第六章 慈悲の少年、運命の少女に巡り会う・後篇
第六章 慈悲の少年、運命の少女に巡り会う・後篇
1
「エリにゃんさんですよね!」
いっそ爽やかなまでに彼女は少年に呼ばれた。
ことここに至って弦巻日向は見事に爆弾を投下したと言えよう。
みよ、この室内を漂う緊迫感を!
みよ、このエリニャンと呼ばれた少女の完全に硬直したかの様な気配を!
そんな少女であったが数秒の経過した頃になってカァッと顔を赤らめ眦を吊り上げると、
「――ッ!」
ガタッ、と唐突に席から起立する。日向が「わー、また逢えて嬉しいです!」とほにゃほにゃ笑顔を浮かべているのを完全に無視し顔を俯かせながら早足で日向の元へ歩み寄ってくる。心なしかその表情に若干の赤みが見られた事に日向は不思議に思うも。
「アンタ、ちょっと、こっちきなさい!」
「にょわ!?」
等と言う奇声を上げるはめになったかと思えば日向は襟元を少女に掴まれて容赦なく教室から廊下へと連れ出されようとする。
「え、ちょ、エリにゃんさ――」
「黙ってなさい!」
「新橋。何かよくわからんが、五分で済ませろよー?」
「ありがとうございます、先生!」
六義の与えた五分に感謝を述べながら少女は日向を連れて廊下へと繰り出す。
そして後方から来る視線全てを理解しながらも容赦なく教室の扉を閉めた。実に流れる様な動きであり、そのままの勢いで彼女は日向の首根っこを締め上げる様にしながら羞恥で赤くなった顔で睨みを訊かせながら日向を見上げた。
「アンタは急に大勢の前で何て呼び方すんのよ!」
第一声はそれであった。
明らかに怒っている。ただし、そんな表情を至近距離で見返しながら日向は彼女の思惑とはなんとも場違いな感想を抱いていた。
――やっぱり凄く可愛いなあ。顔立ち凄い整ってるし。目も凄い綺麗な魅力があって。
恥ずかしそうにしながらも怒った様に拗ねた表情の美少女の顔が間近にある。
意志の強そうな茶色の瞳に見惚れてもいたほどだ。
その事に対して襟元を掴まれながらも間近でそんな表情を見れている事自体に日向も男子として役得の様な感想を抱いていた。中々にタフな日向である。
ただし精神と肉体では真逆の結果となっていたようだ。
首元を掴まれている関係もありプルプルと軽く震えながら、
「え、ええと……何が、でしょうか……?」
と、汗を一つ垂らしつつもどうにか問い返した。
その疑問の声にカァッと赤面しつつも睨む様なジト目は緩めず、口にするのが恥ずかしいのか少し羞恥の色を浮かべながらも発した。
「だから……その……、今の呼び方よ……!」
「エリにゃん?」
「だからそれで呼ばないの!」
「……可愛い名前だと思いますよ?」
「響きはね。けど、呼ばれる側としては恥ずかしいったらないわよバカ!」
「大丈夫ですよ? エリにゃんさん凄い可愛いですしっ」
「ッ!?」
あんまりにもきょとんとした表情で返された為か少女は再度赤面する。だが何処か苛立った様な気配を感じられる赤の色であった。
「可愛くないわよッ!」
それだけ叫ぶ様に告げ、日向の襟首を掴む手をパッと手放す。
おかげで締められていた間の息苦しさがフッと消え去った。軽くコホコホと咳込みをする日向を一瞥して少し申し訳なさそうにエリカは呟く。
「……う、そう言えばアンタ一応怪我人だったわね……手荒だったわ。ゴメン」
「いえ、気にしないでください、大した事ないですし」
「……そう? それならありがたいけど……」
「はい、気にしないでください」
――怒った顔も可愛かったとか言うときっと凄く怒るんだろうなあ……。
日向は内心でそう続かせる。きっと言ったら怒涛のごとく怒るだろうから言わないでおく日向であった。さて、そんな日向に対して少女は再びジト目で「と言うかね」と前置きして発言を続けてきた。
「アンタね……。何で私に対する第一声が『エリにゃん』なのよ……。どこでそんな名前になったってのよ本当に……」
「ああ、それですか?」
「……あ」
そこで少女は思い当たった様に、呻く様な声を上げて確認を求める形で言葉を紡いだ。
「……いえ、やっぱいいわ。何となく思い当たる節がいたし……。多分だけどガーデンベルトでしょ? マリアンヌ・フレールの店員の……」
「よくわかりましたね。はい、正解です!」
凄い洞察力ですねー、と賛辞を投げ掛ける日向に対して少女は壁際に片手を付きながらぷるぷると拳を握り緊めていた。
「アイツってば……人の名前を何て教え方してんのよ……!」
「ちゃんとエリにゃんって教わったんですけどねー」
「アンタもアンタでどう考えてもおかしい名前だって気付く!」
ビシッと注意する様に日向を指差す少女。
以後気を付けます……、と少ししょぼんとした日向を見つめた後に、小さく「……はぁ。ったく仕方ない奴ねホント……」と苦笑する様な声を零した。
そして右手を腰に添えながら、
「今度はちゃんと覚えなさいよ。あの娘の言う事大概、突飛な事が混ざってるんだから。――さ、もう怒ってないから顔上げなさいよ、弦巻」
「……え?」
「名前。弦巻で合ってたわよね」
確認する声に日向は「はい」と小さく頷く。
「ん。じゃあ自己紹介するわね。……と言うか、あの日、互いに自己紹介とかしてないから名前知らなくて当然なんだけど……それにしたって妙な覚え方されても困るしね」
そうして少女は言の葉を紡いだ。
可憐な所作に綺麗な茶髪がふわりと軽くそよぎながら。
強い意志の秘められた瞳に少年を映しながら。
「エリカよ。新橋エリカ。――間違わずにちゃんと覚えなさいよ?」
腕組みしながら諭す様に名前を告げる。
また間違えられたらたまったもんじゃないわよ――そんな言葉が聞こえてきそうなツンケンとした態度が滲んでいる。だが、同時に彼女の持つ暖かさと優しさが垣間見える様な優しい声色で日向は穏やかな気持ちになりながら、その名前を記憶に刻み付けた。
「エリカさんですか……」
口の中で名前を吟味する。
「――素敵な名前ですねっ」
そして名前を訊けた嬉しさをそのまま口に、顔に出して呟いた。
エリカは少し照れた様にそっぽむきながらも「……ありがと」と頬を掻きつつも呟いた。
「綺麗な名前だと思います。エリカさんみたいに綺麗な娘には良く似合ってますよ♪ ――て、にょもぷっ」
「……」
そこで顔を赤くしたエリカの脳天直撃チョップが繰り出された。
――褒めてるのに……!
褒めても怒られるとはこれいかに、と悩む日向であったが、エリカとしては何度もそう言われて気恥ずかしくなったので黙らせるために思わず手を出した結果である。
エリカは「名前の事はいいからっ」と話題を一旦切ると。
「それにしても驚いたわよ私。まさかアンタが芳城ヶ彩に来るなんて……」
「それを言ったら僕もですけどね。エリ――あ、何て呼べば……?」
日向は困った様に問い掛ける。
女子相手にファーストネームで呼ぶのは中々度胸と関係性がいるのだ。
だがエリカは別段気にした風も無く。
「いいわよ、エリカで。隣の1-Eに私の兄で新橋ユウマっているから、それとゴッチャにならない方がいいだろうし」
「じゃあエリカさんってお呼びしますね!」
(だから何で一々嬉しそうにすんのよ……!)
