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彼方へのマ・シャンソン  作者: ツマゴイ・E・筆烏
Quatrième mission 「ヒーローと休暇」
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第十章 前篇:メイド乱舞

第十章 前篇:メイド乱舞


        1


 さらりとした濁りのない鮮やかで艶やかな茶色のロングヘアー。

 同色の瞳は柔和な色を灯し、薄暗い場所だと言うのに輝く様な色彩だ。

 美しい鼻梁の通った顔立ちは優しさと温かさを持った綺麗な面立ち。小さな顔に宝石の様なパーツが黄金比で整地されている。服を内側から押し上げる豊満な乳房、流れる様なボディラインを持った完璧なまでのスタイルを持つ女性。

 そしてそんな彼女の身を包むメイド服。

 闇夜に於いても、色褪せぬ輝きを放つ淑女は、にこにことたおやかな笑みを湛えながら弦巻日向の眼前に、彼を護ってあげる形で佇んでいた。

「――メイド。そう仰られましたか?」

 犯罪者にして強姦魔であり脱獄囚。マクシミリアーノは、眼前に現れた見目麗しい美女に対して、言葉を投げ掛ける。

 投げ掛けられたメイド服の女性は「ええ♪ ちょっと夜のお散歩がてら来ちゃいました♪」と、なんとも朗らかな返答を返す。

「わあ……凄いキレーなメイドさんです……!」

「ふふ、ありがとうね♪」

 そして、ぺたんと座りながら、彼女の美貌に――それ以上に微笑するさまに思わず赤面する日向はいつもの様に、心の内のそのままに零すと、メイドの女性は「あらあらー♪」と楽しげに日向の頭を数度軽く撫でるものだから日向はくすぐったそうに目を細めた。

 嘘偽りなく、お世辞抜きに、日向は凄く綺麗な人、と言う印象を抱く。

「なるほど。しかして、何故そのメイドがこのような場所へ?」

「理由ですか? まあ四つ程でしょうか」

 女性は日向を撫でる手をそうっと離すと、清楚な佇まいで、静かに瞼を閉じると小さく口元を綻ばせる。


「一つは、知人からの頼まれごと。一つは、貴方にこれ以上の罪を犯させない事。一つは、大切なあの娘の身を護る為。そして最後の一つは――、あの娘の為に頑張ってくれている男の子をこんな形で失わせない様にする為、と言ったところでしょうか♪」


 穏やかに。優しさを含んだ声が美麗な唇から調べの様に奏でられる。

 頭を撫でられている日向は「あの娘? 男の子?」ぽかんとしている様子であったが、相対するマクシミリアーノは得心が行った様で小さく頷いて返した。

「なるほど。見れば、一目瞭然なその容姿――やはり、そう言う事でございましょうな」

「あ、わかっちゃいますか?」

「むしろ、一目でわからぬ道理がありますまい。そこの少年は小首を傾げている様子でございますがな」

「ああ、この子は――」

 にっこりと日向を安心させるように女性は笑みを浮かべる。

 ぽふんと赤くなった日向が「わうー」と唸りながら下を向いてしまった。

「まあ、この通り、認識する以前に私の事を直視できないでいるみたいですからねー♪ 本当可愛らしいですねー、日向君はっ♪」

 なでなでなで、と優しげに――どこか楽しそうな雰囲気すら孕んで――女性は日向に温かく接していた。「初々しいともいえるでございましょうな」と小さく微笑を浮かべ、マクシミリアーノも首肯する。

「――さて」

 微かに人情味あふれる空気を発したマクシミリアーノであったが、次の瞬間には、そんな空気は霞に消え去り、瞳に狂気の色を再び宿していた。

「戯れは。雑談は、ここまでといたしましょうな」

 再びの構え。臨戦態勢でマクシミリアーノはそう断言する。

「そうですね。このまま、世間話を続けて夜更かししては、すぐ朝焼けを拝む事になってしまうでしょうから。この子にも、明日から学校ありますしね」

 そんな闘争心を剥き出しとした強姦魔相手に、女性は毛ほどの怯えも無く、臆す事無く平時通りの柔和な表情をもって返す。

 何をもって女性はここまで豪胆に構えていられるのか。

 傍で力なく膝突く日向は驚きを禁じ得なかった。彼女の発言から、相手を例の強姦魔と認識している事はわかる。ならば危険性を理解しているはずだ。強姦魔――おおよそ、女性にとって最も恐怖し忌むべき敵を相手にこうも構えられるメイドの女性は何者なのか。

 そして自分以上に女性である彼女こそ逃げなくてはならないべきだというのに。

 何故だろうか。

 弦巻日向は本能的に察していた。

 彼女は大丈夫なのだ、と。

 まるで母性の塊の様に、頼りになる姉の様に――日向の窮地に慈母の心で包み込んでくれる優しさを、強さを兼ね備えている女性なのだと、その風格で日向は感じ取っているのだから。

 そして、そんな日向の眼前で強姦魔とメイドは互いに一切の隙を見せずして語り合う。

「貴方の素性は大方想定はつくでございましょう」

「まあ、私とあの子そっくりですからね♪」

「貴方が目標人物の関係者とするならば。貴方の感情を私は一身に受け止めるべき、身の上と言う事でございましょうな。よろしい、当然の理屈でございましょう」

「ええ。何と言ったって、あの子を狙っているんですからね。私としては怒るのが当然というものです。加えて、あの子に凄い懐いている彼を死なせるわけにもいきません。折角、あの子が珍しく傍にいるのを許している男の子なんですから」

 まあ外見女の子同然に可愛いんですけどね、と楽しげにコロコロ笑って、

「――そして、先程も言いました通りに。貴方に罪を重ねさせるわけにはいかないのですよマクシミリアーノ=ムンジュイックさん」

「ほう。それはまた法精神に溢れるお優しいお心積もりでございましょう」

「法精神? いえいえ、そう言うのではありませんよ。倫理観の問題です」

「倫理観――ふむ、至極真っ当な発言でございますな」

「ええ。流石に――このような暴挙に及んだ結果を見過ごすと言うのは、やるせませんからね。ですから、ここで御縄についてもらう、と言うのが私の提案でしょうか。先に、この子も言っていましたが、自首する気は無いんですか?」

