第三章 前篇:エリカとぶらぶら
第三章 前篇:エリカとぶらぶら
1
五月四日、日曜日。
その日、新橋エリカは自室にて普段通りの私服に着替えていた。外出の際に兄や家族と共に出る時と左程変わらない、Tシャツの上に上着を軽く羽織って下はジーンズと言う花の女子高生としては些かもオシャレに気を遣ってはいないだろう、ラフなスタイルの服装だ。
肩にかけるバックも黒を基調とした男物の大き目なバック。
本人無自覚な美貌故に着飾らないのではなく、本人がオシャレに左程興味を示さないと言うのもまた彼女の服装の要因であった。
だが、それでも外出用に着替えたと言う理由は当然ながら、外出する用事があると言う事でゴールデンウィーク二日目に、家族と何処かへ出かけるでもなく、彼女の趣味とも言えるランニングの為の服装でもないのには普段とは異なる出来事が待つためだ。
普段通りの私服に着替え終わったエリカはバックを肩にかけながら、自室を出ると玄関へと足を運んでいく。その前にと居間へと軽く顔を出すと、そこには一人の人物がいた。
兄の新橋ユウマだ。
居間でくつろぎながらテレビのニュースを見ていた。こと最近はニュースがやたらめったら激しい展開を見せているだけに日々の情報収集は有用だ。父母の姿は無いが確か朝食の時にお昼頃に帰ってくるとユウマに言っていた記憶があるので出かけている様だ。
ユウマはエリカを一瞥すると、
「……」
「……何よ、その目はユウマ?」
何故か向けてくるしらっとした――どこか『ああ、やっぱりこうなったか』と言う様な視線にエリカは少しムッとする。何で兄がこういう目をしてみてきたのかわからないだけに何となくムッとした。
ユウマは「いや、別に何でもないよ」と簡素にそう返し、
「時間、間に合いそう――だね、いってらっしゃいエリカ」
「ええ、行ってくるわね」
「それで何時頃に帰ってくるわけ?」
「んー……、弦巻が言う感じには夕飯前には帰ってくるわね」
「オッケー、夕飯用意して待ってるよ」
「ん、ありがと」
「赤飯でいいのかな?」
「は? 何でよ? お祝い事でもあった?」
一応カマかける様に言ってみた発言でも気付く様子がない。
流石はエリカだ、と思いながら嘆息を零した後にユウマは優しい表情を浮かべながら、
「……ハンバーグにしておくかな」
「それがいいな」
エリカは嬉しそうに微笑を浮かべた。
ハンバーグが好きなのである。
「んじゃ、ハンバーグ作って待ってるから、弦巻と仲良くしてきなよ?」
「どうかしらね、アイツ変な奴だもん」
エリカは日々の言動を思い浮かべながら少し頬を赤く染めた。
「ん、まあ、折角だし楽しい日になる事を願ってるよ」
「楽しい日って? まあ、確かにアイツの事だし『お礼返し頑張ります!』みたいな事は思ってそうだけどね」
「エリカの事大好きみたいだしね、弦巻」
「何ニヤニヤしながら言ってんのよ!」
「学食」
「ぬああ……!」
頭を抑える様に悶絶するエリカ。あの日、どんな会話していたのか知らないが、近場でそんな場面に衝突していたので『エリカさん、大好きですー♪』の部分だけは訊いてしまっておりエリカとしては恥ずかしい限りだったのを思い出す。
「ま、ともかく行ってらっしゃい。弦巻にもよろしく言っといてよ」
「ん、りょーかい」
エリカは軽く頷くと玄関で靴を履いて「行ってきまーす」と告げて目的の場所へと出かけていく。
「いってらっしゃい」
ユウマはその背中を見ながら「ふむ」と小さく頷いて、
「あの分だとやっぱり状況がデートって事、自覚してないな」
(けど相手が素直な弦巻だからな)
おおよその見当がつく。
ユウマはおそらく妹が大変な事になるんだろうなー、と思いつつ、
「ま、楽しんできてくれれば何よりだな」
そう、優しい言葉を零しながら居間へと戻っていくのだった
2
待ち合わせの場所へエリカは足を運ぶ。
(確かこの噴水の辺りだったわよね)
公園の中央に位置する綺麗な造形の噴水を見つけるとそちらへ足を向けた。
その噴水は実に造形美の整ったもので主題であろう彫像は天使と思しき女性の像が持つ蛇が絡みついた水瓶から清涼な水が噴き出していた。中々に凝った装飾であり、タイトルには『青銅の蛇と黄昏の天使』と刻まれていた。
そんな噴水から湧き出る流水は陽光をその身に浴びてキラキラと輝きを放ちながら小さく虹を創り出していた。
「綺麗なもんよねー……」
生憎と芸術の分野に精通しているわけではないが一般的な感覚の視線から行っても噴水と言うのは綺麗なものであるとエリカは感じる。精魂込めて作られた彫像の人工的な美と水自体が織り成す自然的な美の組み合わせと言うべきだろうか、見事な合作の品と呼べるだろうものが噴水と言うものだ。
「けどアイツは何処なのかしらね?」
しかし本日は何も噴水を見に来たわけではない。
日向がお礼を返したいと言うからやってきたのだ。噴水鑑賞も程々にエリカは周囲にサッと視線を向けるがあの目立った鮮やかな青色の頭髪はパッと見、目につかない。
「まだ来てない――のかな?」
エリカがそう呟いた時だ。
「あ、エリカさんです!」
後方から何やら嬉しさ満開みたいな声で自分の名前が呼ばれる。
エリカは一瞬だけムッとしながらも頬を少しだけ赤く染めた。
(相変わらずだけど、コイツはその嬉しそうな声を止めなさいってのよ……!)
そう思いながらエリカはすぐさま表情を切り替えてフッと後ろを振り向いた。
そこにいたのはやはりと言うべきか日向の姿であった。発した声の明るさから予測がついていたが、想像通りに嬉しそうに、にへーっとしていた。
しかし次の瞬間なにゃら申し訳なさそうな表情にハッと切り替わった。
「エリカさん、すいません、待たせちゃいましたか……?」
なるほど。どうやら遅れてしまったのかと言う懸念を抱いた様だ。
「別にそんな事ないわよ? 実際、今来たばっかりだしね」
「そーですか……! なら、良かったです!」
それを訊くと日向はホッと胸を撫で下ろす。
「別にそんな心配しなくてもいいけどね。そりゃ一時間とか待たされたら怒るけど」
「それは当然ですよね……。けど、良かったです、僕寝坊しちゃったので今日は」
「ん、そうなんだ?」
「はい、エリカさんと一緒にって思ったら夜、あんまり眠れなくって」
えへへー、と嬉しそうな表情で頬を掻く日向にエリカはむすっとしながら頬を軽く朱に染めた。相変わらず言動が一々恥ずかしくてやってられないではないか、と。
「何なのよアンタのその遠足前の小学生みたいな話は……!」
「で、でもエリカさんと一緒にいるの僕大好きですし……」
「……」
ムッとエリカは頬を染めながらぷぃっと顔を背けた。
「知らないわよ、そんなの!」
「あうー……エリカさんは僕と一緒にいるのヤですか……?」
しょんぼり気味に日向は問い掛ける。
エリカは「うっ」と軽く呻くと気恥ずかしそうに頬を軽く掻いた後に、
「別に嫌ってわけはないわよ――じゃなきゃ今日ここに来るわけないしね」
「ホントですか……!」
(だから逐一嬉しそうな顔をするんじゃないわよ……!)
雲間から覗く陽光、薄明光線の様に晴れ渡る笑顔にエリカはプィッと顔を背ける。
どうにも反応が一々気恥ずかしいのだ、される側としては。
と、そこでエリカはふと気づく。
「……そう言えばアンタの私服って初めて見るわね」
「私服ですか?」
ほにゃんと小首を傾げられた。
「ああ、そう言えばそうですね。僕、いつも従僕服ですもんね」
「ええ、あの衣装は執事って感じで格好いい感じだしね」
「はい、そーなんですよデザイナーさん凄いですよね――って、ハッ!? まさか僕の私服姿全然ダメとかそういう反応……!?」
「いやいや、そう言う事じゃないわよ?」
エリカは苦笑を浮かべてそう答える。
確かに従僕服――執事服と言い換えてもいいのだろう。アレはそもそもとしてスーツ姿、燕尾服と言うものだから元々整えられている代物――言ってしまえば完成品としての質の高さがあるのだ。
それに対して日向の私服は自身の感性によるコーデなのだろう。
薄めの青のズボンにワイシャツ、そして黒のジャケットを肘近くで捲り上げたその服装は程よく男性的な格好よさが反映されていた。
「へー、何て言うか結構オシャレね、アンタの私服。格好いいんじゃないかしら?」
「本当ですか……! えへへー、エリカさんに褒められましたー♪」
わーい、とはしゃぐ姿でむしろ可愛い方向へ寄ってしまうがそれは言わないでおく優しいエリカであった。
「けど何て言うか意外ね?」
「何がですか?」
「いや、意外にその……男性的な服装と言うか」
「あう……僕、女顔ですもんね」
しょぼんと日向は若干落ち込んだ。
相変わらず女顔の事を多少ないし気にしている様だ。
「けどだからこそ私服は男っぽくいくんです! こうすれば女の子に見られませんし!」
「ああ、それは確かに」
エリカは納得した表情を浮かべた。
確かに女顔な日向だが服装を男性的なもので済ませれば女子に見られる事は無いと言う王動的な考え方でこの服装なのだろう。実際腕まくりしているが、それもあって男らしい雰囲気もしっかり漂っている。男子としては些か華奢な日向だが、袖から見える腕はしっかり筋肉がついていてどことなくセクシーな感じさえした。
そこでふとエリカは日向の首元に目が行った。
より正確には首にかかっている金色のチェーンにだ。
「ネックレスまでしてるんだアンタ?」
「へ?」
日向は一瞬きょとんとした表情を浮かべるがすぐに首のチェーンの事だと気付いて、
「ああ、これですか? ネックレスと言うにはちょっと違うんですけどね」
と、言いながらひょいっと指で摘まんで持ち上げた。
ちりん、と涼しい音色が響いた。
すると現れたのは確かにネックレスかと言えば言い難い――かかっているのはペンダント的なものでも、リングとかでも無かったからだ。
「僕が一番大事にしてるお守りみたいなものです」
そう言いながら見せてくれたネックレスにかかるものはキラリとした銀色の輝きを放つ鈴であった。特に何の変哲もない普通の鈴――おおよそネックレスかどうかと言われれば違うが確かにお守りと言えばしっくりくる。
日向は「大切な宝物なんですよー♪」とほわほわ笑顔で語りながら服の中へ戻してからエリカの顔へ視線を向けた。
「――」
すると何故だかエリカは無言。
「エリカさん?」
反応が無いので日向は不思議そうに声を発するとエリカはハッと気づいた様子で。
「え? あ、う、うん。なに、どうかした?」
「いえ、何か驚かれてた様なので――もしかして鈴を後生大事にネックレスにしてる事を変に思われたりしちゃいましたか……!?」
「へ!? あ、いや、そんな失礼な事は思ってないわよ、うん!」
何故だか慌てた身振り手振りでエリカはそう言った後に小さな声で「その、弦巻、今のネックレスなんだけど……」そうぽつりと零し掛けたのだが日向が喜色満面の笑みでこんな事を言いだしてエリカは思わず驚いてしまう。
「それにしてもエリカさんの私服も初めて見た気分ですけど、やっぱり可愛いですね!」
「――もう一回見せてもらって――は!?」
いきなりそう言われてエリカは目をしばたかせるが日向は気付く気配なく、
「初めて逢った時は良く見れませんでしたけどやっぱり素敵ですよねエリカさん♪」
「確かにあの日アンタ血塗れだったしね――じゃなくて!? 何でそうなったぁ!?」
「だって凄い可愛いですよ? エリカさんが凄く綺麗な女の子ですし♪」
「んなっ……!? いやいや、おかしいでしょ!」
エリカは赤い顔で訂正を求める様に声を発しながら詰め寄ると、軽く来ているTシャツの襟元を摘まみながら、
「これ別にオシャレとか意識してない簡素な服装なんだから、そう言う反応出るわけないんだけどね!?」
「そうは言ってもエリカさんの素材が良過ぎて――あ……」
そこで日向が唐突に顔を真っ赤に染め上げた。
エリカはいきなり萎縮した様子に思わず眉をひそめる。
「どうしたのよ?」
「あ、や、その……!」
不思議そうに小首を傾げるエリカを余所に日向は真っ赤に染まっていた。
何故かと言えばエリカが傍に詰め寄っていて綺麗な顔立ちが間近にあるから――と言うのもあるのだがそれ以上に何よりもエリカが服の襟元を軽く摘まむものだからちらりと覗く首元から真っ白な綺麗な肌と彼女の豊かな双丘が創り出す柔らかそうな深い谷間が見えていて日向は視線を釘づけにしドギマギしてしまう。
対するエリカは不思議そうにしながら、
「……本当どうしたのよ? 顔真っ赤よ?」
「えと……そのですね」
日向は恥ずかしそうにしながら、
「胸の谷間がちらって見えてて、あの……」
「……」
えらい率直に言われて、エリカが視線を手元へ向ける。
「――あ」
瞬間的に頬が赤く染まる。
そして次の瞬間には彼女は真っ赤な顔で日向の脳天にチョップを下していた。
「もっとオブラートに言いなさいよねっ!?」
「あう……すいません……!」
頭を抑えながら日向は涙を潤ませる。
エリカとしては自分で招いた感もあった為に恥ずかしさが一層募っていた。
(私何やってんのよもう、アホか!)
