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彼方へのマ・シャンソン  作者: ツマゴイ・E・筆烏
Quatrième mission 「ヒーローと休暇」
33/69

第三章 中篇:エリカにらぶらぶ ★挿絵あり

第三章 中篇:エリカにらぶらぶ


        1


 新橋エリカは何時になく狼狽していた。

 その原因――それは気付いてしまった事実、現状にあった。

 そもそも考えてみれば休日に男女二人でお出かけと言う時点で気付くべきであったのに、それに気付かないまま行動していた自分の失念に対してエリカはどうしようもなく顔を赤らめさせていく。異性と二人で、一緒に行動している。そんなもの今までの人生で全く経験した事のない出来事であったのはエリカと言う少女において言うまでもない事だった。

 あったとしても、それは同年代で唯一身近な異性の兄、ユウマくらいだろう。

(もしかして――これって私、初デートになる!? って言うかなってる!?)

 その事実に直面した事でエリカはどうしようもなく動揺をしてしまう。

 途端に先程までの日向の言動に対しての時とは打って変わったレベルの熱が体を循環した。

 今まで女の子らしいと言える様な事をほぼしてこなかった自分が今日、急にとんでもなくデートじみたお礼返し――と言うか、デート過ぎて、と言うよりまんま完全にデートになっている事実に行きついてぼふんっと顔から湯気が立ちそうになる程に新橋エリカは今こうして男の子と出かけている現状に赤面を浮かべる事となってしまう。

(何で!? 何で私デートみたいな事してんの今!? お礼返しって事で一緒に出掛けたわけだけど良く考えるとコレもうデートよね!? ウソ、何で!?)

 脳内がしっちゃかめっちゃっかに混乱する。

 待ち合わせから今に至るまで完全にデートだ――そう認識してしまうとこうして今いるだけでも恥ずかしさが浮かんでくる程だ。

(……弦巻の奴、お礼返しって言いながら本当はデートに誘ってたのかしら)

 そう思いながら日向を一瞥するが、

「? えへへー♪」

(……いえ、ないわね)

 ほにゃんとした笑みが返ってきた。ダメだ、何かにカモフラージュしてデートに誘える様な奴では無いとエリカは認識する。それだったら多分あの日にもっとこう真っ赤になりながら誘ってきたに違いないと言う完璧なまでの推測が成り立つ――日向はそう言う奴だ、と。

(初デートの相手……コイツとかぁ……)

 嫌ってはいない――むしろ相手がこっちを意識し過ぎている間柄の関係だ。

 そう思って日向をちらりと一瞥すると嬉しそうに笑顔を向けてきた。

(あー、もう。ダメダメ、意識しないでおこ、うん)

 意識してしまうと若干恥ずかしくなりそうでエリカは顔を軽く手で扇いだ。

 と言うか、そこは後でいいのだいっその事。

 肝心なのは少し別にある。

 流石に女の子として。

 新橋エリカが女性として――今の服装でいいのだろうか、という事に。

(Tシャツにジーンズに……何て言うかデートって感じの服装じゃないわよね。それにレストランとかにコレは流石に……)

 そう思うとエリカは自分の身なりに少しだけ意識してしまった。

 普段そう言う事は無いのだが、初デートと言う事になると流石に女の子としてどうなのかなーと言う感情は仄かに灯る。だからと言って女子らしい服装がコーデ出来るかと言われればやった事がないので怪しいが、それにしたって初デートでこの服装はちょっと大丈夫だろうかという意識が芽生えてしまった。

「……どーかしましたかエリカさん?」

 そこでふと日向がきょとんとした表情を浮かべて問い掛けてくる。

 エリカは話そうか話すまいか僅かに逡巡した。

(一応――服装変じゃないか尋ねてみるべきかな……? ああ、けどそれだとデートとか意識してるって思われそうでそしたらコイツ何か喜びそうな気がするし――って、違う! なんかこう考えてるのが意識し過ぎな気がするし……!)

 散々迷った挙句、エリカは軽くそっぽ向きながら「……あのさ」と声を零す。

「はい、なんでしょーか?」

「その……変じゃない?」

「何がでしょーか?」

「だから、その……服装よ、服装。変だったりしない?」

 軽くTシャツの襟元を摘まみながらそう問い掛ける。

 そう訊かれると日向は軽く頬を染めつつも不思議そうに、

「急にどーしたんですか?」

 と、小首を傾げた。

「べ、別にいいでしょっ。それで……どうかしら?」

「率直に言えばいいんでしょうか?」

「ええ、それで構わないわよ」

 エリカは小さく首肯する。

 待ち合わせの時こそ、あんなに真っ赤になってべた褒めじみたことをした日向だがきっと今は冷静になってラフだし簡素過ぎやしないだろうか、という旨の意見が出てくるに違いない。今なら興奮も落ち着いて『ちょっとシンプル過ぎるんじゃ』とか言う意見が飛び出る事だろう――エリカはそう思いながら言葉を待った。

「美人さんで凄く好きです!」

「興奮冷めやらぬになってんじゃないわよ!」

 思わず脳天にチョップを下してしまった。

 日向が「痛いですー」と涙目でエリカを見上げてくる。エリカは「うっ」と一瞬呻いた後に「ご、ごめん――けど、アンタもいけないんだからね!?」と赤い顔で叫ぶ。

「エリカさんを好きになっちゃいけないって事ですか?」

 そしたら悲しげにそんな問いかけを零された。

 エリカは「何でそんな話になったぁ!?」と更に顔を赤くして敏感な反応を示す。

「だって好きって言ったら怒られました」

「ああ、それはそうなんだけど、ええっとね……!?」

(だからってそんな受け取り方をするのかコイツはぁ……!)

 何と言うか厄介だ。前から思っていたが厄介過ぎる――そう思うエリカであった。

「ダメなんですか……?」

「いや、その、えと……!」

「でも僕エリカさん大好きなので好きがいーです」

「は!? だから、あのね……!?」

 尚も食い下がらない日向の言にエリカは顔の熱さが止まらない。

(子犬が懐いてくるだけ、子犬が懐いてくるだけ、子犬が懐いてくるだけ――)

 さながら素数を数える如くに胸中でそう呟いていき鉄壁の精神で平静を取り戻す。

 そうして拗ねながらも赤い顔の日向に対して少しの沈黙を終えたエリカは「……好きでいたいなら好きでいていいわよ別に」とか細い声で呟いた。

 日向は嬉しそうににへらーと笑みを浮かべる。

「うれしーです♪」

(この素直バカは……!)

