第五章 芳城ヶ彩共同高等学院・前篇
第五章 芳城ヶ彩共同高等学院・前篇
1
「――ああ、よろしく。訓子府家の執事を務める鍵森恭介だ」
心地よく肌を撫でるそよ風と同時に告げられた言葉は人生初の執事との出会いであった。
――執事。お、おおお……すげぇな、この学院。お金持ちが多く通うとは訊いてたけど、マジで執事とか名乗る人種がいるもんなんだな……なんていうか新鮮だな。凄ぇ。
おおよそ人生で巡り合う機会など無いのではないかと思っていた単語が目の前の青年からさらりと告げられた事に関して青年は内心で中々に驚嘆を示していた。
執事――主に仕える特別な職業の持ち主。
この学院や、県内に存在する別の高校に至っては出現など珍しくない事ではあるのだが小中と一般の高校に通っていた青年としては流石に感動を覚えざるを得なかった。
「服装見てて何か違ぇな、とは思ってたけど……執事だったのかよ……驚いたぜ、結構」
「ははっ。そいつは悪かったな、驚かせて。だがまあ、大目に見てくれ。こう見えてまだ新人なんでな」
目の前の青年、鍵森恭介は訊いていて惚れ惚れする様な格好いい声で朗らかにそう告げる。
新任の執事、と言うのが本人談だが青年としては五分五分に感じられた。
まだ新人として垢抜けていない様に感じる気持ちが半分と、熟れた様子でどこかサマになっていると感じる気持ちの半分がある。ただまあ、どっちにしても。
――……格好いいよな、コイツ。
イケメン補正、とでも言うものなんだろうか。目の前の青年はとてもスマートで格好いい顔立ちをしたまさしくイケメンの容貌をしていた。紅色の瞳はキリッと鋭く、適度に切りそろえられた茶髪はサラサラだ。その上、人柄も良さそうと言う事実に青年は嫉妬を覚える事も出来ずむしろ感心してしまいそうになる。
と、そこで目下――下方からぴこぴこと自己アピールをする存在が視界に入っては消え、入っては消えてを繰り返していた。
「あん?」
手を握った姿勢のまま青年はすっと顔を下へ下げる。
そこにいたのは一人の少女。言うまでも無く、鍵森恭介と共に行動していた少女だ。そして青年にぶつかって血行促進をしてくれた恩義なのか何なのか良く分かりづらい立ち位置に収まっている少女であった。
少女は「おいこら、あたしを無視して勝手にじこしょーかい始めてんなよ!」と怒り心頭の様子で頬を膨らませていた。
「お、おお。ワリィ、そういやお前もいたな。名前は……七五さんだったけ?」
「ああ、初めからいただろーが――じゃねぇよ!? 何時まで七五三ネタで通そうとしてんだよ! 第一まだ名乗ってもねぇしっ」
「ははっ、ワリィ、ワリィ。反応が何か面白ぇから、ついさ」
「ついで弄るなよ!?」
「おお、わかってるじゃないか、お前。だろう、うる吉は弄り甲斐がいいんだぜ?」
「何を今まで見た事ない様なスマイルで言ってるんだよ、きょうすけぇ!?」
ガビーン、とした反応を浮かべる少女、そしてその反応を見て「どうだ!」とばかりにサムズアップしながらドヤ顔を浮かべる鍵森恭介を見ながら青年はやれやれと頭を振った後に「同感だぜ!」とばかりにサムズアップを返した。
「あたしの味方がいない!」
すると、少女が絶望の表情を浮かべる始末。
恭介はそんな主の発言に対して心外だとばかりに肩をすくめて、真剣な眼差しで少女に対して優しい声音で返した。
「何、言ってるんだ。俺は何時でもお前の(事を最高に弄りがいのある玩具としての)味方(見方)をしているぜ?」
「きょうすけ……ありがとうな……!」
少女は「そだよな。きょうすけは何時でもあたしの味方だよな、信頼が足りないのはあたしの方だったぜ」と目じりの涙を指で拭いながら感動の面持ちで頷いた。傍目から見れば主従の結束が再確認された様な場面に見えると言えば見える。
だが、何故だろうか。青年は恭介の発言に少女への忠誠は一切感じられない様な何かを感じたりもしたのだが少女本人が気づいてない様子なので放っておこうと決める。
そして数十秒後、落ち着きを取り戻した様子で青年の前に仁王立ちで少女は構えると、鼻息荒くして不敵な笑みをもって告げた。
「さぁて! では、いよいよ教えてやるぜ、新入生!」
「いや、お前も新入生だろうが」
何故か上から目線の発言と内容に恭介が間髪入れずツッコミを入れる。
しかし訓子府うるきは気に障った様子も無く、右手の人差し指を立てると左右に揺らしつつ不遜な様子で述べた。
「チ、チ、チ。甘ぇな、きょうすけ。和三盆よりも甘ぇ!」
「和三盆に例えられるとむしろ光栄に思えてくる気もするがな」
「確かに最高の砂糖だもんなぁ……」
侮蔑――の対象なのだろうか。
だとしても対象を間違えた感は拭い切れない。
何とも言えない様な表現に対して眉根をひそめる二人に少女は「ぐぬぬ」と呻き声を上げたが咳払いを一つした後に「ともかくだっ」と声を張る。
「私は新入生だ。そしてお前も新入生だ。それは認めるぜ。だがしかぁーし! 二人には大きな隔たりがあるんだぜと言ってやる! 断言してやる!」
「断言も何も純然足る事実だと思うけどな……」
「だからそれが甘いってんだ! いいか、あたしとお前とでは新入生としてもレベルが違うって事なんだ! お前は新入生レベル6に対してあたしはレベル98なんだからな!」
「レベル差半端ねぇな、おい!」
「何故、それだけ差が出たかって? しりてぇか? しりたいよなぁ? 知りてぇなら教えてやらないでもねぇんだぜ? そっか、なら語ってやろう」
「返答訊く間もなく自己完結に入ったんだけどおたくの主様?」
「すまないな。そういう奴なんだ」
楽しそうに苦笑を浮かべつつそう返答する鍵森恭介。
――笑って済ます辺り、こいつも相当だな。
主がハチャメチャなら従者もある意味目茶苦茶な気配がする。からかい癖を見た限り、的を射ていないとも言えないと青年は考える。そんな青年の心中を余所に目の前の小学生にしか見えない容姿をした少女はどういうわけか知らないがミカアカのドレスの様に美しい制服の袖を肩までまくしあげたではないか。少女の色素の薄い肌が見える。外見に違わぬ細腕だ。言っては何だが勇ましく巻くし上げてこそいるが強さめいたのは全く感じられない。
だが少女自身は『どうだ!』と言わんばかりのドヤ顔を浮かべている。
余程、腕まくりした行為で妙な自信が湧き上がっているのだろう。そしてその事は言葉として寸分たがわない形で発された。
「予め宣言してやるぜ! この学院はあたしが支配すると!」
「唐突に大きく出たなぁ!」
――どこの征服者だよ!
まさか高校初日の入学式を直前にした状態で『学園を征服するぜ!』と言う言葉をぶっ放す幼女に出会うとは青年は思いもしなかった。青年は数秒ポカンとした様子を浮かべていたが、痛そうに頭を抑えつつ傍にいる執事、恭介に言葉を投げ掛けた。
「……おたくのお嬢様、何かアニメでもはまったのか? こう……王国制覇みたいなやつ」
「いや、そう言うのは無いと思う。なにせうる吉はアニメ以前に体を動かさないと生きていけない泳いでないと死んじまうマグロの様なアウトドア派だからな」
――そう言うタイプなのか、コイツは……!