顔をぱたぱた仰いだ後に、
「アンタもアンタでこんなラフな服装の私を可愛いとか言わないのっ」
「だってエリカさん可愛いですし……!」
「可愛くないわよっ! 第一どこが可愛いってのよ本当に!」
日向は少し恥ずかしそうにしながらこう零す。
「その……ラフな服装なのはわかってるんですけどね?」
「ええ」
エリカは頷く。
この服装は、もとい自分は基本的に機能性重視の服装ばかりなのだ。世にいう可愛らしい少女が着飾る様な衣装なんてものではない。即ち、日向に可愛いだの綺麗だの言える道理などあるわけがないのだ――、
「エリカさんが美人過ぎるので服装が凄い映えて見えちゃうと言いますか」
「アンタもう黙りなさい!」
エリカは瞬時に顔を真っ赤に染め上げた。
ほとんど突発的に出た言葉だった。
無論日向はガーンと衝撃を受けた表情で問い掛ける。
「何でですか!?」
「何でもよ! なによ美人過ぎるってそんな事ないからね!? 何言ってんのよアンタは!」
「え、でもエリカさん凄い美人ですし――」
「だーかーら! そんな事無いって言ってんでしょーがッ!」
とにかく否定しなくては拙い。
顔が熱いのだ。口を開けば賛辞が飛び出る日向を前にとにかくエリカは否定を発した。
「私みたいな女の子がそんな美人なわけないわよ!」
「そんな事ないです、エリカさん今まで見た女の子の中で一番綺麗ですし!」
「知らないわよ目が節穴なんじゃないのアンタ!?」
「こう見えて目は自信あるんですよっ」
「そこでキリッと何を言ってんの!?」
「だってエリカさん可愛いんですもん! その服装だってラフなのに凄い美人さんに見えてしまいますし僕……!」
カァッと顔を赤くしてそう零す日向の反応にエリカの方が恥ずかしくなってしまう。
エリカは「だからこんなラフな服装でそんな発言するんじゃないわよバカぁ……」とうつむきがちに言葉を発する。
「だって似合ってますし、それにその」
「その……なによ?」
ジト目でエリカが一瞥すると日向は言い辛そうにしながらもぽそりとエリカに聞こえる程度の音量の声で小さく呟いた。
「スタイルの良さも見て取れちゃうから……正直かなり嬉しい、ですし……」
「……」
エリカはそう言われた瞬間に思わずぽかんとしてしまう。
確かに――確かにTシャツだし下はジーパンである。露出は高くないし、ラフな装いだ。だがボディラインは出ているのだろう――だがしかし。
「アンタは……何を言ってんのよ、もお!? ば、バカじゃないの本当に!」
「あう……」
真っ赤になって縮こまる日向にエリカは肩をふるふると震わせる。
普通面と向かってそういう事を言うか――と、想いもしたのだがよくよく考えてみると前に抱き着いたりした時にその感想を零した程の素直な少年だ。ともすれば、一々そう言う言葉を吐露しても別段おかしくない。
しかし、いやいや、とエリカは首を振る。
「エリカさん怒っちゃいましたか……?」
「怒るに決まってんでしょ! 何をエッチな目で見てんのよ本当に!」
エリカは真っ赤な顔で怒鳴った後にジト目で軽く睨むと日向はしゅんと恥ずかしげにする。
(やっぱコイツも何だかんだで男の子って事よね。凄い女顔だけど)
「僕も自分でちょっと複雑です……」
「……そうなの?」
エリカは怪訝そうに日向を見つめた。
日向は「はい」と頷いて、
「綺麗な女の子には何度か出会った事は出会った事があるんですが、エリカさん見てると何でだか可愛くて綺麗だって意識しちゃいますし、見ちゃいけないってわかってるのにエッチな視線で見ちゃうときもあって、授業中も横顔素敵だなって見つめちゃったりするし、体育の時間に活き活きしてる表情見るのも大好きですし、声聞くのも傍にいるのも好きでずっとドキドキ興奮しちゃって、今だって胸の谷間見て興奮しちゃって……エリカさんの胸大きくてやわらかかったの思い出しちゃって、それで……自分でももう何でこんなにエリカさん見てたいのかよくわかんないですよぅ……!」
「……」
よくわからないと申すか。そこまで言っておいて。
そんな心境のエリカだった。
「な、なにアンタはそんな風に私見てんのよバカ! 怒るわよ本当に!?」
(――と言うかそんな晒すのも恥ずかしい事を何、素直に語ってんのよバカッ!? ほ、本当にコイツ何を語ってるわけ!? っていうか普通張本人にそんな事言うもんなの!? 興奮したとかドキドキするとか好きとか度々言い過ぎじゃないかしらねぇホントに!?)
自分を見る視線の意味をほとんど暴露された様なものだった。
呆れを抱くと同時にこっぱずかしいなんてレベルじゃないエリカである。
「だってエリカさん眼を惹くところたくさんでもう何が何だかわからないです……!」
「わ、私がそんなのわかるわけないでしょ!」
「ですよねー……何でこんなに意識しちゃうんでしょうか?」
「し、知らないわよ! っていうか何本当にアンタどこ見てんのよエッチ!」
「あう……」
(――本当に顔立ち自体は女の子みたいな癖してそう言うとこは普通以上に男の子っていうのかしら、どっちにせよ、面と向かってそう言う事言う奴初めて見たし、ここまで恥ずかしい想いさせられたのコイツが初めて過ぎるし……!)
あからさまに自分を異性として意識しているのか――と、途中まで考えるエリカだったがお経を唱える様に心頭滅却にて『子犬が懐いてくるだけだから……!』と、冷静さを取り戻すべく奮闘を続けていた。
「……今度そう言う目で見たら怒るからね?」
「……ダメですか?」
「ダメに決まってんでしょ!?」
何訊いてんのコイツ!? と、ばかりにエリカは真っ赤になって怒鳴った。
怒鳴ると「ですよねー」と悲しそうにしゅんとした。
(本当にこのバカは……!)
全部素直に返答してくる辺りが性質が悪い、と思う限りだ。
「女の子をそんな目で見ないの本当に!」
「でもエリカさん相手だと何故か見ちゃうんです僕……! エリカさん見てると何でかエッチな事考えちゃったりとかもあって……」
「し、知らないわよ! 何で私限定なのよ第一!」
そう怒りながら告げると日向は下を俯いて真っ赤な顔でこう零した。
「だって、凄く……綺麗で、魅力的です、から……」
「ぬああ……ッ!」
本気でそう思ってるだろう様子の発言なのでエリカは悶絶する気分で何をどう言えば日向は静まるのかもう混乱し始めていた。
とにかくこれ以上の会話は危険だと悟る。
「も、もうこの話は終わり!」
「え?」
「今までの発言は訊かなかった事にするから、さっさと今日の予定始めるわよ!」
「……エリカさん好きなのも訊かなかった事にされちゃうんでしょうかー?」
「けほっ」
エリカは思わず咽び込んだ。
「そ、そこはわかったわよ、頭に置いておいてあげるから!」
「本当ですかっ」
「ほ、本当っ」
「好きになった人には素直でいる事って昔、言われた事があるからエリカさんにはしっかり伝えておきたいから、うれしーです♪」
「あ、ああ、そう、そっか、そーなんだ」
真っ赤になりながら日向にそんな事を教え込んで恐らく勘違いさせたまま放置したであろう誰かに若干文句が言いたくなったエリカだった。
「と、ともかく予定! ほら、私にしてくれる事あるんでしょ?」
「あ、はい」
そう言われると日向は俄然やる気を出し始めた。
そして拳を握りしめて決意の表情を浮かべる。
「お、お礼、返し……が、がんばりまふ……!」
ただ、
「……いや、何でそんなに真っ赤になってるのよアンタ?」
「うあ……そ、それはその……なんでもないです……!」
ぼふんっと顔を赤くさせて縮こまる日向の様子にエリカは怪訝そうな表情を浮かべた。
おおよそ、今日の為に自分を誘った時と比べて何か反応が違う。そうまるで――意図しないものに当たってどこか動揺している様な。
「そう? その割に何か真っ赤だけど」
「エリカさんがかわいーから赤くなっちゃうだけです……!」
「アンタその超理屈止めなさいってば、お願いだから、ねぇ!?」
(来て早々なのに動悸が嫌に激しいわね今日の私……! まだまだランニングによる体力づくりが足りなかったみたいねッ!)
