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彼方へのマ・シャンソン  作者: ツマゴイ・E・筆烏
Troisième mission 「進退す身辺」
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第九章 陰日向の円舞曲・前篇

第九章 陰日向の円舞曲・前篇


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 学食『ルポゼ』の片隅。

 芳城ヶ彩に於いては『ルポゼ』はおおよそシラヅキの生徒が最も好む場所として高い人気と知名度を誇る場所である。清潔感溢れる建造に、そこに集う一流料理人による料理から学者くとは思えない高品質を誇る。内部では部門の違う料理人達がそれぞれの厨房によりフレンチ、中華、丼もの、パスタと分かれて担当を務めているのだから一分の隙間もありはしない。

 結論から言えばその応用性の高さから人気が高いわけだが――本日は珍しく不可思議な現象が起きていた。普段ならば和気藹々とした人気を誇るこの場所に於いて何故だか妙にシンと静まり返る場所――もといひそひそと好奇の会話が向けられる場所があった。人が際立って少なく妙に人気なく、その中心にはたった三人がいるだけだ。

『……』

 一人は背凭れに全てを任せて天を仰ぎ見ていた。

 一人は卓上で肘を立てて額に拳を押し当てながら苦悶している。

 一人はただただ机に突っ伏して嗚咽を零している始末。

 何たる陰鬱さか。体勢は違えど、その有様は一様に絶望に駆られていた。

 そんな三人を好奇心あるいは興味本位と言った視線を送るのは周囲の生徒達である。

「アイツらだよな? 女子更衣室に突貫した奴って」、「突貫は一人だけって訊いたぜ? 他は覗き魔と下着泥棒らしい」、「勇気あるよな。この学院でそれしちゃあ無謀って気しかしねぇけどさ」、「俺はある意味尊敬するね。ヤベェ、話訊きてぇかも」と男子生徒数名は芳城ヶ彩でそのような行動に踏み切った者達へ皮肉を込めた称賛と一抹の羨望を贈る――どちらにせよ、その心中には嘲りが込められている事実は否定しようもない。

「アイツらがねー……男子って結局狼ってことかしらね」、「マジ最低じゃね? まあこの学院でお先真っ暗な選択肢選んだ事に関しては怒り通り越してソンケーするけども」、「先生たちもどうして放置しとくのかしらね? とっとと退学にしちゃえばいーのに」と被害者が女子側と言う事もあって罵倒と制裁を望む声も多い。実際の声は聞えぬだけで余程辛辣だ。

 さて、そんな声を聞き及ぶ者達はと言えば……。

恭介(キョウスケ)先輩……俺らは……どうなるんすかね?」

「さてな。現状を言ってしまえば村八分……フフ、この御時勢に村八分だぜ……?」

「村八分なんて慣れてるからいいですけど……」

 三名共に背後に効果音で『ずーん』と言う文字が浮かんでいても全くおかしくない様な光景を生み出していた。声に覇気はなく、三人で囲うテーブルの距離感でしか声が届いていない程に細々として活気無き声だ。

 目の前には三人の注文した昼ごはんが美味しそうに湯気を立てながら彼らが味わってくれるのを待っていると言うのに食欲のわかない三名は停滞を続けざる得ない心持であった。

 秀樹(ヒデキ)が目の前の『焼肉ライス ドームタイプ』と言うこんもりとした白米の料理をぽけーっと見ながら日向(ヒナタ)の発言に「おいおい」と苦笑と共に口を挟んだ。

「何だよ村八分になれてるって」

「……僕、ちっちゃいころから結構村八分だったから慣れてると言えば慣れてるといいますか」

「そりゃまた大変そうだな」

 恭介がふと物憂げな表情を浮かべた。

「いじめに合ってたってやつか?」

「大体そんな感じです。まあ、それほど気にしてはいないんですけどね」

「ほお、偉いじゃないか」

 現状の過酷さから相変わらず若干やつれた様な影差した表情を浮かべながらも日向の態度に感心した様子でふっと小さく微笑を浮かべた。

 そんな恭介に対して闇に沈んだ様などんより眼の日向はふるふると左右に首を振る。

「そんな偉いもんじゃないですけどね……。でも、今回は結構来るものがあってダメそうですよぅ、僕……」

 長く重く溜息を吐きながら、

「今回は僕の方に非が如実にあるわけで……そう考えたら罪悪感が半端無くて……」

「ああー……まあ、確かになあ」

 恭介が嘆息と共に賛同する。

弦巻(ツルマキ)のはほとんど事故みたいな経過だからな」

「今更そこを言っても仕方ないですけどね」

 日向はそこに関しては弁明する気は無いのか重々しく息を吐いた。

「ただ、今回の僕の悩み事はその罪悪感と……もう一つ凄く恥ずかしい部分があって、それで何かもう頭の中ぽよんぽよんで……」

「どんな表現だよ」

 逆境過ぎて一周廻ってハイになって飛び跳ねでもしているのだろうか? と、恭介は柳眉をしかめながらも表現が何とも可笑しくて軽く拭き出した後にからから笑う。

「話したいんなら話は聞くぜ?」

「そうだな。鬱屈しても意味ないぞ、弦巻?」

 恭介に続き秀樹が身を乗り出す様に頼もしい発言を発した。

 だが日向は「いえ、本当恥ずかしいので……」と顔を朱に染めながら縮こまる。そんな様子を見ている限りでは本当に女の子の様に見えるな、と秀樹は何となしに思った。

 そんな風に考えている秀樹だったがふと日向の表情が朱色からハッと何かに意識を惹かれた様なものになった事に気付く。秀樹がふと視線を追ってみれば、視線の先には明るい綺麗な茶髪が学食の人混みの中に見て取れた。向こうも日向の視線に気づいた様子だったが、つれない態度ですぐさま視線を逸らして早足で去って行ってしまう。

「……一番辛いなぁって思うのはコレですよ、ホントに……」

 そこで青い表情でしょんぼりと涙交じりに俯いた日向が切なげに声を零す。

 確かに見ていて一番どんより曇った様子に恭介は視線を秀樹へ投げ掛けながら指を数回ぱちんと鳴らして額に手を当て、右腕をシェイクし最後にキランと双眸を輝かせた。

『視線を見ていたが、あの女子と弦巻の関係性は?』

 自分の肩を左手で掴みながら足で数回小刻みにタップし椅子の上で三六〇度くるりと鮮やかに回転し人差し指を立てた右手を顔の前で立てながら歯をキラリンと輝かせる秀樹。

『簡単に言っちまうなら弦巻の片思い相手っすね!』

 指をパチンと気味良く鳴らす。

『なるほど!』

 数回拍手し空中に指で英単語『ブルー』と『スプリング』と描いて、

『ちゃんと好きな女の子いたわけか。青春してるじゃないか、コイツも』

 と、楽しそうな顔で嬉しげに恭介は笑った。

 秀樹は数回瞑目しながら頷いた後に少し困った表情を浮かべながら椅子の上で七五度滑る様に回った後にオーギュスト・ロダン作『考える人』と同じポーズを取る。

『そうなんすけど、今は状況絶望的っすよ。なんせ、弦巻が何かやっちまった相手ってのがあの女子――新橋(シンバシ)なもんだから。何やったかは弦巻話してくれないっすけど』

 そう言いながら秀樹は朝から今までに渡る一連の流れを思い出していた。



 朝。

 日向がエリカに昨日の事を謝罪しようと近づいた時は。

「エリカさん、その……すいませんでした! 昨日のはその、怪しい奴を追い掛けて誤って入ってしまったっていうか……本当にごめんなさい……!」

 エリカはぴくっと僅かに反応を示したが「ふんっ」とつれない様子で日向から視線を外す。

 授業中。

 隣の席のエリカと時折視線が合った時は。

「……」

 ツンと無言で顔を逸らされ鉛筆を落とした時は一応拾ってくれるが無言で何もかもスルー。

 ただし拾ってくれるだけありがたいものである。

 その後もそんな感じで世話焼きな性分な為か一定の困った出来事は助けてはくれるが基本的に全てが事務的な会話。前の様な和やかな雑談はしてくれなくなり、結果日向は僅か半日で見事にこの狼狽ぶりである。



 左手で額を抑えて恭介は近くにあった備え付けのストローを力強く噛んだ。

『――そういう事か。そりゃあこの落ち込み様になるわけだな。……しかし、そうか。アレが新橋兄妹の妹の方か……』

 話には聞いていたが優しいな、と思いつつも。

 現在の弦巻日向の状況は『女子更衣室突貫容疑者』だ。そして事実突貫しているわけだから冤罪とは言い切れない。そして肝心なのは、その際に日向が粗相をしてしまった相手と言うのが秀樹曰く『想い人』と言う新橋エリカなものだから自分の状況が最悪で尚且つ粗相と言う絶望的事態な為にここまで落ち込んでしまっていると言う事なのだろう。

 考えるだけでも日向がここまでどんよりとしている理由がわかろうと言うものだ。

 二人は腕を胸の前で交錯させた後に拳をトントンとたたき合った後にサムズアップを日向へ送り力強い表情を浮かべる。

『元気出せよ! きっとなんとかなるさ!』

「応援メッセージっぽいのはわかりますけど、何なんですかここまでの一連のやりとり!?」

 傍目さっきから変な行動しかしていなかった二人に対して日向は盛大な困惑と共に大きな声でツッコミを放った。特に意味があるとも思えないキザな挙措に果たして如何な意味合いが篭っていたのか新参者の日向には二人の秘密の暗号なんだかサインなんだかは到底にしてわかるべくもなかった。

(ま。実際は唯のアイコンタクトだけどな)

 動作はただのノリである。

 そんな秀樹と恭介の同調する思惑を知らないまま日向は二人のやったサインをこっそり試しているがやはりわからない、と言った様子で頭に疑問符を浮かべていた。

「しかしまあ……」

 そんな素直な日向の様子を微笑ましく想いながらも恭介は背凭れに背を預けながら左手で頭髪をくしゃりとしながら困った様な表情を浮かべた。

「鼓舞すべきは弦巻だけの他人事じゃねぇし……参るよなぁ」

 秀樹が「ホントだっつの、全く」と長々しい溜息を発しながら首肯する。

「今回の一件、侵略する事火の如くな勢いで急速に浸透しちまったからな……。俺なんか二学年で散々陰口出てきたぜ? 『あの転入生、前の学校も下着泥棒で退学させられたんじゃねーの?』とか言う理不尽極まりないのもあったからな……」

