第六章 啓蒙成らずの追跡劇・前篇
第六章 啓蒙成らずの追跡劇・前篇
1
唐突だが、彼らは今、尾行隠密行動に埋没していた。
「おい、もう少し近くで見れんのか! 遠すぎやしないか?」
一人は地団太を踏む様に苛立たしさを覗かせながら、
「黙っていろ! 誰の図体の所為で距離を詰められないと思っているんだ!」
一人は理解を示せ、とばかりに注釈を入れながら、
「全く。デカい図体と言うのは隠密行動には不適合な限りだね」
一人はそんな二人の姿勢を呆れた様子で懸命に覗く態度を示しながら――そして最後の一人はそんな三人の状況を一緒くたにに嘲っていた。
「いやいや、貴方達も小声で話しなさいよ、バレるわよぉ?」
『バレて逢瀬がご破算になるならば、本望よッ!』
「いや、バレたら怒られるし嫌われるとも思うんだけどねぇ」
『泡沫じみた期待を抱かせるとか、お前は鬼か! 鬼一のバーカッ!』
「なにその頭の悪い悪口?」
建物の影――、人目に付き辛いと言うよりも、関心事である対象に悟られ難いと言うポジションを徹底し、影に潜む四人の男女の姿がそこにはあった。行き交う人々が物陰に隠れて何やら雑談を零している高校生四人を不審がりながらも、通り過ぎていく。確実に関わりたくない故の見て見ぬふりだったが、今の四人にはそれが嬉しい。
肝心の四人――それは不動明王の如き巌の面貌を持つ巨漢の青年、五郷海老済智實。加えて知的な印象が光る眼鏡をかけた長身痩躯のイケメン、都祁村勇三九。更には、燃える炎の様に何故だか揺らめく黒髪を持った快活さを誇る雁多尾畑眉白。最後にはウェーブがかったロングヘアーをたなびかせる、おっとりとした上品な出で立ちの美少女、鬼一涼子。以上の四名――学院にて淡路島近衛四人衆なんて大それた名前で呼ばれる者達が、がその場にて互いに口火を切っていたのであった。
何故、彼ら四人がこんな場所にいるのか? それは彼らが注視する先に答えがある。
その答えは、そもそもとしてゴールデンウィーク前に遡る形となり、元凶足る発言は驚くなかれ彼らにとって最も重要視する人物が異性に向けた、その一言であった。
『今度の月曜日にデートしておくれよ、鍵森君』
と、言う幻聴。
それはもうクラスメイト男子一同が夢の国のマスコットのネズミが放つ快活な笑い声を完璧に再現してみせた程の衝撃であったと言えるだろう。
結果、二人が去った後にクラス会議が開かれ『妨害案』、『抹殺案』、『暗殺案』、『衆道への目覚め案』、『去勢案』、『他女子による誘惑案』等々違反スレスレの案が続出しまくったが、そこは高校生。最終的に『事態の経過観察』と言う名目の監視体制が敷かれる事となった。結果、選出されたのは最も彼女に近しい四人組と相成り、今現在に至るというわけである。
「――そもそもねぇ」
紅一点、涼子が嘆息を放つ。
「あたくしとしては、覗き見の姿勢が好ましくないわけよねぇ」
「何を言うか、鬼一。お前だって普段は防衛側だろうに」
智實がお前もこちら側だろう、と暗に告げてくる。
「そりゃあ否定しないわよぉ? 大切な友人だもの、変な奴にひっかかったりしたらやるせないものぉ」
でもねぇ、と複雑そうに、
「デートを尾行するってスタンスは何か気に食わないのよねぇ」
「ふむ、まあ。わからないでもないね」
相変わらず不自然な決めポーズを取りながら、勇三九が首肯する。
「確かに僕らが今している事はただのストーキングだ。褒められた行為じゃない。後で姫海さんからお叱りを受ける事は免れないだろう。ハァハァ」
「息を荒くしてんじゃないわよ、何を興奮してんのコイツぅ……」
「「わからなくはないぞ、都祁村ァ!」」
「貴方達の意見も大概ねぇ……」
俗に言うご褒美理論に涼子は頭を抱えたくなった。何時からこうなったんだっけ、と記憶を掘り起こそうか迷ったが、面倒臭いので捨てておく事にする。
(そりゃあ、姫海ちゃんは怒っても『ぷんすかだよ!』みたいな感じがするから、怖さもそりゃあるけど、可愛さも混じってだけれどね――)
うっとり、と恍惚の表情を浮かべて悶絶する涼子。三人が『やっぱりお前も同類だよな』みたいな視線を向けているが、本人は気付く気配は微塵も無かった。
「まあ、ともかくさ。褒められた行動ではないにしろ、僕らは尾行を行うさ、鬼一」
「怒られるのが目的で?」
「そこもあるけれど、全てじゃないね。なにせ、姫海さんの今日のお相手が、鍵森と言う時点である程度、対応は必要だ――そう思ったからこそさ」
「賛成だぜ、都祁村! 俺も、出会って日の浅い奴と淡路島のデートは時期尚早じゃねぇかなって思ってるしよぉッ!」
「確かに。日々の生活で悪い奴ではない事は実感している――だがうらやまけしからん!」
「そーだそーだ! 二人きりのガチデートなんざ俺達だって未経験だぜ! ちきしょう!」
「貴方達のって完璧ひがみよねぇ」
「黙れ女友達!」
「障害なく二人で行動出来る貴様に、我等が苦しみがわかるかぁッ!」
涙を浮かべて訴えてくる二人を涼子は引き気味に「あー、はいはい」と流す形で返す。確かに異性同性で言えば、同性の自分は姫海と二人で買い物に行った事はあるから、その通りではあるんだが男二人の悔し泣きを見てて気持ちいいものではない。
「二人とも静かに。まあ、僕もそこは思わないでもないよ。けれど、デートがミスすれば今後デートへ誘い、僕らが上手くいく事で比較対象となった時、好感度上昇の布石となるかもしれない。こう、考えるといい。彼は布石であり、捨て駒だとね」
『都祁村……お前、天才かっ!』
「なんていうか負け犬の遠吠えっぽいわねぇ」
『鬼一……お前、鬼かっ!』
「むしろ敵側だってーのぉ」
彼女にとって――鬼とは対比存在の家柄なのだから、鬼呼ばわりは心外の一言だ、とばかりに涼子は嘆息を浮かべて返す。
「で?」
「で、とは?」
「とぼけないのぉ。わざわざそんな事言う為だけに口火切ったわけじゃないでしょう? 日が浅いとかそう言うのは理由づけに弱いし……。わざわざ尾行まで言い出すのなら、相応に理由があるんでしょ? 信用するにはまだ早いとか、そう言う感じのがねぇ」
「流石は鬼一。その通りかな」
勇三九は小さく頷いて返す。
「実の所、同じクラスとして鍵森が在籍する様になってすぐに、僕は一応、学院の情報通である軽鴨さんに依頼して、情報収集をしてもらったんだ。姫海さんの隣席ともなると、害を成さないかどうかとね――転校生なぶん、素性が不明だったからね」
「また凄い事をしようとするもんねぇ……」
まあ最低限ならば可。深入りし過ぎならば諌める言葉がいるかしらねぇ、と涼子は腕を組みながらそう判断を下す。
そんな涼子と同意見の様で神妙な表情を浮かべながら智實と、眉白が声を発した。
「ふむ、それで結果はどうだったんだ?」
「前の学校で暴力事件でも起こしてた――とかじゃねぇよな? そう言う輩には見えなかったぜ鍵森は。アイツは良い奴だ」
うむ、と首肯する智實。
(なんやかんや、嫌ってはないのよねぇ……嫉妬してるだけで)
嫌悪、憎悪ではなく嫉妬で動いている男子高校生二人に涼子は何とも言えず複雑な心境になるものだ。
「それで結果は?」
「うん。まあ、調査結果を簡潔に述べてしまえば、品行方正――とまでは言えないが、問題は無かったよ。品行方正よりかは、時折お祭り騒ぎじみた事を巻き起こしたと言う事例があったらしいけれど、それも学校側から見ればプラス面の話の様だしね」
「成程な、得心いくぜ。アイツ、ウチのクラスでも中心張ってけるしな!」
可笑しそうに眉白は破顔を浮かべて頷く。
「ふむ……。ならば問題は無いのではないか? ……いや、まさかとは思うが……じょ、じょじょじょじょじょじょ……ッ女性関係が……ふ、不埒とか言う結果が、あ、あったりしたのではないだろうな……!?」
隣の智實も同様に頷きかけたが、一つの可能性を浮上させ目に見えて狼狽を示す。
学校側の把握していない方面であれば、複数人と関係を持つと言う淫らな可能性も無きにしもあらずではなかろうか――。
「いいや、それもないね」
「そうねぇ。どっちかってと、男友達とバカやりたいってタイプだと思うしぃ」
しかしそれはバッサリ切って捨てる勇三九。
後に続く涼子の言も信憑性があった。