エリカも超理屈で自分を落ちつけようと必死だった。
そんなエリカを赤い顔で見つめながらおずおずと日向は言葉を紡ぐ。
「その……」
「なに?」
「エリカさん、ああ誘っておいてアレなんですが……」
「何よ?」
不思議そうにするエリカに対して日向は意を決して告げた。
「手――握っちゃダメ、でしょーか……!」
「手?」
エリカは何となく自分の手を見た。
手を握りたい、と。そう言った様だ。
「……なんで?」
不思議そうに柳眉をひそめて返す。
その反応のエリカに対して日向は赤くなりながら答えた。・
「エリカさんの手、握っていきたいなーって思いまして……」
「いや、そう言われてもね……」
そこまで言われてエリカは多少気恥ずかしくなって頬をかく。
男子と手を繋いで歩くと言うのは同年代でやった試しも無い。あるとしても兄のユウマとが関の山だ。
「別に私の手握っても得ないわよ?」
「そんなことないです! エリカさんの手の感触、僕、大好きなんです!」
「そ、そうなの……?」
武術だ何だとやってきた手なので普通の女の子の様に柔らかいわけではない手を好きと言われても困惑するし、なんとなく恥ずかしかった。
「それに、あの日に握って貰えて……嬉しかったですし」
「あの日……ああ、まあ、確かにね」
血塗れで紅茶店目指すわけわからない事態だったのは記憶に鮮明だった。
「それとエリカさん大好きなので手、繋いで歩きたいです!」
「そこは言わなくていいわよ!?」
相変わらず少し気を抜くと恥ずかしい台詞が飛び出るのでエリカは少しだけ動揺する。
だが「仕方ないわね」と軽く咳払いした後に、右手を差し出した。
日向は輝く様な笑顔を弾けさせた。その様に「本当子犬みたいな奴ね」と照れながら零す。
「……ほら、これでいいんでしょ?」
「はい、うれしーです♪ わー……♪」
繋いだ手の感触を確かめる様に軽くにぎにぎして顔を輝かせる。
「に、にぎにぎしないのっ!」
「あ、すいません、嬉しくって♪」
「手、握ったくらいで何を嬉しがってんのよバカ」
恥ずかしそうにエリカは小さく怒鳴る。
「エリカさんの手、好きな感触なんです♪」
「あー、はいはい。わかったから」
「エリカさんの肌すべすべで白くて綺麗ですし♪」
「あー、はいはい、って言うかどこ見てんのよスケベ!」
「それとエリカさんが大好きです♪」
「アンタ一回本当黙りなさいよ! ねぇ!?」
エリカにどう怒られると「何でですかぁー!?」と悲しげな日向であった。
だが当然ながらエリカとしては手を繋いでいるので距離が間近な為に発言が今まで以上にダイレクトになってきたので繋いだのは失敗かな、と若干思ったのだが、横で日向が嬉しそうで頭を抑えたくなってくる。
とにかく話を進めてしまえば何かしら変わるだろうとエリカは考えた。
今日の流れも気になるので日向へ問い掛ける。
「――で? 結局のところ、どこで何をするわけ?」
そうして若干拗ねた様な気配を醸し出すエリカに対して日向は、
「むすっとしてる顔も可愛いなぁ……」
(むすってしてる顔も可愛いですよねー)
と、内心で零しながら「は!?」と言うエリカが再び顔を朱に染めた事に気付く気配を見せないまま前を進みつつ「えーとですねー」と思考を働かせる。
「エリカさんは何処か行きたいところありますか?」
「いや、アンタ今何を――ああ、いえ、やっぱいいわ気にしないでおくから……!」
「何がでしょうか?」
ほにゃーと小首を傾げる日向を見てエリカは若干肩を震わせた様子であったが胸囲の精神力を以て平常心を務める。
「ええと私? そうは言っても、特にコレと言ったとこは思いつかないわね。生憎とそう言うの詳しいわけじゃないし……」
やはりそうなのか、と日向は思った。
ユウマに訊いていた通りにぶらぶら遊びに出掛けたりする事がほとんどないらしい。
「とすると……そうですねー」
「……何か考えて無かったの?」
「考えてはいたんですけど、エリカさんの意見も訊いておこうかなって思いまして!」
「ふーん? ま、ありがとね」
「はいっ♪」
日向は嬉しそうに頷いて返した後に、
「それじゃあやっぱり当初通りに街中ぶらぶら歩いて見るのはどうでしょうか?」
「街中を?」
「はい! エリカさんが入った事のないお店とか色々!」
「へー……」
エリカは少し興味を惹かれた様子で相槌を零した。
「あ、欲しいものがあったら言ってください。お金はちゃんと用意してきましたから!」
「え? いや、でも、それは悪いわよ……」
そこでエリカは少し萎縮した様子を示す。
そんなに高価なものを買われても困ってしまうのだ。
「エリカさんへのお礼だから気にしなくていーですよ?」
「う、うーん、そうは言ってもね」
渋る様子のエリカを見つめながら日向は何処か嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「お願いです。僕がどうしてもエリカさんにたくさんお礼返したいんです♪」
「……」
無邪気な笑顔でそう告げられてエリカは何とも気恥ずかしそうに頬を掻いた後に、
「……しょーうがないわね、アンタって奴は本当に」
と、可笑しそうに微笑んだ。
「じゃ、しょうがないから乗せられてあげるわよ。でも、お金本当に大丈夫なんでしょうね?」
「はい。今日はたくさん持ってきましたー♪」
「そっか。なら今日はよろしくね、弦巻」
「任せてくださいエリカさん♪」
――そうして晴天の下、日向とエリカの日曜日の晴れ舞台が幕を開くのであった。
3
そうして日向とエリカの二人が歩き始めていくと眼を惹く大きな建物が見えた。
薄紫色の綺麗な建物であり、雑貨店『ヴィア・ラークテア』と言う名称が看板に刻まれているのを確認する。
「こことかどーでしょうか?」
「雑貨屋さんね?」
「はいっ」
「確かに雑貨屋なら色々あるわよねー……。それに来たことないお店だわ」
見てみれば店としても新しいのか新築の気配がした。
「入ってみますか?」
「ん、そうね。折角だし」
「じゃあ行ってみましょう!」
「ええ」
日向も関心を示している様で二人して少し興味を惹かれながら入店する。
店内へと足を運んだ二人はその洒落た内装に感嘆を零した。壁面の色は目に優しい、白色にアクセントとして所々にラインやクロスが見えるヴァイオレットの色彩。店内の所々に吊り下げられた惑星と思しき模型が何とも装飾として華やかである。
店員と思しき女性が「いらっしゃいませ」と礼儀正しい声で迎えてくれたのに対して軽く会釈を零した後に店内を歩きはじめる。
「この辺りはそんな来なかったけど、良さそうな雑貨屋さんね」
「エリカさんは雑貨屋さんとかは来た事あるんですか?」
「まぁ、小さな買い物とかの時にね」
エリカは肩を軽くすくめてそう零す。
「けど結構大きいお店よね、ここ」
「ですね。少し見ていきましょうか」
そう会話して二人は雑貨屋の内部を見て回る。日常品から食料品にキャンプ用品の様なものまで多種多様に取り揃えられていた。
「わー、これ面白いですね」
「ふーん、ハンバーガー型のメモ用紙なのね」
「こっちのコレ、消しゴムでしょーか?」
ついで目についた比較的大きな消しゴムと思しきものを手に取る。
「消しゴムっぽいけど……わ、何か出た」
「……ペンですね」
「消しゴムにしか見えない癖してペンに変形とか何がやりたいのよのコレ」
エリカは呆れた様に苦笑を零した。
文字通り『変形!』と言わんばかりの変化だったからだ。
おかしな商品もあるものである。
しかし普通の商品も当然あるわけで、二人が更に足を進めると、日向がなんとなしにコーナーの一角で立ち止まった。
「カチューシャなんかもあるんですね」
「みたいね。私はしないけどね」
「エリカさんカチューシャも似合いそうですけどね」
日向がそう零すとエリカは「どうかしら」と肩をすくめる。
「どっちかって言うと帽子とかだしな私」
「帽子ですか」
「そっ、ぼーし。朝のランニングとかに被ってくのよ」
「そうなんですか」
日向は感心した様子で頷く。
「エリカさんのランニング姿、見てみたいです♪」
「そんなの見たって何にもならないわよ?」
「でも、エリカさんが走る姿見るの僕、好きなんです」
エリカはそう言われると照れ臭そうに顔を染めながら、複雑そうにしつつ「……ま、ありがとね」と返答した。走る姿も、普段のエリカも好意的に見ているだろう事がエリカにはわかってしまうだけ何とも反応が難しかった。
そんな事を考えていると日向が興味深そうに、
「でも折角の機会ですからカチューシャつけたエリカさんも見てみたいです」
と、言ってきたのでエリカは少し頬を掻いた後に、
「……何かアンタにみられるの恥ずかしいから嫌」
「何でですかぁ!?」
「何でもよ! 大方の反応が予測つくのよ、もう……!」
そう言われてもピンと来ないのか日向は不思議そうに小首を傾げた。
その様子に嘆息を発した後にエリカは無言でカチューシャを一つ手に取ると、
「少しだけだからね」
と、呟いて軽くカチューシャを頭に乗せた。
「わー……! 凄く可愛くて素敵ですね! 似合ってます、エリカさん♪」
嬉しそうに頬を染めてそんな事を言ってくる。
予想通りだと言うのにどうしてこう恥ずかしくなってくるのか赤い顔でエリカはカチューシャを外して元の位置へ戻した。すると、エリカは不意にそのそばにあるカチューシャが目についた。それを見てエリカはしばし沈黙する。
その様子に不思議そうに見守る日向に対してエリカは告げた。
「弦巻」
「なんでしょーか?」
「ちょっとコレつけてみてくれる?」
そう言って差し出したものを見て日向は怪訝そうに眉をひそめる。
「動物耳のですか?」
それは犬耳と思しきカチューシャだった。ふさふさの耳が付属している。
「コレをつければいーんでしょうか?」
「ええ。ちょっと気になってね」
不思議そうにしながらも、エリカに言われた事なので日向は特に嫌な顔も見せず、ぽすっと頭に乗せた。日向の頭部に犬耳が誕生する。
その光景を見守りながらエリカは思った。
(犬耳、すごいしっくりくるわね弦巻って……)
そんなエリカの内心を知る由もなく日向は不思議そうに犬耳をぴこぴこさせていた。
そこから更に物色を続けると今度は見慣れた商品に行き当たった。
「あ、エリカさん、マグカップありますよー♪」
「マグカップかぁ……」
商品棚に陳列された色々なイラストが描かれたマグカップ。
定番的な商品なのだろう、数多く取り揃えられていた。
「折角ですし、どれか買っていきますか?」
「どうかしらね? うーん、色々あるみたいだけど……」
「エリカさんはマグカップとか持ってるんですか?」
「私は別に使えれば特にはね……昔から家にあるやつとかは愛着あるけどさ」
「物持ちいいんですね♪」
「うん。家族でずっと使ってきたからね」
「あ、じゃあこれどうでしょうか?」
「コレ?」
日向がそう言って提示したものは丁度いいサイズの四つのカップだった。クローバーの絵柄が書かれた青、黒、緑、オレンジの四つ一組のカップである。
エリカはそれを見て仄かに表情を明るくさせた。
「確かにコレ素敵かもね。四つ一組かぁ……」
むむ、とエリカは唸る。中々いいデザインなので丁度良さそう、と思ったのだ。
ただ家族用であって、故に日向に買わせるのは申し訳なく感じた。自費で購入しようか検討しかけるエリカだったが、
「じゃあ、コレ買わせてくださいエリカさん♪」
「え?」
嬉しそうにそう零す日向にエリカは申し訳なさそうに柳眉をひそめた。
「いや、悪いわよ。家族分だし」
「いいですよ別に。僕、プレゼントしたいです」
「けど……」
「それにゆーまにもお世話になってますしね」
「……そうなんだっけ?」
「はい♪」
ユウマとそんなに仲が良かった――もとい、関係はあっただろうかとエリカは不思議そうな表情を浮かべた。確かに前に学食で二人が何か話していた記憶はあるのだが、それ以上の事はエリカもあまり知らない。
(ただユウマ、面倒見いいからなぁ……)
眼前のこう『放っておくと危なっかしくてほっとけない』タイプの日向を見て何か思い当たる様な心地になるエリカである。
そんな事を考えている間に日向は商品を籠へ入れてしまった。
「悪いわね。家族全員のぶんまで」
「気にしないでください」
日向は笑顔でそう告げて、
「こういうのご家族で使うの素敵そうだなって思ったので……エリカさんやゆーまみたいな素敵な家族の家で使ってあげてくださいね!」
「……」
エリカは一瞬きょとんとした後に、
「はいはい。じゃあ、遠慮なく、ね」
と、柔和な微笑を浮かべながら小さく肩をすくめた。。