「ありませんな」

「微塵も?」

「砂粒一つもでございましょう」

「――本当に?」

 すっと女性の眼が真剣な気配を帯びた。

 マクシミリアーノはその時唐突に胡乱とし何故だか、ぐっと詰まった様に見えたが「……本当に、でございますよ」と掠れた様な声と共に首肯する。その様子にメイドの女性はしばし見定める様な視線を送り続けた後にどこか複雑そうな吐息を零した後に、

「わかりました。それでは、さくっと捕えさせて頂きますね」

「……また随分と強気に出ましたな。――まあ、それでもまだ謙遜の域と感じる次第でございますけれど」

「それは買被りですね~。ただのメイドですよ?」

「それこそ信じる価値がありましょう。人生経験の上で言わせて頂いて――ただのメイドを呼称するものほど、半端では無いのですから。いや、まったく」

 その言葉には何処か疲れの様なものすら感じられた。

 だが言葉とは対極的に男の双眸には禍々しくも鋭い光が歪に輝きを放っている。軽口を叩きながらも一切の緊張の弛みは感じられない。それほど目の前の女性に警戒していると言う事だ。

「とにもかくにも、一つだけ苦言を呈しておきましょうかな」

「なんでしょうか?」

「何、良く訊く説教でございましょう」

 そう嘆息を吐いたマクシミリアーノは、

「――女性一人で夜に強姦魔の元に来る事は自殺行為以外のなにものですらない、と!」

 次の瞬間には、なんとメイドの女性の背後に回っていた。

 そこから、撓る鞭の様な左腕が女性の首筋を掴みかかろうと大気を疾走する。びゅるんっと風を切って、魔手が伸びた。

 だが、

「なら平気ですよ。可愛い御伴の男の子が今日は一緒ですからね」

 そんなマクシミリアーノから距離を離れた入り口付近の壁面近くで、女性はニコニコと穏やかな微笑を浮かべ、日向を傍の壁にもたれかけさせながら、呟いていた。

「な――、なんと……一瞬でございましょうか」

 流石に驚いた様子でマクシミリアーノが眼を見開いて凝視する。

 確実に捕まえたと思った場所には何一つとしてなかった。確かに先程までいたというのに、今は何一つもそこにはない。幻影でも見ていたかの様に、錯覚してしまう。

「ふむ。やはり油断のならぬ淑女とお見受けするでございましょう」

「ふふ、どうでしょうか♪」

「その余裕――裏付けられた自負故のものと理解するでございましょう」

 くつくとと男は不敵な笑みを漏らす。

「しかし性欲が、情欲が湧き上がりますな。次の目標は彼女、と決めておりますが、こうも聡明な美女を目の前にしては、貪欲に貪り付きたくなる衝動を抑えるのも億劫な話でございましょう。ああ――喰らいたい」

「それはそれは申し訳ありませんね。私も流石に貞操は好きになった男性へ捧げたいものですから、貴方には差し上げられませんよ」

「それは真に残念。その美しい御髪を無造作に掴み、その熟れた肢体を想うがままに堪能し、嬌声を喘がせたくてたまらないと申しますに――今まで喰らった彼女らと同じく、ね」

 外道にして下衆であり下賤極まりない下卑た言葉を吐き出すマクシミリアーノ。

 メイドの女性の顔が微かにぴきりとした様に怒っているのだろう。女性として当然の反応だ。そして日向もまたそれをさせるわけにはいかない。

(エリカさんのとこになんか……絶対いかせないしっ)

 グッと体に熱がこもった。

 大好きな少女を護りたいと言う想いが力を呼覚ます。

「日向君。貴方はそこで安静にしているのがお姉さんとの約束ですよ?」

「あう……」

 しかしそこでメイドの女性がピシッとそう告げた。動くな、と暗に告げている。

 だが、それ以上に――年上で綺麗な女性に滅法弱い日向が反対出来る道理は無かった。

「貴方はもう限界なんですから動いてはいけません。今から動こうとするとなると、貴方が限界を超えようとして、貴方が出てきそうですからね……だからダメですよ?」

「……う?」

 首を傾げる日向。

 言われた内容が何やら不思議に聞こえた。しかしメイドの女性は何かをそれ以上告げる事は無く「大丈夫ですから、見ていてください」と笑顔を花咲かせながら日向に背中を向ける。

 そして、メイドと強姦魔。

 護る者と、襲う者。二人が同時に疾走した。

 メイドの女性は駆けると同時にエプロンボケットから何かを取り出す。

 バズーカだ。

「ふわ!?」

 日向の素っ頓狂な声が響く中で、彼女が担ぐバズーカが閃光と共に轟音を響かせた。

「ぬうんっ!」

 同時に、マクシミリアーノが拳で振りかざし、驚くなかれ放たれた砲弾に拳を叩き込むと殴る様な音が一度に数十発近く連続で打ち鳴らされた。するとパァンっと弾ける様な音と共に白い物体がそこかしこへ飛散する。

「とりもちを普通、粘着能力が無くなるまで攻撃しますか?」

「それを言えば屋内でバズーカと言うこけおどしをする貴方もでございますよ」

「嫌ですね。それがわかったから殴る選択肢を選んだのでしょうに」

「当然でございましょう」

 告げながらマクシミリアーノの右手がずおぉっと勢いよく彼女の首筋目掛けて伸びてくる。

 メイドはそれをしゃがむようにして回避すると、次いでポケットから何かを取り出してそれを思いっ切り広げた。縄――否、網だ。

「――温いっ」

 ザシュッ、とその網がバラバラに切り刻まれる。

 素手。それも五本の指でだ。カッターナイフに見えてくる程に鋭利と言える体躯。

「単純な捕獲は難しいようですね。スタンガンも効かないでしょうし――なら、こうしましょうか」

 胸元からずっと女性は何かを取り出した。

 手に収まる様なサイズのものと、黒く長い鈍く光った物体――、まずはスタングレネードが爆発的に爆ぜた。

「く――」

「目が使えなくなったところで、これです」

 何時の間にかサングラスをかけたメイドが次に構えたのは機関銃だ。

「実弾ではないですが、痛いですよ」

 その言葉通りに、銃器の速度で放たれる弾丸は殺傷能力のないものでも、威力がある。すかさず銃口からは断続的な音がとめどなく溢れ出た。

「生憎と目が使えぬ等と言う弱点は克服しておりましょう!」

 だが、マクシミリアーノは恐ろしい事に独力で見えなくなった眼の視界を取り戻した。明順応を自らの意思で加速的に行ったのだ。

 そしてそのまま回避に動く。

 マクシミリアーノが壁面を横這いに疾走する。リアルに壁を走る人間と言うのを見た日向は思わず唖然としてしまう。日向の身体能力では到底かなわない、人間離れした動きであったからに他ならず――更には、その姿が次の瞬間にはぞんっと消失した。