「……む、確かにここ最近に関して、鍵森から『下級生で面白い奴らがいるんだよな』と楽しげに語られた時もあったな……」
「そうそう。確か、陽皐とか、弦巻とか聞いてたわねぇ」
「それも根拠だね。ただ僕が言いたいのは、それとは別に――軽鴨さんの話では、中学時代に浮ついた話は一切浮上しなかったそうだよ」
「そうなのか? 良い奴だし、顔もいい。相応にモテると思うが?」
「アイツみたいなのがモテないとか、おかしいだろ?」
智實と眉白が不可解そうに呟くのを、勇三九は頷いて返す。
「僕もそうは思うさ。実際、好意を抱いた相手はいたらしい、けれど本人がそう言う話には関与しなかったらしいね。ただ、幼馴染とか妹さんはいたそうだけど、それは『あー、そいつらは恋愛対象じゃないからなあ』と軽鴨さんが訊いてるから違うようだ」
「軽鴨さん、ダイレクトだな、おい!」
直接訊いてるんかい! と、眉白が肩を落とした。
「だがわからんな。そこまでわかっているならば尾行の意味は無くはないか? 恋愛事に現在感心がないのかもしれんが――聞いている限りは不安要素はない様だが」
「おう。そうなっちまうと尾行する意味がねぇぜ?」
「果たしてそう、言えるかな?」
なに? と、二人が不審げに眉を潜めた。
「君達二人が知らないわけがないだろう? 姫海さんの愛らしさを」
「「当然だ。ヒメカニストだからな」」
「ねぇ、その単語初耳なんだけどぉ……」
涼子の言葉を華麗にスルーしつつ三人は会話を続ける。
「ならわかるはずだ。深海の青を思わせる様な藍色の艶やかな色をした頭髪の輝かしさ! 面貌は綺麗さを伴っていながらも、どこか可愛らしさを覗かせる至高の美! 触れれば折れてしまいそうな華奢な体躯だと言うのに、男を悩殺するグラマラスボディ! そしてそんな肉体に内包されるのは人魚の如き魅惑の性格! 優しさと悪戯心を兼ね備えた子猫の如き万人を魅了する、心を打ち抜くキューピット・アローの様な奇跡の配合率がッ!」
「おう、そーだそーだ! 外見と中身の素晴らしさ!」
「うむ。無論、それだけでは語り尽くせんがな!」
「わかってるなゴゴー! おうよ、中身も外見も素敵過ぎるのさ。まあ、たまに守ってあげたくなるとか言うわかってねー奴らがいるがよ!」
眉白がそう腕組みしながら告げると智實が感極まった様に拳を振り抜いた。
「雁多尾畑ァッ!」
「五郷海老済ッ!」
ズドムッ! と、言う盛大な音を響かせて互いの拳が鳩尾にのめり込んだ。散り際に「がはっ。へ、へへ……、わかってんじゃねぇか……お前も、さ……」、「当たり前だ、それが、わからんわけが、あるものか……舐めて、かかるな、よ……」と、言葉を交わしながら互いにズルズルと崩れ落ちていく。涼子が「いや、なにしたかったのよ貴方達ぃ……」と引き気味の目で呟いていた。
そんな涼子の前では決めポーズをしながら眼鏡をクィッと上げる勇三九がいた。
「――そう、二人が示したのが答えさ」
「ねぇ、決めポーズにドヤ顔で言ってるけどさぁ、何も伝わってないからねぇ?」
「おや、今のでわからなかったかい?」
「今のでわかる奴っているわけ、逆に?」
「やれやれ。――まあ端的に言って、デート中の姫海さんの可愛さで鍵森の恋愛の扉がオープン・ザ・ウィンドウしてしまう可能性があるって事さ」
「窓なら可愛いもんじゃないのぉ?」
扉が開くよりかは健全な気がする。
――けどまあ、なくはないか。
言いながら涼子はそう思った。確かに姫海は可愛い。笑顔一発でズキューンとハートを打ち抜かれたクラスメイトを見た事も多々ある。その相手は他のクラスの美少女にも打ち抜かれていたが。それにしたって、姫海とのデートが切っ掛けで気になる相手として意識する可能性は無くは無いだろう。
「問題はその際に鍵森が奥手か否かって感じかしらぁ?」
「イエス、ウィンドウ!」
「意味わからない台詞止めてくれる?」
「つまりそう言う事だね。今日のデートで鍵森がどうなるかが肝心さ。もしも手が早いタイプだったりしたら、初日にて、姫海さんの唇が奪われるなんて顛末が起きる可能性がある。そしてそれがわからない程度には――僕らと鍵森の関係性は深まっていない」
「……要約すると『姫海ちゃんの純潔が心配だから尾行したい!』って事でいいのねぇ?」
「イエス、ウィンドウ!」
「だからその台詞の意味なんなのよぉ!?」
何にしても目的はわかった。
つまりは本当に護衛目的みたいなものということだろう。
「それ以外では妨害とかはないわけねぇ?」
「イエス、ウィンドウ」
――それなら、まあ。
いいのだろうか? と、首をひねりはするが妥協点としよう。爪を隠していて、何事かあったなんて顛末は涼子も許容できるわけはない。無論、鍵森恭介がそう言う人間でないのは重々承知だが、やはり一抹の不安程度には――と、言ったところだ。
「仕方ないわね。妨害は一切なし。鍵森が送り狼になった場合は例外。または姫海ちゃんの容体悪化が見えたら迅速に対処。そう言う感じでならあたくしも同行するわね」
「では、決まりだね」
勇三九はホッとした様子で頷いた。
実の所、勇三九としては尾行に際して、涼子の助力があるかないかでは、大分ことが違ってくるのを知っているが故に涼子に難色を示されると困るのだ。その涼子が了承をしてくれたのはかなり大きな意味を持ってくるだろう。
それは同時に、もう一つの意味合いでも、であった。
勇三九は軽鴨のもたらした情報の記載された紙を今一度確認する。
(三人には、あと一つ情報を伝えていないけれど、これに関しては正直不確定だし、下手に不信感を抱かせても、鍵森に申し訳がないからね……。とりあえず、これらの情報を持ってして鍵森――真に申し訳ないんだが後をつけさせてもらうよ)
そこにはある日数間に於いて『とある組織と戦闘』と言う不可解な文面が綴られていた。
2
「可愛いのう」
「ほんに、可愛いのう」
「あいらしゅうて、かなわんわぁ」
「そやねー、ほんまやわぁ」
四人は主人――淡路島姫海のそわそわとした態度を見ながら、それはもう和んでいた。今から緑茶をすすりだしても、おかしくない微笑ましさと穏やかさだ。通り過ぎる人々が微笑を浮かべて去っていく辺りに世界の優しさを感じる。
デートと言う事で気合を入れた服装をしている姫海はそわそわとした態度で、ちらりと時計を一瞥したり、服装をチェックしたりを繰り返している。
何と言う、いじらしさ。
何て言う、愛らしさ。
――ああ、世界は美しい。
「だのに、何故だ」
「世界は狂っている――何故、待ち人顕れんッ」
「淡路島を放っておくたぁ、いい度胸だすっとこどっこぉおおおいっ」
確かに可愛い。愛らしい。いじらしい。
だがしかし何時までも待たせておくとは何事だろうか? 許されるのかそんな暴挙が。女の子を待たせるのが男の甲斐性とでも言いたいのだろうか?
「嫌だぁああああ! 淡路島に『ううん、今来たとこ』とか言われる鍵森ちょう、ムカつくぅうううううううううううううううううううううううううううう!!!!」
「雁多尾畑うるさい」
そもそも待ち時間、まだ過ぎてないでしょうが、と涼子は零す。
そう。時間はまだ過ぎていなかった。予定より早めに来た為に待っているだけであって恭介に悪意はない。
(まあ、それでも少しは早めに来なさいや、とは思うけどねぇ)
だが遅れてない以上は理不尽なので眉白を諌めておく事とする。
「鬼一。お前は耐えられるのか? 淡路島の『ううん、今来たとこ』を!」
「いやあ、そりゃあ可愛いなとは思うけど。それを別の男に投げ掛けたからって、一々騒ぎ過ぎじゃないのぉ?」
「いいや。『ううん、今来たとこ』と言う王道発言を他の男が受けてたら嫉妬に狂うのが世の常、世の理だと言う事を知れぇっ!」
「貴方達、『ううん、今来たとこ』どんだけ執着的なのよぉ……」
「わかってほしいかな。女子が『ううん、今来たとこ』と言う言葉を自分に向けた瞬間の感動を。『ああ、この子、健気に待っててくれたんだ……! そうに違いない! 僕のことが好きで好きでたまらないんだ! そうだよね? ね? ね? ね?』と言う気持ちにもなるさ!」
「それ、ただのストーカーの思考になってないかしらねぇ!?」
――途中までの和やかカップルの構図どこ行ったのよぉ?