(本当、変な奴なんだから)
嬉しそうにする日向の背中を見ながらそんな事をエリカは思った。
カチューシャは結局購入する事は無く、日向に「買わなくていいんでしょうか僕?」と言う問いかけに「アレはアンタつけちゃダメ」とエリカは軽く忠告し終えた後に、もう少し足を進めていくと不思議な商品に出くわした。
エリカは棚の上の四角形――キューブ状の物体を見る。不思議なもので、一角を使って立つのでひし形に思える代物だった。鮮やかな緑色をしていた何とも華やかである。
「何でしょうか、この四角いの?」
「キューブ状よね。本当何かしら?」
二人して興味深そうに注視する。特に日向は妙に関心を抱いている様子だ。
そうこうしていると二人の様子に気付いたのか若い日本風な特徴の女性店員が近づいてきて笑顔を浮かべながら説明を加えてくれた。
「そちらは『キュービック・フォトフレーム』と申しまして、写真立てになります」
「ああ、写真立てなんだコレ……!」
エリカは得心が言った様子で手の中のフォトフレームを転がしてみる。
どうやら四面にそれぞれ写真を入れて角の一角で立つ仕組みの様だ。中々オシャレなアートであるし、部屋に飾る分には有効的に感じられる。
「はい。ご家族や友人同士の方が良くご購入されますよ」
「そうなんですか」
「ええ」
店員は朗らかに頷いて、
「――また、御二方の様に恋人同士の方もご購入されますよ♪」
と、口元に手を当てて優しく見守りながらもどこかからかう様な所作でそう零した。
どうやら恋人同士と勘違いされているらしい。
当然エリカは真っ赤になって否定をする。
「ち、違いますからね!? 私とコイツはそんな仲じゃありませんからっ!」
「あら、そうなのですか? それは失礼致しました」
店員は柔和な表情で謝罪を入れてくる。
エリカは安堵した様子で「ええ」と頷いて返した。
「別にコイツとはそんな関係じゃなくて、唯の同級生でクラスメイトなだけですから」
「そうでしたか。仲がよろしいのですね」
そう言われるとエリカは少し照れ気味に言葉を濁した。
「仲は……まあ、他の男よりかはそう、なのかな」
「ふふっ♪」
微笑ましげな表情を浮かべるのでエリカは「とにかく違いますからっ!」と再三店員に対して釘を刺しておく。しかし店員は「はい、わかっておりますよ」と笑顔で頷いて、
「ただ、先程からそちらのお連れ様は『どーきゅーせー……くらすめいと……なだけ……』ととてもとても悲しそうにしておられますので唯の友人関係では無いのですねー、と思いまして微笑ましいなと思ってしまいまして♪」
「ふぇ!?」
エリカはバッと日向を振り返った。
すると確かに日向が悲しげにしょぼんとした表情を浮かべて「ただのどーきゅーせー……」と言った旨の言葉を繰り返していた。
「な、何でそんな悲しそうにしてんのよアンタは……!?」
「よくわかんないけど何だかしゅんってなりましたー……」
あからさまに気落ちしている日向を前にエリカは狼狽えてしまう。
そんな様子のエリカを見守りながら女性の店員は「頑張ってくださいねー」と笑顔を浮かべながらそそくさと去っていく。
「お邪魔虫はこの辺りで空気を読みますので、ごゆっくりどうぞお客様」
「店員さんも変に気遣いしなくていいから!?」
呼び止めようとしたかったが、呼び掛けてくる声にエリカは動揺しながら掴まってしまう。
「エリカさん、エリカさん」
「あ、アンタはそれで何なのよ!?」
「何だか不思議でした……」
「……な、何が?」
「えとですね」
と、一拍隙間を置いた後に日向は不可解そうな表情で零す。
「エリカさんに唯の同級生とかクラスメイトって言われたら何だか胸が苦しくなったんです」
「……はい!?」
「でも別におかしくないですし、言ってる通りなのに、どーしてそんな風に思ってしまうのかよくわからなくて凄く謎です……!」
「んな……!?」
不思議そうに頭に疑問符を浮かべながらそう手際よく心中を暴露する日向に対してエリカは次第に顔を真っ赤に染め上げていく羽目に陥ってしまう。
「な、なな、なななな……!?」
「エリカさん、どーしたんですか?」
小首を傾げる日向にエリカは真っ赤になって怒鳴った。
「ど、どうもこうもあるかバカッ! そ、そんなおかしな事面と向かって言うバカがどこにいるのよ、もう!」
「そんなにおかしな事言ってしまいましたか僕!?」
ガーン、とショックを受けた様子で日向が狼狽する。
エリカは力強く頷いた後に、
「お、おかしいでしょどう考えたって! アンタと私は唯のクラスメイトなんだし変なとこなんて何一つ無いの! いい、わかった!?」
「でも僕、エリカさんとは唯のクラスメイトとか同級生じゃヤです」
「にゃあ!?」
エリカは素っ頓狂な声を上げて顔を真っ赤にする。
柳眉を潜めながらそう零す日向はおそらくは無自覚――と言うか心中に浮かんだ事をそのまま言葉に変換しただけなので全く平然としていた。唯一は先程からの何が嫌なのか自覚が無いと言う事だけである。
「た、唯の同級生が嫌って、あ、あん、アンタは何言って……!」
「だってエリカさんとはもっと親しくなりたいです! 親密がいーです!」
「親密の意味合いわかって言ってんでしょうねアンタはさぁ!?」
「凄く仲がいいって事ですから、おかしくないです」
「や、た、確かにそうなんだけどね……!?」
ただもっと別のニュアンスに使われる言葉なわけで――エリカはそこまで考えて眼前の素直な少年の扱いに動揺を隠すのに必死であった。
「むー……、何がヤなのか自分でもよくわからないですけど、エリカさんとはもっと仲良くなりたいです」
「だ、だからね……!? だ、第一何で私相手になのよ!」
「エリカさん、大好き、ですから、その……」
カーッと真っ赤になって言ってくる日向にエリカは「ああ、もう……!」と真っ赤な顔で肩を震わせてコイツ本当にどうしてくれようか、と羞恥に身を染める。
「エリカさんと仲良いのがいーです……!」
「や、だから――ああ、もうとにかくそんな熱い眼差し向けてくんじゃないわよ!」
「あっ」
そう言われると日向はぽふんっと顔を赤らめた。そしてわたわたと慌てて弁解する。
「す、すいません。ジッと見つめてしまって……!」
(良かった。コイツもしっかり恥じらいあるんだ……)
エリカはホッと胸を撫で下ろして赤いくなってしまった顔の熱を冷やそうと深呼吸を――、
「エリカさんの事見てると不思議と眼を惹かれてついジッと見ていたくなってしまうんですよね前々からですが。凄く綺麗だし、可愛いので、失礼かなって思ってしまうんですが、どうしても見ていたくなってしまいまして――」
「私、ちょっと他のとこ見てくるからアンタは少しここいなさいね!」
そこまで言われてエリカは猛然とダッシュした。
遠ざかる背中。風に舞う後ろ姿にしばし見惚れた日向だったがハッと気が付くと、
「……エリカさん、どーしたんでしょうか?」
そそくさと去って行ってしまったエリカを日向は不思議そうに見送った。
気になる商品でもあったのかもしれない、と考えて「それならうれしーですかね」と柔和な微笑を浮かべて日向は頷く。そうなると少し時間を置いてからエリカを追った方が選ぶ時間もあっていいかもしれない。
そう考えた日向は折角なのでエリカとは別に商品棚を見て回る事とした。
ザッと並ぶ凝った品々はどれを見てもユニーク、と言うか個性が光る一品があり、または定番とも言える商品がずらりと並んでいた。
「……何かエリカさんが喜ぶ品があればプレゼントするのも手でしょうか?」
だが自分が渡して受け取ってくれるのかどうかが若干不安であった。
そんな事を考えながら歩く日向だったがある一角で立ち止まる。
「これ……凄く綺麗だな」
陳列された品の一つに手を触れながら日向はそう零した。
(エリカさんに凄く似合いそうです……!)
ただ問題なのは、
(けど流石にこれはもっと身近な人が渡すものですよねー……)
自分とエリカとの距離感は測れているわけではない。
日向としてはエリカとは親しくしたい気持ちでいっぱいだが、エリカ本人がどう感じているかはとんとわからなかった。これを渡すのは躊躇いが募る。
「お客様、そちらをお求めですか?」
そこで不意に隣から綺麗な女性の声がした。
先の店員とは別の小柄な体躯の店員と思しき女性であり、キラキラとした銀髪が鮮やかな美人で日向は驚くが何故だか傍にいる事が心地よく感じる。女性の放つ柔和な雰囲気の所為だろうか。
「あ、そのどうしようか迷ってるって感じでしょうか……」
「そうでしたか。大切な方への贈り物ですか?」
「はい、大好きな女の子なんです♪」
「なら、折角ですのでお求めになられるのもよろしいかと思いますよ?」
「どーしてですか?」
「それはですね――」
店員の女性は優しい微笑を浮かべながら、日向に対して静かに告げた。
日向の元から一定の距離に離れたエリカは赤い顔で息を零した。
「ホント、アイツ率直に口にし過ぎでしょ……」
おおよそ人生で出会った中では一番と言えるくらいに、日向は恥ずかしい台詞ではなく恥ずかしい事ばかりを言う人種である。生まれてこの方あそこまた明確に好意をぶつけられまくった経験は無いとエリカは言えるくらいだった。
「あの、天然素直バカはもう……言動どうにかしなさいよ」
赤い顔で愚痴を零しながらエリカは気まぐれに商品棚を見やった。
するとどうやら、この場所はキーホルダーを配置しておく場所の用で、ずらりと並ぶ多彩な品々が陳列されていた。
「キーホルダーかぁ。お土産でたまに貰ったりとかはしたけど……」
欲しいものやら、好みのものとなるとエリカはどうにもパッと思い浮かぶタイプではない。より厳密には贅沢を左程しない少女だった。
「改めて見るとやっぱ、色々あるものなのね」
そうしてエリカはじーっとつるされている商品を見ていく。
(ハートを囲う鴛鴦のキーホルダーかー……母さん達とか夫婦仲凄くいいし似合いそうよね。こっちの何かやたら凛々しい犬はユウマに似合いそうで……、あ、兎もある。初音に似合いそうな感じね、これは。で、こっちのは真美が似合うんだろうけど……)
さーっと見ていくキーホルダーの列を見ながらエリカはそんな事を考える。
自分の欲しいものというよりかは知人友人家族と言った人達のものをごく自然に考えてしまうのもエリカと言う少女の性質であった。
(……コレはアイツ欲しがりそうよね)
そしてまた一つ、あるキーホルダーに目をやってエリカは逡巡する。
しかし気恥ずかしい想いがさっと走ったのでぷぃっと目を横へ逸らした。
すると、エリカの目に不意に止まったものがあった。
(……これ……)
エリカは思わず手を伸ばした。
つい気を惹かれたものがあったのだ。しかし伸ばした手が不意に誰かの指に触れた。
『あ』
お互いに手が触れ合ってぽつりと声が漏れる。
そうして互いに右へ左へと顔を向けると、そこには一人の少女の面貌があった。エリカが綺麗な茶髪なのに対して相手は鮮やかな金髪の持ち主であった。瞳の色はエメラルドを思わせる鮮やかな色彩だが、どこか顔立ちに日本人のものがある事からハーフ、クォーターの可能性をエリカは考慮する。服装はノースリーブの涼しげなTシャツに、ジーンズとエリカの服装に似ているが、ジーンズは太ももが露出する程に大胆にカットされているのでエリカとしては絶対に着ないだろう脚絆であった。
相手もエリカを見て、その容姿に眼を惹かれたのだろう。しばしじっと互いに見てしまった後にパッと手を引いた。
「わ、わりーな」
「い、いえ、こちらこそよ」
別に気まずくなる必要も無いのだが不思議とそんな空気になってしまい互いに軽く頬を書いて苦笑を零した。
「なんだ、びくったぜー。『お、いいの発見!』って手を伸ばしたらぶつかっちまったから」
「ああ、そっちもなんだ? 私もそんな感じね」
そっか、と相手は微笑を零す。
そして一拍隙間を置いた後に少女はエリカへ問い掛けた。
「好きなのか、ブルドック?」
「家で飼ってるのよね。その子に似てて」
「へー、なるほどなあ。あたしは犬系が好きでさ」
「ああ、そうなんだ?」
「おう。あのもふもふさとか頼り甲斐とかたまんないんだ」
ニシシ、と快活な笑みを浮かべて少女は犬についての魅力を語った。
口調こそ粗雑、と言うか男性的だが気安さがあるのでエリカは何となくいい感じに思えた。服装の他に体の所々にアクセサリーがあるので、どこかチャラチャラした印象だが、本人が妙に気さくな性格の為か気にならず、むしろ活発さを印象に抱いた。
少女は満足した様で口を閉ざすと、先程手を伸ばしたブルドッグのキーホルダーを一つ手に取った。