 そんな感慨を抱きながらもエリカは一連の流を振り払う様に頭を振った。

「と、とにかくそこはそれでいいとしてね」

「はい、エリカさん好きのままでいいとして」

「アンタ一回黙っててくれる?」

「何でですかぁ!?」

 ガーンと日向がショックを受けていた。

 知らない、とばかりにエリカはその様子をスルーして再度問い掛ける。

「私が聞きたいのは服の話なんだからそっちをちゃんと評価してくれないかしら?」

「僕、専門的じゃないですけど……」

 日向はそう零した後に、

「Tシャツの上に軽く羽織って、下はジーンズで……と言うかエリカさんが着ているのって男物ですよね?」

「ええ、そうね。ユウマの御下がりだし」

「ゆーまの御下がりですか、なるほど……!」

 へー、と納得した様な表情を浮かべた日向は「それで」と前置いて。

「エリカさんが買った服とかはどんなのがあるんですか?」

「ないけど」

「……え?」

 日向は思わずぽかんとする。

 エリカは少し気まずげに頬を掻きながらこう答えた。

「……いや、ないのよ。私の服って大抵ユウマの御下がりだし」

「そーなんですか?」

 思わず目をしばたかせる。

 年頃の少女が兄の御下がりだけしか着ていないというのが流石の日向も驚きであった。――だが日向的にはそこはいいのだ。問題なのは――、

「むー、もったいないですよ……!」

「え? な、何が?」

 ジト目でそう言ってくる日向にエリカは思わず首を傾げる。

 何故か日向の顔がほんのり赤く染まった。

(――今日の私も大概だけど、コイツも結構赤くなりやすいのよね……)

 思わずそんな事を思うエリカである。

(――エリカさん首傾げるの可愛かった……)

 そしてそんな理由で赤くなってた日向である。

 なにはともあれ、

「えと、本当もったいないですよ。エリカさん、凄く綺麗なのにオシャレとかと無縁と言うのはもったいないです……!」

「いや、だから私が綺麗とかは無いってば……!」

 エリカは手を軽く振って否定を示した。

 本当に自分の美貌に自覚が無いのだろう――その様子は完全に無頓着無自覚のそれであった事に日向は思わず嘆息しそうになるのだが、

「けど、そこも可愛いんですよねエリカさん……」

 美人故に絵になると言うべきなのか――思わず感嘆の息が零れた。

 当然「また!?」と言うエリカの赤い顔には気付けていない。

「ともかくですね! エリカさんはお洒落とかもすべきだと思うんです!」

「その前にアンタは内心で吐露にとどめておくはずの言葉をさっきからポロポロ出すんじゃないわよ!」

「何がですか?」

 きょとんとする日向にエリカは「この無意識発露バカは……!」と肩を震わせる。

 そんなエリカの様子に小首を傾げる日向であったが善は急げが世の中である。

「と言う訳で洋服店に行きましょう、エリカさん!」

「……この流れで行くと私、着替えする感じよね」

「はいっ♪ エリカさん、オシャレすれば絶対輝きますからっ♪」

「……私、女の子らしい服装とか似合わないってのに、もう……」

 むー、と困り顔でエリカは言うが日向は「そんな事ないですよ絶対?」と首を振る。

「何でそんな事言い切れるのよ……?」

「だってエリカさんとんでもなく美人ですし色々な服が似合いますよ」

「アンタはまたそういう……」

 エリカは頬を軽く染めながら、ジト目で日向を睨む。

 対する日向は「大丈夫ですよー絶対♪」とほわほわ笑顔を浮かべながらエリカの手を握りながら街中を闊歩していく。

「でも本当に意外でした」

「何が?」

「いえ、エリカさんがゆーまの御下がりばっかりって訊いて」

「まあね。機能的でいいのよ」

 確かにちらりと見るジーパンといい上着といいとても活動的に行動できるであろう服装だ。オシャレと言う観点はほぼ男性的な意味合いのものである。

「けど、エリカさんの今の服装も僕、好きです♪」

「……まぁ、ありがと」

 エリカは軽く顔を背け髪の毛を指先で少し弄りながら呟いた。

「でも女の子らしさ全く無いんだけど……」

「そんな事ないですよ?」

「……そうなの?」

 意外な返答にエリカは思わず眉をひそめた。

 日向は嬉しそうに頷いて返答する。

「服装が男性的なぶん、エリカさんの女性らしさとか反比例で凄く映えるんですよね。ですから凄い美人さんだなーって。その服装のエリカさんも凄い好きです♪」

「だから私女性らしさとかないし、美人でもないからぁ……!?」

 カーッと頬を染めてエリカは反論する。

 けれども日向は思うのだ。例えるならば紅一点、男性の中に女性が一人いると目立つ現象を例に挙げてみる。それを服で何となく例えてみる気持ちで日向はそんな発言を零す。

 そう言う理屈もあるが日向としては、実際は別の事も考えていたので、その事もあっけらかんとエリカに言い放つ。

「と言うか僕はてっきり魅力を抑えてきてくれようとしたんだとばかり思ってました」

「そんな効力願ってこの服装にしてるわけじゃないわよ!?」

「でも抑えてないどころか破壊力増してましたから、エリカさんは可愛さ自覚してちゃんとコーデするべきです、やっぱり」

「アンタの眼には私がどう映ってるわけ!?」

「可愛くて綺麗で凄い美人で優しいから大好きです♪」

「訊いた私がバカだったわ……!」

「あ、ここにしてみましょうエリカさん!」

「ゴメン、少しだけ待って……!」

 なんとかして顔の赤さと熱さを発散せねば。

 日向に見られない様に俯き加減でそう思うエリカ。そうして結局のところ、三分程気合と根性とで恥ずかしさを押し留めてどうにか店内へ足を運ぶエリカなのであった。

 しかし踏み入ってから気付く。

(けど、ああああ、問題なのは試着でもそうかもしんない……!)

 この時点ですでにべた褒めみたいな言葉ばっかり本心から出てくる日向だ。

 こと服装を替えたら、どんな反応を示すのか正直恥ずかしくて仕方がない。だがエリカはそこで不意に思考が切り替わった。

(いえ、私が女性ものそんなに似合わないって事がわかれば、コイツも少しは落ち着くかもしれないわよね。そうそう、だって美人とかではないんだしっ)

 可愛くもないしね、とうんうん頷いてエリカは店内に足を運ぶ。

 その点が論破されてしまえば、後は恥ずかしい事なんて微塵もありはしないだろう。

 そう考えながらエリカが入った店舗は実にオシャレな内装の店であった。羞恥でうろ覚えだが外観もオシャレだったはずだ。店内を見てみると所せましと置かれた洋服がずらりと並んでいる。そのどれもがオシャレと言うかエリカが今まで着用した事も無いタイプの服装ばかりで少し気後れしてしまう。

「ね、ねえ、やっぱ似合わないわよ……」

 心配そうに零すエリカに日向は笑顔で答えた。

「大丈夫です、エリカさんなら絶対似合いますから♪」

「そんな事言ったってねぇ……!?」

 おおよそ着た事も無いタイプの服ばかりだ。エリカはオシャレな服装とかにチャレンジした覚えだってない。大丈夫と言われても不安にはなるのだ。

「全然平気ですよ? 勝手がわからなくても手はありますから」

「手って?」

「ズバリ、店員さんを呼ぶ事です」

 僕も洋服選び手伝いますけどね、と呟いてから日向は近くの綺麗な女性店員さんに声をかける。店員さんは「はい、いらっしゃいませー♪」と明るい声で反応すると二人の傍へ寄ってきて「何かお探しでしょうか?」と尋ねてくる。

「すいません、洋服選びなんですけど」

「はい。そちらの女性ですね?」

 手で軽くエリカを示した後に女性店員は日向から視線をエリカを移して、

「ふふっ、綺麗な彼女さんですね♪ 彼女さんの洋服選びですね♪」

 と微笑ましそうに声を発した。

 そう言われてエリカは再び頬を朱に染めて否定する。

「彼女じゃありませんっ」

 ツンとそっぽむく様に言い放つ。

(どうして今日はこんなに彼女彼女言われるのかしらね、もう!)