 先程と同じ、俊足移動の成せる技だ。重力の枷を僅かばかりあれど、一時的に押し退ける圧倒的な膂力が成せる絶技。そこから姿が消えたと錯覚する程の跳躍をもって、マクシミリアーノは果たしてどこにいるのか。

(後ろ――と、バカの一つ覚えにやりはしないでしょうね。おそらくは)

 そこでメイドの女性は認識を下へずらし、ステップを踏む様に後方へ二歩三歩退避した。その動きとほぼ同時に彼女が立っていた場所を下から突き上げる様な掌底が繰り出される。

「え、あ……!?」

 何が起きたのか一瞬分からない程に、不可思議な光景。

 なんとそこにはマクシミリアーノが地面すれすれに、仰向けの状態から攻撃を繰り出していたのである。さながら地べた間近のブリッジから飛び上がる様な攻撃方法。奇異に過ぎる。

「女性のスカートの中を覗く様な行為はいけませんよ♪」

「それは失礼。ですが紳士ではなく、強姦魔故にお許し頂きたい」

 通常の佇みに戻った強姦魔は、そこから更に拳を振るった。

 だがこの拳がまたも異質。

 通常の正拳突きと言ったものとはかけ離れていた。中指と親指で何かを摘まむ様な独特の手の形をした左腕がしゅるんと撓る様な蠢き方でメイドを襲い、残された右腕は抜き手の形で一直線に、鋭さのみを追求した様に風を突破し突き抜かれる。

 二本の腕が、それぞれ変幻に女性に迫った。

 片方は槍の如くに迷いなく。片方は竿の如くに不可思議なしなりを見せる。

 だがそんあ緩急激しい拳撃をメイドは軽やかに、いっそ舞踏会で踊るかの様に気味良いステップを踏みながらひらりひらりと躱してゆくではないか。

「凄い……!」

 ふわぁ、と日向が驚いた様子で瞼をしばたかせる。

「よもや、この拳撃を初見でこうも対応されるとは――流石でございましょうな」

「いえいえ、それほどでも♪ それにしても変わった打撃ですね~」

「ええ。武道拳【銛】に【竿】。双方合わせて【武道拳・漁】と言う技でございます――よっ」

「何か不思議な技名出ました!?」

「ああ、訊いた事がありますね」

「あるんですか!?」

 日向が遠巻きに衝撃を受ける。

 あるんだ……っていうか知っているお姉さん凄いです……、と茫然気味に呟いてしまう。

 そんな日向の様子に苦笑を浮かべ「別にそんなに詳しいわけでもありませんよ?」と前置きすると女性は尚も攻撃を避けながら、語り始めた。

「確か、発祥は日本だったそうですね。ある日、魚釣りをしていた男性が、誤って海に転落し、そのまま流されて無人島まで流れ着いてしまったと訊いています。そこで生きる為に魚を釣ろうとした男性は道具がない事に悩み、悪戦苦闘の末に、『俺自身が釣り具になる事だ』と言う突拍子のない発想が元で、彼は無人島で生きながら左右それぞれの腕に魚を釣る竿の性質と、魚を突く銛の性質を持った打撃を発案し、日本へ帰り着いた後にその技を広めた、と……」

 発想が自由すぎる。

(そこまでするくらいなら、近場の木々とか使えばいい気がするし……!)

 魚を捕える為に発案した攻撃が武術へ通じた。

 何と言う突拍子のない偉業だろうか。なるほど、しかしそう考えてみれば、片方の手の形が何かを摘まむ形なのは魚をひっかける為の形なのか、と日向は考察する。

 そしてその拳撃は異質にして有能だった。

 初速から鋭い【銛】。

 しなる不可思議な動きの【竿】。

 その二つからなる動きが相手にとって読み辛いのだ。女性はスカートを翻しながらふわりと回避に徹してゆく。しかし、次第に壁際まで追いつめられてゆくと、そこでマクシミリアーノの拳撃は加速的に速度を増した。

 速度に重きをおいた【銛】の拳が一挙に迫る。

 しかし――、

「――」

 シュパァン! と、何か引き抜かれる様な鋭さを持った音が響いた。

 何か、と思い眼をやれば、そこに映るのは真っ白な長い布。それがたなびいて、ふわりと宙を舞う姿は天女の羽衣のようですらある。

「それ、は」

 弾かれたマクシミリアーノの拳撃。

 鉄すらも粉砕する、その剛腕が払い除けられると言う衝撃は日向の瞳に鮮やかに映った。その上、その代物が驚きに目を見張る他になかっただろう。

 剛を剛で打倒すではなく。

 柔よく剛を制す――その言葉通りの行動をかのメイドは成し遂げたのだ。

 ひゅんっと閃く薄地の長い布が一枚。天女の羽衣の様に空を舞った。

「布……!」

「多少、材質は高級品質ではありますが、変哲のない普通の布ですよ♪」

 告げる通りに、彼女が手に持ったそれはくたっと力なく手元から垂れ下がって地面についている事から布と言う事実は疑いようがない。

「けど、今のは……」

 日向が唖然と呟く。

(凄かった。普通の布を使って――まず、あの人の拳を絡め取って、威力を分散するように跳ね上げたと思ったら両腕を突くみたいに布をはためかせて撃墜した、だなんて……!)

 並大抵の技量ではない。

 ただの衣類であんな神業の様な事をするとは、と開いた口がふさがらなかった。

 そして、そこから、

「では少しばかり攻めてみましょうか」

 メイドの攻勢が開始された。

 まるでヌンチャクでも扱うかの様に閃かせた布地を女性は鞭の様にしならせる。頭上から振り下ろし、かと思えば手元へ手繰り寄せ横薙ぎに振るえば上下左右のあらゆる方向からしなる布地が鞭の様に飛来した。

 攻撃力等と言うものは皆無そうに見えて、その実、その威力は鞭打に近い。

 はたく。と、言う攻撃を布地で代用しているのだ。高速で振り抜かれる物質は得てして攻撃力を兼ね備える。それをもって、女性の手繰る布は相手の攻勢をとにかく妨害し、的確にその体躯に衝撃を与えていく。

 そこから更に攻撃方法が転じられた。

 しなる鞭の動きに加えて突く槍の様に幾度も布が伸びては引き寄せられる繰り返し。先程の攻撃に比べれば威力は薄い。だが、この攻撃はとにかく邪魔をしやすいのだ。

(ムンジュイックさんの動きが鈍い……。なんだか、手出しがしづらいみたいに……!)