「しっかし、良かったぜ。数がまだあるからあたしも買えそうだ」
「別に、一個だったとしても譲るわよ?」
「えー、それこそあたしだって譲るぜ? ペットに似てんだろ? 買っておけって」
「うーん。まあ、そこはとりあえずアイツが来てからかな」
「アイツ?」
きょとんとする少女にエリカは一瞬言葉に詰まった。
いや、単純にクラスメイトの男子と言えばいいのだが、一緒に行動しているとなると勘繰られそうと言うか、そもそも出会ったら確実に誤解される気がした。しかし言葉で取り繕っても仕方がないので素直にこう零す。
「あー、まあ、クラスの男子って言うかね」
「へー、彼氏?」
ニタニタした楽しそうな笑みで返された。
予想通りの反応にエリカは嘆息を零しつつ訂正を入れる。
「違うわよ。ちょっと事情で今日付き合ってるだけで」
「ふーん? けどまあ、彼氏でも驚かないぜ?」
「何でよ?」
「だって美人じゃんか、あんたさ」
お世辞も何も篭ってないであろう、さも事実とばかりに告げられた言葉にエリカは一瞬きょとんとするも肩をすくめて返した。
「別にそんな事ないわよ?」
「謙遜しなくていいって。あたしが見てきた中でもダントツ上位だぜ?」
「そんな事ないわよ。むしろ、そっちじゃないの?」
「ははは、それは否定しねーけどさ」
からからと笑いながら少女は返す様に少女の容貌はまさしく美少女と言って差し支えないものであった。純情清楚ではないし、モデル風でもない、しかし溌溂とした華やかな容姿は紛れもない輝きを持っていた。
「でも、そっちも相当だと思うぜ?」
「そんな事ないんだけどね……ま、ありがと」
エリカは小さく微笑んで返す。
おう、と元気よく少女は応答する。
「けど、そっかー。彼氏かー。どんな感じなん彼氏って?」
「いや、だから彼氏じゃなくってね……」
エリカが反論を零そうとするが次に出た言葉に一瞬言葉を切ってしまう。
「あたし、男苦手だからわかんなくってさ彼氏とかってどんなんか」
「え?」
そうなの? と、返すエリカに少女は苦笑しながら頷いて返した。
「ま、昔ちっとあってさ。それで男苦手なんだわ。ただ、彼氏とかってどんなんかちょっち興味も湧くかなーって微妙なお年頃ってやつかな」
「へー……」
男が苦手、と言う言葉に少なからずエリカは共感を覚えた。
「そうなんだ。でも、悪いわね、私も彼氏とかはよくわかんないわよ」
「そーなん?」
「ええ。私も男は苦手な方だから」
「へー、じゃあ彼氏はそんな男らしくない感じなのか?」
「だから彼氏じゃないってば。――まあ、男の子っていうよりかは、女顔だし、妙にほわほわした印象の奴だけどね」
「ふーん? で、問題の彼氏は今は別行動なわけ?」
きょろきょろと視線を配る少女に「だから彼氏じゃないわよ!」とエリカは赤い顔で訂正を示しつつ、
「まあ、ちょっと置いてきて来ちゃったって言うか……」
「置いてけぼりか」
可笑しそうに少女は笑った。
「し、仕方ないのよ。――妙に人に懐いてくるって言うか、一緒にいて少しだけ、本当少しだけよ? すこーしだけ恥ずかしくてさ……」
特に先程の言動はあまりにも好意が感じられるもので、思い出してもエリカは顔が熱くなるのを感じて日向を殴りたい衝動に駆られるくらいだった。
その様子を見て少女は快活に微笑を浮かべる。
「なんだ、ラブラブみたいじゃんか」
「らっ!? そ、そんなんじゃないわよバカじゃないの!?」
「でも彼氏、あんたの事大好きみたいじゃん」
「うぐっ」
エリカは顔を赤くして呻き声を零した後に「あ、アレは懐いてくるだけっ!」と腕組みしてツンをそっぽむく。
少女は「ふーん」と可笑しそうに呟いた後につるされている数種のキーホルダーを軽く手でなぞる様に触れて、
「選んでやったらいいんじゃね?」
「……何が?」
「いや、キーホルダー。折角ここに足を運んでるんだしさ」
少女がそう告げてエリカは「う」と声を零した。
「え、だって彼氏、好きなんだろあんたの事? 喜ぶんじゃね?」
「す、好きとかじゃないわよ、アイツのアレは懐いてるだけなんだってば!」
「へー、さいですか」
「……信じてないわね?」
まな、と笑顔で首肯を返してくるのでエリカは思わず嘆息を浮かべる。
そんなエリカに対して楽しそうに少女は告げた。
「いや、だってさ。どう訊いてても、そっちの事、好きそうじゃんか」
そう訊いて「……うるさい」とエリカは恥ずかしげに零した。
そんなエリカの様子を見ながら可笑しそうに苦笑を浮かべると、
「ま、選ぶ選ばないはそっちの自由だもんな。あたしはこの辺で撤退するとするぜ」
「あ、行くの?」
「おお。この後バイトもあるからな」
「そっか」
エリカは「頑張ってね」と軽くエールを送る。
少女は嬉しそうに顔を綻ばせると、
「話せて良かったぜ。んじゃ、また機会があったらな」
「そうね。また機会があれば逢いましょ」
二人はそう言葉を交わすと別れた。
しかし、歩き始めて僅かして少女が不意に立ち止まるとエリカの方へ振り向いて。
「ああ、そうそう自己紹介してなかったな。――あたしは小鳥遊爽って言うんだ」
「小鳥遊ね。私は新橋エリカ。よろしく」
「おう、じゃあまたな新橋!」
そうして二人は明るい空気を纏いながら離れていった。
「あ、エリカさんです♪」
そうして少しした頃に日向はエリカの姿を見つけると嬉しそうに寄ってきた。
エリカは一旦別れる前の日向の言動を不意に思い出し掛けて赤い顔でむっとすると日向に対して少しつっけんどんな様子で腕組みしながら日向を迎えた。
「エリカさん、エリカさん♪」
「ん、何?」
「呼んでみただけです♪」
「だから嬉しそうに私の名前を毎回、連呼しないの!」
もう、とエリカはツンと言い放った。
(ホント、コイツって人の名前をどうして嬉しそうに毎回呼ぶかな……!)
その度に何処か嬉しそうな気持ちが伝わって何とも面映ゆいエリカである。
「それで何か見てたんですか?」
あの後そそくさと消えたので何かを見に行ったと思われているのだろう。
日向のその様子にエリカはまさか恥ずかしくなって精神統一の為に離れたとは言ったら負けな気しかしないので「まぁね」と呟いてキーホルダーゾーンに目を配った。
「へー、キーホルダーですかー……!」
「結構種類豊富なもんよねーって感心しちゃったわよ」
「キーホルダーですからね。けど、ここ多いですね……」
種類の豊富さに日向も驚きを浮かべた。
「それで何か気に入ったものありましたか? あったらお金出します……!」
顔でやる気に満ち溢れていた。
エリカにお礼を返したいと言う気持ちがぽわぽわ出ている。
(やっぱり、予想通りの反応よね)
小さく苦笑を浮かべた後に、その意気を汲んでやるか、とエリカは一つ手に取った。
先程のブルドックのキーホルダーである。
「ブルドックですかー。可愛いですねっ」
「ん、そう?」
「はいっ♪」
手の中のキーホルダーを弄りながらエリカは仄かに嬉しそうにした。
「コレねー、ウチのペットに似てるのよね」
「エリカさんの家ペット飼ってるんですか?
「言ってなかったかしらね。ゴン太って言うブルドックなのよ」
「ゴン太ですか……!」
感心した様子を浮かべる日向を見ながらエリカは何となく、
(弦巻とゴン太って相性どうなのかしらねー)
と言う感想を抱いた。
なにせ子犬の如きオーラが自分の前では終始漂う少年なので、若干好奇心が湧いた。
「ま、何にせよこれ買っておこうかなって思ってね。買ってくれる?」
「はい、任せてください♪」
嬉しそうに日向は首肯した。
本当に嬉しそうなので思わずエリカは呆れた様に笑顔を零す。
その後、エリカは近場に見えた一つのキーホルダーを見やる。
丁度ブルドックのキーホルダーのすぐ傍にある一品を。僅かに逡巡を感じたが、先程の日向の嬉しそうな顔に仕方ないわね、と穏やかな表情を浮かべて手に取る。
「……それとコレも私の方で買っておこうかしらね」
「そっちもですか? ゆーまとかのでしょうか?」
キラリと輝く品を見て日向はそう呟くがエリカは首を振った。
「ううん、コレはアンタへ、かな」
「アンタさんですか!」
「何よそのサンタさんみたいな響き」
アンタさん、等と言う人は存在しないのだが、日向は自分に買って貰えるとは思っていなかった様で不可解そうな表情になってしまう。
「そんな怪訝そうな顔して、どうしたのよ?」
「あう、だって……僕、エリカさんにそんな買って貰える様な事してないです」
「まあ、確かにね」
エリカは苦笑を零した。
実際、学院ではエリカの方が日向の面倒を仕方なしにみたりした事は多々――それはもう多々あったが、日向の方からエリカに何かを返せたかどうかで言えば、迷惑を返してばかりなので日向のしゅんとした態度と疑問は当然であった。
「迷惑ばっかなのに、申し訳ないです……」
「そんな気にしなくてもいいわよ?」
「でも……」
しょんぼり気味の日向にエリカは優しい表情を浮かべる。
「ま、今日色々頑張ってくれるってんならアンタへのエールとか――後はそうね。遅まきながら学校へ来れたことへの退院祝いとかで考えればいいわよ」
「退院祝い……」
「そ。それじゃダメ?」
ダメ押しする様なエリカの言葉に日向は根負けした様に「ダメじゃないです」と恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑顔を零した。
「じゃ、これは私が買ってあげるわよ」
「ありがとーございます」
「どういたしまして」
そう答えるエリカの手に輝くのは青い立体的な四角形を更に四角形のリング状が囲んでいると言う近代的でスタイリッシュな印象のキーホルダーだった。
4
雑貨屋を後にした二人は再び街中を散策し始めた。
――なのだが、店を出る際に銀髪の店員が小さく会釈を交わして、何故か微笑ましそうな視線をエリカに向けてきたのが不可解だった。
「ねぇ」
エリカは軽く日向に尋ねかける。
「何か、最後に挨拶してくれた店員さん、私話してなかったんだけど――もしかしてアンタまた何か変な事言ってたりしてないでしょうね?」
「え!? あ、や、いえ、そんな事ないです……!」
「本当でしょーねー……」
ジト目で日向をじっと睨むと日向はぽふんっと顔を真っ赤にし始めた。エリカはそれを不思議に思いながら「やっぱ、何か話したのね?」と言葉を発するが「な、なんでもないですもん」と日向は真っ赤になりながら口を閉ざす。
「ま、いいわ。……訊くとどーせ、恥ずかしい気がするし」
毛先を指で弄りながらエリカはそう零す。
どんな会話をしたのやら、と思うが無理強いは良くないし、何より訊いても心臓に悪い予感しかしなかった。対する日向はホッとすると同時に少し悩みを抱えていた。
(……僕ちゃんとお礼出来てるんでしょーか……。エリカさん前にすると何でか興奮しちゃって嬉しくなって……僕ばっかり楽しんでたりしちゃうのかな……)
エリカと一緒にいるのが嬉しくて仕方ない。
お礼を返す事も頑張りたくて仕方がない。
だけど――エリカを喜ばせる事は出来ているのだろうか?
日向はそう考えて思考を悩ませる。
(自分ばかり楽しむんじゃダメですもんね……!)
頑張ろう――そう、意気込む日向が不意にエリカの様子に気付いた。
何やら視線がある場所へ向かっていた。
そこはゲームセンターであった。
「……エリカさん、ゲームセンターに興味あるんですか?」
「え?」
そう言われてハッとした様子でエリカが振り返る。
「あ、いえ、どんな感じなのかなーってくらいよ? アンタが言う行った事無い場所って考えて私が普段行かないとこならどこかしらねーって思ってたら、なんとなく、ね」
エリカは「可笑しいでしょ」と苦笑を零して肩をすくめる。
確かに普段寄り付かなそうな印象だから日向はなるほどと得心がいった。
そこで物は試しに問い掛ける。
「……寄ってみますか?」
日向の問い掛けにエリカは少し逡巡する。
ゲームセンターと言うの自体に興味がないわけではない。話しには訊いているが、お金もそこそこ使用する事になるだろうと言うのは当然あるが、それ以前に、
「……入って平気なの? 不良とかって良く耳にするけど」
不良のたまり場と言う話をよく耳にする。
特にエリカも知っている話だが、この周辺には不良が多いと言う話をよく訊いたりもしている。エリカは不良が怖いわけではないが、今まで生きてきてつっかかられた経験がかなり多い為にいい印象は左程無い。無用なトラブルは願い下げであった。
「この辺りなら大丈夫だと思いますよ?」
「そうなの?」
「はい。特にこの店の店長さん強いですし何かと。熊なら一撃です」
(……。横浜市内ってどうなってんのかしらね?)