 さっきから赤くなってばかりな気がしてげんなりしてきそうになるエリカである。

 とにかくこれで店員さんも態度を改めて――、

「恥ずかしがり屋な彼女さんで可愛らしいですねー♪」

「だから彼女じゃないんですってば!?」

 ――くれなかった。

「またまた。お似合いですよー♪」

「そんなの知りませんからっ。本当彼女じゃないですしっ!」

 コロコロと笑う店員を前にエリカは「ああ、もう!」と苛立ちを浮かべて、バッと日向の方を振り向きながら訂正を求める様に、発言を促した。

「ほら、アンタも何か言いなさいってば! 私なんかが彼女とか思われてアンタだって迷惑でしょうが――」

「エリカさんが彼女……」

「彼氏さん、凄い嬉しそうに真っ赤になっていますけど?」

「バカ――――ッ!」



 数分後。

 店員さんの誤解は残念ながらそのままに、エリカは日向と試着室の前で服選びを行っていた。日向が頭部にタンコブを浮かべて「何か数分前の記憶が無いんですけど……」と呟いているのもエリカが「どっかで転んだんじゃない」とそっけないのも女性店員のみが知る話で彼女は彼女で微笑ましそうにクスクス笑いを零しながら、服選びを始めていた。

「さて、それじゃあ魅力的に変身させちゃいますから期待してくださいね♪」

「いや、そんな魅力的とかはならないと思うんですけど……」

「何を言うんですか、素材がいいですし大抵の服は似合いますよお客様なら♪」

「はぁ……」

 エリカは眉をひそめながら相槌を打った。

 そうは言われても似合わないだろうし……、と言う彼女の心境がありありと目に浮かぶ。

 そんなエリカに対して胸を張りながら、

「大丈夫ですよー、私も手伝いますので目一杯彼氏さんを魅了する服装にしますからね♪」

「いや、だから彼氏じゃないんですってばぁ……!」

 そんなエリカの反論も空しく、店員は「彼氏さんの好みは――ううん、おそらくこの辺りでしょーねー」と服を手早くチョイスしていた。訊いていない。

「では、パパッと着替えてしまいましょうか♪」

「ああ、もぉ、今日は何なのよ……!」

 エリカは真っ赤な顔で店員さんが持ってきた服と一緒に試着室へ放り込まれる。

「……仕方ないわね、ホントに……」

 と、呟きながら選んでもらったので着ないのも申し訳ない、と服に目を通す。

 するとエリカの表情は困惑気味に変化した。

「……コレ似合わないってば……!」

 恥ずかしそうにそう思いながらエリカは嘆息を浮かべながら服に手を掛けたのだった。



 時間にしておおよそ5分程度が経過した頃に店員は軽く声を発した。

「着れましたかー?」

 問いに対してカーテンの向こうからは「……一応」と小さな声が零れる。

「どんな感じになってるんでしょーか?」

「バッチリ綺麗な感じに仕上がってるはずですよ♪ それにお客様の好みもズバリ盛り込んだりしましたからね!」

「わー、楽しみです……!」

 日向はそう呟きながら「……いや、待ってください、僕の好みとか何時調べたんでしょうか店員さん……!?」と疑問符を浮かべたと同時に、

「それでは彼女さんどうぞ♪」

 と声を発すると

「だから、彼女じゃないですってのに、もう……!」

 そう言いながらサーッとカーテンが開かれた。

 同時に軽く頬に種の染めながら何処か不機嫌そうにも困り顔の様にもしている少女が茶髪を軽く揺らせて日向の視界に躍り出る。

 そうして出てきた少女は普段は全く着ないであろう女性らしさを大いに醸し出す服装をしていた。清潔感のある白いノースリーブの上着に十字架のラインが入った黒のネクタイ。下は深層の令嬢を思わせる様な艶やかなラピスラズリを思わせる青のロングスカートであった。

 綺麗な茶髪の少女、新橋エリカは現れると軽く頬を掻きながら、

「……ねぇ、変じゃないわよね、これ……?」

挿絵(By みてみん)

 と、不安げな声を零した。

 女性店員はパチパチ軽く拍手しながら、

「そんな事ありませんよ、凄くお綺麗ですよー♪」

 と、笑顔で答える。

「そうかしら……?」

 似合っているかわからないのだ。

 仕方ない、とばかりに日向の評価も仰ごうと視線を日向に向けて――エリカは思わず硬直した。

「……」

「……えと、弦巻……?」

「……」

 何か凄い見られれているのだ。ぽけっと。心ここに非ずと言わんばかりに。

 赤い顔でまるで見惚れる様に注目されているのがエリカにもわかるくらいに克明に表情に出ていた。当然ながらそんな視線を浴び続けているエリカは気が気では無い。

「な、何よ」

「……」

「……な、何なのよそんなジッと見て……」

「……」

「も、もう、そんなぽけーって見つめてくんじゃないわよっ」

「…………」

「…………何か言いなさいよ、バカぁ……!」

 ぎゅっとスカートを両手で握って真っ赤な顔で下を俯きながらエリカはそう零す。

 女性店員が「あらあら」と楽しげな声を零しながらとんとんと肩を小突く。そこでようやくハッと目を瞬かせた。

「ほら、何か言ってあげないといけませんよー♪」

 と言う店員の声にハッとすると「えっと」と日向は視線をエリカに向けながら声を零す。

 しかしエリカを見るとすぐさまぼふんっと湯気が立ちそうになるんじゃないかと錯覚する程に真っ赤になった。だが日向は何処か悩ましげであり嬉しげでもある表情を浮かべながらどうにか言葉を紡いでいく。

「美人さんだなって一目見た時からずっと思っていましたし、最近になってようやくジッとみられるくらいになれてきたのに――オシャレすると尋常じゃないんだなってわかっちゃって、その、なんと言いますか……凄い綺麗で、素敵で、エリカさん――似合いすぎて、ました……それに、僕、その凄い好みの服装でしたからどうしようもなく見惚れちゃって……! 大好きと、言いますか……エリカさん大好きです……」

 ぷしゅー、と頭から湯気を立てて日向はそう発言を完遂させた。

 エリカは。

 日向がそんな態度でそんな一生懸命に言葉を零すものだから。

「う、あ……そ、そう、なんだ……」

 と尻すぼみに小さく頷きながら答えるしかなかった。

(――いや、なによこれ気恥ずかしいなんてレベルじゃないんだけど!?)

