第三章 Sol omnibus lucet :前篇
第三章 Sol omnibus lucet :前篇
1
陽皐秀樹視点
その日、仰ぎ見る蒼穹の空に対して俺は思わず愚痴る様に笑みを零していた。
「晴天、晴れ晴れ、夏真っ盛りって時期には早ぇよ」
見上げた空は昨日と遜色ないほどに快晴で、その光景を瞳に映しているだけで、なんというか晴れやかな心地になれる程であり、暑すぎず、されど爽快な空はたまらなく心を沸き立たせてくれやがる。
【大体育祭】の日も晴れるといいな。
後一カ月程に差し迫った学院の一大イベントを前に、小さいけれど重要な期待を抱く。やっぱし体育祭なんてものは快晴でなくちゃあかんだろ。ただし日光が強すぎない絶妙な気候がベストだ。
開催日程は三日間だそうだし、どこかで雨が降らなけりゃ最高だ。
正直、今から楽しみで仕方がない。早く一カ月が過ぎないかと言う想いもある。
「……つってもそれももったいねぇか」
学院生活で一カ月を無暗に過ぎさせても面白みに欠けるよな。
早く来てほしいと思う反面、その間の一カ月が単純に過ぎ去ってほしくないっていう矛盾する様な気持ちも抱いてしまう。
なんたってそれくらいに――この学校での日々は愉快で爽快なのだから。
眩く輝く青空に向けて軽く光を遮る様に手を翳してぽつりと呟く。
「お天道様よ。今日も面白い一日を頼むぜ」
どうか今日一日も楽しくあれ――なんつってな?
「お! 陽皐じゃねぇか!」
と、そこで聞きなれた声が俺を呼び止めた。
この重く響く太鼓みたく快活な声は間違いない。
「よっ、不知火か」
「おおよ! はよっす!」
「はよーさん」
二人して軽い挨拶を交わす。
「なんつうか珍しいぜ。お前と途中で遭遇すんのはよ!」
「そりゃ俺のセリフだぜ? 普段はお前、結構早めに学校いるのによ」
「そこらへんは柩の関係だな。あいつ、今日は珍しく寝坊しちまっててさ!」
「お前んとこのお嬢様か。へー、そうなん?」
「ああ。なんか昨日夜ふかしした影響みてーだぜ? 起きてから『今日寝坊した事をどこかのどなたかに漏らした場合には私刑に処しましてよクジューク♪』とか言って怖ぇーんだぜ。たまーに寝坊するくらい問題ねぇと思うんだけどなあ」
「まあお前のとこのお嬢様、生徒会役員って聞いてるし、それの影響じゃね? 面子的な」
「そういうもんかね? 俺にゃよーわからんが」
「それ大地離家の執事のお前が言っていい事なん? ……けどいいのか不知火?」
「あん?」
「いや、だからさ」
「おう」
「お前、お嬢様の諫言令をものっくそ破ってるんだが……」
「……」
俺がそう零すと不知火はあからさまに『あ、ヤベェ』と言う顔になった。汗がだらだらと出ているさまは見てるこっちが申し訳なさを感じるくらいだ。ハハッ、ワロス――じゃねぇし!
なんでだよ気づけよそこは! 普通気づくだろ、そこは! そう、思いつつも不知火馬鹿だしなあ、と言う思いから無自覚で口に出しても仕方がないという気持ちが先に立つ。
「陽皐」
「おう、なんだ」
やけに真剣みを帯びた声に俺は答える。
「聞かなかったことにしといてくんね?」
「いいぜ。昼飯奢ってくれたらな」
サムズアップと粋な笑顔でこたえる俺に不知火はやっぱそれかと顔を綻ばせて、からかう様に口を開く。
「けど、お前大食漢なんだよなあ」
「不知火だって似たようなもんだろ?」
「それ言われると反論出来ねぇぜ! ま、あんがとよ!」
そう言って朗らかに笑みを浮かべる不知火。よっし、昼飯おごり権を一回入手したぜ!
「んじゃ、よろしくな。つっても今日はいいんだけどよ」
「ん? 今日じゃねぇのか?」
「持ち金とかあんだろ? まあ、それ以前に今日は弦巻たちと予定があるんでさ。また後日に頼むわ。財布がすっからかんな時にでもな」
「おお、そっか! んじゃ、了解したぜ!」
快諾で返してくれる不知火。こいつ本当に気風がいいんだよなあ。太っ腹っつーか。名家の子息って事もあって金には困ってないんだろうけど、それでもなんというか人が好い。困ってたら助けてくれるっつーか、人柄に包容力みてーのがあるんだよな。
そういうところが友人として好ましい。つーか、ありがたいと感じている。
何よりも不知火みたいないい奴らが、この学院には多いってのが本当素敵な事だと思えているんだ。本当に、この高校は気の良い奴らが多くてさ。中学の頃とは雲泥の差――、
「陽皐? どうした? すげぇ肩が落ちてんぞ⁉」
「いんやぁ……、思い出したらちょっとうへぇってなる記憶がな……」
俺の言葉に不知火は事情がわからないまでも「おう、そっか。あるよなそういうの! 俺も筋肉が落ちた時なんかぬげぇってなった事があったもんな。元気出せよ陽皐!」と、奇妙な激励を送ってきてくれた。
あんがとさん、と心の中で手を合わせる。
……んとに、時々思い出すとうへぇってなるし、そんな思い出しても仕方ないか。
俺は脳裏に過った記憶を肩を竦めなて追い払うと前を見据えた。
そっさ。
本日は快晴。そん日に肩を落としてしょげてどうする! 明るく朗らか、前を向いて歩いて行かなけりゃ周囲の人だって当てられてアンニュイになったりしちまうかもだもんな! よっし、と俺は気合を込めて顔を上げた。
そして――、
「うへぇ――――」
『……』
――やたら、肩を落として歩いている約一名を発見したのであった。
見覚えのある顔立ち。顔立ちは整っているのだが、いかんせん、目つきが鋭すぎる事で、怖いイケメン認識がなされている鎧潟楔の奴だった。
そしてその周囲は彼の空気に当てられアンニュイに――なるよりも、目つきが怖いイケメンがさながら「カハァァァ……」と息を吐いてゆらゆら歩行しているのだ。
これは怖い。
俺は関わったらダメだ、という意識の元に目を逸らそうか一瞬悩んだくらいである。あ、本当に一瞬だぜ? 友達だぜ? その友達がなんか鬱屈してるようなら手を差し伸べるに決まってるじゃないか、ハハッ。
たとえ、俺の行動以前に不知火が声をかけちまったとしても。
「おー、楔―っ! なんだよなんだよ、どしたどした! 暗いぜ、暗いぜ!」
バァン、と不知火の巨大な掌が鎧潟の背中を叩く。鎧潟の口から「ゴヌッハァ」という数奇な音が零れ、白目を剥く。
「不知火。お前、加減しようぜ」
「お? お、おー、マジだな。わり、大丈夫か楔?」
「謝罪するくらいなら、ほんと加減をしてほしかったぞ、不知火……」
言いつつ、目尻に涙を浮かべながらも鎧潟が腰をさすりつつこちらを向いた。
不知火は軽く悪びれながらも、破顔を浮かべて、
「悪い悪い。けど、朝からくれー奴がいたんで景気づけだ景気づけ」
「む、それならまあ受け取っておくが……」
鎧潟は気まずそうに、
「……暗かったか?」
「傍目、少しな」
「そうか」
むぅ、と目元を抑えて難しそうな表情を浮かべる鎧潟。――と、そこで俺は一つの事に気付いた。たぶん、これが暗く見えた理由だな、というのがわかったのだ。
「鎧潟。お前、目の下すげぇな」
「うぐ……」
先ほどの気まずそうな顔が更に詰まった様である。
そう――、鎧潟の目の下には隈が浮かんでいたのだ。それもこりゃ結構、濃いぜ。不知火も俺の発言で気付いた様で「お、マジだ」と口を開く。
「楔、なにやってんだよ。んな隈が浮かぶ程に寝てないって――筋肉の事も考えろよ!」
「それは、すまない……。だが、アイツの事だけ考えている余裕は無くてだな……」
「馬鹿野郎! お前のとって筋肉はそんなものだったのか? そんな取るに足らないものみたいによぉ!」
「馬鹿を言うな。俺は何時だって、アイツの事を――いや、ちょっと待て。つい勢いで喋っていたが、アイツって誰だ⁉」
「筋肉の事に決まってんだろっ!」
「そこはせめて身体か健康と言え!」
わからんわ! と、楔が怒号を発する。同感だぜ楔。俺も傍目、二人が何の話してんだかまったくわかんなかったわ。
「でよ。結局、どうしたんだ鎧潟は。寝てないのか?」
「ん。……ああ、最近はな。中々眠りにつく時間が取れなくて……」
「夜中にゲームばっかしてるな、さては」
「ゲーマーじゃないぞ俺は。――まあ、最近結構、頑張りたい事が見つかっていてな。それに粉骨砕身していると、どうにも疲労ばかりたまってしまっているんだ……」
「そりゃ素敵な事だが、身体壊したら元も子もないぜ?」
「確かに、その通りだな。目の下がそんなにひどかったか……。ううむ、連日連日というのも無理があるのは承知の上だったが……」
「そんな休みなくしないといけないもんなのかはわからんが……、休みもとい寝る時間くらいとっとけよお前。そろそろ【大体育祭】があんだから、体育の授業でなお疲れるぜ?」
「うぐっ。確かに、言われてみればそうだな……!」
鎧潟は俺の言葉でハッとしたのか気まずげに頭をかく。
そうして僅かに黙考した後に、
「陽皐の言う通りだな。寝る時間を確保する様にする」
「おう。そうしときな」
「しっかり寝て筋肉を休ませておくんだぜ楔!」
「オーケーオーケー。きんにくきんにく」
「いやっほぅ、きんにーくっ!」
「待ってくれ。適当に流す気で言っただけなんだが、今のはハイタッチの流れになるものだったのか!?」
当たり前だろ? と笑顔で鎧潟の肩を小突く不知火。え、当たり前なん? 今の筋肉の羅列ってそんなテンション盛り上がる場面の代物だったん? 傍目、おかしな人にしか見えなかったけど筋肉界隈ってどうなってんよ?
