プロローグ 彼方へと続く唄
プロローグ
窓の外を眺め見る一人の男性がいた。
感慨深い瞳の色をしながら、男性は外へ広がる光景を見ていた。けれど、その瞳に映っているだろう光景は彼の瞳にしか見えてはいないもの――郷愁の念にも似ていた。
白く清潔感のある広いこの部屋の中で男性は空を仰ぎ見た。
そんな男性に声をかける老齢の男がいた。
英国紳士の様な風貌を持ったその老人は左目のモノクル代わりの時計をカチカチといじりながら微笑みを浮かべて呟いた。
――行くのかね。
慎み深く思慮深い穏やかな声音で、そう呟いた。
その声に答える様に男性は、ええ、と小さく頷いた。そうかね……と目を伏せながらシルクハットを軽く手で抑え付ける。
老人を背に男性は記憶を巡らせた。
悲痛に満ちたこの時を。
男性は窓の外へと向けていた視線を外すとそっと振り返る。コツン、という老人の杖をつく音が室内に響いたのを皮切りに男性は歩み出す。
不退転の、その一歩を。
――悲しみはもう、たくさんだ。
そう呟く男性は胸元から一つ。時計型オルゴールを取り出した。
何とも騒がしい音楽だ、と苦笑が洩れる。オルゴールには似つかわしくない騒ぐ様な音楽である。バカ騒ぎの末の歌であった。
何となしに服の中のコインを弄ったりして。
そんな音楽を響かせながら……、部屋の扉のその向こうへと。
――――進んでみせようじゃないか、彼方へと。
プロローグ