 軽く視線を向けると真っ赤な顔の日向が時折チラチラと視線を向けてくるのがわかる。

 凄く見たいけど見ると真っ赤になって、だけれど見たそうに向けてくる視線。

(だから何なのよその視線は! ガン見も恥ずかしいけど、それとは別の意味ですっごい恥ずかしいんだから、そう言う見方すんじゃないっての……! と言うか普段みたいに『綺麗ですねー』とかそんなほわほわ評価しなさいっての、せめて! なによこれ!? 何なのよこれ!? どうしてそんな面映ゆい行動ばっかとれんのよアンタは!)

「……あのエリカさん」

 そこで小さく零れ出た声にエリカは小さく反応を示して、

「……何よ?」

 と問い掛けた。

 ようやく見慣れてきたのだろうか――と期待を寄せた。

 しかし、それは誤りだったと認識する。

「見惚れすぎて……どうしたらいいのかよくわかんなくなっちゃいましたよぅ……」

 恐ろしいくらい真っ赤になって俯きながら目を瞑りながらそんな事を言ってきた。

「……」

 思わず絶句になった。これ以上ない程に真っ赤な顔で口を閉ざす。

 店員さんが「初々しいどころじゃないですねー♪」と口元に手を当てながらにこにこしている。この空気に当てられながらそんな態度が出来る辺りを実に評価したい程に。

 そしてエリカは必死に堪えていた感情をぶちまける。

「そんなの知らないわよバカ――――ッ!!」



 そんなエリカであったが生憎とその後も恥ずかしい想いをする羽目になったのだった。

 何か、と言えば着替える度に日向が嬉しそうにするは、恥ずかしそうにするは、で次の服装に着替えたら反応が厄介すぎて仕方ないと思いながらも店員さんが高速で衣服をチェンジするものだから着替えないわけにもいかず。

 黒のオフショルダーに黄色のラインが入った暖色系のチェックのスカートに、茶色いブーツと言った服装を着て時は、

「凄い可愛いです……!」

「いや、これ肩がすーすーするし恥ずかしいんだけど……」

「何か色っぽくて僕は、その、好みなんですけど……」

「し、知らないわよ、第一どこ見てんのよアンタは!」

「だって肩だし好きだし、鎖骨とか見えて何だかうれしいですし……!」

「真っ赤になりながら何言ってんのよ!? ちょ、店員さんコレはよしておきますから――」

「エリカさんそれ着て欲しーです……!」

「はぁ!? いや、だってこういうの恥ずかしいし――って、ああ、もうわかった! わかったわよ! わかったからそんな熱い眼差し向けてくんじゃないわよバカーッ!」

 肩が大きく出るオフショルダーの性質上、恥ずかしいのだが日向がどうしてもと言うので赤面しつつ渋々ながら購入する流れになったりもした。確かに着ていてラフな感覚はあるのだが、肩がもろに出ている為に恥ずかしくないと言えば嘘になるだろう。

 精々部屋着にしておこう――そう決めるエリカであった。

 次いで出てきた服は黒のジャケットにタイトなミニスカート。その上に胸元と背中が大きく露出したベアトップでそれはにべもなく断って、代わりにラフな縞模様のシャツと組み合わせた。

 しかし、ベアトップの服装も一度は着る羽目になったわけで、

「いや、あのこれ胸元とかヤバイんだけど……!?」

「ベアトップですので♪」

「ベアトップってこんな露出ヤバイの……!?」

「ベアトップですので♪」

「こ、これは無理! 絶対これは無理!」

「では、どうぞー♪」

「――って、待――きゃぁああああああああああああああああああああ!?」

 と言う具合にジャケットを脱ぎ掛けた状態でカーテンが引かれて日向がそれを目にして顔を真っ赤にして見つめると言う辱しめめいた時すらあった。

 最後にはタートルネックの服装が出されて、一緒のスカートや女性用ジーンズと合わせたがこれは中々ラフなので気に入ったと個人的にエリカは思う。

(これなら反応も普通でしょう)

 うんうんと、安心しながらカーテンを引いた結果、

「……うわぁ、凄い美人……」

 と、頬を染めながら見つめられた段階でエリカは、

(ダメだコイツ相手にそういう反応求めたらヤバイしっぺ返ししかこないんだけど……!)

 と肩を震わせながら、顔を真っ赤にしつつそう思い知ったのだった。

 そして現在エリカは日向と一緒にレジカウンターで会計を行っていた。

 店員が手作業で服をたたんで袋に詰める光景を見ながら、エリカは軽くスカートの裾を摘まんだりして自分の格好を再確認していた。

 ノースリーブの上着に青のロングスカート。

 店員さんが「どれがいいですかー?」と意見を尋ねて、日向が凄く着てほしそうにこれを選んだのでエリカは恥ずかしながらもこれを着用していた。確かにデートと言う意味でバッチリのオシャレ衣裳であった。

(着ているのが少し気恥ずかしいのと、弦巻の向けてくる視線が凄い厄介だけどね……! だから何なのよその見惚れるみたいな視線は……!)

 それにしたって今まで着た事も無いタイプの服装に戸惑いを隠せない。

(……似合ってるんでしょうね、本当に?)

 大丈夫かしら、平気かなぁ? と、何度も視線を服へ送る。

 そんな彼女の前で衣服は次々に梱包されていく。そう、梱包だ。店側が気を利かせてくれてどうやら自宅へ配送してくれるらしい。確かに手荷物にならないと言う点ではありがたい――が、同時に初めに着ていた服も家へ向かうので不安倍増である。

 それと、もう一つ。

「……本当にいいの?」

「何がでしょうか?」

「服。高いわよ、ここの。さっき値札見たけど」

 比較的高価な服が多かった上に何より購入した商品はノースリーブの上着一着、ロングスカート二着、ブーツ二足、肩だしと通常のタートルネック二着、オフショルダー一着、黒のジャケット、シャツ一着――と、それはもう買い物したものだ。

 日向は『初めてのオシャレなんですし♪』と笑顔で購入を決めてくれはしたが、それでも八万円はさらりと超えた事だろう。

「えへん、大丈夫ですよっ!」

 えへへー、と笑顔を向けてくる――頬が赤いのは気にしないでおいて――日向を見ながら「本当でしょうね?」と問いを投げ掛けた。

「はい、本当に大丈夫ですよ。お金はありますから」

「ふぅん、そうなんだ。まあ、従者のお給料とかあるか、アンタなら」

「いえ、それは別途の用で回してるんですけどね……」

 何故か一瞬表情が曇った。明後日を見る様な視線と共に。

 だが曇りはふっと晴れ渡り、

「でもエリカさんの為のお金は十分なので心配しないでください♪」

「……あんまりお金たくさん使わなくてもいいのよ?」

「ヤです」

「ヤって言われても!?」

「エリカさんにはたくさんお礼したいですもん!」

「ぬぁっ……! ――ああ、そう、まあ、ありがとうだけど……!」

「はい、お礼凄くしたいんです♪」

 笑顔でそう言われては何も言えなくなってしまう。

 エリカは「もうっ」と赤い顔を隠す様にそっぽむきながら呟いた。

 しかし――と、エリカは思う。

 店員の女性が選んだ服装といい日向の服装といい検討はおおよそつくのだが――エリカは露出した自分の肩を軽く抱きながら赤い顔で眉をひそめたながらこう思った。

(……コイツってそんなに肩だしの服装好きなのかしらね?)