そう思いながらも、ある種納得した。確かにこの破天荒な雰囲気はアニメ、漫画で影響を受けたと言うよりも、『なんとなく思いついたから実行に移すぜ!』とでも言いたげな雰囲気だ。全体から滲み出る行動力のオーラが並みでは無い。
恭介は青年の様子を見ながら「ただまあ……」と前置きをし、こう述べた。
「突然何かを言い出すのがうちのお嬢様の特徴みたいなもんだからな。……あ、やべ、お嬢様なんてうる吉に対して言ったもんだからじんましんが……」
「どんだけあたしを敬称で呼びたくねぇんだよ、きょうすけは!」
「どう見ても威厳のない先輩を先輩って呼ばなくちゃいけない心境みたいなもんじゃないのか?」
と、青年が苦言を呈する。
傍目、外観がどう見ても小学生の先輩相手に先輩と言うのに戸惑いを覚えるとかそういった話ではないかと秀樹は推察する。
「あたしへの扱い酷ぇな、おい!?」
「何を今更」
「今更扱い!?」
「それよりうる吉。自己紹介滞ってるぞ。学院支配の発想に至る経緯に関して早く説明してくれないか? 始業式にも入学式にも遅れかねないからな」
「そして冷てぇ!」
――いや、そこは結構正しいと思うけどな俺も! 実際、ここでチンタラやってたら遅れかねないんじゃねって言う心配は俺もちょっとあるんだけど!
だが少女は「ふんっ! いーさ、いーさ! いつか恭介もお前もあたしの偉大さに気付いてひざまずく時がくるんだからな!」と反論を述べると、胸の前で腕を組んでまるで世界征服目前の覇王の様な立ち振る舞いで――決して砂場で砂のお城が成功して周囲から『すげぇ、すげぇ!』と称賛され口元が思わず綻んでしまうガキ大将の様だ等とは思っていけない表情で――彼女はぐっと拳を天高らかに突き上げて吼える如く宣言した。
「あたしが学院を支配する理由――それはあたしが不良だからだっ!」
その言葉を正しく認識するのに正直、数十秒かかった。
不良――と、言うからには不良なのだろう。世の中に迷惑をかけてナンボな不良に違いないのだろう。だからこそ、問おう。
「え、お前、不良なの?」
青年は信じられない様な気持ちでそう問い掛けた。
だって、そうだろう。
目の前の少女のどこら辺に不良を感じればいいと言うのだろうか。ロリの要素こそ無尽蔵に感じるのだが不良の要素など微塵も感じられようもない。信じられない気持ちのあまり顔を恭介の方へと向けて確認をすると、
「――そういう事らしいな」
「超、冷静にスルーすんなよ!」
諦めと呆れ――そんな二つの色を浮かべながらのほほんとした様子で頷いている。
そして、
「……初耳なんだけど、どういう事だうる吉?」
「お前も知らないんかい!」
どうやら肝心の従者も認知していない事情がある様であった。
「ふふん、トーゼンだぜ! なんつったってきょうすけにも今話したばっかだからな!」
「ああ、初耳すぎてわが耳とお前の頭を疑ったくらいだよ」
「ならいい!」
――ならいいのかよ!? 絶対、コイツ後半聞こえてねぇよ! さらっとバカにされてる部分耳に入ってねぇよ絶対!
青年の観測通り、訓子府うるきは不敵な笑みを一切仕舞い込んでいない。
むしろ堂々とした佇まいであり、威厳すら感じる程だ。
「……それで? どうしてそう言う事に帰結したんだ、うる吉?」
「ん? それか? ん――話すと長いんだけど、昔あたしが重度の病気を患った時の事なんだがおかーさんが車で病院へ送る時に、その日雪でさ。大量の雪で車が動けないって大ピンチがあってな」
「それで学ランのリーゼント男に助けられたとか言ったら怒るぞ」
どこの不思議な冒険をする主人公だと言う話だ、と恭介は思った。
うるきは不満げに口を尖らせてみせた。
「むぅ。話のコシを折るなよ、きょうすけぇ……」
「で? 結局何が理由なんだ?」
「はははっ、今はまだ話さないぜ! 秘密が多い方が女は魅力的だからな!」
「そっか。そうだな。じゃあ学院行くか」
「……え?」
後方で「お、おーい、訊かないのかよー?」と言う悲しげな声を背中に恭介は秀樹の背中を軽くポンと叩いて「さ、遅れるといけないぜ」と奇妙な程明るい笑顔で語りかけてくる。
「……いいのか、話したがってんけどおたくのご主人様?」
「いいさ。また何時か適当な時にでも訊くし。――最悪、ただの高校デビューって線もあるから不安なんだが……まあ、今はそれよりも始業式に間に合わせないといかんだろ」
「まあ、それもそうなんだが」
「今はそこが優先事項って奴だよ。ああ、ところで一つ訊いていいか?」
「なんだよ?」
きょとんとした表情を浮かべて疑問を投げ掛ける青年に対して恭介は軽く微笑した。
「いや、名前。まだお前の名前訊いてねぇだろ?」
「――あ」
これはいけない、と青年も困った様に苦々しい苦笑を浮かべてしまう。
「そっか。言ってないんだったわ」
「おう。道すがら聞かせてもらうぜ?」
肩に腕を回して尋ねかけてくる先輩に対してニッと破顔を見せる。
「めでたく本日付で芳城ヶ彩に入学した新入生の陽皐秀樹だ。よろしくな、先輩!」
恭介はそうか、と嬉しそうに呟く。
「こっちこそよろしくな後輩」
そうして恭介と秀樹は吹雪く桜並木の道沿いを駆け足で走って行った。
その後を小柄な少女が「あ、待てよー! って言うか、主置いてくなよしつじーっ!」と大きな声を張り上げながら追い掛けてゆく光景があった。
2
「ふーむ……ここは何なんだ?」
秀樹は少し走った先で辿り着いた場所を見据えて少しばかり驚いた表情を見せていた。
隣の先輩である鍵森恭介も「こいつは多いな」と同様に驚嘆している様子だ。
何故二人が驚いているかと言えばそれはやはり、この場所の異様さだろうか。
まずパッと見で線路を走るモノレールがあった。次いでタクシーが何台も停車しているし、バスと思しきものも次々に発進している。中には何故かモーターボートを水面に走らせる生徒の姿もあったりとかなりまばらだ。
気にかかるのは明らかに下へ繋がる階段があり、そこに『この先、芳城ヶ彩地下鉄』とあるのだがツッコミすべきかどうかでとても悩む。
「なあ、うる吉? コレ、何だ?」
「何だって言われてもな。あたしだって知ってるわけねぇじゃん」
「……お前、訓子府家だろうが」
「ふふん! 愚問だなきょうすけ! ドキドキの為に情報なんざ仕入れてねぇに決まってんじゃねぇか! ――って言うか、きょうすけの方が知ってたりしないのか? おーぷんきゃんぱすとかあったんだろ?」
「俺がオープンキャンパスに行ってるわけねぇだろ……」
「ああ、それもそっか」
うるきはその通りだとばかりに納得を示す。その反応からどうも鍵森がオープンキャンパスに行っていない理由をうるきは理解している様子だ。
と言う事は恭介もうるきもその辺の事情は知らないと言う事なのか。
「――陽皐。お前は知ってるか?」
と、そこで秀樹に質問が投げ掛けられた。
そうくるだろうな、と思いつつも秀樹は返答する。
「悪い。俺もあんま詳しくない。俺の場合、この辺の試験会場じゃなかったしな。オープンキャンパスにも行ってねぇし」
「そうなのか? なら、どうして芳城ヶ彩へ?」
「ん――話すと長くなんだけど、親父に言われたからなんだよな。あ、別に後悔はしてねぇよ? 芳城ヶ彩の実績はある程度耳にしてたからな」
「そうなのか、ならいいんだが」
しかしそうなるとこの場所を知る者がいない話になる。
「大体の目星は付くが……不安要素があるからな……一応誰か訊いてみるか」
――不安要素? 何のこっちゃ?