人のファーストネーム呼べるのがそんなに嬉しいのか、と内心ツッコミを入れるエリカ。
「えと、それでですけど。驚きましたよ、エリカさんがシラヅキの生徒だったって言うのは」
「まあ、お互いにね。あの日たまたま逢った血塗れの奴が偶然、隣の席って事態になった私の方がよっぽど驚いてるけどね。ま、そこもお互いか」
驚きは互いにお互い様、と言う形なのだろう。
「ですね」
日向も苦笑で返す。
「けど、納得したわね……」
「何がですか?」
いえ……、とエリカは何とも複雑そうな表情を浮かべながら。
「件の事件で巻き添え喰らって負傷したから入学が遅れるって生徒がアンタだって事を知るとね……。何か凄い納得出来んのよ……」
「……は、あはは」
その言葉にどうしようもなく乾いた笑いを返すしかない日向である。
事実――否、実際にあの現場。
『不良達から女の子を助けようとして駆け寄ったらマンホールが爆発して吹っ飛ばされ高所から転落、結果血塗れに』なった――と言う少年の事を知る女の子の意見に対して日向はとてもではないが否定要素を持っていなかった。あの無駄に凄い流れで怪我を負った日向の姿を知っているエリカとしては件の事故に見舞われたと言う事態も関連づける事が容易なのだろう。
「……けど、アンタ……あの時みたいな突発的事故ならしょうがないとしても、崩落事故とかならある程度回避出来たりはしなかったの? 動きだけは俊敏そうなんだけどね」
「う」
日向は痛いところを突かれて呻き声を上げる。
そう、日向は速度だけならば評価を迎洋園家内でも得ているのだ。最も、今回の事故による負傷でそれも評価1にされてしまっていると言う悲しい話もあるのだが。
そこまで思い出してはただ切ないだけ。
止むを得ず誤魔化す様な笑いを浮かべながら日向は答えた。
「あー、その何て言いますか……気が緩んでたんでしょうね! テストが良い出来栄えだったって事もあって正直『ランラーララランラーラー、ランラーラララー♪』って鼻歌歌いながら歩いていましたしっ!」
「アンタ、それが原因で不吉な事に巻き込まれたんじゃないでしょうね……?」
エリカの何とも訝しげな視線に日向は笑って答えるしかない。
なにせ真実とは残酷なのだから。
そう、アレは思い返しても悲しくなる話――。
時間は約一か月以上前に遡る。
それは弦巻日向が芳城ヶ彩での入学テストを終えた帰り道の話だ。
その日、日向は一定の高揚感があった。テストでの出来栄えが良かった為だ。入学は難しいとされる名門校ではある。だが日向はアホの子ながら勉強は出来た方だ。と言うより頑張れる方であった。一抹の不安こそあったが、弦巻日向はテストを受けた。そしてどうにかながらも合格したと言う吉報が届くのは後々の事となる。
だが今語るべきは彼のその後に何があったのかである。
帰り道。
学校からの帰り道、彼はテストでの手ごたえから軽く鼻歌を口ずさみながら迎洋園家に向かって歩いて帰る最中であった。都心部から少し離れた人通りのまばらな道すがら。とある廃屋が少し遠くに見える距離を歩いていた時の事だ。
「……ん?」
まず気付いたのは何か金属がぶつかった様な金属音。ただし微細な音だ。
始めは違和感程度。気のせい風情。空耳くらいかと考えた。
それが誤りであったと気付くのは実の所、そう遅い事では無かった。
「……なっ」
驚愕に目を見張る。
向かって左手に見える廃屋。それが突如大きな轟音を立てて前のめりに倒壊を始めたのである。そこまでくれば音の気付かぬものなどいない。
日向はすかさず事態を照合した。
倒壊する建物。完全に倒壊するまでに時間は数分も持たないだろうは安易に予測がつく。対して周囲の人物を見定める。そこで拙い事が判明した。
女の子が一人。
より正確には五人組の少年達のグループだった。ただ、足の遅い女の子一人が場の悪い事に丁度、倒壊する廃墟ビルの真下に位置する形となってしまっていたのだ。他の四人の少年少女は事態に気付いた様で怯え逃げながらも少女に向かって『早く!』と言う声を上げている。助けに向かえ――と言うのは幼い子等に対して無理難題と言うものだろう。
そこまで理解したところで日向は疾走していた。
倒壊までの時間に対して場所までの距離を照らし合わせると正直、勝ち目は薄い。まず間違いなく自分か少女かの二択になると思われる。
だが、
――目の前で小さな女の子見捨てる後味の悪さ喰らうよかナンボもマシでしょうしね!
後の事はこの際文字通り後回しだ。
とにかく助けなければ。その一念で日向は一目散に駆け走った。
けれど現実は無情であった。
――クソッ、間に合わない……!
距離が開け過ぎていた。日向の足の速度をもってしてもおそらく数秒の関係で追いつけない位置関係にあったと言える。対して崩落の瓦礫はすぐ間近へ迫っていた。影がどんどん大きくなっていく事に恐怖を覚えて歯噛みする。
「間に、あえええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
その時だ。
日向とは違う精悍な男性の声が高らかに響き渡ったのは。日向が「へ?」と間抜けな声をあげると同時に目の前の少女をスライディングで助ける精悍な青年の姿があった。蒼く染められた様な頭髪に黒い瞳の美青年――彼が寸前に少女の体を抱き上げて、落ちてくる破片の一つを見事な動作で華麗に腕を使って弾いた。少女に被弾しようとしたそれは力の向きのまま飛ばされて日向の顔面に直撃する。
「へぶっ」
と、言う蛙が潰れた様な声を上げた日向であったが、その後に崩落した瓦礫の音が立て続けに響き渡り彼の声は音に次から次へと掻き消されていった。その間に青年は目測で検討をつけたのか瓦礫の比較的少ない場所へ跳躍する。だが逃げ切れないと腹を決めた様子で少女を抱きかかえる形で瓦礫に呑み込まれていく。
そして当然、弦巻日向もまた瓦礫に呑み込まれていったのであった。
そうして突然の廃墟ビル崩落から二〇分が経過した頃。
騒ぎを訊きつけた民衆がざわめきと共に集まってくる。
そんな群衆を掻き分けてレスキュー隊と救急車が即座に現場へ到着した。
群衆の中の誰かが言った。
女の子が一人瓦礫の中にいるんです! と切実な声で。
群衆の中の誰かが叫んだ。
蒼い髪の青年が女の子を庇って一緒に……! と、消え入りそうな声で。
その後のレスキュー隊の活躍は目覚ましかったと言えよう。群衆の応援を背に受けながら必死になって瓦礫を掻き分けて行く。現場を見ていたものの指摘を受けてその場所を中心に。瓦礫を尽力の限り撤去してゆく。
そんな静寂と緊迫が破られるまでに数刻が経過した。夕闇が静かに暗闇へ。絶望的な夜の闇へ呑み込まれようとしていたその時である。
ここだっ!
誰かが歓喜に吼えた。
その声に群衆が息を呑んだ。寒々しいまでの静謐さが辺りを漂う。
それが歓喜の渦に呑み込まれるのは実に一瞬の事であった。
二人を発見しました! 無事です、二人とも無事です! 生きています!