 し難いのは当然であった。

 なにせ、この攻撃は喰らう側から見ればとにかく厄介なのだから。

 目の前に袋をわっと広げられ続ける様なものである。伸びる布の先端がぶわりと広がるものだから視界が遮られ、次の瞬間どういった攻撃が飛ぶかが判然としない。故にマクシミリアーノは防衛に徹しているのだ。

「この、攻撃方法、は……! 確か、【服龍術】……!」

「あら御存じのでしたか♪」

「奇抜なものをお使いになられますな、また随分と」

「まあ、メイドさんの技能のうちの一つ、というやつですよ♪」

「そーなんだ……!」

「なるほど……日常の衣類を以て武芸に通じた御業。周囲へ害を及ぼさない究極的な戦闘手法の一つと聞き及びますな。制圧術にして活人術。殺傷能力を極限に抑えながらも、相手を征する事に最も適した武芸。これは厄介でございましょう。相手取るには些か手間だ――故に」

 変幻自在に繰り出されるただの布と言う武器を煩わしく感じたマクシミリアーノは僅かに隙間を置いた後に、

「弾け飛んで頂くといたしましょう」

 己に迫る布を弾いた。

 バヂン! と、言うけたたましい音が反響する。同時に女性が持っていた布地の先端が炭化して黒焦げに焼かれているではないか。

「――訊いた通りの発電能力、と言うわけですか」

 しかしメイドの女性は被害を被らなかった様だ。

 寸前で手放していたのか、それは電気の伝搬速度を鑑みれば、恐ろしい程の先見予知と言ったところだろう。

「ほう。ご存じでしたか」

「それはもう当然ですよ。【電気蛭】なんて呼ばれる相手ですからね」

「ふふ、それもそうでございましょうな」

 電撃と言うのは、まずその凶悪性が問題だ。

 それは威力が高ければ高いだけ、強力と言うのがまず第一として、こと場面が戦いに於いては電撃の一撃――その接触だけで、影響は多大。触れれば感電し、体がマヒする事で数秒どんなに思っても動けなくなる。

 だからこそ、マクシミリアーノの今の攻撃。体術に電撃を絡めた彼の動きは凶悪そのものと言えるだろう。達人級の彼が相手の動きを数秒間とはいえ停止させる技能を身に着けている以上は触れれば一発と言う方程式が成り立ってしまう。

 更に電気は感電し、物質を伝搬する。

 絶縁体でも所持していなければ意味が無く、更には持っていようがこの男相手ではそんなもの無意味とばかりに腕力で薙ぎ払われよう。

 即ち、捕まれば終わり。

 それもその攻撃範囲がストリーマーの関係も含め、従来より広いと言うおまけつきだ。

 だがそれは彼女には通じない。

 何故ならば彼女は初めから見せているのだから。回避するまでもない絶対防御。

「では少し悪戯を」

 舌をちろっと出したメイドは次の瞬間には前方にあるものを繰り出していた。

 それは見えない壁の様にマクシミリアーノの拳撃と電撃を双方拒絶する。

「ぬ……!」

「バリアーですよ♪」

 気軽に言うがこれはとんでもないものだ。

 完全に一般人技能を超えたスペックの技に傍目で見守っている日向は「ええ!?」と驚きの声を上げざる得ない。バリアー。見えない防壁。そんなものをどうやって形成しているのか不思議でならないではないか。

 あらゆるものを遮断する反則技の防衛法。

 これはマクシミリアーノでも分が悪いはずだ、と日向が考えたその横で。

「バリアーですか。これまた突拍子のない絡め手だ」

 男は拳を突きつけ、その拳に痛みが走るのを理解しながらも獰猛に笑う。

「だがしかし! たかだか薄皮一枚の防壁に男が何を恐れる必要があろうかッ!」

 カッと括目して、男はその拳を平手へ変える。

 そして――信じ難い事をやってのけた。

「人生とは常に目標に向けて生き抜く事! 生き恥を晒し、欲を曝け出し突き進む事! その過程に万難の壁が迫るならば打破してこその人生よ! 故に止まらぬ! 拳が突き破れぬならばその身がすり減る程に足掻くまででございましょうがァ!」

 平手で、擦る。

 縦横無尽に右から左から平手をもって、つっぱるのではなく擦る様に強姦魔はバリアーと言う防壁をすり始めたのだ。無論、そんな事をすればその掌からは血飛沫が飛散した。その時点でメイドの女性は困った様な表情を浮かべた後にバリアーを解除し男から再び距離を取る。

「恐ろしい無茶をしますね……はぁ」

「なに。手の皮の一枚二枚、弾け飛んだところで構いませぬでございましょうよ。残ってさえいれば美女の柔肌を楽しむ事が出来るのでございますから」

「思想と行動がこうも乖離していると本当不気味ですねぇ」

 頬に手を添えて「うーん」と眉を潜めるメイド。

 確かに行動と思想がどうにも噛み合わない。どこか歯車におかしさが見受けられる。それ故に日向自身もどこか踏み込み切れない何かを感じていたのだ。

「お言葉でございますが、黙考に耽っている余裕は窮地を招きましょうぞ」

 轟ッ、とマクシミリアーノが再び疾走する。

 彼女の胸元目掛けて、ぐんっと長身から織り成される蹴りが放たれた。

「あら、危ないですね」

 ひゅっと、右へ素早い動きで回避する。

「ええ。ですが尚もお気を付けください。電気はどこからともなく、ひっついてきている可能性もありますぞ――そう、気付けば吸い付いている蛭の様に」

 日向が「……え?」と言葉を零すのと同時。

 メイドの女性目掛けて、信じ難い光景が起こっていた。

 四方八方。

 いたるところから電撃が迸り彼女目掛けて飛来してきたのだ。

「そう――きましたか」

 身体近くまで迫る雷電。どこからともなく出現した黄金光。完全に囲まれた状態で日向は叫び声を上げる。マクシミリアーノは厳しい表情で行く末を見つめる。

 そして女性は、

「――っ」

 メイドは踊った。

 まるでダンスでも踊るかの様に、着弾する電撃の流れを見極め、その動きの隙間を縫う様に舞ってゆくのだ。そのさまは流麗にして優美ですらある。まさしく舞踏会の主役の様に見目麗しい体の動きでそれらを掻い潜った。