「まあ誇大表現してふざけたのは認めるけどね」
「からかってんのぉ?」
「割と。――ああ、ゴメン、嘘だから、冗談だから、拳を握らないでほしいかな……!」
仕方なく拳を開いてドスッと頭頂へ手刀を一発振り下ろす涼子。勇三九が「ぐべっ」と言う呻き声を発したが気にしない。
「いてて……」
「ふざけんのが悪いのよぉ?」
「反省します」
「よろしい」
「でもまあ、実際、男子としては『ううん、今来たとこ』と言う発言に何かしら感じるものがあるのは確かだと思うよ? それを傍目に見てるのは癪でもあるものさ」
「敗北感って感じかしらぁ?」
「きつい物言いだけど、まあ、そうかな――っと、あれ……?」
そこで勇三九が唐突に柳眉を潜めて物陰から身を乗り出した。
どうしたのよ? と涼子が不思議そうにすると、智實、眉白の両名も勇三九同様に眉間にしわを寄せて厳しい表情を露わにしている。
いったい何が……、と思いながら涼子も顔を物陰から出して一瞥する。
そうしてすぐさま状況を理解し、同時に三人が憤慨を覚えている理由を察した。
「なにかしらね、あのチャラ男どもは」
「全くだ。普段ならば近づかせもしないというのに」
四人が視線を向ける先――姫海を取り囲む様な形で三人の男が立っていた。遠い上にこちら側に背を向けている形な為に顔の判別は難しいが、おおよその事態は察すことが出来る。
姫海の美貌につられたごくつぶしに違いない! と。
「いい度胸してやがる……淡路島に手ェ出そうなんてな」
「全くだね。僕の『例の技』が炸裂する時が来たらしい。来てしまったらしい」
「落ち着け都祁村。お前の『例の技』は温存しておくべきだ。此処は我々が行こう」
「ああ、お前の『例の技』に頼るまでもねぇな! あんな雑魚共風情じゃあなぁ!」
「確かに『例の技』を発揮する場面では無いけれど、貴方達の出番でも無いんじゃないかしらねぇ?」
「なに? 百歩譲って都祁村が『例の技』を使用しないにしても、俺達までとはどういう意味だ鬼一?」
「同意見だ。『例の技』はともかく、我々は出向かなければ――」
そんな勢いづく三人に「いえいえ」と小首を振って、涼子はパチンとウインクを一つ零した後に明るい声で告げた。
「貴方達が出張るまでもなく――王子様の登場ってやつみたいよぉ?」
なに? と、三人が首を傾げ、眉をひそめた――しかし、すぐに思い当たる節があったのか勢いよく顔を涼子から姫海の方へ向ける。するとそこには一人の青年がいた。三人の真名湖には普段よく会話をする見知った青年の姿がありありと映しだされている。
許し難い事に姫海に手を上げようとした男の腕を掴む、その姿は――、
「来たぜ鍵森ィ!」
「待たせおって、あのバカ男めが!」
「やれやれ、ヒーローかい彼は。良いタイミングで現れるもんだね」
眉白がガッツポーズで叫び、智實が腕組みしながらしきりに頷き、勇三九は眼鏡をクィッと上げながら決めポーズしつつ、三者三様に盛り上がった様子で言葉を発していた。
「貴方達って本当、嫌悪じゃなく嫉妬で行動してんのねぇ……」
涼子がそんな発言を零していたが、姫海を襲った賊を威圧感の元に一刀両断で追い払う恭介の姿を見守りながら「ハッハァ! スカッとしたぜ!」と眉白の快活な声が見事に彼女の声を打ち消していた。
「フ。姫海お嬢様をかどわかす等とは言語道断だ」
「イエス、ウィンドウ」
「とりあえず都祁村が変な言葉がマイブームになりだしてるのはともかく、姫海ちゃんに気概が無かったみたいで良かったわぁ」
事実、特に問題無く追い払えた様子だ。走り去っていきながら「くそー! これで三度目かよー!」、「なんで美少女にはもれなくイケメン彼氏がついてくんだよー!」、「美少女のバカやろー!」と捨て台詞を吐きながらなよなよとした足取りで逃げていく光景が見える。
(前に二回も同じ目にあってるなら、懲りなさいよねぇ?)
と、呆れた様子で感想を零す涼子だったが、すぐさま思考を切り替える。
なにせ、これから始まるのは姫海のデートなのだ。一番初めに問題こそあったが、大切な友人のデートなのだ。恭介に姫海へ好意を抱くなと無理は言わない――あの可愛さが抱くのが健全と言うもの。問題なのは、
(さ。いかに姫海ちゃんを楽しませてくれるのか。期待してるわよぉ、鍵森)
彼女が如何に今日を満喫できるのか。
その一点に限られる。
だから問題なのは、
「鍵森あの野郎……! 手だぁ? 手だとぉ? 自ら手を差し出しただとぉ? 淡路島から差し出されて初めて成立する事を扇動しようってかぁ? 淡路島が従順なのを良い事にぃ!」
「手か。やれやれまいったね、恋人気分かい? ハハッ、ワロス」
「姫海お嬢様の手を握りたがるとはな――鍵森。やはり貴様は侮れん様だ。一挙手一投足全てに注視の一念消し去れぬものと知れ……!」
メラメラと嫉妬の炎燃ゆる三人の背中を見据えながら涼子は空を仰いだ。
(暴走しない程度に諌める一日に――なりそうって事よねぇ、私の方はぁ……)
休日なのに。
男三人のお守り役とは何とも魅力ない――そう思う涼子だった。
3
かくして姫海と恭介のデートは始まった。
そんなわけで、四人衆の追跡尾行も開始された。そこに善悪の理屈は存在しない。あるのは唯一重に純粋なる感情論だけでいい。理屈などいらんのですよ、と三人は語る。責められれば開き直ろう。責められなければ自責しよう。そんな面倒臭いメンタリズムの状態で四人は二人の後を見事な尾行でもって続く。
智實の巨躯は確実に目につく為に距離感こそ離さなければならないが、逆にその距離感を活かす形で四人衆は物陰から物陰でそそくさと移動していくのだ。
しかし問題が一つある。
「聞こえるか?」
「ノー、ドア」
「ノーだとドアなのねぇ……」
涼子が一人呟くが意味がわからないので三人はスルーしつつ、現状を確認する。
「ダメだ。流石にこの距離じゃ声なんか聞こえない――っつーか、聞き分けられねぇ」
「雑踏が多いからね。いくら僕らがヒメカニストだとしても、これだけ多くては……」
「逆にヒメカニストだと、この距離でも声を聞き届ける事が出来るわけぇ?」
『無論』
「もういいわ、頭痛くなってきたからぁ……」
自分も姫海は大好きな涼子だが、男連中のフルパワーは本当に侮れない。そんなどうでもいい事を痛感する毎日だ。
「仕方ないね。こういう時こそ、鬼一。君の出番だ」
「……え?」
「え、じゃないだろう。僕らの中でこういう時、そう言う事が出来るのは君の特権と言うものだろう?」
「……とんでもなく、くだらない事に力を頼りにされてる感がするわぁ」
涼子は想像がついていたとはいえ、いざ言われると何ともしょうもなくなりそうな心をあっぴろげにしながら溜息を零すと「……盗聴しろってことぉ?」と愚痴を零す。
「イエス、ウィンドウ」
「それうざい」
むくれた様に頬を膨らませ不満をぶつける。
「ただ期待はしないでよねぇ? そう言う方面の才能はあたくし、薄かったしぃ、何よりもお父様曰く最近は、そう言う『聴』の術式通じにくいって訊くしねぇ」
「なに? そうなのか?」
「ええ。電波の所為じゃないかって」
「現代文明邪魔してるんじゃねぇ!」
「電波の恩恵と比べれば、安いもんよぉ」
そうぼやきながら、涼子は一枚の白紙を取り出した。
否、よくよく見れば、それは唯の白紙では無かった。白い式符――幾何学的な紋様が黒い隅で描かれた特殊な代物であった。
四人が後を追う中で、涼子は「――オン」と梵語を奏でた。
そこから数珠繋ぎの様に紡ぎ出されていく言葉――それは三人が知る限り『陰陽術』に通じるものとの事だ。そしてそれを操る鬼一涼子とは何者か。
簡潔に述べるならば、鬼一涼子は陰陽師である。
陰陽の名門として数えられる鬼一家の娘――それが涼子だ。陰陽の名家、土御門の様に名の知れた陰陽師であり名門中の名門などなど様々な肩書を持つ名家。
まあ、そんな建前はどうでもいい。盗聴、盗聴が今の男子三人の全てだが!
「早く、盗聴、早く、早く!」
「うるさいわねぇ、苦手なのよぉ、コレ」
それがこういう場面の盗聴に使われるとは実に不憫な現状と言う他に無いが!