「恭介先輩の方も大変そうって事か……」

「いや、厳密にはそこまで悲観しているわけじゃあないがな。少なからず理解を示してくれる奴らがいるからなクラスメイトとか」

「マジか!? すげぇな、この状況下で理解示す奴らがいるなんて……!」

 秀樹は素直に感心した。

 容疑『下着泥棒』なんていう状況下に於いて擁護者がいるとは思えなかっただけに恭介の発言は彼にしてみれば驚きを禁じ得ないものであった。

「疑心がゼロじゃあないとは言わないがな。だが俺が私欲からやったのではない、と考えてくれる奴らがいただけ助かっているさ。全くもって感謝が絶えないさ、淡路島(アワジシマ)には」

 そう零す恭介の表情はとても穏やかなものであった。

 ありがたい――心からそう感じ入る事で浮かんだ表情だ。

「淡路島先輩は確かに優しかったっすからね……」

 恭介絡みで何度か見かけたり軽く会話をした記憶も新しい。今回の事件があってからは顔を赤くしてそそくさと軽く逃げられるが、それでも嫌わずにいてくれる辺りがなんとも素晴らしい先輩だと秀樹はそう思えた。

「ただまあ、問題は別だな」

「別って言うと?」

「ああ。実はクラスの奴らはまだ穏便なんだが、他のクラスの奴ら――特に淡路島に好意を持っている奴らとかの恨みつらみが酷くてな」

「なるほど……確かに淡路島先輩、二学年では上位の美少女って奴だしな……一学年で言えば徳永(トクナガ)、グランディス、刑部(オサカベ)、新橋みたいな綺麗所みたく……」

 容姿が良い上にスタイルもいいと言う事に踏まえて病弱故に守りたくなるオーラと言うのが出ているらしい淡路島姫海は学院でも実にファンが多いと秀樹は訊いている。ときたまチラリと学食や中庭で見かける程度だが遠目に見ても美少女だったと記憶している。

 そんな彼女の下着――しかも使用済み――それを盗んだかどうかは別にして一時的に手に入れていた鍵森(カギモリ)恭介への姫海へ好意を寄せる者達の反応はどうなるか――無論、撲殺だ。

「じゃあもしかして恭介先輩、すでに被害受けてたりとかすんのか?」

「ああ。古典的な事に下駄箱で上靴に履き替えようとしたら上靴が画鋲になってやがった」

「上履きの中に画鋲じゃなく!?」

 恭介が重々しく頷く。彼とて驚いた。

 なにせ靴箱を開けてみると中には大量の画鋲が! と、言う事態である。しかも上手く重ね合わせて靴の形に造形した画鋲の大群であった。朝から何と言う労力を働かせたのか。思わず形をそのままにアートとして保管するか悩んだくらいだ。

「ちなみに上靴は靴箱の一番上に手紙付きで置いてあったな」

「優しいな! いや、でも手紙の方に脅迫文とかか――」

「なお手紙には『消しゴムを落としても拾ってくれる奴等いないと思え P.S.「画鋲は危ないし靴がないと困るだろうから此処に置いておく」』と記載されてあったな」

「優しいな! 犯人全面的に優しいな!?」

「あと、消しゴムは落としたら隣の五郷海老済が『貴様の昨日の行いは許せんが、消しゴムが無いのは困るだろう。拾うくらいはしてやる』と殺意と怒気の苦渋を堪えつつな表情で拾って貰えたからありがたい」

「犯人の僅かな悪意も蹂躙されとる!?」

「まあ、だから俺の方はそこまで問題じゃないかもしれんな。廊下歩いてたら吹き矢飛んできたり、肩が三四回連続でぶつけられたり、上から植木鉢がやたら落ちてきたりしたくらいだしな残りは」

「十分殺意ある奴いる風だけどな! 下手したら怪我じゃ済まないのあるけどな!」

 そんな秀樹のツッコミに対して「ま、そうだな」と飄々とした態度でふざける恭介。先程まで絶望の佇まいであったと言うのに喋っている間にどんどん回復していくようであった。メンタルが逞しいのだか知らないが、この陽気さは見習いたいと秀樹は思ってしまうものだ。

 そうして恭介は少しだけ笑顔を見せた後にふっと真剣な表情を日向へと向ける。

「で。弦巻、お前の方はどうなんだ? 耐えられそうか?」

「僕ですか?」

「ああ。お前、今もかなり堪えてるっぽいからな――大丈夫か?」

「あはは……先程言った通りに、一番しんどい事を除けば村八分は平気です……! それに実際は村八分の残り二分くらい――何でかわからないんですけど、僕のクラスメイトはそこまで酷く毛嫌いするとかは無くなってますかね……?」

「ああ、それ俺も思ったな! 何で何だよ弦巻はよー。アレか? 女顔の特権とでも言いたいのかよ、オラオラ!」

「ひゃ、ひゃめてくらはい。ひしゃわひゅん!」

 秀樹は怒った様子で日向の頬をむにむにと引っ張り始める。日向は頬を伸ばされながら「あうう……引っ張らないでくだしゃい秀樹君……!」と涙を浮かべながらジタバタともがいているが如何せん余力は無さそうだ。



 さて、そんな光景をじーっと注視しながら箸を進める一人の少女の姿があった。

 注視されている日向自身は気付いていないが、その視線を送る少女こそ新橋エリカ本人に他ならない。

「……気になるかな、エリカとしては?」

 隣で友人の一人である刑部真美(マミ)が苦笑を浮かべながら問い掛けてくる。

 エリカはその言葉でハッとした後に「べ、別に!」と語気を強めた。

「気に何てならないわよ、弦巻の事なんて」

「その割には少しばかり心配してる様子だったけれど」

「心配なんかしてないっての。私に……あ、あんな事……――ッ」

「あ。思い出しちゃったっぽいねっ……」

 真美同様に相席である初音(ハツネ)=クローリクが「大変そーだねエリカっ」と苦笑交じりに同情を投げ掛ける。

 どうやら本人必死に思い出さない様に務めているらしい。思い出し掛けては頭を振って記憶をどっかへ飛ばそうとしているのでなかろうかという勢いだ。

「ともかく、私がアイツを気に掛ける要素なんてないわよ! そ、そりゃあ見てて凄い落ち込んでるなーってのは伝わるけど、やったのはアイツだもの」

 ツンとそっぽむいてエリカは真美の視線から逃れる。

「まあ、それは否定しようのない事実かな。実際、弦巻君が女子更衣室に突撃してきたのを私達も鉢合わせ――と言うか、エリカと一緒にいたからな」

「ねっ。びっくりしたよ私もっ。特に弦巻君って言う意外所だっただけに衝撃的だったなっ」

「ああ。全くだ。思わず上着を落としてしまったよ私なんか」

「ねーっ。流石に恥ずかしいねっ」

 クスクスと笑いあって談笑する二人。

 実に楽しそうである。それ故に――エリカは物申す。

「……一応図式的にはアンタたちも被害者だと思うんだけど、何なのかしらね、その笑い話に出来てる感は……?」

 エリカとしては実に不思議でならない。

 着替えシーンを目撃されたにも関わらず二人は『こんなことが昔あったねー』みたいな過去の話に出来てしまっている感が不可思議で仕方なかった。そんなエリカの疑問を氷解する回答を真美は「まあ……」と一拍置いた後に発した。

「私も着替えシーンを見られてわだかまりの気持ちが無いとは言わないさ。けど前日に言った通りに疑問点がつきないからね。それと――」

「エリカや真美と違って私は帽子一旦脱いだとこで全然露出してなかったから、恥ずかしいってよりいきなり突貫してきた弦巻君への驚きの方が勝ってるってのがあるかなっ。それとねっ」

 双方うんうんと頷きながら、両サイドの美少女はエリカに向けて告げる。

『まあ、弦巻君の覗き目的なら一つしかないかなっていう』

「だからそれで納得してるんじゃないっての――――!」

 エリカの怒号が木霊した。そんなエリカに対して二人は「えー、でもなぁ……」、「仮にのぞき目的ならそれくらいしかないんじゃないかなってねっ……」と難しい顔で唸るばかり。そんな二人に挟まれながらエリカはテーブルの上で頭を抱えた。

 何故、こんな流れになっているのか。

 それは昨日、丁度弦巻日向が見事女性陣にフルボッコにされた後の話に遡る。



『うわぁ……』

 気付いた時に誰かが零した言葉はそれであった。何故そんなドン引きの様な感想が零れ出たかと言えば目の前の光景が普通にドン引きなものであった為に他ならない。つい先刻に女子更衣室に突貫し、それだけに留まらず新橋エリカの胸元にダイヴすると言う行為に及んだ『女子更衣室突貫野郎』こと弦巻日向は現状を形容するならば正しく『襤褸雑巾』だった。

 何やらぴくぴく動いてはいる。

「弦巻――――!?」

 そんな状況の中でまず一番に動いたのは驚きな事に日向の一番の被害者であろう新橋エリカ本人であった。流石にタコ殴りが不憫に映ったのかボロボロな日向に居の一番に駆けより容体を確認する。

「意識が無いけどまあ平気そうね……本当タフねコイツ」

 くてんとしている上に殴られて重傷に見えるがエリカの眼からみて結構ダメージは軽い様子である。殴ったのが女子勢だったと言う事も幸いしたのだろう。中には数発良い一撃を見舞った面々も居た様子だが。

「アンタ達ね……いくらなんでも殴り過ぎよ? まあ、私も殴りはしたけどね」

「てへぺろ」

「てへぺろじゃない!」

 さも『ちょっとやり過ぎちゃった♪』みたいな様子を見せるクラスメイト達に仕方ないわね、とエリカは肩を落としながらも事の非に関して言及はしない。非と言えば実際は日向の方にあるわけでクラスメイトも自分の事を思っての行動だった事を鑑みれば責める事をあまりしても仕方ない。

「けど、エリカー。厳密には私達ってより他のクラスから騒ぎ訊きつけた奴らの攻撃の方が過激だったんだけど」

「そう言えばそうね……。途中から何かあんま見かけない顔があったし。まあ場所が廊下だから色々な人が集まっちゃったのもあるわよね……」

 他クラスの女子も行き交う廊下へ吹き飛ばした結果、騒ぎを訊きつけた女子が被害者でもないのに制裁に加わってしまい予想より少し過度になってしまったと言うのが顛末だ。それを考えると廊下へ出してしまった自分の一撃が起因していると考えると少し胸が痛いエリカだが、流石にあの場面で日向に対し加減をすると言うのは難しい。