 遅れて全ての電撃がマクシミリアーノに直撃し、吸引されてゆく。

 そして強姦魔は口角を緩ませて笑った。

「――天晴れでございましょう」

「お褒めにあずかり光栄ですよ♪」

 危なさを一切見せない立ち振る舞い。

 成熟した、完成された動きがそこにはあった。日向にはまだ及ぶまい程の完成度を以て女性は敵と相対しているのだ。

 そして女性は小さく微笑みながら口を開く。

「先程の後方からの電撃。アレが起こったと言う事は……なるほど、掴めましたよ。貴方の用いる能力の正体が」

「見抜かれましたかな?」

「ええ」

 メイドは静かに口を開いた。

「単純な発電能力と言うものでないのは最早言うまでもないでしょう。他の場所から電撃を放っていると言う時点で、貴方の力は発電ではあれど、条件が違っている」

 ただの発電能力であれば、あのような形にはならないはずです、と彼女は呟く。

 確かにそうだ。ただ発電するだけであれば、それは使用者本人の周囲からのみに範囲が限定されるべきところ。なのに、使用者の体躯から離れた位置で電気が迸ったと言う事は。

「貴方の電撃は、それの発電物質が別箇であると言う事。貴方は確かに自分から発電している方ですが、より厳密には発電体は貴方の身体に流れている――」

 そこまで言って彼女は指差した。

 男の力の正体。その根源。電撃を零す物体の本体は、

「――血液。貴方の能力は【血液が発電する事が出来る】と言うものです」

「血で……?」

「ええ。日向君も、何か思い当たるところはありませんか? 恐らくですが、日向君相手に技を使用する際にも、彼は血を流していたと思いますが」

「思い当たるところ……」

 そう考えるも日向は真に情けないながら、彼に決定打を与えられていない。

 銃撃も足に弾かれた。それ以前にはむしろ攻撃により腕がへし折られた程だ。

「……けどもしかして」

 折られた時に、相手にも切り傷が出来ていたのではないか? と思考が働いた。

 人間の腕を折ったのだ。その際に自らの骨が皮膚を傷つける事があっても不思議でない。人を殴れば拳が痛む様に攻撃とはした側にも少量の負傷は起こすものである。

「で、でもそれじゃ極小の傷しか……」

「そうですか。だとすれば、もう一つの仮定も入れた方がよさそうですね」

「え?」

「血を混ぜる、と言う事です。混入と言った方がいいかしら?」

 その言葉を吐いた瞬間にマクシミリアーノはくつくつと笑みを零した。

「――お見事。正解でございましょう」

 彼の言葉に日向は疑問を投げかける様にメイドの女性を見た。

 彼女は「これはまあこのムンジュイックさんの前科なんですけどね」と前置きし、

「彼が【電気蛭】と揶揄される様になった原因の事件――その場所で、彼は周囲の人間の血を吸い取ったと言われています。何故、そんな事をしたのかと言えば、おそらくは血液確保が目的だったのでしょう」

「血液を欲したって事ですか?」

「ええ。彼の力の性質上、血を流すのが前提である以上は大量の流血は避けたいところです。だとすれば、代用方法があるはず。それが恐らくは――他人から血を奪い、その血液に自らの血液を混入させる。そうすれば、出血を少量で済ませられるはずです」

 その為に他人の血液を奪った。

 その所業により綽名されたのが【電気の吸血蛭】と言う名前。

「大当たり。そう、僅かな血液であれど、他者の流した流血に混入させてしまえば、それそのままに電力として発動可能なのでございますよ。それが私の定式である【感電血】でございましょう」

(じゃあ僕は……自分が流した血によって攻撃されたって事……!?)

 大量に溢れた血液にマクシミリアーノが一滴程度の血液でもって肥大化させた。

 その血が電気を迸らせ、日向に最後の一撃を見舞ったのだ。

「中々恐ろしい能力ですね。ですが、良かったのですか? 能力の条件のいくつかを話し手頂いてしまって?」

「何と言う事はございません。能力は面白いですが、私にとっては付属品。本命は常にこちらなのですから」

 そう告げながら再び攻撃の構えを取る。

 つまり、この男にとって能力よりも自らの修練の証こそが力と断じているのだろう。

「武人気質、と言う言葉を思い出しますね~」

 メイドのお姉さんが零した言葉に日向も賛同を示す。

 戦っていて思ったからだ。行っている事こそ外道行為ばかりだが、この男は戦闘に於いては全霊を尽くす武人の様な男であると。

(本当に……なんだか違和感が凄いです)

 強姦魔。武人。人の尊厳を踏み躙り、重んじる。

 噛み合うようでいて、噛み合わない様でもある倫理思考。これを違和感と呼ばずして何というべきなのか日向は知らない。だが、何故か、彼はこう思う。

 マクシミリアーノと言う男をここで倒したい、と。

 だが、それは日向にはまだ成し得ぬ話。

 故に。

 そんな日向の想いをくみ取る様にメイドは軽くこちらを振り向いて優しそうに笑んだ。

 そしてそれだけで再び前を見据える。

 見据えた先には先程よりも更に凶悪。双腕に電撃を纏わせた男がギラギラとした我慾を撒き散らしながら突貫してくる姿がある。

 それでも、兇漢を前にして。

 メイドは臆する事なく大地を蹴った。



 そこからの動きはまさしく疾風迅雷の奔走ぶりであろう。

 電撃を鳴り響かせる双腕を鋭く、重く変幻自在に振るう時点で厄介だと言うのに、男はそこに更に速度を乗せた。撒き散らし付着した血痕が電気を迸らせ、男の行動速度を光の速さへ昇華させる様に動きのキレが次第に増していくようですらあった。

 事実、それはあながち間違いでは無い。

 マクシミリアーノの性質は【電気】――それを上手く使役すれば体の電気信号をある程度制御する事が可能となっていた。無論熟達した身の上、己が体躯に限定されるが、それにより彼は反応速度、思考加速と言った恩恵を得る事で、相手の動きを先読みするごとく行動しているのである。

 右の拳を振るい、メイドが回避を試みれば、その先へ回り込み羽交い絞めにしようと腕を振るう。しゃがむ様な回避をする彼女を目掛けて左足を下から振り上げ、昏倒を狙う。拳も足もその速力は先程に比べ飛躍的に向上しているのだった。

 だがしかし。

 そんな彼に誤算があるとするならば。

 それは相対する相手が只者と言う範疇に収まらぬ女性だからと言えよう。

(捉えきれん……!)

