうのかもしれないな、とユウマは推測する。我が妹ながら、エリカは面倒見がいい。弦巻の様な、見てて危なっかしい節がある少年を放っておけないのだろう。

(まあ本人的には、日頃頬にキスされるわ、抱き着かれて甘えられるわで大変なんだろうけどなあ)

 エリカ本当に大変だなー、と感想を抱く兄である。

 とにかく日向は人懐こい、そしてエリカにはじゃれつき甘えてくる少年だ。

(ただエリカは気づいてるかわからないけど、抱き着くのはエリカ限定なんだよな)

 そこらへんの線引きはしているということか。

 まあ、なんにせよ――この少年の示す真実は一つ。自分の妹であるエリカにべた惚れゾッコン状態ということか。前に詳しく語らった時もエリカが苦労する相手だと感じたが、徐々にパワーアップしてる気がしてくる。

「にしても弦巻はアレだね。本当にエリカが好きなんだね?」

「うん、とっても大好き!」

 えへへー、とはしゃぐ日向の姿をユウマは和やかな気持ちで感じ取る。

 そのさまはさながら小さな子供が好きと言う姿に思える。だけど、決してそんな幼い心による恋心ではないのだと、ユウマは見抜いていた。傍目にはあどけない恋心に思えても、その内面は途方もないほどの恋慕が募っているのを聡いユウマがわからぬわけもない。

「大好き、か。他にエリカと同じくらい好きな人とか弦巻はいるかい?」

「んーん、いないよ? エリカより好きな人いるわけないもん」

 きょとんとした日向が数秒も間を置かずふるふると首を振った。

「そっか。エリカのことは、どれくらい好きって思う?」

「ん――」

 わうー、と最近よく耳にする日向の犬みたいな声を数秒ユウマは耳にして、その後に日向は軽く俯きながら、赤い顔で恥じらう様に、だが嬉しそうに口を開いた。

「……大好きよりも大好き」

 柔和な顔に灯るのはエリカへの恋慕に相違ない。その顔を見ながらユウマは、重症だな、と可笑しそうに内心呟いた。

(本当に、すごい陥落してるなあエリカに)

 エリカを好いた男子をユウマは幾人か知っている。

 だがここまで徹底的にエリカに落ちた奴は多分見覚えがなかった。そのくらい日向がエリカに好意を抱いているのだと確信出来る。好意というか完全に陥落した後に、更に陥落し続けている様にすら思えた。

 と考えると、

(問題はエリカの方か……あいつ、恥ずかしがり屋だからな。その事踏まえると、弦巻に対して確実につっけんどんな対応が発生してくるよな……)

 というか今後耐えられるんだろうか、とユウマはエリカが羞恥で死なないか、のほほんと妹の今後を心配した。

(まあ大丈夫だろ、エリカだし)

 精神的にタフな妹のことだ。弦巻相手にも彼女なりの答えを見出すに違いないと信じる事にするユウマである。そんなユウマに対して、日向が「ゆーまー」と呼んでいる事に気付く。

「ねー、ゆーまー? ゆーまー?」

「うん? なに?」

「ゆーまはいないの? 好きな人とか」

「俺?」

 ピクッ。

 周囲の女生徒が何故か図った様に一緒に肩を震わせた。……ふむ。

「……」

「ゆーま? どうかしたの?」

「……いや、なんでもない。それで、あー……俺の好きな人、だっけ?」

 ピククッ。

 周囲の女生徒たちが気のせいだろうか。何故か体をこちらへ傾けている様に視界の端に捉えている。え、なに、その地獄耳、とユウマは少し汗を垂らして内心零していた。

「……」

「ゆーま……?」

「……ちょっと小声で話しても平気かな弦巻」

「え? わうー、へーき」

 しょぼーん。

 周囲の女生徒たちが唐突に肩を落として食事へ戻る中で、ユウマはふぅ、と安堵の息を吐き出すと「それで、俺の好きな人のことだっけ?」と小さな声で口を開く。

「うん、ゆーまにはいないのかなーって。ゆーまイケメンなのに、恋人さんの話とか全然だからなんでだろーって思って……訊いちゃダメな事だった……?」

「あー、まあそんな事はないよ」

「僕の訊いた話だと『新橋、あいつは結構な年上キラーだからな。きっと美人女教師とか狙ってるに違いないぜ!』っていうの耳にしたけど、もしかして先生の誰かが好きなの、ゆーま?」