と、秀樹が不思議そうに柳眉をしかめ、恭介が歩き出そうとした時である。
「――あの、どうかしたんですか?」
そこで不意に後方から声が掛けられた。
三人がほぼ同時に振り返ると、そこには何とも大人びた容姿の金髪美少女が少し心配そうな表情で佇んでいた。美花赤女学院の絢爛な衣装に身を纏う一人の少女。その服装に負けない程の美貌を兼ね備えている深層の令嬢の様な女子生徒であった。
そんな少女を見て、
「おー、お人形さんみてーだなアンタ!」
と、日本人形じみた少女が少女を西洋人形の様だと評価し、
「お、おおう……! すっげぇ、美少女だな……!」
美少女に免疫無かった青年が思わず後光を感じて後ずさり、
「獲物発見・確保開始」
狩人が容赦なく照準を決めた様子でキュピンと瞳を光らせた。
「え、ええと……?」
思わずその眼光から後ずさる美少女。
そんな美少女の肩を両手で掴み「ひゃっ!?」微かに怯える彼女に対して恭介は即座に言い放った。――その懸念事項を。
「突然すまない。――ウチのうる吉とミカアカまで同行してくれるか?」
まくしたてる様に告げられた言葉に美少女は、
「は、はい! ………………………………ふぁい?」
ポカン、とした様子で頭に疑問符を浮かべ始めた。当然の反応だ。
恭介だって突然、言われたらそう思う。
流石に唐突すぎやしないだろうか。
「……えーと、どういう事なんだ鍵森先輩?」
「ああ、ちょっとな。まあ、アレだ通りがかりの御令嬢さん。少し話を訊いてもらえないだろうか?」
「え、ええと……まあ、こちらから話しかけたので問題ありますまいと言いますか」
――なんだ、ありますまいって。
どうでもいい事が若干気になった秀樹である。
「そっか。サンキュな」
そう返答されると恭介はホッとした様子で胸を撫で下ろした。
「俺は恭介。訓子府家で執事やってる鍵森恭介ってモンだ」
「ああ、執事なんですか。道理で執事服を……」
「そうそう。そんで、コイツはさっきそこで出会った新入生の陽皐と――」
「陽皐秀樹。よろしくな」
軽く会釈を示す秀樹。
「――俺の主のうる吉=チビージョだ」
「不可思議な名前つけんなよ!? う・る・き! 訓子府うるきだ!」
ドヤ、とばかりに主を貶める恭介に金髪美少女は申し訳ないと思いつつもうるきの反応が可愛かった様でくすくすとした笑みを浮かべた。ついでにうるきの傍でペットのうさぎるばーとも軽く鳴いて挨拶をしていた。
そして笑みを抑えて柔らかな微笑を浮かべながら少女は胸に手を当てて告げた。
「私はミスラと言います。ミスラ=テル・ハグマターナ。よろしくお願いしますね、うるきちゃん。それに鍵森先輩に陽皐君」
ニッコリと微笑んでうるきに手を伸ばす。うるきは元気よく「ああ、よろしくなミスラ!」と手を掴んで上下に勢いよく振った。
「よし、ハグマターナか。さて時間無いからこっから本題に入らせてもらうんだが」
「はい、なんでしょうか?」
うるきの激しい上下手振りから解放された腕を軽くぱたぱた振りながらミスラが頭上に疑問符を浮かべてそう問うた。
「きみはここがどういう場所かわかるか? 俺の見立てでは――交通機関だと踏んでいるが」
恭介のその問いに対する答えはイエスであった。
少女は「はい」と呟いて小さく頷いてみせる。
「えっと、私はオープンキャンパスの際に知りましたけど、ここは教員、生徒が学院内を移動する為に用意された交通施設だそうです。バスにモノレール、タクシーと言った主だった交通機関が存在していて生徒達の足になる、だそうです」
「なるほど。やっぱりか。――それにしちゃあ大がかりで驚いたが」
「私も当初は驚きました」
その当時を思い出しているのだろう何とも言えぬ苦笑を零して反応する。
やはり初見では相当に驚きがあった様子だ。
「あ、それと運賃は無料で、生徒は自由にどれでも使える様ですよ? ……ただ『自己責任』と言う名目がつくものもあるので、そちらはあんまりおすすめしませんけど」
「冒険はまた後でだな、うる吉。今は安全性優先だ」
「んー? まあ、いいけど……って言うか、あたしはアレがすっげぇ気になる!」
うるきが指差す方向を見て思わず納得する恭介。
そこにあったのはモノレールである。モノレールと言っても新幹線の様なシャープなデザインのモノレールだった。一言で言えばスタイリッシュと言う印象すらある。うるきのみならず恭介も乗ってみたいデザインであった。
「じゃあうるきはアレでいいな」
「おう! よし、乗ろうぜ、きょうすけ!」
「アホ。俺が乗れるわけねぇだろ。――って、事で悪いハグマターナ。お前、うるきと一緒に行ってくれないか?」
「え?」
きょとんとした表情を浮かべるミスラに対して申し訳なさそうに恭介は告げた。
「いや、俺はシラヅキだし、何よりミカアカは男子禁制みたいな学院だろう? 俺が同行するわけにもいかなくてそこが心配でな……。コイツ、一人にして果たしてミカアカまで辿り着けるのか気がして不安で不安でさ……だから、一緒に同行してくれるミカアカ生徒がいてくれた方が助かるのが正直なところだ」
「なるほど。道理で先程、ターゲット・ロックオン何て言ってたわけですね」
「そゆこと」
恭介が悪びれも無く笑みを浮かべてそう告げると可笑しそうにミスラは破顔した。
「いいですよ。構いません。ここで逢ったのも何かの縁でしょうし。うるきちゃんの事はお任せください。しっかり送り届けてみせますね」
「頼もしい発言感謝するよ。今から、お前がうるきの保護者だ」
「承りました」
「……なあ、ミスラ? そこはノらなくてもいいんだぞ?」
うるきが不満げな声を零すが二人は訊いていない。恭介はまだしも、ミスラは直感なのか保護者意識が湧いている様子であった。
「じゃあ時間も急いでますし、行きましょうかうるきちゃん」
「お、おー……」
そして納得いかない様子を見せながらもうるきはミスラと一緒にミカアカ行の赤いラインのモノレールに乗車して、その姿は次第に遠ざかって行った。
その姿に対して「頼んだぞ」と一言呟いて恭介は次に秀樹を振り返った。
「さて、俺達も急ぐぞ陽皐」
「ああ、だよな! でもどうすんだ? やっぱモノレールかね?」
「モノレールも印象に残っていいと思うが……やっぱり、初日だ。印象に残るものがいいんじゃないかと俺は考える」
「……と言うと?」
「アレだ」