「けど鎧潟もなんていうかアレだ。頑張れる事ってやつを見つけてんだな」
「というと?」
「いやさ。高校一年の時期に、そういうの見いだせてるって何かすげぇいいじゃんか。将来の目標ってのとは違うんかもしれんけど、頑張れる事を持ってるって大切だと思うからよ」
俺がそう零すと鎧潟は「……ああ」と納得した様に穏やかな表情を浮かべた。
「俺さ。親父に昔から色々教わってんだが、高校入学の時にあること言われたんよ」
「どんなだ?」
「高校でやりたいことを探してみなって」
「やりたいこと、か」
「んなのすぐにはわかんねぇよって返しちまった」
「そんなもんだけどな」
「そうそう、そんなもんだよな。でも昔から口にはしないけど尊敬してる親父の言葉だったからよ。入学してから頭の端にはとどめてあるんだ。ただやっぱ漠然としてんだよなー。だから鎧潟がすげぇって思えた。頑張りたいこと頑張ってる奴がすげぇってさ」
例えば弦巻なんかそうだった。
あいつも頑張りたい事は見つけているようで絵の話なんか嬉しそうに語ってきかせてくれたりしたこともある。それと恋愛――新橋に対しての好意もすげぇ丸わかりだったりとあいつはいつも頑張りたい事を頑張っているのだと感じさせられている。
かくいう俺はと言えば、
「なのに俺は、毎日くっそ面白すぎて、探す暇がねぇんよ」
「ははっ、なんだそれは」
鎧潟が可笑しそうに不知火と笑いあった。
「だけどまあ焦る必要もないさ陽皐」
「そういうもんかね。まあ、焦るとかはねぇんだけどさ」
「それなら大丈夫だろう。それに俺の場合は高校で見つけたというよりかは――昔からの願い。憧憬し続けてきた希望なんだ」
「へー、そこまで言うって事はよっぽど大事な事みてーだな」
「その通りだ不知火」
鎧潟はしっかりとした眼差しで首を縦に振った。
「昔から話すと周囲におかしなことと笑われた。だけれど、俺が抱く本物だった。確かに本物の願いだった。それが見つかった。だから頑張ろう――そんな幼心の夢なんだ。俺が今、頑張りたいと心から想うものはさ」
「……そうなんか」
拳をぐっと握りしめる鎧潟の表情には確かな輝きがあった。
昨日今日に見出したものではない。昔から抱き続けた目標。それを求めて、鎧潟は頑張っている――その事が感じられる。
「何を頑張ってんのかは俺らわかんねぇけどよ。応援はしてるぜ。頑張れよ」
「おうよ、俺も応援すっぜ! けど、まずは寝ろ」
「わかった。帰ったら寝るよ」
「馬鹿、授業中でいいさ」
「お前、それ俺怒られるだろ」
ははははっ、と鎧潟が可笑しそうに腹を抱えた。
その姿は先ほどまでの暗く疲労感に満ちた青年のそれではなく、疲れている、だけれど活力に溢れた姿に変わっていたのだった。
やっぱこうでなくっちゃな朝の光景ってのはさ。
そっさ。
なんたって今日は朗らか快晴日和なんだからよ。暗い顔して歩いていたら、つまらないってもんなんだ。俺も、鎧潟も。朝から色々悩んでいても仕方がない。朝はとにかく期待に胸膨らませて歩き出すのが一番なんだから。
そして――、
「ぬはぁぁぁぁぁ――――」
『……』
俺達は、頭を抱えて大きなため息を零す青年を見かけてしまうのであった。
結構、見覚えのある顔立ち。話しかけた回数はそこまでではないが、顔は知っているし、話をしたこともある。俺のダチの同僚である上杉龍之介に間違いない。
デジャヴだよ、ちくしょう!
「どうしやがった上杉さんよぉ!」
「朝から暗いじゃないか上杉ぃ!」
「歯を食いしばれドラゴォンッ!」
「急にお三方揃ってどうされたんですか⁉ 何故、自分怒られているのかわからない!?」
おう、上杉最もな意見だぜ!
ぷっちゃけお前からしてみれば理不尽な怒りに見えた事だろう。
だが俺達も色々あるんだ。朝からアンニュイな気分抱いてそれを振り切ってって感じの流れで来てたからな! 朝から暗いの良くないぜってスタンスで今いけそうだったんだ! そこでまさかの追撃ですか上杉さんよお!
あ、すげ、冷静に考えると、かなり理不尽な怒りだったや。ごめん、上杉さんよお。
「とにもかくにも、話せ、アンニュイドラゴン」
「陽皐さん。自分、そんな格好いいっぽいけど凄く格好悪い名前の竜ではないのですが」
「そういうな。何かあるんだろ、アンニュイドラゴン?」
「親身に尋ねる様な優しい口調の割に優しが感じられないのですが鎧潟さん」
「なあ、アンニュイってそもそもなんだっけ?」
「不知火さんは、それくらい学んでおきましょうか!」
「ゴチャゴチャ言ってないで口を割れ。俺達はポジティブに生きていくんだからよ!」
「何がなんだかわからない!?」
説明不足か、チッ。
かといって最初から搔い摘んで話すとなるとなんかややこしいから割愛するけどな!
「平たく言えば『朝から暗い顔すんなよ!』って事だぜドラゴン!」
「本当に平ったく言ったあ!」
平たく言うと結構、しょうもねぇ感じになるな! 大切な事のはずなのに!
それでも伝えたい事は伝わったのか「あ、ああ、そういう」と得心を得たようで上杉は理解した様に頷き返した。
しかし困った様に柳眉をひそめて肩を竦める。
「と、言われましても……そんな大袈裟な事ではないですからね。少なくとも、皆さんに何か迷惑をかけるような程の事ではないんです」
「そうなんか? その割に疲労感すごかったけど……平気か?」
「そこは自分、従僕としてこき使われてきた身の上ですからね。タフさには自信がある方なんですよ陽皐君。……まあ、あんなに振り回されたのは初めてだったのでアレなんですけどね……」
そう言って、どこか遠い目をする上杉。
果たして何があったんかね? 振り回されてって言ってる以上は、まあなんかあったのはわかるが相手がいるって事はコイツは口を開かないだろう。誰かへの愚痴をこぼす様な性格ではない真っすぐな男だってのは、俺も知っている事だからな。
「まあ推測するに、誰かの手伝いをしていて疲れた、とかそういうのか?」
「はい、それです」
「マジか。従僕のお前が疲れるって相当だな」
「ははは……。中々どうにも振り回されてしまいまして」
つまるところ上杉も疲労によるものってか。
鎧潟といい上杉といい木曜日にこれって大変そうだな。まだ明日もあるってのに。
「しっかしなんつーかお前らみんな色々あんだな。陽皐も急に肩落としてたしよさっき」
「ん、そうなのか陽皐?」、「そうなんですか?」
不知火の言に反応を示す両人。俺は隠すことも無いので「ちと不意に昔を思い出してさ」と肩を竦めてみせる。
「陽皐の昔?」
「昔って言っても、ちけーよ。中学時代にちょっとぬあーって事があった感じ」
「なるほど。そういう」
上杉が短く納得の声を零す。
みんなあるよな。不意に思い出してうあーってなる感じ。思い出し笑いのマイナスバージョンみたいなやつ。フラッシュバックとまで大袈裟には言わんが、急に思い出してなんか切なくなる感じのアレだ。
それを理解したのか鎧潟は「ま、みんな色々あるよな」と流れを終わらせる様に苦笑を浮かべてみせた。そういうこった、と小さく口ずさむ。
「……確かにみんな、色々あるようですよね」
「おお、上杉もそうみたいだしな」
「ええ、自分もそうですが――どうにも自分以外にも一人、眼につきまして」
「……はい?」
「屋敷で見かけた時も様子は変だったんですが……」
言いながら上杉がとある方向へ指を向けた。
なんだ? と、訝しむ俺ら三人は上杉の指さす先へと一緒に視線を委ねてみる。
そして俺は思わず目を見開いた。
そこには――ふらふらとした子犬がいたからだ。
足取り弱くとぼとぼと歩く子犬が。
青い体毛の子犬――うん、まあ、弦巻なんだけどな。昨今、なんかすげー子犬感が増えてきたから結構そんな連想出来るくらいなんだわ。……さて、まさしく疲労感に苛まされた千鳥足の様にふらふらと、一人の少年は「わう~」となにやら情けない声を零しながらとてとてと、ふらつきながら歩いてゆく。見ていて危なっかしいと言わざるを得ない。
どこかで転ぶんじゃないかと心配する光景だ。
「わうっ!?」
案の定、脚を絡ませ転びかけると、道行く人にぶつかる弦巻。
弦巻はぶつかった事に気付くと『ごめんなさい、ごめんなさい!』と何度も頭を下げて陳謝しまくるので相手側のやたらグラマラスな修道女の女性は『平気ですので、そんなに謝らなくても大丈夫ですよ』と微笑みを浮かべ柔らかな対応で返し、軽く弦巻の頭を撫でると去っていった。……ふむ。
「羨ましいわこの野郎ッ!」
「わにゃー!?」
唐突な俺の絶叫と肩をガシッと掴まれた事で弦巻が女の子の様な悲鳴を上げる!
しかーし、知った事じゃねぇ!
「なんなんだよ! どうしてなんだよ! お前、年上女子に可愛がられ過ぎだろう! なにあの柔和な対応! 俺だったら絶対にこう『へ、平気ですよ』と苦笑交じりで対応されそうなのに愛でられるとかお前は何なんだ!」
「ひ、陽皐君⁉ 突然なんですか⁉ っていうか、何のことだしっ!?」
「無自覚鈍感野郎があ!」
「ど、鈍感じゃないしっ! そりゃあボクはバカだけど、そこは普通に聡い子だしっ!」
虚勢張るだけ無意味だぜ弦巻!
お姉さまに愛でられるとか男の理想をさらっと成し遂げやがって嫉妬じゃボケぇ!
「俺だってなあ……! 俺だってなあ……! 美人お姉さんに甘やかされたいんじゃあ!」
「わうー?」
予想通りぽにゃーんとして疑問符を浮かべる弦巻。こいつ本当に自覚がねぇな!
「お前な……。お前も思うだろ? 年上美人に甘やかされたい的な」
「わうー……でもボクはみんな年上みたいに感じちゃうし……。それに何より年上美人よりもエリカさんに甘えたいし! エリカに甘やかされたいしっ!」
「お前の脳内、本格的に新橋しかいねぇのな!」
キラッキラの瞳で本音を暴露しまくる弦巻。「それとエリカに甘えられたいなっても思うし」とぽつりと零す。好きな人に甘えたいと甘えられたい。そんな感情があるのだろう。
そして問題の新橋当人はツンデレ気質と言う実態。なんというかツンツンしながらも、甘えさせてしまう新橋みたいな構図をよく見かけるからな最近は本当。新橋も母性っていうか面倒見がいい上に弦巻が新橋大好きなのもあって関係性がすごい事になってんだよな。
恋仲にはなってない。けれどクラスメイトが毎日、弦巻に抱き着かれて真っ赤になる新橋の姿を確認出来る様に二人の関係は中々特殊な事になってきている。
「そんでお前、結局どうしたん? 随分と疲労感あるが」
俺がそう問いかけると弦巻は僅かに逡巡した後に小さく零した。
「……昨日、色々考えてたらこんがらがっちゃって」
「こんがらがったぁ? なんにだよ」
「ちょっと色々あるんだし」
俺の問いかけに弦巻は徐に言葉を濁す。話したくないって事か。
あるいは自分でもまだ悩み中ってわけなのか。
「ま。ややこしいなら別に無理して話せとは言わねぇけどよ」
「……うん、ありがとうございます、陽皐君」
「礼は良いんよ。なんもしてねぇしな」
実際、今、謝礼を受ける様な事はなんもしていない。
俺がそれを解決に導けるとも思っていないしな。弦巻個人が自分で解決しようと奮闘する気持ちならば、なおの事俺が出しゃばる事でもないだろう。ただ、それでも。
「困ったら相談くらいは持ち掛けろよ。他人の話って体でもいいからよ」
どうせ素直なコイツはそんな風にしか切り出せない気もするしな。
俺の言葉に弦巻は一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後に、ふわりと微笑を浮かべた。本人に言うとしょげられるが、こういう時、弦巻は本当に女子にしか見えない。
「うん、ありがとね」
「気にすんな。友達なんだしよ」
そう言いながら俺は弦巻の肩を軽く小突く。
するとやたらキリッとした面持ちで「わうっ」とハキハキとした声で頷く弦巻。しかしお前最近やたら犬化が激しくないだろうか。
まあアレか。新橋のせいかな。こいつが犬化するのって基本、新橋によるもんだし。
「あっ。エリカの匂いだっ」
「は?」
すると不意にそんな事を口にすると弦巻は「先、行ってるし」と俺達へ告げると、足早に駆け出していく。
ほう『新橋の匂い』とな。
俺達は一様に言葉を反芻しつつ、駆け出した子犬の背中を追った結果。
「あ、エリカ。噂してたら来たみたいだよ?」、「へ?」。
見れば前方、通学路を歩く兄妹の姿目がけ、嬉しそうな声で「エリカっ、エリカーっ♪ おはよーっ♪」と満開の笑顔と共に走り出していく背中は犬がしっぽを振りながら駆け寄っていく光景を思わず連想してしまうくらいだ。
「あいつ本当、新橋が大好きだよな」
俺が苦笑交じりに零した言葉に鎧潟が「一目瞭然なくらいにな。というか女子にあそこまで熱烈なアピール出来るのは凄いと思う。一切ヘタレないし」と肩を竦めて、呆れと尊敬を同時に表現している様だった。
遠巻きに弦巻の声と行動に気付いた新橋は「ちょっ!? つ、弦巻!? ば、ばかっ! またアンタはこんな朝っぱらから……あーもぉ、抱き着いてこないのーっ! すりすりもペロペロもダメって毎日教えてんでしょッ⁉」、「ヤー♪」、「ヤー、じゃないの! やっ、ひゃんっ、ちょ、ばか……っ⁉」と、いつもの様に抱き着かれて全力全開の甘えん坊を相手にしている光景を作り出していた。嬉しさ満開で抱き着くに弦巻に対して恥じらう様に顔を真っ赤にした新橋を可笑しそうに兄のユウマが見守っているいつも通りの光景だった。
そんな光景を、新橋は毎日大変そうだな、と男連中共通認識で頷きつつ。
和やかなんだか騒がしいんだかどっちつかずの朝の慣例を他所に俺は「さて」と一息つくと空を仰ぎ見ながら何となしに考えていた。
「……結局、弦巻の奴はどういう悩みを抱いてんのかね」
俺の疑問。
しかしてその疑問はこの後すぐに氷解する事となるのだった。
2
「はよーっす」
ほどなくしてDクラスに辿り着いた俺は、鎧潟と不知火の二人と一緒に教室の扉を開く。俺の声に反応して数名が「お、陽皐か。はよー」、「お前は男一色だな、安心したぜ」、「陽皐君だ。おはよー♪」と、朝の挨拶を返してくれる。なんかいいよな、こういうの。
ただ一つ気になるのは。
「なんだテメ、鉛。男一色って気色悪い表現すんなよ」
「まったくだ。俺まで胃もたれしそうになる」
クラスメイトにして特徴と呼べるものが皆無な鉛は「そりゃわり」と謝りはするが、憂鬱さと感激を織り交ぜた様な表情を浮かべている。なんだお前の俺らへの『同士だよなお前らは!』みたいな視線は。
「けど次に入ってきたのがお前らだったから、『うん。これが普通だよな』っていう気分になってさ……!」
「は?」
鎧潟と二人眉を顰める。何を言ってんだろねこいつは?