そんなものは気にしないとばかりに三人は急かす。
「……よし、発動したわよぉ」
「でかした!」
行動が実ったのかは定かではないが、結果として発揮された諜報術式に三人はグッと拳を握って涼子を讃える。さあ、とばかりに二人の後を追随しながら、式符からノイズ交じりに聞こえてくる声に耳を傾けた。
さあさあどんな言葉が出てくるのか! と、期待を持って四人衆は待つ。
『――鍵森君なら――気が――デートに誘え――事が大きいんだ』
第一声を訊きながら三人は思った。
(……なんか……凄い、ぶつ切りじゃね?)
そっと涼子を見る。
真っ赤な顔して狼狽を表す涼子が釈明する様に述べた。
「しっ、仕方ないでしょぉ? さっきも言ったけど、こういうの苦手だし! まあ時間経てばちょっとは良くなってくはずだしね! けど最近は街中だと諜報術式は技術の高い人じゃないと難しいし! 私じゃ役不足よ悪い!?」
「い、いや、すまん。我々が悪かった。続けてくれ」
「ああ、無いよりマシだとかは思ったねぇから頼む!」
智實と眉白が申し訳なさそうに言ってくるので、涼子も落ち着いた様子で術を続行した。
『……俺が初デート相手で良かったのか?』
『十分――とも。鍵森君は格好いいよ』
「「「言われてぇええええええええええええええええええええええ!!!!!!」」」
「だわぁっ!」
ここで涼子は自分の行動の俊敏さを褒めてほしいと思った。嫉妬の涙に呑まれる三人の大声を打ち消す為に即座に別の『音を消す』効力を持った簡易術式を発動させた功績を如実に褒めて欲しい程だ。そしてすぐさま苦言を呈する。小声で。
「あ、貴方達ねぇ! もっと静かに!」
「バカを言え、鬼一! いくらなんでも……いくらなんでも、格好いいだと? 淡路島の口から聴きたい台詞ベストテンには入っているんだぞ! 無理だ!」
「全くだ……。いったいなぜそんな発言が……ぐおお、羨ましい……!」
「ふふふ……、見て見なよ。鳥肌だ。僕の手、震えているよ……これは畏怖かな? 彼女の口から格好いいなんて言葉を零させた彼に対する――」
「うざいわぁー……!」
なんだかもう、会話が面倒臭くなってきた涼子である。しかし、丁度そんな時に、その言葉は式符から響いてきた。
『四人衆――じゃダメだったのか?』
『!』
そこで三人は一気に意識を取り戻し色めきだった気配を見せた。
四人衆――つまり自分達だ。それ即ち、自分達への評価が訊けると言う事ではないか? そんな期待感に胸を膨らませながら三人は言葉を待つ。すると式符からは『うーん、それも考えなかったわけじゃないんだ。けれどね、鍵森君』と言う言葉が零れだして
『鬼一さん以外の三人ってなると――』
瞬間、三人は口火を切った。
「ま。淡路島にはバレちまってるよな。俺が一緒にいるだけでメロメロになっちまうイケメンだってことをよ!」
「バカめ。昨今の子女は逞しさこそ憧れるものだぞ?」
「いいや、残念。知的なインテリメガネこそ女性を惹かせる魅力なんだけれどね?」
『――三つ巴の戦いを繰り広げていそうだな』
『正解』
「「「……」」」
くすくす、と可笑しそうに笑う少女の声にヒートアップ気味だったはずの三人が一気に消沈した。うわぁ、と思わず零したくなるほどの急降下っぷりに涼子も後ずさる。しかし、流石に放置するわけにもいかず声を発そうとすると、
「何と言う愛らしい笑い声――天使か」
「ああ。口論なんてばかばかしくなるくらいの素敵な美声だったぜ」
「これこそ……人魚の声と言うべき響きだね」
「貴方達なんて言うか……うん、平和よねぇ」
もう何も言わなくていい気がしてきた。
と言うか帰ってもいいだろうか? や、ダメか。一応、監視みたいな役回りで来ているのだから帰ってはダメなのだろう。涼子はそう思いながら肩を落とした。
『前に四人と――街中を歩い――あるんだけれどね――しっちゃかめっちゃかだっ――。ごごう君――ボディーガードみたい――祁村君は――確認で視線を――、かりた君は――威圧していたし、――鬼一さんには過激な水着とか服装とかおすすめされたなぁ……』
そして。そんな時に次の言葉は到来してきた。
「「「……」」」
先程の身震いの沈黙とは違う、今度は意気消沈と言った様子で沈黙する三人。若干疲れた様な明後日を見ながらの様な苦笑交じりの声に喉が詰まった様な声を零すではないか。
それもそのはず、当時の記憶が呼び起こされたのか揃って気まずげに視線を逸らす。姫海の言葉が断片的であっても思い起こせた。
それを踏まえた上で現状を認識すると――、
「変わらん……ものもあるさ」
「そうだな。いつまでも変わらないものは大切なんだ」
「うん、その通りだね」
「自己弁護してんじゃないわよぉ」
呆れた様に零す涼子に対して『うるさい! お前だって言われてるぞ!』と言う様な視線で返す三人だが、それがどうしたとばかりに涼子は鼻で笑う。
「そりゃ姫海ちゃん、スタイル抜群だもの。男の子悩殺しちゃう水着とか着せてみたくもなっちゃうもんよ」
「我々には見せてくれなかったよな確か?」
「当然」
断言する陰で「見たかったな……」、「普段パーカーで隠ししまうもんなあ」、「服の下の桃源郷は遠いよね……」とブツクサ零しながら、自分の行動に悪気を感じ出したのか、項垂れ始める三人である。
しかしその後奇跡が起こった。恭介の零した言葉に同調する姫海の言葉の後――それに三人は後光を見たのである。
『けど楽しかったな。皆――――してくれながらついてきてくれて――ああいう騒がしさも嫌いじゃないって思ったりして……――――。ただ――あったかい気持ちになったのも事実――楽しかったなぁ』
『マジ天使ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!』
男達感涙である。断片的だって彼女の事だ優しい発言に相違ない。
瀑布の如き滂沱の血涙だ。血も涙も、体の内に湧き出る水分全てを失わんとする涙の滝がそこにはあった。涼子が「貴方達大丈夫ぅ!? なんか、じゃっかんしおしおになり始めてるんだけど肌がぁっ!」と、恐怖に苛まれた様な声がしたが、そんなもの気にする三人じゃない。
「あったかい気持ちなんて……そんな恐れ多い! 我らの心は熱い想いでいっぱいです!」
「嫌よ嫌よも好きのうちって言葉最高ッ!」
「ああ、レクイエム。ああ、ヘヴン。イエス、ウィンドウ!」
胸元を抑えながら歓喜の涙に浸る巨漢。
滝の様な涙を流しながら天を仰ぎ見る熱血漢。
最早語彙がおかしな事になっている優男。
そんな三名が無き狂う様を傍で見る羽目になっている、涼子は祈った。無関係の人物だと思われます様に、と切に祈っていた。無駄だったが。遠巻きに引かれている光景を視界の端が否応なく捉えてしまうから無意味だったが。
(これが諦観って奴なのかしらぁ……)
何したいんだろ本当にもう。そんな気持ちである。
そしてそんな四人衆の珍道中を当然、幸福な事にも知らないまま、当の姫海は恭介に対して宣戦布告にも似た、挑戦状の様に厄介なお願いを向けて、本格的にデートへと歩み出すところであった。
4
「……ほわぁ」
「和むのう。かわゆいのう」
「最早アレは天使のぐだり」
「ほんま、めんこくてかなわんよねぇ」
四人衆は主人――姫海がベンチの上で、へにゃへにゃになっている姿を見ながら、どこまでもはんなりとした安らぎの表情を晒していた。場所は姫海が座るベンチが見届けられるビル内部のカフェ、窓際の席だった。下に見えるベンチの上で泥の様にぐだーっと倒れ伏す少女は疲労困憊なのだろ疲れが見える。だが同時に絶大な愛らしさを爆発させていた。可愛い。
天上天下無知蒙昧は断固として許されず。
あの可愛さを知れ、と四人は叫びたくなるのを必死に堪えていた。
それだけ四人衆の眼には彼女が可愛らしく映っていたためである。
さて、姫海が何故ぐだっているかと言えば、それは単純にあの後に姫海が気の向くまま、気ままな形であちこちを散策した為だ。体力が無い姫海がそんな事をすれば、すぐにスタミナが尽きるのは自明の理。結果として姫海は今の様にへにょへにょになっていたというわけだ。
そんな彼女に対する四人衆の感想は『彼女らしい』というものであった。
姫海を学院でしか知らない相手には、姫海が自分からガンガン突き進む姿勢は意外に映ったかもしれないが、そこは長く共にしてきた四人衆。彼女の性質を良く知るが故に驚きは抱くことなく普通に、うんうんと頷いて返せるものである。