そう語気を強めながら恭介が指差した先にはあるものがあった。
水の上に浮いており、柵に固定されている特殊な形状の移動器具。
「モーター……ボート……!?」
秀樹が冗談だろう、とばかりに驚愕を顔に張り付かせた。
「風を突き抜けて、舞い散る水しぶきに心躍らせる――ああ、想像しただけで期待値半端ないよな、なあ陽皐!」
「いやいや、冒険は止めようって言ってた人どこの誰だったっけ!?」
「男の冒険心は急に燃え上がるもんだからな」
「前言撤回速ぇな、チキショウ!」
「なぁに。安心しろ、陽皐」
「安心って言われてもな?」
危険な予感しかしない秀樹の肩を掴んで恭介は――瞳の奥に星をキラキラ輝かせる無邪気な子供の様な恭介はこう告げた。
「振り落とされなくちゃ問題何て何もねぇさ!」
「逆に振り落とされる様な運転する気満々じゃねぇかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その日。
その後の体を打ち抜く烈風を。無駄に心地よい水しぶきを。
陽皐秀樹は決して忘れる事は無いだろう。
鍵森恭介の『いやっほぅ! ボート最ッ高―っ!』と言うハイテンションな掛け声が鼓膜に焼き付いて離れないのと同じように――。
3
激しい登校事情から数時間後。
特に問題も無く、滞りなく入学式は閉幕。
始業式、入学式が終わった後、二年の生徒は全員が二年の教室がある階へ移動した。
芳城ヶ彩に於いて校舎と言うものは単純な話、結構な余裕がある。その為に一クラスは狭すぎず広すぎずと言った造りになっており、余裕を持ったスペースが確保されていた。そして肝心のクラスの順番は基礎クラスであるA~Iの学年は第一校舎に配分されているのだ。その中で二年生と言う立ち位置である鍵森恭介は第一校舎、第三階の2-Gクラスであった。
新学期と言う事もあってか教室内ではざわざわと落ち着きのない声が多い。
初日と言う事もあり、席順は当然ながら決められているわけもなく。
それでもまばらに学生たちは想い想いの行動に出ていた。教室の真ん中付近の座席でたむろする面々もあれば、窓際で談笑に勤しむ女子生徒もいればオドオドとした様子で慌てふためく女子もいるし何故だか初日から壁際に手をついて世界の終りの佇まいで肩を落とす背中もある混沌ぶり――個々人にて色々思う所はある様子だが何とも学生らしい光景だと恭介は感じながら、適当に後ろ座席の方へと椅子を引いて腰を落とす。
聞き耳を立てて見れば、中でもやはり春休みに何をしていたか、と言う話題が大半を占めている様だ。恭介はそんな中で流石に困った様に苦笑いを浮かべる。
――流石に、この話題じゃあ入れねぇよな。
転入生と言う立場もあって恭介は皆と打ち解けるの事は今は出来ずにいた。
なにせ、先程から結構な興味の視線を感じるのもあった為だ。ちらちらと一瞥する視線が投げ掛けられている。『あんな奴いたっけ?』と言う旨の発言だ。それはそうだろう、なにせ二年生ともなれば、ある程度は互いの顔を知っているはずだ。その中で鍵森恭介はまず間違いなく見知らぬ生徒に分類されている事だろう。特に女子の視線が向いている事に関しては言わずもがな――鍵森恭介の容姿が目を惹くと言うのもあって恭介はその事を自覚し、更にどうしたものかと少しだけ悩んだ。
速い話、この春から転入してきたと伝えればいいのだろうが、あと少し待てば教師もすぐにやってくる事だろう。それを考えれば今言うよりも生徒全員の前で言った方が遥かに効率的であった。
一名、話せる女子生徒がいるにはいるが――本人友人との会話を楽しんでいる最中。そしておそらくは内心でこの微妙なポジションで大人しくなっている恭介を見てうぷぷとばかりに楽しんでいるだろう内面も見て取れる。――そう言う付き合いの少女なのだから。
テメェ、と思いつつも恭介は押し留まる。
――ま、大人しく待ってるとしようか。
下手に動いても仕方あるまい。
恭介はぐっと背筋を伸ばして感嘆の息を吐いた後に流石はお金持ち高校と感心する高級な質感の机の上に肩肘をついて頬杖をついた。
そんな時である。
「なあ、お前転校生?」
何気ない声で投げ掛けられた一声。
精悍な音色であり、何とも少年らしい声音だ。恭介は「ん?」と声の方へ意識を向けた。人の気配は重々感じ取れる恭介だが声が投げ掛けられるとは少しばかり驚いたものだ――そう考えながら視線を向ければ、そこには恭介とは違ってシラヅキの制服を身に着ける少年がいた。いや少年とはいえ大人びた容姿をしている事も相まって恭介同様に青年と括るべきか。整った造形の顔立ちの中で何とも印象深い釣り目がちの目元の中では黒々とした瞳が好奇心に彩られている。
ただ中でも一番印象に強いのは、
「――その年齢ですでに若禿とは……南無」
その神々しいまでの輝きだろうか。御来光が昇ってきそうな程に邪魔者の一切存在しえない無垢なる艶めき。早い話が、目の前の少年の頭部には頭髪が存在しなかったのである。
「よーし、初対面のクラスメイトに即座に喧嘩ふっかけた事に関しては褒めてやろう。うん、合掌すんなよ切なくなっから! これ剃髪なだけだから!」
怒った様な口調とは裏腹に業腹な態度で笑いを発するクラスメイト。
これはまた面白い反応だと思った――怒鳴られても文句言えないと言うのに。
「ははっ、悪かった。喧嘩じみたモン売った事に関しちゃ謝るぜ?」
「本気じゃねぇくせに。言いながらどこまでも愉快そうな表情浮かべてた奴が良く言うぜ」
腕を軽く振って返すクラスメイト。
彼としては有体に言って、乗ったまでだ。
(なんせ、言いながらクスクスとばかりの台詞だったかんなあ)
うんうん、と内心で頷きつつ、
「まあいいや。改めて訊くけど、お前転校生だよな?」
「ああ」
「そっか。やっぱしな。――んじゃ、まあ初めに軽く自己紹介しとくな――俺は合馬守善。よろしくな!」
合馬。
聞き覚えは――あまり、ない。この学院に於ける一般生徒と言うわけだろうか。本来、学校でそんなくくりを生む必要はないのだが、なにせここは芳城ヶ彩共同学院。一般と大差持つ名家が相手であるケースも存在する。そう言った事を一々気に掛けなくてはならないのは一重に鍵森恭介がそちら側の枠組み――訓子府家執事になっているからに他ならない。
うるきがそう言った心情を知れば『……悪いものでも喰ったか?』と心配するだろう事を鍵森恭介は脳裏に浮かべていた。