そう不審がる俺達に対して『答えはそこにある』とばかりに鉛が指さした。なのでその指先を視線で追ってゆくと……、
「エリカっ、エリカっ♪」
一足先に教室へ足を運び終えていた弦巻がいつもの通りに椅子に座る新橋に抱き着いていた。
新橋は毎度の事だが、相変わらず慣れるというのも無理な話なのか真っ赤な顔で「そんなにひっつかないのっ」と弦巻の頭を撫でつつ軽く叱っている様子だ。
「今日も弦巻君、エリカ大好きで嬉しそうだねーっ」
「見ていて何だかほんわかするんだよな、この光景……不思議とほのぼのしていて」
「やっぱり子犬みたいだもんねーっ……」
「撫でたいという先輩を結構知っているよ私も」
その光景を慣れたものでほのぼのとした表情を浮かべながら刑部とクローリクの両名が机に頬杖をつきながら和み見ていて、渦中の新橋はいつも通りに顔を真っ赤にさせている。
よし、普段通りのくそ羨ましい光景だな!
渦中の新橋はいつも通り大変そうだが、本当に。
「初音も真美も揃って何をほのぼの目線で見てんのよ⁉ さっきから尻尾振ってすりすりしてきて私の心臓は大変なんだからね⁉ あ、アンタももう落ち着きなさいよ! 何時までも甘えんぼしてないで――」
「……」
「凄くしょんぼり!? え、なに、なんで⁉ 今日に限って何でそんなしょんぼりしてんの⁉ 今日私に甘えられないと持たないって何が!? アンタ今日はどうしたってのよ⁉」
「……」
「だってじゃなくてね? いや、あのだから、胸元でそんな囁かれるとくすぐったいんだってば……! あ、あーもぉ、わかったったら。……少しだけなんだからね? 勘違いするんじゃないわよ? ……だ、だから勘違いしないの!」
ふむ。飼い主と犬。姉と弟。面倒見のよい女子と甘えん坊な男子。より正確には意中の相手に片思いの美少年と恋慕されまくってるツンデレ美少女。
そんな色々と関係様々な二人がイチャついている光景がそこにはあった。そのうえ、新橋の近辺っつったら美少女である刑部にクローリクも一緒にいる。弦巻も女の子の様だが、同じクラスメイト足るものあいつも男の子なのだという事は自明の理。
と言うかむしろ顔が良い上に一番人気で男子が苦手が評判な新橋に無碍にされず相手されるという新橋に少なからず好意を寄せる、そうでなくとも美少女に構ってもらえている光景を見るというのは……。
「わかるぜ、鉛。クラッシャーしたくなるよな!」
「わかるか陽皐ぁ!」
男二人ガシリと手を取り合った。
隣で不知火は「相変わらず仲良いよなー」と見当はずれはいつも通りとして、鎧潟は「……わかるのか」と嘆いた様子を浮かべている。ああ、その反応も正しいぜ鎧潟。俺もな。男なんだ。
新橋と弦巻が上手くいくといいなって人として当然の優しさを抱く半面。
当然ながら。
イチャイチャしてる光景見れば嫉妬やっかみ羨望諸々ちくしょうってなるわ!
むしろならずに終われるか! この野郎上手くやりやがってってなるに決まってる! 友達だから幸せになってほしいぜ代わりに一生嫉妬するけどな!
案の定、鉛は「羨ましいよ陽皐ぁ……! あの新橋さんとあんなに仲良く……!」と、おいおい泣いていた。うん、そうだよな。俺は新橋へ恋慕とかは抱いてねぇけど、それでもあの光景見てるとちくしょうってモテない男の魂の魂による魂の為の慟哭が木霊してるよ俺も。
でもな。
どれだけ悔しくてもよ。
歯を食いしばって生きていくのが――男なんだ。
「諦めるな鉛。きっとお前にも大学生になった頃には彼女が出来てるさ!」
「陽皐……!」
驚愕の面持ちの鉛。そんな彼に俺はここ一番の笑顔でサムズアップ! キラーン☆
「ああ。だから不安がるなってよ!」
「陽皐――それ高校では彼女出来ないっていう事になるんじゃ……」
「ああ。だから不安がるなってよ!」
「陽皐のばっきゃろー! 所詮、テメェも弦巻同様に素敵女子に絡まれるタイプなんだうわああああああああああああああああんっ‼‼」
泣き叫びながら走り去ってゆく鉛の後姿を俺は慈しむ様なまなざしで見送る。
「……いいのか、今ので?」
「いいんよ。これでさ」
「お前、いっそ爽やかな笑顔ですごい酷い事を言ってるぞ」
「アレでいいんよ。高校生になったら自然と彼女が出来るとか……そんな淡い期待を抱かせたままにしておくなんて俺には出来ない」
「止めろリアルに感じて怖くなる」
「いいじゃねぇか鎧潟はくそう! 大企業のご子息様は普通にモテんだろうが!」
引く手数多ってやつだろうしな!
「俺なんかなあ……モテたためしなんかねぇよちくしょう! あっても勘違いでしただけだぜバーロー!」
しかし鎧潟はニヒルな笑みをふっと浮かべて、
「いや、目つきで怖がられたりが多くてな……フフ」
「あ、ごめんなさい」
…………うんまあ。
鎧潟ってイケメンだけど目つきが怖いもんな。確かに女子受けは難しそうなんだわ。優しそうな眼差しってよりかは鋭すぎて怖い感じだからな印象。
「……俺達三人の中で一番モテるのは存外不知火かもしれないぞ。有名な不知火の長男に当たるわけだし……」
「そんな……俺らは不知火に負けるのか……? この恋愛すべてに鈍感な筋肉馬鹿に……?」
「陽皐。一つ、悲しいお知らせをしてやろうか」
「なんだよ……改まって。何を言う気だよ。こえぇ。こえぇよ。止めてくれ。何を言う気なんだよ鎧潟……!」
「女子は筋肉が結構好きなんだ」
「う、うわぁあああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」
俺は思わずもんどり打っていた。女子の筋肉好き。
それ結構聞いた事がある! 細マッチョとかゴリマッチョとかそういうのに惹かれるってやつだよな⁉ くそう、俺だってそこそこ鍛えてるのに……! 腹筋だって割れてる方なのに、なんでなんだよ……! そんな目に見える筋肉の方がいいのかよ!
そして男子高校生最高の筋肉を兼ね備えている不知火は事情がよく呑み込めなかった様子だったが筋肉への賛辞と受け取ったのか、
「へへっ、やっと筋肉の偉大さがわかったみてぇだな!」
と、筋肉を強調するポーズで俺達にとどめを刺しにきたのだった。
「くっそう目つきの悪さがそんなにいけないかよ! そんなみんな筋肉が好きかよぉ!」
「筋肉なんてつけるのムズイんだよ馬鹿野郎! ちょい気を抜くと落ちたりするんだよ悪いかよ不知火の反則筋肉野郎ぉおおおおおおおお! 俺だってモテてぇよぉ――――ッ!」
鎧潟は悔し気に壁を拳で叩き、俺は床を憤りから叩いて泣き喚く。
そんな男二人の慟哭が止むのは教室に入ってきた鴇崎と祁答院のギャル系美少女二名が「なんだこの光景キッショ!」、「あんたら二人どしたん!? つーか不知火なんでポーズ取ってるん!?」という世知辛いお言葉と共に茶番を終えたのだった。
3
さて、終わると恥ずかしくなる茶番を終えた俺は、そこからは普通に席について、クラスメイト達と軽く談笑を交えていた。しばらくすると予鈴が響き、普段通りに椋梨先生が生徒名簿片手にやってくる。
「お前ら。朝のホームルームの時間だぞ、席につけー」
相変わらずハッキリとした男前の声が教室に響き渡ると、雑談していたクラスメイトたちも、すぐに動いて自分の席につく。それを確認し終えると「よし」と先生は頷き、口を開いた。
「さて、お前たちも既にわかっているとは思うが、もうすぐ【大体育祭】の時期が迫っている。昨日のうちに弦巻と新橋の両名がくじを引いてくれたのもあって、【夏軍】が我が1-Dクラスの配属だから、みんな他の【夏軍】としっかりな」
先生の言う【夏軍】ってのは【大体育祭】に於ける軍分け――つまりチーム分けってやつだ。
芳城ヶ彩に於いての春夏秋冬の【四軍】により競い合い、優勝を目指す。まあこの辺りは他の学校と大差はないだろ。問題なのは人数らしいけどな……。俺なんか人数を聞いた時は『なるほど、そりゃ軍だ』と頷ける程の人数だったぜ。
「ちなみに普段体育を一緒にしているEは【冬軍】とFは【秋軍】だ。敵軍になったからって事前に喧嘩とかすんなよ?」
そう言ってからかう風に零す椋梨先生に対して「しねーよ」と誰かが笑いを零す様に返す。
だな。んな不毛な事なんかしませんよ先生って話だぜ。周囲からクスクスと可笑し気な笑い声が聞こえてきてなんとも心地よい。
「それより先生。種目決めは何時するんですかーっ?」
はい、とクラスメイトの都夫良野が挙手すると、
「いい質問だ。やっぱ気になるよな、そこは」
うんうんと椋梨先生は二回ほど首を縦に振る。
「みんな中学時代に体育祭は経験しただろうから、ある程度理解はしていると思うが、【大体育祭】の種目は個人競技と団体競技に分かれている。【騎馬戦】なんかは団体競技で、そのうちにチーム分けが体育の授業で執り行われるだろう。だからクラスで重要なのは個人競技の方だ」
先生はチョークを一本取ると手慣れた手つきで黒板に競技名を記していく。
「例えば一日目の種目で言えば【100メートル走】、【障害物競走】、【スウェーデンリレー】って具合に個人の種目は大抵が走る種目だ」
確かにそりゃそうだ。個人技で出来る種目ってなると絞られるからな。
これがテニスや卓球みたいのなら別だが、体育祭でそういった種目が出る事はないわけだし個人技ってなると必然、走る種目がメジャーとなってくる。
「だからまあ走るのが得意不得意にかかわらず、こういった種目には誰でも一つは出る事になるだろう。その際に、走るのが苦手な奴。嫌かもしれないが根は上げるなよ? 最後まで走りぬいた奴に拍手を惜しまない奴なんていないんだからな」
いたらそりゃ度量の狭い奴だ、と先生は口角を釣り上げて微笑みを零す。
体育祭とか走るのが遅い奴を馬鹿にする連中とかいたりするもんな。だから暗にそういう事を気にするなって先生は告げているわけだ。この先生、本当こういうところが格好いいと俺は思っている。
「ただ、先生から一つだけ注意事項な」
注意事項? と説明に聞き入っていた俺達が揃って首を傾げる。
そんな俺たちの様子に何故だか妙に真剣みを帯びた表情で、軽く汗を拭いつつ、先生は重々しい声を零した。
「【ミニトライアスロン】――これだけは走るのが苦手な奴、体力が無い奴は出るな。誇張なくこれはきつい。毎年必ずリタイアが出る。危険性ではトップだ」
ざわっとどよめく教室。
先生が……椋梨先生をもってしても『きつい』なんて表現になる種目って……! ミニトライアスロンってなんなんだよ……!