 脳裏に捉えるヴィジョンが浮かぶと言うのに、現実にはするりと彼女の身体は自らの魔手を回避してしまう現実。なんだこれは、と男は焦る。想定する光景が寸前で防がれる。己が創造が現実と符合しえない。

 それが意味するところは、つまり。

(この女性はこの局面で余裕を残していると言う事! それが、私の想定を格段に超えるが故のズレか……!)

 おそらくは彼女は本気ではない。

 いや、この場にきた目的を考えれば本気で戦っているのは明白だ。

 しかしそのスペックを、あえて、本領発揮していない。

 自らの力の平均値に対してここぞという場面に於いて、飛躍させる。それにより、起こる先読みに対しての誤認識。それが発生しているのだ。

(格上か……!)

 底が知れない。

 自分と言う狂気を相手にあらゆる可能性を考慮した上での余裕を持って対当している女性の奥深さに対し、マクシミリアーノは汗を垂らした。

(これだからメイドと言う女性は……!)

 だが、それで構わない。

 それでこそだ、と男は口角を吊り上げた。

「強者に挑む――なんともはや、心躍る出来事かッ。晩餐の前に味わうぶんには最高の美酒でございましょうな。ああ本当に渇く喉を至高の美酒で麗したい限りだ」

 瞳を爛々と輝かせながら。

 自らより上にいるだろう女性を前にしても己が欲望を成し遂げる為に男の狂気は更に渦巻く。



(――さて、どうしようかしらね)

 目前を過ぎ去る電撃を帯びた拳を一瞥し、下から伸びてくる左の掌を掻い潜りながら彼女はさて、と思考を巡らせていた。

 このマクシミリアーノと言う男が只者ではない故の見極めを行っているのだ。

(ある程度、情報はまとめてきましたが……何というか、本当に、鍛練されていますよね)

 体の動き。攻撃を繰り出すタイミング。奇抜な体勢でも倒れず行動できる重心移動の妙義。どれをとっても一流の動きばかりだ。改めて見てみれば、その習得ぶりがよくわかる。

 ちらりと視界の端に映る血塗れの日向を見れば殊更、認識が改まる想いだ。

 見立てる限り、日向の負傷とマクシミリアーノの負傷は対比出来ない程に差が空いていた。一方的に敗れ去ったものの姿と言える程に、である。

(まあ、仕方ありません。日向君が相手取るには些か、格上過ぎましたからね)

 眼前に迫る拳を体を右へ移動させ回避し、女性は表情を引き締めた。

 瞳に映った日向の姿は見るも無残な有様である。

(それだけ踏ん張ってくれたと言う事ですし、傷も酷いですから早く応急処置くらいはしてあげたいところなんですよね……)

 あの子の為に頑張ってくれたお礼も含めてね、と小さく呟く。

 まったくもってやるせない気持ちだ。

 本来であれば、もっと早く駆け付けたい気持ちであったのだから。

(あの子の為に、頑張る男の子の奮闘を途中で区切ると言うのは何だか申し訳なくもありましたが……あのままでは死にかねなかったものね。あらゆる意味で)

 だから駆け付けた時は結構窮地でひやひやしたものだ。

 間に合ったから良かったと言うものの、そうでなければ大惨事になっていた事だろう。

 何よりも、

(あやうく微かと言えど顕現しかけていましたからね。彼女の言う通りに早かったと言うわけですか……随分と早かったですね、本当に)

 せめてもう少し早く来れたなら、と思うが、

(だからこそ、私が此処へ来る際に、邪魔をしてくれた方は次逢うときにはたっぷりお礼をしないといけませんねー♪)

 メイドは内心でにこにこと微笑んだ。

 脳裏に過るはここへ到着する際に現れたある人物の姿。何故、あの局面で現れたのかに関しては後々追窮しなくてはならないですね、と内心零して。

 彼女は己が術式を解放した。

「身体強化」

 小さく口を弾ませて、

「雷耐性強化」

 己が力で言祝ぎする。

 彼女の名字に宿る、彼女の血筋の力を以て。かのメイドは眼前に迫る、その電撃の拳を右の腕で――ほぼ無力化を成し遂げ、弾き飛ばした。



「ぬお……!」

 バヂンっと電気が弾け、男の腕が撥ね退けられる。

 その衝撃は小さくは無かった。己が拳が防がれる。それも、素手で。それは通常ではありえない事だからだ。なにせ、マクシミリアーノの腕は電気を纏っている。人を感電させ、意識を奪う事は容易い程の威力を帯びた電気を。触れれば即座に被害を及ぼす力を帯びている問う言うのに彼女は防いだ。その影響の大きさは計り知れない。

 電気が、効かない。

 否。

 電気に耐える事が可能な状態になっているのだとしたら。

「いぇああっ!」

 咆哮を放つ。すると瞬間に部屋の所々に付着した血痕から電撃が走り、マクシミリアーノ目掛けて急速に集い始めた。すると必然、彼の傍で戦う彼女の背中目掛けて電撃が轟くが――、

「甘いですよ♪」

 たおやかな左の腕が電撃をへし折る。

 砕かれた電気が力なく雲散霧消する――が、そんなものはどうでもいい。所詮、子供だましのようなものだ。マクシミリアーノはメイドの左側に回り込みわき腹目掛けて蹴りを放つ。すでに行動した左腕を即座に戻すにはロスがかかるはず。

 しかし、そこで女性は――その場で回転した。ひゅるんっと身体が舞い、ロングスカートがふわりと広がる。そうして廻った左腕で彼女は男の蹴りを叩き落とすと、

「そろそろ蹴りをつけましょうか」

 その言葉で火蓋を切る。

 右肩に掌底を叩きいれる。ぐらついた体躯に左足で蹴りを叩き込むと、その場で回転し更に左足で回し蹴りを入れ、右手の手刀を男の頭頂に間髪入れず打ち込んで、とどめとばかりに左ひじを鳩尾目掛けブチ込んだ。

 五連撃。続く衝撃を一切の淀みなく流れる様に叩きいれた。

「が、ぼぁ……っ」

 マクシミリアーノの口から大量の息が吐き出される。

 攻撃全てがこれといって派手さの伴わぬ普通の連撃。しかし、それら全てが正しく叩き込まれたとするならば話は別物だ。叩きいれられた一撃一撃は明確に男の身体に痛みを煩わせてゆく。マクシミリアーノは苦しげに呻きながら膝をがくんと折れ曲がらせる――すんでのところに於いて気骨で再度膝を伸ばした。