――まあ、守るつもりねぇけどな。
そしてシレッと脳内でそれを端っこに追いやる。
……いやさ、そっちのしがらみに一々、捉われている義理もねぇしな俺には。
最低ラインを確保しつつ、最大級に人生を楽しんでこそ自分だ。
そう、恭介は考えている。
考えているからこそ――何も考えず、無垢にて無心に無邪気に陽気に――鍵森恭介はこの学院で過ごしてみよう。そう思考を完了させながら、恭介は目の前の青年、守善に挨拶を返す事とした。
「合馬か。こっちこそよろしくな、変わり者。俺は鍵森恭介だ」
「へぇ、鍵森って言うのか珍しい名字だな――って、待てオイ」
「何だ?」
「いや、どこのどなたが変わり者だっての」
不貞腐れた様子で恭介の肩をバシバシ叩いてくる守善。
朗らかに笑みをぶつけてくる守善に対して、恭介はニヤッと笑い、こう返す。
「変わり者だろう? わざわざ見知らぬクラスメイトに声かけてきたんだ――よっぽど気のいい変わり者に違ぇねぇだろ?」
「おっ。厄介な高評価くれちまいやがるなテメェ」
ならいいや、と呟きながら守善は恭介の前の座席の椅子を引くと、そこに着席する。
椅子にもたれかかる形な為に非常に駄弁りやすい形となった。
「で。わざわざ声かけてきた理由はなんだよ?」
自己紹介が終わるとおもむろに恭介は目の前の青年に問い掛ける。
転校生と言う立場上、初めは皆少し距離を置くだろう。話しかけてくるとしても自己紹介の後と言うのが定石だ。なのにわざわざ声をかけてきてくれた辺り、暇つぶしになるのでありがたいが、同時に疑問も浮かんだ。
守善は「ああ、それな」と頷いて返そうとした瞬間に。
「シューゼーンンン~~っ♪」
それは唐突に鳴り響いた。
可憐と言って差し支えない声音。発音のイントネーションに独特な訛りがある。方言と言う差異では無い、もっと遠方。異国の差異だ。シラヅキの清楚な学生服に身を包んだ、一人の美少女が満開の笑顔でこちらへ迫ってくるのが恭介には確認できた。目の前の守善の表情が拙いとばかりに引いてゆくのがわかる。対照的に守善の汗は『やっほー、デバンだー!』とばかりに大量に顔を覗かせているが。
少女は健康的に焼けた小麦色の肌をしていた。そして艶やかな黒髪をしている事から日本人にかなり似通っている。瞳の色がグレーと言う事を除けば大まかには大差ない。だが人種の差と言うのは存外感じ取りやすいもので、目の前の少女が中東系の風貌をしている事がなんとなしに理解出来た。
そして、目標がまず間違いなく守善と言うクラスメイトであることも。
そんな事を考えている合間にすでに少女は飛翔していた。跳躍と言うより、飛翔と言うイメージが浮かぶほど華麗なジャンプだ。合馬守善めがけて一切の手加減もない見事な突貫であると恭介は感動すら覚える。
「シュゼーン、クライシス!」
――クラッシュしちゃっていいのだろうか?
無論、そんな他人の評価など知らぬ存ぜぬだろう少女は左足を繰り出しながら嬉しそうに守善の元へ舞い降りていた。守善の肺の中の空気が爆発した様な呻き声と共に見事な着地をしてみせる。
「シュゼン、やったね!」
仰向けにぶっ倒れる守善に対して馬乗りの少女は破顔を浮かべる。
「ああ、見事に殺ったな」
そんな光景を目視しながら傍観者の少年は腕組みしつつ小さく頷く。
「殺られてねぇよ! 勝手に人を殺すな鍵森!」
その中で痛みを堪えつつ、少年は頭を起こして大声を発して反論した。
「おお、生きてたか。存外タフだな合馬は。よかったよ、転校初日から、初めて声かけてくれた奴が死んだりとかは幸先悪いから不安だったぜ」
「なんか心配してなくね? 縁起悪いとかいう旨の自分の心配じゃね、ソレ?」
納得いかない様で渋面を浮かべるも、守善は恭介から視線を外した後に、自らに馬乗りになっている少女に向けて苦言を発した。
「で、さっさと降りてくれるか、モニタ。重い」
そう言うとモニタよ呼ばれた少女はぷくっと頬を膨らませて抗議の意を表した。
「ムゥ。失敬だナー、シュゼンは。私、子泣き爺じゃないよ?」
「何で日本の妖怪知ってんだよ、お前……」
「この前、逢ったからね!」
「ヘイヘイ、さいですか」
果たして何処であったと言うのか。大方、片目を髪で隠したちっこい親父さんを髪の毛の中に住まわせている主人公で人気を博す某有名妖怪アニメ絡みだろうと推察するが。
そんな適当に流す様な様子にイラッとしたのか頬を膨らませつつモニタは唸る。
「ホントなんだヨ? 二メートルを超える巨漢で『兄ちゃん、それ以上は手が過ぎるなあ。泣いちゃろか?』ってタバコ吹かしながら言ってたモン!」
「どんな状況!? アレ、子泣き爺ってそんなだったっけ?」
「かっこよかったよー、五歳の頃の守善と違って」
「比較対象超限定的!」
「今は微妙にかっこよくなった風情だよネ!」
「なんだろう絶妙な馬鹿にされている感は」
ニコニコ笑顔で自分を語る少女に対してこめかみに怒りマークを浮かべつつ守善は左の拳を握り緊めてぷるぷる震わせていた。
「で。結局なんなんだ?」
一通り様子見を終えた辺りで恭介は椅子に座りながら守善に疑問をぶつけた。
「あ~……」
守善は重いから降りろ、とモニタを下ろして、服をパンパン叩いた後に恭介へ向き直る。
「ま、見ててわかったと思うけど――幼馴染だ」
「離婚前提のね!」
「へえ、そうなのか」
とりあえずモニタと言う少女の発言はスルーしておく。事実だとしたら哀れ守善とでも憐みを投げ掛けておくべきかもしれないが「……おい、離婚前提って何だよ、結婚すらまだだぞ俺」「え? だって守善、どうせ恋人出来なくて最終的に私に泣き付いてきて、二年三か月後にそりが合わずして離婚でしょう?」「嫌な想定しないでくれるか!?」と言う発言があるから、とりあえずそこまで気にする事もないだろう。
「とにかくだ、モニタ。紹介しとくけど、コイツは転校生の鍵森恭介って奴。でさ、鍵森。こいつは俺の幼馴染のモニタ=アスンシオンって奴なんだ。まぁ、仲良くしてやってくれ」
「ああ、よろしくなアスンシオン」
「にははっ、苗字だったらスンシーとかでもいいよ! かぎもりかぁ……なんて呼べばいいかな?」
ムムム、と唸りながら思案するモニタに恭介は苦笑する。
「別に普通で鍵森でいいぜ?」
「いや、ダメ! 何か固い!」
「固いって言われてもな」
――……鍵で固い印象でも感じられているのだろうか?
