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彼方へのマ・シャンソン  作者: ツマゴイ・E・筆烏
Origine mission 「降誕の星」
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プロローグ 踊れ、喜べ、幸福なる生命よ

プロローグ 踊れ、喜べ、幸福なる生命よ


 薄暗く、ほの暗く、影でも闇でもない曖昧とした何か。

 そこはまるで湖の湖畔の様な場所であった。ただしその広さは海の様に広大にも関わらず何故だか無性に森林の奥地にひっそりと存在する秘境の湖畔を連想させる。此処はどこなのか。その問い掛けに応え得る人物はここには存在しない。

 否、厳密には存在し得る。

 ただし、その人物が人物であるか。そして真っ当な返答を発するかどうかは断固としてしないであろうという事が言い切れてしまう。

 水面と例え得る場所に黒の外套を纏い佇む誰か――。

 その何者かは水面に佇みながら何かを見つめていた。だが不意に口元に笑みを浮かべる。腰まで届きそうな長髪で隠れた顔に浮かぶ表層の笑みは何処となく不気味さを醸し出していた。

「やれ。足掻くものだね」

 何に対してそう呟いたのか。

 当然ながらその心中は理解に及ぶべくもない。彼の思惑は不明瞭にして不鮮明だ。ただしその表情に浮かんでいる笑みはなんとなしに喜色を――同時に嘲笑めいたものを複雑に織り交ぜており不敵この上ない色彩に富む。

「当然と言えば当然か。足掻く事を止めたならば、その行先は得てして――終末だ」

 見ているものの心に苛立ちと畏怖を植え付ける様な表情を張り付けながら、極彩色の双眸を怪しく淫靡なまでに鋭くゆらめかせ彼は告げる。

「擦り切れて、崩れ伏して、壊れ欠けて、咽び泣いて――」

 それでもまだ――、

「もがき続ける事を止めぬとは――中々どうして忍耐強い。天晴れだよ、可哀そうになる程にキミは全てに執着し続けると言う事か」

 見ていて実に心が躍る。

 そう、静かに彼の人物は唇を動かした。誰の目にも映らぬ景色を彼だけが見ている。見ていながら、その感想を述べている――そうとしか思えぬ威風がそこに浮かんでいた。

「だが、しかしだ。遅延する物語と言うのはどうにもいけない。ああ、そうだとも。停滞は尽くして吟味に適わぬ怠慢に過ぎぬ。キミの物語は性質の悪いスランプに苛むかの様に擱筆してしまっている。些か以上に――つまらぬよ」

 手厳しいと思しき評価を下して彼の人物は嘆息を浮かべた。

「故に」

 だがその後に呟かれた声は先程とはまるで対局。

 喜悦に歪んだ様な愉しげな色をありありと滲ませていた。

「キミの物語の為に奏でる旋律を調べるとしよう。作詞は知らんがね――なに、そこは勝手気ままに演奏させてしまえばいい。少なくとも、私が知った事ではない」

 無責任としか思えない言葉を並べながらその人物はフッと口元を吊り上げる。

 そして全てのものを迎え入れるかの様に大きくその両腕を広げた。

「では、一つ。此処で我が愛し子へ手向けの唄を贈るとしよう」

 そう彼が言葉を紡いだ刹那に世界が突然に膨張を開始する。

 まるで宇宙を始めた超新星爆発の如き力が渦巻き絡み合い、世界に結合を開始する。

「キミ達が如何な物語を辿るのか、それは私には予想の範疇に収まる事だ」

 だからこそこの行いに意味があるのかなども大した事では無い。

 あればよし――なくば知らぬに過ぎない。

 一石を投じる事に一々戸惑い等抱きなど断じてしえない。

 もしも予測を超えるのであればそれは重畳すべきだが――。

「積み重ね得る日々の守護者は何れ自ずと集い来る事だろう。ならば用意すべきは一重に統率者――導きの星と言ったところか」

 逆流する奔流。

 因果を正しく巡らせているのか、はたまた本来の形とは真逆であるのか、どちらでもないのかそれは行い得る本人にしかわかりえない。ただ語り得るのはその力の膨大さを前にすれば筋道など取るに足らないと言えてしまう程の圧倒的な道の具現であった。

「果たして我が行いが、私の振る舞いが、如何な形に集約されるかなど然して興味も湧かん、抱きえない。されど――いい加減に白か黒かはつけねばならん。灰色の末路等求めはせぬよ。我が星々が如何な終末を飾るのか、精々にして奮闘し、足掻き続けるがいい。――すべからく私はそう望んでいるのだから」

 最果てより燦然と輝き因子を種として、その人物は厳かに握り緊めながら瞑目する。

 そうしてその優美な口元から零れ落ちるは開幕の祝詞に他ならない。

 男は唱える。

「Direct――」

 ――舞台は盤石にして整いあがった。

「Nouvelle Vague.」

 ――ならば何一つとして躊躇する必要はなく、幕は開かねばならない。

「Evita das Leben.」

 ――万雷の喝采は求めるに如かず――、ただ一重に私は開幕を担ったに過ぎないのだから。

「Exsultate, Jubilate.」

 ――であるからして、称賛し褒め称えたければ踊り歌い幸福を求める舞台役者に送る事をお奨めしようか。

 ――故に。

「Dum vivimus vivamus――」

 ――精々にして楽しんで行きたまえ。語り得る事は努々にして無二と言うものに他ならぬ。


「――Ad astra per aspera」


 ――『幸福に生きること』と言う命題以外に何があろうか?


プロローグ 踊れ、喜べ、幸福なる生命よ

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