先生はコホンと咳払いを浮かべ、
「いや怖く感じたならすまない」
「あ、ああ。本当はそんなやばくはないって事っすよね先せ――」
「――普通に怖いから学校側から先に伝えておくようにと言われているんでな」
「学校サイドが危険通達する種目ってなんだよもう!」
常々理解していたけどやっぱこの学院変だな!
学校側が危険承知の上で実施する種目があるって時点で冒険心がやべーでやんよ!
「いや、これも過去に色々あったそうなんだぞ? 生徒の一部が、普通に走るだけじゃつまらんって言いだしてそれが段階的に過酷さを増していったもんだから、学校側が最終的に『もうトライアスロンみたいなものじゃないか?』と言う言葉から決着し、今に至る、そうだな」
「まさかの平和的妥協の結果だとぅ!?」
つまり学院側が止めなけりゃさらに過酷な競技と化していたかもしれないってのか? なにそれ怖い。
「そんな具合に種目の中には中々大変そうなやつも入ってるって事を念頭に入れておくようにな。ミニトライアスロンだって、リタイアは効くが、それでも完走目的が遂げられる自信がある奴が挙手してくれ。後の競技は基本的に普通だからそんな心配しなくていいけどな」
最後にそう言って二カッと笑みを浮かべる椋梨先生。
どうやら際立って大変そうなのはそれくらいのようだ。ってすりゃあ後はどんな種目に出るかって事なんだが……、俺はどうすっかね。電子生徒手帳をざっとなぞってみると、種目は本当に多岐にわたる。
中には水泳まであるくらいだ。だが基本的に競争関連なのは間違いないとして……。
俺はどの種目に挙手するか悩んだ頃に、先生がパンパンと手を叩いた。
「さて朝のホームルームも時間が限られているからな。このあたりで話題を変えるんだが」
「え? 種目決めはしないんですか?」
クラスの一人がきょとんとした声を上げる。
「そんなに焦らなくてもまだ大丈夫だから安心しろ。その時間は明日に取る事にしてるな。と言うか、実のところ、ちょうど猶予を持たせたい理由が出来ているんだ」
そう言って椋梨先生は教卓に手を置いて、厳かな声で発言した。
窓際――ずっと空席だった場所を手で指しながら。
「実は今日から、そこの席の生徒が登校することになったんだ」
その声に先ほどより大きく教室がざわめくのを感じた。
当然だ。時間を置いて登校してきた弦巻以外は初日の時から知っている事実。
一番右上の端の席に誰が名前を連ねているのか。それを知らない程にクラスメイトたちは無知蒙昧ではないんだから。
「来たんですか……彼女が!」
一人が興奮した様子で問いかける。
飛び出した声に一度首肯し、
「ああ。というかもう廊下にいる」
と、何気ない調子で告げられた事実に『おお!』と男女問わずにざわめいた。彼女が来ている――この事実が昂揚を覚えないわけはない。
「まあ本人の希望で時間は伸ばしたが――」
先生はぽつりとそう零した後に、
「先生からお前らに一応、事前に言っておくことがある。なに一言だけだ」
なんだろう、とクラス全員が耳を傾けた。
そんな様子に満足そうな表情を浮かべながら、先生は一言だけ発する。
「相手が美少女芸能人だからって興奮しすぎるなよ?」
『無理!』
数名が声を揃えていた。先生そりゃ無茶ってもんっすよ。
廊下に来ているのが彼女ならば――そりゃあ同年代の少年少女、興奮を隠せなくて当然って話なんすから……!
すると先生は肩を竦めて「だよな」と苦笑すると「んじゃまあ、失礼だけは無いようにだぞ」と口元に人差し指を当てて少しだけ周囲を諫めた。
「では入ってきてくれ」
椋梨先生が穏やかな声で扉の向こうにいる相手へ向けて促した。
そうして教室の扉がガラッと開けられると、扉の向こうから一人の美麗な女生徒が足を運んでやってくる。俺はその姿に物凄く――いいや、たぶん俺以外にもいただろうな。その容姿を見て見覚えがある、と感じたのは決して俺だけではないだろう。
スラリとした160以上はあるだろう身長に胸元は豊かに膨らんでおり、抜群のプロポーションの持ち主。驚くほど小さい顔に宝石の様に光り輝く瞳、唇、鼻、口といったパーツが煌めきを灯している。瞳の色は鮮やかなエメラルドグリーンであり、頭髪は色素の薄いほとんどシルバーグレーの様な特徴的な髪色。
この容姿を見てわからないわけがない。
「自己紹介を」
「わかりました」
こくりと小さく頷くと少女は零れ出た声と同じ――驚く程に澄み渡った玲瓏な声音を震わせながら、その瞳は俺達へと向けられていた。
「新谷聖紫花と言います。みなさん、初めまして」
新谷聖紫花。
芸名では津花波を名乗る一流歌手。テレビ、雑誌に於いては若手歌手としてとんでもない知名度を誇るミュージシャン――その少女が、今、俺たちの目の前にいる。
俺自身、聖紫花のアルバムを聞いた事があるので彼女の歌唱力の高さ、表現力の高さは聞くまでもなく知っているほどだ。有名人、芸能人。そんなジャンルに存在する美少女が目の前にいるってのは否応なく心が昂揚してならねぇってもんだぜ。
「ヤベェ、月並みだけどやっぱガチで美人なんだな」、「これはこれは綺麗な方ですねぇ」、「髪の毛凄い綺麗すぎっしょ」、「顔ちいせー……!」、「うちのクラスにまた綺麗どころが増えたぜひゃっほい!」、「新橋さんと争うなこりゃ……!」。
クラスの連中が口々にざわめきを発していた。そのほぼ全てが賛辞と肯定的反応だ。女性陣もさることながらやっぱ男性陣の反応わかりやすっ。凄いデレっとした顔やポケッとした顔が目立ってるぜ。
かくいう俺もやっぱ美人なだけあって嬉しさ爆発だけどな!
「みんな、静かにな」
生徒たちの予想通りの反応を苦笑しつつ、先生は新谷に発言をそっと促した。
新谷はこくりと小さく頷き、
「みなさんの中にはご存知の方もいるかもしれませんがワールドツアーライブの関係もあり学業に遅れが出ていました。ですがツアー終了に伴い、本日よりみなさんの一員として学業復帰したいと思います。一カ月遅れのような形ではありますが、皆さん、よろしくお願いします」
玲瓏な音色の声がシンと透き通りながらも心地よく耳に響く。
新谷の反応は至って平素だ。盛り上がる俺らとは裏腹に努めてクールな態度を崩す気配なさそうに感じられる。――だが、それは紛れもなくテレビで見かける津花波聖紫花の姿に他ならなかった。
不意に近場から拍手が零れた。どこか弱弱しい拍手。しかし、それが起爆剤となって俺らは気づけば拍手で彼女を迎えていた。口からは零れ出る様に「よろしく!」、「こっちこそよろしく新谷さん!」、「よーしクールフェイスを崩すべく馬鹿やってこうぜみんなぁ!」、「不知火てめ自重しろ」、「新谷さん俺と付き合ってくださーい!」、「おい、どさくさ紛れに鉛が告白したぞ!」、「ごめん無理。タイプじゃない」、「開始一秒で結構とりとめない終わり方したぁー!」、「鉛が死んだ!」、「死傷者一名緊急搬送。端に退けとこうぜ!」。
気付けば死傷者一名が出ていたがまあみんな気にしない。
数名が遺体を端に退かし終えた後に、椋梨先生は新谷に向かって、
「さて、新谷。来る前に教えておいたと思うが窓際の一番前がお前の席だ。座るといい」
「はい」
と、彼女を待ち侘びていた彼女の席へと案内する。
そこで不意に、すっくと直立し騎士の佇まいを浮かべる影が一つあった。クラスメイト一同そういえば隣はコイツだったな、と苦笑が零れる。
「ふふ、よろしく美しいフラウ。君と言う宝石が僕の隣に訪れたという僥倖に僕は心から神への感謝を捧げたい。ああ、麗しき花よ。どうかこの愛すべきクラスメイトらと共に君の心が華やかに色彩溢れる事を願っているよ。シェーン、なっ、この僕が言うのだからまちがいない! 安心しておくれ!」
『あ、隣の奴は話半分でスルーしとけばいいぞ新谷さん』
新谷は少しだけ隣席の男子生徒であるオルトヴィン=ツェーフェンの奴に驚いた様子だったがすぐに気を取り直して「ああ、そう。オーバー」と簡素に受け答えし、ツェーフェンの差し伸べた手と軽く握手して「よろしく」と答えた後に自らの席に腰を下ろした。
窓辺で陽光がふわりと新谷に翳す光景はなんとも言えず幻想的で、平坦な態度と相まってなんともクラスメイトたちとは違う世界の住人を思わせた。
けど、間違いなくこのクラスの連中は、そんな世界ガンガン飛び越えていくだろう。
いやあ怖いね、芳城ヶ彩。なんていうか気おくれとか随分無くなってきた感があるんだわ皆の衆。窓際にいる新谷って別次元の女生徒に対してガンガン話吹っかけていきたい気持ちでいっぱいなんぜなんと。
例えるならば餌を放り込まれた動物たちである。
すでに新谷と話したいオーラ見せてる連中がばっと目につく。そこに関しては椋梨先生も気づいたのか「新谷。休み時間とか質問攻めにされる覚悟しておくといいぞ」と苦笑しながら零すと「……マジっすか」と俺達の様子を見て困った様に柳眉を下げるも、仄かにやさしさの様な感情を表情に浮かべていた。
新谷は、どうかはまだわからん。
けど――俺達は、やっぱ新谷と友達になりたいんだよな。
「……わーうっ」
丁度、その時だった。
「――ねぇ、アンタ大丈夫?」
この場に似合わぬ心配する様な言葉。不思議がる様に発せられた声は俺もよく知る新橋の声であり、新橋がそんな言葉を吐いた事に対して、思わず新橋の方へと視線をさり気なく寄せてみれば、そこには、
「わ、わう……へ、へーきだしっ……!」
と、何時になく複雑そうな顔色をした弦巻を案じる新橋と言う光景があった。
どうしたってんだ?