「感心する程にタフですね」

「ふ、はは……っ。そう、で、ございましょう、かな……」

 だがやはり疲労困憊なのだろう。その動きは精細さに欠けている。

 あと、すこしだ。日向にもそれがわかる。

 それは彼自身もきっとそうだ。だからこそ、

「――これで決めると致しましょう」

 満身創痍。すでに敗北の未来しか見えぬ男はそれでも、最後にそう告げた。

 両の拳に満ちる雷撃。今までよりも殊更に弾ける様に光り輝く金光。おそらくは最後の一撃と呼ばれる代物。発言通りに、マクシミリアーノが最後に見せる一撃と言う事になる。

「そうですか」

 厳かに。佇むメイドは、そう返した。

「構いませんよ。何時でも、いらしてください」

 ただ、絶対の覚悟を以て。

 彼女は守るべきと断じたものを護るべく、ここに立っているのだから。

「……では」

 そんな彼女の姿勢に幾何かの感情を織り交ぜ――そして、マクシミリアーノは駆けた。

 一瞬にして距離を詰める俊足移動。

 そこから双腕を一気に天高く聳えたたせる。

 左右の掌を指同士絡ませ、男はまるで祈る様に固めたその拳を振り下ろす――!

「おっおおっ、おでぃえらぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 雷電が弾け飛び、スパークが盛大に周囲を揺らぎ狂う。不規則に折れ曲がる雷撃が弾ける音と共に辺り一面を放電し、その雷鳴を纏う拳は恐ろしい程の破壊力を持ってコンクリート製の地面を粉砕した。

 その中で。

 彼女は。

「――流石に多少、痺れますね」

 不敵な笑みを柔和に口元に湛えながら、

「ですが」

 全身を常人以上の身体性能へ強化する術式に、加えて耐雷性を纏うと言う常人離れした技能を織り交ぜた、そのメイドの交差した双腕には、

「貴方の侵攻はここで通行止めですよ」

 金色の雷撃に混ざり合う様に、煌びやかな紫の稲光を迸らせていた。

 双腕に閃く、その輝きを一瞥しマクシミリアーノは何事か小さく呟いた。

「――」

「――」

 メイドの女性もまた何事か返答して。

 それを満足と受け取ったのか、巷を騒がせた強姦魔は一言を零し、終わる。

「――見事」

 その言葉を最後に紫電が爆裂した。

 黄金光に伴い、紫色の電撃が男の全身を余さず走り抜ける。悲鳴一つ、断末魔一つ上げぬ男の身体を包み込み、贖罪を促す様に雷鳴は冴え渡るのであった。

 遅れて、ドサリと言う人体が崩れ伏す音が響くと同時に。

 メイドの女性は男を一瞥し小さな、しかしハッキリとした声で呟いた。

「穢れを得ても、失わずあった武人精神――貴方も見事でしたよ」


        2


 こうして今回の事件はの終結に至った。

 連続強姦魔脱走事件という、あまりにも危機孕む警察の失態と扱われてしまった一件。数日に渡り警備体制が街中で強化される事にもつながったこの事件も、その張本人が捕縛されてしまえば解決だ。

 現在は駆け付けた警察官たちの手でマクシミリアーノは捕縛され、現場の処理に追われている真っ最中であり警部と思しき男性が指令を出したり、鑑識が現場の保存に右往左往している為に廃屋の中には何十名もの警官たちが職務を全うしていた。

 やっと捕えられた連続強姦魔の姿に警察は昂揚を隠さず、足を動かし、がやがやとした騒がしさがこの廃墟に普段は無かった慌ただしさを生んでいる。

 そんな中で唯一、安息とした空気があった。

 その空気を生んでいるのは一人のメイドの女性である。彼女は慈母か、はたまた面倒見に良い優しい姉の様な優しい雰囲気で一人の少年を慰めていた。

「わう~……うぇぇ……」

 緊張の糸が切れたのか子供の様に泣きじゃくる一人の少年、弦巻日向がメイドの女性が手で頭を撫でる度に、恥ずかしいところを見せたくないと男の子の意地を見せようとするも、それが敵わず目からぽろぽろと大粒の涙を零しており必死に涙を拭おうと、ぺたんこ座りしながら頑張っていた。怪我が酷くなければ体育座りしているくらいに体中痛くて、心は悔恨の念で痛く苦しかったのだ。

「あらあら。そんなに泣かなくてもいいんですよ?」

 そんな少年を慰める様に頭頂を女性は優しい声でなでなでしている。

 しかし日向としては泣きもするのだ。

 まず痛かった。これは男の子の矜持で是が非でも言わないが、腕も折れている。血なんかドピューだ。そりゃあ泣きたくもなる。

 しかし、それ以上に日向は今回の反省点が多すぎたのだ。

「あう……だってボク、何も出来なかったし」

 エリカに怖い想いをさせたくない。日向はそんな想いで今回、奔走していた。

 強姦魔の潜伏先と思しき場所を発見し、後を追いかけ、警察に拿捕させるべく行動し、時間稼ぎに必死になって立ち向かった。

 しかし結果は惨敗。

 時間稼ぎどころか、情けをかけられ、挙句の果てにエリカへの無遠慮な侮蔑の発言を許してしまう事となった自らの醜態は心にざくりと爪痕を残している。

「少しは戦えるからって思っても……実際はダメダメでした」

「そうですねー。まあ、相手が悪かったと言えばそれまでですが」

 そう。メイドの心眼が見定める通りに、マクシミリアーノの実力はただの強姦魔とは言えない程に桁外れであり、日向の実力を上回っていた。戦地で生き抜いた日向の俊敏性も何もかも打ち崩す程に実力差は歴然としていた。

 しかし、それがなんだ。問題点はそこにはない。

「僕がもっと早く……。ムンジュイックさんの潜伏先を伝えておけば良かったんです」

「……」

 もっと先に。警察が対応を練れる様に、潜伏先【かも】であったにすれ、情報を伝搬しておけば事態は楽に動いたのかもしれない。

 日向は別にエリカの為にいい恰好をしたいと言う気持ちは皆無だ。

 むしろ守れる術があるならば何であれ使う事が必要と考える。一命と、他に天秤に乗せ賭けられるものは何一つとして存在しないのだから。

「たらればかもの話はしていてはキリがありませんよ」

 そんな日向の頭を女性はぽんと軽く撫でた。

「確かにもっと早く電話をかけていれば事態は変わったかもしれません。ですが、そういった行動もあの受刑者は潜り抜けてしまうだけの力量がありました。無論、教訓として対策を警察は練るでしょうが、それでも多勢に無勢で追い詰められる程に甘くはない相手でした」