頭から、肘から、ふくらはぎから流血し気絶こそしていたが二人は生きていた。それが確認された瞬間に周囲はドッと感動に沸いた。崩落する瓦礫から少女を守った青年に辺り一面が花咲く様な感動に見開かれたのである。
「頑張ったな、よく頑張った」、「偉いぞ!」とレスキューの声が叫ばれる。
そしてそんな感動を一身に浴びながら蒼髪の青年は切れた目元を微かに開きつつ「はは……良かった生きてたや……」と嬉しそうに微笑を浮かべてまた意識を手放した。そんな勇敢な青年が周囲の人に見守られながら救急車へ乗せられて病院へ搬送される光景を見た者はまさしく感動を禁じ得なかった事だろう。
弦巻日向だってそうだ。
――瓦礫に呑み込まれて声上げるのも無理な状態じゃなければーですけどねー……。
彼は絶賛、瓦礫の下であった。
周囲が感動の渦に巻き込まれている中で自分一人場違い感の半端なさを痛感していた。皆が一様に感動している最中に一人だけ瓦礫の下で痛い思いしているだけである。動きたいところなのだが直前に瓦礫を顔に受けて血がダクダク流れているし、片足に重い瓦礫が乗っかっていて生憎感覚が凄い乏しい。折れているのか潰れているのか考えたくも無い。
――……何か情けないよぅ、すごく……。
血だらけで冷たい瓦礫の下にいる少年の心はとても切なかった。
――けどまあ、もうすぐ助けてもらえるだろうし……良かったあ。
そんな淡い期待を抱きつつ少年は疲れた様子で瞼を下ろした。
すぐ助けがくるだろう。そう思って。
だが少年の考えは甘かった。
現場を見たものは瓦礫崩壊に巻き込まれたものを『二名』と誤解していた事を。日向の事が数に入っていなかったことを。その後、現場は感動を胸に皆帰路へとついた。レスキュー隊は後は後片付けだけだとばかりに必死さを少し緩めて作業をこなしていく。
結果。
「……ああ!?」
「うわっ。びっくりした! 急に叫ぶなよ、どうした?」
「いた!」
「いた?」
「見てくれここ! 人がいる! まだ人がここに残ってたぞ!」
「何ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
と言う具合に。
瓦礫の下からボロ雑巾の如き少年がだらーんと発見されるまでその後更に数刻を要した。これに関してテレビでは数時間後、更に負傷した少年が一人発見されたと言うニュースが流れて民衆は「あれまだいたんだ?」と意外そうな反応こそすれど、それで終わりになったとのことだ。なお、当然ながら少女を身を挺して庇った少年は後に警察から感謝状が贈られ、少女に関しても意識が戻りしばらく経過した頃にインタビューが行われ取沙汰された。そうしてこの事件が終了した頃には日向の事はネット上で『華々しい事件に巻き込まれただけの汚点』の様な扱いが浮上してきて賛否両論となったのである。
以上、そこまで思い出して日向は思わずしょぼんと肩を落とす。
――言えない……。無駄に格好つけて、無駄足になって無駄に重傷負っただけだなんて格好悪くて人に言えませんよ……。
とてもではないが日向には語れない真実であった。
――特にエリカさんに話したらダメな奴に思われそうだし……。
助けに行ったは美点だ。
けれど結果は巻き添えの無駄な負傷。自分が助けに行かずとも、自分と同じ志を持った青年が事をなして結果として日向はただ傷を負っただけ。世間一般にもただ巻き添えくらった一般人であり日向もそれを撤回する気は無い。話しても恥ずかしいだけの話。守るとかなんでも無くただ怪我を負いにいっただけなのだ。
「だからもっと鍛えないとダメですねー僕! あはは……!」
そして空笑い。
まだただ巻き添えなだけが普通に思えた。
「……」
だがエリカは何処か怪訝そうに日向を見つめてくる。何か隠し事を許さなそうな瞳に見抜かれて気まずい汗が流れてくる。
そうしてエリカが「それって、本当に――」と口を開きかけたところで、教室の扉を開けて担任教師、六義が声を発した。
「おーい。新橋、弦巻。もう五分過ぎたぞ。戻ってこーい――って、ありゃ……空気読めてない、か俺……?」
二人の様子を見て何かを尋ねようとしていた空気を察したのか気まずげに頭を掻く。
「いえ、気にしないで結構です先生」
日向がしめた! と、ばかりに首を振った。
もし何か質問されていたら恥ずかしい話をする事になったかもしれないので日向としてはありがたい介入であった。対してエリカは何処か腑に落ちない様子ながらも「……ま、いいか」と小さく肩をすくめた。
そうして二人は再度教室の中へと戻る。
そこで待ち受けていたのは――好奇の視線の数々であった。
日向は思わずびくっと打ち振るえ、エリカに至っても何か向かってくる視線に対して身構える。当然だ。突如、クラスメイト引き連れて廊下へ出て行ったのだから、そうもなるだろう。
エリカはそんな空気を払いのけながら席へと戻る。
「珍しいな。エリカが男と自分からわざわざ会話しにいくなんて」
「ちょっとした事情があるだけよ」
左隣からの声になんでもない事の様に反応を返しながらエリカは着席する。
「ちょっとした――には見えなかったけどねー♪」
そんなエリカの反応を見ながら最後尾の座席の女子生徒が声を発した。
「……何がよ?」
「だって、わざわざ廊下に連れ出してたし。新橋さんにしては珍しく『エリニャン』なんて呼ばれ方もしてたし――なになに、ずっと別れてた幼馴染と運命の再会とか?」
「そんなんじゃないわよ杉水」
そう言って何をバカな事を言っているのか、とばかりにプィッと顔を背ける。杉水と呼ばれた女子生徒は「ありゃ、拗ねちゃった」と可笑しそうに笑った。そんな様子に「アンタが面白がるような関係はないからね? 少し前に町で知り合ったくらいよ」と好奇を切って捨てる様に告げた。
「ですね。凄い優しくしてもらいました」
そんなエリカの隣では隣の席に着席した日向がニコニコ笑顔で補足を加える。
「え、そうなのか?」
そこで意外そうに秀樹が声を発した。
「ええ、手取り足取り優しくしてくれたんです!」
「手取り……足取り……!? なんだよ、何なんだよその羨ましい発言はよぉ!」
日向が邪気なく放った言葉に激震の表情を浮かべる秀樹。
そんな秀樹に「何か変な勘違いしてないでしょうね?」と射抜く様な鋭い視線を発した後続けざまに「そして弦巻――アンタも妙な言い回ししないの!」と苦言を呈する。
「……え、でも結構手取りでしたけど」
「それは――」
エリカは否定しようとして。
「――手取りは、まあ、そうかも、だけど……」
否定材料が見つからず肩を落とした。
そんなエリカに対して隣座席の真美が苦笑を浮かべながら、
「手取りだったのか、エリカ?」
「何か真美から若干からかいの気配感じるわね……! 手取りって言うか、手を繋いでただけよ、とある事情でね。まあ、何て言うか……目が一時的に見えづらくなってたから手を繋がざる得なかったっていうかね?」