そんな事を思いつつもエリカは「ううん」と悩んだ。入ろうか入るまいか、折角なので一度くらいは経験してみるのも悪くはないだろうかと思考する。
そんな事を考えていると日向が笑顔を浮かべてさらりとこう告げてきた。
「大丈夫ですよ、もし何かあっても僕全力でエリカさん守りますしっ!」
「別に自分のみは自分で守れるからいいわよっ」
何故だか少し気恥ずかしくなってそっぽ向きつつそう零す。
「……けど、ま。そんなに言うなら入ってみようかしら」
「はいっ♪」
日向は嬉しそうに頷いた。
相変わらずどうしてそんなに嬉しそうにするのかしらね、と小さく零しながら日向に連れられる形で店内へ足を運ぶ。
いざ入ってみると店内では大勢のお客さんでにぎわっていた。
若い男女も多いいが、孫を連れた老人の姿も目に付く。
「へー。意外と雰囲気悪くないのね」
「そうですね。昔は不良の溜まり場だったかもしれませんけど、今時はカップルがデートに使ったり俗に言うオタクの方だったりが景品求めてとかもあるそうで、むしろ不良の人はそこそこ排斥の憂き目にも遭ったりしちゃうらしいですよ?」
「弦巻、何でそんな事知ってんのよ?」
「時々ゲームセンターでもバイトしてたからですね」
えへへー、と自慢げに告げる日向に「なるほどね」とエリカは率直に返す。
「それでエリカさん、どれしてみますか?」
「……どれって言われたって私良く知らないし」
「うーん……じゃあ定番のモグラたたきとかどうでしょうか?」
「ああ、それならわかるわね」
日向の提案にエリカは快諾する。
詳しくないと言ったってモグラたたき程にメジャーなゲームならばエリカも知っている。それに動きが重視されるゲームとあって比較的自分でもやりやすいだろうと頷いた。
日向はそれを訊くと近くの両替機で小銭を大量に入手してくると、エリカの手を引いて『モグラたたき DX』と言うゲーム台に足を運んだ。
「これで叩けばいいわけよね?」
「はい、そーですよ」
台の上に置いてあるハンマーを軽く手に持ちながら「じゃあお金入れますねー♪」と言う日向の声から少ししてゲーム台が稼働を始める。
すると台の上の穴からゆっくりとモグラが出現し始めた。
(ふーん、意外とゆっくりなのね?)
簡単すぎて素人でもどうにかなりそうだ、と思いながらエリカはぽんぽんとリズミカルにモグラを叩いていく。その度に「どりゅー!」と言う可愛い声と共に沈んでいくのだが果たしてモグラの鳴き声はそんなものだったろうか? と軽く疑問に思うエリカであったが不意に気付く。
(――何か速度早くなってきたわね)
先程までゆるやかであったスピードが次第に速くなっていくのがわかる。
どうやら時間経過と共に数と速度が比例して上昇していくようだ。チラリと上の電光掲示板を一瞥した。するとそこには上位ランキングと思しきものがズラリと並んでいるのを見てエリカの闘争心に火が付いた。
「お、おお……!?」
日向はその光景を見ながら驚嘆する。
穴から飛び出るモグラ達をエリカが凄まじい手腕で叩き伏せていくからだ。その速度足るや穴から微かに頭頂が見えた瞬間に打ちのめしていくではないか。点数が四十、五十とどんどん増えていく。
そして――!
「これで終いよっと!」
ダァン! と、気味の良い音を響かせて最後のモグラを叩き伏せた。
その瞬間にスコアボードに『99』と言う数字が浮かび出て「最高得点!?」と日向がびっくりした声を上げた。
「んー、これ結構スカッとするわね!」
トントンと肩の上でハンマーを跳ねさせながらエリカはすっきりした様な笑みを浮かべた。
「凄いですねー、エリカさん!」
日向はパチパチと拍手を贈る。
「どんなもんよ。ま、最高得点だから一位の人と同じって事かしらね」
「凄いですよねー。僕、最高得点出せた事ないですし……!」
そんな会話をしながら視線を掲示板へ向ける。
そこには本人承諾なのだろう点数の横にハンドルネームと思しきものが光り輝いており二人は満点を叩きだした先人に目を配った。
――ヴァルト 99
「貴方ですか!」「アンタかい!」
どっかで訊いたコードネームであったのは言うまでもない。
モグラたたきを終えて次に足を運んだゲームを見てエリカは「これは?」と問いを発す。
そこには『太鼓の鉄人』と言う名称と共に太鼓をモチーフにしたであろう、子豚のキャラクターがあるが昨今の話題曲のタイトルを叫ぶイラストが何とも愛らしい。
「太鼓の鉄人って言う音楽ゲームです。知りませんか?」
「うーん……ニュースで取り上げられてて耳にした事くらいはあるかしらね」
「楽しいですよー♪」
「そうなの?」
「はい、付属の撥で太鼓を叩くんです。リズムよく」
「へー」
エリカが興味深そうな表情を浮かべたので「実演してみせますね」と告げて日向はお金を筐体に入れた。すると画面上で『太鼓の鉄人』のブタのメインキャラクターがアナウンスしてくれたので日向は『難易度・至難』をチョイスする。選曲は有名なドラマの曲だった。そうして流れ出した音楽と共に画面上に流れていくブタの顔の色通りに表面と縁を叩き分けていく。こぎみよく鳴り響く音が実に心地よい。
そうして高得点を叩きだした後にブタのキャラクターが『もう一回遊べるトン!』と可愛らしい声で発言した。
「へー、なるほどね。こういうゲームなんだ?」
「はい、大体わかったかと思いますが」
「やってみていい?」
「どうぞです♪」
そう言ってバチを手渡すとエリカは同じように操作して選曲する。
そうして撥を振って太鼓の音を鳴り響かせるエリカの姿は溌溂としたもので、日向は明るい表情を浮かべながら太鼓を打ち鳴らすエリカにしばし見惚れるのだった。
太鼓の鉄人を終えた二人は次のゲームを捜し歩きながら談笑を広げていた。
日向は隣を歩く少女に笑顔を向けながら。
「エリカさん格好良かったです♪」
「アレは中々面白かったかな。音に合わせて叩くのも何か爽快感あっていいし」
「最近は家庭用に移植されるくらいに人気ですからね」
「へー、そうなんだ」
エリカは感心した様子で頷いた。
確かにアレは初心者の自分でもやりやすかったし、シンプル故に面白かったので納得のゲームであった。と言うよりもやはり体を動かす感覚が好きなのだろうと自己分析する。
「あ、エリカさんコレどーですか?」
「ん、何よこれ?」
やはりあるのは筐体だが、何か付属品めいたものは存在しない。
あるとすれば下に敷かれたマットレスシートの様なものくらいだった。
「ダンスゲームって言うんです」
「これも音ゲーって奴だっけ?」
「そうですね。音に合わせてステップを刻むゲームです」
「ダンスねぇ……」
エリカは難色を示した。
「私、ダンスとか踊れないわよ?」
「大丈夫ですよ。ダンスって言っても輪舞曲とかじゃなくて、何て言うんでしょうか……学校のダンス部がやるタイプのダンスです。ミュージックビデオとかの」
「そうなんだ。――いやそのダンスも経験無いんだけどね私……」
「画面の映像のキャラの動きに合わせて同じ動きで対応するゲームなので、エリカさんの身体能力ならいける気がします……!」
「そうかしらね……?」
怪訝そうに眉をひそめるも折角なの挑戦する事に決めるエリカ。
いける、と言われても流石に初見のダンスゲームだ。
エリカとしても流石に経験がなさ過ぎて上手く出来るかどうかはわからない。
「変な動きになっても笑ったりしないでよ?」
不貞腐れる様にエリカが釘を刺した。日向は「笑わないですよ」と笑顔で応答する。
そうしてお金を入れてゲームを始めると画面のキャラが実に軽やかなステップを刻んで踊り出した。あまりにも軽やかな動作なので初見のエリカは「くっ」、「このっ!」とついてこうと必死の様子を見せながら足を動かして、腕でキレる所作を見せていく。
そうしてゲームが中盤に差し掛かる頃には日向は驚いていた。
「うわ、凄いです、何かだんだん間に合ってきてます……!」
「まだまだよ全然!」
そう謙遜しながらもエリカの顔には多少の余裕が見て取れ始めていた。
確かに動作は僅かに遅れているかもしれないが、それでも確実に追いついてきていた。そうしてどんどんキャラと同じタイミングで動きを見せていく。
「ははっ」
リズムに合わせて足を動かすエリカは次第に楽しそうに輝く笑顔を弾けさせる。
そうしてゲームが最後のポーズで終わるとエリカは「ダンスって難しいもんねー。けど、これいいわねっ。楽しい」と汗を弾けさせる様な溌溂とした笑顔を浮かべた。
その後に少し柳眉をひそめながら、
「弦巻、悪いんだけどもう一回してもいい?」
「はい、いーですよ。同じ曲でしょうか?」
「ええ」
と、リトライを所望して再び踊り始める。
今度は如実にタイミングとリズムを合わせた動きで煌びやかに。
踊る度に舞い踊る光を浴びた茶色の頭髪がキラキラと輝いていて、楽しそうに笑顔を浮かべるエリカが綺麗で日向はどうしようもなく目を奪われた。
「エリカさん素敵でしたっ♪」
「ん、まあ、ありがとね」
ダンスゲームを終えた後のエリカは上機嫌で応答した。普段、スポーツが好きな少女としては活発的に動けるゲームの方がやはり性に合う様子だ。
「弦巻はダンスしたりするの?」
「僕はダンスはゲームで少ししたりしたくらいでしょうか。……今度、一緒に踊ってもいーでしょうか?」
「そうね、まあ、楽しかったし」
「うれしーです♪」
「そんなに嬉しそうにしなくたっていいでしょ? それで、そのダンス変じゃなかったわよね? ちゃんと踊れてたかしら、私?」
「はい、踊れてました! やっぱり活き活きしてて見惚れちゃいました♪」
「またアンタは変な事言って……」
エリカはむっと顔を赤くしてジト目で日向を睨む。
すると不意に日向の後ろに視線を向けて、不思議そうに尋ねかけた。
「弦巻、これは何なわけ?」
エリカの興味深そうな声を訊いて日向はどれどれと視線を向ける。そこには従来の筐体の他になにやらボクシンググローブの様なものが設置されており、全体的に赤いゲーム機だ。
「ああ、これはパンチングマシーンですね」
「パンチングマシーン?」
「はい。付属のサンドバックを殴って高得点を叩きだすゲームってところでしょうか」
「へー、そうなんだ」
「やりますか?」
日向のその問い掛けに「そうね」と逡巡の様子を浮かべた後に、
「やってみる」
と、告げたので「じゃあ、そのグローブつけてくださいね」と促した。
安全面の問題とあくまでストレートパンチだけと言う事を伝えた後にお金を入れて起動したパンチングマシーンを前にエリカは静かに息を整えた。
(なんだかすごい精神統一してるな、エリカさん)
やはり武道をかじっているから興味を示したのだろうか、と思う日向を余所にエリカは深呼吸をやり終えるとカッと目を見開いた。
そして眼前に現れた画面上のボクサーに視線を送る。
青髪だった。
その色合いを見てエリカは瞬時に隣人を連想する。席が近かったり、今一緒にいたりする終始人の神経を恥ずかしい想いで怒涛に満たす少年のほにゃーっとした顔を浮かべる。
(毎日毎日毎度毎度――人が訊いてて恥ずかしい事ばっか――)
「言ってんじゃないわぁあああああああああっ!」
そして怒号の如き雄叫びを放ちながらエリカはズドン! と、サンドバックがへし折れそうになる程の絶大な一撃を叩き込む。
すると画面上にはとんでもない高得点が数値化された。
本来ならば褒めるべき場面で日向は何故だか冷や汗が止まらず、ダボダボと汗を流す。
そしてそんな日向を余所に、
「ん―――、何かスッキリしたぁ……!」
爽快感に満ちた可愛い笑顔を浮かべて新橋エリカはぐっと背筋を伸ばしていた。
「いや、良かったわねパンチングマシーン♪」
「そ、それは良かったですー」
にこにこ笑顔で歩くエリカの横で日向はそう相槌を返した。
ただ何故だろうかぶん殴られたサンドバックを見ていて鳥肌がたった感覚が忘れられずに日向は不思議と悪寒めいたものを感じ続けている。
「それで次は何がいいでしょうかね?」
「んー、そうね。ただ結構満足はしたのよね、色々やったわけだし」
「確かに定番の奴はやっちゃいましたもんね」
「そうそう、一応アンタが実演してくれたお菓子を掬い上げる奴も見たけど、私、ああいうのは甘くてダメだしね」
エリカがそう言うのはドーム状の筐体で中の御菓子をクレーンで掬い上げるゲームだった。ただしお菓子に興味のないエリカとしては取るだけ無駄だったので日向が実演しただけと言う形になっていた。
「まあ、僕もそんな飴とか食べませんしね」
「なら、その飴とかどうするのよ?」
「後で誰かにでもあげようかと思います」
「それがいいわね」
無駄にするのも良くないのでエリカは納得した様子で頷く。
エリカとしてはゲームセンターと言うのがどういったものか見れたのでこれ以上、ここで足を止めているのも何だな、と思って日向に『そろそろ他の場所行っていいかしら?』と言葉を発そうとした。
けれど、不意に日向が立ち止まったので不思議そうに問い掛ける。
「どうしたのよ?」
視線の先には複数の女子が集まった筐体があった。
「……アレ何でしょうか?」
「アレ?」
日向が興味深そうに視線を向ける対象を見てエリカは「ああ」と呟きを発した。
「プリクラでしょ?」
「ぷりくら?」
「え?」
きょとんとした表情にエリカは思わず首を傾げた。
「知らないのアンタ?」
「知らないです」
これはまた意外な反応が返ってきたわね、とエリカは内心で呟いた。
「アンタ、バイトしたりとかしてたんじゃないの?」
日向はうーんと唸った後に、
「そう言えば、女の子が多いスペースとかは女性の同僚の方に任せてたから……。基本僕はUFOキャッチャーとかクレーン系のゲームだったですし……」
「ああ、そうなんだ?」
「はい。女の人多い場所あって近寄り辛くて……」
頬を掻きながら恥ずかしそうに日向は呟く。
「なに、女の子苦手だったっけアンタ?」
「苦手ではないですけどやっぱり気後れはしちゃうかなーって感じですね。特に一対一だったり大人数だったりだと照れはしちゃいますし」
ふーん、と頷きながらもエリカはふと疑問に思った。
「……その割には私とは普通に話してるみたいだけどね?」
「それはエリカさんと話したいのと好きだからですねっ♪」
「……」
「エリカさん?」
「さ、次行くわよ」
急に踵を返して歩きだ出そうとするエリカを日向は仰天しながらも制止を務めた。
「え、どこへ……!?」
「どこでもいいから次のゲーム探すわよ」
「ええ……!?」
日向が不思議がる中でエリカは背を向けながら顔を真っ赤に染めていた。
(あーもう、さっきパンチングマシーンで折角発散したってのに何でまた積もり始めるのよバカ……! ホントにコイツ素直過ぎて……!)