しかし。
ごくわずかな感触だったが、その感触の違いを何となく意識して勇三九は呟いた。
「でも、今日の姫海さんは何時にもまして、はしゃいでいた印象が見受けられたね」
その呟きに涼子が反応を示す。
「ああ、やっぱりぃ?」
「ああ。普段の姫海さんと比べると、やはりはしゃいでた印象があるよ。本来ならもう少しペース配分を気を付けられたんじゃないかな?」
「ふむ、一理あるな。姫海お嬢様は――周囲への気配りが出来るお方だ。あのようにヘトヘトになるより先には休憩を取るだろう」
「チッ。ってことはやっぱ……」
眉白の忌々しげな――されど嬉しそうな舌打ちに勇三九が呼応する。
「ああ。楽しんでるんだろうね。良い事だ」
「それが鍵森ってのがケッ! ってなるがな」
「第一にお嬢様だ。ここは感謝にしておけ」
憮然とした態度で呟く智實だが、若干の嫉妬の炎がメラメラ燃え上がっていたので心中穏やかではない事はある種明白であった。
「まあ、そうね。普段こういう事あまり出来ないから姫海ちゃん。楽しんでるならそれが何よりってものぉねぇ――って、あら、真っ赤になってる。何かあったのかしらぁ?」
「何ィ!? くっ、鍵森何を言ったァ!」
眉白が涼子に対して暗に『諜報術式』を使えと言ってくるが、生憎と手持ちがないので「無いわよもう」と首を振っておく。そもそも、そっち方面得意じゃないので、そんなに持ち歩く事もないのだ。
「何を言っているかはわからない――けれど、何とも楽しそうだね」
「ふむ。先程から姫海お嬢様のペースが乱されている気配が濃厚なのが気に障るがな」
問題となる姫海真っ赤の原因足る恭介の発言が『おんぶすりゃ胸がくっつくし、お姫様抱っこなら街中闊歩』と言う旨の発言である為に訊かれたら後が大変そうになる恭介としては、ここで三人の耳に会話が入らなくて助かったと言えるとこであった。
「まあ、淡路島もそこまで拒否反応出してねーみてぇだからいいが……クソ、どんな会話すりゃあんな可愛い真っ赤な顔が見られるんだ? 漁猟ネタか?」
「漁猟ネタでどうやれば真っ赤に出来るのか地味に知りたいわねぇ」
涼子が苦笑を浮かべる。
漁猟関係の知識でも明かせば出来るのだろうか? とも、思ったが興味が左程あるわけではないので放置しておく事とする。
「む。動く様だな」
丁度、そのタイミングで智實が声を零した。
見れば確かに姫海と恭介がベンチから立って行動を起こしたところである。
「どこへ向かうのかしら? 降りないとじゃなぁい?」
「いや、その必要は無さそうだよ」
「あら、どうしてぇ?」
「ほら、歩き方が目的地に向けて一直線――遠い場所ではなく、近場に向けた歩行と言うのかな? サクサク進んでく感じだ」
そんな勇三九の言葉通りに思いのほか近距離――向かい側の店の前で二人が制止した。
なにやらショーウィンドウに陳列された品を見ている様子である。
四人して店の看板に目を見やると、どうやら洋服店である事がわかった。なるほど、商品も洋服である事が一目瞭然ならば、二人の目的は洋服なのだろう。
「ってなると、姫海ちゃんの方からよね。女物みたいだし」
「だろうね。どれどれ――うーん、二人が見ているのは……帽子、かな?」
「帽子か。なるほどな、そりゃ納得だ」
「うむ。お嬢様は帽子が好きだからな」
四人して得心がいった様子で頷き合う。
姫海が帽子好きと言う事は周知の事実である為に、おおよそ把握出来た。気に入った帽子があったから足を運んで確認に向かったのだろう。
事実、ショーウィンドウに小さく屈んで覗き込む姿勢の姫海の後ろ姿が見てとれる。おそらくは瞳を輝かせて魅入っているに違いない。
「テラかわゆす!」
「ギガントキュート!」
「萌えぇええええ!」
「ほんま、いやされるわぁ」
もう四人ほんわかだ。ザ・ほのぼのである。
蕩ける様な顔で感嘆の息を零していた。近場の席のお客さんが不思議そうな視線を向けているが、そんなもの気にしているヒマは無い。今はあの後ろ姿から、姫海の可愛らしい輝く笑顔を妄想に耽る大事があるのだ。邪魔をするな。
そんな事をしている間に、窓から見える二人が何やら会話をする姿が見える。何を話しているのだろうか。姫海が真っ赤になっていたり、気恥ずかしそうな態度を取っていたりする。いったいどんな表情を浮かべているのだろうか。
よくわからないが、後で鍵森は一発殴ろう。そう決める三人である。
と、そんな穏やかなんだか、和やかなんだかわからない心中の四人衆であったが、不意に不思議そうな様子を浮かべた。
「あら……、店には入らないのかしらぁ?」
「……む。意外だな」
「そうだね。てっきり入るとばかり」
店に入る事なく、その場所を離れだした二人に四人衆は思わず目を見開く。
あれだけ気に入っていたのだから、てっきり入店するとばかり思っていたのだ。
「おいおい、鍵森どうした? 甲斐性なしか、買ってやれよ?」
眉白も不可解そうに零すばかりだ。
「チッ。よくわからんが予算オーバーか? しゃあねぇ、俺が今からこっそり鍵森に接触して金を渡してくるぜ」
「バカ、お節介は止めておきなさいよ」
「そうだね。それに仮に鍵森が予算オーバーだとしても、欲しいなら姫海さんが購入するはずだろう。淡路島家の御令嬢だ。それくらいのお金はぽんと出せるだろうし」
「そうだな。ひけらかす方では無いが、欲しいものはしっかり入手する方だしな」
要点を詰めれば答えは『わからない』だ。
購入するとばかり考えていただけに、不可解な感じはするが、流石に何があったのか、どういったやり取りの末なのか四人に知るすべはない。それに、店から離れた二人が次の場所へ足を運びだす様子を見て、すぐさま自分達もカフェを後にする必要がある。そう判断した四人衆は即座に店を後にした。
5
ちゅー、ちゅー、ちゅー。
ネズミの鳴き声の如く、ストローが楽しげな音を立てて口一杯に味わい深い味を送り込む。
カフェのドリンクは何を飲んでも美味しい。みんな、カフェに寄ろう!
「僕らさっきカフェで飲んだばかりだよね?」
「時間は経っている。文句言うな」
「そうだ。小まめな水分摂取は必要なんだぞ」
「夏場よねぇ、それ。はあ~あ~……、後でトイレ行かなくちゃなぁ」
『花を摘みに行くと言うんだぞ、そういう時は』
「貴方達、そんな事言う女子がどんだけいると夢見てるわけぇ……?」
四人は揃ってカフェでコーヒーに舌鼓を打っていた。
先程もカフェ。今もカフェ。飲み放題だ。
そんな事になった理由は当然ながら、隠密行動の為である。ただし丁度いいスペースが無かった為に、ならばと四人の行動は観測対象である恭介と姫海が足を運んだ店へ入店する事であった。無論、変装は完璧だ。近場の洋服店で買ったアロハシャツにチャイナドレス、神父服にトーガ――おおよそ、別人にしか思われない服装だ。完璧である。
そんな四人を周囲の人物がひそひそ話していたり、件の恭介が若干冷や汗をかきながらこちらをチラチラ一瞥していたが、全神経を姫海に注ぐ為に気付く気配はやはりなかった。
さりとて、四人としてことここに至ってそんな大胆な行動に出るのは良い場所が無かったと言うだけが理由では無い。何故かと言えば――、
「先程ダウンされたばかりだからな。注視は怠れん。ホットだったか?」
「問題無い。ホットだったよ」
「ならオーケーだ。買ったら出てくみてーだし、後に続くぞ」
注文したドリンクがホットかアイスか。
姫海の体調の度合いも確認してこその近衛四人衆だ。
そしてそんな四人の不安は、それからしばらくして引き起こる事となった。
「――大丈夫そうだったか?」
「そうだね。容体は普段の発作と大差無さそうだよ。今、お手洗いに向かわれた」
「そうか、良かったぜ」
「その際に鍵森が同行を申し出て、姫海さんが『エッチ』と言うやり取りがあったけれどね」
「なんだその興奮の遣り取りはぁ!」
「訊きたかったぞ、お嬢様の『エッチ』ぃいいいいいいいいいいいいい!」
「変なとこで興奮しないでよ、本当にもうこれだから男はぁ……」
しょうもない事で興奮するんだから、と涼子は頭を抱える。
「後、一応報告しとくけど、鍵森もトイレに入ってったよ」
「女子トイレにか!?」
「いいや、男子トイレ」
「何故だ!」
「いや、何でそこで『何故だ』が零れるのよぉ」
思考回路がおかしくなっているのではなかろうか?