「なるほど、そういう」
可笑しそうにクスリと真美は微笑んだ。
「――けど少し驚いたよ。男性嫌いのエリカが男の子と手を繋ぐなんてね」
「べ、別に手くらいわけないわよ!」
意味も無く右手にガッツポーズを作りながらそう断言する。
「何か安心する様な優しい握り心地でしたよね」
「私に同意を持ちかけないでくれる? それとさっきから私にどんだけ追い打ちみたいのかけようとしてんのかしらね、アンタはぁ……!」
こめかみに怒りマークをたくさんくっつけながらエリカが目つきを鋭くする。
そんな反応に「褒め言葉なのに……」と日向はしょぼくれた反応を見せた。
「はっはっは、落ち込む事は無い弦巻。新橋は恥ずかしがってるだけだって」
「ちょ、先生! そんなんじゃないですからね!?」
そこで会話に参加してきた六義の発言をエリカは真っ赤になって否定する。
「そうか? じゃあ、そういう事にしておこう」
「ニヤニヤ顔がむかつくんだけど……!」
「悪い悪い。さて、それじゃあそろそろ話を続けたいと思う。何時までも弦巻が新橋とイチャイチャしてたらクラスメイトの男子勢が発狂しかねないからな」
「してませんよっ」
エリカが否定の声を発する。
だがクラスメイト一同そうは思わなかった。
何故ならば新橋エリカの浅い事情――彼女が男と距離を置いている事を知るクラスメイトとしては結構親しげに話している日向は注視の対象であったからだ。中でも数名はすでに行動を起こしている。無線機の様なもので何やらブツクサ呟いている男子生徒がいたりもした。
そんな空気を感じながらも六義は「それもまた青春」と呟いて。
「じゃ、ここからは質問タイムだ。ドシドシ弦巻にクエスチョンしろよー」
と、日向としては驚きの発言が飛び出た。
「先生!?」
「何だ弦巻?」
「いえ、あのクエスチョンタイムってどういう……!?」
「はっはっは、転校生にお決まりの怒涛の質問と言う奴だな」
「僕、転校生じゃないんですが!」
「状況的に似たようなもんだろう?」
言われてグゥの音も出ない日向である。
確かに大差ない。
「じゃあまず私質問、しつもーん!」
「うえ!? きちゃった!?」
手を上げたのはエリカにからかいの質問を投げ掛けていた杉水だ。
「何訊くきよ、杉水……!」
「えー、わかってるくせにぃ? 片方だけに質問じゃ信憑性ないでしょぉ?」
ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべた少女は問い掛ける。
「ぷっちゃけエリカと弦巻君ってどんな間柄なわけ?」
「え。今日からクラスメイトな関係ですけど」
簡潔に述べる日向。とくに何か意味深な関係があるわけではないから隠すものも何もない順当な発言だ。ただエリカは変な発言が出てきやしないかと不安だったのでほっと胸を撫でおろす形となった。
「あ、そうなんだ。じゃあエリカの言う通りってわけね」
対して彼女自身も実際そこまで穿った見方する様子は無かった様でけろっと受け止める。
「はい、特にこれと言う間柄ではないです」
「そっかあ。友達以上恋人未満みたいな発言出たら面白かったのになー」
「変な期待してるんじゃないわよ、もう」
「あ、友達以上にはなりたいです!」
「おお、大胆発言! やっぱり男の子ねえ!」
「そしてアンタも乗っかって変な発言してないのっ!」
ポカッと軽い音を日向の頭部に鳴らすエリカ。そんなエリカに「えへへ。まあ一割は冗談ですけどね」と日向は告げると「アンタ案外ノリいいわね……」と呆れた様にエリカは嘆息を浮かべた。
「じゃあじゃあ次の質問だけど」
そうして次々に日向に向けて生徒達は質問を投げ掛けて行った。
「弦巻君、質問ですが君本当に男の子なんですか?」
「いや、何を言ってるんですか。どう見ても男でしょう?」
「なあなあ、弦巻。お前、女装ってする気ある?」
「しませんよ!」
「出来たら写真撮影して売りてぇんだけど。需要あると思うぜ☆」
「笑顔で何を言ってんですか!」
「なーなー私も質問なんだけどさー。弦巻って執事なわけ?」
「あ、いえ。厳密には従僕って言う執事見習いみたいな立ち位置です」
「へー。どこに仕えてんのよぉ?」
「そう言えば言ってなかったヤバイ失態だよ……! 迎洋園ってとこです!」
「ゲ。かなりの名家――って言うかミカアカの理事長の家じゃん!」
「あーミカアカのねー」
誰かが納得した様に頷いた。
日向が執事服を身にまとっているという事で日向が従者なのはわかっていたのだろうが、どこの家柄の従者かは伝わっていなかったようだ。
「はーい。従者歴何年なわけぇ?」
執事かどうかを訊いてきたギャル系の少女の隣の少女が軽く挙手する。
「少しですよ。ついこの前、なったばかりですから」
はにかむ様に苦笑する。本当に歴史が浅い事もあって笑って返すしかない。
「なあなあ! 迎洋園家の従者って事でミカアカに入れたりするか?」
「え? いや、どうなんでしょう……って言うかミカアカ自体遠目にしか……」
「俺も質問だ! 弦巻さ、お前、従者って事で主の……て、テティス先輩の裸体とか見ちゃったりしたことあるか!?」
「何を訊いてんですか!? 見たらもれなく殺されますよ!」
「じゃあさ、じゃあさ! ラッキースケベとかあったか!?」
「ノーコメントです」
「おい、急に何か声が変わったぞ」
隣の秀樹が訝しむ様な視線を投げ掛けてくる。
対して日向は汗を流さない様にするのが精々だ。ちなみに思い当たる節は一度だけあって胸を触った事故である。
「こりゃ怪しいな。あとで追跡調査だ……」
「何か怖い単語が聞えたんですけど……!」
「なあ、私からも訊いていいかな?」
「あ、えと……刑部さん、でしたっけ? どうぞです」
刑部真美。エリカの隣の少女は軽く問い掛けた。
「では遠慮なく。出身中学はどこなんだい?」
「言の葉雫中です」
「そうなのか。ふむ、やはり」
何処か考える様子を見せた真美に対してエリカが「どうかしたの?」と呟くも「いや、ちょっと色々あってさ……」と少し困った様な表情で苦笑を浮かべるだけであった。
対して秀樹は何処か羨ましげに、
「いいなー、羨ましいぜ。言の葉雫かよ」
「いやあ、そこまで羨ましいと思う事はないんじゃ……」
「だって時期的にあのアイドル通ってた頃だろ? すげぇ、いいなー」
「あはは。確かにそこは役得でしたかね」
「チキショウ。俺も言の葉が良かったなー。……まあ、いいか日向は代わりに筋肉と会話する羽目になりそうだしな」
「え?」
「なあ、さっきから陽皐とばっかズリィぞ日向! 俺とも話そうぜー!」
「不知火さん……泣き付かないでください、暑苦しいです……」
頭を抱いて肩を抱く。
相手が女の子ならまだしもむさ苦しい筋肉の塊だ。日向は若干げんなりする。
「で、質問は何ですか?」