本当に適当でいいのだが、どうやらモニタはニックネームを考えるのを頑張っている様子なので仕方ないながらも付き合う事とした。隣の守善を見ても『付き合ってやってくれ』とばかりに肩をすくめるだけなのでしょうがない。
そしてモニタはしばし黙考した末に瞳をキランと光らせた。
「鍵……鍵、鍵……キー君でどうだ!」
「却下。容姿はそこそこにてる分だけ厄介なので却下」
「なら、ウッズとか。キョスケー・ウッズ」
「無理矢理語感を合わせようとするなゴルフ選手に! そしてそれは『林』だからな?」
「じゃあシンプルに恭右衛門貞時全治郎とか!」
「お前が本心からシンプルと考えているならな!」
「なら――きょーくん、とか、ど?」
「嫌だ、絶対嫌だ! なんか嫌だ! 幼すぎるってのもあるが、何か悪寒するし!」
「ではゴールド・ビルドとか!」
「無駄に名前っぽいな、おい。『鍵』を分解した結果だろうけど地味にいいかもって思った辺りが若干腹立たしいが」
「じゃあ、男の子の憧れ、弟君とかどうだ! ワタシ、弟欲しいし!」
「何時から俺を年下だと錯覚していたんだお前は! 俺に姉なんかいねぇよ! いるのは妹一人だっての!」
「むぅ……妹……じゃあ恭介お兄ちゃんとかで」
「仕方ない。それで着地点としよう。これ以上はめんどくさいしな」
「ちょっと待てや、鍵森、オイ」
ガシッと肩を掴む守善。
何だ、とばかりに顔を向ける恭介に視線で問い掛ける。
――何で、そこで手を打ったお前!? と。
恭介は視線で答えた。
――長き因果を終わらせる為だ、と。
コイツ……! と、戦慄を感じつつも守善は数回手を叩いて場を仕切り直す。
「いいから、もっかい再考しなおせ。って言うか、鍵森で十分だろ本当に」
「しゃーないなー、シュゼンが言うならしょうがないか。じゃあ、しばらくは鍵森って呼んでおくよ! 釈然としないけど!」
「仕方ねぇな。合馬が言うんじゃな。釈然としねぇけど」
互いに手を握り合って挨拶を交わす。
無駄に笑顔で対応しているので何とも微妙な空気が漂っている。モニタがニックネームつけるのを好きな事は幼馴染である守善は重々承知の上だから仕方ないとしても。
「お前、お兄ちゃんって呼ばれたいだけだろ」
ジト目のクラスメイトの視線を恭介は「はははっ」とどこ吹く風でやり過ごした。
それから程無くして、生徒たちは手近な席に着席を済ませていた。大半の生徒は顔見知りらしく問題無く緩い空気が生まれているが、中にはほかのクラスからの生徒、恭介の様な転入生――簡潔に言ってしまえば馴染めていない生徒がいる事から学院初日としてある種当然の空気が流れていると言えた。
そんな空気の中で教卓に佇む一人のスーツ姿の人物がいる。
黒髪に赤い瞳。仕立ての良いスーツに身を包む、如何にも教師然とした男性だ。
男性は一度、教室中をさっと見渡した後に口を開く。
「――まずは進級おめでとう」
始めに出た言葉至極真っ当な労いの言葉であった。
「この中の生徒大半は見覚えがあるな。中には見た事ない顔もちらほらいるが……まあ、一ヶ月しない間にどうにかなるだろう」
では、と呟いて。
「とりあえず二年になっても変わらないふてぶてしいガキどもの面見ながら胸糞悪い気分に浸りつつもHRを始めるぞー!」
「担任のガラ悪いな、おい!」
思わず頬杖から頭をがくりと落としてしまった恭介が不思議そうな声を浮かべる。
そんな恭介に周囲は何処か長閑な空気を浮かべた。
「だよなぁ」、「ああ、やっぱ当時の俺達の反応間違ってなかったんだなぁ」、「あった、あった。ああいう時代が俺達もあったよなぁ」、「懐かしいなぁ」、「そうそう、昔を思い出すよねぇ」。
――なんだろうな、この空気……。
何とも――長閑で平和な平穏ぶりだ。花が優しく風と吹き抜けている場所の様な錯覚すら覚える。それほどこのクラスの生徒たちはとても和やかだった。中にはポカンとしている他のクラスの生徒であった者達の戸惑いもあるが、大半の空気がそれを覆い尽くす。
その中でふてぶてしい様子のまま教師は学生簿を一瞥し、
「あー……ああ、お前か。鍵森って言う転校生は」
恭介の事を発見した様子で視線を向けてくる。
「ええ」
「なるほどな。転校生って事だから頭に置いておいたんだが……なるほどお前がなあ」
ふむふむ、と納得した様子を浮かべる教師。
「ま、俺を知らん奴もいるだろうしぱっぱと自己紹介済ませておこうか。俺の名前は沖田光弥。担当科目は古典・現代文だ。これから一年間まあ、よろしくな。そしてその過程でお前達、学生を徹底的にとっちめていく――覚悟しておけ!」
『はーい!』
何とも明るく気の抜けた返事である。万歳三唱だ。
恭介も流石に流れが掴めず少しばかり困惑を覚えた。
――このクラス、手強いな……!
何故だろうか、そんな印象を抱く。只者ではない。少なくともそう感じたのは紛れ様も無い事実であった。教卓で悪の親玉のごとく高笑いを続ける教師も『変わんねぇなぁ』とばかりに穏やかな表情を浮かべる元クラスメイト達も。初会合での印象は何とも不可思議なものに出会った――そんな心地であった。
さて、そんな何処か和やかな空気の中で教師、沖田光弥は告げた。
「そうそう、クソガキ共。新学期早々まずは席決めしとくぞ」
『えー』
生徒らが口々に不満を零す。
「私、この席でいいんだけどな」、「下手に男子の傍にいきたくないもんね」、「へっ、自意識過剰なんじゃねーの誰がお前らの近くに行きたがるかよブス」、「今、何て言ったのよ鹿込!」「ブスって言ったんですよーブスって」。
一部喧嘩に発展していたりもしたが。
二年生。ほぼ変わらぬクラスメイトともなれば仲良しグループと言うものは形成されるものである。特に女子はその傾向が強い。その為に今の座席でいいという意見が出るのはある種必然の事であった。
だがしかし、やはりと言うべきだろう――反対意見は確実に浮上するものだ。
ゆらりと誰かが立ち上がる気配がした。
それはクラスメイト全員が分かるほどの気配――否、威圧感と共に立ち昇ったのである。
「いいではないか。常に進撃を志すは漢の道と言うものぞ!」
不動明王の如き体躯の学生が仁王立ちでそう進言した。
「フ。真っ当な意見ではありませんか五郷海老済君。僕もその意見に賛同です」
「賛同、感謝するぞ都祁村よ」
「いえいえ、何という事はありません」
厳かな風格漂わせる不動明王の如き青年――妙に老け顔だが――五郷海老済は教室の最前列でメガネを指でクィッと持ち上げながら不敵な態度と不思議なポーズと共に一票を投じたおそらくは一年の頃からのクラスメイト、都祁村に目配せで礼を示す。
教室内で「マジか……五郷海老済君が賛成したぞ……!」、「奴ら、誰とも知らぬ奴の隣になる事に恐れがないとでも言うのか!」、「これだからイケメンは……!」、「都祁村君、相変わらずいい尻してるぜ……!」。
――さて最後の誰だ。
そんな事を頭の片隅に置きながら恭介はクラスメイトに視線を飛ばした。
五郷海老済。都祁村。どうやらクラス内で発言力のある二人と見る。そしておそらく、彼らだけではないだろう。恭介は感じた気配の方向へ視線を飛ばす。
「ハッハァ! ツゲにゴゴウがそう言うのなら俺も乗り遅れるわけにはいかねぇな! 沖田先生! この俺――雁多尾畑眉白も手ェ上げるぜ!」
「そっかい」
轟! と、炎が燃え盛ったかの様な暑苦しさと共に雁多尾畑と言う生徒も声を上げる。
対して沖田先生は慣れた様で――呆れながらも手馴れた様子で票を数えて行く。
すると他の学生も『あいつらが言うんならじゃあ俺も』とばかりに挙手が増えて行く。厳格なる生徒、暑苦しき生徒、冷静沈着なる生徒――そんな面々が立ち上がったかと思えば、事態がどんどん進行していく。
「……あいつら、どんな連中なんだ?」
恭介は気にかかり、クラスが騒ぎで加熱する中で前の座席――合馬に声をかけた。
「ん? 五郷海老済達か?」
「ああ。……何か影響力強そうだけど」
「そうだな……何て言ったらいいんだろうな……」
守善は言葉に迷う様子で顔をしかめる。
「語ると長くなるんで今は置いとくけど……ちょっと去年の時に色々な行事絡みで先陣切った結果、四人に対しては相応の信頼が置かれているってところかな」
――四人?