だが、そんなしょうもない事で頭を抱えるよりかはシリアスな事で抱えておこう。
「にしても――相変わらず、姫海ちゃんも大変よねぇ」
涼子が何とも言えず複雑そうな表情で吐露すると、他の三人も先程までの興奮を一気に潜めてやるせなさそうに言葉を吐き出した。
「……言ってもしょうがないさ。病なんだしよ」
「そうだな。こればかりは……」
「ああ。ただそれが、原因不明って言うのが何とも救いが無いよね……」
四人は思わず神妙な空気を発した。
大切な主――可愛いご主人様を苦しめ続けている存在。
病気。
原因不明の難病――それが姫海を十年近く苛ませ続けている実態。日常生活に支障はないが、発作が起きれば吐く事もしばしば。過度の運動は出来ないと医者から言われており、したのなら命に関わる重大事。
あんなに優しい人が何故――とは、言わない。
けれどやはり釈然としないものがあるのは事実だった。
「代われるものなら、代わってやりてぇ、とか言うと怒るよな」
可笑しそうに眉白が呟いた。
「当然だ。『ぼくの病気だよ、君になんかあげないからね』と怒った顔でぷんすかとな。前に言われた事があるから、良く知っている」
「誰かに肩代わりさせたりとか嫌がるものねぇ」
「そうそう。頑固者な節が強いからね、姫海さんは」
全くだ、と揃って首肯する。
そうしてから智實が不意に手元の腕時計を確認した。
「時間的に昼時か……。昼ごはんが喉を通ればいいのだが」
「ああ、それもあるわねぇ」
「そう言えばどこでメシ喰うんだ?」
「流石に知らないよ。鍵森次第じゃないかな」
「鍵森め。不味い飯屋なんかに誘ったら唯じゃおかねぇぞ」
そんな会話を交わしながら四人は密かにトイレへ去った二人を待つ。
そうして確認が取れた姫海の顔色を確認し、揃って「良かった良かった」と安堵の息を零したのは言うまでもない事だった。
6
「――トラットリア遊佐、か」
二人に尾行する形で訪れた場所はイタリアンレストランであった。
「知っているかしらぁ?」
「待て。今、ネットで調べてみる」
智實が電子生徒手帳でネットにラインを繋ぎ検索をかけてみると、多くヒットがかかった。情報を見る限り、良さそうな印象の店だ。確かに店内のお客さんも和気藹々としており、なんとも微笑ましい光景が広がっている事に深い安堵感を覚える。
「パスタか。よさそうじゃねぇか!」
「問題は並んでないかよね。ちょっと店内覗いてみようかしらぁ」
「こっそりだぞ! こっそりだぞ!」
「わかってるわよぉ、もう」
むすっとしながらすこーしだけ扉を開いて店内の様子を覗き見る。
すると断続的に聞こえてくる店主と恭介の会話内容に四人衆は耳を疑った。
「なに……? 淡路島以外も、訪れてる事があるだと……? 俺なんかモテた事ないのに!」
「話を訊く限り結構多そうだね。女の子の知り合い。僕だってモテた試しなんかないのに!」
「やつめ。まさか浮気か……! お嬢様まで毒牙にか! 慕われた事など無いと言うのに!」
「貴方達ぃ、半分以上ただの嫉妬よねぇ……?」
特に勇三九。イケメンなのにモテた事ないのか、と何ともやるせない事実を知ってしまった気分だ。いや、普段の姫海第一! みたいなスタンスを考えると近づかれる要素が無い気もかなりするが……。
「しかし刺される心配をされるとはよっぽどだな……」
「いい奴なのになあ。女関係ってのはやっぱ怖ぇんだな」
「将来は刺さない彼女が欲しいところだね」
うんうんと、頷く三人。
涼子は「嫉妬なのか心配なのかどっちなのよぉ」と微妙そうな表情を浮かべていた。しかし三人は「おい店員の女の子可愛いぞ!」、「マジだ! 美少女だぞ、すげぇ!」、「どこの学校の子だろうね。確かに可愛い」と言う美少女を見た時の男子特有反応を見せているので気付く気配はまたしてもなかった。
その後、席へ案内された二人の光景を見たまず思った感想は安心だった。
ふかふかとした座り心地良さそうなソファーに座る姫海の様子を見て『店内の座席グッジョブ!』と言う感想を零す三人はと言えば店の外――窓の向こうから気付かれないように注意をしつつ注視を開始していた。
窓際席のお客さんが汗を垂らしながら、ちらちら一瞥してくるが『お気になさらず』と言うプレートを持って佇む三人に対して何も言えなくなる。
店内を歩くウェイトレス姿の美少女に視線が奪われたり、外の光景に気付いた少女が「あはは」と苦笑しつつもお辞儀したりする優しさに感涙を覚えつつも四人は職務を全うすべく尾行を続行する限りだ。
そんな四人であったが、男三人はある場面を目撃し血涙と歯軋りに至る。
笑いあっていたのだ。おおよそ、見た事無い程の姫海の大爆笑。楽しそうな談笑だ。嫉妬はない、憎悪はない、敵意も抱かない――されど、溢れるこの悔しさ何たるものか! よくわからないけど何かムカつく! そんな感じだった。
「いやもうそれ嫉妬……」
涼子が何か呟いた気はするが、ガラスに張り付く三人の耳には届くはずもない。
「ふ、ふはは、見誤っていたぞ鍵森恭介。貴様の笑いのセンスには脱帽だ!」
「ああ、全くだぜ。淡路島をどうやってそこまで破顔させたか、後でネチネチ訊かないとな! ことこまかに全て余さず残さず赤裸々になあ!」
「やれやれ、やれやれやれ、やれやれやれやれ、やれやれやれやれやれ」
「三人揃ってショートしてるんじゃないわよぉ……」
「ショートなどしておらん! 賛辞を贈っているだけだ!」
「そうだぜ! 淡路島を楽しませてるアイツをなぁ!」
「断じて僻みなんて、そんな男らしくない振る舞いではないよ」
――悪足掻きねぇ……。
思っても口に出さない辺りが涼子の優しさである。
今以上の事が起こったらショートからショックに変わってパニックに陥ったりしないか不安に思うくらいだ。そんな事を想いながら二人を見守る涼子だったが、その後不安は的中してしまい「あちゃー」と言う声をあげる形となる。
なんと互いに『あーん』をしあうというとんでもない光景が炸裂する事によって。
そうして鬼一涼子は羨ましさで壊れかけの男三人を押し留める為に孤軍奮闘。店内からグサグサ刺さる視線の数々に頭を下げつつ、どうにか事態の収拾に努めるのだった。
7
「――何か言う事はあるかしらぁ?」
「何も無いな」
「そうだね。男に辞世の句なんか必要ないさ」
「男は背中で全てを語り、ただ去っていく。それだけでいいからな!」
「よぉし、なら全員散り様であたくしを楽しませてねぇ♪」
にっこり笑顔を浮かべて涼子は、その手に炎をかざす。
「待て冗談だすまなかった! 詫びるから! その炎みたいなのをしまってくれ!」
「ノー、ドア! ノー、ドア!」
「格好つけました、すいませんした、殺さないでください」
憤怒の不動明王のオーラを纏う涼子に三人の男は揃って怯えた様子を浮かべ、首をぶんぶん高速で振って、両手を慌ただしく振りながら懇願する。なぜ、そんな光景になったのか――考えるまでもなく、暴走しそうだった行動のツケである。
涼子は手元の火焔が躍る式符を消火し終えると、
「ったくぅ。もう少しで店側に迷惑かけるとこだったのよぉ?」
と、責める口調で苦言を発した。
「いや、すまん。本当にすまん」
「反省します」
「マジ、すんませんっした」
男三人の土下座を見ながら嘆息を浮かべる。
「たくもー、妨害はしない程度って話だったでしょう?」
「羨ましくて、つい」