「ともかく保健室運んであげなくちゃダメね……」

「委員長って何だかんだで優しいよねー。覗かれた上に下着姿に抱きつかれもしたのに。アレなのかな、やっぱ実は弦巻君の事が気になってたりとか?」

「そんな事考えてないわよ! 女子更衣室に突貫してくる奴な時点でお断りだしね。ただまあ、気になる事が別であるのと……それとまあ、数発でとりあえずは妥協しようと思ってたのにこんなに怪我負わせちゃった辺りは手当てしてあげなきゃでしょうがっ」

「おお、律儀!」

 そんなエリカの振る舞いに感心した様子でクラスメイト数名が拍手を送る。何処となく気恥ずかしくて堪らないエリカである。だが、そこでふと疑問を浮かべた。

「……それはそれとして、皆はいいわけ?」

「何が?」

「いや、だって、その……弦巻に覗かれたのって私だけってわけじゃないでしょ?」

 エリカの疑問点はそこだ。

 女子更衣室に突入してしまった以上は、まず高確率で日向はエリカのみならずクラスメイトの女子の下着姿を目撃している。なのに、こうして一瞥する限りではそこまで怒っている様な気配は見受けられなかった。それが不思議でならない。

「あー。それな」

 クラスメイトの鴇崎(トキザキ)が頭をかきながら苦笑しつつ答えた。

「とりあえず一発はお仕置きしたし放免してやろうかなーって感じなわけよ」

「それとなーんか違和感っつーの? 弦巻って女子更衣室に突貫する様なタイプに思えないわけよ? だから、そこがなーんか気持ち悪いっつーか、違和感っつーか、そんな感じっしょ」

 鴇崎の言葉に続く形で彼女の友人である祁答院(ケドウイン)カリナが眉をしかめつつ後を引き継いだ。

「それは確かにそうなのよね……」

 エリカ自身そこは同感であった。少なくとも弦巻日向が女子更衣室に突貫するかどうかで言えば違和感しか残らない。少なくともそう言うタイプではない――そのカリナの意見にエリカも賛成だった。

「けどまあ、一番弦巻がそういう事しないって言う理由はぷっちゃけアレだよな?」

「うん、そうそう、アレだよね~」

「……アレって?」

 きょとんとするエリカに対して何故か数名がニヤニヤ笑みを浮かべながら告げた。


「や、だってさ? 弦巻ってエリカしか眼中にない感じでしょ?」


「……は?」

 エリカはぽかんとしてしまう。

「え、いやいや……確かに懐いてくるみたいにはなってるけど……!」

「懐いてくるって言うかアレは正直好意ありきだと私は思うけどね。だって、弦巻って普段からアンタに視線奪われがちじゃない?」

「うぐっ……!」

 エリカは思わず呻いた。

 確かに覚えはある――あり過ぎるくらいに。

 体育の授業中に視線が合うと嬉しそうに二パッと笑うし、隣の席なだけあって目が合えばふわっと嬉しそうにしているし、一緒に仕事こなしていると基本満開の笑みだ。

 だが、しかし!

「アレは子犬が懐いてくる様なもんだっての!」

「えー、そうかなー?」

「そうなの!」

 ツンと視線から逃れる様に顔を逸らしてエリカは告げる。

「だ、第一それがどうして弦巻がこういう事をしないって根拠になるのよ!」

「ああ、それ?」

 カリナが何だそんな事、とばかりに腕を組みながら答える。

「そりゃ単純に言ってさ――複数の下着姿見るよりも、エリカ単品で狙うでしょって感じ」

「そう言う理由なわけ!?」

 エリカが憤慨する様にツッコミを入れるが周囲は『うんうん』とばかりに頷いている始末だ。どうしてくれようかこのクラスメイト達は、とエリカは思った。

「だって、絶対弦巻なら私達全員よりもエリカオンリーで狙うって!」

「そんなの知るかーっ!」



 ――と、言う経緯を隔てたエリカは顔を赤く染めてぷんすかと怒っていた。

「有り得ないでしょ! 何で皆が弦巻がこんなことしないって理由が『私狙い』だからで集約されて放免されてんのよ!」

「まあまあ、落ち着こうかエリカ」

「そうそう、血圧上がっちゃうよっ?」

「真美も初音もとことんスルーの方針なわけね」

 軽く睨みながら呟くエリカに対して苦笑を零しながら初音と真美は視線を逸らす。

「や、でもね。私達として弦巻君の人柄を知っているだけに、そういう事をしないっていう感想が出て来ちゃうんだよ。そこはエリカもそうじゃないのかな?」

「……そんなのわかんないわよ」

 コップの麦茶を口に含みながらエリカは小さく呟いた。

 それは理解しているが、感情の問題で整理がつかないと言った印象が伺える。

「それと『エリカ狙い』ってのがホント結構こう……納得! って感じなんだよねっ。弦巻君なら絶対、女子更衣室に突貫なんてしないっ。やるなら、エリカに突貫するよねっ、みたいなっ」

「その評価がわっかんないわよバカァッ!」

 ガン! と、コップをテーブルの上に叩く様に置いてエリカが顔を赤くして叫ぶ。

「弦巻君ならむしろエリカに何時抱き着いてもおかしくないからなぁ……」

 しみじみと日頃の日向の懐きようを思い出しながら真美が呟いたのに対してエリカは「そんなことしたら絶対殴るわよ毎度!」と力強く反応を示す。

「ま、基本エリカは男嫌いだからな。理由は訊いているが」

「そうよ。絶対、そんな事なんないし、させないわよ」

 全くアイツが関わると毎度毎度恥ずかしいわね……、と片手で顔を抑えながらエリカは彼の鳴く様な声で小さく呟いた。そんなエリカを見ながら真美は、

(しかし実際どうなるのかな弦巻君も陽皐君も……)

 と、考えながら視線を向けると思わず眉を潜めた。

 事態が動いたと言うやつだが――そこが動くとは思わなかった為の反応である。



 それは突然であった。

「やぁ、ひーさわ君じゃないかぁ」

「あん?」

 唐突に話しかけられた声に秀樹が訝しげに眉をひそめる。

 一般生徒達が遠巻きに好奇心の視線を向けてくる最中で確実に違う形で発せられた声。秀樹は敏感にその声に含まれるニュアンスを察知した。

「よう、祝島(イワイシマ)じゃねぇか。何だよ、何か用か?」

「はは、つれないなぁ。昨日僕と一戦交えたばっかりだと言うのにさっはははっはぁん☆」

 うざい。何だ今の最後の笑い方は。

 不機嫌さをあえて滲み出させて接する秀樹に対して祝島仁寿(ジンジュ)は何とも不敵に、そして高慢とすら思える嫌味たらしさをもってして返す。

「そうだったな。ったくこの御時勢に一戦構えたって何処の話だよって感じだけどな」

「言えてるねー、それは」

 くつくつと愉快そうに笑う仁寿はそこで唐突に「にしても、おやおやー? おやおやお、や、あぁぁ?」とわざとらしい振る舞いで顎に手を当て思考する振る舞いを見せた。

「けど不思議だねー、ひーさわ君。どうして僕たちは戦ったんだっけか・な・あ?」

「はっははー、何でだったけな覚えてねぇや」

 コイツ調子乗ってやがる――と秀樹はその時確信する。

「覚えてないとは頭大丈夫かーい、ひーさわきゅーん? もう更年期障害とか言わないでおくれよ? 僕らが戦った理由はぁー……」

 仁寿は一音一音を強調し秀樹へと明確な嘲りを放った。

「君がさ――の・ぞ・き・ま・だからだよねーん?」

 実に楽しそうで何より――秀樹はそこまで思ったところで堪忍袋の緒が切れた。

「だらっしゃあ! テメェ、祝島! 一々一々うぜぇ! 教室でも散々煽ってくれやがったがこと此処に至っていい加減鬱陶しいぞこのヘタレェ!!」

「うひぃ!? そ、そんな風に怒っていいと思ってるのか、陽皐……! お前が覗き魔なのは明確な事実だろっ」

「さてどーだろーなー! だがその真偽に関わらずテメェに散々言われる筋合いなんていうのも無いんだっての!」

「ふふん。無いだって? 何を言っているんだかひーさわ君。他ならぬ僕だからこそ君を散々に言えているに決まっているだろう?」

 怒る秀樹を余所に祝島仁寿はフッとシニカルな笑みを浮かべてみせた。

「何故か――単純さっ! それは一連の事件の収拾に努めた者が誰なのか! それで分かると言うものだろう?」

 いやにポーズとりながらキラキラした笑顔で言ってきた。

「え。ああ、風紀師団だけどそれがどうかしたか?」

 だからバッサリ切っておく秀樹だ。

「違うだろう!?」

「え、いや別に違くないだろ!?」

 憤慨する仁寿は「わかってないなあ、全く!」と矢継ぎ早に語った。

「一連の事件を終わらせた立役者! それは誰であろうこの僕! 祝島家の次男坊、祝島仁寿に決まっているだろって話じゃあないか! この僕がひーさわ君! 君の蛮行を! 悪逆非道インモラルを成敗したのだから当然じゃあないか!」

「それこそ全部嘘っぱちじゃねぇか!?」

 脳内で都合よく事実が変換でもされているのだろうか?

 確か秀樹の記憶が正しければ確かに自分の元へ駆けつけて偉そうな御託を並べていた記憶はあるがへっぴり腰で馬を操り切れずそのまま何処かへ行ってしまった情けない姿しか記憶にないのだが……。

「……お前なんかしたっけ?」

「君達に天誅を下しただろっ!」

「してないよなあ!? お前、出ては来たけどその後は――」

「あー、あー、うるさーい! 僕のいう事こそ正しいんだ。だれが君達性犯罪者の言葉を信じると言うのかなー?」

(うざいっ!)

 秀樹はこめかみに怒りマークを浮かべる。

 どうやら記憶が変換されているわけではなく、格好いい事をした体を振る舞いたいだけの様だ。それに何の意味があるのやら、と秀樹が訝しんだところで。

「ふ、訊くがいいさ。僕に向けられる女の子たちの声援を!」

 仁寿の声に合わせて何やら『いいぞ! いいぞ! じんじゅ~♪』と言う声が聞こえてくる。

(さっきから妙に間延びした呼び方してきやがると思ったらお前はポ〇モンのシ〇ルでも意識してんのか! 初期〇ゲル君かっ!)