と、疑問に思いつつも恭介は先を促した。
「クラスのまとめ役みたいなものか?」
「そうだな、そんな感じ。……まあ、真のまとめ役は……」
「真のまとめ役?」
恭介が不思議そうな表情を浮かべた時である。
「いいえぇ。そんな事はしなくていいのぉ。今のままで十分よぉ」
やけにゆったりとした少女の声がそれまでの空気に異論を唱えた。
それは一人の女子学生だった。目尻が下がっている事や、ウェーブがかったロングヘアーにゆったりめのタイプのシラヅキの制服に身を包む故かなんともおっとりとした印象を抱かせる綺麗な女子である。
「何だ。言っておくが文句は聞かないぞ、鬼一」
五郷海老済が頑なな態度を緩めず、即座にその言葉に圧力をかけた。
だが鬼一と呼ばれた見目麗しい少女は愉しげに微笑を浮かべて首を振る。
「酷いわねぇ。あたくしの意見は無視するのぉ?」
「フン。貴様の言いたい事などすでにまるっと御見通しだ!」
鬼一の不満そうな言葉に雁多尾畑眉白が腕組みをしながら相対す。
「あら、本当かしらぁ?」
「不思議そうな顔をする意味などないぞ! 鬼一、お前のいう事は想像がつく――席を変える必要などない! そんなところだろうが!」
「ええ、そうよぉ」
ニッコリと優美な微笑を浮かべて「わかってるじゃない」と呟く。
「少し自己中過ぎやしないかい、鬼一。僕らは平等な権利があるはずだが?」
またしても不可思議なポージングをしながらメガネをクィッと指で押し上げつつ都祁村が諭す様に語気を強めた。
「傲岸不遜――唯我独尊。わかってるわよぉ? けれど、ざ~んねん。今回は譲らないでおこうかなぁって決めてるのぉ。諦めてぇ?」
「我儘が過ぎるぞ、鬼一!」
ギリッと歯を食い縛り、五郷海老済が怒気の篭った視線を向けた。
だが、そんな視線に怯える気配も見せず、鬼一は「ウフフフフ」と何処か不気味ささえ感じる笑い声を零していく。
――え、なにこのクラス。
恭介が冷や汗と共に内心数歩引いたのは言うまでもない。見れば約数名――新たにこのクラスに加わっただろう面々は一様に青ざめていた。約一名が「やっぱこのクラス恐ろしいよぉ……!」と呻き声を発している。これが理由か、と思わざるを得ない。
「……何で席替え一つでこんな揉めてんのアイツら?」
ぽつりと恭介は疑問を零す。
「ああ……」
合馬守善は同意する様に何度か頷いた後に「――まあ、見てりゃわかるって」と呟いた。
「貴様の意見は認めん。――断じて認めん、この五郷海老済智實! この討論にて一歩たりとも引く後ろはないと知れ!」
「同意見だね。鬼一、君の意見に力はないよ」
「ツゲにゴゴウの言う通りだ。我々は断じて渡さんぞ――その席を!」
――ん?
視線は熱を発していた。熱中していた。火花を散らしていた。
眼光に一切の容赦は無く、また怯む気配も微塵すら存在しない。
「我儘はあんたらの方よぉ」
少しばかりイラッとした音色の声で鬼一が笑った。
「この席を手に入れようだなんて――分不相応よぉ?」
――……んん?
クラスの空気が『貴様ァ……!!』とばかりに加熱する気配の中で、恭介はおもむろにある場所へ視線を向けた。そこは鬼一と言う女生徒の左隣の席。窓際の席である。藍色がかった美しいショートヘアをした女子生徒と思しき姿が――机に突っ伏していた。
机に突っ伏しているので顔はわからないが、平均的な身長だと思われる。
この空気の中でそんな彼女だけが唯一――面倒事から逃げたがっているように感じられたのは恭介の勘違いではない。
なぜなら、
『断じて淡路島の隣は貴様だけのものではない!』
言葉の総括。
「……コイツら」
「な。わかったろ?」
守善の同意を求める若干草臥れた様な声に恭介は呆れと共に頷いて返す。
十分過ぎる程に理解出来た。
――好きな娘の傍がいいだけかッ!
小学生の様な理由である。無論、高校生らしいと言えば十分に、存分に青春謳歌だが、それを理由にここまで白熱していたのだとすれば何とも言えない感情に見舞われる。彼らを知るだろうクラスメイトは一様に『やっぱりねー』とばかりに苦笑を浮かべている始末。知らない面々は『そないな理由ぅ!?』とばかりの表情だ。
空気が一蹴されたところで鬼一が淡路島と呼ばれた少女を熱の篭った眼差しで見る。
「ねぇ、姫海ちゃん。姫海ちゃんもあたくしの傍がいいわよねぇ?」
その言葉にびくっと一瞬反応する少女。
「……え、ぼく?」
伏せている為にくぐもった様子の面倒くささが篭った声が小さく呟かれた。そんな少女に対して鬼一は「そうに決まってるじゃなぁい」と断言して返す。
少女は顔を上げながら気だるげな様子をありありと浮かべていた。
「うああ……めんどうくさい」
おそらく間違いなく本音と思われる声を発しながら、額を手で抑えつつ顔を上げた――その顔立ちを見た瞬間に恭介は感嘆を浮かべた。非常に造形の整った顔立ち――紛れも無い美少女であったからだ。
少女の名前は淡路島姫海。
大きくネコ目がちな目は何故だか庇護欲をそそられる弱弱しさを発しており、肌の白さといい美しい顔立ちといいかなりの美少女に間違いない。服の上からでも分かるほどにスタイルもいい様に見て取れた。ただしその風体は面倒事に関わり合いたくなかったと言う気持ちと、疲労感からか半眼で何とも草臥れた感が漂っている――それでも魅力的に思える辺りが、少女の凄いところと感じるべきか。
「淡路島! イヤならイヤと言っていいんだぞ!」
拳を握り緊めながら、雁多尾畑が語気を強めながら発言を促した。
きょとんとしながらも淡路島姫海は「そうだねぇ……」と嘆息交じりに、
「え、あ、うん。イヤだよ――四人とも」
と、四名ともたたっ切った。
『……』
「……うん、ゴメン。ちょっとした冗談だから」
『だと思いました!』
「……めんどうくさい」
天を仰ぎ見る姫海に思わず同情してしまう。
四人が全員、『しょぼん』とばかりの表情を浮かべたのだ。罪悪感も湧くだろうそれは。対して元気を取り戻した四名は先ほどの言い争いを再びやり始めた始末。不毛である。
「姫海ちゃんはあたくしの隣が一番よぉ。むさい男連中がいたんじゃあ体調悪化に拍車がかかるってものじゃない?」
「黙れ! 女の細腕でいざと言う時、姫海お嬢様に何が出来るというのか! ここはこの五郷海老済に一任してもらおう!」
「ぬあ! ずるいぞ、ゴゴウ! 敏捷性に優れる、この俺、雁多尾畑こそ相応しい!」