「おう! じゃあ、そうだな……ズバリ、好きな食い物なんてどうだ! ちなみに俺は肉だ!」
「何かイメージまんまですね。そうですねー。手強い相手ですけどラーメンとかお手頃で好きだったりしますね! ホント、手強いですけど!」
「ラーメン相手に手強いってニュアンスが不思議なんだけど……」
エリカが何を言っているのコイツ、と言う怪訝な様子を浮かべた。
「だって、手強いんですよ……。後はハンバーグとか天丼とかも御馳走ですね!」
「やっぱ普通に美味いしな、そこは」
秀樹は同感だ! と、言わんばかりに日向を指差す。
「ハンバーグは美味しいもんねっ」
そこでエリカの前の座席、ウサミミを連想する帽子を被った少女も賛成票を投げた。
「初音もハンバーグ好きだからな。そうだ、君も折角だし何か質問したらどうだ?」
「わたしもいいのかなぁ……? って、言っても思いつくのが……そだっ! 好きな色とかどうかな?」
話し相手は同い年とは思えない様な小柄な少女だった。
その為か、なんとなく会話のしやすい感覚がある。本人にそれを言ったらむくれてしまいそうな感覚だが。
「色ですか? そうですね……茶色に青……後は紫でしょうか?」
「ふーん。三色なんだ?」
「すいません、好きな色なもので」
「いいよっ。わたしも数は指定してないしねっ」
何とも明るい少女である。話しやすさも相まって好印象だ。
「では私も好き絡みで質問です、弦巻君。好きな同性のタイプを教えてください」
「そうですねー。メガネで頼りになる――って待てい! 思わず憧れの男性答えかけてしまいましたけど今の質問誰ですか!」
視線を走らせ探そうとしたが続けざまの質問にあえなく断念する。
「じゃあ好きな女子のタイプとかはどうなんだ?」
「結構アレな質問になってきましたね……。明るくて元気な子が好みです!」
「なんかありきたりー」
「ありきたりな回答で悪かったですね!」
「では同性の恋人が出来たとしたらどんな行為に及びたいですか?」
「だからさっきから訊いてくる人誰ですか! 殴りますよ!?」
「よし僕が質問だ光栄に思うといい! 情けなくも足を負った時はどんな気分だった?」
「何かもう質問に酷さが生まれてきましたね! 痛かったですよメッチャ!」
「私も折角ですので質問いいでしょうか? 弦巻君は趣味とかありますか?」
「ここでまさかの普通な質問が!?」
「ふ、普通でごめんなさい……!」
「いえ、普通でいいんです怒ってないですから!」
最前列で若干涙目になる少女に謝罪を申し入れてから。
「趣味は絵をかく事でしょうか。結構好きなんですよね!」
「おいおい。筋肉鍛えられたのかよ、ソレ?」
「不知火さん。全てが筋肉に帰結するわけじゃないですからね?」
「質問。芸能界とかで好きなアイドル、歌手とかいるのかしら?」
「歌手はやっぱり有名所でCLANEでしょうか?」
「おお、わかってんじゃんか弦巻も! あの歌唱力はマジでヤバイもんな!」
空気に徐々に打ち解けていく気配があった。
日向は安堵を胸に抱く。
――やっていけそうだ。
皆、何だかんだ優しい。そんな印象を抱けたから。心配していたよりも普通に過ごせそうだ。そう思えた事が心より嬉しかった。そう、日向が思った時だ。
「――良かったぜ。普通に面白可笑しい奴でさ」
陽皐秀樹。隣の彼がそう呟いた。
「……陽皐君?」
「ああ、いやさ」
秀樹は軽く手を振って、破顔する。
「お前が今日暗い顔して現れたりしたらどうしようかーって俺達結構思ってたからさ」
「と言うと?」
「いや、だってよ? 心配になるだろ、事故からの復学で、一ヶ月丸投げだぜ? だからお前相当落ち込んでじゃないのかーって今朝、皆話してたんだよ、そういうこと」
「ああ……確かにそうですね」
日向はその指摘が正しくて思わず苦笑する。
「けど、大丈夫です。だってみんな何だかんだ優しいですしね」
「そっか。ならよかったぜ。いや、マジで良かった。変に重いもの背負った風で現れたら俺達の手に負えるかなーって思ってたからさ。なぁ?」
秀樹がおちゃらけた様にそう告げるとクラスメイト達は『お前だけだって』と笑顔で秀樹を切り捨てた。
「……な? ヒデェ奴らだろ? 今朝に話してたの確かなのに恥ずかしい台詞の役、全部俺に押し付けたんだぜ?」
「そうなんですかっ」
クスクスと日向は思わず笑ってしまう。
どうやら予め役割は決まっていた様だ。
「ま。けどアレだ。変に落ち込んでなくて安心したって事だな! ――ああ、くそクラスメイト全員の統括なのに何で俺だけ語らされてんだよ!」
『いや……恥ずかしくね? そう言うの話すの?』
「わかってるならフォローしやがれ!」
男子生徒達は総括して秀樹に後を託した様だ。汚れ役ならぬ綺麗役なのに気恥ずかしくなるとは何と面倒くさいものなのだと秀樹は苦笑する。
「ま、そう言うこったな。これから一年、よろしくな弦巻」
そう告げながら秀樹は左手を差し出す。
その手をジッと見据えながらためらいがちに。
「……多分に迷惑かけちゃうと思いますけど」
「そんなくらい気にしないでいいわよ別に」
「エリカさん」
「怪我人は大人しく面倒みられてなさい。目放す方が何か不安だしね」
「……ありがとうございますエリカさん……♪」
「……別にっ」
ほわっとした笑顔を向けられてエリカは腕組みしながらプィッと視線を逸らす。真美が「照れているな」と呟き後ろの席の少女が「照れているわね」と呟くものだから「う・る・さ・い!」と一音一音語気を強くしてエリカは怒鳴る様に言った。
「ま、新橋の言う通りだな。って言うか、迷惑かけるのはお前だけじゃねぇし気にしなくていいさ。だから――ほれ」
そう言って再び手を伸ばす。
そこまで言われてその手を掴まない理由は日向には無かった。
「一年間――」
その手に、触れる。
「――よろしくお願いします、エリカさんも、陽皐君も、皆も!」
そして二人は握手を交わした。
友情の始まりを告げる大切な証を握り緊める。陽皐秀樹は弦巻日向の手を強く握りしめ快活な笑みをもってして答えた。彼の言葉に、自らの用意した言葉でもって。
より正確には自分達が準備してきたすべてでもってして答える。
「ああ。こっちこそ! 一年間これからよろしくな、委員長!」
「はい!」
明るい笑顔を持って日向は朗らかに頷いた。
そして数秒の後に「…………ふぁい?」と気の抜けた様な声と共に小首を傾げた。そんな彼をおいてけぼりにする形で周囲が「いやあ、良かった良かった!」、「これで一段落だな!」、「延々と決まらなかったらどうしようかと思いましたね、本当に」と口々に拍手と合わせて呟いている。実にスムーズに事態が進行していた。
けれど当然――そんな流れを日向はせき止めなくてはならない。
「いやいやいやいやいや!?」
「どうしたんだよ弦巻―っ、そんなに慌ててよーっ」
――何かさっきまでとテンションとイントネーションが違う!