 主人公に対してキザであった初代ライバルの姿が目に浮かぶ。なお発せられる声援を訊きながら恭介は「この機械的な声……ボーカロイドか?」、「ボーカロイドって何ですか恭介―?」とのほほんとした会話が秀樹の後方では繰り広げられていた。

「フ、訊いたかいひーさわ君? 僕の人気っぷりを」

「ああ。お前の自作自演のもの悲しさだけは伝わったかな……」

 さくらにしてもボーカロイドに頼るとはこれいかに、と思わざる得ない。

 だが仁寿は馬耳東風よろしく勝利の高笑いを放つ。

 そんな仁寿に対して秀樹は頭をくしゃくしゃと掻きながら不機嫌を隠す事なく問うた。

「で? 本題は何だよ祝島? 何も無くて俺達に近づいてきたわけでもねーだろ?」

「おおっと、そうだったね。本題は二つだよ。一つ目は確認さ」

「確認?」

「そうとも。君達がまた何か破廉恥な企みでもしおているんじゃないかって言う僕の正義感に基づいた行動さ」

「ほお。で、何か見抜けたのか?」

「見抜けなかったから教えて貰いに来たんだろう!?」

 涙目で逆切れされた。

「お前時々無茶言い過ぎないかねぇ!?」

(涙目でそんな事問い掛けてきた奴見たことないわ!)

「まあ、あったとしてもほらよとばかりに教えるわけないだろ? で、もう一つは?」

「くそう、いけずだ……! ……まあ、いい。もう一つは提案さ。どうだい? 今回の一件で色々辛い立場だろう? だからさ――僕の舎弟になったりするんなら僕が今の名声を使って罪を緩和してあげようじゃあないか。いい案だと思わないかい?」

「微塵も思わねぇよ! と言うかお前の名声自体があるのかどうか謎だわ!」

「何だとぉ! 一連の事件を収めた僕に名声がないわけないだろ! なーみんなぁ!」

 振り向き様に声を張り上げる仁寿。

 食堂の好奇の視線でことがどうなるか窺っていた面々はその彼の言葉に対して――、

『……』

 とりあえずそっと視線を逸らすのが優しさである。

 小さな声で『あれ、誰?』、『知らないけど何か活躍したんじゃない、かな……?』と言う相談の内容がひそひそ声だが空間が突如静かになった為に耳に届いてきてしまう。

「……ま、アレだ」

 秀樹はしばし間を置いた後に仁寿に向けて告げる。

「元気出せって。な?」

「やっかましー!」

 涙声でキレられても全く怖くなかったのは言うまでもない。

 だが仁寿の嘆きは収まらない様で彼は手を大仰に振り抜くと。

「はっ! どうやら自分達の立場がわかってないらしい――ならばいいだろう! 今一度、この祝島仁寿が君達に制裁を下して性根から叩き直してやろうじゃないか!」

「だから何時、お前に叩きのめされたっての俺達が!」

 秀樹の言を相変わらず無視しながら仁寿は「(ハク)! アレを!」と声高に叫ぶ。

 と、次の瞬間には不可解な事に仁寿の手に木刀と思しきものが握り緊められていた。

「おいおい……どんなマジックだ?」

 先程まで何処かに何かを持っていた風には見えなかった。

 さながらマジックかはたまた暗器の如く登場した仁寿の獲物を見て秀樹は驚きを示す。

「ふふ。恐れてる様だね――この僕の相棒を」

「いや、木刀自体は恐れてねぇけどどっから出したよ本当に……」

「この木刀の名前は刀鍛冶、山岡(ヤマオカ)同舟(ドウシュウ)作『柳煤竹(やなぎすすたけ)』! 祝島家の倉庫に眠ってた一品さ」

「だから人の疑問に答えよう? っていうか話訊こう!?」

 そんな秀樹の言は空しく仁寿は自分に酔ったかの様に刀剣を振りかざす。その瞬間に実に不可解な現象が起こった。仁寿の持つ『柳煤竹』からちりちりと言う音が聞こえ始めたのだ。そして次の瞬間には何と――木刀が燃え上がった。

「燃えたー!? 木刀燃えたー!?」

「見たかい! これぞ『柳煤竹』! 斬撃と共に発火すると言う特殊な木刀なのさ!」

「いや木刀が燃えるって時点で厄介な点が浮上するんだが……!」

 流石に燃え上がる木刀を相手にするには度胸がいる様で秀樹は後ずさる。

 その後方では約二名が「アレ、山岡同舟って名前何処かで訊いた様な気が……?」、「奇遇だな弦巻。俺も結構最近にその名前訊いた覚えあるんだが……はて、どこだったかな?」と顎に手を添え、こめかみに指を押し当てて考え耽る二人の姿があった。秀樹は後ずさりながら「そんな事を今考えなくてもいいだろ!? っていうか、お前らも加勢か何かしてくんね!?」と涙交じりに訴えかけるが「秀樹。タイマンに口出しは無用なんだぜ?」、「そうですよ、陽皐君。三対一はずるいと思います」と眉をしかめた返答が返ってきた。

「ええい! 律儀なお二人さんめ!」

「悪漢三名覚悟―!」

「そんであっちは三対一の心積もりだし! なにこの噛み合わない感!」

 ボゥ! と、火を放ちながら振り抜かれる斬撃にどうにか対応出来ないかと身構える秀樹だが如何せん対応策が浮かばない。周囲に発生する緊張感、そして微かな悲鳴を耳にしながら秀樹は眼前に迫り来る木刀を前に括目する――。

「そこまでだ」

 その流麗な声と共に秀樹はガン、と言う衝撃音を耳にし、鞘に込められた日本刀を構える警察官の帽子を被った少年の姿を目視した。

「お前は……!」

 仁寿が渋面を浮かべながら歯噛みする。

(カナエ)竜胆(リンドウ)……!」

 そう。仁寿の前に現れたのは風紀師団第五班班長鼎竜胆であった。

 小豆と黒色の双眸を持つオリーブ色の頭髪をなびかせる貴公子の如き佇まい――警察帽の下で輝くオッドアイは正義感に満ち溢れた輝きを放っている。

「鼎……お前、どうして」

 何故助けてくれたのか――そう、問おうとした秀樹に対して「フン」とそっぽを向いて、

「勘違いするなよ、ロッカーマン。オレはただ風紀の乱れを粛清するだけだ。食堂でこんな騒ぎが起きて動かないわけがないだろう」

「いや、それでも助かったぜ! ありがとな!」

「礼などいらないさ。と言うかことお前に関してはオレが助けるまでもなく、後ろの二名が動いただろうしな。片方は足で弾く勢いだったし、もう片方は杖を構えてるし」

「えっ?」

 秀樹はそう言われてふっと後ろを見る。

 さっ。

 視線を逸らされた。だがそそくさと恭介は膝蹴り状態だった足を元の位置に戻すし、日向は何故だか杖をくーるくーると空中に円を描く様に回している。恭介はともかく、行動が正直な日向が何か隠そうと隠せてない足掻きを見せている限り、そういう事なのだろう。

(タイマンなら手出ししねー、みたいな雰囲気見せてたのは何処のどいつらだよ……)

 何だかんだで本当に危ない気配なら助けるための行動を取ろうとしてくれていたのだ。

 優しくて、ありがたい友人たちの姿に思わずニマニマとした笑みを送る秀樹である。恭介は素知らぬ顔を決め込んでいる辺りが流石だが日向は「……むぅ」と恥ずかしそうに杖をくるくる弄る様に回転させて誤魔化していた。

「さて」

 愛刀を床にトン、と突き立てて竜胆は眼光を厳しくさせた。

「鼎。僕の邪魔をするってどういう事さ。僕は悪漢を事前に成敗しようとだな――」

「バカも休み休み言え祝島仁寿。その行動自体は褒めてもいいが、食堂のこんな場所で騒ぎを起こして許されると思っているのか?」

「……ぐ。さ、さてはアレだな鼎? 僕がここで成敗して人気を取られるのが悔しいとかで僕の雄姿の邪魔をしようと――」

「生憎だが雄姿うんぬんには興味が無い。むしろあんまりにも騒がれて少しは薄まって欲しいのが現状なんだ」

「何だその羨ましい発言死ね!」

 むしろ人気が落ちて欲しいと言う竜胆の言葉に仁寿は憤慨する。

 だが竜胆は気にした風も無く淡々とした態度だ。

「しかし祝島仁寿。どうにも君の行動には不可解な点が多いな。特に雄姿だの何だの……どうにも何かを焦った風を感じるのはオレの気のせいだろうか?」

「な、何の事を言っているかわからないな……!」

「そうか。ならまあそこはいい」

 何故だか僅かに額から汗を伝わせる仁寿に対して竜胆は冷静そのものの態度を見せた後に彼の腕をガシッと力強く掴んだ。

「な、何の真似だ……!」

「何の真似だも何もない。本件を執行するだけだよ」

「……本件?」

「祝島仁寿――食堂での騒ぎの現行犯と火気厳禁でしょっぴかせてもらう」

「……え?」

 そう告げられてポカンとする仁寿に対して竜胆は目線で彼の『柳煤竹』を示した。先程の火焔ほどではないが白い煙を上げている。火気厳禁だ。

「全く君と言う奴は――持ってくる武器にしても普通の木刀にすべきだろ。何でまた燃える木刀なんてのを持ってくるかな。と言うか大丈夫なのか焦げてるぞ、その木刀――なんにせよ没収も含めて指導室へ連行だ」

「あ! ま、待って鼎! そういうつもりじゃなかったんだ! 目立てそうってだけで! 決して火気厳禁とかを犯そうとしたわけじゃないんだ――――!」

 結果、仁寿は竜胆の手でずるずると引き摺られる様に指導室目掛けて連行されていく。周囲からはクスクスとした笑い声が零れているし「かっこわりー」と言う声も何処からともなく聞こえてくる。本当に締まらない奴だな……、と秀樹は思いながら何とも残念な気持ちに浸る。

「っと、そうだ」

 そんな中、竜胆が不意に足を止めた。

「鍵森、陽皐、弦巻」

 竜胆は三名の名前を呼びながらそっと顔を彼らへと向け、こう告げた。

「先生からのお達しだ。『よく考えて結論を出し行動する様に』。――以上だ」

 それだけを告げて竜胆は仁寿を連行しながら去っていく。

 残された三人はその後ろ姿を見ながら感慨深く呟いた。

「追われていた時は厄介だと思ったが――何かと律儀な奴だよな、鼎は。好感が持てる」

「っすね。それに先生からそう言う伝言か……ふむ」

「……やるしか、ないですよね……!」

 三名はアイコンタクトで意思疎通し重々しく頷き合う。

 鼎竜胆が発した言葉の意味――それは三人が生徒指導室へと連行された昨日へ遡る。


        2


 広々とした白の空間。シラヅキの生徒指導室。

 その場所に昨日、恭介と日向に秀樹と言った面々は揃って正座を余儀なくされていた。

「さて鍵森君。正直に吐けば今ならまだ痛い目をみずに済むが――どうする?」

「どうすると言われてもな」

 眼前に不動明王の如き威圧感を放つ風紀師団第三班隊長、藤田(フジタ)刀華(トウカ)を前に恭介は肩をすくめて苦笑を零す。

 状況は有体に言って事情聴取。

 厄介な事を起こした主犯とされる三人に対しての学院側の措置であった。部屋には鍵森恭介、陽皐秀樹、弦巻日向に対して藤田刀華と鼎竜胆の姿がある。部屋の外にも複数名の風紀委員が在中している様だ。また話の限りでは事態の収拾の為に恭介の担任、沖田光弥と秀樹と日向の担任、椋梨六義は共に駆けまわっているらしい。