「でも……それ以前に僕は……」

「わかっていますよ」

 女性は慈しむ様に双眸に優しい色を浮かべて告げた。

「日向君は、警察に苦手意識があるんですもんね」

「……びっくりです。何で知ってるんでしょーか?」

「メイドですから♪」

 ニコニコと朗らかな笑みを零すメイドに日向は眼を大きく見開く他にない。

 本当に何者なのだろう。凄い、と言う感想ばかりが湧いてくる。

 そして事実だった。日向は警察が苦手だ。それは父親の振る舞いにより時に悪事の囮とされたり、放置子とされた苦い経験。幼少期から続く一般常識の欠損により、抱いた警察の保護を怖いものと感じる心、悪い事をすれば捕まると言った恐怖心から形成されたもの。

 そんな自分が警察に電話をかける。当然、内心には微かな震えもあったのだ。

「今回の事に苦い想いがあるなら、それは次回に教訓として活かしなさい。一人で無茶な事はし過ぎない事ですよ? 誰かないし、何らかの組織に頼る事が一般なんですから」

「はい……」

「もしも困ったら私に頼ってくれたって構いませんからね♪」

「おねーさん、やさしーです」

「やさしーですか?」

 ありがとうございます、とメイドは朗らかに微笑を浮かべる。そんな彼女の綺麗な笑みはやはり日向にとってはとんでもなく好きなものに映るのか気恥ずかしそうに赤面してしまう。

「うー……」

「あらあら♪ 本当に恥ずかしがり屋さんですね♪」

「そんなことないし」

「ふふっ♪」

 むにゃーと反論する日向を微笑ましいものを見る様にメイドは笑みを深くする。

「一段落ついたんですし、そんな頑張らなくて平気ですよ♪ それより怪我の方は大丈夫そうですか? 警察が救急車を呼んでくれているはずですが……」

「生憎と、救急車より先に医者が来ちまったがな」

 そこで不意に男性の声が響いた。

 精悍な声質。しかしそれを拭い去る様な何処か気だるげな声音。高級そうなスーツに身を包むグレーブロンドの頭髪に日本人離れした黄金色の双眸を持つ男性モデルの様に高身長な男性がタバコを吹かしながら、そこに立っていた。

 その姿を確認して日向の眼が驚きに見開かれる。

「テオ、先生」

「カッ。患者がいるって訊けばお前か日向。また厄介事に首を突っ込みやがって。たくっ」

 頭を軽くわしゃっと掻いたテオと言う男は日向の傍にしゃがみ込むと、手で容体を確認する様にした後に「よし。病院行きだ」と決定を告げる。

「……日向君の知り合いですか?」

「はい。子供の頃から診てくれてるお医者さんでテオ先生です」

「なんだこのドえらい美女メイドは? メチャクチャ好みなんだが。顔もスタイルも抜群じゃねぇか。性格も良さそう――だが、一癖以上はありそうだな……しかしそこもいい。好みだ。惜しむらくは」

 フッとシニカルな笑みを浮かべて、

「俺が医者って事だなチキショウ。こんな場面じゃなけりゃディナーにでも誘ってるってのにやるせねぇぜ。ほれ、行くぞ日向。お前はまずは輸血だ」

 ひょいっと日向を肩に荷物の様に担いで歩き出す。

 何か色々とディナーだとか何だとか言われたメイドの女性はしばしキョトンとしていたがすぐに我に返ると、

「すいません、お医者さんの方ですよね?」

「ん?」

 首だけで振り返るテオに向けてメイドは一礼する。

「その子の怪我、よろしくお願いしますね」

「……あんた、コイツの知り合いか?」

「知り合いと言うには知り合ったばかりですが……その子は私の大切な妹の同級生で妹の事を大切に思っている子と言ったものですから♪」

「はーん。なるほどねー。何時の間にか色気づきやがって、このガキめ――って寝てやがる。涎垂らしたらぶん殴るぞこの子犬小僧め」

 見れば日向はすぴーと寝息を立てていた。出血、疲労。それが限界だったのだろう。

「緊張の糸が切れてしまったんでしょうね」

「違いない。出血多量、疲労困憊もあるだろうからな」

「全くです。――ああ、そうそう。この子が目を覚ましたら、『また逢いましょうね』とでも伝えておいて頂けますか? 今は眠ってしまっていますから」

「あいよ。そりゃあコイツも喜ぶだろう。――さーて、あんたに言われちまったしサクッと病院送りとでもしようかね、怪我治さんとだし。んで、あんたとは今度会った時にメールアドレスを交換したいところだな」

「はい? 何でですか?」

「美女とお近づきになりたいからだ」

 キリッと無駄にイケメンスマイルで、白い歯を煌めかせた。そしてテオは「んじゃまたなー」と手を振って日向を担ぎながら去ってゆく。去り際に「あー、惜しい。悔しい。口惜しい。あんなメチャクチャ美女を前に仕事だとう!? 医者のどこがモテ職だふざけんな」と言う叫びが聞こえてきて、

「なるほど。ああいうタイプの方ですか」

 と、可笑しそうにメイドはあらあら、と苦笑を零していた。

(――それにしても)

 二人が去った後、メイドは静かに廃屋の窓から見える月夜を仰いだ。

 そうして闇夜に何かを見つけた様に柔く微笑んだ。

「【パーティー】の影に隠れて本当にあらゆる勢力が跋扈していますね。やはりあの神様の言うう通りに、確実に三度目のアレに備えている、と言ったところでしょうか」

 ふぅ、と肩をすくめて女性は息を零す。

 やるべきことはわかっている。自分は自分自身の成すべきこと、やるべき事がある。だとするならこれは自分が関わるより、関わるべき運命を持つ者達が成すべきこと。激闘の痕跡を見据えながらメイドは呟く。

 満たされる力は、想いは何処を巡り奏でられるのか。

「さて。【星辰に曜し刻む唄(アステル・シャンソン)】は果たして、誰に宿りゆくのでしょうね」




第十章 前篇:メイド乱舞

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