浮き足立った様な誤魔化そうとしている様なそんな声であった。だが誤魔化されるわけにはとてもではないがいかない。自分の耳が間違っていなかったとするならば彼が、秀樹が告げた言葉を問いたださなくてはならないだろう。
主に今後の自分の立ち位置の為に。
「……今、訊き間違いじゃなければ」
ゴクリ、と唾を呑み込み汗を垂らしながら。
「――なんか『委員長』って言われた気がするんですけど陽皐君!」
「……」
陽皐秀樹は机に肩肘を乗せ日向の方へ真剣な視線を向ける。
そして大きく嘆息を浮かべた後に。
「――ま。そう言う事だから頼むわ。な?」
「頼むわじゃないですよ!?」
「え。でもさっき『迷惑かけるのはお前だけじゃねぇしな』って言ったろ?」
「え、ええ、確かに。若干感動しちゃいましたしね――って、まさかそう言う意味!?」
全く悪びれる様子も無く『ははは』と嘘くさい笑い声を上げながら肩を叩いてくる。
「え、なに、え、どういう話なんですか!? 僕が委員長って流れがわからないんですけど……」
「説明しないとダメか?」
「当たり前ですよ! 何ですか復学初日に『あ、お前委員長になってるからよろしく!』って感じの流れは! 訊いた事ないですよ! 普通、委員長もっと別の人がなってるものじゃないでしょうか!?」
「まあ、お前の言いたいことは良くわかる」
うんうんと。その通りだ、とばかりに頷く男子生徒一同。妙に連携が取れている気配がするのが何とも怪しくて仕方がない。
「だがまあ、皆の意見を訊いてみりゃあわかると思うぜ?」
「皆の意見?」
「そう。――男子生徒一同の意見だ。とりあえず面倒くさいから適当に端から順に話してくから訊いてみてくれよ」
予め伝達係を担っていたのか隣の席の秀樹がそう告げると教室の一の川最前列の生徒、童顔に少し癖毛のある髪型をした佐良土影朗がすくっと立ち上がって一番目の役割を担った。
「…………自分は影に潜むもの。表舞台に立つ委員長等と言う役回りは御免被る。以上だ」
「どこの忍者ですか!?」
次いで何故だか制服では無く道着を着た褐色の肌の青年がにこやかに続いた。
「では次は私ですか。私も生憎と委員長はお断りですね。なにせどちらかと言えば風紀を乱したい側なのでそれはもうヌプヌプに。ですので残念ながら……♪」
「何か聞き覚えのある声と絶対に推薦出来ない理由が!」
柔和な青年の後に続くのは何とも偉そうな態度の少年が、
「本当は僕が委員長やってもよかったんだぜ? でも、生憎とぼくには委員長って役柄事態が役不足って言うかさ。そ、僕に相応しいのはむしろ生徒会長――」
『お前途中で蒼褪めて泣きながら拒否ったじゃねぇか』
「バラすなよ、おい!」
真っ赤な顔を羞恥に歪めて少年が憤慨を露わにする。
どうやら委員長の責が彼には背負えなかった様だ。そして少年は机をバンバン叩いて抗議していたがやがて真っ赤に腫れた手を抑えて涙交じりに着席し呻きを上げ始める。そんな少年を周囲が可哀そうなものを見る目をする中で次に立ち上がったのはロングヘアーの青年だった。妙に顔に影が差している。
「ねぇ、知っているかい? 貧乳の原因は女性ホルモンなんだ。だから女性ホルモンを分泌させる薔薇の香りを嗅げば大きくなる可能性を知っていたかい?」
「何の話ですか!」
そして発言内容は全くもって委員長関係無かった!
青年の発言に約数名の女子生徒がピクリとした反応を示す中、ついで立ち上がったのは二の川二列目の生徒であった。何とも容姿が霊長類を連想させる風貌だ。
「あー……ワリィな。正直、そう言うの入ると視線とか厳しくなりそうで――って、嘘嘘、本当は単純にかったるいからってだけなんだけどな!」
――今度は何か普通でしたね……。
断る理由としてはごく普通かもしれない。少なくともある意味一般的な理由だ。日向だってそう言う部分がある。
――ただ始め何て言おうとしたんだろ……?
柳眉を微かにしかめたが当然ながらわからない。そして日向が黙考する間にも次の人物が立ち上がっていた。
「委員長とか、三次元に無駄に絡むとかマジありえねぇ。という事で降りた。じゃな」
「取りつく島もない!」
立ち上がったと思えば不健康そうな表情を苦虫でも噛んだ様な様子を足して告げてきた。
あんまりにも説得でき無さそうな気配に諦めざる得ないと感じた。それに加えて彼は明らかに委員長には向いていない――素人ながら日向でも分かるほどだった。
「……我か」
「お、おぉぉぉ……!」
次いで立ち上がった人物に日向は思わず身を強張らせた。
熊。
一言で言えばそんな印象を抱かせる巨漢強面の生徒だった。とにかく図体がデカい。二メートルは超えているだろう男子生徒だ。本当に高校一年生なのか気になるがいる以上は一年生なのだろう。そしてそれはともかく威圧感が尋常では無かった。立ち上がっただけで圧迫感すら感じてくる始末だ。
「……我は風紀委員を志望した。故に委員長の方は別の者に任せておきたい」
「りょ、了解しました……!」
そして威圧感を徐々に沈めながら男子生徒は着席する。座っている席が小さく見えないのは芳城ヶ彩が大柄な生徒にも対応した特注座席を用意する手腕である。天晴れだ。
そしてともかく彼もある意味でいけない。
圧迫感があり過ぎて周囲を沈黙させてしまいそうであった。
「あ、次俺か」
そこでそんな空気を吹き飛ばす様な軽い声が響いて隣の秀樹が立ち上がる。
陽皐秀樹はニッと日向に笑顔を向けながら告げた。
「ワリィ、委員長とかめんどいしキャラじゃねぇや。任せたっ」
「軽ッ!」
いっそ爽やかな程に言われて日向は脱力して机に突っ伏した。反論する気も起きない。
「いやーホント悪いって思ってるって! マジで、マジで」
「絶対嘘です……」
せめて次はマトモであってくれ。
心からそう願いながら三の列最後尾の席へ視線を移した。そこには黒髪で中々の美男子。優男と言った印象だが明朗な気配から何とも元気さを滲ませる生徒が起立していた。そして晴れ渡る青空の様な陽気な表情を浮かべ白い歯をのぞかせる。
「めんどくせぇから降りた! 趣味じゃねぇしよ!」
「立て続けッ!」
またも机にゴン、と頭をぶつけて突っ伏す日向。
キャラが何とも似通った答えが二連続で脱力が止められそうになかった。そんな日向を一瞥しながら頭を掻きつつ悪びれる様子無く少年は「いや、だってなんか委員長って真面目そうなイメージじゃんか? なんかそぐわねぇなーってさ」と説明を付け足した後に着席した。
そうして遂には特にマトモな反応も見せず日向のいる列となった。
日向の前には一人の男がいた。
隣で威圧感を放った巨漢は筋骨隆々なのに対して彼は何とも肥満型である。芳城ヶ彩が教室の間取りを広くとっていなければ少し狭かったかもしれない巨漢だ。彼は掛け声と共に立ち上がると、
「んー……委員長って美味しい料理とか食べる暇削れそうだからなぁ。パスだねぇ~」
なんとものったりのんびりした声でそう告げた。