 後でお礼を言わないとな、と恭介が考える最中に刀華が溜息交じりで問い掛けた。

「鍵森君。君が普段から余裕綽々なのはこと今に関して癪に触る程に理解しているが、ことこの場面でそんな態度でいるのは問題なのではないかな?」

 何故だか楽しそうな――嫌味でもなく楽しげな様に恭介は眉をひそめながらも返答する。

「それは自覚しているさ。だが悪いな――生憎と俺は下着泥棒なんて姑息なマネはしない」

「君の意見には確かに君個人を知る私から言わせて貰えば、得心がいく。普段の君を見ているものから言わせてしまえば下着泥棒なんて事をする奴ではないとね。君なら間違いなく幼女誘拐で捕まった方が納得だ」

「待て、藤田。それは誤解だ。幼女誘拐なんてしないからな?」

 幼女誘拐の方がしっくりくるからな、と数回頷く刀華に恭介は弁明を発する。

 ダメだ訊いていない。

「秀樹。お前からも何か言ってくれ! 俺は幼女誘拐なんかしないと!」

「そうだぜ、藤田先輩! 恭介先輩は無意識でやっちまうだけだ!」

「秀樹ぃ!? それはもっと危ない奴じゃないか!?」

「……鍵森君……」

「待て、信じるな藤田。絶対的に違うからな?」

 刀華が残念だよ、と言わんばかりの表情で恭介に視線を向ける中で同じく部屋にいる風紀師団の班長――鼎竜胆が静かに声を上げた。

「藤田先輩。これ以上駄弁っていても仕方ありません。早急に判決を下した方がよいのでは?」

「ふむ。まあ、鼎の言う通りなんだがな……」

 刀華は少し眉をひそませた。

「彼らのやった事は停学は免れない事ですよ、先輩。『下着泥棒』に『覗き』、何より弦巻日向のやった『女子更衣室突貫』は重罪です」

「まあなぁ。ただ弦巻君に関して言えば……」

 そう言いながら刀華は視線をそっと秀樹の隣に目を向ける。

 ぼろっ。

 そこにはそんな擬音が実に似合いそうな程にボロボロになった弦巻日向の姿が見て取れた。女子更衣室に突貫した後にタコ殴りにあったそうだが、被害に遭った女性陣よりも騒ぎを訊きつけた女性陣の暴行の方が多かったらしく……。

「彼に関しても……まあ、罪状軽減でよくはないか?」

「何故ですか。退学は免れませんよ本来?」

「停学辺りで押し留めておくべきだ、と言っているんだ。初犯で穏便にと言うところもある」

「穏便と言う言葉は相手が反省しているのが前提ですよ? この三人が反省しているのかどうかが重要です。まず鍵森先輩はどうなんですか? 反省しているんですか?」

「反省も何も俺はやっていない。弁明出来る要素なんにも無いけどな!」

「清々しい笑顔で言う事かな、鍵森君は……」

 無駄にイケメンな顔で言う恭介に対して思わず頭を抑える刀華である。

「次に陽皐。お前はどうなんだ?」

「どうなんだって言われてもな……俺の場合ほとんど事故なんだっつーの! と言うか反省と言う意味では俺達にオーバーキルの技ぶっ放したお前にも反省点あるよな!?」

「ぐっ! た、確かについお前達に対巨大妖魔級の奥伝を放った事は認めるが……!」

「ついで何て危険なものぶっ放してんだよ!」

「……ああ」

 その会話内容にふと刀華が思い出した様に頭を上げて、竜胆を一瞥した。

「確かにアレは大技過ぎだぞ、鼎。幸いにも彼らが存命だから良かったが……いや本当に」

「最後の本当にが怖いんすけど!」

「だが教師から苦情が来ていたぞ? お前の技が強過ぎた所為で門番のミョウブとサグジが破損してしまったらしく修理に六月後半までかかるらしい」

「うぅ……も、申し訳ありません……」

 申し訳なさそうに謝罪する竜胆。

 どうやら我を忘れたとはいえ大技を放って生徒を巻き込み、シラヅキの門番を壊した事に関しては非があると感じているのだろう。

(にしても哀れなミョウブとサグジだぜ……南無)

 秀樹は心の中に手を合わせる。

 自分達が吹き飛ばされたとはいえ死なずに済んだのは不思議に思うところだが、壊れたあの二体に関しては壁代わりに使った恭介と秀樹の行動故だ。もしかしたら壁代わりが功を奏したのかもしれないので少しばかり感謝の念も含めておく秀樹である。

「オレの過ちは今後反省していく事は間違いありません。で、ですが藤田先輩。陽皐に関しても反省を促すべきです!」

「だから覗く気は無かったんだって!」

「無かったで通じるか!」

「本当だよ信じてくれ! 何か怪しい奴に閉じ込められてその後に女子が来ちまったんだよ!」

「怪しい奴? ……仮にそれが真実としてもだ。せめて女子が来る前にロッカーから飛び出るくらいの事が出来なかったのか?」

 秀樹は思わず呻く。

 確かにその通りなのだ。閉じ込められた後に躊躇して出るのを躊躇わなければ着替えの前に出現出来たし、その後の弁明も図り易かった。出るタイミングを逸したとしか言えない。

「まあ、突然の状況であったと仮定すれば心理的な戸惑いから……と言う可能性は無下には出来ないかもしれんな」

「それはそうかもしれませんが……やはりやった事は許されない!」

 毅然と言い放つ竜胆。

 風紀に対するその姿勢を恭介と秀樹は素直に評価した。堅物過ぎては嫌悪されがちな立場の風紀委員に於いてその真っ直ぐな姿勢はとても眩しいものに二人の眼には映されている。

 無論、傍観者的な立場であればだが!

(今の状況ではピンチしか感じられん!)

(どうする恭介先輩!)

 二人、内心冷や汗だくだくである。このままの流れで行けば退学は免れるかもしれないが停学は確実だろうし、やむを得ないと思っている。

(だが停学で安心出来るわけはない。むしろこの状況下で停学って言うのはある意味では最も厄介な未来を秘めた選択肢に他ならない……!)

 恭介は恐怖する。

 別にここで退学になろうが停学になろうが状況はさして変わり得ないのだ。停学になったとしても周囲から来る視線は尽く蔑みの視線となるのは必定。むしろ退学になった方があとくされない可能性すらある。だが同時に恭介は曲りなりにも訓子府家執事――そう言うわけにもいかないだろう。

 どうする――? そう、恭介が考えた時であった。

「ふむ。やっているみたいじゃないか」

 不意に部屋の扉側から聞こえてきた声に顔を上げる。そこには一人の女性が壁に背を預けて何処か興味深そうに視線を投げかけていた。率直に言ってしまえば美人であったが。全身から出来る女性、と言うオーラを纏わせているタンクトップにミニスカートと言う実に露出度の高い服装の上に白衣を羽織ったラフな出で立ちの人物であった。

 藤田刀華は彼女の声を訊いて開口一番。

「先生っ」

 と、声を張る。

 先生と呼ばれた人物は「よっ」と低音ボイスと共に軽く手を上げて反応を示した。

「……アンタは確か……前に藤田と廊下で喋ってる場面を見たことがあるな」

「鍵森君。先生に対しては敬語」

「おっと、これは失礼した。前に藤田と喋っている場面を見たことがありますね、と」

「かしこまる必要はない。大衆の面前でない場面なら大目にみるさ」

 先生は肩をすくめて不敵な笑みを零す。

「簡単に自己紹介しておこうか。風紀委員の顧問をしている土御門(ツチミカド)天花(テンゲ)だ。まあ、簡潔に言うと今回の事態収拾の為に止む無くやってきた、というところだな」

「風紀委員の顧問すか……」

「怖がらなくていいぞ、陽皐。私がやってはきたがそんな厄介な処罰を下すわけではない」

「へ?」

 秀樹は訝しむ様に眉をひそめた。

 だがそれ以上に声を張り上げた人物がいる。鼎竜胆だ。

「どういう事ですかっ! それはつまり甘い処分と言う事ですか……?」

「そうだな。寛大な処分と言う奴さ」

「それは上からの指示的なアレなんでしょうか……?」

「バカを言うな。風紀師団は公的には独立存在。そんな権力がどーたら何て関わり合いにならんさ。ただ純粋にここへ来る間に私が決めただけで」

「……何故です?」

 不服そうに竜胆が頬をふくらませて意義を訴える。

「はっはっは、相変わらずむくれた顔が可愛いなー鼎は。そんなに怒るな怒るな。一応お前の考える正義に則した内容なんだからな。それ故に三人は無罪放免とまでは言わんが、それなりに処分は軽くなる。――まあ、そこは藤田。お前も同意見だろう?」

 天花の言葉にまず安堵を示したのは秀樹達だ。

「良かったぁ……寿命が縮まるかと思ったぜ……!」、「ああ、生きた心地がしなかったのは否定しようもないな」、「ホントですよ……」と口々に零していく。

 しかし気になるところだ。

 藤田も同意見――と言う言葉に秀樹は思わず眉をひそめ視線を刀華へ移す。肝心の彼女は重々しい口をようやく開いて、

「まあ……彼らが関与していなければ、が前提になりますが」

 と、呟いた。

 同時にちろっと舌を出して恭介を一瞥する。

(藤田……お前、からかってただけだろ)

(普段のお返しさ)

 そんなアイコンタクトが成立した。威圧的に見せてどこか安堵を覚えたのはこの為か、と恭介は納得しながら、先に話を進める天花へ視線を移した。

「関与はしていないと私は思うよ。なにせこの三人は行動が目的と則していないからな」

「その根拠は?」

「鍵森恭介。彼はそもそも人の下着を盗む様なせこい男ではないと言う周囲の評価を得ている様だ。『アイツならもっとデカい事をやる』と言うのがクラスメイトの総評の様だな」