 恥ずかしいが少しは我慢してやるか、と思うエリカだった。



 そうして店を出て街中を歩くエリカは少し緊張していた。

 その顔は少し柳眉をひそめながら、頬はほんのりと朱に色づいていた。

 なにせ初めてのオシャレであり、服装も女性らしさを大いに醸し出すもの。その上、学院でしか履かないスカートの類を私服として着用しているのだ。靴も購入したブーツに履き替えている。何より一番似合うかどうかの不安感でもあった。

(……学校で履き慣れてるのとまた別物みたいに感じちゃうわね)

 歩くたびに優美に揺れる青のロングスカートに違和感を覚えると同時に何とも言えない新鮮さを感じる程だ。その新鮮さがどうにも気恥ずかしさを生んで、エリカは少し借りてきた猫の様にもなっていた。

「……ねぇ」

「何ですか?」

 隣でエリカに歩調を合わせながら嬉しそうな笑顔を常時浮かべている日向にムッと恥ずかしげに頬を染めながら、エリカは一応尋ねかけた。

「……変じゃないわよね?」

「素敵だと思います」

「――本当に似合ってる?」

「とても似合ってますよ」

「本当の本当よね?」

「はいっ。……その、綺麗すぎて一緒にいるのもっと嬉しいですし」

「バカっ」

 頬を赤く染めながらエリカはツンとすます。

(……似合ってるんだといいんだけどね、本当。けどコイツ、私があの服装でも嬉しがるくらいだし――ああ、もう思い出さない思い出さないっ)

 ぶんぶんと首を振って記憶を吹っ飛ばす。

(――けど、まあ似合ってるって言ってくれるのは……嬉しいかな、一応っ)

 似合わないと常々思っていただけに心境は複雑だが、似合っていると凄く嬉しそうに言われるのは悪くない心地がするエリカである。

「――むう」

「? どうしたの?」

 そこで不意に日向が困った様な声を上げたのにエリカは不思議そうに小首を傾げた。

「あ、その、何て言うか……」

「何かあったわけ?」

「いえ……」

 日向は少し逡巡する様子を見せた後に、

「今の人もエリカさんの事振り返ってたなーって思って」

「私を? なんでよ?」

 きょとんとするエリカに日向は苦笑を浮かべながら答える。

「だって、エリカさん凄い美人なんですもん。やっぱり色々な男の人が振り返って見ちゃってるんだなーって思いまして」

「過大評価よ、それ? 私をそんなに見るわけないでしょ?」

「エリカさんは可愛過ぎて厄介です」

「不服そうな表情しながら何を言ってんのよ毎度毎度アンタは!」

 エリカはそう言うが日向の言は正しかった。

 実際街を歩くエリカの容姿は相当目を惹くものがある様で道行く男性が気付いて何名も振り返って『綺麗な娘だなー』、『すげぇ美少女だったよな今の子』等々零しているが本人が気づく素振りは見せなかった。

 日向はそんな気配に気づきながら、

(やっぱり凄い美少女なんですよね、エリカさん。……はぁ)

 と嘆息を浮かべる。

 同時に少しもやっとした感覚を抱いて日向は不思議になりながら眉をひそめた。

「――どうかしたの?」

 エリカは急に閉口した日向を不思議そうに一瞥した。

「いえ、何だか今少しもやーってしたので不思議だなって」

「もやって?」

「けどエリカさん見てたら何かどうでもよくなりました凄いです♪」

「なんなのよ、それ」

 ぷすー、とエリカは左頬を軽く膨らませて少し赤くなりながらジト目で睨む。

 自分を見たらそうなったとはどういう妙ちきりんな理屈なのか。何故だか今の言動も訊いていて恥ずかしくなったので不服げな態度を取るが、

「エリカさんって表情豊富で凄い可愛いです♪」

「バ……!? ま、またアンタはそう言う……!」

「でも可愛いですよ本当に?」

「知らないって何度言わせんのよ本当!」

 エリカはツンツンしながら、

「私は別にそんな可愛い子とかじゃないし! それを言ったらクラスの子とかの方がよっぽど女の子らしいじゃない」

 真美に初音と言った個性的だが可愛らしい面々を思い浮かべながらそう告げる。

「確かに皆魅力的な人多いですもんね、うちのクラス」

「そうそう」

 エリカはうんうんと頷いた。

「でもエリカさんは飛び抜けてますよね」

「そうそ――違うからね?!」

 頷きかけたエリカはバッと勢いよく日向の方を振り向いて真っ赤な顔で否定する。

「アンタは本当にもう――とっ」

 そう呟く最中にドン、とエリカの背中に衝撃が走りぐらりとよろける。

 幸い、日向が手を握っている事もあって日向は即座にエリカを自分の胸元で抱き留める形で抱き締めた。エリカは途端にカーッと真っ赤になるのだがブンブンと首を振って、さっと視線を後方へ向けた。

「あ、すみません」

「いえいえ、こちらこそ申し訳ございませんなデートの最中に。ぶつかってしまい真に申し訳ございません。ではこれで失礼を」

 堀の深い柔和な顔立ちの男性はそう会釈をするとさっさと歩いて行ってしまった。

 横道から出てきた事も踏まえてエリカは注意不足すこし恥じいるが、理解のある相手で何事もなくて良かったと吐息を零す。

(ああ、もう! 注意散漫し過ぎでしょ今日の私!)

 それもこれも隣のクラスメイトの所為である。

 しかし同時に助けられたのも事実なのでエリカは日向に目をやり、

「……アンタも悪かったわね。それと……、ありがとね」

 抱き締められている――あの学食の時と一緒だが恥ずかしさが前より増している気がしてどうにも胸中が騒がしい。

 それに踏まえて、

「……こら」

「……」

「何時まで抱き締めてんのよアンタは」

 そう言われて恥ずかしそうに俯く日向を間近で見る形になってエリカはどうにもこうにも顔を赤くして憮然とした表情を浮かべた。憮然としていないと気恥ずかしくて仕方が無い上にどうにも抱き留めている腕に力が篭っている感じがするのだ。

 放さないといけないのは承知しているが放したくないと言う様な戸惑いの感覚と一緒に。

「あ、その……何と言うか」

「何よ?」

「改めてエリカさんの体凄いやわらかいんだなーって思っちゃって……」

「はぁっ!? ちょっ、バっ!? アンタ本当に何を素直に言ってんのよ放しなさいっての!?」

 エリカは真っ赤になって日向の腕を振り解いて脱出する。

 日向は真っ赤になりながら「それに良い匂いしましたー……」と俯きながら零した。

「い、良い匂いなんかするかっ」

「しました柑橘系の甘い匂いが……!」

「し、しないわよ!」

「好きな香りでついこーしてたいなーってなっちゃって……ごめんなさい」

 しゅんとする日向に対してエリカは「アンタはもうっ!」と首の上まで真っ赤にしながらぷぃっと顔を背ける。

(あぁぁぁぁぁ、もうっ! 好きな香りとかふざけるなっての本当ッ!)