「おやおや、何かあった時に冷静に対応できる僕にこそ相応しい――そう思わないのかい?」
四者四様。誰一人立ち位置を譲る気配はなく、我こそはとばかりに声を上げていた。
そんな最中で渦中の人物は後ろの席のこれまた綺麗な少女に助けを求めていた。
「ゴメン、藤田さん。席変わってもらえないかな……?」
「すまない、淡路島。いくら風紀師団第三班隊長の私でも、巻き添えはゴメン被るんだ」
救援は望めないようだ。
淡路島姫海はがっくしと机に突っ伏す。
――大体読めてきたな。
恭介は苦笑を浮かべつつ、そう断じた。
要は、席の取り合いなのだ。単純で純粋な在り来たりな風景ではないか。
淡路島姫海と言う少女を中心に五郷海老済、雁多尾畑、都祁村、鬼一と、言った面々がいさかいを繰り広げている――そんな端的なお話だ。
――このままじゃあ堂々巡りだな。
互いに一歩も引く気配がないのでは話の進行も何も無いだろう。落としどころを模索出来ればいいのだが、生憎と選択肢は考えうる限り、一つしかない。なら、その一方へ上手く条件を導くしかないと言うものだ。流石に『好きな者同士で座ればいい』、なんて発言を零せるわけもないのだから。
恭介は静かに起立する。
「――なあ、鬼一さん、だっけか?」
話しかけた相手は鬼一だ。
急に訊き慣れぬ声の主に話しかけられた鬼一は一瞬きょとんとしながらも、視線を恭介の方へと向けてくる。
「……あら、見かけない顔ねぇ?」
眉をしかめ、物珍しそうな表情を浮かべた。
「まぁな。転校生なものでな、見覚えが無くても無理はねぇさ」
「ふぅん。そうなの、転校生――それで? その転校生が何か意見でもあるのかしらぁ?」
「ああ、ある。訊いてくれるか?」
「いいわよぉ。意見は平等だものぉ」
すんなりと意見聴取を受諾してくれた事にありがたいと感じた。
ここで『転校生は黙ってなさいよ』的な発言が出なかった辺りが素直に感謝である。
「んじゃあ、言わせてもらおうか。俺としては席替え、くじ引きかなんかをしてもらった方がいいと思うんだよな」
「その心は?」
五郷海老済達が口を閉じる中で恭介は述べた。
「単純だ。今はまさしく新学期だろう? んで、この席順は一学年の頃の仲の良いクラスメイト達が仲の良い同士で集まったってだけ――そうなると必然、新たに加わったクラスメイトとは隔たりがある。軋轢を生みだしかねない。重要な始まりの時期だからな。そうなればデメリットの方が強く出かねないぜ? このクラスがすぐに打ち解けられるってんならいいんだが、やっぱ個々人感性の違いもあるだろうからな。だからさ。今はそういうの置いといて、平等に公平にくじ引きで一切合財、不満無しに自分の運気に賭けた方がマシだと思うぜ? 自分で引いた場所ならまだ渋々ながらも納得出来るだろうってもんだ。それにその方が――新鮮だと思うしな。違うか?」
――結構、長く語っちまったかな。けど、これでどう動くかだ。
鬼一は「ふむ」と考える素振りを見せた後に嘆息を浮かべると。
「――オーケー。いいわよぉ」
「……えらくすんなり認めてくれたな」
「驚いたぁ?」
「少しはな」
肩をすくめてそう返す。
「いえ、私も席が姫海ちゃんと近いからって少し調子に乗っていたからねぇ。新参者の君の意見で少し熱も冷めたわよぉ。――確かに、新しいクラスメイトをないがしろにするのも憚られるものねぇ」
「理解がある様で何よりだ。ありがとよ」
「理解はあるのよぉ? けど、反対意見がさっきまで約三名――感情論の約三名であり幼馴染の約三名だから若干加熱しちゃっただけで、ねぇ」
ポツリと呟きながら何処か冷ややかな視線を流す鬼一。
それに対して五郷海老済は腕組みしながら唸り、ポーズを決めながら都祁村が不満を零し、拳を握り緊めながら雁多尾畑が怒りを露わにする。
「おい、なんだその意見は。我々が悪いみたいではないか」
「そうだね。心外極まるよ、鬼一君」
「キイチ、貴様ァ! この俺をさらっとバカにでもしているのか!」
「まぁまぁ、落ち着こうぜ御三方」
「そうそう。転校生を前にみっともないわよぉ?」
『なんだこの言いようのない悔しさは……!?』
三人はグググ、と悔しさを滲ませながら地団太を踏む。
――いや、まあ分からなくないけどな。
恭介自身、何か奇妙な落としどころになったと思わなくも無い。思いのほか、鬼一が理解を示すので特にこじれる事も無く――加熱が子供じみた事みたいな空気になったのには若干の意味不明さを伴っていた。
「はいはい」
そこで柏手が数回鳴らされた。
担任の沖田光弥が呆れた様子を浮かべつつも苦笑していた。
「やっぱ、ガキだなテメェらは。――まぁいい。決着ついたんなら、ここらで肝心の席替えと行かせてもらうぞ」
教師のその言葉に五郷海老済を初めとして起立して意見を言っていた者達は鎮座する。
光弥は恭介を一瞥して感心した様子で言葉を投げた。
「しかし、度胸あるじゃないか鍵森。この馬鹿ガキ共の仲裁するとはな」
「仕方なくですよ。ヒヤヒヤしましたし」
「よく言うぜ。堂々としていた癖してよ。――まぁいいけどな。どうせ、意見関係なくくじ引きする気満々だったし」
「なら、尚更俺が出張った意味ないですね」
恭介は肩をすくめながら苦笑を浮かべる。
いや、そうでもないさ、と光弥は答えた。
「俺が仲裁入ってもいいが、席替えは生徒間の一大事だからな。なるべくなら、生徒の自主性に任せた方がいいってのもあるさ。特にこういう場でこそガキは大人びるチャンスが得られるってもんだ。さっきのお前は少しはマシなクソガキだったぞ」
「クソガキなのは変わらないんですか」
「当たり前だ。ガキがそう易々と大人に成れると思うなよ?」
くつくつと笑みを浮かべながら沖田光弥は少し熱を込めてそう話した。
「さて、それじゃあ席替えするぞ。まずは席を決めないとHRも何もないからな。席替えはさっきも言ったがくじ引きで行う。――と言う事でここにものを用意した」
教卓の上にゴツンと言う固い響きを鳴らしながら沖田先生が用意したくじ引きを見て一同は一瞬茫然とする。それは六角形の箱であった。世に御神籤箱と呼ばれるそれはまず間違いなく神社とかで見かけるものだ。
つまり、
『おみくじじゃねーか!!』
そうして生徒全員の魂のツッコミが炸裂したのであった。
第五章 芳城ヶ彩共同高等学院・前篇