表情は……実のとこ、蒼褪めたとかそういうんじゃない。不安そうに、とか、怯える様にというのも違う感じがする。強いて言うのなら――どんな顔をすればいいのかわからなくて、悩んでいる。そんな表情だった。
弦巻にいつも抱き着かれている新橋も大分、弦巻の様子を見て取れているんだろう、そんな表情をあいつ自身不審そうに、訝しむ様に、不思議がる様に――なんでこんな顔をしているんだろう、という様子を浮かべざる得ない様だった。
けれど新橋の事だからそう遠からず気づくだろう。
俺は事前情報で可能性として苦慮出来ていたから、おおまかには察する事が出来るわけだが、弦巻がそんな態度を見せている理由っつーとやっぱし……。
そう思いながら新谷の方へ視線を戻す。
そこで俺は気づいた。
新谷もまた――顔を弦巻の方へ微かに向けていたことに。
表情に変化は見られない。氷の様にって程の冷たさは感じない。しかし無表情なままで、彼女は弦巻の事を一瞥して、微かに。僅かに口を開いた。
「わ、わう……っ」
囁くような言葉。だが届いたのだろう人一倍、耳の良い弦巻相手になら。
かくいう俺は唇の動きで漠然とながら、その言葉を読み取れた――と、思う。プロじゃないから自信は持てないが……彼女はこう零したんだ、と推測する。
――久しいね、アオ。
そんな親しみの籠った言葉を、まるで他人へ向けるみたいな冷淡な表情で。
4
津花波聖紫花――いや、新谷聖紫花の登校。
芳城ヶ彩と言う巨大学院に於いても、あの有名歌手がようやく姿を現したとなると話題にならないわけはなく、授業が終わっての休み時間になると話題の有名人を一目見ようと生徒たちが、そしてファンである学生らが教室まで足を運ぶなんて光景は予想出来ないわけがない。
いや、やっぱさ。そりゃあ騒がしいぜってなるもんだよな。
気持ちはわからないわけがない。新谷なんていう有名人が姿をようやく見せたとあっては興味本位だろうと何だろうと目にしてみたいってのが一般的な感覚なんだろ。実際、俺だって他のクラスに新谷が来たってなれば見に行くし難癖はつけられない。
だけどまあやかましくなるってのは同じくらい察してくれや。
「わかってはいたけど人気すげぇってなったぜ」
フッと諦観じみた表情で俺は零してしまった。
なんせ休み時間の度に生徒が押し寄せるんだからな。そりゃもう騒がしいのなんのってもんだ。それも俺の好きなにぎやかさとは違ってアレは純粋にやかましくなる光景ってものにカテゴリされちまう。
無論、そんな場所で勉強疲れを癒せるはずもなく……。
「――ああ。穏やかな場所が確保出来ててよかったぜ本当」
俺はこの休み時間、華麗に撤退を決め込んでいた。
「みゃはははは。まあ、ひーにゃんのクラス今日一日は大変そだしねえ」
「マジでそうなりそうだよ」
「だねー♪」
朗らかな声で反応を返してくれるのはカチューシャを愛用した美少女、千疋だ。彼女のいるクラスであるHクラス。俺はこの場所で一休みと腰を落ち着けていた。
いや何があるかわからんもんだな。
こないだの下着騒動の贖罪としてこのクラスの雑務に勤しんでるだけだったってのに、まさか肝心のこの場所が安らぎの一時に感じられるとは……明日はわからんもんだ。
「新谷見たさにってのは想像してたが、ありゃやべぇな。ガタゴトって感じで落ち着かねぇや」
「そりゃましょうがないっしょっ」
「っていうと?」
「わかってないんかなーひーにゃんは。新谷さんも然りだけど、あのDクラスはもともと男女人気の高いD一番人気である新橋さんを筆頭に、男の娘需要含め美少年な弦巻君、外見こそ怖いけど大企業のご子息な楔君、有名な名家で筋肉需要の不知火君、九州の名門刑部のご令嬢にクローリク家で紫音さんの妹さんと人気どころが多いからね。新谷さん見たさにかこつけて話題の人を気にしていない風を装って見に行く小心者ズもいたりするだろうさ」
「……ああ、なるほど。そういうのもありえるんか」
千疋の発言に俺はなんとも納得してしまう。
彼女の言う通りに俺のクラスは顔面偏差値がかなり高い方だ。学院全体でも当然高いが、それでも結構な上位に食い込んでいるだろう。
となれば他のクラスに俺のクラスメイトの誰かを恋慕しているという生徒がいてもおかしくはない。しかしかといってマジマジ見に来るのは不躾に過ぎる。ならば、有名人がやってきたって事にかこつけて意中の人物を見に来るってのも可能性としては低くないわけか。
「新谷も大変だなー本当」
「とかいいながらひーにゃんも、新谷さんを質問攻めとかしちゃったんじゃないんかい? 前から結構、興味持ってたじゃんか」
「そりゃ有名だから一応な。二、三問は質問したんだぜ一番目の休み時間に。彼氏いますかーとかな。いないってさ」
「それを一発目に聞ける辺りにひーにゃんの図太さを感じるねぇ」
しみじみ、と千疋が数度頷く。
「ま、他に尋ねたい事とかはあったんだがよ……、そこらへんは後にすっかなって思ってさ」
「ふーん、なんか意味深げだね?」
千疋は結構、鋭い。
その通りに、俺は実は質問で新谷に一つ尋ねようか迷ったのだが言わなかった。
それは『新谷、さっき弦巻見てたけど知り合いなん?』という旨の問いかけだったが、それを尋ねるのは少し問題があるように思えて、気にはなったが聞かずに終わったのだった。
……で、そこらへんが朝から様子が変だった弦巻と、何かしら関係ありそう、とか勘ぐっちまうのも無理ねぇよな……。
というか、反応が怪しかった。二人のあの反応を見てしまえば、二人が何かしら関係あるのではないか、という結論に弦巻に近い俺からすれば一目瞭然なくらいだ。
ただ訊くのは不躾だもんな……。
正直、そこに土足で踏み入るのはやばいだろうと馬鹿でもわかる。だから尋ねなかった。
仮に何かあるのだとして、もしそうならその時、弦巻が俺に頼ってくるか、話してくるのか、どちらにせよ、まだ関わり合いになるべき時ではないんだ。
「ふ、空気の読める男だぜ、俺も」
「うわーお、ひーにゃんが急にナルシスト風、吹かせやがったよー」
「言い方酷ぇな千疋」
「みゃははは、そー見えたんだもーん」
けらけらと嘲笑ってくる千疋。くっ、少し恥ずかしい……! そんな俺に対して千疋は自分の机の上で手を合わせながら「ふ、空気の読める男だぜ、俺も……」とキザなポーズをしていた。やめろテメェ。そんな俺に鏡を見せたいか。
「ん? 陽皐殿じゃないか。来ていたんだな」
と、そこで丁度よく話題を切り替える声が差し込まれた。これ幸いと俺は眼前の千疋を無視して手をあげて声の相手に挨拶する。
「よーす、夕凪。お邪魔してんぜ」
「……そして私の席を占領中か」
まあいいけれど、と寛容な言葉を吐いて嘆息を浮かべるのはスタイルの良い黒髪黒目の和風美人と言った女生徒で、名前は夕凪楓。道場の娘らしく文武両道であり、実にスペックが高い。特に武の方面に関してはな。
本当に……武の方面に、関して、な……。
ふふ……少し前の事が思い出されるぜ……。
「ありゃまー、ひーにゃんが今度は、何だか遠い目をしてるよ」
「陽皐殿。私に会うたびにその反応はいい加減傷つくのだが」
「そりゃ仕方ないって、かえちー。例の痴漢騒動終息後に『貴方が善人か否か、私の目でで判断させて頂きたい!』って啖呵切って剣道勝負に縺れ込ませて、戦い合ったんだからさ。それも有段者のかえちーと」
「うっ。そ、それはまあ、そ、そうなんだが……」
千疋がからかう様に吐いた言葉に夕凪が居心地悪そうに指をもじもじさせる。
そうなんだよなあ。
まあ、搔い摘んで言ってしまえば痴漢騒動で無罪放免になったとはいえ社会的風評が広まった以上はどんな人物なのか気になるわけで? もしかして仮面被ってんじゃねぇかっていう危惧は抱いて当然。そこで夕凪さんは『ザ・剣で語り合おう』と言うスポ魂精神を爆発させ、俺と竹刀で鍔ぜりあったって感じなわけだ。
はい説明終わり! 俺は、ぱんぱんと内心手を叩いて説明を終わらせる。
「でもひーにゃんも凄いよね。当初はうちらにそれこそ汚物を見るような目で見られてたのに、今じゃどれ――便利屋みたいな扱いになってるし」
「おいこらテメェ千疋。今、何を言いかけた。そして言い換えられた結果も納得いかないんだけどなあ!」
「だが実際、陽皐殿のコミュ力には脱帽だよ。今じゃこうして我々の輪の中に入っているのだから堅物な私からしてみれば羨ましい限りだ」
「夕凪みたいな美人なら堅物程度で丁度いいんじゃね? むしろ、男の俺が堅物だったら需要ねぇだろ。まあモテないわけだが俺は」
「……そんなことも、ないとは思うが」
夕凪は微妙に戸惑った様な反応を返してくれた。優しい気づかいというものが感じられる。いらないけどなその道場の眼差しくそう!
「けど実際どだろね。ひーにゃん顔立ちは悪くないんだよね」
「お、千疋に言われるとなんか自信つくな――」
「でもそれを塗りつぶすくらいに性格が『いい友人』程度に持ってかれちゃうのが笑うよねー! なんていうか恋人は別で作っておいて、ひーにゃんは友達で十分的な!」
「止めろその一番恋人が出来なさそうなポジションを俺にもってくるのは!」
俺が千疋に怒鳴り声を上げていると夕凪が微笑ましそうにくすくすと笑っていた。
「お、どした夕凪?」
「ああいや、すまない。本当に仲良くなっているなと感じてな」
「ま、ひーにゃん面白いしね」
「お前のそれ基本、玩具扱いだから困りものだけどな!」
「そんな事は無い。千疋もなんだかんだ陽皐殿に親愛を抱いているよ。……だが、やっぱり二人みたいな性格が私は羨ましいよ。どうしても私は比べてしまう相手がいるから。自分でも堅物なところがどうにもな……」
「気にすんなって。お前みたくぴしっとした奴もクラスにゃ必要なんだって」
「そう、だろうか?」
「そうそう。そういうちゃんとした部分、俺はすげぇいいと思う」
「そだよん、かえちー。かえちーのしっかりしてるとこはクラスのみんな認めてるんだから」
「陽皐殿……千疋」
夕凪はどこか気恥ずかしそうな声を震わせた後に小さく「ありがとう」と声を零す。
その言葉に千疋と二人、ニッと笑みを合わせるのだった。
夕凪の事情は詳しくは知らない。だけど、他人と比べてを繰り返して自分を卑下するのは見過ごせなかった。他人と比べて自分を省みるのでなく、自分を落とすのは間違いだ。そこらへんわかってる千疋と俺は軽く拳でとんと触れ合わせていた。
こいつとは結構意思疎通できるんだよなあ。
たぶん、このクラスで一番仲良いのは千疋か明日香なんだろう、とそういう風に考えているところに明るい声が響いた。
「あっれー、陽皐君こっちいたんだ。どうりで見かけないと思ったら」
「おう、まあな。あっちこっちから人が来るんだから仕方ねーだろ?」
俺がそう零すと「確かに。陽皐君のクラス人たくさんだったしね」と納得の声を上げた。
そんな女生徒も新谷を見にいったひとりなわけで戻ってきたとたんに周囲の友人らから「どうだった?」、「やっぱ美人だよね」、「肌なんかちょーやばかった」、「それに劣らずの新橋さんも凄かったけどね」など感想を投げかけられている。やっぱ有名人ってだけあって話題性抜群なんだろうな。本人からすりゃ鬱陶しいんだろうけど。
「こういうのはまあ終息するまで仕方ないね新谷さんもわかってるだろけど」
「ま、そんな感じだよな」
「でも新谷さんもひーにゃんのクラスなら平気っしょ。基本いい人ばっかだし、あそこ」
「それを言えばここもそうだろ?」
「おやー、嬉しい事を言ってくれるねーひーにゃん」
「ははは、喜んでもらえりゃ何よりだ」
「しかし最近は話題に事欠かなくて女子的にはいいんだよねー」
「っていうと?」
「まあ朝のニュースとかでも取り上げられてるけどさ」
言いながら千疋は携帯端末の画面をタップした。それはニュース記事であり、海外の内容のようで記事には『ボクシング世界チャンピオンの遺体、謎の消失!?』という文面が記載されている。
「なんだこれ?」
「ま、オカルトってやつだね」
「あ、あたしもコレ知ってる」
不意に俺達の傍を通った女生徒の一人が声を発した。
聞けば、内容通りにアメリカで有名だったボクシングチャンピオンが死去。そこまではいいが、土葬しようとしたところ棺桶に遺体が入っていなかったという話の様だ。
「確かに不思議だな」
「そうでしょ? 実際、遺体がどっかいっちゃったんだって」
「それで行方不明と」
遺族からすりゃビックリだな。遺体なんぞ誰が盗むかって話しもあるし。
「このほかにも色々あるんだよ、ひーにゃん。フランスの都市部で謎の飛行物体を目撃、それが人間みたいだったとか、そういう不思議な話題がさ」
「全部、オカルトじゃね?」
「ふふ、だけどこういう話題はそこそこネタになるからねー」
「そりゃま、そうか」
噂話。都市伝説……ねえ。
俺としては信憑性次第なんだよな、信じるかどうかは。あり得そうなら信じる、ありえなさそうなら信じるっつー、まあ手前勝手な物差しだ。それにしても女子は凄い。彼女ら、こういう話題をどっから集めてくんのかね?