完全にやる気なしだ。本人の気配も相まって日向は何とも言えなくなる。ただ一言「……あ、そうですか……」と諦めの言葉を吐く程度だ。対して「ゴメンねぇ~」と謝罪のふとましい声がかえってきただけマシと言えよう。
がっくりと項垂れる日向。
そんな日向の背後では学院で再会した青年、不知火九十九の姿が。腕組みしながら真剣な表情を浮かべつつ真剣みの溢れる声で問い掛けてくる。
「で。委員長って何だよ日向? マッスルどれくらいだ?」
「……あ、不知火さんはいいです。初めから期待してないんで……」
「ひでぇ!!」
筋肉こと脳筋な九十九に関しては例外だった。日向は微塵の容赦も無く木端微塵に九十九を候補から切り落としていた。こうして見事四の列までが全滅した。次いで五の列最前列の青年が何故だか輝かしい光を放ちながら立ち上がった。
「ふふふ、いよいよ僕の出番の様だね! シェーン! なっ! この僕の! 新たな同胞を前に再び僕が輝きを示す時! まずは言おう! よくぞ戻って来た我が同胞よ! 怪我をしたと訊いて僕の心は悲しみに苛まされていた――だが今は違う! 歓喜! そう、これは歓喜だ! 歓喜なんだ! 君と言う新たな仲間を迎え入れた今日この日の感動に対する僕の感動と受け取ってくれたまえ! 待ち望んでいた、今日! この日を――」
『あ、ちなみにコイツ自分語りばっかで話進まなかったから除外したんだよ』
「あ、そうなんですか」
一致団結の説明に日向は何とも冷静な受け答えをしてしまった。
何故だろう皆が冷めた目で会話している。その中で一人だけこの男子生徒の中では唯一外国人の名前を持つ少年は暑苦しい輝きを放って語り続けていた。そんな少年の後ろの席でウサミミを連想する白い帽子を被った少女が何ともぽけーっとそのテンションをスルーしていた。熟れたものである。
さて、そんな妙に熱い青年の後に続くのは何とも普通な少年だった。
「あー……部活とか忙しいのと、それとそう言うのは自信ないんで退いた。わりいな」
と気まずげに頬を掻きながら。
日向も慣れたもので「ああ、なら仕方ないですよ」と苦笑をもって返す。そんな流れでついには六の列まで来てしまった。なんてことだ、と日向は思う。委員長スキルを持った生徒が一人も現れなかったではないか。
だが、そんな中で次に立ち上がった人物に日向は淡い期待を寄せていた。
イケメン、高身長だ。なんとも目立つ容姿をしている。目元が少し……いや、かなりキツイと言うか怖いと言う部分もあるが顔立ち自体は整った人物だ。不良にも見えるが、何処となく不良では無いと感じる空気あった。
「俺はその……悪いな。実家関連で色々忙しいから委員長の責務とか果たそうにないんだ。だからすまないけど拒否したって感じなんだ」
「そうなんですかー……」
実家で事情があっては仕方がない、と日向は判断した。
委員長の仕事で家の方がおろそかになってはいけないだろう。そして実家の方で、と言うからにはおそらく彼は学院でも上位の名家なのではないかと思う。家の責務を担っていると言うべきか――おそらくはそういう日向にはわからない重荷を背負っているんだろう。
――けど対応が今までもまともな方だったからそれだけで十分嬉しいやー……♪
ただ問題は日向が本人自覚なく個性に毒されて判断がおぼつかなくなっていた事である。
最早普通の対応が彼にとっての中和剤じみたものになっていた。そしてそれは幸いと言うべきなのか何なのか、その後の二人にも言えた。共にクラス内では個性の乏しい二人。お互い言っている事は「部活が忙しい」やら「面倒見きれる自信がねぇ」と言う弱気な発言。
だが確かにこの面々の中で委員長と言うのは中々に覚悟がいりそうだった。
そう言う意味でも、
「僕のピンチが全く減ってない……!」
結論、委員長の席で仕事を果たせそうな、もとい果たす気がある男子がいない事に頭を抱える事となってしまった。
そしてそもそも。
「第一としてどうして僕に委員長が回って来たんですか、陽皐君!」
そこが問題だ。
確かに委員長の適役はいなかったかもしれない。
だがそこからどうして『その場にすらいなかった日向に役柄が回ってきたのか』と言えば疑問が残る。隣の席の秀樹に日向は強い語調で問い掛けた。秀樹は「それはな……」と前置きした後にこう続けた。
「今の一連の流れでもわかったと思うが――俺達男子一同全員、正直めんどくさくてやりたくなかった!」
「みたいですね! 結論、やりたくなかったってだけがわかりましたよ最終的には!」
「だろう? でも当然、そんなの先生が許しちゃくれないわけだ」
「そりゃあな。決めないと俺も怒られるからな」
六義が黒板前でうんうんと同意を示す。
「そうだ。だから俺達は仕方ない。誰かを決めようって事になったんだよ。けどやっぱり誰も立候補しない。女子の委員長が決まっても、皆勇み足を踏む勇気は無かった。一緒にやれるとしてもこのメンツだ。そりゃあ二の足も踏むさ」
「はぁ……」
後半何の事を言っているんだろうと少し首を傾げはしたが話を止めても仕方がないのでそのまま頷いて話の先を促した。
「その時誰かが言ったんだ」
「言ったって……何をですか?」
首を傾げる日向に対して秀樹は強い語気で告げた。
「『委員長ってのは皆の中心だ。じゃあ中心付近の座席の奴に託そうぜ!』ってな!」
「どんなバカ理論ですか!?」
「そしたらどうなったと思う? 弦巻と俺と不知火だぜ? ありえねぇよ! 俺やりたくねぇし不知火やったら絶対カオスだし!」
「だからって病欠の僕に押し付けますかねぇ!?」
「仕方ないんだ。その後、再び誰かが言った。『我は思う。今この場にいない者。――そう弦巻の奴が復学した後に支えられる気のいい奴が委員長に相応しいとな』ってさ」
「桜井総稱鬼泪山君!?」
「皆、長いからと『鬼山』と呼ぶ。それでよいぞ、弦巻」
「あ、そうなんですか確かに長いですもんね――って違う! そうじゃないです!」
とは言い掛けたが良く考えると自分を心配した発言でしかなかった。特に責める場所もないではないか。ならば何故、秀樹はこんな事を言ったのだろうか? と日向は頭に疑問符を浮かべながら秀樹へ視線を戻す。
「話を続けるぜ。そう、日向もわかる通り、良い発言だ。そしてその後に続いた発言は更に良かったんだよ。ある奴がこう言った。『お、ならさ、こういうのどうだ? 弦巻を委員長のポジションにしちまうってのは。委員長になりゃ皆と自然関わらざる得ないし、復学後に丁度いいんじゃねぇかな?』ってな」
「うむ。我もそれはいい、と秀樹に賛同したな」
「陽皐くぅうううううううううううううううううううううううううううううううんっ!!!!」
激高する日向。
秀樹が「おわ、言うなよ鬼山! 弦巻の奴がメッチャ睨んでくんだけど!」、「発案者はお前であろう? 仕方ない事だ」と桜井総稱鬼泪山の背後に隠れながら文句を言っている。
「発端は貴方ですか!」
「は、はははー……でもお前の事を思っての事なんだぞ☆」
――殴りたい、この笑顔……!