「皆……わかってんじゃねぇか……!」

「『幼女ハーレムをな!』と声を揃えられた時は引いてしまったよ」

「皆全くわかってねぇだろう、ああ!?」

「先輩、先輩、ガラ悪くなってますよ!?」

「――まあ後半は私の勝手な尾ひれだが」

「アンタかよ!」

「そうでないにしても、鍵森恭介。お前の噂と人気は確たるものがあるぞ? 誇ってもいいくらいに人望ある奴の様だな。職員室でも良く耳にする名前だ」

「そりゃまあ、ありがたいが……」

「お前の主であるミカアカの在学生、訓子府(クンネップ)うるきと先程連絡を取り、事の次第を伝えたが彼女は言ったよ」

「うる吉が? 何て?」

「『きょーすけはそんな一回の下着泥棒で収まる様なちっちゃな男じゃねー……! きょーすけは丸ごと全部盗んでいく大きな男なんだからな!』と言っていたよ」

「ありがとうな、うる吉。ただ今その言い方されると俺、連続下着泥棒みたいだわ」

「ははは、そうとも読み取れるからな」

 天花は楽しそうにからから笑う。

 しかしその後に片目を瞑り真面目な表情を浮かべながらこうも告げた。

「しかし私の決定を決めさせたのは彼女以上に淡路島の言であったよ」

「淡路島が?」

「ああ」

 刀華が「事実だ」とばかりに小さく頷いた。

「まず彼女は疑問点を語ってくれた。自分が下着を履き替えたのは保健室であり、その場面に鍵森恭介が履き替えた後に姿を現した事が無いと言う事を。事実看護教諭もそう証言している」

「問題は鍵森君が隠密行動くらい出来そうというところなんだが……」

「藤田、それを言い出すとキリが無いぞ」

「うん、私もそれは思った」

 気まずげに視線を逸らす刀華。

 秀樹も思わず頷く。

(なんせ恭介先輩ただでさえ神出鬼没だからなぁ……隠密行動も普通にこなせるだろうし、ある程度こっちが譲歩しないとスペックの高さ故に話が進められなくなるよな)

「まあ後は階段でぶつかったなど様々な状況から通常であれば明らかに時間的にも無理な状況が存在するわけだ。ただまあ、スペックの高さが災いしたな。お前の場合だと常人では無理だが、と言う前提条件が崩れてしまうわけだ」

「わかっていますよ。だからこそ俺は弁明が難しいと予め述べていますからね」

「そう。故に論点はずばりお前の人柄だったよ。それを決定づけたのが淡路島の言葉だ。彼女は言ったよ。『鍵森君は優しいんだ、とても。だからそう言う事はしないとぼくは思っている』とね。無論優しいフリと言ういたちごっこな論点もあるが、そこは淡路島の言葉で全て譲歩しようと私は考えている」

「それでいいんですか?」

「生徒の言葉に感銘を受けれない教師など教師ではないさ」

 きっぱりとそう天花は言い放つ。

 甘い裁定だ――そう言われてしまえばそれまでだろう。だがそれでも彼女は誇って答える人物である事を刀華は知っている。

『それが私の結論だ』

 と、ばかりに自分を通す女教師である事を良く知っているのだ。

「では次に陽皐秀樹に関する事だが……君はどうやらクラスのムードメーカー的な存在の様だな。クラスからは中々好評な人物な様だ」

「皆……!」

 自分に対して好印象を抱いていてくれたのだと知って秀樹は思わず涙を浮かべる。

「皆言っていたよ。『えー、秀樹が覗き? マジで?』、『やっぱりねー、いつかやると思ってたぜ流石男の中の男ぉ!』、『あーらら、陽皐のやつ遂にやっちゃったんだ? ご愁傷様―』、『ま、あいつも男だしね。でもロッカーの中って……ぷふふ、漫画かっ』とまあ、様々」

「お前ら後で覚えておけよ!?」

「陽皐。まずはお前からの様だ」

「止せ、鼎! 刀を構えるな! 処刑人みたいに構えないで!?」

「まあ、待て落ち着け鼎。クラスメイトの反応は大まかにはこんな感じだが実際の印象はかなりアレだったぞ? とても面白がっている風だった」

「お前ら本当に後で覚えておけよ!?」

「陽皐。大丈夫だ、オレは腕には自信がある」

「だから構えないでくれないか!?」

「とりあえず刀を下ろしてやれ、鼎。ああ、違う違う、楽にしてやれ的な意味で下してやれじゃなくて首に当たらない様に下ろせと言う意味でな。陽皐、先生が悪かった誤解のある言い方だったのは認めよう。だから泣くな」

 秀樹は危うく振り下ろされそうだった刀には目もくれずしくしくと手で顔を覆っていた。

「情けない……」

「まあ、そう言ってやるな。擁護の台詞が無くてこの状況下だ泣きたくもなるさ」

 竜胆の冷淡な眼差しに天花から僅かなフォローが入る。読み上げたのは他ならぬ天花本人であるが……。

「ただまあ、お前に関しては実の所、この情報が有益であったにしろ無益にしろ問題は無い事が別ルートから判明している。よってお前は無罪放免――とまでは、覗いてしまった実績から難しいが雑用程度のお仕置きで済むだろうな」

「えっ?」

「予想していなかったって顔だな」

 天花が楽しげにくすくす笑う。秀樹としては驚きを隠せなかった。

 自分の状況がとても不利で恭介の様に釈明できる可能性が低かったにも関わらず事態を免れたと言う事が驚きで仕方が無かったのだ。そんな秀樹に対して「良かったな。だが今後はこんなバカな事態に陥るなよ?」と簡素に声を投げ掛けた後に最後の人物へ視線を向けた。

「さて、では最後に弦巻日向。君だ」

「……はい」

 しょぼんと項垂れる日向だ。

「実の所、我々としては君が一番問題だと捉えているんだ。なにせ女子更衣室に突貫と言うどう考えても本人の意思によるものでしかない行動。こればかりは冤罪を晴らすのはとても難しいと言えるだろう」

「おっしゃる通りです……」

「だがまずはこれを問い掛けたい」

「……と言うと?」

 恐る恐る顔を上げる日向に対して天花はニヤッと笑みと共に言葉を投げ掛けた。

「女子更衣室はどうだったかね?」

 その言葉に。

 日向は一瞬にして目に焼き付けてしまった光景を思い浮かべてしまった。綺麗な茶髪の美少女の下着姿と言う扇情的な光景――それを再び思いだした瞬間に日向は顔から湯気が出そうになる程に真っ赤になって思わず俯いてしまう。

「あぅ……」

 耳元まで赤くなった日向を見て「……ふむ」と天花は頷いた。

「ないな。弦巻もまた冤罪ではないにしろ自発的な行動では無い様だ」

「何故そう判断出来るのですか?」

「藤田。お前だってわかるだろう、この弦巻のザマを。女子更衣室で何をしたかはクラスメイト含めて全員口を割らなかったのはやられた人物への配慮――まあ、訊いてきた反応からおおよその特定はつくが――そのやった人物の反応が耳まで真っ赤だぞ? この様になる様な人物が女子更衣室突貫なんて男らしい行動を取れるものか。多少過激なポスターだけで赤くなるぞ?」

「それは確かに……」

「まあこの反応を見る限りはエロに耐性は無いな。――興味はありそうだが」

「うう……」

 日向とて男子生徒だ。無論ながらそういう事に感心がないわけはない。

 ただまさに直面すれば当然のごとく赤らむ事となるだけで。その事から日向がそういう事に感心はあると言う事を天花は推察した。

「だが女子更衣室に突貫する程の度胸は無いと言うのが見解だ。ヘタレと言うわけではなく、純粋にそういう事はしない良識を持ち合わせている様だ。クラスメイトに聞き及んだが、全体的にマイナスな評価は無かったしね」

 そして天花はすっと日向に視線を合わせる。

「故にここからは君が意図的でないと言う前提条件を元に問い質そう」

「……へ?」

「わからないかもしれんが答えてもらうよ? 君は調書に於いてこう答えている。『怪しい人物を追い掛けて女子更衣室に入ってしまった』とね。それに対して女子生徒は一名を除いて皆が同様に誰も入って来なかったと言う発言を残してくれた」

 天花は視線を鋭くしながら問い掛けた。

「君は誰かを見た――その事に違いはないね?」

「……はい……?」

 その質問に日向は思わずきょとんと眉をひそめた。

 質問の意図がどうにも曖昧に思えたからだ。そしてその前の発言もまた不思議に思えた。

「見ました。こう全身ぶかぶかの服で顔まで隠した人物でしたけど……」

「何か特徴的なところはそれ以外にあったかな?」

「笑い方が特殊でした。後はそーですね……何か喋りが古風と言うか老人っぽいと言うか」

「老人という事か……?」

 刀華が犯人像を想像したのか何とも困った様な表情を浮かべた。

「わかりません。挙動が凄い身軽な方でしたから」

 あれだけの動きを見せたのだ。老人かどうかは不明だ。ただそれだけの動きが可能な老人がいないとも言い切れない為に言葉を濁す中で恭介がおもむろに呟いた。

「その犯人像だとするならば……俺も見たな」

「調書にあった下着を手渡した人物かね?」

「ええ。どういうわけかあの下着だけ手渡していきましたからね」

「不思議だな。何故淡路島のだけを……」

「淡路島の下着には何かあるとでも言うのだろうか……」

「どうでもいいけど淡路島先輩ここにいたら絶対に顔真っ赤にしてると思うな俺」

 先程から下着の連呼である。きっと本人がいたら止めに入る事だろう。

「だが不可解だな。どうして先生方はそこを気にするんだ?」

「良い質問だ鍵森。まあ、端的に簡略的に言ってしまえば――長きに渡る因縁に終止符を打つためと言うところか」

「……長きに渡る?」

 恭介が嫌そうに顔をしかめた。

 刀華がうんうんと頷く中で溜息交じりに天花が告げた。

「ああ。実際の所、この時期になると学院では毎回下着泥棒が起きるんだよ」

「それ事前に言っておこうか!」

 恭介の発言は最もであった。それならば対策が取れただろうに、と秀樹も思う。

「事前に言っていた時期もあったとも。だが効力が無いんだ」

 だが天花は首を振って否定する。

「なにせ――犯人が大半の生徒にも教師にも見えないんだ。だから対策を立てたとしても知らない間に被害が出ているという事だよ」

「……そんなアホな……と、言いたいが」

「現実に今までがそうだからね」

 見えないと言う前提条件は覆る様子は無いという事を恭介は認識する。

「だが、その言い方だと全員が見えないと言うわけではない様だな?」

「ああ。ごくたまに見えた生徒もいたらしい――一人二人だがな。それと見えている様な様子を匂わせた者もいたそうだ――本人は否定を示したが」

「……ふん?」

 どういう事だ? と恭介は訝しむ。

(単純に厄介事に巻き込まれたくなかっただけか、あるいは自分だけが見えた事への恐怖感からか……ダメだな憶測程度にしかならない)

