第四話『日常』
鳳郎と凰子が出会ってから、二年以上の時間が過ぎた。
その間にこの二羽の赤い鳥は愛をはぐくみ、二度卵を産んだ。卵の数は二度とも四つ。そのすべての卵が無事に孵り、島に住む赤い鳥の数は全部で十羽となった。
そして今年も凰子が三つの卵を産み、鳳郎は心から幸せを感じていた。
しかし、大きな幸せを噛みしめている中で、鳳郎は小さな不安を抱えているのだった。
* * *
「父さん。今日はこれくらいで良いんじゃないですか?」
一番目に生まれた息子鳥――名前を敬介という――が、今日集めた食料を見ながら鳳郎にそう言った。
「ふーむ、そうだな。あまり採りすぎるのも良くない。母さん達も腹を空かせているだろうから、戻るとしよう」
鳳郎はそう言うと、あたりで食糧探しをしている子供達を呼ぶために、一声鳴いた。
「んー! やっと終わりかぁ。今日は暑いし、この後は水浴びに行こうかな」
傍に居た五番目に生まれた娘鳥――名前を茜という――が、バサバサと羽をはためかせながらそんなことを言う。すると敬介がたしなめるように茜を睨んだ。
「まったくお前は……ろくに食料を探しもしないくせに、休むことばかり考えて……」
「えー、でも敬介兄さん。せっかく集めた食料を、他の小動物に取られないように見張るのも立派な仕事です。私が働いていないように言って、偉ぶるのはずるいと思います」
「見張りは三羽もいらない。俺と父さんだけで十分だ」
「……それがずるいって言ってるんだけどなぁ」
茜が呟くように不満を口にすると、敬介がさらに小言を言う。茜は舌を出してそっぽを向き、果物をいくつか掴んで飛びあがった。
「あ、コラ! まだ話は終わっていないぞ、何処へ行く!?」
「母さんに食べ物を届けに行くのです。私はその後で、自分の食べ物を探しますよ」
敬介は後を追って叱りつけたい衝動にかられながら、この場を離れる訳にも行かず、翼をはためかせた。
「父さん! あんなわがままが許されるのですか?」
しばしの葛藤の末、敬介は微笑ましそうに兄弟のやり取りを見ていた鳳郎に、自分の不満をぶつけることにした。
「あいつは兄弟の中でも一番甘えん坊だからな。食料を一番に持って行って、褒めてもらいたいのだろう」
「だからと言って、叱りもせずに……」
「皆で集めた食料は食べずに、自分で食糧を探すと言っていたのだから、それが罰だということで良いではないか」
「父さんがそのように甘やかされるから……」
「やれやれ、また言っているのですか兄さん?」
鳳郎の呼び声を聞き、食料を探していた他の二羽も帰ってきた。
六番目に生まれた息子鳥――名前を周という――が、呆れ顔で兄を見ながら地面に降り立つ。
「茜姉さんのわがままは今に始まったことではないでしょう? そのように怒ってばかりいては、兄さんも疲れてしまうでしょうに……」
「だからと言って放っておくわけにもいかないだろう! 叱る者が居なくなれば、あいつはいっそうダメになってしまうぞ!」
「ふぅ……」
これ以上反論すれば、兄の怒りの矛先が完全に自分に向くことを知っている周は、そこで沈黙する。
「父様、これ……」
最後に生まれた娘鳥――名前を澄乃という――が、小さな木の実を鳳郎に差し出す。
「おお、私の好きな木の実だな。ありがとう!」
「はい……」
褒められた澄乃は、顔を伏せて照れる。鳳郎はそんな娘鳥の頭を、軽く撫でてやった。
「お前達は先に戻っていてくれ。私は祠によってから帰ることにする」
「はい、分かりました。母さんにもそう伝えておきます」
敬介がそう答え、子供達はそれぞれ自分達の分を掴んで飛んで行った。
鳳郎はそれを見送ってから、島の中央に向かって飛んで行った。
* * *
島の中央にはとても高い崖があり、そのてっぺんには、鳳郎が二年前に作った祠がある。
とは言っても、別に立派なものではない。細い木を何段にも組み上げ、太い木の枝をそこに立てただけのものだ。