「楽しそうで、つい」
「混ざりたくて、つい」
「子供かっ!」
いや、子供ではあるが。子供としてある種一番子供らしい高校生の時期であるが。
まあ、そこを何時までも言っても仕方がない。涼子は首を軽く振った後に、
「今後は穏便に、気を付けるのよぉ、迷惑かけるのはダメだものねぇ」
「気を付ける。うむ」
「わかった」
「了解だよ。でも、ありがとう」
「? なにがぁ?」
勇三九の発言に思わずと言った様子で涼子が眉をひそめた。勇三九はそれを見て「いや」と声を零した後に、
「約束守らなかったから私帰るとか、言われるかと思ってね」
「ああー。まあ、ねえ」
涼子は気まずそうに苦笑を浮かべた。
何だかんだ大切な友人なのだ。想いが深い事は知っている――だからこそ、ああいう行動に及びかける可能性も無下には出来ない。それでももう一度はチャンスを与える気持ちがある。要するには、
(あたくしも甘いわねぇ……)
その上、友人のデートの尾行もしているのだから何とも自嘲じみた嘆息が浮かぶというものだ。最低限――姫海に迷惑がいかない、周囲に迷惑が行かない程度にはキープを続けなくてはならない。それが涼子の条件だ。
甘いと言うのも含め、抑え役も兼ねないと申し訳立たないのだ――姫海に。
「おい、出てくるみたいだぞ」
と、そこで智實の声が響く。
食事を終えた二人が店の外に出てくる様だ。
「今度はもっと冷静に、よぉ?」
涼子が投げ掛けたその言葉に対して一斉に頷いて返す男三人。そうしてまた、四人衆の尾行が続けられるのだ。今度は暴走しないよう、冷静に勤めて――。
8
歯軋りがあった。
腕がミシミシと悲鳴を上げていた。
心が絶叫を奏でていた。
その面貌は苦渋に満ちていた。
端的に言えば嫉妬再燃である。
「ジーザス!」
「オーマイガッ!」
「ワンスモア! ワンスモア!」
「パニックになってるんじゃないわよぉ、やかましいわねぇ!」
男達は知っている。
中国伝説で数えられる様に至高の果実として名高い存在がそれであると。瑞々しく清らかなる乙女の象徴。触れる事、万民に適わず。惑わす事、万人に同じく。禁忌の果実――林檎なんて知った事じゃない、あんな固そうなシルエット知った事では無い。つるつるこそしているが、柔らかみは欠片もないではないか。故に魅惑の果実こそ、絶世の美だと誰もが知る。罪は林檎に非ず、原罪は桃にこそあり。そう、桃。柔らかでいて、甘く瑞々しい原初の甘味。至高の甘味はそこにあり。変幻自在、その柔らかさは天地万物全てを虜とする原典の罪――そのたっぷりとした質量に挟まれるかの腕には、どれほどの傾倒が起こり得るのかわかったものではない。同時に、その光景を見る者には魔への転倒が余儀なくされる。
まさしくかの果実こそ原初の原罪。
平たく言えば、恭介の腕に姫海が抱き着いていているので胸の感触気になる男心の羨ましさが大爆発な三人であった。
「おま……おまっ! ふざけんなよぉっ!」
「誰もがしてもらいたかった事を……おのれ、、おのれぇぇ、おのるぇぇぇぇぇ!」
「ハハッ。滑稽だ。そんな光景を傍目にする僕らのなんて滑稽な事か! ハハハッ!」
――ダメそうねぇ。
明後日を見ながらそんな感想を抱く涼子。いや、考えてみてもほしい。恐慌状態の男三人を見守る羽目になる女子の気持ちを。踏んだり蹴ったりな気分だ。帰りたい。いや、ダメか。さっき大見栄切った感じがするぶん、帰れない。
「しかし、驚いたわねぇ」
自分の事はいいとしても、涼子にしても姫海の行動には驚きを禁じ得ない。
相当心を許していないと異性間で、ああいう行動には映せないのではないだろうか。
確かに姫海は悪戯好きな気質があるが、それでも体を張った行動に出るとは恐れ入る。デートと言う状況が何かを後押ししてくれているのだろうか?
「くぅ……姫海お嬢様が何時の間にあのような……!」
「つい最近まで小学五年生だったのによぉ……!」
「いや、その認識は流石におかしい」
眉白に至っては思考回路がおかしくなっている様だ。そうと信じたい涼子である。
「なんにせよ、驚いたわよぉ。姫海ちゃんの大胆行動にはぁ」
「ああ。最早悪夢を見ている気分だ。何故あんな不埒な行動を……お嬢様ぁ……!」
「いや、そこまで不埒ではないけどねぇ?」
苦笑を零した後に、涼子は視線を再び二人へ向けて、本当に不思議そうに首を傾げる。
「しかし、本当に不思議な二人ねぇ……相性というか」
「ああ。先程までは俺も嫉妬に狂い掛けた。だが、今は――」
『ふふふふふ……!』
『あはははは……!』
勇三九が冷や汗を垂らしながら呟いた。
「……どうして、火花散る戦いみたいになってるんだろうね?」
「腕を絡んでる状態で、あの光景は何ともシュールだな……」
恋人っぽかったと思えば、不仲を思わせる様子に四人衆は揃って口元をひくつかせる。
そして抱く印象は全員揃って同じものだった。
――なんか……普段と、違くないか?
と、言う違和感。目に見えた違和感。おおよそ、見た事無い姫海だった。
あの妙に臨戦態勢を取る姿は見覚えに無いもので。
それは四人衆にとって初めて見る様な姫海で――故にそんな顔を見たことがない物寂しさを抱くと同時に不思議な感覚を抱く。それが何を意味するのか。四人衆は二人の後を続きながら何となくそれぞれに黙考を開始し始める形となり、無言がしばらく続いていく。
同時期に姫海と恭介の方も何か神妙な顔で会話を交わしており――その後少しの間、その独特に空気は六人の口を鎖しながら時を進めていこうとする。
その刹那だった。
丁度曲がり角に差し掛かった最中に、建物と建物の隙間。
そこに眉白が予期せぬものを見た。
「あ……?」
影が、蠢ていた。
始めは見間違いかと思った。思わず目をしばたかせ、手で拭ってから、再度確認する。しかし、明らかに――影が揺れている。陽炎の如くゆらゆらと。何だアレは、と思うと同時に――何故か嫌な胸騒ぎがして眉白は猛ダッシュで、二人の傍へ躍り出る様に駆け走った。
おい!? と、その突然の行動に三人が驚愕を露わにしたと同時に、
ズゾゾゾ! と、影がまるで縄の様に眉白の身体を絡め取って、眉白を路地裏の奥へと連れ去ったではないか。
勇三九が視線で告げる。何があった!? と。
智實が瞬時に答える。わからん! と。
「だが――急いで追うぞ!」
曲がり角へ消えていった恭介と姫海の事は一先ず保留だ。何があったのか、皆目見当はつかない。と言うかアレは何だ? と言う感情が気味悪く心中をひしめいて気持ちが悪い。けれども友人が連れ攫われた事は事実だろう。
「その上、おそらくは――アレはお嬢様を狙ったものだ!」
「ええ。雁多尾畑はそれを察して身を挺したみたいねぇ」
「男前が――惚れるぞ、貴様の即断!」
瞬時に庇ったその行動。実に潔い。なんとも男気溢れる。
未知の脅威に恐れずして犠牲となった振る舞い称賛に値する。だが、犠牲のままで済ませていいわけがない。なんとしても、追わなくては意味がない。最悪の可能性――死、を鑑みながら三人は消えて行った方向へ走り抜けていく。
路地裏は昼間にしても、微かに薄暗く入り組んでいた。
どこをどう走ればいいのか常時ならばわからなかったが、比較的日が昇っている事と、眉白が踏ん張ったのか地面に残る引き摺った様な痕跡が目印となっていた。
これを追っていけば辿り着く!
その心の下に四人は俊足疾走駆け抜ける!