「でも、そういう事だと学院側は把握してるわけなんすよね? 今回の事件にその見えない人物が関わっているって事を」

「無論だ。だけれどね――見えないんじゃあ捕えようがないのも事実さ」

「そりゃそうか」

 秀樹も困った様子で嘆息を浮かべる。

 見えないと言うだけで八方ふさがりの如くなるのも仕方ない事であった。

「だから簡潔に言ってしまえば、弦巻。君の冤罪を晴らす方法はぷっちゃけない」

「ぷっちゃけられたくなかったです……」

 ガーン、と日向は涙目でショックを受けていた。

 恭介と秀樹が『可哀そうに……これから蔑みの人生か』と言う視線を向けてくるのが実に物悲しい。二人は弁明材料があるだけ凄くきつい心境の日向であった。

「だが事実を知る学院側としては配慮も出来る。なにせ、この時期に下着泥棒が出てくる事は二年生、三年生、教員共に秘匿していたわけだからね」

「先輩方もなんすか?」

「毎年、見えない下着泥棒が出るって言っても信憑性無い上に捕まえられなくなる可能性も無下には出来ないだろう?」

「そっか、それもあるか……」

「無論、一年を囮にしているわけでもないから予防線は張っているんだがな……見えないだけあって警備も結構掻い潜られてしまうと言う恐ろしい奴なんだ」

「だから毎年って事かぁ……」

 秀樹が嫌そうにしつつも納得を示す。

「その事からまあ、弦巻の冤罪を知る教師陣も当然いる。だが、状況的に事態の打開は難しいと言う事だ。だから本来であれば君の擁護もやれなくはないんだが……」

「それはしたらダメです」

 その時に日向はふるふると首を振って拒絶を示した。

 秀樹は少し驚いた様子で「どうしてだよ?」と問い掛ける。

「……多分僕の立場が陽皐君なら擁護も出来たでしょうけど、僕と先輩の場合であればしたらダメだと思うんです――だって迎洋園家の従者ですから」

「ほう、感心だな。自分でそこに行きついたか」

「まだ学院来て一週間かそこらとはいえ、それの自覚くらいは出来ましたから……」

 あはは、と苦笑を零す。

 恭介が「偉いぞ」と労いの言葉を投げ掛けてくれたのが唯一の救いに思えた。

「そう。本来ならば擁護も可能だったが、生憎と弦巻の擁護は難しい。こと芳城ヶ彩に於いて彼の主の迎洋園はミカアカの創設者だ。それはつまり学院に於いてはシラヅキの創設者である徳永に匹敵する権力と言う事になる。ここで理由も曖昧な形で擁護したとしても、それは権力によるものと認識されかねない。つまりは悪手と言う事になる」

「そうか……! 名家の恩恵が仇になっちまうのか」

 秀樹が舌打ちで悔しげに呻く。

 つまるところ裏で力が働いた、金の力が動いたと誤解されかねないのだ。それは迎洋園家にとって明確な痛手となり得るだろう。

「そういう事だ、陽皐。ただし君の場合も知る者からしたら同じ認識は免れないと思うよ」

「う」

 秀樹がやっぱりか、と言った様子で顔をしかめた。

 確かに、と頷く恭介と違って頭に疑問符を浮かべる日向であった。

「まあ何にせよ結論から言ってしまえば君達三人の擁護は難しいという事だ。その事から特に問題なのが弦巻と言う事になる」

「どうしたらいいのかねぇ……」

「……」

 無言でしょぼんと項垂れる日向を見て秀樹は何とも可哀そうな気分になってくる。

「一応尋ねておくんだが……迎洋園は何て?」

「迎洋園テティスにも連絡は入れておいた、主だから当然だがな」

「うわぁ……主様は何て?」

 日向は若干蒼褪め恐る恐ると言った様子で問い掛けた。

「うん……とりあえず睡蓮の奴は『日向君も男の子だったんですねー♪』と楽しげだったね」

「凄い想像つく……!」

 と、日向が想像した際に彼はふと気になった。

 天花が睡蓮を妙に気安く呼んだ感じが気になったのだ。基本名字で呼んでいる風なので彼女だけ名前で呼称した事が気にかかり、不意に彼女の名字を思い出す。

「……あれ、そう言えば先生の名字って……」

「遅いな。余程滅入っていたのか何なのか……そうだね、私の苗字も土御門。睡蓮は私の妹に当たるよ。だから弦巻の事は実の所事前にある程度は訊いていた」

「そうだったんですか……」

「本来なら他愛ない談笑か苦手な勉強でも見てやってもいいとこだが、生憎とそう言う余裕もないだろう? それで次に迎洋園からはそうだね……『ヒナタっ♪ 後でじっくりお話いたしましょうか♪ 大丈夫退学なんて生温い事はしませんわっ♪』とのことだ」

「……」

 日向の汗がヤバイ。

 秀樹の率直な感想はそんな感じだった。

 そんな今後の進退危ぶまれる日向に対して天花は真面目な顔で詰め寄った。

「さて。このように逆境に陥っている弦巻に道を与えるとしよう」

「……道、ですか?」

「そう、道だ。君がこの逆境に於いて現状に甘んじるか打破するか――その二択だ」

 天花は人差し指を立ててこう述べた。

「一つ目は現状に甘んじる――迎洋園側の擁護もあるだろうし、教師陣も犯人は知っている。初犯と言う事もあり退学にはならないが数日の自宅謹慎は余儀ないものだろう。今後の学院生活で視線が厳しいと思われるが、過ごす事は出来るし今後の努力次第で改善出来る冤罪に塗れた道――」

 あるいは、と一拍置いて。

「現状を打破するか、だ。幸いにして君は犯人が確認出来た。それは捕まえられる特権を得ていると言う事になる。真犯人さえ捕縛してしまえば君の冤罪は晴らされる事となるが、同時に失敗したならば数日間の猶予は慎重な裁定を学院側が下そうとする意志と周囲は見るだろう。つまりは処分が重くなる――だが、無罪を勝ち取る為の道」

 ――君はどちらを選ぶ?

 と、天花は静謐な声でそう問い掛けた。

「……僕は――」

 日向は唾を呑み込み、そして毅然と答えた。

「犯人捜します。どうしても失いたくない光景があるから犯人捕えます」

 しっかりと決意を固めた上で確かにそう述べる日向に天花はふわりと微笑んだ。

「そうか、頑張れ男の子。――立場上、君のサポートは出来ないが、そうだね。風紀師団の手を僅かに緩めるくらいはしてやれなくもない」

「先生……いいんですか?」

 それまで黙っていた竜胆が不服げに呟いた。

「構わんさ。冤罪で処分って言うのは後味悪いからな――鼎もそう思うだろう?」

「……それは同意見ですね。では、仕方ない。オレも彼らの事はある程度目を瞑る事で行く末を見守る事とします」

「ありがとう」

 天花はニコリと謝辞を述べた。

「ああ、それと調書を見る限り――そして陽皐絡みの情報を見た限りでも、間違いなく犯人は複数いる事がわかっている。共犯かまたは同時刻の別々の結果なのかはわからない。だが、鍵森も陽皐も同様にこの一件に絡んでいる――後はわかるな?」

 暗に問い掛けた天花に対して恭介は不敵に微笑んだ。

「――ええ。つまりは、そいつらを捕えれば俺達の罪状もより覆しやすくなるって事だろ?」

「その通りだ。するしないは任せるけれどね。陽皐はともかく、鍵森は一考の余地があると思うな、私としては」

 では、と告げて天花は白衣を翻して扉の方へ歩いてゆく。

「やるやらないは自由だ。君達が全面的に悪いわけではないのは私が確認した。まあ、女子更衣室で何かやらかした事や下着に触れてしまった以上は百パーセント擁護は出来ないがね。逢う程度なら穏便にしてやれなくもない――それを覚えておくといい」

 カツカツと歩いてゆき天花は扉に手をかける。

 その際に日向が「あ」と口を開いた。

「あの、先生」

「ん。何だね弦巻?」

「その、一つ伝え忘れていたんですけど犯人名前名乗ってました」

「それ初めに言うべき事じゃねぇのか弦巻……」

「ですよね……」

「いや、構わんさ。偽名とも限らんからね。で、何と?」

「確かキューピット=アルルって……」

「そうか、一応調査してみるとするよ。――では、頑張りなさい」

 その一言を残して天花は部屋を去る。

 そして廊下を闊歩していく彼女は何とも難しげな表情を浮かべていた。

「キューピット……また、これは不思議な名前が浮上したものだね……」


        3


 食堂での出来事を経た彼らはとある場所へ赴いていた。

 前日に彼らが食事をし、話をした草原の近くだ。人の目が割と少ないこの場所でなら話しやすい事もあると言うもの。集った三人はまずある事に直面していた。

「これから俺達はある任務に取り組む。即ち、真犯人を暴くミッションだ」

 うんうんと後輩二人は頷いて先を促す。

「俺の想定ではその際に別箇行動する確率が高いと踏んでいる。よって、お前達にはこれを貸し与えておく事とする。受け取れ」

「……何ですかこれ? マイク付のイヤホンみたいですけど」

「そのままだ。ただし無線機だがな」

「……よく、そんなん持ってたな恭介先輩」

 秀樹が呆れた様に呟いた。

「フ、昔から無線機は好きでな。何かあればこれを通して会話をしよう。携帯よりもよほど気軽に状況を分かち合えるからな」

 そう言われては仕方ない、と二人は耳に装着する。

 ちょっと恭介の気分もわかるのでテンションが上がる二人であった。

「そして次が肝心だ」

「何ですか?」

「コードネームを決めるぞ」

「……」

 日向が無言になった。

 秀樹が一拍間を置いた後に遠慮がちに。

「……えと、それ決める意味があるのか恭介先輩?」

「何を言う。無線機でミッションとくれば欠かせないだろう!」

「そう言うものなんかね?」

「う、うーん……。無線機使った事が昔ありますけど、コードネームまでは……」

「ノリ悪いなお前ら。ほらほら、折角だしつけようぜ? 弦巻は何がいい?」

「そうですねぇ……」

 日向はうーんと悩んだ様子を見せた後に何か浮かんだのか唐突に目を見開いた。

「そう言えば前に僕の事、『不如帰』って呼ぶ人たちがいましたから『ホトトギス』にしてみることにします!」

「ほう、『ホトトギス』か。いいんじゃないか?」

「いやいやいやぁ!? 何がどういう状況になったらホトトギスなんて愛称が生まれるんだよ、弦巻は何に直面したんだよ!?」

「よくわかりません」

「まさかの本人が笑顔でわかりません発言!」

「まあ、今は置いておけ。じゃあ、日向は『ホトトギス』、と。なら俺はそうだな……鍵森だけに森でいこう……『フォレスト』じゃ味気ないな。よし、『ヴァルト』にしよう」

「ヴァルト……ドイツ語で森って事か」

 そういう事だな、と秀樹の言葉に恭介は頷き返す。

「弦巻と恭介先輩がつけたんなら俺もつけないとだよなぁ……けど、どうすっかな? パッと思いつくものって言われてもな……」

「いやぁ、秀樹なら『シャイニングライト』だろう?」

「いえいえ、陽皐君でしたら『ライトニングサン』ですよ」

「お前らのイメージ太陽なのな。まあ、確かに陽皐だけどさ!」

「しかしライトニングサンもいいな……よし、秀樹! お前はシャイニングライトニングサンと名乗る事を強要しよう!」

「強要言うだけあって無駄に長い名前になったな!」

 秀樹が『なげぇ……』と文句を言うので最終的に頭の文字三つで『シャイ』に略したところそれはそれで秀樹から文句が垂れたが話が進まないので彼の言い分を適当にスルーした後にいよいよもって恭介は本題を切り出した。