しかし、それだけのものを作るのも、鳥にとっては重労働だった。
それに、大切なのは見た目ではなく、どのような思いを持ってそれを組み上げたかだ。鳳郎はこの祠に祈るのを忘れた日はない。
鳳郎は祠の場所につくと、食べ物をいくつか供え、姿勢を低くして祠に礼をする。
「女神様。今日も健やかに過ごすことが出来ました。病に倒れることなく、嵐に襲われることも無く、私達は幸せに暮らすことができています。これもすべて、この地を与えてくださった女神様のおかげでございます」
鳳郎は淡々と祈りの言葉を口にする。子供達の中には、そんな鳳郎の姿を奇妙な目で見て、笑う者もいる。
凰子さえも、直接馬鹿にして笑うようなことはしないが、女神の存在は信じていないらしい。実際にその姿を見ていないのだから無理もないが……。
実際に女神の姿を見、その言葉を聞いた鳳郎だけが、女神に対して敬いの心を持っている。
「さて……」
鳳郎はいつもの祈りを終えると、大きく羽ばたいて空に舞い上がる。
中央にそびえるこの崖からは、島のどこにでもすぐに向かうことができる。向かうは愛すべき家族の待つ場所だ。
爽やかな風と暖かな日の光を浴びながら、鳳郎は優雅に飛ぶ。いくらも飛ばないうちに、目的地に着くことができた。
「ああ、鳳郎。おかえりなさいませ」
ずっと巣の中で卵を温めていた凰子が、鳳郎の姿を見つけて頭を下げる。子供達は食事をしているところだったらしい。
「ただいま凰子。変わったことはなかったか?」
「はい、とても穏やかに過ごさせていただきました。……すみません、私はずっと巣の中で休んでいて……」
「何を言う。お前には卵を温めるという大切な仕事があるではないか。むしろ、外に出してやれなくて済まなく思う」
「ふふ……大丈夫です。子供達が話相手になってくれますので」
凰子の横には、二番目に生まれた娘鳥――名前を菜穂という――がちょこんと座っていた。そして、その後ろに隠れるように、先ほど餌さがしをしていた末の娘の澄乃も座っている。
「お父様。今度生まれてくる雛達は、何羽が雌で何羽が雄でしょうか?」
菜穂が鳳郎に向かってそんなことを言ってきた。
「さて……そればかりは生まれてみないとな……。お前はどちらが多い方が良いのだ?」
「もちろん雌鳥が多く生まれた方が嬉しいです。今の兄弟は、雄が五羽も居るんですよ? しかも、茜はあんな性格ですから、落ち着いた話ができません。今も虫を追いかけたり、水を勢いよく浴びたりしているのでしょう」
菜穂は、後ろに隠れている妹鳥の澄乃を優しい目で見る。
「私はこの子のような妹が欲しいと思っているのです。次に生まれる兄弟は、絶対雌が多い方が良いです」
「わ、私は茜姉様も素敵だと思います!」
澄乃は、菜穂の視線を避けながらそう言った。すると菜穂は、そんな澄乃に体を寄せる。
「まったく……お前はどうしてそんなに可愛いのですか!」
「ね、姉様……やめてください……」
澄乃は、菜穂から逃げるように飛び立っていった。
菜穂は、鳳郎と凰子に一度頭を下げ、愛しい澄乃を追いかけて空に舞い上がる。なんだかんだいって、姉妹鳥三羽は非常に仲が良い。これから三羽で集まって遊ぶのだろう。
「ふふふ……賑やかでいいことですね?」
「ああ……そうだな……」
凰子の言葉に、鳳郎は少し歯切れ悪く答える。違和感を覚えた凰子は、首を傾げて鳳郎を見た。
「何か気になることでも?」
「いや……その……な」
鳳郎は考え込むように空を見上げた。何かを言おうとしているのだが、言うべきかどうか迷っている様子だった。
「……言い出しにくいことなのですか?」
凰子はあまりに鳳郎が話をしないので、心配になってきたらしい。そんな凰子の様子を見て、鳳郎はようやく話す決意を固めた。
「実は……新しい島を探そうと思うのだ……」