三人は姫海のボディーガードを自負するだけあり、身体能力には優れていた。巨躯の智實は言わずもがな、陰陽師の末裔である涼子、『例の技』を使える勇三九もだ。その三人故に路地裏を列を成しながら俊敏に走り抜けていく。
そして三人は音のする場所へ――激しい音が響く場所へいざ辿り着いたのだ。
そこで純然とした異様を目にする事となる。
智實が唖然としながら呟いた。
「なんだ……これは?」
十字路に入り組んだ地点、比較的スペースの確保された空間で目にした『ソレ』を前に智實は信じ難い様子を浮かべる。だが、すぐさま気を取り戻して、近くにいる涼子に語りかける。
「鬼一!」
「わからないわ……。だけど、凄まじい怨念――確実に呪力を帯びた存在――化け物と呼んで差し支えないと――そう思うわ」
涼子の言を証明する様に。
眼前に広がる光景はそれを確かに証拠づけていた。
それは蠢く闇だった。
さながら闇が毒蜘蛛の形をとりなした存在の様であった。気味悪く蠢く姿は醜悪そのもの。八本の足の様に先程眉白を掴んだ縄が鞭の様に動いている。闇の中からギラギラとした赤い瞳が二つ爛々と輝いていた。
だが、驚きはそれだけにとどまらない。
場所の構造は十字路――故に三人から見て向かい側に怪物が存在するのは、いいとして、もう一方――左側から怒涛の様な疾風が吹き抜けて怪物を幾度となく襲っていたのだ。それを弾き飛ばす怪物も当然ながら凄まじいの一言であった。
「えと……どうなってるわけ?」
怪獣大決戦でも起きているのだろうか。路地裏で。
とてもではないが、左方を確認する余裕はないが荒れ狂う嵐の様に立て続けに噴出される暴風の一撃は確実に怪物を殺さんとしており、怪物もまた相手を容赦なく攻撃している。そんな蜘蛛の様な化け物に掴まっている眉白は「ぐ、あぁぁぁぁぁ……!」と言う悲鳴を発しており苦しげに身悶えていた。見れば何かどす黒いものが体から吸引されている様に見える。
「事態の把握を務めよう」
「把握と言っても何を情報にだ?」
「わからない。だけれど、状況的に今この場では二体の化け物が拮抗していると仮説を立てるのはどうだろうか?」
「確かに有り得るな。建物の構造上の関係故に聞き取りづらいが左方からは『ラヴァァァルリヴェルデェエエ』と言う唸り声の様なものが聞えてくるしな……」
吹き抜ける風に紛れて零れる唸り声は実におどろおどろしく、不気味の一言だ。
「確かにそんな感じね。しかし前方の化け物も恐ろしい声よね……」
まるで慟哭の如き金切声。
『じょまぁぁぁぁ、じょーびで、ぎょーぶべぇぇぇぇぇぇぇ……!!』
訊いているだけで心が恐怖でざわつく様だ。
訊いていなくない。逃げ出したい。早くここから離れたい。
そんな思惑が内心に湧き出てくる――しかし、そういうわけにはいかないのだ。大切な友人である眉白が拿捕されていて、苦しんでいる。そんな状態を見過ごせるわけもない。
故に立ち上がる姿があった――鬼一涼子。
陰陽名門、鬼一の娘。
「仕方ないわ――私がどうにかする」
「頼めるか鬼一?」
「やりたくないけどぉ……私が適任でしょうよぉ」
ああいう怪異が相手じゃねぇ、と茶目っ気を見せる様に舌をぺろっと出しながら前に躍り出る。そんな姿を見据えながら、
「ならば我々はお前の盾になろう」
「そうだね。化け物相手じゃ『例の技』より君の存在が重要だ。一度くらいは耐えぬいてみせるさ、安心してくれ」
智實と勇三九。
二人の少年は何もする事が無い――故に盾となるべく躍り出た。全ては涼子を信じるが故に。陰陽師と言う力に全幅の信頼を置いて二人は彼女の盾となる。
「ありがと。二分でいいわぁ、稼いで」
「二分と言わず、二分二秒だろうが稼いでみせるさ」
「それ、あんまかわんない」
決めポーズしながら告げる勇三九に苦笑を浮かべた後に涼子は浮かべていた柔和な微笑をひっこめると、表情を厳しくし、その口を開いた。さすれば紡がれる御言葉はまず紛れなく、火焔を宿らせる神々への祈り、祈祷の一念――その嘆願の元に言葉を世界に交わらせる涼子の右手には赤い文字が綴られた式符があった。そしてその式符にはチロチロと篝火の様な焔が灯り燃え上がらんと空気を欲している様だ。
ならばその刹那を稼ぐのが彼らの役割。
「鬼一に手出しはさせんぞ、蜘蛛が」
「蜘蛛かどうかは怪しいけれどね」
さてさて。
二分と言う時間は実に短い様にみえて、その実切羽詰まった状態では一分一秒は極めて長く起きうるものだ。智實らは、さしもに命を賭ける様な戦いなど経験はない。姫海を守る為に柔道、剣道と言った武道に通じているくらいであって、このような状況は前代未聞だ。
その点で言えば、涼子が一番、方面的には精通しているのかもしれないが、陰陽の事に関して深入りしているわけでもない。そもそも現代日本で、この体験は如何せん突飛過ぎると言うものではなかろうか。
「死んだら姫海さんに怒られるよね」
「泣かれるだろうな、その上」
「じゃあダメだ。必死で生き残らないと」
「ああ、化け物風情で絶命などと与太話で号泣されたら、目も当てられん」
よし、と双方互いに気合を引き締める。
「来るなよ! 絶対に来るなよ!」
「二分くらい、じっとしてろよ!」
だから基本、そのスタンスで十分だ。二分何も無ければそれでいい。侮るならばそれがいい。二人は大声を張り上げながら冷や汗伝わせ、眼前の化け物に対して体を張った。
しかし真に無念ながら、二人の願いは通ぜず、眼前の化け物はぶわりとその触手の如き、蜘蛛の足を持ち上げた。それだけで先の展開は推察できる。
「来るなと言うのに、まったく!」
その声に呼応する様に天邪鬼な足は否応なく襲い掛かってきた。
太さは丸太一本にも値する。あんなものが突いて来れば重傷、叩いて来れば重傷だろう。
「させんぞぉっ!」
そして、その攻撃を詠唱の最中にいる涼子に喰らわせるわけにはいかない。人を軽々弾き飛ばすだろうと想像させる足の攻撃を智實は必死の形相で受け止めた。ズドンと響く鈍い衝撃に顎が落ちそうになるのをグッと堪えて、にたりと笑みを浮かべる。
この程度では揺らがない。そんな意思を込めて。
しかし少しでも動かされれば、その時点で自分は脱落者に成り下がるだろう。動いてくれるなよ、と淡い期待を抱く。
すると、意外な事に足は動きを止めたのであった。
(なぜだ?)
動かそうと思えば、真に悔しい話だが動かせないでもないだろう。しかしまるで怖気にかられた様に動きが停止している。ぶるぶると震えているのが不可思議でたまらない。
そんな事を想っていた矢先であった。
「うおおお!?」
なんだこれは、と身体が興奮に蹲る。
奥底から何かがはぎ取られていくかの様な不快感――同時に恍惚とした感触もあり、それがかえって気味の悪さを抱かせる。不快感のみであったならば、耐えられたが、この陶酔にもにた感覚は何なのだ――?
そしてそんな、友人の状況を一瞥して救難に乗り出す姿が一つ。勇三九だ。
「させないよ――くらえっ!」
都祁村勇三九。近衛四人衆の一人。普段から決めポーズを決めながら会話する残念なイケメンである。しかし、その真価はこう言った土壇場でこそ発揮し得る、膂力にこそある――!
ぎゅおっと彼の身体がその場で身を翻したかと思えば――、化け物の足の一本がひょいっと伸びてきて勇三九の身体をぱしっと掴んだと思えば「くえっ」と言う短い声が聞えたと同時に意識を手放した様だった。
勇三九がやられた――そう認識した瞬間に智實は憤怒を示していた。
「都祁村、貴方ね……」
「おのれよくも勇三九を!」
涼子が何とも言えぬ面貌を晒したが、彼女を後ろとする智實が気付くわけもなかった。
友人の雪辱を晴らしてやらねばなるまいて――!
だが、ここにきて智實は更なる脅威に直面する。
今までただただ叩きつけるかの様な突風に過ぎなかった気配が一変したのである。文字通り先程までとはものが違う。それは、さながら竜巻の如き代物で――、
(あっちにはどんな化け物が潜んでいると言うのだ!)
ただの路地裏で、いったい何の決戦が広がっているというのか。
涼子の詠唱はもうすぐ終わる。だが、この時点でも恐怖感はそう言った安寧すら怯えに転じさせる様な感触ですらあった。だが、しかし負けはしない。ここで敗北に屈する事は、後に確実に姫海に、主に通じてしまう。
不屈を示せ――、そう気負ったところで智實の意識は唐突に途絶えた。
短い呻き声と屈辱の一念を感じながら智實の意識は現実から引き剥がされていく。何が起きたのかは切断されゆく意識の過程でおぼろげながらに理解を示していた。あの足に触れ続けたこと――それが敗因と自覚を及ぼしながら。
しかし、――しかしだ。
役割は果たした。倒れ際にサムズアップを左手で示しながら、男は一時眠りに落ちる。
囁く様に「了解」と紡がれた言葉に全てを託して。
――さあ、ここからはあたくしの役割ねぇ。
鬼一涼子は静かに笑んだ。
まったくもって肉体に見合った働きをしてくれた智實には感謝の一念だ。姫海への忠義心の高さには毎度毎度恐れ入る。勇三九に関しても、なんだかんだ体を張った勇気を讃えてやろうとも思うものだ。
「だけどまあ、ご苦労様ねぇ二人とも」
男三人意地は見せた。
ならば――、
(こっから先は女の意地ねぇ)
世界への祈り。詠唱は紡ぎ終えた。右の腕には猛々しい焔が火花を散らし、眼前の魔物目掛けて食いつかんと勲を放っている。
「なんやかんや、貴方達が時間作ってくれただけあって、あたくしも覚悟決めたの詠み終えたわ」
鬼一家に伝わる中でも上級の代物。自分が使える火焔術式に於いても最高峰。
彼らが踏ん張る姿を見ながら、選出し得る技ならば、これしかあるまい。
そんな自分の立ち姿に苛立ったのか、化け物が苛立った様に身を震わせた。盛大に苛立ちを放つといいだろう。その苛立ちごと、苛烈の烈火で燃やし尽くそう。
「準備完了――行くわよ」
燃ゆれ、燃ゆれ、火中に立ちて。
無為に時間をかける意味は無い。火傷程度で済ます意義もない。徹頭徹尾火力に頼り切って、唯一撃で焦土へ還さん。
「咒式――大火ノ快進撃ッ!!」
その発破に呼応し、涼子の右腕からは膨大な大火が勢いよく燃え盛る。
そしてそれは輝かしい業火を解き放ち、上空には煌めく様な力が集束した――。
第六章 啓蒙成らずの追跡劇・前篇