そう思っていた俺だったが、不意に脳裏に一つの出来事が思い浮かび、もしかしてあれも知ってるやつがいたりするだろうか、という疑念を抱いた。
どうすっかね……? そう、思ったわけだが、まあ口にするだけするのもありか。
「そういやさ……【ヴェネルディ】って誰か聞いた事あるか?」
出来る限りさり気ない風に言いたかったが……よく考えると無理だ。こんな突飛なワードをどないせえってんだ。さり気なく【ヴェネルディって聞いた事あるか】と言っても、知らない奴ばっかならなんだそりゃってなるし。
案の定、俺の発言に数名は「【ヴェネルディ?】 それイタリア語で【金曜日】だよね? それがどうかしたの?」と言う発言が返ってくる。それは俺も知ってた事なのでやっぱそんなもんか、と息を零し「いや、なんでもねぇんだが――」と、言おうとした時だった。
「あー、もしかして陽皐が言ってるの正義のヒーローのやつ?」
と、俺の意識が飛び跳ねる様な言葉を耳にした。
俺は内心、結構驚きながらも「知ってんのか?」と、問いかける。
「知名度はかなーり低いけどね。けど、正義のヒーロー【ワンダフル】関連で、上がってきた仲間の一人って事ですっごい一部だけど知ってる奴は知ってるよ」
その発言内容に「なにそれ」と一人の女生徒が呆れた様な声を漏らす。
そりゃそうだ。正義のヒーローってなんだよって話だよな。しかし発言の主は「そりゃ私だって謎だけどさ」と前置きをして、
「いるっちゃいるらしんだよね、正義のヒーローが。この日本に」
「マジか?」
「目撃例があるからマジではあるんだと思うよ。何と戦ってんだかって話ではあるけど、夜中とか出没してるんだって。ほとんど都市伝説の類だとネット上の話題だから思ってたんだけど……」
そう零して彼女は興味深げに「もしかして陽皐見たん?」と、逆に尋ねられる。
見た、と正直に言えばそうだが、言っていいものか。ぷっちゃけ事態が現実味を帯びないもんだっただけに口が開かずにいた。
しかし結局、俺は「いんや、俺も話題で見かけて気になっただけでさ」と言葉を濁す。
けど、こうなってくると間違いない。現実だ。【ヴェネルディ】は存在する。加えて言えば【ワンダフル】なんつー仲間もいる、らしい。
更にそう考えるとヴェネルディが戦っていた【ショゴス】って化け物も実在している事になるわけだが……ああ、もうなにがなんだかだなクソ!
……とりあえずもう少し話題を浮かばせてみるか。俺はどんなもんか知らないまでも、変に思われない程度に彼女に話題を振ってみた。
「しかし実際どうなんかね。仮に【ワンダフル】っていたとしたらどう思うよ?」
「どうって……ま、いんじゃね? 基本、人助けばっかしてる人みたいだしさ」
「それもそっか。害悪ねぇみたいだしな」
「そうそう。それに今、アメリカなんかじゃ悪の組織とかやばいってネットで書かれてるらしいし、そういうヒーローが実在したとしてもいいんじゃない?」
「ようし、テメェ話題を爆盛りしやがった事に対して釈明はあんだろうなあ!」
「なんで急に怒ってんの⁉」
怒りたくもなるわ! なんだ悪の組織って! アメリカで何があんだよアメコミかッ!
周囲の生徒たちもその女生徒に対して「ネットの話題をうのみにし過ぎだよ」、「ジェニー、きっと疲れてるのよ」、「休みな。ね?」と慈愛の眼差しを向けていた。その反応が不服なのか「いやいやあたし疲れてるとかないからぁー⁉ ジェニーじゃないし!」と反論をしていたが……きっと疲れてんだよ。
「まあ、けど最近の事を考えると変な事が起こってても不思議じゃないかもね」
「どういう意味だ?」
ぽつりと零された言葉に俺は不思議そうに声を発した。
すると、相手は「いやさ」と前置いて、
「最近はこの近所でもおかしな事件とかあるらしいんだよね。なんか爆風が街中であったとかいう証言もあるし、5月6日に飼ってるペットの犬とか猫が一斉に騒ぎ出したなんてのがあって大地震の前触れか、なんて話も出たらしいよ」
「あー、あたしも聞いた聞いた。それに最近は何か学校の近くで変な宗教発布してるとことかあるらしいよ。無神、人命教……とかいうのだったかな? 警察もこの前、連続殺人犯とか取り逃がして凄い騒動になってたし……最近はおかしな事件多いよねー」
何気なく呟かれた事件の数々。
それを耳にしながら俺はある一つの事が頭に過っていた。それは明日香の願いのこと。そしてその後に起きた出来事――パルメザンとかいう奴の放った電撃に【ヴェネルディ】のことなど列挙すれば、これも相当一般的から外れた事ばっかりだった。
一概に噂話、とも、オカルト、とも断じられないなよく考えりゃ俺は。
何がなんだかサッパリだぜ最近の近隣情勢。
そうこう話し込んでいるうちに気付けば休み時間終了間際。おいおい、時間ねぇなと思っていたその頃になってようやく、俺はこのクラスへ足を運んでいたもう一つの理由が来訪したのを確認して胸を撫で下ろした。
「ひでき、だ」
言わずもがな。明日香の所在である。
「待ったぞ、この図書館の妖精さんよお。また図書館か?」
「ううん、おさんぽ」
「なごむーっ!」
アンサーで予想以上に和んじまったよ! そっか、明日香さんや。お前は小休止では、おさんぽが主流なのか……。
「ま、それはそれとして。明日香、昨日、俺が話した内容覚えてるよな?」
「ちゃんと、覚えて、る」
「んじゃ、昼休みになったら迎えに来るからよ。図書館とか行ってるなよ?」
「ん、わかっ、た」
そう言って席に着く明日香。すると数人の女生徒が「あ、お帰り明日香さん」、「今日はどこさ迷ってたん?」、「あ、こないだのマルクスの資本論って本、アレなんか読み応え半端なかったよ!」と、楽し気に語り掛けてくる光景が出来上がっていた。
明日香も表情は平素ながらも、嬉しそうに髪の毛がぴこんぴこんしているのが見て取れる。
そんな明日香と先ほど、約束を交わしていた俺を見届けていた周囲の連中がどこか微笑まし気な表情を浮かべているのに気づいた。
「どした?」
俺が何気なく尋ねると一人が嬉しそうに口を開く。
「いや、なんていうかさ。明日香さんもやっと馴染み始める相手が出来たかなって思って」
「それが男の子相手ってのがなんかロマンチックだよね」
「覗きの相手だけどね」
「それ言うとなんか台無しくさい」
と、可笑しそうに口々に言葉を弾ませていた。
「ま、アレだねひーにゃん」
「なんだよ?」
「少なくとも明日香さんがこうして徐々にみんなの輪に入り始めるきっかけを作ってくうれたって事を私らけっこー感謝してるんだよね。あんがとー、ひーにゃん」
「んだよ。んな大したことやってないっつの」
千疋のやけに殊勝な感謝の言葉に俺は照れ笑いを浮かべるしかなかったのだった。
……面と向かって言われりゃ、はずくもあるんだよ仕方ないだろ!
5
待ちに待った昼休みの時間がやってきた。
普段も無論待ち侘びてる時間なのだが、今日は普段よりも一風変わった意味で待ち望んでいた時間だと言えるだろう。なにせ普段通りならば、俺は基本的に弦巻や恭介先輩辺りと学食で食べるという感じなのだが、本日は大分、ものが違う。
――実は今日は、ユーストレジャーズの集まりで昼飯、と言う事になっているのだから。
俺は明日香を、弦巻は新橋を、恭介先輩も誰かを部活に誘うという事になっており、その顔合わせの意味を含めて昼飯を一緒に取ろうという流れになっているのだった。
「明日香。はぐれんなよ」
俺は歩きながら横目でちらりと本日の相棒の様子を伺った。
「トー、中指握って、るから、はぐれない、よ」
「うん。……うん、転ばないでくれたら嬉しいな」
相変わらずだけどな、明日香さんや。
……もちっとこうマトモな部分掴んでくれねぇかな? なんでそう、手首だったり中指だったりするんだろうなお前さんは。
俺は、仮に明日香が転んだ場合に、果たして俺の中指は握られたままなのかどうか、ペキッてなったりする顛末にならないかを案じ、冷や汗を伝わせつつも、目的地へと歩いていく。
本日の目的地。
そこもまた普段ならあまり足を向かわせない場所だ。
「でも、どこまで、行くの?」
「ついてからのお楽しみってやつだな」
「ふー、ん?」
小首を傾げる明日香。ふふ、実際ついてからのお楽しみなんだよな。
どこへ向かうのかわかっていないながらも、明日香は俺に一定の信頼は寄せてくれているようで中指を握りしめたまま黙々とついてきてくれる。
信頼してもらえてるってのは嬉しいもんだよな。
…………。
なんで中指なんだろう……。いや、すまん。疑問過ぎてもう問いかけられないくらいだ。なんでこの子中指握ってるん? まあ、明日香元から握る場所へんちくりんだったけどさ。手首握られたこともあるし。
とりあえず俺が期待を寄せる事と言えば。
そうそう。女子に握られてるんだぜ? それを考えれば中指だって嬉しいもんよ。転んだりさえされなければ――、
「あっ」
「おおっと危ないなレディ! あやうく転ぶとこでしたよイェー!」
すかさず明日香の身体を抱きとめる俺! その際に互いの身体が触れ合ったが、一切の邪欲は俺にはない! 何故って? 転ばれたら俺の指がぺっきんだからだよ! ぺっきん確実だわんなん!