「まず今回の到達点は唯一つ――犯人を捕まえる事だ」

 何が重要かと言うと、と恭介は前置きし、

「この犯人と言うのが厄介だ。犯人は間違いなく複数犯。ただし別箇行動の可能性と共犯の可能性を捨てきれない。俺と弦巻が目撃した『見えない』と言う奴と」

「俺をロッカーに叩き込んだ黒ずくめの奴だな」

「そうだ。そっちはおそらく普通に盗撮犯か何かだろうな。だから対応はしようがいくらでもあるが、肝心なのは俺と弦巻が目撃した側と言う事になる」

「見えないわけですもんね」

「ああ、だが俺と弦巻にはどういう訳か見えていた。それがあれば――相手は体術に通じていると思われるが対応が出来ないわけでは決してない」

 日向は「ですね」と力強く首肯する。

「で、ここで重要なのはどうやってそいつらをおびき出すか、と言う話だ」

「……確かに」

 わざわざもう一回犯行に及んでくれるとは考えづらい。

「よっておびき出す手段なんだが――実は秀樹の方に関してはやりようがある」

「え、マジか?」

「ああ。――おい、アレを持ってきてくれ」

 恭介は小さな声でマイクに声を通した。

 すると草葉の陰からぴょこっと何かが姿を現す。それはメタリックな光沢を放つ子犬の様な造形のものであった。

「……何だこれ?」

「メカわふー、と言うらしい」

「メカわふー?」

 へー、と興味深そうに秀樹は注視する。メカ故に動作にぎこちなさが見えるが中々に良く出来た代物だ。その時ふと同じくそれを見ている日向に視線がいったが何故だか小首を傾げて疑問を浮かべている様子である。

(……ロボットを知らない、とかじゃないよな?)

 ありえなくもない――と普段の日向を知る故に思ったが流石にそこまでではないだろう。

 考えても仕方ないか、と秀樹は思考を打ち切った。

「で、これが何なんだ恭介先輩?」

「ん。まあ、見ていな。プロフェッサー、頼んだぜ」

 マイクに対して恭介がそう呟くと途端、イヤホンに何やら明るい調子の女性の声が響く。

『オッケー☆ 了解だよん☆ では、御覧あれ☆』

 やけにテンション高いな、と思いつつ秀樹はメカわふーを注視する。不意に隣で日向が「何か聞き覚えあるような……」と何やら呟いていたが、その後起こった現象に秀樹は「おお!」と感嘆の声を張った。

「凄い……映写機になってます!」

 日向の言葉通りに三人の前にいるメカわふーの目が輝いて岩場に動画を再生していたのだ。

「こりゃ何かテンション上がるな……! っていうか画質が良いのがすげぇ」

『頑張ったからねん☆』

 相当頑張らなければ難しいだろうな、と言うのは秀樹にもわかった。

 しかし今はそれよりも動画の内容だ。

「……こりゃあ」

 そこに映し出されていたものに秀樹は驚く。

 それは彼が盗撮犯を追い詰める経過を録画したものだったのだ。そして目線はやけに高く、彼が来る前の映像も映している――その事からわかるのは唯一つだ。

「そっか……! 俺が頼んだの回収してくれたんすね!」

「ああ。お前に頼まれたのをプロフェッサーに依頼して別箇で回収してもらった。映像は御覧の通りさ。犯人の動向が事細かに映っている」

「やった……! そうか、だから先生方も……!」

「ああ、お前に関してはこれだけ証拠があれば冤罪確定だからな」

「やー、肝が冷えたぜ……。先輩が何も言わないから回収出来なかったんじゃないかとひやひやしたからな、まったく……」

「悪い悪い。昨日話す暇が無かったからな」

「でもこれで陽皐君の冤罪は晴らせます! 良かったですね、陽皐君!」

 日向が嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「俺はいいけどさ。二人はどうするつもちなんだ? 俺の場合はこれが証拠になるし、これを使って犯人を炙り出そうって魂胆なんだろ?」

「そうなるな。で、俺達に関してだが――」

「どうするんですか恭介先輩……!」

 自分達に関わる重要な事と言う事もあって日向は意欲に満ちた様子で体を前に乗り出した。

(状況が状況だけにやる気満々だな弦巻も)

 俺も出来る限りの事はしてやらないとな、と秀樹は内心拳を握り緊めてそう思った。

 二人がそう覚悟を決めているのを実感しながら恭介は日向へ向けて、こう告げた。

「弦巻。お前に頼みがある」

「やれる事ならなんだってしますよ!」

「本当だな?」

「はい!」

「本当に本当だな?」

「とーぜんです!」

 そうか、と安堵した優しい笑顔を浮かべて彼は告げる。


「じゃあ悪いんだが十一学区まで行って女性用下着買ってきてくれるか?」


「…………」

 日向の汗がヤバイ。

 やっぱり、傍目みた彼の容体はそんな感じだった。日向はしばし沈黙を続けた後に恐る恐る恭介に本気かどうかを問い掛ける形で問うた。

「えと……恭介先輩、それにどんな意味が……」

「どんな意味かと言われたらこう返すしかないが――誘き出す為だ」

 力強く恭介は返答する。

「下着で?」

 またまたー、と言う感じで日向は返す。

「そう、下着でだ」

 しかしやはり語気を強めて返答された。

「どうやってですか!?」

 日向が愕然としている。対照的に秀樹は何となく予測付いた。

 おそらく恭介がやろうとしているのは有名な罠だ。例えるなら猿をバナナで誘き出し籠の中に誘い込むと言う有名かつ古典的なアレに違いない。だからこそ思う。

「……もっと利口そうな作戦なかったのかよ先輩……」

「仕方ないだろう。どこの誰かも不明。所在も不明。思考回路も不鮮明。そんな相手に対しては相手の好物を設置して誘き寄せるくらいしか手はないさ」

「だから下着、か」

「ああ、ブラジャーでもパンツでも好きな方を買ってくるといいぞ、弦巻」

「好きなのをって言われても困るんですが! 買うの僕なんですか!? 絶対変な風に思われちゃいますよ!」

「大丈夫だろう、お前女顔だし」

「がふっ!」

 胸を抑えながら日向が吐血(※した様に見える)する。

「け、けど正直こーいうのはお二人の方がよさそーですよ! 僕が買いに行ったら絶対に女装趣味みたいに思われちゃいそうで……!」

「確かになー。恭介先輩なら彼女への大人なプレゼントみたくなりそうだけど」

「彼女なんかいないのにそんな風に振る舞えるかよ。まあ、妹の下着買う機会が無かったとは言わないが……それでも何より俺の容疑、下着泥棒なんだから買いに行ったら容疑が濃厚になりかねない」

「そう言われると確かにそうですね……」

「秀樹も同様だ。冤罪でこそあれど買いに行けば確実に再検証されるぞ」

「それは嫌だな」

 秀樹が確かに、と顔をしかめる。

 覗き魔の嫌疑がかかっている段階だ。普段であれば見られても笑い話になりそうだが現段階でそれを実行すれば何らかの思惑を絡ませる形となりかねない。

「対して弦巻の場合――もう捨てれるものは何もない」

「ありますよ! 道徳とか倫理観とか色々ありますよ! そんなもう後が無いみたいに言われると悲しくてたまらないから止めてください!」

 後半は最早泣き言になっていた。さりげなく容赦ない恭介である。

「だがな、弦巻。もう方法はこれくらいしかないぞ?」

「それは……そうかもしれませんけど」

「冤罪を晴らす手段はこれくらいだ。それともお前は下着を買うのが恥ずかしくて、冤罪を被ってもいい――そう思っているのか?」

「そんな事ないです! ……僕だって冤罪晴らしたいですよ……せめて、エリカさんに避けられないくらいにはなりたいです……」

 その後、日向はしばし沈黙していたがやがて唸り始めた後に「ええい!」と若干やけっぱちと思しき声を上げながら恭介の軍資金を手に取った。

「やってやりますよ、もう! 何か泥沼な気分ですけど冤罪晴らせるならこのくらいの羞恥には耐えてみせますよ!」

 ですから、と強い語気で日向は語りかけた。

「――必ず、犯人捕えましょうね二人とも! 絶対ですよ?」

「ああ、わかっているさ。じゃあ行って来い! その間に俺達は諸々の準備を仕立てておく」

 そう告げながら恭介は立ち上がった。

 そして右手を前へと繰り出す。

 その意味がわからない無粋ものではない二人は同様に拳を握って彼の拳にこつんと合わせた。

「俺は今から全般の罠をしかけ終える為に行動する」

「ってなると、俺は盗撮犯を誘き出す為に情報を流布すりゃいいわけだな」

「そうだ。そして弦巻は女性専用衣服店へ女性用下着を買いに」

「あの、すいません。もう何も言わないで頂けますか?」

 赤い顔で日向は複雑そうな表情を浮かべているところに恭介はもう一言発した。

 日向は「なるほど」と感心した様子で頷いて秀樹を見る。秀樹も賛成する様子を確認した恭介は満足そうに首を縦に振った。

 そして三人は共に声を上げる。

『絶対にミッション成功させるぞ(ましょう)!』






第九章 陰日向の円舞曲・前篇

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