そんなにさらりと好感を示されても困るのだ。
本当にどうにかしなければ。いっそまたパンチングマシーンをしてしまおうか、と考えるエリカの後ろで日向が「エリカさん、エリカさん」と名前を連呼するので、
「……何よ?」
と、素っ気なく返答する。
「結局プリクラって何なんですか?」
「……」
そう言えばその説明をしていなかったなー、と思いながら丁度いい気を紛らわせる要因になりそうなのでエリカは淡々と説明した。
「簡単に言えば撮影機ね。中に入ると写真機があるからそこで撮影すればシールに加工された写真が出てくるやつで、女子には人気よ。実際、私の友達なんかが持ってて缶ケースなんかに張ってるの見たことあるし」
「へー、そうなんですか。なるほどです……!」
「そうそう。ま、女友達で記念とか思い出にーとかで撮ってるらしいから――」
そこまで言ってエリカはハタと気付いた。
これは拙い、と。日向相手にこんな事を言ってしまったらどうなるか簡単に予測がついたであろうに、どうして一緒にいるとこうも調子が崩されるのかエリカは自分に憤慨しながらも背後の声を訊いたのであった。
嬉しそうなその声を。
「なら僕もやってみたいです! エリカさん一緒にしてほしーです♪」
と。無論、エリカは、
「な、何で私が一緒なのよっ」
どうにか回避せねば、と頭を振った。
「エリカさんと一緒に撮りたいからです!」
「別に私と一緒じゃなくたっていいでしょ! 誰か他の人と今度しなさい、今度!」
「……エリカさんと一緒がいいです」
ちょっぴり悲しそうな声が聞こえてきた。
「そ、そんな顔したってダメだからね?」
「何でですかー?」
「何でもよっ!」
「初めてはエリカさんと一緒がいーです……!」
「や、だからそんな事言われたってね……!?」
どうにか逃げ延びたい――のだが、いつの間にか手を握られている事に気付く。
逃がさない様に――と言うよりかは一緒にいたくて仕方ないみたいな感情が手からひしひし伝わってくるのがどうにもエリカとしてはきつかった。
(でもプリクラよ? 見たことあるけどアレ何か可愛い感じばっかして絶対気恥ずかしい気がするし、男と一緒に映ってるのって大半が彼氏とかなわけで――)
回避せねば。日向と一緒にプリクラなんて恥ずかしくて仕方がないではないか。
折角さっきその羞恥の憤りを発散したばかりだと言うのに――。
結果。
エリカは嬉しそうな笑顔を浮かべる日向と一緒に撮影機の前に立っていた。
心なしか顔は赤い。と言うか真っ赤だったし、むすっとしていた。
「……今回だけ特別だからね」
むくれながら、どうにかそう零す。
そうでも言っておかないとやってられなかった。ただエリカは気付いていないが、その発言は日向を喜ばせるだけだった様で「凄くうれしーです♪」と笑顔が四割増している。
「ほら、ぱっぱと済ませるわよ、ぱっぱと」
「時間そんな掛からないらしいですもんね」
日向は隣で赤い顔でそっぽむくエリカには気付かず、機械を説明通りに動かしていく。
「何か加工とか色々あるらしーですよ、エリカさん」
「最近は確かに加工技術凄いって誰か言ってたわね……ああ、そっか鴇崎と祁答院がそんな会話してたっけ……。けど私達良くわからないし適当でいいんじゃない?」
「そうですね。それにエリカさん加工いらないくらいの凄い美人ですし」
「ゴメン、アンタの頬に赤い痣作るから加工方法見ておいてね」
「え? どういう意味――何で拳を握り緊めてるんですか?!」
赤い顔でぷるぷる拳を握り緊めるエリカを「撮影しますし、怒らないでくださいエリカさん! 怒った顔も可愛いんですけどやっぱり普通の表情の方が――」となだめようとした日向であったがならばとばかりに軽く背中をつねられたのであった。
「フレーム、どーしましょうか?」
痛い……と、切なそうに背中を擦りながら日向は問い掛ける。
「別にアンタの好きでいいわよ?」
「じゃあ、一番人気らしい四番のハート柄なら外れない気がしますし――」
「いや、やっぱり私が選ぶわ!」
「え? はい、いーですよ♪」
どうぞ、と体を避ける日向を一瞥して「全くもう……」と恥ずかしそうに頬を染める。
危うくハートマークの散りばめられた写真が出来そうになったのだからなんとしてでも止めなくてはならないとエリカは動いたのだった。ただフレームはさっと見ただけでかなりの種類があって確かに一番人気にしてしまおう、と言う日向の判断もある種正解に思えた。
その中で不意に目に留まった縁を蝶々が舞っているフレームにエリカは即断する。
これならば一般的だろうと頷いて、
「じゃ、これにしとくわね」
「はいっ♪」
「これで撮影するわけね」
そう呟きながらカメラの方へ視線を向ける。
そこには撮影範囲が映し出されているのだが、
「エリカさんもっと近寄らないと入らないですよ?」
「うっ」
日向との間を開けている為にフレームに収まっていなかった。
かと言ってこの状況ですら相当近いのだ。これ以上近づくと言うのは凄く恥ずかしい。
「エリカさん」
「わ、わかったわよ、もう……!」
だが物欲しげな目で見つめられてエリカは恥ずかしげにしながらも日向の傍へ寄った。
(ち、近い……!)
ほとんど肩が触れ合う距離より更に近い。
と言うか日向が嬉しそうに近づいてくる所為で凄く近距離だった。
「あー、もー」
か細くそんな声を零しながらエリカは視線だけを日向の方ではない横へ逸らす。
そうして撮影が終わったと言う合図と共にカタン、と落ちてきたプリクラを見てエリカは思わず頭を抱えたくなった。
(うわ、私ってば顔赤……ッ!)
それだけではなくこうして見ても日向との距離が近すぎて今にも顔から湯気が出そうになるくらいだ。笑顔で嬉しそうに片手でピースしている日向と比べて萎縮気味に真っ赤な顔で視線を横へ逸らしている自分と言う構図でも失敗したかもしれないと思ってしまう。と言うか恥ずかしい写真が残ってしまった気にすらなってくる。
「エリカさん、エリカさん」
「……何よ? 悪かったわね、何か変な表情で……」
あからさまに視線を逸らしているのが丸わかりだ。
日向が何を言ってくるのか予想ついて不貞腐れ気味に反応を示すと、
「……なんだか、エリカさん凄く表情可愛らしくて、凄く嬉しいです、僕―♪」
盛大に咳込む羽目になった。「こほっ、けほっ」と真っ赤な顔でエリカは咳を吐き出す。
「何でよ!?」
そしてすぐさま食って掛かった。
「だって、エリカさん恥ずかしそうな表情してて可愛いですよー♪」
やっぱり初めてのプリクラで緊張したんでしょうかー、と呟きながらほわほわ笑顔でプリクラを嬉しそうに見つめる日向に対してエリカはもうどっかに逃げたかった。
(別にプリクラくらいで赤くなりゃしないわよ、っていうか原因のほぼ全てアンタなんだからね!? なのに自覚ないとかふざけんじゃないわよ、この鈍感素直バカ……!)