「ありがと、ひでき」
「ああ、俺も転ばなくて安心したぜ」
「こうしてると、転びかけても、安心、だね。ひでき、頼れる」
「出来れば別の場面でそのセリフを聞きたかったかなあ!」
俺の絶叫に小首を傾げ疑問符を浮かべる明日香さん。
ふっと俺は自重の笑みを緊迫感と共に浮かべていた。
ああ……未来が見える。
そしてその予想通り――ここからしばらく歩く間にも数度危険が過ったのは言うまでもない事だった。
「……」
数分後。
そしてこの顔である。
「ひでき、歩くの少しって、言ってたのに、もう、疲れてる」
「……そっすね」
俺は背中を汗で濡らしながら答えていた。
怖いんよ。明日香さん、行動が興味に左右される上に、普段中庭とか出ない本の虫なもんだから学院の領地内でも気になるものを見かけたらそっちを振り向いてしまう。瞬間、俺の指に走る危険信号。
「……女子と手ぇ、つなぎてぇ……」
あれ、おかしいや。女子とこんな接触してんのに何でこんな夢が浮かぶんだろ。
俺がそんな自分を嘲笑っているところ、不意に明日香が俺に問いを発した。
「ひでき」
「ん? おう、なんだ?」
「一応、確認しときたいん、だけど」
「何をだ?」
「その、ユーストレジャーズって、いうのは、どういう、感じ、なの?」
「ああ、そういうのか」
どういう感じっていうとだなー、と俺は零しながらふと考える。
どういう感じ……ふむ、どういう感じ……。
「あれ活動実績ねぇ……」
「……」
明日香さんがジト目を送ってくださいました。うん、そりゃそうだわな。
俺はたはは、と苦笑を浮かべつつも口を開いた。
「ま、難しいんだわ。簡潔に言えばこないだ言ったみたく、冒険を――この学院で色々な楽しい事を探していきたいっていう、青春を謳歌しようぜって活動だ。曖昧って言われるとそうかもしんねぇんだけど、でも先輩曰く今後色々な場所に足を運ぶとか言ってるな」
「いろいろな、とこ?」
「おお。とりあえず決定してんのは夏には海に行くって事が決定事項らしいぜ」
「海。いい、ね」
「だろ? 俺も海はすげぇ楽しみでさ。そのほかにも気になったスポットとか廻ったりとか、困ってる人を手助けしたりとかそういうのやろうって事になってんよ」
「なんだか、楽しそう、だね」
「そう見えるか? まあ、今は始めたばっかりだからワクワクしてるってのあんだけどさ」
「そっ、か」
俺の言葉に明日香はどことなく優し気な笑みを浮かべていた。
なんというか和やいだ様な表情で俺は発言が子供っぽかったかね、と少し思ったが童心が騒いでいるというのは否定できない事に気付き、思わず内心ニヤッと笑ってしまっていた。
なんせ楽しみなのだからしょうがない。
恭介先輩、弦巻、それにアイツ。四人のメンバーに加えて後三人が今日仮だけど参加してくれるという嬉しい知らせ。俺らの部活動がどうなるか――その先行きが楽しみなのだ。
と、俺が一人浮かれていると不意に俺の中指にぎゅっと力が込められた。
「明日香?」
「……」
「どうした……?」
無言の明日香。その様子を訝しむ俺だったが、しばらくすると彼女はポツリと呟きを零した。
「でも、不安」
「不安?」
なにがだ? と、促すと明日香は小さな声でこう零した。
「その人たちと、仲良く、出来るか、不安」
「ああ――」
それが不安だったわけか。まあ順当な懸念だよな。
俺は明日香の頭をぽんぽんと叩いて、そんな不安を打ち消すように笑顔を浮かべていた。
「んなの心配ねーって。言っとくけど、今日集まる奴ら最高なんだぜ? 特に新橋と弦巻ってのは俺のクラスメイトで友達でさ。どっちもすげぇ良い奴なんだ」
「すげぇ良い奴、なの?」
「おうよ。新橋はなんつーの面倒見がよくてうちのクラスの中心的存在でさ。ともかくハキハキしてて頼れる女子なんだ」
「私とは、正反対、みたい。そういう人は、素敵だなって、思う」
「んで、弦巻はコイツすげぇ素直でさ。とにかく嘘がつけないような奴で優しい性格した無垢な奴なんだぜ? んで、男なんだがそこらの女よか可愛い容姿してるから驚くと思うぞ」
「優しい、人、なんだね」
「ああ。だから心配なんてしなくていい。お前普段通りのお前で接してやりゃ向こうも答えてくれるからよ」
「そっ、か」
「そっさ」
いつの間にか柔らかい響きになった明日香の声を聞き届けながら俺は静かに歩みを進める。こいつが変な気負いしなくてすむように、俺の最高の友人たちの事を話しながら。
そうして会話を途絶えさせない形で歩いてゆくこと十数分。
俺は明日香を連れてようやく、目的の場所へとたどり着く。
「ひでき?」
「ここだ」
「ここ?」
俺はそっと指で示した。
俺が恭介先輩に連れてこられた時のように、自慢げな笑みを零しながら明日香にこの場所を紹介する。すると、明日香は普段、ぽけっとしていた眼を大きく見開いていた。
「うわぁ……っ」
明日香が、思わずといった様子で感嘆の声を零す。
そこは一面花畑の様な鮮やかな場所だったからだ。整備された土壌に彩り豊かに咲き誇る花々は数十種類に及び、そんな花々を囲むように巨木が辺りに悠然と佇んでいる。夏場の青い葉っぱがなんとも心を沸き立たせてくれた。
「すごく、きれい。はなやか」
「マジだなー。先輩もよく見つけるわ、こういう場所」
「先輩?」
「ああ。恭介先輩って人が見つけたんだ。お前にも言っておいたろ?」
「聞いた、と思う。その人、が?」
「おう。良い場所ねぇかなーって探しまくって見つけたのが、ここだってよ。静かで、けど華やかで、風が心地よいって理由でさ」
「……」
俺の言葉を聞き終えると明日香は静かに深呼吸を繰り返した。そうしてゆっくりと頭上を仰ぐ。花畑とは違う一面の緑の枝葉が木漏れ日に彩られ、なんとも幻想的だ。
「素敵な、場所」
「ああ、俺もそう思う」
「ここにみんな来る、んだよね?」
「おう。恭介先輩、淡路島先輩、新橋に弦巻っていう四人がな」
「そっか」
「まだ不安なのか?」
「不安――少し」
でも、と明日香は唇をほのかに、はにかませて、
「それ以上に、どんな人たちなのか、楽しみ」
柔らかな声で、確かに、そう前向きな言葉を柔和な笑顔と共に呟くのだった。
「あ。ここみたいだし!」
「やっと到着した……!」
それからしばらくし、目的の人物たちの声が耳に響いた。
俺にとってクラスメイト二人の声。それが聞こえてきた事で俺は嬉しさが込み上げてくるのを理解する。
「おお。ご到着したみてぇだな。待ってたぜ弦巻――それと、新橋もな」
「陽皐君が一番だったんだね」
「ああ。ちゃんと新橋、来てくれたみたいで良かったな弦巻。……んで、新橋はなんでそんな真っ赤になってん?」
俺は思わず、そう尋ねかけていた。
そう。
顔が赤いのだ。新橋の綺麗な顔が見覚えのある感じに真っ赤に染まっている。怒っているわけではない。これはクラスメイト達がよく見かける――特に体育の授業中は顕著に見かける新橋の照れた表情だった。
「わう、エリカ顔真っ赤だ、へーき?」
「……アンタが言うなバカ……っ」
「うー、エリカなんかすごく可愛い」
俯き加減に呟いた新橋の様子が琴線に触れたのか弦巻は顔を赤くして好意を露としていた。新橋が身もだえる様に体をぶるりと震わせ「顔、あつ……」と小さく零している。
「……大丈夫か?」
俺のそんな問いかけに新橋は、
「……察しなさいよ」
と、小声で返答をしてくれた。
その次に俺は弦巻へ視線を向ける。ぽにゃんとした美少年はなにやら凄く嬉しそうに、表現で言うのなら【わうわう!】みたいな喜色満面になっていた。朝の頃の弦巻と比べれば格段に様子は良好そうだ。
つまりは弦巻が元気を取り戻せたという事。んで、弦巻がそうなっている要因で思い浮かぶのと言えば……。
「ああああああ……なんで会話だけで私、毎回毎回こんな恥ずかしい気持ちにさせられんのよおかしいでしょ……っ! 私も私でこいつに甘いし……もー、バカバカ私のばか……!」
やはりというか新橋が大変そうだった。
顔を手で押さえて恥じらったかと思えば、ぽかぽか自分の頭をたたいて熱を冷まそうと試みたりするなど精神的にガンガン攻められているらしい。弦巻、素直だもんなあ。
しかしまあ……。
「……」
「陽皐君どーしたんですか?」
「一発、頭をわしゃわしゃーってやっていいか弦巻?」
「急になんなんだし!?」
ぱっと頭を押さえて後退する弦巻。
いやな。なんていうか……好きな子とイチャついてる奴が羨ましくてたまらなくてな! ガッと掴んで頭をわしわしーっとしたくもなるわ!
「ま、なんにせよ到着してよかったわ。迷子にならないか心配だったし」
「ちゃんと事前に確認しといてよかったなーボク。じゃないとエリカと一緒に迷子になってたかもしれないし」
「ホントよもう。この学院広いんだもん」
「へー、けど、新橋と二人きりで迷子とか弦巻的には結構嬉しかったりすんじゃね?」
「ちょっと陽皐!?」
「エリカ、と二人きりで、迷子……」
「こ、こらっ。何を想像してんのよバカっ」
「……エリカ、僕と迷子、ヤー?」
「なんでアンタもそんな特殊な環境下の質問してくるわけ!? 迷子は普通に嫌だからね⁉ 弦巻と二人きりは……アンタ、すごい私に甘えてきそうだし……」
「ダメ?」
「だ、ダメよダメ! ちゃんと迷子にならないように頑張るの! わかった?」
「わうー、わかったー」
ちょっぴり残念そうに首肯する弦巻。新橋は「本当に心臓に悪い……」と顔を殊更赤くしながら俺へ睨みをきかせていた。うん、不用意な発言すんじゃないわよって目だな了解っす。
冷や汗伝わせながらサムズアップで返すと新橋は小さく嘆息を発した後に、ようやく落ち着いたのかきょろきょろと辺りを見渡して、優し気な声で呟いた。
「けど……改めてみると、ここ凄く綺麗な場所よね」
「あ、やっぱりエリカもそー思う?」
「うん。っていうかこんだけ花々があって木もあってって場所、普通に素敵って思うわよ。……この学院広いから散策とかしつくせないのは、わかってたけど……それでもやっぱり、こんな素敵なところとかあったりすんのね……」
「うん、すごいー♪ 恭介さんもよくこんな場所見つけるよね」
花咲く笑みを浮かべながらここにはまだいない先輩を弦巻が賛辞する。すると同時にどこか不思議そうに眼をぱちくりさせた。
「けど、ここ不思議だし。こんなに春夏秋冬のものを揃えるなんて」
「へ? なにが?」
「あ、ここに生えてる樹なんかわかりやすいんだ。あそこ桜、あっち紅葉なんだし」
「お……? そうなんか?」
弦巻の発言に俺と新橋が揃って感心した様な声を漏らす。
植物の目利きが出来たのか弦巻のやつ――と、思っていたら弦巻はパッと笑顔を咲かせて自信満々にこう告げた。
「ううん、匂い」
「アンタは、動物かなんかなの?」
「わう?」
きょとんと首を傾げる弦巻に新橋は呆れた様子だったが、同時に優しく温かい微笑を零して「ま、アンタのいう事だし嘘はないでしょうしね」と、言うと弦巻は嬉し気に「うんー♪」とエリカにすりすりし始めた。
「こら、すりすりしてこないの」
新橋は気恥ずかしそうに手で軽く諫めると、そこでちらっと視線を俺達の方へ一瞥してくる。
「あ。俺の事は気にしなくていいぞ」
「なんの配慮をしてんのよ! そういうんじゃないわよ!」
新橋が茶化す俺を盛大に怒鳴った。そして「そういうんじゃなくって」と語気を強めてそう零した後にすっと視線を俺の傍――、明日香へと向けていた。
「そっちの子とは私、初対面なんだけど……」
「え? ああ、そうだった。自己紹介いるよな」
新橋の発言にしなくちゃならない事を想いだす。そう自己紹介だ。
しないとしないと思っててさっきのやり取りで放置しちまってたぜ。俺は、ほれ、と明日香にする様に促した。すると明日香は、
「ひでき、ひでき」
「ん? なんだ?」
「……」
「……」
「きん、ちょー」
「人見知り発動中!?」
顔を朱色に染めて若干の緊張感を滲ませていた! 心なしかぷるぷるしてる!