「うん、どっから湧いたんだろうね、その話。とりあえず禁断の恋愛みたいのする気はないから大丈夫だよ。しかしそんな噂が流れてるのか俺……」

「それと秀樹君辺りが『ユウマってイケメンなのに、彼女作ってないだろ? 妹のエリカとは兄妹だからそういうんじゃないのは新橋とユウマの反応見てりゃわかるしよ。でもこのまま行くとユウマってホモ疑惑とか出てきそうだから心配だよなー』って心配してたよ?」

「うん、陽皐。心配はありがたいんだけど、そんな噂は出てこないだろ、おい……」

 仮に出てきたら嫌すぎるレベルではない。ユウマは「ないない」と口にして、そんな未来が来ない事を結構心から願った。

 そうして、どうしたもんかな、と眼を瞑って軽く思考した。

 弦巻に対して適当にお茶に濁す事も出来たが――、無垢で素直な日向相手にそれをやるとどうにも決まりが悪い気がしてしまう。考えた末にユウマは少しだけ本心を露にした。

「……まあ、簡単に言うとさ。今は恋愛とか、する気にならないってとこかな」

「……そーなの?」

「そーなの。ま、少し色々あってね。全然詳しく話せないんだけどさ」

 ごめんな、と苦笑するユウマに日向はふるふると首を振った。

「んーん。言わなくていーです。今のゆーまがどうなのかなーって訊けただけで良かったし。えーと、うーんと……大切な事が詰まってそうだから、僕に話すのはアレだろうし」

 わうーわうー、と困った顔で言葉を選んでいる日向。

 そんな様子に「はは、そんな悩まなくていいよ」とユウマは苦笑し日向の頭をぽんぽんと撫でた。日向は少し驚いた様子だったが、すぐに「わううー♪」と嬉しそうな声を発する。

「……」

「わうー♪」

「……」

「……わう? ゆーま、どーしたの?」

「……ああ、うん。別になんでもないよ」

 にこっと朗らかに返すユウマ。

 内心もう同級生というより面倒のかかる放っておけない弟みたいな印象が強くなってしまったが、それを言うと日向が「どーきゅーせーだもん……」とでもいじける姿が目に浮かぶのでやめておいた。あるいは純粋に喜ぶか……。

(そう言えば俺、初対面のときに『ゆーまお兄さん』だったな……)

 やはり同級生というより年下の印象が強くなる昨今である。

(あいつが素直じゃない弟ってすると、弦巻は素直でしょうがない弟みたいな奴って認識し始めてるのかもな、俺も……)

 ――素直、か。ユウマはぽそりと小さく呟いた。

「弦巻の素直さは本当にすごいよね」

「どーいうこと?」

「なんていうか、好意の表現がすごいなーって思ってさ」

「こーいのひょーげん?」

 わう? と、小首を傾げる日向に微笑を零しユウマは穏やかに語り始める。

「俺が結構驚いてるのは弦巻が、エリカに対してすごい好意を表してることかな」

「わう? 好きだもん、好きって言うの普通じゃないの?」

「そこが弦巻は飛び抜けてる感じがするかな。普通そういうのって恥ずかしがってあんま口に出来ないもんだと思うからさ。その点で言えば、弦巻みたいに好意の表現を毎日してるのは凄いと感じるんだよね。俺の親なんかは普段からすごいラブラブって感じだからアレだけれど、高校生くらいだとね」

 どうしたって高校生くらいの年齢は好意の示しが難しい。当然二人きりならともかく人前でああも示すのは普通なら相当恥ずかしい気持ちになるものだろう。小学校低学年くらい、幼少期ならまだしも思春期高校生からするとやる方もやられる方も気恥ずかしい気持ちは大なり小なりあるだろう。

 だが、日向は一貫して明確な好意を示している。

 ユウマはそこに少なからず感心を覚えていた。

「へ? いや、あるよ?」

「あ。あるんだ?」

「うん、当然恥ずかしい気持ちだって持ってるに決まってるし」

 きょとんとした様子の日向はあっけらかんとそう返す。

「でもね。僕はそんな恥ずかしい気持ちで止まれないもん、もう。僕はエリカが大好き。他の誰より大好きでいたいくらい、もう好きで好きでたまらないんだ。だから恥ずかしいとか、そういうので二の足踏む時間が惜しいもん」