 発言が出れば毎度毎度この恥ずかしさとか死ぬのか自分、とエリカは内心愚痴る。

 そんなエリカに俯きながら真っ赤な顔の日向が追撃する。

「エリカさんって凄いですね、何だかもう」

「し、知らない知らないっ! 凄いとか意味わかんないわよバカ!」

 ぶんぶんと首を振って否定する。

 このままではダメだ、本当にいけない。エリカはそう思うと、ピシッと日向を指差した。

「――ご飯よ」

「ご飯ですか?」

 突然言われてきょとんとする日向に対してエリカは整然と首肯する。

 紛らわすしかない。怒涛の勢いで紛らわすしかない。そう考えた。

「ええ、ご飯よ、ご飯。時間も丁度いいし、そう言う予定だったわけだし、さっさと行くわよ」

「そうですね。僕、美味しいイタリアンのお店知ってるんですが、そこでいいでしょうか?」

「イタリアンね――パスタとかあるし、うん、そこでいいわよ。奢ってくれるんだったわよね? 期待してるわよ」

「はいっ♪」

 ――よし行けた!

 流れを一気に払拭できた気配にエリカは内心でガッツポーズを作る。とにかくこれで日向の拍手喝采称賛乱舞からは逃避行を果たせた――一時的にだろうが。

 なにはともあれエリカは「じゃあこっちですー♪」と嬉しそうに案内する日向に手を引かれる形でランチへと足を運ぶ事となったのだった。


        2


 訪れた場所は何ともオシャレな外観をしたイタリアン専門店であった。

 白木造の木造建築で店の壁面をグリーンカーテンが覆っており、何とも森の奥の店と言う印象が風流な建造であった。『トラットリア遊佐(ゆさ)』と言う店名のその店の扉をくぐると活気のいい声で「いらっしゃいませー♪」と言う明るい声が響く。

 そうして二人の元へ駆け寄ってきたのは何とも可愛らしい印象の美少女だった。

「二名様でご来店ですか――って、弦巻君だ。――まさかの女の子連れ!? それも超絶美人さんだ!?」

「あ、遊佐さんこんにちはです」

「おう、こんちは! ――て、そうじゃなくてへー。へー、へー」

 少女はニヤニヤとした表情を浮かべながら日向に視線を送る。

 すると奥から「弦巻君が彼女連れだと!?」と面白いものを見たそうな表情と歓喜の声を上げながら店長と思しき男性が姿を現す。男性は現れるとエリカを軽く一瞥して、

「ほうほう」

「な、何ですか?」

 エリカは若干嫌な予感がしたのか後ずさる。

「こりゃまた美人な彼女が出来たじゃないか弦巻君!」

 予想通り店長はぽんっと日向の肩に手を置いてそう告げた。

 無論エリカは真っ赤になって反論する。

「彼女じゃありませんよ!」

「……」

「アンタも私を見つめてないで何か言い返しなさいよ!?」

「見つめてないです、見惚れてるだけですっ」

「なお悪いわッ!」

 スパコーン! と言う音が日向の後頭部に響いた。



 そうして案内された席で新橋エリカは真っ赤になってむくれていた。

「どーしたんですかエリカさん?」

「別に何でもないわよっ」

 心配そうに零す日向に対してつっけんどんにそう返す。

(どうして今日はこんなに彼女扱いされんのよ、もう! 私とコイツそんな関係じゃないってのに……!)

 確かに学校の男友達よりかはよく話す――と言うより嬉しそうによく話し掛けられてくるし隣席なのもあって会話はよくする方だ。その度に恥ずかしい台詞を吐かれた経験も多々あるのだが。

 そんなに恋人に見えるのだろうか? と、エリカは頭を悩ませる。

 実際あの後も店長と店員の女の子に散々彼女扱いされてしまった。何か弁明を言っても、

『照れ屋な彼女さんねー♪』

 と、返されてしまい泥沼だ。

 しかし一番の問題は――、

「……何でアンタは否定しないのよ」

 日向が否定しないもんだからこうなる。

「あう……すいません」

 真っ赤になって縮こまる日向に嘆息を零しながらこう告げた。

「せめて否定くらいしなさいよ。アンタだって男勝りな私が彼女とか嫌でしょ?」

「え? 人生で一番くらいに嬉しいですけど」

「……」

「あうっ!」

 真っ赤な顔をしながら身を乗り出してとりあえずデコピンを一発お見舞いする。

 どかっと再び腰を下ろして腕組みしながらエリカは赤い顔で怒った。

「アンタはそう言う事すらすらと言わないのもう!」

「本心なのに……!」

「知らないわよ、バーカ!」

 しゅんとする日向に対してエリカはツンとした態度を取る。

 そうして用意されたおしぼりで手を拭きながら、

(本当もう懐き過ぎる子犬と言うか何と言うかもう……!)

 同年代の男子にここまで懐かれた記憶も無く、エリカの思考は混迷してしまう。

(あうー……エリカさん怒ってます。やっぱり、彼女扱いされてることに怒ってるんだろうなあ。僕なんかの彼女だもん、そりゃそうだよなぁ……。うう、彼女出来た事ないから嬉しくて少し調子に乗ったのがいけなかったです……!)

 そんな二人を丁度ソファー席に座ったので空きスペースに鎮座するにゃーことぺろ太が見守る中で先程の女性店員が訪れた。

「はい、こちらお冷になりますねー。メニュー決まったら、そちらのベルを鳴らしてくだされば伺いに参りますので。では♪」

 そう言ってぱたぱたと歩いていく。

 そんな後ろ姿を見ながら、エリカは少しだけ赤くなっていた顔をひそめて。

「……別にそこまで怒ってるわけじゃないからそんな心配しなくても平気よ?」

「ほんとですか?」

「ええ、本当。けど今度は否定しなさいよね?」

「あう……わかりました」

(だからそんな残念そうな顔しないのっ)

 どうして自分なんかが恋人に見られて嬉しそうにするのかしらねコイツは、とエリカはどうにもこうにも反応が気恥ずかしくて仕方がないが気にするのも照れるのでその思考を振り払うとメニュー表を手に取った。