思わず拳を握り緊める日向。
「いや、待てよ。でもそもそも僕の人柄すらわからないのに――」
「ああ、それは俺が尋ねられたから。『素直そうな奴だから委員長の仕事とかは何だかんだ実直に頑張ってくれそうだったな!』と太鼓判を押しておいたな」
「それが理由の一旦に違いないですよね先生!?」
そんな非難もどこ吹く風の六義である。
「ま、まあまあ落ち着け弦巻。それにな悪い事ばかりじゃあないんだぜ? その後皆も賛同する様にこう言ってくれたからさ」
「……こうって何ですか陽皐君?」
か細い声で聞き返す。
それに対して秀樹は見事な身振り手振りで真摯に事実を答えた。
「『お前、天才か! それいいな! 復学する奴と委員長! 支えるぶんが一まとめって俺達としてもありがたいし!』、『まさしく一石二鳥だな!』、『すると支えなくてはなりませんね――私たちのまだ見ぬクラスメイトを。一丸となって!』、『そうだそうだ! 皆で支えてやろうぜ俺達のクラスの委員長をさ!』、『待ってる――ずっと待ってるぜ委員長ぉおおおおおおお!!』」
「何ですかその面倒くさいノリ!」
日向が愕然とするのも道理。
実際、その後にはしばし決まらなかった男子委員長が決定した事で委員長コールがしばらく鳴り響いて隣のクラスの先生が様子見に来たそうだ。何と言う騒ぎ振りか。
「けど、それって……」
――僕の委員長って本当決定してるって事ですよね……? と、日向は呟く様に言った。
男子一同は期せずして声を揃えて『まあ、そうなるな』ととてもシンプルな答えを発した。そこまで訊いて日向は再び机に突っ伏した。なんたることか。完全に退路が絶たれているのだから呻きもする。
――いえ、よく考えれば時間はそれこそ一ヶ月はあったんですから用意周到になってるのは当然ですよね……。
泣く泣く日向は内心そう呟きを発した。
休んで一ヶ月だ。もうすでに外堀は埋められていると考えていいだろう。ただそうなると本格的に弦巻日向には。
「……逃げ場がないって事ですよねぇ……」
さめざめと咽び泣く日向の肩をポンと叩きながら神妙な表情で秀樹は告げる。
「まあ、そう落ち込むなって」
「誰のせいですか……」
「誰のせいでもねぇさ。そう、誰のせいでもな……」
「いえ、確実に皆のやった事なんですけどっ」
「弦巻。小さい事をくよくよ言う奴は嫌われるぞ」
「うっ」
「それにまあ、俺らも少しくらいは手伝うぜ? 皆で選出しちまったしな」
「陽皐君……! 皆……!」
「『委員長コール』なら何時でも任せてくれ!」
「叫ぶだけ!?」
「任せたぜ、委員長!」
『信じてるぜ、委員長!』
「うるさいです!」
ダメだもう、と日向は思った。
逃げ場ないし、何故だか重役出勤になってしまったし、初日から思わぬ動きをみる羽目になってしまった。ここで力強く『任せてください!』と、言えないところが嘆かわしいと自分でも思うのだが。生憎と日向は生まれてこの方、委員長をやった事が無い。
つまり勝手がわからないのだ。
どうしよう、と言う思いが胸に溢れて混迷する。出来るだろうか、と言う不安が胸をかきむしり焦燥感を駆り立ててゆくのがわかってしまう。ああ、と言う呻き声を何度零すのだと自嘲してしまう。
「ま、まあホントそう気負うなって! それにさ? 一応役得もあるんだぜ?」
「……役得って何ですか?」
へにゃーんと机にだらけながら秀樹に問い掛ける。
秀樹は日向の耳元に顔を近づけて小声で語りかけた。
「いやさ、さっき言ったじゃんか。女子委員長が決まっても皆二の足踏んでたってよ。それ女子が美少女だから一時期『俺、やろうかな?』みたいな雰囲気あったんだぜ?」
「ああ、なるほど……」
確かにそう言うのはモチベーションが上がると日向も思う。
美少女、可愛い女の子と一緒ならかなりマシと言うのは日向も理解出来るところだ。ただ問題は自分が無能で相手が有能とかそう言うパターンで足を引っ張らないかと言うネガティブな思案であるわけで――、
「で。その女子の委員長はお前の隣の新橋な」
…………!?
その言葉を訊いた瞬間にわかりやすい程に日向の眼がカッと見開かれた。
そして即座に日向は隣のエリカの方へ視線を向ける。エリカは急に見られた事に一瞬びくっとした様子だが「……どうしたのよ?」と不審そうな様子で疑問を浮かべた。
そんなエリカに日向は神妙な様子で「……エリカさん、委員長なんですか……?」
エリカは一瞬きょとんとしながらも返答する。
「まあね。クラス内で相談してたら結構スムーズに決まったのよね。私としては撫子原さんや真美とかもいいんじゃないかなーって押したんだけど。『わ、私は無理です!』って撫子原さんは言って辞退して、真美の方は……」
「申し訳ないんだが、そう言うのは遠慮したくてね……」
と、苦笑を浮かべてエリカの隣の席の少女、刑部真美は曖昧に笑って返す。
「で、その後一悶着はあったんだけど結果的に票が何か私に集まったのよね」
何気ない事の様に話すがそれは凄い事では、と日向は思った。
つまり『自然に話していてクラスの中心になっていった』と言う事になるのか。今現在クラスの荒波に呑まれている日向としては尊敬すら覚えるものである。
だが今はそこは置いておいて構わない。
クラスに馴染めていないのは新参者故だ。比べても仕方がない。
――それよりも肝心なのはエリカさんが一緒って事……!
正直に言ってそれはありがたい話であった。日向はエリカに対してあの日以降、好意的な感情を抱いている。それに加えてクラス内で僅かに存在する知っている相手と言う事もあって何と言うか落ち着くのだ。
「よし!」
日向は拳を握り緊めてガタン、と席を立った。
「なら僕、僭越ながら委員長を精一杯務めさせて頂きます!」
そして高らかに宣言する。
突然の強気な宣言に男子一同は一瞬驚いたがすぐに『言ってくれると思っていたぜ!』とばかりのテンションで歓声を上げた。そんな様子をクラス中の女子一同は『相変わらず現金な男子達よね』と言う生暖かい視線で見守り。
「……え? 何で弦巻の奴、私が女子の委員長だけどって返しただけで急にやる気満々になってんのよ!?」
唯一人、新橋エリカだけは隣で急に『やりますよー!』と立ちながら手を振ってやけっぱち気味になっている様に見える弦巻日向の姿に困惑を覚えていたのであった。だがエリカにはわからなかった。まさか自分と一緒に仕事出来ると言う事が日向にここまでやる気を与えてしまっているとは新橋エリカは露程にも思わなかったのである。
「ついてきてください、みんなー!」
『おおー!!』
「だから何なのよアンタのその急上昇なテンション!?」
「無駄だろう、エリカ。このクラスの生徒は基本、そんな奴らだからな。普段バラバラなのに一致団結の際には何故だか……」
真美の苦笑と共にの発言。
「だから何なのよこのクラス!」
がっくしと机に突っ伏すエリカを余所にテンションはグングン盛り上がっていく。
その後、日向の隠されたカリスマ性――主に何か拙い方向に持っていく才能は男子生徒一同を巻き込み「まずは委員長の仕事として校内清掃です!」、「それ美化委員じゃない!?」、『やっちゃるぜー!』と言うテンションになりかけたのを六義が「いや、授業あるからなお前ら?」と言う言葉でしゅんしゅん萎んでいくまで続いたのであった。
そうして本日。
学年1-Dの委員長として新橋エリカ、弦巻日向の両名は確立した。
1-D。
そこでは個性豊かな生徒達が青春を謳歌すべく騒がしさに賑わっていた。
第六章 慈悲の少年、運命の少女に巡り会う・後篇