「そんなやばいくらいエリカ好きなんだね、弦巻は?」

「うん。僕はエリカ好きなのだけは誰にも負けるわけにはいかないし! 他の誰にだってこの想いだけは譲れないもん!」

「そっか……」

 ユウマは小さく「ふむ」と頷くと、

「けど、それで俗に言うけど、愛が重いとかって感じられてエリカが離れてしまったら、とか弦巻は不安に感じたりしないのかな?」

「思わないわけないよ? だって僕、実際エリカが好き過ぎて大変だもん、きっとエリカにも迷惑かけちゃう部分もあると思う。でも――」

 そこまで呟くと、日向が急に言葉を途切れさせた。

 どうかしたのかな、とユウマが訝しむ中で、

「――なるほど」

 その時、ふと日向が何処か凛と大人びた声を発した。

 食べ進めていた箸を一旦、置くと日向は色鮮やかな青の瞳でユウマを見据える。あまりにも煌びやかな青の瞳に見据えられ、一瞬ユウマは目の前の日向が急に成長したようにも感じられ小さな驚きを覚える。なによりその声はどこか――知性と穏やかさに富んでいた。

「うん、ユウマの言いたい事はすごくわかるよ」

 くすっと日向は柳眉をひそめながら苦笑を零す。

「ボクはね、ユウマ。伝えたい事を伝えられないまま、終わる事が歯がゆくてたまらない。関係が終わる前に心残りを生む事が何よりイヤなんだ」

「と言うと?」

「極論だけれど、例えば明日、自分が事故で死ぬかもしれない。そう仮定の上で考えるなら、ボクはすごく悔しさを募らせるだろう。恩人に感謝を。想い人へ愛を。そういう気持ちを伝えられないまま終える事だけは看過出来ない」

「……」

 確かにそうだろうな、とユウマも共感を示す。

 仮に――自分が偶発的な事故死など起こそうものなら、おそらく大勢の人が悲しんで泣いてくれるだろう。親が、エリカが、翔が、過去関係を育んだ人々――そういった大切な人達がきっと泣くのだろうなとユウマは思った。自惚れではなく、純粋にそうなるだろう。

 その時、自分は何一つ心残りなく全てを伝え置いて逝けるだろうか――難しそうだな、とユウマは苦笑を漏らす。

「特にボクは好きな人へは、想いを伝え続けたい。昨日も、今日も、そして明日も――ボクはキミが大好きなんだって思いの丈を余すことなく。エゴかもしれないけれど、ボクはそういう風に出来ている」

 だから日向が恥じらって止まる事は、ないのだろう。

 理性的な行動とは言い難いかもしれない。

 きっと日向の理性は蒸発してしまっている。あの日、エリカに焦がれてから。だけれど、それでも日向は思うところがある。

「ボクの感情をエリカが重いと思う時も多分あると思う。それくらいボクはエリカの事が好きで、大好きでたまらないから。ただ、それでもボクは好きだと言い続けるよ」

「なにか理由があるのかな?」

「うん。だってユウマ。想いを胸に秘めるのは美しい事をボクも知ってる。だけど、美しいだけでは、誰の手も掴み続けられない。ボクは自分の中の汚さもエリカに隠したくないから。綺麗も汚いも全部、エリカに曝け出したい」

 そうして少し寂し気に、

「だってボクはまだエリカの事を全部知ってるわけじゃないから。ユウマの方が絶対詳しいからね。少し嫉妬しちゃうよ」

「そこはまあ、兄妹だからだけどね」

 ユウマは微笑を零し方を竦める。

「うん。だからボクに今出来るのはエリカを知りたいって思うこと。そして、エリカに自分の全部知ってもらえるよう頑張ること。その二つなんだ。そしてボクは、その上でエリカに好きと言い続けたい」

 そこまで語ると日向は和らいだ穏やかな表情で、言葉を続ける。

「多分、何より怖いのはきっとすれ違うこと、勘違うこと、伝わり切れなかったことかな。だからボクは声を大にして言おう。獣のごとき咆哮で、ボクはキミが好きなんだと」

 その言葉は少なからずユウマも思うところを感じる言葉だった。

 そして、そういう想いを胸にしているからこそ日向は、と、ユウマはなんとなく理解した。そうしてからかうように微笑を零して、

「だからエリカに毎日告白状態ってわけなんだ?」

「こ、告白状態と言われると少し照れるよボクだって。一応、アピールのつもりなんだよ?」

 暴走しがちになっちゃうけどね、と日向は恥じらう様に笑った。

「けれど、それがボクの答えだよユウマ。仮に自分が死んでしまったとき、ボクは相手に自分をどう思っていたのかと悩んでほしくないからさ。ボクはボクだ。ボクは、キミが大好きだったぜって、ずっと知っていてもらいたいんだよね」