「ま、ご飯にしましょうか。ほら、注文しましょ?」

「あ、はい」

 日向は顔を上げて少し表情を明るくした。

「美味しいんだっけこのお店?」

「はい、昔バイトもさせてもらったりしたんですけど凄く美味しいんですよー♪」

「へー。けど、どうしようかしらねー」

 ぱらぱらとめくりながらエリカは豊富なメニュー欄からどれを選ぶか悩む。

 様々にあるのだがとりあえずトマト、ミートソース系は避けて於きたいところだったためである。折角新着の服装なのもあるがカラーは白なのでソースが付着した際には目立つ事だろう。無論、そういうミスはあまりしない方だが念には念をだ。

 それにエリカとしては和風が好みでもあった。

「ん。そうね、無難にめんたいパスタ頼んでおこうかしらね」

「ここ和風も美味しいんですよー♪」

 日向はほわほわ笑顔でそう語ると、

「じゃあ僕はバジルのしておこうかな……! それとピザ頼んでおきましょうか?」

「そっか、ピザあるわよね。いいわね、お願いしていい?」

「はいっ♪」

 嬉しそうに首肯すると日向はベルを鳴らす。すると今度は若い男性店員が颯爽と顕れて日向と「そちらが噂の彼女さんかい? 美人じゃないか、やるねー弦巻君もさ」、「あ、や、違くて彼女はその……!」、「ハハハ、照れなくたっていいんだぜ? それで? ご注文は?」、「えっと和風明太子パスタとエビとハーブのバジルソースパスタにピザのパルゲリータなんですけど」、「オッケー承ったよ。では少々お待ちください☆」青嵐の如く爽快に去って行った。

 日向がエリカの方に視線を寄越す。

「……否定する間がありませんでしたエリカさぁん……!」

「見てればわかるわよ。と言うか怒涛の勢いの店員さんだったわね……」

「それと否定しようとしたら何かちょっと悲しかったです。不思議でした」

「ばっ!? し、知らないって言ってるでしょ、そんなの!」

 本当にきょとんと告げるのでエリカはまた動転してしまう。

 気を抜くとこれだ――エリカはそんな事を思いながら顔を逸らす。

 そして流れがこのままだと厄介なので話題を促した。

「と、ところでアンタってこの店の人と知り合いなわけ?」

「はい、そーですね。知り合いです」

「ああ、やっぱりそうなんだ。何か親しそうだったからね」

「このお店、家族と数人のアルバイトで切り盛りしてるんですけど皆明るくていい人達ですから、僕でも少しは顔見知りになりまして」

 ほわーっと嬉しそうな表情を浮かべる。

 相変わらず何処か人に懐く様な印象の奴よね、とエリカは内心で呟いた。

「店長さんが遊佐京一(きょういち)さんで、店長の奥さんが(よもぎ)さん。先程の女の子が(つぼみ)さんで僕より一つ年上ですね、それと今のお兄さんが聖一(せいいち)さんです」

「へー、そうなんだ」

「それで僕はこの店で前に少しだけアルバイトさせて貰ってたんですよね」

「なるほど、それで知り合いなわけね」

 はい、と頷く日向にエリカは納得を示す。

 道理で親しげに会話を交わしていたわけだ。そう思いながら日向を見ていると不意に日向が顔を右側へ向けて不思議そうな表情を浮かべていた。

「? どうしかしたの?」

「いえ、何だか今変な感じが……すいません、多分気のせいです」

 苦笑を浮かべた後に日向は言った。

「それで、話を続けるとお金に困っていた時期だったので、雇って貰えていた時期は凄く助かったなーって言うありがたいお店なんですよね」

「アンタってお金に困ってたりしたの?」

 エリカは少し心配そうに柳眉をひそめた。

「はい、当時は。――いえ、今も諸事情から困ってはいるんですが……それでも昔は父親が父親でしたから金銭の工面には苦労しちゃいました」

「そうなんだ……」

 エリカは憂慮の表情を浮かべながら呟いた。日向は苦笑交じりに答える。

「僕の父さんは何と言うか僕を気にかけない人と言うか……振り回すと言うのか。昔から僕の方からはぐれない様にくっついてく感じだったんですよね。お金とかもほとんど貰った事もありませんでしたし」

「随分大変そうじゃない、それ」

「そこそこですよ」

 困った様に苦笑する日向を見てエリカはきっと大変だったんだろうな、と沈痛な想いになる。どんな苦労を強いられてきたのか。そのエリカの表情に少し焦った様子で日向は答えた。

「でも、今はそんな大変じゃなんですよ! 従僕のお仕事のお給料今までで一番いいですし」

「……それは確かにそうみたいよね」

 名家の従者と言う立場だ。確実に給料はいいだろうとエリカも察する。

「ですね。昔より余程懸念事項は無くなりました」

「それは良かったわね」

 エリカは安堵の表情を日向へ投げ掛けた。

 慈しむ様なエリカの表情に日向は少し赤くなりながら、

「それに、その当初は水の綾行く予定だあったのが、芳城ヶ彩に変わって、エリカさんの隣の席になれたって言う嬉しい出来事もありましたし……!」

「む」

 エリカはむすっとしながら頬を軽く朱に染めた。

「わ、私の隣ってだけで喜ぶんじゃないわよバカっ」

「あう……だってエリカさんかわいーんですもん……!」

「……知らないわよバーカ」

「それに委員長の仕事で世話焼いて貰えるのも凄く嬉しいですし……!」

「し、仕事だからよ! 勘違いしないでよねっ!」

「勘違いなんてしませんけど、でも一緒にいられるの凄く嬉しくて……」

 ほわぁっとした純粋な歓喜の表情にエリカは「うぐっ」と真っ赤になって言葉に窮す。

(ホントにもう……私と関わるってだけで一々喜び過ぎなのよっ!)

 店内のクーラーがもう少し強めになってほしいと願うエリカである。

 とりあえず話題を替えなくては、と思いエリカは口にした。

「……ところでなんだけど弦巻」

「なんでしょーか?」

「アンタって何で今日お礼返し、こういう形にしたのよ?」

 訊きたかったことではあった。

 デート――おそらくは誘った時に日向にそんな思惑は無かったと考えるが、それでも色々なお店をぶらぶらすると言う考えは思いつきそうで思いつかない。なにせ、それはエリカの日常を知らなくては難しい話だからだ。その割に日向は少し情報を得ている節があったのが気になってエリカは問い掛けた。

 それに対して日向は少し恥ずかしそうに答える。

「ああ、それはゆーまに訊いたんです♪」

「ユウマに?」

「はいっ」

 笑顔で答える日向に対して「なるほど」とエリカは零した。

 学食で話していた内容は自分の事だったのは間違いなかった様だ。

「ゆーまが、エリカさんは学校帰りに街中で遊んだりとかしない人だって聞いたので、色々なお店に入ってみるのがいいかなって形に行きついたんですよね」

「なるほどね……納得したわ」

「でも、お店のチョイスとかは僕しっかり選びました!」

「ん、そこはまあわかるわね」

「大好きなエリカさん楽しませたいので頑張りますね♪」

 そう言われるとエリカは少し恥ずかしそうに手でぱたぱた顔を扇いだ。

「あーはいはい、ありがとね」

「それとエリカさんと出かけられるって想いながら調べるの何だかドキドキしたんですよねー」

「はいはい、わかったわよー」

「それで出掛ける前にひじきさん――僕の上司が『デートだな』って言ったので、それで意識しちゃって朝から凄い心臓バクバクなんですよね。まあ、一人で勝手に意識してしまってるだけなんですが」