殴ってもいい気がする。本当にそう思うエリカだった。
だと言うのに――、
「凄く嬉しいですから大切に飾っておきますね、エリカさん♪」
そんな笑顔を浮かべられては何を怒鳴ればいいのかわからないではないか。
だからエリカは軽く人差し指で日向の額をツンっと小突く。
「バカっ」
不貞腐れる様にむすっとしながらも赤い顔でそう零すエリカであった。
そうして二人は店を出るべく足を進めていた。
一日全てをゲームセンターで過ごすわけではあるまいし、他に店にも寄りたい、そして何よりも顔が赤くて仕方ないのでエリカはさっさと店を出るべく足を進めていた。そんなエリカに引かれる形で横を歩く日向は、
「もういいんですかエリカさん?」
そう問い掛けると、
「いいわよ。もう結構色々体験したしね」
「なら良かったです♪」
「ん。まあ、ゲームセンターってのも色々発散出来て良かったわ」
「へー。そうなんですか?」
「ええ――それ以上に溜めこむものが無いとは言わないけどねぇ……!」
ギロリ、と赤い顔で日向を睨むものの「どーしたんですか……?」と顔を赤らめて機嫌を窺う様な様子で返された。どうして顔が赤いのかはエリカには謎だったが。
ただ気にしたら負けな気がしてエリカは意識しない様に出口へ向かう。
「――あ」
「ん、どうかした?」
するとそこで日向が声を上げた。
「エリカさん、エリカさん」
「何よ?」
「最後にコレしていきませんか?」
そう言われて日向が見ているゲーム機を一瞥する。クレーンゲームであった。
「ああ、クレーンゲームね。何度か見かけた事あるし」
街中を歩けば普通に見つかるやつなのでエリカも記憶に新しいものだ。
「やった事は――」
「ないわね」
「――ですよね」
「けど原理は流石にわかるわよ。景品を取る奴でしょ?」
「はいっ」
「やりたいの?」
「僕得意なんです、クレーンゲーム!」
へー、とエリカは軽く相槌を打った。
再度首肯すると日向はグッと拳を握って告げた。
「景品のぬいぐるみ可愛いですしエリカさんに取ってみせますっ!」
「……いや、別に私ぬいぐるみは持ってないしいいわよ?」
「……」
日向が凄い目を潤ませた。
「そ、そんな目しないのっ。わかったってば、貰ったげるから!」
「わーい♪」
子犬か、と思わず胸中でツッコミを入れる。
「あ、エリカさんどの子がいーですか?」
「どの子って言われてもね――そもそもコレ何のぬいぐるみなわけ?」
そう思いながらエリカは筐体に飾られている看板を目視した。
「……『あにまトリニティ』?」
「多分何かのアニメとかのキャラだと思いますけど……」
そこには『あにまトリニティ』と言うタイトルと共に三匹のデフォルメされた動物の愛らしいキャラクターが彩っていた。腕を組んでどこかツンとした印象が伺える黒猫のにゃーこ、その隣には何やら天真爛漫な笑顔が印象的なぺろ太と言う犬、更に隣にはクールなすまし顔でそっぽむく狐のリサーと言う三匹のキャラクターだ。
(……何の構図ってかどんなアニメなのかしらね、コレ)
やけにぺろ太を挟むにゃーことリサーがつっけんどんな印象に見えるものでエリカは不思議に思いながら視線を下へ移す。
筐体の中身に大量に入っているのはその三匹の様だ。
「……アンタこれ取れるの?」
「いけると思います!」
本当かしらね、と少し心配する。なにせ結構大き目のサイズなのだ。
「それでエリカさん、どの子がいーでしょうか?」
「うーん……」
そう言われてもぬいぐるみなんて本当に部屋に一つもないエリカである。
だから何が良いかと言われると首を捻るのだが、如いて上げるのならば――、
「……猫、かな」
「にゃーこですね!」
わかりました、と小さく頷くと日向は筐体にお金を落とす。そうすると筐体が動きだし光が明滅し始める。日向は移動ボタンを押してまず横へずらして、にゃーこが取りやすい位置へとアームを移動させた。肝心なのはここからで縦の動きが重要だ。
日向はゆっくりとアームを動かしてピンポイントでボタンを放す。
そうして――、
「……あ」
一瞬確かに掴んだと思ったのだがアームの威力が弱いのかぬいぐるみが重いのかぽろりと零してしまう。エリカは少し柳眉をひそめながら告げる。
「残念だったわね」
「いえ、大丈夫です。このサイズとなると数回は覚悟していましたので」
「……そう言うもんなの?」
そう訊くと日向は小さく頷いた。どうやら何度も挑戦する必要があるらしい。
「……そんなに無理しなくてもいいわよ?」
「うー……でも、エリカさんにいーとこみせたいです」
「……」
何かさらりと恥ずかしい事言われた気がする、と思うエリカであったが多分そんなに深い意味はないだろうと首を振って日向の動向を見守った。
再びコインを投入するも、掴むには至らず配置が徐々にずれていくだけ。
本当に大丈夫なのだろうか、とエリカが見守る中でチャレンジを続けること遂に六回目に突入してしまう。この辺りで止めさせた方がいいんじゃないかしらね、とエリカは少し思ったその時である。七回目にコインを入れると日向の表情が少し変化した。
「よし、首の所にかけられます――いける!」
そう力強く頷いて日向は再びアームを動かした。
すると今まではふわふわで丸みを帯びたぬいぐるみであったが為に掴めなかったのに対して今度はにゃーこの首元――首輪の部分に先端が引っかかる。するとゆらゆらと少し不安定ながらもアームはにゃーこの体を持ち上げて元の配置へ戻り始めたのだ。
「そっか、ずらしてたのって首輪狙いだったのね?」
「はい。大きいぬいぐるみってなると引っかかる部分じゃないと難しいので」
エリカの感心した声に微笑を浮かべながら日向はどすんっと言う大きな音に思わずガッツポーズを浮かべる。そして景品口に手を入れて中のもの――にゃーこを取り出した。
「やりましたーっ♪」
「へー、凄い凄い」
軽くパチパチと拍手を贈る。すると日向は少し頬を赤らめて照れ笑いを浮かべた。
そして少し赤くなりながらもエリカににゃーこを向けて、
「その……はいです、エリカさんっ」
「ん――ま、まあ頑張ってたみたいだしねっ。ありがたく貰っておくわよ、うん」
真摯に見つめられながらなので多少気恥ずかしく想いながらそれを受け取る。
すると予想以上にふわふわした質感で思わず驚いてしまう。猫を触った事は過去にあったが随分と本物に似た感触だった為だ。
「何かいい毛並ね。毛並ってのもアレかもしれないけど」
「ですよねー。触った時少しびっくりしましたっ」
何はともあれ好きな触り心地だ。ぬいぐるみにそれほど意識は無いエリカだが、
(まあ、頑張って取ってくれたわけだし――多少はね、うん)
と、大切にしてやるか、と小さく微笑を浮かべる。
「あ、そうだ。エリカさんもやってみますか?」
「え、私?」
「はい。折角ですから」
「うーん……」
エリカは少し悩んだが「じゃ、一回だけね」と人差し指を立ててそう呟く。
「どの筐体にしますか?」
「いいわよ。別にこれで」
そう言いながら苦笑を零すエリカの視線はさっと周囲を確認し終えた後であった。近場を見るのだがどうもどれもこれも人気でチャレンジしている人が目立つ。『あにまトリニティ』の筐体はどうやら難易度から人が少ない様であった。
日向は「わかりましたー」と呟いてお金を入れる。
流石に七回も傍で見ていたので操作は理解した。ただ生憎と一回で取れるわけもないのでエリカはどうしようかしらねー、と思いながらアームを動かす。
「にゃーこ狙うのもアレだし……犬の奴でいっか」
そう呟いてボタンから指を離した。
アームは下へ下がっていくのだがぺろ太のぬいぐるみに先端が触れた瞬間に先程にゃーこが取られた事で空いた空白が作用してぺろ太がころんと転げ落ちる。そしてアームはぬいぐるみ同士の隙間へと差し込んでいくだけであった。
「流石に難しいわね」
苦笑を浮かべるエリカに「残念でしたね」と相槌を打って日向は苦笑を零す。
「じゃ、出ましょうか」
しかし、そう促して日向と一緒に店の外へ出ようとした時だ。
「……うぇ……!?」
「? どうしたのよ――って、ええ!?」
日向が驚く視線の先を見てエリカが驚嘆する。
アームが浮かび上がってくるのだが――そこにぺろ太が『わー』と吊り下げられていた。
「嘘、こういうのあるの……!?」
エリカは目を疑った。どうして取れているのか、と。
それは予期せぬ結果であった――エリカが動かしたアームが先程差し込んだ場所には丁度下になっている別のぺろ太が控えており、そのぺろ太に付属する『made in japan』と記載された輪っかにアームが差し込み引っかかったのだ。
そうして輪っかと言うかかってしまえば安定性抜群の状態となったぺろ太は穴の方へと吸い寄せられ――ひゅっと落ちた。どすんっという先程と酷似した音が響く。
エリカは少し唖然としながらも、景品口に手を入れて、やはりふわふわした大きいぬいぐるみを取り出した。にゃーことぺろ太。二体を一瞥した後に、
「……まあ、ビギナーズラックって奴かしらね」
と苦笑を浮かべる。
「凄かったです、エリカさん……! 僕、七回でしたー……」
「そんなしゅんとしなくたってアンタだって頑張ってたじゃない。それより困ったわね……どうしようかな……」
エリカとしては下手に取っても荷物になってしまうので軽く挑戦できる程度――でよかったのだが大きいぬいぐるみ二体になってしまった。これは少し困った。
「初めてで取れたし嬉しいには嬉しいんだけど……」
エリカは少し扱いに悩む。
そもそもにゃーこを日向に貰っているのだし――、と考えたところで日向に視線を注いだ。日向が頭に疑問符を浮かべながらも何故かまた赤くなっていくのを不思議に思いつつもエリカは口に出す。
「……弦巻、いる?」
「へ?」
「や、だからまあ――」
エリカは少しぺろ太を弄りつつ、
「猫取ってもらったし、もしよければ犬欲しいかなって」
「いーんですか?」
「まあね。二体もいてもしょうがないし、欲しければだけど」
すると日向は嬉しそうに二度頷いた。
(そんなにぺろ太欲しかったのかしらね?)
と、思いながら「はい」と日向にぺろ太を手渡す。
「ありがとーございます! とっても大事にしますねっ♪」
「おおげさね」
可笑しそうにエリカはくすりと微笑んだ。何やらまた日向が頬を染めるのだが、嬉しそうににゃーこをもふもふしていてエリカはそれに気づかない。
そうして二人は何やら大きな犬と猫のぬいぐるみを軽く片腕に抱きながら店を後にするのだった。
5
再び街中へ出ると相変わらずの賑わいを見せていた。
その中でエリカは腕に持っていてもアレなのでカバンに軽くにゃーこの胴体を押し込めておく。頭と腕がぴょこっと出ていて何とも可愛らしい。
対する日向はもふもふとぺろ太を弄っていた。
「えへへー凄い嬉しいです♪」
「そんなに欲しかったの?」
「エリカさんがくれたものだから嬉しいです♪」
「なによそれっ」
「だって好きな人から貰えたんですもん」
「んなっ!? あ、アンタはまたそういう……!」
ツンっとそっぽ向いてエリカは恥ずかしそうにそう呟く。
横では日向が「けど何でぺろ太なんですかねー」と不思議そうに零していた。
恥ずかしげに軽く顔を向けながらも、
「……多分、『犬』がスペイン語で『pello』だからぺろ太なんだと思うわよ」
「わー、エリカさん博識ですね!」
「別にこれくらい誰だって知ってるわよ」
「じゃあリサーは何なんでしょうか?」
「ロシア語で『狐』が『лиса』だから、それが由来でしょうね」
「にゃーこはそのままにゃーこですよね♪」
「そうね」
「にゃーこもエリカさんも何処か似てて凄い可愛いですよね♪」
「私は可愛くないしっ! にゃーこの方が私なんかよりよっぽど可愛いわよっ!」
ぷぃっと顔を背けてエリカは怒鳴る様に告げる。
日向がそんなことないとばかりに「可愛いですよ?」、「知らないわよっ」、「可愛いですもん」、「知らないっての」言うもつっけんどんにエリカは否定する。
(あー、もう、何かあっつ)
思わず軽く手でぱたぱた顔を仰ぐ。
まだ五月と言うのにどうしてこうも熱いのか。
(異常気象って大変よね)
そう思ってうんうん頷くエリカである。
「あの、エリカさん」
「ん。なに?」
「次はどこか行ってみたいところありますか? 何なら少し早いですけどレストランで昼食取るって手もありますけど」
「お昼にはまだ早いかな、少しだけ。とりあえずアンタに任せるわよ。私は何か興味湧いたらその時に言うから」
「わかりましたー♪」
ふわりと笑顔を浮かべて嬉しそうに笑む日向を一瞥してエリカは頬を染めつつむすっとした態度で問い掛けた。
「……アンタ、本当嬉しそうよね」
「はい、凄い嬉しいですよー♪ エリカさんにお礼返したいって想いますし」
それとその、と小さくに呟いて、恥ずかしげに顔を逸らしつつ、
「エリカさんと一緒に出掛けたりするの思っていた以上に――楽しいし嬉しいから」
「私と一緒ってだけで一々変な事言わないのっ」
エリカは訊いていてどうにも面映ゆくなって再び視線を逸らす。
「そんな事言ったってエリカさんと一緒にいるの大好きなんですよー?」
「知らないわよバカッ! ばーかばーかっ!」
ツーン、とそっぽ向いて言うエリカに日向は「本当ですよっ」と力説するが、とにかく否定を示すエリカである。
(本当に暑いからもーコイツときたら……!)
どうしてここまで素直になれるのか。
少しくらい発言頻度が下がらないものかと真っ赤な顔でエリカは頭を悩ませる。
(一緒に出掛けるのが嬉しいとか言われても私といるだけで別にそんな事――)
と、そこまでエリカが考えた時だ。
ふと思考がぶつかる場所があった。
(……あれ?)
考えを逡巡すると気になる部分があった。
(……私って街中をぶらぶらする事自体今日が初めてなわけよね)
それに、と内心で呟いて、
(そう言えば私ってユウマ以外と出かけた事も無いわよねー。……――ん!?)
そこでエリカが行きついた答えは彼女を更に気恥ずかしさに染める――そんな淡くも眩い青春の芳香が香り立つ解答であった。
まさか、とエリカは零して。
(もしかしてコレって――私、初デートになってる!?)
仄かに色づく感情が鮮やかな色彩を織り成し波として押し寄せる。
気付くにはあまりにも感情を揺さぶる事実に新橋エリカは本日最大と言える程の動揺と、今まで生きてきた中で一度も身に覚えない感覚を浴びる。
晴天の下で、少女は降り注ぐ陽光に思わず顔を真っ赤に染め上げていく。
人生で初めてとなる異性とのデート。
その出来事が事実として直面した新橋エリカは今まで感じた事のない感覚に、驚天動地の展開に恥じらう様にどうする事も出来ず、頬を朱に染めたのであった。
第三章 前篇:エリカとぶらぶら