あろうことか半裸を見られても動じなかった明日香さんは自己紹介と言う括りに対してものっくそ緊張しているようだった。しかし、待ってほしい。
「お前、俺と挨拶した時は平然だったろ!」
「妖精だと、思ってた、から」
「妖精設定にどんだけドキドキしてたんだよ!」
「だから妖精じゃないって知った時は、すごく、ガッカリ」
「お前は俺への感想が時々辛辣ですごくガックリだよ俺は!」
「でもひできは、面白い、人だった。だから、許す」
「妙な時に上から目線!?」
あ、相変わらずキャラが掴めねぇ……! 驕った態度でもなく、平坦な表情でぽつぽつ零すもんだから全く諸々がわからない……! ただまあこれ以上の口論は無意味だろう。下手したら自爆しかねないしな。
俺は一回咳払いして、
「ともかく。自己紹介してみろって、うん。こいつらすげぇいい奴だからさ」
「それは、わかる」
「おう? そうなの?」
「うん。すごく、キラキラしてる」
表現が何だか凄いな。キラキラしてるってのには同感だが。
弦巻も新橋も確かになんていうか雰囲気がキラキラしてるからな……!
そうして明日香は二人へ視線を向けると二回、三回呼吸を繰り返した後に、
「明日香、羽叶、って言います」
ぺこりと丁寧にお辞儀する明日香。
その態度に今度は緊張感など感じられなかった。むしろ柔和な感じさえ放ちながら、彼女は小さく微笑を浮かべて、
「えと、よろしく、お願い、しますっ」
そう、彼女の声としては力強い言葉で挨拶をする。
そんな明日香に答える様に新橋は実に普段通りの優しい空気を纏いながら、明日香に向けて手を伸ばしていた。
「ええ。よろしくね明日香さん。私は新橋エリカ。よろしくね」
伸ばされた手に対して明日香は少しだけ戸惑った様だが恐る恐る握り返すとほんのりとした嬉しさを灯しながら「トー♪」と柔らかな声を奏でた。
「ん、よろしく。呼び方はエリカとかでいいわよ」
「トー。エリカ、だね」
「ええ。私の方は……苗字とか呼び捨てで平気かしらね?」
「トー。いい、よ」
「わかったわ。ありがとね明日香?」
「トー♪」
ふわっと僅かに微笑を零して頷く明日香。
嬉しそうで何より、かね。俺はその光景に思わず微笑みを浮かべていた。これを機に明日香の奴もこうもっと話せる友人が増えていくといいんだよな。クラスメイトで数名出来てきたっぽいから最近そこらへんは良好な気配が見えてきて個人的には安心している。
そして、この部活動――ユーストレジャーズ関連で、そこらへんが更に良好になってくれりゃいいかな、と淡い期待を抱いているんだ。
「それでこっちは私のクラスメイトで弦巻って言うんだけど」
新橋に促される形で日向が新橋の隣へ歩み出た。
「……?」
しかしそこで弦巻がどこか不思議そうに眉を潜めているのに俺は気づく。当然、普段なら明るく元気に挨拶するであろう弦巻の声が中々出てこない事に気付いた新橋は「弦巻?」と、不思議そうな声で問いかけた。
「え?」
唐突にぽかんとした声を上げた弦巻に対して「ほら挨拶」と不思議そうにしながらも新橋の催促の声に「あ、そ、そうですよね」と慌てた調子で頷いて返す。
「えと、こんにちわです。ボクは――」
そう、弦巻が言いかけた時だった。
なでっ。
そう。擬音ならば、そんな音がしそうな程、唐突に――明日香が弦巻の頭を撫でたのだ。
「……」
無言で撫でる明日香。明日香の背丈は決して高くはない。しかし弦巻の背丈が男子としては低い方なのも相まって撫でる事は容易く、少し伸ばした腕はなでなでと弦巻の頭を撫でだしているのだった。
だけど当然、そんな光景に俺達が驚かないわけがない。
「あ、明日香さんや? どないしたんだ……?」
「えーっと……え?」
新橋も少し困惑した様に見つめるばかり。
そりゃそうだ。前触れなく初対面の相手を撫で始めたのだから驚きもする。俺自身、なんで明日香がそんな行動をとっているのか全く持ってわからない。
極め付けに。
「弦巻?」
新橋が驚いた様な声を上げた。
なんだ、と思いながら俺も視線を弦巻へと注ぐ。そして理解した。
泣いていたのだ。弦巻が。大粒の涙をぽろぽろ零しながら。
まるで嬉しくてたまらない事に直面した様に、目を大きく見開いて何か衝撃的な事に遭遇し感動で涙を伝わす様な顔で弦巻が涙腺を決壊させていた。
へー。
……いやいやいやいや、何が起こってんだ⁉ なに落涙されてんの弦巻さんよお!?
「お、おい。どうかしたのか弦巻!?」
「ちょ、弦巻! アンタ大丈夫!?」
俺と新橋が揃って慌てふためく!
なんだ! なんで唐突に号泣シーンに直面してんの⁉ つーかどう対応すりゃいいんだ⁉
「ちょっと陽皐! アンタなんかわからないわけ!?」
「俺が知るかあ! むしろ弦巻に関しちゃ、お前の領域だろ新橋!」
「そ、そんな括りないわよ! …………そ、そんな感じはしてるっちゃしてるけど、それでもこれは理由が全くわからないんだけど!?」
さながら泣き喚く子供に遭遇した時の様に俺も新橋も対応がわからない。
理由なんだよ! なんで唐突に泣いたよお前!
理由……一応、明日香なわけか? つーか明日香しかいないよな? けど、接点が思い浮かばねえ……! あれか? 昔、逢った事があるとか……いや、弱い! それで説明するぶんには弱すぎる!
「ちょ、ちょっと弦巻。アンタ本当にどうして泣いて……」
「ふぇぇぇぇぇ……っ」
「ガチ泣き!? やばい、本泣き入り始めたんだけど!?」
新橋があわあわと焦りだす。仕方ないわなあ! 理由がまったく予測つかん状態でいざ号泣に入られたら誰だって困るわ! なんでこうなった!? なんでこうなった!?
「え、えと……と、とにかく落ち着いて。ね?」
子供の様に泣き出した弦巻に対して新橋が宥め様と試みる。
そんな新橋の方へ弦巻は視線を一瞬寄こすと、
「えりかーっ、えりかぁーっ」
「え。……あ、う、うーん……」
ぎゅっと新橋の身体に抱き着いて一生懸命に新橋の名前を連呼し始めた。
さながら一番安心出来る相手に抱き着いた様に――と言うか実際、そうなのだろう。弦巻にとって一番安心できる新橋って存在にくっついて弦巻は泣きじゃくる。
新橋は困惑しながらも泣きじゃくる弦巻を無碍には出来ず、どうしようか困った様な表情を浮かべながらも、弦巻に対して「ほ、ほら。大丈夫だから、落ち着きなさい」と、母親の様に、はたまた姉の様に、弦巻を宥めんと頭を撫で始めた。
そうしてその場には少しの間、少年の落涙とそれを慰める少女の姿があったんだ。
時間にして鎮静化に至るには数分間を要した。弦巻が新橋に宥められる形で数分間、泣きじゃくる声がやっと止まった形である。
……まあ、アレだ。
一言で言うと。
「カオスとしか言えねえ……」
何が起きたよ? 突然、全力号泣だぜ? 誰が悪いでもなく涙腺崩壊だぞ?
俺達は弦巻の奴が落ち着くまで少しの時間を有した後に、わずかな気苦労を休める様に近くの草むらに腰を落ち着けていた。近くでは新橋の奴が「本当よ……!」と、顔を真っ赤にしながら賛同を発する。
うん、一番頑張ったのは新橋だったからな。
いや、一番頑張ってるか。言い間違えた。
「で」
俺は一拍置いて、
「何をしでかした明日香さんや」
「……?」
不思議そうに小首を傾げる明日香。その様子にはぁと思わずため息が漏れる。
……だわなあ。
頭撫でて号泣。これのどこらへんにこう悪意を見出せるだろうか? 実際、誰も悪くないのは間違いない。明日香に頭撫でられて何か怖かったとかそういう事でもないんだろう。
けど、それなら何で弦巻は泣いたんだ?
「明日香。なんで、頭撫でたんだ?」
「それ、聞くこと?」
「ああ。話してくれ」
重要だからな。明日香が唐突に撫でた事にも深い理由があるのかもしれないし――、
「小動物、見たとき、みたいな、あったかい気持ちが、浮かんだの」
「へーそっか」
ははっ。そっかそっか。そんな感じかー。
柔和な表情でふわっと笑う笑顔の素敵なこと。そして何より、
「反論材料無いわね……」
新橋のか細い声が耳に届く。同感だ。
子犬みたい、と最近よく言われている弦巻の表現と見事なまでにマッチしてまさあ。それで思わず撫でちゃったってんなら納得すらしちまうぜ、ははっ。
解決が見えない……!
え? なんで結局泣いた弦巻?
「新橋。弦巻の泣いた理由聞けたか?」
「……い、今あんま話しかけないでよっ。ただでさえ全神経、こいつに対して向けてないと羞恥で死にそうなんだから……!」
その恥じらうような言葉の通りに。
新橋は今も一番頑張っている。
個人的に。正直すっげー状況的に羨ましいんだが。
何故かと言うと、そりゃまあこの光景見てれば同感得られると思うんだよ、俺。
「わ、わう、わうー……エリカに、恥ずかしい、とこ、見られたし……! あんな、号泣するとこ、見られたし……!」
途切れ途切れにそう零す弦巻の顔はきっと動揺を隠せず、羞恥で真っ赤なのだろう。
いやそうなるわ。男子高校生が突如、全力の号泣。そのうえ、大好きな相手にもろにその場面を見せてしまった。男の子の尊厳形無しだもんな、そんなん……俺だって絶叫して逃げ去りたくなるわそんな失態。
「そんなの私は気にしないから安心して顔を上げなさいってばっ」
「ヤー。はずいし、エリカに顔見せられないしっ」
「いやいや、笑ったりしないから。ね? 何時までもこうしてないで、顔上げなさいよ?」
「ヤー」
「ヤー、じゃないでしょ! いくつの子よ、本当にもう……!」
新橋の必死の説得に弦巻がいやいやと首を振った様で新橋は動揺しつつも、早く落ち着けと願っている様だった。うん願いたくもなるよな。
普通、人間たるもの恥ずかしい場面を見せてしまえば逃げたくもなる。
しかし新橋の想定を日向は斜め上に覆していたわけだぜ。
「アンタはもう……私に対して恥ずかしくなってる癖してなんで私に抱き着いて照れ隠ししてんのよ……⁉」
絶賛、弦巻は赤面した顔を見せまいと新橋の胸に顔を埋めて隠しているのであった。
弦巻。俺は本当にお前がただ者じゃないと思うよ。まさか好きな子に恥ずかしいとこ見せたから隠すのに必死になった結果で、好きな相手の身体に顔を埋めて隠すとか一周回ったどころじゃない隠蔽方法で俺も驚いたわ!
んで、当然ながらそんな事になっている新橋は先ほどから真っ赤な顔して、弦巻に抱き着かれている……と、そんな感じだ。そりゃ新橋のメンタル大ピンチにもなるな。
更に言えば、
「なんでこんな恥ずかしい場面、毎日毎日人に見られてんのよ私はぁ……!」
男子に抱き着かれる光景が日常茶飯事。
そりゃ新橋的にはこっぱずかしいわな。それも今回は弦巻がいつもより更に離れようとしないもんだから顔が真っ赤過ぎて大変そうだ。
そして、
「あーっと……」
「えと……お邪魔、だったかな?」
気まずそうに頬を掻いてあらぬ方向に視線を泳がせている先輩二人。
初対面で、こんな場面を見られた新橋は当然にように「なんかもう私の羞恥心が凄い事になってる……あぁぁぁぁ、もぉぉぉぉ……っ!」と、顔を真っ赤にして諦めた様に呻くのであった。
第三章 Sol omnibus lucet :前篇