 えへへ、と恥ずかしそうに真っ赤な顔で微笑む日向。

 エリカは「その上司が原因か……!」と赤い顔で肩を震わせていた。

 道理で誘った時と比べて自分を意識し赤くなる場面が多々あったはずだとエリカは理解する。直前でそんな事を言われていたからお礼返しとわかっていてもデートみたいだと認識して今に至っているのだろう。

「ま、まあ良かったわね、デートみたいで」

「はい、凄くうれしーです♪ あ、でもお礼はちゃんとしますから……!」

「はいはい、まあ、適度でいいわよ適度で」

「でもエリカさんには全力で頑張りたいです」

「もう……! て、適度でいいの適度で!」

「でもエリカさん大好きですし手は抜きたくないです」

「……バーカ」

 エリカは真っ赤な顔で不愛想にそう呟くとぷぃっと顔を背けた。

「……本当今日あっつ」

 比較的涼しいはずの服装であり、店内は程よい温度だと言うのに、どうしてこうも体温が高まってしまうのか。エリカは本当に調子を狂わされる言動ばかりだと恥ずかしさを覚える。

 そうしてエリカは話題を変えるべく、

「……しかし弦巻ってユウマと仲良かったっけ?」

 と、もう一つの疑問を浮かべてみた。

 日向が嬉しそうに「ゆーま」と口にするのが少し気になったのだ。

「そうですねー、少し前までは面識程度でした」

「そうよね、挨拶くらいだったと思うし」

「けどさっき言った様に学食で少し助けて頂いて……それでゆーま優しくて格好良かったんですよー♪ イケメンでびっくりしてしまいました……!」

「まあ、確かにユウマは……何か頼り甲斐あるって言うかね」

 エリカは少し口にするのが恥ずかしそうながらもそう答える。

「はい、ゆーま優しかったです♪ 今日のアドバイスもいただきましたし!」

「ん、そっか」

 なるほど、確かにエリカも認める優しい兄だ。

 普段散々からかってくるが、それは全面的に肯定できる誇りとさえ言えるだろう。

 同級生に対するアドバイスの的確さも流石と言える。

(けど、おかげで今日一日ヤバイんだけど、ユウマ……!?)

 始めから今へ至るまでエリカは真っ赤続きだった気がして今はいない兄へちょっとだけ恨み言を吐きたい気分になる。

「でも、不思議なんですけどエリカさん?」

「何よ?」

「エリカさんとゆーま双子なんでしょうか?」

「……え?」

 ぽかんとするエリカに日向は「だって」と呟いて、

「学年が一緒だから双子なのかなーって思って。けど容姿は似てなかったです」

「あー、まあ、そりゃあね」

 双子だと思っていたのか、とエリカは軽く苦笑する。

「でもゆーまイケメンでエリカさん美少女だからやっぱり双子かなって思いました」

「……ユウマが女の子にモテるのは肯定するけど私は違うからね?」

 エリカは軽く俯きがちにそう零す。

 日向は小首を傾げながら、

「そんなわけないです、エリカさん僕が今まで見てきた女の子の中で一番綺麗ですもん」

「おしぼりをくらいなさいっ!」

 エリカは頬を赤くしながら日向の顔面目掛けて手を拭いたおしぼりを投擲する。

「ひゃわっ!? 冷たいです!?」

「ふふん、どうよ!」

 赤い顔で何故かドヤ顔を浮かべるエリカ。

 しかし「ひゃっこいですー」と言いながらおしぼりを顔から取りかけたところで日向はふと目をぱちくりさせるとどこか陶酔した様に瞳をとろんとさせた。

「ふぁ……」

「……?」

 エリカが怪訝そうな表情を浮かべていると、

「……何か好きな匂いがします」

 匂いフェチみたいな事を言われた。

「おしぼり返しなさいバカッ!」

 当然ながら真っ赤な顔をしてエリカはは日向の手からおしぼりを即座にふんだくる様に奪還する。下手な事をこれ以上言われては辛抱堪らなかった。

「匂いつきのおしぼりなんでしょーか?」

「そうかもしれないわね!」

「でも……僕のは匂い違います」

「じゃあコレが特別なんでしょうね!」

「えっと、エリカさんエリカさん」

「何よ!?」

「もう一回おしぼり貸してもらえませんか?」

「残念だけど手拭いちゃった後だからダメかしらね!」

 そう言いながら赤い顔でおしぼりで手を拭く。

 そうですかー、と残念そうに眉をひそめる日向。

 対するエリカは真っ赤な顔でどうにかおしぼりを二度と日向へ渡すまいと言う固い決意を内々に秘めていた。実際はとっくに使用し終えた後であったわけだから――エリカとしては恥ずかしいと言うかどうして一々反応がこうなってしまうのか恥ずかしさで堪え切れない気持ちになってくる程だった。

「と、ともかくよっ! 私とユウマは別に双子とかじゃないわね」

「双子じゃないんですか?」

「ええ、双子じゃなくて義理の兄って形になるわね」

「義理のおにーさんだったんですか、ゆーま……!」

 けど、と日向は呟いて、

「ゆーまもエリカさんもお互いにお互いの事凄く大切にしてて、義理とは思えないくらい素敵な二人に思えます♪」

「……ん、まあ、ありがとね」

 エリカは照れ臭そうに頬をかきながらも笑顔を浮かべてそう答える。

 そんなエリカの様子ににこにこ笑顔を浮かべる日向だったが、不意に少しだけ顔に影を差して複雑そうに尋ねかけた。

「あ……けど、義理って事はその……何か複雑なんでしょうか……?」

「んー、まあ一応は、そうかしらね」

「じゃあ、その……訊かない方がいいでしょうか?」

 そう呟く日向にエリカは少し苦笑を浮かべながらも優しい表情で首を振る。

「ま、気にしないでいいわよ。知ってる子は知ってるしね。真美とか初音なんかには話した事もあるし。――アンタにも一応話しておこうかしらね」

「いーんですか?」

「ええ」

 小さく嘆息を発した後にエリカは語りだした。


「まあ、大前提をざっくり言うと父親が押し付けた借金から始まるのよね」


 想像以上にヘビーだった。

「……」

「ほら、そんな顔しなくていいわよ、私が話してもいいって言ったんだし」

 地雷を踏んだだろうかと怯える日向を優しく諭した後にエリカは言葉を続けた。

「もう大分、前の話になるんだけどね」

 穏やかな表情を浮かべながら、エリカは語り出す。

 彼女にとっての大切な追憶を――。









第三章 中篇:エリカにらぶらぶ

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