「……なんていうか意外だったな。結構考えてるね、弦巻もさ」

 ユウマがそう零すと日向は朗らかに笑む。

「大切な事はバカなりに考えないとだからね。それとこれで最後だけれど、もう一つ」

「なにかな?」

「ボクがそう思うのは、言葉にしなくても伝わる想いはあるけど、世の中言葉にしなくちゃ伝わらない想いの方がよっぽど多いと思うからかな」

「言葉にしなくちゃ、か……」

「うん。言葉はきっと勘違いやすれ違いを生みやすいだろうけど、それで言葉にしなくていいなんて免罪符はあり得ないよ。想いは伝えなければ伝わらない。――すべての人が、気持ち全部を察する事なんてありえないんだから」

 きっと言葉は齟齬を生む。すれ違い、勘違いを生むのだろう。

 だが、それを恐れて言わずしてなんとするのか。思いのたけを怯えて言わず、全てを察せる相手など世の中存在しないだろうから。

「だからさ、ボクは全身でエリカに好きって言い続けるよこれからも。エリカが迷惑がっちゃうかもしれない。だけど、それでも伝えたい。独りよがりと言われようとも。一日も欠かさず、エリカが好きな想いを積み重ねたい。ボクは何時でもずっと――キミが大好きなんだって!」

 それがボクが好きって言い続ける理由! と、日向は花咲く笑みでユウマに答えた。

 ユウマはあっけにとられた様子だったが、不意にふっと微笑んで、

「なんだかなあ……弦巻って子供っぽいとこばっかあるわりに、所々ちゃんと大人びてるんだって感心するよ」

「わ、わう? こ、子供じゃないもん。だんでぃー、だもん」

「はいはい」

 見栄なんだか、そう零す日向に思わずユウマは苦笑を零す。

 先程までの大人びた饒舌もどこへやら。日向は「だんでぃー、だもん……」と、拗ねた様にごはんを食すのを再開していた。

(しかしそうか。弦巻はそういう風になっていたんだな)

 大衆の前でも、堂々と臆面なく好意を示したり、登下校の時に頬へキスしてアピールしてきたり、日向はどうにも羞恥を落っことした様にエリカへの好意が強い。理性が蒸発したようにエリカへの想いがとめどないとユウマは感じていたが……。

(予想より更に厄介なくらい性質が悪いな、これは。エリカ本気で大変だなあ)

 内心でなんとも可笑しく感じて微笑を洩らしてしまう。

 兄として妹がツンデレ気質なのを知っている故に、日向はエリカにとってある意味で天敵であり、ある意味で相性が良いとも言える。――まあ、なんにせよエリカが苦労し、大いに恥ずかしい目にあっていくのが凄く想像つく話だった。エリカはきっとこの手の話題でからかったら真っ赤になるだろうな、と感じながら、

「まあ、頑張りなよ。応援してるからさ」

「うん、ありがとー、ゆーまー♪」

「うん。けどあんま情熱的過ぎるとエリカきっと恥ずかしさで爆発するからさ。程ほどにね。弦巻的には難しそうだけどさ」

「わ、わうー……。出来るかな? 努力するけど……」

 きっとエリカが誰かに取られちゃう前に恋仲になりたいから必死なんだろうなー、とユウマはそんな日向の内面を見抜きつつ、さて妹の進退がどうなるのか、それを少し楽しみに想いながら缶ジュースを一口呷った。

『――ッ‼!』

「――わう?」

 そこで不意に日向が柳眉を潜めた。ユウマはどうしたのだろう、と一瞬訝しむが、刹那遅れて怪訝そうに横を向く。

「……何だか騒がしいね?」

「うん。それに、なんとなく――ヤな予感がする」

 ユウマと二人、大食堂の一角から零れるにぎやかな空気と異なる、静まり返った空気の中に響く喧騒の香り。それを敏感に感じ取った二人は一瞬の間を置いた後に小さく頷き、席を立ったのだった。


第四章 Gurévič - amoroso

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